85話 そろそろ働こうか
「そろそろ働いた方がいいかしら?」
日が昇りきった昼過ぎ頃。フッとそう呟くと、窓際で本を読んでいたハンナが顔を上げた。
『単純に暇になったのでは?なんせ5日間も引き込もってたんですから』
呆れたような口調で言うハンナから目を逸らす。
「充電だよ充電。いままで充電期間。元気を満たしていたの。そんで今ちょうどフルマックスになったの。急に働きたくなったの。決してやることがなくなった訳ではないの」
竹ノ皇帝騒ぎから5日経っていた。
あのよく分からん筍騒ぎで街は大分混乱していたらしい。まあ、当然か。
んで、街中がその噂で持ちきりだ。
やれ痴女が出ただの、やれ筍顔の軍隊が攻めてきたとか、やれ闘神が現れただとか……。
前半の痴女と筍はともかく、後半の闘神ってなんだ?なんか現れてたのか?名前からしてゴツくて怖いな。関わりたくないわー。
んで、街中が騒いで大変だったので私達は事態の解決にあたる────訳もなく、これ以上騒ぎに巻き込まれたくない為、早々に宿へと引き込もった。
それはもうゴルデやニーナ達が止める間もなく部屋に鍵をかけて毛布にくるまってやったぜ。
外で特にニーナが騒いでいたが、メンドイのと食料調達は相棒のハンナに任せたぜ!
引き込もり最高!!
『充電……』
そう呟きながらハンナが視線を向けた先。
そこには大量の食べ物の入っていた袋が散乱していた。
それを見た後、彼女は私の特定部位に視線を定めた。
『……充電し過ぎでは?』
「いまどこ見て言った?腹見たよね?腹?オッケー喧嘩だな?喧嘩なら買ったるで!」
若干たる…むくんだ私の腹を見やがったな野郎。
『落ち着いてくださいよ。別にデ…体型の事は言ってませんよ』
「今『デ』っつたよね!『デ』って!絶対デブって言おうとしたよね?ね?よし、殺す」
『決断が早すぎる。デ……出不精はいけません~って言おうとしたんです。確かにメンドイことや買い物押し付けやがって……なんて苛立ちから、食べ物は高カロリーなものばかりを選びましたが……』
「言い訳が見苦しいわ!!てか、揚げパン・揚げ芋・揚げ菓子・揚げ肉・揚げ正体不明と…道理で揚げ物が多いわけよ!!デブらせる気満々やないか!?」
『食べる方も食べる方ですー。美味しい美味しいって残さず食べる方が悪いんですー。てか気づけよデブー』
「とうとう言いやがったな?!てか、同じもん喰ってた癖に何であんたは太らないのよ?!」
『アンデッドは太らないんですー』
「キィィィ!こんな時だけ思いだしたようにアンデッド要素だしやがって!?そのアンデッドに不要な胸の駄肉をもぎ取ってやるわぁぁ!!」
『駄肉じゃないですー。標準装備ですよーだ』
「キィィィ!!その胸もぎ取って、代わりに洗濯板をはめてやるわぁぁぁ!!」
『取れませんよーだ。それに洗濯板はカオリの標準装備でしょうが』
「ムキィィィィィィ!!その喧嘩買った!!無駄にデカイその駄肉……もぎ取って野菜炒めの具にしたるわぁぁ!」
『上等!いつもやられっぱなしだと思わないでくださいよ!!逆にアへ顔晒させてやりますよ!』
バァン!!
「アへ顔と聞こえましたが?私の出番でしょうか?」
ベッドの上で睨み合っていて私とハンナだが、共通の敵を前に休戦・共闘が言葉を交わすことなく実施された。
宿泊している部屋の階下。
いろいろと部屋であった後、ギルドの中央フロアに私はハンナと一緒に降りてきた。
昼過ぎ頃とあって冒険者の数は疎らだ。
冒険者は基本的に朝早くから依頼を選んで出掛けるので、この時間に残っている者はほとんどいない。
いるのは休んでいる冒険者か怪我人か、訳ありぐらいだけらしい。
まあ、私らは休み明けってとこかな。
さて、そんな閑散とするギルドのロビーをハンナと並んで進んでいく。
「いろいろ危なかったぜい……」
『ホンーーーっと、危なかったですね。まさか空中でスポーンと服を脱ぎながら『カッオリちゃ~ん』って飛び込んでくるとは……』
「私もまさかこんなところで生ル○ンダイブを見ることになるとは思わなくて慌てたわ……」
『その割りに対処は適格でしたね?咄嗟にシーツを広げて受け止め、更にグルグル巻きにしてクローゼットに封印とは』
「伊達に変態ども相手はしてないわ。取り敢えず、暫くはクローゼットは開けないように」
『了解』
ビッと敬礼をするハンナを横目に、私達は依頼票が張り出されたボードの前へとやってきた。
なぜ来たかって?無論、依頼を受けるためですが?
「さて……運動代わりに何か依頼でもこなしますかね」
『依頼をエクササイズか何かと勘違いしてるのでは?』
「身体動かすから似たようなもんでしょ。そういえば、あの変態共はどうしたの?」
変態共……ザッドハークやジャンクさん達のことだが、引き隠る5日前から姿を見ていない。
その分、平和な日常が送れたから良いんだが、姿か見えないのは別な意味の不安が募るもんだ。
『あー……ザッドハーク様達ですか?彼らなら、村長を成長させてレベルアップさせるって森に行ってるようですよ』
ハンナから教えられたザッドハーク達の情報に私は心底驚いた。
「村長の成長って……もう成長限界と言うか、成長の極致じゃないの?レベル上がる前に血圧上がって死ぬわよ?」
あの村長……性欲は十代だけど、肉体は結構な年齢だし激しい運動で本当に死にかねないわ。
『私もそう思うんですが……ザッドハーク様曰く『本当の成長は限界を越えた先にある』と』
「だから既に生物的成長の限界どころか臨界点だって」
あとは緩やかに衰え逝く運命だからね?
「まあ……もしもの時はハンナの回復魔法《ゾンビ化》でなんとかなるか」
『カオリ。私が言うのも何ですが、人としての倫理観をもっと養った方がいいですよ』
「うん。言ってから私もそう思った」
流石に本気で人間をゾンビ化する程、私も堕ちちゃいないわ。
「あれ?あとゴルデやゴア姐さんは?」
『ゴルデ達は別の依頼で出掛け、ゴア姐さんはザッドハーク様達に同行してます』
どうやら他の仲間達もいないようだ。
しかし、ゴア姐さんも一緒とは……。
まあ、セーブ役?がいるから安心か。
「となると、私達二人で出来る依頼を探さないといけないね」
『一応、クローゼットに封印されてる彼女を入れれば三人ですが?』
「背後に気をつけなきゃいけないから却下」
彼女の戦闘力は未知数だし、私達二人だけで彼女の面倒を見るのはごめんだぜい。
『じゃあ依頼は……どんなのがいいです?』
「楽で報酬高いやつ」
『世の中舐めすぎですよ。どんな内容の依頼がいいかってやつですよ』
冗談で言ったのだがハンナの目が怖い。
ガチだと思われたようです。
ここは真面目にいこう。
「じゃあ……今日のところは戦闘系はなしで。なんか気軽にできるおつかい系とかはないかな?」
『おつかい……ですか』
ハンナは「うーん」と唸りながら依頼票が張り出された掲示板を暫し眺めていた。
掲示板は既に他の冒険者達が依頼を受けているためか、張り出している依頼票はかなり少ない。
そんな中からハンナは一枚の依頼票を指差した。
『これなんてどうです?【迷子の犬の捜索】。『散歩中に目を離した隙に逃げた愛犬を探してください。特徴は全体は白く、左の片目だけ黒い模様のある可愛い犬です。報酬は銀貨十枚です。どうかお願いします』との依頼ですが?』
犬の捜索。現代日本でも時折見掛けるような依頼だね。
報酬もそこそこだし、ハンナの魔法と私のスキルがあれば結構楽勝かもしれない。
けど……。
「迷子の犬の捜索か……」
『なにか含みがあるようですが……気がかりなことでも?』
「うーん……含みってほどのもんじゃないけど、思うところがあって……」
『思うところ?なんですか?』
「いやさ……こういう依頼って、だいたいは飼い主が可愛い犬を探してほしいから出す依頼じゃない?」
『ですね』
「で、犬って本来は帰巣本能が強い生き物じゃない?」
『ですね』
「それが戻ってこないって……絶対なついてないよね?」
『…………何か事故に巻き混まれたとか?』
「散歩中に目を離した隙に逃げた……って、絶対狙ってたよね?これ、絶対なついてないよ。飼い主からの一方的な愛だと思うの。そんな懸命に逃げた犬を連れ戻したところで……その犬は本当に幸せなのかな……ってさ?」
『……見なかったことにして、違う依頼にしましょう』
ハンナは少し何かを考えたあと、今度は違う依頼を選んできた。
『これは?【猫のお世話をしてください】。『私の可愛い猫ちゃんのお世話をお願します』だそうですが?』
「こういうの見ると毎回思うんだけど、なんで可愛いのに人に世話頼むのかな?」
可愛いなら手放すなよ。
ずっと世話しろよ。
『いや……ほら……忙しくて手が回らない……とか?』
「だとしても依頼を出す場所を考えるべきじゃない?なんでよりによって荒くれ者が集まる冒険者ギルドに頼むの?明らかに頼むところ違ってない?」
武器持ったゴリマッチョが「猫の世話にきました」なんて言ってきたら、私なら間違いなく追い返す。
『えっと……じゃあこれは不可で。これはどうです?『彼女に告白したいのですが勇気が出ません!誰か相談に乗ってください!』だそうですが?』
「ほう……おもしろそうじゃないか……」
恋愛系か。
これはおいしい。色んな意味で。
「詳細は?」
『えっと……依頼者は鍛冶屋の見習いの男性で、花屋で働く女性に片思いをしているそうです。だけど、どうしていいのか分からないので相談に乗ってほしいと』
「それはそれは……」
なんとも涎が垂れそうな依頼だ。
これだよ。こういう依頼を待ってたのよ。
「いいね。その依頼を受けよう」
『ただ、条件があって、女性で経験豊富な方とありますが?』
チラリと私を見るハンナ。
私は自身満々に親指を立てた。
「大丈夫。大人気少女漫画『シンデレラ無双。恋は戦だ、乙女よ武装せよ!』を全巻読破している私に隙はないわ」
『凄い。自信満々なのに、なんて頼りないんだ』
ビシリとハンナの頭にチョップをかます。
「うるさい!最近の少女漫画舐めんなよ!リアル以上にリアルなんだぞ!」
『リアル以上のリアルって、一周回ってフィクションどすよね?そんなフィクションしか知らない恋愛経験なんて糞の役にも立ちませよ!』
「なんだと!?だったらハンナはこの男性に適切なアドバイスができると?」
『できませよ!できてたら今頃彼氏がいましたよ!』
私とハンナは無言でガシリと硬い握手を交わした。
『それで?その依頼本当に受けるんですか?』
「んー?いや保留かな」
受けてみたい気持ちもあるが、他の依頼を確認してからでも遅くはないだろう。
「他におもし……良さそうな依頼はない?」
『依頼をおもしろいかどうか選ぶのはカオリぐらいですよ。んっ?あっ、これも恋愛系の依頼ですね』
「マジで?!」
なんだ!?なんでそんなに恋愛系の依頼があるんだよ?!実は冒険者ギルドってそういうことが得意なのか?!
だったら私も依頼を出すぞ!!
『緊急捕獲依頼!イケメンで高収入で性格のよい、可愛い系後輩男性を見附捕獲してくれ!』
マジで出すぞ!?
『えっと……依頼主は花屋で働く女性で、鍛冶屋の見習い男性に片思いをしているらしいです。ただ、勇気が出ないので相談に乗ってほしい……と』
「んっ?」
なんかどっかで聞いた内容だな?
ハンナもそのようで、怪訝な顔をしている。
私とハンナは最初に見た恋愛相談の依頼を見た。
次に今見たばかりの恋愛相談の依頼を見た。
『「……………………チッ」』
何かを察した私とハンナは、二人揃って小さく舌打ちをした後、それぞれの依頼票を剥ぎ取って部屋へと駆け込んだ。
そして、鎖でがんじ絡めにしたクローゼットから奴を解き放った。
『「ミロえもーん!この依頼を受けて欲しいんだ!」』
リア充死すべし。
恋愛に至るまでの過程は大好きだが、互いに好きあっているなら話は別。
リア充爆発すべし。
二人の淡く純情な感情の恋愛を汚すことに、私達は一切の戸惑いも躊躇もなかった。
リア充ぶっ壊すべし。
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