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82話 訪れてきた者

 


 冒険者ギルド内に静かなざわめきが起きていた。


 唐突にギルドに現れた謎の人物の開口一番の叫びに、誰もが戸惑い唖然としていた。


 中でも私が一番唖然としていた。

 なんせ、呼ばれた名は、この私本人なのだから。


 そんな私は瞬時に入り口から顔を背けた。


 何故か?それは数々の修羅場を潜り抜けてきた私の本能が『危険!関わるな!』と警鐘を鳴らしていたからだ。


「もう一度問う!この中でカオリという名の女はおるか!」


 誰も名乗りでないことに憤ったのか、謎の人物は更に大きな声で叫んだ。


「ちょっとカオリ……呼んでるけど?」


 ボソリと、ゴルデが耳打ちしてきた。


「無理。あれ駄目。絶対関わる駄目。香、本能そう言ってる」


「なんで片言……」


 テンパり過ぎて接続詞などが飛んでしまった。


 いや、それよりどうしよう……これ?

 逃げる?逃げた方がいいかな?というか、まずは誰か確認した方がいいかな?


 でも、向こうが顔を知っていたら、私が顔を向けた瞬間にバレるよね?


「ねえ、ゴルデ。今私を呼んでる入ってきた奴ってどんな奴?」


 取り敢えず顔を入り口から背けたままゴルデに聞くと、凄く難しい顔をされた。


「あそこにいると、入り口から差し込む光が眩しくてよくみえないわ。けど、なんか尖った兜みたいなものを被っているから冒険者か兵士かしらね?」


 冒険者か兵士……。

 そう言われても心当たりはないな。

 もともとそんな顔も広くないしね。

 もしかしたらお城からの呼び出しかもしれないけど、それなら勇者である私に『カオリ』なんて呼び捨てをするようなことはしないと思うし……。


 そんな風に考えていると、謎の人物は業を煮やしたのかズシャリズシャリと足音を立ててギルド内へと入ってきた。


「ええい!カオリという者がいるのかと聞いておるのだ!誰ぞ、何か答えぬか!!」


 苛ついた声で叫ぶ人物に、パタパタと小走りで近付くものがいた。


 チラリと横目で見れば、受付嬢のニーナであった。


「あ、あの……!!」


「ムッ?貴様がカオリか?」


「い、いえ違います。私は当ギルドの受付嬢をしているニーナと申します」


 ニーナがそう自己紹介をすると、謎の人物は『フン』と、つまらなそうに息を吐いた。


「なんだ違うのか。ならば用はない。儂はここにいるというカオリという女に用があってきたのだ。受付嬢如きは下がっておれ」


「そ、そうは参りません!カ、カオリ様は確かに当ギルドに所属する冒険者です。その所属する者が何者かも知れぬ得体の知らない方に用件も言わずに呼ばれたとあれば、ギルドに勤める者として、これを放っておくことはできません!」


 力強く放たれニーナの言葉に私は胸を打たれた。


 ニーナさん!マジでイケメン過ぎる!!

 こんな私を庇ってくれるなんて!!

 さっきは「 死ね」なんて言ってごめんなさい。

 今度からは胸を見ても嫉妬しないように……それは無理だけど、暴言は吐かないように頑張ります!


 ニーナに感謝しつつ誓いを立てていると、謎の人物から強い威圧感が放たれだした。


「ほう……得体の知れぬ……だと?儂の姿を見ても、誰か分からぬとは……なんとも蒙昧な眼よ」


「ひっ……!?」


 明らかな怒気と殺意を醸し出す人物の威圧感に、ニーナが小さな悲鳴を漏らす。

 だが、それは仕方ないことだ。

 荒事の多い冒険者ギルドで勤めているとはいえ、彼女は一般人で非戦闘員なのだから怯えても仕方がない。

 むしろ、あれだけの威圧感を浴びて小さな悲鳴で済んだことを誉めるべきである。


 というか……あれだね。

 これは本能がどうとかと言う前に、そろそろ出ていかなきゃね。

 私に何の用があって誰かは知らないが、これ以上ニーナや関係ない人間を巻き込む訳にはいかないだろう。


 正直怖いけど、勇気を出せ!

 私に用があるんだったら正面から聞いてやろうじゃないか!


 そう意を決し、気を引き締めて謎の人物へと振り返った。


 そうして姿が顕となった人物は、ザッドハーク程ではないにしろ、かなり大柄な体格をしていた。


「その長耳を見るに森の民であろう。なのに儂を知らぬとは……。なんとも無知にして愚かな娘よ」


 その人物は全身に立派な鎧を付けていた。

 ただ、この辺で見るような西洋風なものでなく、東洋風……三国志とかで武将が着るような変わった鎧であった。


「知らぬとあれば仕方あるまい。儂が誰であるか。それを教えやろう」


 そして、その人物の顔は……。


「儂は……」


 


 


 


「世界樹様に仕えし偉大なる十大植傑が一柱にして竹族の絶対なる王、竹ノ皇帝様に仕える忠心が一人、竹羽である!!」


 その顔は、筍であった。


 


 


 

 私は無言で再び顔を逸らした。

 勇気?もう霧散しましたが?


「ね、ねえ……カオリ。あ、あれ……な、なんか凄く既視感があるんだけど?」


『え、ええ、私もですが……。カ、カオリ。あれって、もしかしなくても……』


 ゴルデとハンナの言葉に私はゆっくりと頷いた。


「間違いない……。間違いなく、ボ○キングとトゥルキングの関係者よ……」


 あの悪夢が甦る。


 自己紹介でも言ってたし、間違いなくあの糞植物関連だ。あの人間と植物が混じったような見た目からしても間違いない。


 糞がぁぁぁぁ!?とうとうここまで乗り込んできやがった!!

 というか早いんだよ!!シリーズ関連を出してくる頻度が早すぎなんだよ!!

 普通、ああいう十大ナントカってやつは、もっと小出しにしていくだろ!?

 もっとこう……少しずつ劇的な展開で出して盛り上げてくもんだろ?!

 それがボ○キングを倒した数日後に新しい奴が襲いにくるって、ヤクザの報復か!?もしくは島津か?!気が短すぎやろ!?


 再び現れた十大植傑だかいう奴に頭を抱えていると、ハンナがヒソヒソと耳打ちしてきた。


『で、どうするんです?行くんですか?』


「行かない」


「即決!?」


 私の迷わぬ判断にゴルデが驚いているが、当然であろう。


 誰が好き好んであんな不気味な植物に関わるというのか。


 絶対録な目に会わない。絶対だ。断言する。


 ニーナには悪いけど、ここは隙を見て逃げさせてもらう。あれと関わって面前なことになるのは目に見えて分かっているしね。


 一瞬だけニーナの方を見ると、そのニーナと目があった。


 明らかに助けを求めているような目で此方を見ていた。


 が、私はそんなニーナからも目を逸らした。


 ごめんねニーナ。

 庇ってもらったのは嬉しいけど、流石にそいつらには関わりたくないの。

 だから悪いけど、私はここを去る────


「あの人!あそこに座っている人がカオリ様です!」


「なに?」


 ニィィィィナァァァァァ!!


 売りやがった!いとも簡単に私を売りやがったぁぁぁぁぁ!!

 さっきまでの『ギルドに勤める者てして~』はどうしたぁぁぁ!!ギルド員としての誇りはないのかぁぁぁぁぁ!!


 チラリと横目でニーナを見れば、どこか勝ち誇ったような顔で笑ってやがった。


  デ○ノートの夜○の『計画通り』みたいな黒い笑いをしてやがった!!


 あの野郎、ぶっ殺してやる!!


「……急に案内する気になったようだが、どういう心境の変化だ?」


「乙女心と季節は移ろい易いものです」


「よ、よく分からんが、まあいい。で、どれがカオリだ?」


 ヒィ!!


 竹羽とかいう筍顔の奴が此方にギョロりと目?を向けてきた。いや、筍だから目とかどこにあるか分からんけど、こちらに視線を向けたのは確かであった。


「どこだ?」


 ただ、現在は男共が自称痴女討伐に行ってギルド内には女しかいはいから、どれが私かは分かっていないようだ。


「あれです!あの茶髪の!」


 あの野郎!!しっかりと私を指差しやがった!


 こちらを指を差してくるニーナが腹正しいが、今はそれどころじゃない!

 いまだ竹羽がキョロキョロと探している間になんとか隠れて……隠れ場所がないわ!でも、下手に席を立ったらバレるし……。

 な、何か手は?そうだスキル……スキルに何かなかったか?何か……隠れたり、姿を変えるような…あのスキルは駄目だし、これは……そうだ!!


 私は咄嗟にあることを思いつき、そのスキルを…正確には│混沌タル超獣ノキメラロードで合体させたものを発動した!


 ウオオ!間に合え!合技発動!!


 


 


 


「で、どこだ?」


 こちらに近付きながら私を探す竹羽。その前にはニーナがおり、サ○エさんのエンディングでサ○エさんが家族を誘導するように、こちら側に背を向けたまま、真っ直ぐに竹羽を案内してきている。


 あの野郎……完成に裏切りやがって……。

 あの動き。ホイッスルを吹いてたら完璧にサ○エさんじゃないの……。


「こっちです!さっき朝食をとっていたのでまだいるはずです!ほら!お仲間のハンナさん達もいました!そこの席です!」


「ほう……そこか」


 こっちこっちと率先して竹羽を案内し、私達の前へとやってきたニーナ。

 そして先程まで私が……いや、いまだに私が座っている席を自信満々で指差し「この人です!」と高らかに叫んだ。


 そんな指差された私を見た竹羽だが、どこか戸惑ったような雰囲気を出していた。


「……これがカオリか?報告では人間の女と聞いているが?」


「?……間違いなく人間ですよ。多少人間離れしたとこはあ……る……」


 私に背を向けたままのニーナだが、竹羽の様子を変に思ったようで私へと目を向け……硬直した。


「えっ……?なんで海老が?」


 その呟き通り、ニーナが指差した席には海老がいた。


 人間大の海老がなに食わぬ顔で席に座っていた。


 否。私の姿が海老となっているのだ。


 私が何をしたのか?それはスキルの【擬態】と【大甲殻】を合体させたスキルを使ったのだ。


 そのスキルの名は【海老グルミ】!

 その名の通り、私の姿を海老とするスキルだ!


 本来、【擬態】は周囲のものに姿を変化させて隠れる迷彩スキルで、【大甲殻】は皮膚を殻のように固くするスキルだ。

 最初は【擬態】だけを使おうとしたが、周りに擬態できるようなものはなかった。

 今使えば、席の色と同化した木目調の私ができあがる。気持ち悪いし、絶対にバレる。

 ならば、他のスキルと合体させて、姿自体を何か別なものに変身してしまえばいいと考えたのがこれだ。


 この【海老グルミ】のおかげで、周囲から見た私の姿は人間大の二足歩行の海老にしか見えなくなっているはずだ!!


 ハハハ!これなら私だってバレないだろう!


 えっ?あからさまに怪し過ぎるって?

 なんで海老かって?馬鹿じゃないかって?


 ハハハ……。


 んなもん私が一番知ってるわ!!

 あからさまに不自然なのも怪しいのも全部分かっとるわ!!突然人間大の海老が現れたら誰だって怪しむわ!!魔物かなんかだと思うだろうし、もっと別なものに変化できたらという後悔もある!!


 でも仕方ないでしょ?突然だったから慌ててスキルを合体した結果、こんなんなっちゃったんだから!!

 なんか頭ん中で覚えてたスキルが【擬態】の他に【大甲殻】しかなかったんだから仕方ないでしょう!?

 別に好きで海老の姿をチョイスした訳じゃないからね?できたらもっと可愛い奴か目立たない姿がよかったからね?!


 それに【海老グルミ】っていうから、ちょっとはデフォルメされた可愛い海老を想像してたのに、ガチの海老じゃねーか?!

 触覚から何まで事細かに再現されてるわ!!

 見た目、海老の魔物というより、昔のライダーに出てきた怪人っぽいんだけど?!


『海からの刺客!!海奇、海老男の恐怖!!』


 みたいなタイトルが今にも付きそうだわ!!


 自分でやったことではあるが、あまりにも酷すぎる姿に頭を抱えるしかない。

 ゴルデやハンナ達も突然海老になった私に言葉が出ないようだ。


「えっと……こ、この海老が本当にカオリという奴なのか?」


「えっ?そ、それは……」


 竹羽の問いかけにニーナがしどろもどろになるが、誰だってこんな海老が席にいたらこうなるだろう。


 ニーナは暫し私に目をやっていたが、やがて助けを求めるようにハンナへと視線を向けた。


「あ、あのハンナさん?カ、カオリさんはどこへ?先程までいましたよね?あと……この海老は?」


 聞かれたハンナも視線が泳ぐ。

 なんて答えた方がいいのか分からないようだ。


 ハンナは私をチラチラと見つつ、意を決したように口を開いた。


『カ、カオリなら、痴女を見に外に出ましたが?』


「オイ」


 思わず声が出てしまい、慌てて口を押さえた。


 いや、仕方ないでしょ?!

 何でよりによって痴女を見に行ったことになってんだよ?もっと他に良い言い訳があるでしょ?!

 これじゃ私、痴女に興味ある変態みたいじゃないのよ?!


「えっと……あの痴女を見に?カ、カオリさんってそういう……」


 ほら!絶対勘違いしてる!変態と思われた!

 どうすんのよ!この誤解どう解くのよ!!


 海老の姿でハンナに無言の圧力を送ると、慌てたように弁明を始めた。


『あの……ほら……別に痴女に興味ある訳じゃなくて……さっき誰かが言ってたじゃないですか?痴女の胸が推定Fカップって……』


 ハンナがそう言った瞬間、ニーナはまるで全て悟ったかのような顔となった。


「ああ……なるほど。だから痴女を討伐に……」


 オイッ?!


 声に出さなかった内心で盛大に叫んだ。


 なんで私が…胸がデカイ=討伐…みたいなノリになってんだよ!?普段、どんな目で私を見てんだよ?


 私だって胸がデカけりゃ誰にだって襲いかかる訳じゃないよ!?そこまで見境ないようなバーサーカーになった覚えはないからね?!


 そう憤ってもニーナの中では納得したようだ。


 それならば、いないのも仕方ないですよね?ってハンナと頷きあっている。


 いや、マジであんたら覚えてろよ?


 そう決意を新たにしていると、ニーナが私をチラリと見てきた。


「で、この海老はなんですか?」


『えっと……その、か、カオリの親戚のエビゾーです』


 オイィィィ!こんな親戚いてたまるか!?


 なんで海老と親戚なんだよ!?他に言い様はあるだろ?!よりによって何で海老と親類関係になるんだよ?!流れてないからね?海産物の血なんて一滴も流れとらんからね?


 そして名前!!歌舞伎役者みたいな名前になっとるだろうが!?センス0か!?


 ほんでニーナもニーナで『なるほどな~』って納得するな!?そこは疑え!!

 私はそんな海老っぽくないぞ!ないよね?


「それで……結局カオリとやらはいないのだな?」


 憤る私の内心を他所に、黙って事の成り行きを背後で見ていた竹羽がそう声をかけてきた。


「は、はい。先程までいたのですが、痴女を追って出ていったみたいで……」


「痴女?いや、意味が分からないのだが……」


 私も分からない。


「カオリ様は自分よりも胸が大きい方に憎しみ…いえ、憎悪と言える程の感情を抱く方なので、痴女の胸が大きいと聞いて討伐しにいったのかと……」


 その理屈ならあんたも討伐対象よ。


「そ、そうか。なんとも変わった者なのだな……」


 竹羽がその筍顔を引きつらせた。


 いや、正確に引きつらせたかどうかは筍顔だから知らないけど、雰囲気的にそんな感じであった。


「さて……では外に探しに行くべきか……。いや、ここで待ってた方が確実か?いや、やはり……しかし間もなくあの御方が……」


 竹羽が腕を組みして思案をはじめ、ブツブツと呟きだした。


 おっ?これは上手くすれば帰ってくれるかな?

 なんだかんだでこの海老の姿で誤魔化せているようだし、あとは隙を見て隠れよう。

 メル婆のところにでも状況が落ち着くまで潜伏してようかな?


 そんな事を考えながら竹羽が去るのを待っていると、唐突にギルドの外からジャーンジャーンとド派手な銅鑼の音が響いてきた。


 更には地を揺るがすようなザッザッザッという行軍するよう足音まで聞こえ、ギルド内は騒然となった。


「えっ?こ、今度は何よ?!」


『これは一体!?』


 段々とこちらへとチカヅイテくる銅鑼と足音。

 それらに戸惑う私達を他所に、竹羽はどこか恍惚とした様子でそれを聞いていた。


「おお…これは…あの方が来てしまわれたか!」


 あの方?あの方ってまさか?!


 そう思いたった瞬間、ギルドの扉がド派手な音を立てて大きく開かれた。

 

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