壁の耳
双子が通されたのは、畳の部屋だった。
障子の襖は小さく、圧迫感がある。
芳和が手招きして、座るように促す。
雪路は頭を下げた。
「はじめまして。本田雪路と申します。いつも愚弟がお世話になっております」
「はい。お世話しております。名鶴さんの友人の兵藤芳和と申します」
「二人とも堅苦しいよ」
名鶴が呆れたように言う。
「にしても、芳和が茶道部だったなんてね」
部屋を見回す。
大学内に茶道部用の茶室があることは知っていたが、入ったのは初めてだ。
「昔から茶道が好きだったんだ。所作が綺麗だからね。…ちょっと待ってて。いま、準備をしてくるよ」
芳和がにこやかに席を立つ。
雪路は弟の耳元に口を寄せた。
「お茶をよばれに来て、迷惑じゃなかったかしら」
「大丈夫だよ。抹茶が好きだって言ったら、芳和から招待してくれたんだよ」
「どうせ物欲しそうな顔してたんでしょ」
「友だちのたてたお茶が飲みたいと思ってなにが悪いの」
名鶴がむきになる。
雪路はため息を吐いた。
「芳和君は優しいのね」
「うん。優しいよ。だからかな。すごくモテるんだよ」
「そう見えるわ」
「隣のクラスの女の子が玉砕したらしいよ。あんまり可愛くない子だったらしいけど」
「どうして知ってるの」
「友だちに聞いたんだ」
得意げに言って、にやりと笑うと、名鶴はふと目の前の壁を見た。
「…うわっ」
「騒がないの。静かにしてなさい」
悲鳴をあげて後ずさる名鶴を、雪路が小声でたしなめる。
名鶴は首を左右に振って、必死に壁を指差した。
「み、み、耳がっ」
茶室の土壁には、耳がはえていた。
「か、かべ…壁に、耳があるんだっ」
雪路は頷いた。
「そうね。あんまり噂話とかしちゃダメよ。だれが聞いてるか分からないんだから」
「そうじゃないよっ……はっ、ぎゃああっ」
今度こそ息が止まりそうになる。
今度は、障子に目があった。
耳も目も、まるで壁や障子が胴体だとでもいうように引っ付いている。
気持ちが悪い。
名鶴は雪路の肩を掴んで揺さぶった。
「しょ、障子に目がっ」
「そうね。だれが見てるか分からないから……」
「ちっがーうっ」
名鶴は思わず立ち上がって叫んだ。
そのとき、ちょうど準備を終えた芳和が茶室に戻ってきた。
一人であたふたしている名鶴を見て、首を傾げる。
「どうかした?」
「あ、いや……なんでもない」
ちらりと雪路を見るが、こちらは平然としている。
当たり前だ。
あの耳も目も、名鶴にしか見えていない。
「じゃあ今からお茶を立てるね」
「……うん」
その後に出してもらった茶菓子と抹茶は、まったく味がしなかった。
廊下を歩きながら、名鶴は腕をさすった。
まだ寒気がする。
「あれ、なんだったのかな」
「壁の耳に、障子の目、ね」
姉も知らないようだ。
家の倉を探せば、少しは手がかりがあるかもしれないが、そんな気分にもなれない。
「大丈夫かな。あの耳に、噂話、聞かれちゃったかな」
壁の耳は、たしかに双子の話を聞いていた。
泣きそうな顔をした弟を見て、雪路はあっけらかんと言った。
「大丈夫よ。口はなかったんでしょ」
弱々しく頷く。
「なら、聞いてたって喋れないじゃない」
「そういう問題かなぁ?」
腑に落ちないところはあるが、特に害もなかったので、次の日には、名鶴はすっかりあの耳と目を忘れてしまっていた。
授業が終わり、ルーズリーフ数枚をファイルにはさんでいると、どんと肩にだれかが当たった。
ぶつかった女の子が、名鶴をにらむ。
「あ」
名鶴は一瞬はっとしてから、思わず「ごめん」と謝った。
すると、女の子はすれ違いざまに言った。
「悪かったわね。可愛くなくて」
「えっ」
一瞬、息が止まる。
固まる名鶴に、隣にいた雪路が聞いた。
「あなた、何かしたの」
「あれ、良和に振られた隣のクラスの子だよ……」
「ああ。昨日『可愛くない』って言ってた子ね」
「僕の言ったこと、知ってたみたいだった」
すうと血液が下に下がっていく。
「……口はなかったのに……」
名鶴の言葉に、雪路は薄く微笑んだ。
「もしかすると、口は、見えないところにあるのかもね」
『壁の耳』終わり




