閑話 とある兵士達の後悔と、闘神の降臨
「全隊弓構え!!」
指揮官の号令のもと、兵達は弓に矢をつがえた。
「まだだ……まだ射つなよ」
緊張したように震える声で呟く指揮官。
彼は迫りくる者をしかとその目に捉え、射程内に入るのを待った。
そして……。
「────放て!!」
号令のもと一斉に矢が放たれる。
幾百もの矢が真っ直ぐに目標へと向かって飛んでいく。
通常であれば、これだけの矢に射られれば、その姿は針ネズミのようになって絶命すること間違いなしである。
そう……通常であれば。
「フゥゥゥン!!」
矢を射かけられた目標……人型をした巨体が、その丸太のような豪腕を真横へと振った。
耳をつんざくような風切り音が鳴り、凄まじい風圧が発せられる。
目標を射ぬくはずだった矢は風圧によって巻き上げられ、バラバラと力なく地面へと落ちていった。
「ば、馬鹿な……」
その呟きは誰のものだったか……。
兵達なのか指揮官なのか……はたまた、そのどちらもなのか。
どちらにしろ、その呟きはこの場にいる全ての者達の代弁であった。
そんな唖然とする兵達を他所に、目標たる巨人が、その豪腕を水平に薙いだ。
「フウァァァァ!!」
ブォォォォン!!
すると、そこからまたもや風圧が……いや、それは最早『かまいたち』と言える鋭い風が発生し、前方にいた兵達を襲った。
「「ギィヤァァァァァ!?」」
兵達や指揮官から悲鳴が上がる。
兵達は塵のように吹き飛び、辺りには砕けた鎧や武器の残骸が散らばる。
吹き飛び落ちてきた兵は満身創痍で起き上がれず、ただただ痛みに喘ぐだけであった。
それは圧倒的な『力』による蹂躙であった。
阿鼻叫喚の地獄絵図のような光景が辺りに広がる。
そんな地獄を創りだした巨人は、悠然と歩を進める。その視線の先には、いまだ武器を構える兵達がいたからだ。
だが、その兵達は目の前に広がるあまりに凄惨な光景に震え恐れをなし、遂には武器を投げ出して逃亡をはじめた。
「あ、あんな化け物相手にできるか!?」
「な、なんだよ、あれ!!なんなんだよ!!」
「か、敵うわけねぇよぉぉぉ!!」
「待て!逃げるな!敵前逃亡は重ざ───」
後列にいた指揮官が、逃げだした兵を咎めようとするも、その言葉は最後まで言えなかった。
なぜならば、その指揮官に影が差したからだ。
指揮官が恐る恐ると振り向けば、そこには直ぐ間近に来ていた巨人が、赤く輝く眼で自分を見下ろしていた。
「あっ……」
その眼を見て指揮官は悟る。
自分達は触れてはいけないものに触れたのだと。
巨人が腕を振りかぶった。
「これが……トゥルキング様達が恐れたカオ──」
それが筍顔の指揮官の最後の言葉であった。
とある若い筍兵士は憤っていた。
「は、話が違う!!」
死屍累々と仲間達が倒れ伏す戦場となった街中を駆けながら、何度目になるか分からない愚痴を溢す。
そして、今に至るまでのことを思い返した。
この筍兵士はこれが初陣であった。
初めての戦い。
初めての戦場。
初めての敵。
それら初めて尽くしで緊張と僅かな恐怖はあったが、それ以上に興奮があった。
華麗に戦場を舞い、敵を打ち砕く自分の姿を思い描いていた。
そしてあわよくば武功を立て、竹ノ皇帝様に認められ、いつかは竹羽様のような大将軍になりたいと夢見ていた。
大将軍竹羽は、かつて様々な強大な敵から竹ノ皇帝様を守ってきた偉大な戦士。
その矛は数多の敵を切り伏せ、数々の武勲を立てた英雄。憧れない筈がない。
いつか自分もそんな風に……。
そんな夢を抱いていた。
しかし、任務はある大罪人を捕縛するだけの簡単な任務と聞いて、肩透かしをくらった。
これでは武功を上げるどころではない。
せっかく新調した鎧も槍も無駄になると、落胆のため息を吐いた。
が、任務は任務だ。しっかりと全うしようと思い直す。幸い、今回配置された場所は偉大なる竹ノ皇帝様の側であり、上に立つ者の動きを間近で見れる。これはある意味良い機会だと、ポジティブに考えていた。
それに罪人の犯した罪は、竹ノ皇帝様と同じ十人植傑のトゥルキング様とボ○キング様を打ち倒したということだ。油断はできない。
とはいえ、たった一人に約三千人もの兵が導入されるのはやり過ぎかと思っていた。
が、ある意味この数はそれだけ竹ノ皇帝が怒っているということだ。仕方がないとは言え、罪人が哀れに思った。
そして、大罪人がいるとされる国の街に着き、街を閉鎖。その後、その大罪人が所属するという組織の建物へとやって来た。
事前に先触れとして大将軍竹羽様が行っているので危険はないだろう。
竹ノ皇帝様も竹羽がいれば大丈夫だと、報告を聞かずに後を追うように建物の中に乗り込んでいった。
自分達も警護に付いていく……と思いきや、そこは親衛隊だけで向かうと。当然と言えば当然である。
彼を含めた他の兵は、もしものために外で待機と指示を受けた。が、正直暇だった。
手持ち無沙汰だった彼は、なんとなしに事前にもらった人相書きを見た。
そこには人間と言うよりゴリラといった容姿の人間の顔が描かれてた。
正直、こんな奴がいるのかと思った。
あの建物にいるというが、信じがたい。
そもそも、トゥルキング様達を討ち取ったなど、何かの間違いではないかと考えている。
どこかで話がねじ曲がり、こんな話────。
ズガァァァァァァン!!
激しい破壊音と共に、建物の屋根が吹き飛んだ。
否。何かが屋根を突き抜けたのだ。
その突き抜けた何かは空高くまで飛び、やがて重力に従って兵達の目の前に落ちてきた。
一体何が……?そう目を凝らして見ると……。
「えっ?‥竹羽……様?」
それは尊敬すべき偉大なる大将軍竹羽であった。
が、今はその偉大さの欠片もなかった。
彼は頭から地面に突っ込み、ピクピクと痙攣を繰り返していた。
手足もあらぬ方向に曲がり、自慢の鎧は砕け散っていた。
そんなあられもない姿を晒す大将軍に兵達は唖然とする。が、そこは経験の違いか、年輩の手練れの兵士達は直ぐに我に返って竹羽へと駆け寄っていった。
若い者筍兵士はそれを未だ唖然と眺めていた。
「竹羽様!竹羽様!」
年輩の兵士が竹羽を地面から引き抜き、向けに寝かせ意識を確認する。
声をかければ僅かばかりに反応するので、意識はあるようであった。
「竹羽様!一体何が!!」
「……の……ぅ」
弱々しい口調で何を言っているか分からない。
だが、何かを伝えようとしてくるのは分かった。
兵士は耳を竹羽の口へと近付け、その言葉を聞き取ろうとした。
そして……。
「……ばけもの?」
ゴガァァァァァァァァァン!!
竹羽の言葉を聞き取った瞬間だった。
兵士達が囲う建物の入り口が爆ぜた。
砂埃が舞い、瓦礫の破片などが辺りにドサドサと散らばる。
いや、よく見れば瓦礫だけじゃない。
中に入った親衛隊までもが吹き飛ばされていた。
誰もがボロボロの姿となり、明らかな重傷であった。中には踞り『ごめんなさいごめんなさい』と必死に謝り続ける者もおり、精鋭たる親衛隊の猛々しい姿はどこにもなかった。
一体なんなんだ?!
若き筍兵は混乱する。
しかし、考えを纏める前に、追い討ちをかけるように事態は更に動く。
先程破壊された入り口。
そこから見上げる程の巨体がヌッと姿を表した。
5メートルはあろうかという巨体。
分厚い筋肉は岩のようで、槍如きでは貫けそうもない。腕は丸太のように太く、あれで殴られれば一撃で死ぬ自信があった。
そして、その顔付きだが……それには見覚えがあった。
「ゴリラのような顔……まさか……」
それは人相書きにあった人物。
そう……カオリであった。
兵士達は知らないが、それはスキル『│超怪力巨獣化』を使った香の姿であった。
そんなハ○クのような姿を現した香に兵士達は息を飲む。そして不意に、あることに気付いた。
香が何かを持っているのだ。
何か柄の長い……槍……いや、槍にしてら先の方が変なかた……。
「た、た、た、竹ノ皇帝様ぁぁぁぁぁぁ!!」
若き兵士は思わず叫んだ。
叫ばずにはいられなかった。
何せ香が武器のように手にしていたのは、彼らが敬愛する竹ノ皇帝その人だったからだ。
香は竹ノ皇帝の頭を柄でも持つかのように握っていたのだ。
握られた竹ノ皇帝は意識がないのかグッタリしており、香のなすがままになっている。
服も身体もボロボロで、とてもあの偉大な皇帝とは思えぬ姿に変わり果てていた。
驚きのあまり硬直する兵達を他所に、香は竹ノ皇帝をまるで武器か何かのように掲げた。
そして、兵達を一瞥し、静かに。だが、覇気の籠った声で語った。
「我、女子王香也。我、侮辱に対し、武力をもって応えよう」
そこからは正に地獄であった。
まず、香なる人物は、唖然とする隙だらけの兵達に突撃し、その豪腕をもって力任せにぶん殴った。
それだけで兵達は吹き飛んだり、地面にめり込んだりして戦闘不能となった。
次に竹ノ皇帝様を助けようとした兵達がやられた。槍や剣を構え、主を助けようと勇敢にも突貫した……が、これも力任せの薙ぎ払いによって全滅。
しかも、竹ノ皇帝を武器に使った薙ぎ払いだ。非道である。
その中には竹羽に継ぐ実力者たる竹飛や竹備といった武将や、軍師たる諸葛亮竹明などもいた。
しかし、武将は正面から叩き伏せられ、軍師の軍略は力業で捩じ伏せられた。
生き残った部隊も何とか抵抗しようとしたが、次々と香によって撃破。建物前にいた兵達の八割が壊滅した。
そして残りの2割……つまり、この若い兵達を含めた幾人かは、あの場から逃げ出したのだ。
主を見捨てての逃亡など恥ずべきことであるが、あの天災のような暴力の前に彼らの心は折れていた。
大将軍や武将達が敵わないのに、自分達がどうにかできる筈がない!
そう判断した彼らは、未だ戦う仲間や助けを求める声を無視し、一目散に逃げ出した。
戦場に淡い夢を描いていた若き兵士も、既に心は折れていた。バキバキのボッキボッキに折れていた。
そんな逃げだした兵士達。
これで命は助かる。
そう思っていたが、ここで思わぬことが起きた。
なんと香が追ってきたのだ。
「逃さぬ。誰一人として」
どうやら一人も逃す気はないらしく、マラソンランナーのように腕を高く振り上げながら、ドシドシと足音を立てて追ってくる。
そして彼らを追いかけて来るということは、抵抗してた部隊は完全に全滅したらしい。
背後から迫るそんな香の迫力は凄まじく、兵達は恐慌状態となった。
「なんなんだ!なんなんだあれは!!」
「ちくしょう!誰か……誰か助けてくれ!!」
逃げる筍と、それを追う修羅。
命懸けの鬼ごっこが始まった。
それが今に至るまでの流れだった。
「ちくしょう!話違うじゃないか!!」
若き筍兵士は必死に逃げた。
後を追ってくる修羅こと香の手から逃れるために駆ける。
後方から悲鳴がまた上がった。
振り替える余裕はないが、後方にいた幾人かの仲間は既にやられたようだ。その悲鳴があれであろう。
筍兵士はその悲鳴に恐怖しながら、何度も何度も同じことを考えていた。
くそ!なんでこんなことに!!罪人を運ぶだけの簡単な任務だったんじゃないのか!!それがなんでこんな……。
ここにきたことを後悔し、理不尽を呪い、また後悔する。走っている間中、彼はずっとそんな思考を繰り返していた。
だが、不意にその考えは終わった。
何故ならば、あることに気付いたからだ。
それは……。
周りから声が聞こえない?
先程まで周囲から聞こえた仲間の声や悲鳴。それに息切れなどがまったく聞こえなくなっていた。
何故か?……そう考えた瞬間だった。
「お前が最後だ」
耳元で声が聞こえた。
それが答えを得ると同時に、彼が聞いた最後の声だった。
アンデル王国の王都内は混乱のただ中にあった。
その理由は、突如として現れた謎の筍顔の軍団だ。
彼らはいきなり現れると『カオリを出せ』などと分けの分からない事を言いながら侵攻してきた。
無論、アンデル王国の兵士達は抵抗したが、彼らの強さは異常だった。
圧倒的な力と連携でアンデル兵士を取り押さえ、あっという間に拘束してしまったのだ。
その後、王都にある四つの門を封じると、我が物顔で王都内に侵入してきた。
謎の筍集団の侵略に王都内はパニックになった。
これが噂に聞く魔王軍の侵略ではないかという話まで出回った。
実際は、彼らは大地の守護者の眷族であったが、見た目からして間違うのも無理はなかった。
人々は恐怖し、家族や友人と共に家に閉じ籠る。
そして嵐が通り過ぎるのを待ちながら、天に祈った。
どうか神よ……。我らを助けたまえ……と。
人々は窓の外で我が物顔で道行く筍達に恐れ戦き萎縮していた。
と、そこに突然爆発音が響いた。
今度はなんだ?!あの筍達の仕業かと思えば、その筍達が大慌てで逃げていく。
一体何が……。
恐る恐ると窓から通りを眺めれば……。
そこには筍達を蹂躙する巨人がいた。
見上げる程の背丈に、岩のように分厚い筋肉。
野獣を思わせる顔付きに、覇者の風格漂うオーラを纏った巨人。
その見るからに強大な巨人が、次々と筍共を殴り倒していた。
巨人は時には筍達を掴んでは塵のように投げたり、蹴飛ばしたり踏みつけたりと、まるで虫でも相手にしてるかのように倒していく。
筍共も必死に抵抗するが、槍も剣もあの筋肉を傷付けることができずにいる。
そうしてまた一人の筍が掴まり、天高く投げられた。
そんな光景をある家の中から見ていた中年が、声を震わせながら呟いた。
「あれは……なんなんだ……?」
鬼か悪魔かはたまたそのどちらもか?
その圧倒的力を持つ巨人に恐怖を抱かずにはいれなかった。
「ラージャ様じゃ……」
フッと、誰かが呟いた。
見れば、それは中年の年老いた母であり、彼女は椅子に座りながら窓の外にいる巨人に向かって手を合わせていた。
「母さん?ラージャ様とは……?」
そう母に聞くと、年老いた老婆は巨人に手を合わせながら、ゆっくりと語った。
「この国では女神様を崇めるケストミリア教が国教故に知らぬかもしれないが、世界には女神様以外の神もいるとされる」
「それは聞いたことがあるけど……もしかしてラージャ様というのは?」
「そうじゃ。闘神ラージャ様。かつて、女神様と共に邪神と戦った闘いの神じゃ。はち切れんばかりの筋肉と野獣のような容姿。そして圧倒的な覇気を持つ神で、その力をもって神々の先駆けとして邪神共を薙ぎ払ったとされる」
老婆はありがたそうに手を合わせながら、目を細めた。
「あれはきっと、闘神ラージャ様に違いない。本来は獣人達が信仰する神であるそうじゃが、儂らの願いに応えて天から下りてきてくださったに違いない。なんとありがたいことか…儂らのために、宗派を超えて助けてくれるなど、何と器の大きい……」
そう呟きながら、老婆は咽び泣きだした。
そんな母に寄り添いながら男は再び巨人を見た。
確かに巨人の見た目やその猛々しく戦う姿は正に闘神であり、母の語ったラージャ様にそっくりである。
「ラージャ様……」
男は自然と母に倣い手を合わせていた。
ご意見・ご感想をお待ちしています。