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92話 ミロクの力

 

 スタン。


 僕達の行方を阻むように何かが前方に降り立った。


 先行していたブロズさんが慌てて止まり、僕らを背に庇った。


 僕らは何事かと、ブロズさんの影からその降り立った何かを見た瞬間……僕の身体は石になったかのように動かなくなった。

 更には全身から尋常じゃない量の汗が吹き出し、ガダガタと足が震える。

 心臓もバクンバクンと激しく鼓動し、今にも破裂しそうであった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「ハンス?どうし……」


 急に様子がおかしくなった僕を、ローズが心配そうに声をかけてきたが……彼女も前方にいる女性の姿を見た瞬間、その表情が一変した。


 まるで蛇に睨まれた蛙……もしくは獅子を目の当たりにした兎のように、彼女の顔が恐怖に引きつっていた。


「ミロク……」


 ブロズさんがナイフを構えながら憎々しげにその忌まわしき名を語った。


 そう……僕らの前に現れたのは昨日、僕達の大切なものを奪い汚し、消えぬ苦悩を植え付けた張本人のミロクさんであった。


 ミロクさんは昨日とは違い、民族的なデザインをした真っ白な服を着ていた。

 その真っ白な服に、ミロクさんの濡れたような黒髪はよく映え、なんとも神秘的かつ清楚な雰囲気を醸し出している。

 ミロクさん自身も聖母のような慈愛に満ちた笑みを浮かべており、その雰囲気は聖女といっても過言ではない不思議な魅力を放っていた。


 だが、僕は知っている。


 その聖女らしき雰囲気とは裏腹に、彼女の中には発情期の獣ですらドン引くような、淫欲に狂ったドロドロとした底無しの欲望があることを……。


「昨日振りですね。ハンス様、ローズ様」


 そんなミロクさんは、昨日あんなことを僕らにしたにも関わらず、まるで普通に……ご近所の人にでもするようにニコリと笑いながら挨拶をしてきた。


「う……あ……」


 僕とローズは何も声が出なかった。

 昨日あったことがフラッシュバックし、身体がガタガタと震えるだけだった。


「あらあら、どうしたのでしょう?昨日の元気が見当たりませんが?もしや、どこか体調が悪いのですか?」


 ミロクさんは心底心配そうな表情で僕達にゆっくりと近付いてきた。


 僕は心中『誰のせいで!!』と憤っていたが、恐怖で身体が動かない僕には叫ぶ余裕すらない。

 ローズの手は何とか握ることができているが、握るだけでそこから何もすることができない。

 隣で同じように震えるローズの振動を感じるだけである。


 ああ……情けない。

 ただ恐怖に震えるだけで、好きな子を気遣うこともできないなんて……。


 自分の情けなさと不甲斐なさに絶望していると、ブロズさんがナイフをミロクさんへと向けた。


「そこで止まりなさい!それ以上近づくな!」


 ブロズさんの叫びにミロクさんが足を止めた。

 そして不思議そうに首を傾げた。


「?……何故そのような物騒なものを向けるのですか?私はただお二人を介抱しようと思っただけですが?」


「だからよ!あなたのヤバさは聞いてるわ!色んな相手に卑猥なことをしてるらしいわね!そんな危険人物を健全な少年少女に近付けるとでも!」


 油断なくナイフを構えるブロズさん。

 そんなブロズさんに、ミロクさんはとても悲しそうな目を向けた。


「そんな卑猥だなんて……私は本当にお二人が心配で普通に介抱をしようとしただけです……」


「……普通って?具体的には?」


「それは────」




 ※大変卑猥な内容となっているため、暫くお待ちください。

  読者の皆様には大変ご不便・ご迷惑をおかけします。





「───ですが?」


 説明は以上ですが?と微笑むミロクさん。


 そんなミロクさんを、僕やブロズさん……周囲にいた冒険者の人達や黒づくめ達までもが信じられないものでも見るような目で見ていた。


 誰もが戦いを忘れて動きを止め、微動だに一つしない。声も出さず、息づかいも聞こえない。


 本当の静寂というのは、このことなのだろう。


 そんな静寂と困惑が支配する世界で、ミロクさんが歩を進めた。


「では、お二人の介抱はお任せください」


「「「できるかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」


 ブロズさんや冒険者達が顔を真っ赤にしながら叫んだ。


「?……まだ何か?」


「あな、あな、あなったったったっ?!なっ、そんっなっ?!よ、よくも、そ、そんな卑猥なことをへ、平気で言えるわにぇ!!」


 ブロズさんが耳まで真っ赤にしながら噛み噛みで叫んだ。


 なんとも間の抜けた叫びだが、あんなことを聞かされて喋れるだけ凄い。

 他の人達は未だ絶句したまま立ち竦んでいたり、中腰になってモジモジとしているのだから。


 ついでに僕も中腰となっている。

 非常に辛いし情けない。

 ローズは意味が分からなかったようで『?』って顔をしている。


 彼女の純粋さが非常に眩しく感じ、僕は結構汚れてたんだなと実感させられた……。


「卑猥?何を仰っているのですか?私は生物が生きる上で必要不可欠な行為のことを話しているだけです。それを卑猥などと捉えるのは甚だしい。むしろ、その蒙昧にして、片寄った知識と認識による間違った結論を導きだす思考こそが卑猥と言えるのでは?」


「せ、生物に必要な行為に!は、挟むだの!く、くわえるだの!ほ、ほじるだのといった表現と動きは必要ないはずよ!?」


 うん。絶対とは言えないが無いはずだ。


「そんなことはありません。殿方を※ピ───してピ─────するにおいてピ────は必要不可欠です。なぜならばピ────とピ──────はピ─────────」


  ※大変卑猥な内容なため、音声を一部控えさせていただきます。


「もうやめてぇぇぇぇぇ!!」


 とうとうブロズさんが耳を押さえて踞ってしまった。周りにいる男性達も踞っているが、そちらは理由が違いそうだ。


「ハンス?!どうしたの?お腹痛いの!?擦ってあげようか?」


 ごめんローズ……放っておいてくれ。

 僕は今、自分自身が凄く情けない……。


「もうやめてぇぇぇぇ!なんで?!なんでそんな卑猥で恥知らずなことを平気で言えるのよ!?頭おかしいの!?」


 駄々を捏ねる子供のように、涙目でブンブンと頭をがむしゃらに振るうブロズさん。

 そうでもしなければ羞恥で頭がどうにかなってしまうのだろう。


 すると、そんなブロズさんを見るミロクさんの目がキラリと光った。


「隙ありです」


 そう呟くと同時に、ミロクさんが駆けた。

 それは風のように速く、それでいて蝶のように優雅な動きであった。

 彼女はまるで舞うように幾人かの冒険者達やブロズさんの間を駆け抜けながら、その両腕を素早く振るった。


「唆鬼愉芭洲流快楽絶頂拳さきゅばすりゅうぜつちょうけん:奥義『快楽天』」


 ミロクさんが腕を振り終わると、一瞬の静寂が訪れた……。


 だが、次の瞬間……。


「「「ンハァァァァァァァァァ!?」」」


 艶かしい嬌声が響いた。


 ブロズさんや冒険者達が弾けたように跳び、そのまま地に倒れ伏せてビクビクと痙攣する。


 倒れたブロズさん達の顔は真っ赤に染まり、妙に汗ばんでいる。凄く色っぽい。


 そして誰もが股間付近を押さえ、モジモジとしていた。


 こ、これは……一体?


「あ、あぁ……あ、あなたぁ……一体……私達に何を……?」


 倒れるブロズさが息も切れ切れにミロクさんへと問う。


 すると、ミロクさんは聖母のような微笑みを見せた。


「命に別状はないのでご安心下さい。ただ、人間の身体に存在する48の快楽秘功が一つ。『強制発情』の秘功を突きました。これにより、あなた方はこれから丸三日は発情しっぱなしでまともに動けないでしょう」


「「なっ?!」」


 ブロズさんや冒険者達が驚きの声をあげる。

 だが、それもそうだろう。

 ヒコウなるものが何なのか知らないが、そんなものを突いただけで発情するなんて聞いたことがない!


 だが、現にブロズさん達は足腰立たないようだし、その様子は完全に発情したそれだった。


「ちょ?!み、三日間もこの状態って……嘘でしょう?!」


「嘘じゃありません。ちなみに、自分で慰めても治らないのであしからず」


「イヤァァァァァァァァァァ!!」


 ブロズさんの悲鳴が木霊した。


 な、なんて恐ろしく残酷な技なんだ……。

 僕は中腰で戦慄するしかなかった。


「くっ!妖術の類いか?!だが、俺は惑わされねぇぞ!!」


 すると、全身にゴツイ鎧を着たガタイの良い冒険者が、手にしたバスターソードをミロクさん目掛けて振り下ろした。


 よ、よし!あれだけ重装備なら、ミロクさんの不思議な技も効かないはずだ!


 だが、僕の期待は裏切られた。

 ミロクさんはその一撃を最小限の動きでヒョイとかわすと、その冒険者の鎧で覆われていない首筋辺りを人差し指でトンと突いた。


 瞬間、その冒険者は『あっ……』と呟きながら倒れ伏せた。


「唆鬼愉芭洲流快楽絶頂拳さきゅばすりゅうぜつちょうけん:奥義『賢者の目覚め』」


 冒険者に背を向けながら技名を呟くミロクさん。


 また、例のヒコウとやらを突いたようだけど、あんな巨体の冒険者を一撃でだなんて……信じられない。


 一体彼に何が……?


 そう思って倒れた冒険者を見れば、彼はブロズさんのように発情している感じではなかった。

 ただ、意識はあるようだが……真顔で虚空を見つめている。その様子は何かを悟ったような顔付きでもあり、だが同時に酷く無気力そうに感じた。


「おい!大丈夫か!テメェ!こいつに何しやがった!!」


 倒れる冒険者に駆け寄った同じパーティーのメンバーらしき冒険者が、ミロクさんへと叫んだ。


 ミロクさんは先程冒険者を突いた人差し指をペロリと舐めながら横目を向けた。


「フフ……私は48の快楽秘功が一つ。『絶頂』の秘功をついただけです。効果の程は……言葉通りです」


「絶頂……だと?っ?!まさか!?」


 絶頂と聞いた瞬間、周りにいた男性陣は色々と察してしまった。


 彼の身に何があったのかを……。


 パーティーメンバーの冒険者が倒れる仲間の股関を見てから、哀れむような目を彼へと向けた。


 すると、その倒れる冒険者はツーっと、一筋の涙を流した。


「………………死にたい」


「相棒ぅぅぅぅぅぅぅぅ?!」


 そりゃ……死にたくなるだろう。

 こんな大勢の目の前でそんな事になれば……。

 絶頂ってことは……そういうことだよね?

 幸い気付ているのは男性が多数であり、女性の方は……いや、気付いているが気付かねフリをしてるって感じだ……。うん、死にたくなるな。


「糞ぅぅぅ!よくも相棒を!!しかも鎧着てるから後処理が大変なんだぞぅぅぅぅ!!」


 倒れた冒険者の仲間が叫びながらミロクさん目掛けて槍を振るう。


 だが、それも最小限の動きでかわされ……。


「唆鬼愉芭洲流快楽絶頂拳さきゅばすりゅうぜつちょうけん:奥義『賢者の目覚め』」


「ウワァァァ!嫌だぁぁぁ…………あっ」


 その男性も何か悟った顔で倒れ伏した。


「ひ、ひどい……」


 僕は倒れ付す二人の冒険者に同情を禁じ得なかった。


 ただ倒すだけでなく恥をかかす。

 カオリといいミロクさんといい、なんでこんな酷いことを平気でできるんだ……。


 そんな戦慄する僕に、ミロクさんが顔を向けてきた。


 そしてニヤリと笑った。


「さて……これで邪魔者は消えましたね」


「ひっ?!」


 身体が硬直する。


 慈愛に満ちた微笑みをしているが、その目は獲物を見る猛獣の目だ。


『これからお前を丸かじりだ』


 そう言われた気がする。


 いやだ……このままじゃ食べられてしまう……。


 ローズを連れて逃げなければ……。


 だが、身体が……足が動かない……あっ。


 無理に足を動かそうとして尻餅をついてしまった。


 ミロクさんは好都合とばかりに一歩…一歩…ゆっくりと近付いてくる。その手がワキワキと怪しく動く。


「さあ……ハンス様。私に身を委ねてください。兄貴様の園へ連れていく前に、ゆっくりずっぷりとほぐしてさしあげましょう……」


 明らかに人間の指の間接稼働域を越えたぐにゃぐにゃとした指の動きを見せるミロクさん。


 最早、触手か何かのようだ……。


「い、いやだ……く、来るな……」


 ズリズリと後退りするも、ミロクさんが近付いてくる速度の方が早い。


 最早これまでか……。


 そう思った時……。


「さ、させません!」


 ローズが僕を守るようにミロクさんの前に立ちはだかった。


「ロ、ローズ?!」


 な、なんでローズは動けるんだ?!僕と同じく震えていたはずなのに……。


 いや……足が震えている。怖くない訳がないんだ。それでも僕を守ろうと……。


 僕はローズの優しさと勇気に感動したが、自分自身のあまりの情けなさに消えてしまいたくなった。


 好きな子が勇気を振り絞って行動を起こしたのに、僕は……。


「ハンス逃げて!わ、私が時間を稼ぐから、早くここから逃げて!」


 僕はローズから放たれた言葉に唖然とした。


「?!……な、何を言い出すんだ?!君を置いて僕だけ逃げれるわけないだろ!?」


「いいから逃げて!こいつらの狙いはハンスのお尻よ!ハンスが捕まっちゃったらお尻が大変なことになるのよ!!私は大丈夫だから!これでも腕っぷしには自信があるの!」


 そう言って笑いながら細い腕を捲って力こぶをつくって見せるローズ。


 ……そんな訳はないだろ。

 君は喧嘩などの荒事が苦手だし、腕力もそんなにない。いつも重そうに花を運んでいるのを僕は知っている。


 それに足が震えているし、表情が強張っている。

 本当は怖くて、今にも逃げ出したいだろう。


 でも、彼女は勇気を振り絞ってミロクさんという強敵の前に立ち塞がった。


 僕を守るために。


 その姿は圧倒的な力を持つであろうミロクさんの前ではとても儚いものだ……。

 が、それ以上に僕にとっては尊く……愛しいものだった。


「フフ……好いた方のために勇気を振り絞るお姿。とても愛しく、可愛く、好ましく思いますわ」


 ホウ……と息を吐いて顔を赤らめるミロクさん。


 だが、その手は……指は、別の生き物のようにウネウネと動いたままだ。


「さて……ではお望み通り、ローズ様からいただかせてもらいましょう。安心してください……ほんの一瞬で昇天させてあげましょう……」


 ミロクさんはジワジワと距離を詰めてきた。


「ロ、ローズ……」


「ハンス!逃げてぇぇ!!」


 ローズが叫ぶ。

 同時にミロクさんがローズ目掛け、腕を鞭のように振るった。


「さあ……快楽に身をお委ねなさい。唆鬼愉芭洲流快楽絶頂拳さきゅばすりゅうぜつちょうけん:奥義『極楽昇天』」


 ミロクさんの腕は、容赦なくローズの股間目掛けて振るわれた……。

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