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88話 悩める少年と少女

明日から暫く投稿できなくなるので、二話目を出しておきます。


 昨日のあれは一体なんだったんだ?

 

 もう、何度目になるか分からない自問自答を繰り返す。

 

 昨日……冒険者に僕の恋の相談をするはずが、待ち合わせ場所に来たミロクという女性に、あれよあれよと訳の分からぬまま、僕は初めてを奪われた。

 

 思い出すだけで恐ろしい。

 あのミロクさんの獲物を見つけた肉食獣のような獰猛な眼差し……。

 抵抗する間もなく僕は服を脱がされ、飛び掛かられ……そして。

 

 とてつもない喪失感と、裏切ってしまったという背徳感が僕の胸を締める。

 

 だけど、それ以上に感じた甘美にして刺激的な快楽に満足している僕もいるのが事実だ……。

 

 そんな自分が情けなく許せない……。

 

 ああ……ただ僕は恋愛相談がしたかっただけなのに、なんでこんなことに……。

 

 ローズ……ごめんよ……。

 

 まだ付き合っている訳でもないが、ローズに対して裏切ってしまったという気持ちが込み上げてくる。

 

 ああ……どうすればいいんだ……。

 

 鍛冶屋の二階にある自室のベッドの上で悶々と考え込むが、答えなど出るわけがない。

 

 僕の様子を心配してくれたのか、親方に今日も休むように言われている。

 仕事にも支障が出るからと、その言葉に甘えて休ませてもらったが……そんな甘えに屈した自分の弱い気持ちも許せない。

 

 昨日1日休ませてもらっただけでも相当だというのに、見習いの癖に2日も連続して休むなんて…。

 

 そして、それを受け入れた自分はなんなんだ…。

 

 僕の鍛冶とローズに対する思いはこんなものだったのか……。

 

「……気分転換に外に出てみようかな」

 

 なんだか外に出たい気持ちになり、外出の準備をする。準備と言ってもジャケットを着るだけだが。

 

 そして外に出て、フラりフラりと街を歩く。

 

 街には冒険者や商人。買い物客など様々な人々が行き交い、中々の賑わいを見せている。

 

 いつもこの時間は鍛冶仕事をしているので、見慣れた街でもなんだか新鮮な雰囲気がする。

 

 だが、それで気分が晴れる訳ではない。

 

 更にフラりフラりと何の考えもなく歩き続けていると、なんだか見覚えのある通りに出た。

 

「ここは……」

 

 どこだろうと思ったが、直ぐに答えにたどり着いた。同時に血の気が引いた。

 

 ここは……今、最も会いたきない……けど、やはり会いたいと願う人物が働いているお店がある場所であった。

 

「ハンス?」

 

 聞き覚えのある声に呼ばれて振り向けば、そこには僕の愛しい人物……ローズがいた。

 

 ローズは何だか妙に暗い顔でそこに佇んでいた。

 

「ローズ……」

 

 僕が彼女の名を呼ぶと、ローズはニコリと微笑んだ。けど、その表情にはどこか影が差していた。

 

 何かあったのだろうか?

 

「どうしたの、こんな時間に?いつもはお仕事中でしょう。もしかして……お休み?」

 

「あ……ああ。実は今日は休みをもらったんだ」

 

「そうなんだ。偶然だね……私も今日はお休みをもらったんだ」

 

 偶然にも彼女も休みだったようだ。

 

 そんな偶然が嬉しくもあるが、辛くもある。

 平素であれば食事にでも誘いたいところであるが、今はできれば彼女に会いたくはなかった。

 

 少し時間を置いてから彼女の顔を見たかった。

 

 だが、会いにきたのは僕の方になるだろう。

 なんせ彼女が働く店の近くに来たのだ。これは偶然では通らないだろう。

 

 僕としてはここに来るのを避けてたつもりだったが、不思議と体はここに来てしまった。

 

 無意識にローズを求めていたというのだろうか?

 

「どうしたのハンス?考えごと?」

 

 黙って考え込んでいる僕にローズが語りかけてきた。

 

 その顔は妙に不安そうであり、どこか憂いを帯びた表情であった。

 

「い、いや……なんでもないよ。ちょっと色々あって親方から休みをもらったんだ。けど、特にすることもなくて街をブラブラしてたんだ」

 

「そうなんだ。私もちょっと色々あって女将さんから休みをもらったの。けど、なんだかジッとしていれなくて……」

 

「そうなんだ……」

 

 そう言ったきり、沈黙が辺りを支配した。

 

 どうやら彼女も何かしらの悩みがあるようだ。

 だが、それが言えないといった様子。

 

 その悩みの相談に乗ってあげたいところだが…今の僕にそんな資格はないだろう。

 

 自分の悩みも解決できないし……何より僕は彼女に対してとんでもない裏切り行為を……。

 

「ちょっといいかしら?」

 

 不意にそう声をかけられて慌てて振り向けば、そこには見知らぬ女性達がいた。

 金髪の戦士風の女性に、魔法使いらしき銀髪の女性。それに銅褐色の斥候らしき女性の三人組だ。

 装いからして冒険者だろうが……僕に一体なんの用だろうか?

 

「あの……僕に何か?」

 

 そう聞くと、パーティーリーダーらしき金髪の女性が代表して前に出てきた。

 

「あなたがハンスくんで、そこにいる女の子がローズさんでいいのかしら?」

 

「は、はい……そうですが……?一体僕らに何の用が?」

 

「そう。私の名はゴルデ。単刀直入に言うわ。あなた達はとんでもない奴に狙われているわ」

 

「「!!」」

 

 ゴルデと名乗る金髪の女性から語られた衝撃的な話に、僕とローズは互いに驚き目を見開いた。

 

「ね、狙われている?一体誰にですか!?」

 

「そ、そんな狙われる覚えはありませんよ!私達はただの一般人ですよ!」

 

 ローズの言う通り僕らは一般人だ。

 そんな僕らを狙う理由はないはずだ。

 家だって互いにそんな裕福ではないし、狙ったところで得るものなどない。

 

 まさか……彼女は何らかの新たな詐欺の売り込みではなかろうか?

 

 不安を煽り、護衛と称して代金をぼったくるような……。

 

 なら、僕はローズを守らねば!と彼女前に立った。

 

 すると、ゴルデさんは真剣な表情で僕達を見た。

 

「あなた達がただの一般人なのは知っているわ。ごく普通に暮らす若者であることを……」

 

「なら……」

 

「あなた達……最近、冒険者ギルドにある依頼を出したでしょう?」

 

 その言葉にドキリとした。

 冒険者ギルドに出した依頼と言えば、恋愛相談の依頼だ……。

 

 僕を惑わし陥れ、この悩みを産み出した今は最も忌むべきあの依頼だ……。

 

 最悪だ。その話を聞くだけで頭が痛いのに、よりによってローズの前で話されるなんて……。

 

 僕は血の気が引く思いだった。

 

 一体何のつもりでこんな話をするんだと目の前のゴルデさんに強い憤りを感じた。

 

 まさか脅迫だろうか?

 ローズの前で脅し、金をむしり取ろうと……。

 

「きょ、脅迫のつもりですか!」

 

 突然ローズが叫び出した。

 

 驚いて見れば、ローズは泣きそうな顔で震えていた。

 

「ロ、ローズ?」

 

 なぜローズが怒っているんだ?それに脅迫?一体それは……。

 

 そういえば、ゴルデさんは「あなた達」と言っていたような?まさか……!

 

 ハッとゴルデさんを見れば、彼女は慈愛に満ちた笑顔で僕達を見ていた。

 

「ごめんなさいね誤解させるようなことを言ってしまって」

 

「えっ……?」

 

 不思議そうな顔をする僕とローズに、ゴルデさんは諭すような……そして、微笑ましいものでも見るかのよう視線を向けながら語りかけてきた。

 

「まず前提として依頼の話をするわ。依頼主のプライベートを守るために詳しい内容は言えない。けど、あなた達はお互いに同じ内容の依頼を出していた……これで伝わるかしら?」

 

 最初、彼女が何を言っているのか分からなかった。だが、段々と意味を理解するにつれ、顔と頭が熱くなっていく。

 

 えっ?『お互い』に同じ依頼?

 

 まさかと思いローズを見れば、彼女は耳まで真っ赤になって僕を見ていた。

 

「ローズ……」

 

「ハンス……」

 

 分かってしまった。

 僕は……僕達は互いに同じ想いを抱いていたのだと。互いに惹かれ合い、互いに想いあっていたのだ。

 

 それが恥ずかしくもあり、とてつもなく嬉しい。

 

 ああ……僕の愛しのロー……。

 

「ミロク」

 

 忌むべき名が聞こえた。

 

 急速に頭と心が冷えた。

 

 それどころか背筋が氷ったように冷たくなり、体がガタガタと震える。

 

 ギギギと首を動かしてゴルデさんを見れば、彼女は先程とは一変した厳しい表情となっていた。 

 

「あなた達……この名に聞き覚えがあるわね?」

 

 無いわけがない。

 それは僕の初めての『大切』を奪い、今ある苦悩を植え付けた張本人なのだから。

 

 んっ?というか……『達』?

 

 まさか!?

 

 バッとローズを見れば、彼女も僕と同じように震えていた。

 

「ロ、ローズ!?まさか君も……?!」

 

「ハンス!?も……ということは、あなたもまさか……」

 

 間違いない。彼女もあのミロクさんの毒牙にかかったのだ!!だからあんな暗い顔を……糞っ!!

 

 どうやら僕達は同じ依頼を出し、同じ冒険者と出会い、同じ被害を受けていたようだ。

 これは偶然ではなく明らかな故意!僕達を狙ったのは明らかだ!!なんのためにこんな……!

 

「だいたい察しはついたみたいね」

 

「ゴルデさん!?……あのミロクさんとは一体?なぜ僕らをこんな目に!?」

 

 そう問うと、ゴルデさんは辺りの様子を伺いながら教えてくれた。

 

「まずは謝らせてほしいわ。あなた達にミロクを送り込んだのは私の友人なの……」

 

「「友人?!」」

 

 もう驚くしかない。

 ミロクさんとやらは誰かに送り込まれた刺客のようなものだったらしい。それだけでも驚きなのに、その送り込んだ相手が彼女の友人?!

 

 どういうことなんだ?!


「私の友人は……まあ、色々はっちゃっけているとんでもない人物だけど、それなりに義にも熱い人物なの。私も最初は敵対してたけど、彼女に命を救われてから一緒に行動しているの……」

 

「は、はあ……」

 

 はっちゃっけているって……その時点で大分おかしい人物なのでは?

 というか、『彼女』ってことは黒幕は女性なのか?

 

「そ、それで何でその人は僕達を?」

 

「彼女はね……取り敢えず自分よりも幸せそうな人間を見るのが嫌いなの。特に恋やら愛にうつつを抜かすリア充を見るのがヘドが出るほど嫌いらしくて……。で、今回、あなた達の依頼を見つけて『このリア充共が!ぶっ壊してやんよ!』って暴走してミロクという煩悩と色欲の権現を刺客として送ったと……」

 

「「そんな理由で!?」」

 

 開いた口が塞がらないというのはこのことだ!

 

 そんな自分勝手な理由で僕達は……。

 

 怒りよりも呆れで何も言えない僕らに、ゴルデさんは何とも言えない表情を向けていた。

 

「呆れるのも分かるわ。実際私も呆れてるから」

 

 そう言って彼女は肩を竦めたが、次の瞬間には真剣な顔付きとなった。

 それは仕事人の……冒険に命を懸ける冒険者の顔付きだった。

 

「でもね……理由はともかく、行動力と実力は凄まじいの。既に彼女は幾人かの志を同じくする者達を仲間に引き込んでいる。更に冒険者としてのランクはまだ『路傍の石級』だけど、その実力は未知数……下手したら神ノ金属オリハルコンは砕けない級を越すかもしれないわ……」

 

 再び血の気が引く。

 

 まさかこんなくだらない事で仲間を募る?

 果ては神ノ金属オリハルコンは砕けない級の実力?

 神ノ金属オリハルコンは砕けない級と言えば冒険者の極地であり、伝説にもなる存在だ。

 ゴルデさんの誇張も入っているかもしれないが、どちらにしろとんでもない力を持つ人物に目をつけられたようだ。

 

 困惑から唖然とする僕。

 すると、不意に手を握られた。

 

「ハンス……」

 

 見ればローズが不安そうに僕の手を握っていた。

 

「ローズ……」

 

 そうだ……。僕は何を不安そうに唖然としているんだ?彼女も不安なんだ。僕がどうにか……僕が彼女を守らなくちゃいけないんだ!

 

 僕はギュッとローズの手を強く握り返した。

 

「ローズ。安心してくれ。誰が来ようと僕が君を必ず守る」

 

「ハンス……」

 

 安心したように微笑むローズ。

 

 僕はこの笑顔を守りたいと思った。

 

「フフ……中々男前な顔になったわね」

 

「ゴ、ゴルデさん!?」

 

 い、いけない!周りにはゴルデさん達もいたんだった!つい二人だけの空気になってしまっていた……。

 

 僕とローズが恥ずかしくなって顔を俯かせていると、ゴルデさんがパチンと指を鳴らした。

 

 すると辺りからゾロゾロと冒険者らしき人達がやってきた。

 

 その数は20人程であり、皆が完全武装をしていた。

 

「男粋は買うけど、何もそこまで一人で気を負わなくていいわ。友を止められなかった立場として私があなたを守る。それに事情を知った他の冒険者達もあなた達を守りたいと手を貸してくれたわ」

 

「おう!話は聞いたぜ!同じ冒険者としてそんな悪行は捨ておけねーわ!」

 

「人の恋路を邪魔する輩は許せないわ!」

 

「ああ、全くだ。人としての道理を説いてやらねば」

 

「安心しろ!何がきても叩き潰してやる!」

 

 ゴルデさんに続き、冒険者の方々が次々に力を貸してくれると言ってくれた。

 

 昨日の依頼で冒険者に不信感を抱いていた僕だが、こんな素晴らしい人達もいるのだと考えを改めた。

 

「ありがとうございます……皆さん」

 

「ありがとうございます……」

 

 僕とローズは深々と皆に頭を下げた。

 

 これだけの人がいれば、何が来ようと負ける気はしない!何より勇気をもらった!

 

 今なら何者からもローズを守れる気がする!

 

 そう思いながらグッと拳を握った時だった……。

 

「おい、待て!何かおかしいぞ?!」

 

 斥候職らしき冒険者の男性が声を上げた。

 

「はっ?何がおかしいって……なるほど」

 

 他の冒険者は一瞬キョトンとしていたが、直ぐに各々の武器を手にし、僕達を中心に円陣を組んで警戒態勢をとった。

 

 僕もローズを背に隠し、辺りを警戒した。

 

 最初は何がおかしいのかと少し悩んだが、僕でもその違和感に直ぐに気付けた。

 

 人がいないのだ。

 

 先程まで人で溢れていた筈の通りに、僕達以外の人がいつの間にかいなくなっていたのだ。

 

 それは昼下がりの街中にしては、あまりに不自然な光景であった。

 

「これは……間違いない!人払いの結界だ!辺りに大規模な人払いの結界が張られている!」


「なんだと?!」

 

「そんなものまで使ってるのかよ?!本気じゃねーか?!」

 

「人払いをしてまで目的を果たしたいってことかよ……」

 

 魔法使いらしき男性の叫びに冒険者達が驚きに目を見開いた。

 

 人払いの結界……魔法は詳しくないが、どうやら文字通り人を寄せ付けなくする魔法らしい。

 

 そこまでするなんて……。

 

 僕と冒険者達に緊張が走る。

 

 そんな中、ゴルデさんが静かに……だが何か確信があるような強い声で言った。

 

「いるんでしょう…………カオリ!!」

 

 その瞬間、通りにある家の屋根に何かが降り立った。

ご意見・ご感想をお待ちしています。

できれば、20時頃にもう1話更新したいと思います。

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