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81話 不穏→平穏→不穏

 

 チュンチュンと鳥達の鳴き声が聞こえる。


 窓からは爽やかな朝日が差し込み、私の顔を照らしてくる。


「うう……ん……?」


 朝日の眩しさに意識が覚醒する。

 見上げれば、見知らぬ天井……でもなくなったギルドの宿屋の天井だ。


 そうか……依頼から帰ってきたんだっけ?


 ベッドから身を起こし、ボンヤリと壁を見つめる。


 まだ寝惚けていて頭が正常に回らない。


 えっと……昨日は……。

 確か、エマリオさんから感謝と報酬を受け取って、そのまま黄金の渡り鳥亭に行ってハンナやゴルデ達とお疲れさん会で豪遊して……。


「いてて……」


 なんか頭がズキズキと痛いし気持ち悪い。

 なんなのこの感覚は?頭痛とも違うし……。


 そういえば、ザッドハークにふざけてお酒を一口だけ飲まされたような……?ってことは、これが二日酔いってやつなのだろうか?


 はじめてだから分からないが、とにかく気持ち悪い。


 水でも飲もうかな……。


 モニュ。


 んっ……?なんだ?横に置いた手に、なんか柔らかなものが?

 というか、なんか私の横にある毛布が凄い盛り上がってるんだけど?

 具体的には人一人分ぐらいの盛り上がりがあるんだけど?


 何か嫌な予感がしつつ、恐る恐ると毛布をめくると……。


 そこには裸で眠るミロクがいた。


「…………」


 取り敢えず、無言で毛布をもとに戻してから頭を抱えた。


 あんれ?ここは……私の部屋だよね?

 うん、間違いないね。

 じゃあ、なんでミロクがいるの?いや、ミロクだよね?ミロクだったよね?なんでいるの?


 しかもなんで裸?そして今更だが、私も裸だし。


 昨日は……駄目だ思い出せない……。

 なんでこんかエロ漫画やラブコメものみたいな朝チュン展開になってるのか全く覚えがない。


 もしかして夢?まだ私は夢の中とか?

 さっきのミロクも私の夢の産物では?


 そう思い直して再び毛布をめくった。


 いた。普通にミロクがいた。

 しかもガッツリと目が合った。

 無表情にこちらをめっちゃ見てくる。


「…………」


「…………」


 暫し沈黙が訪れた。


 が、不意にミロクの口元が綻み、頬が赤く染まった。


「カオリ様……昨夜は激しかったですね」


 


 


 


 


「ああ、おはようカオリ昨日は酔って……って、朝からなんで修羅の顔になってるの?」


 朝食をとるため部屋を出て、ギルドの一階に併設された酒場食堂に向かうと、既にゴルデ達一行が席について朝食をとっていた。


「うん……ちょっとね」


「そう?そういえば、ミロクさんが隙があれば、あんたの部屋に忍び込もうとか計画してるみたいだから、今夜ぐらいから気を付けてね」


「その情報は昨夜のうちに欲しかった」


 既に手遅れだ。


「……ってことは、既に潜り込んでいたってこと?」


「全裸で隣にいた。はじめての朝チュンが同性の変態とかトラウマ確実なんだけど」


「行動が早すぎる……。で、そのミロクさんは?」


「シーツに包んで窓から投げ捨てた」


「既になんか手慣れた感がある対応を……。いや、一応まだ出会ったばかりの人によくそんな手荒な真似ができるわね……」


「私がどんだけ非常識に囲まれてきたと思ってるの?あんなのザッドハークの亜種と考えれば何でもないわよ」


「心が強すぎる……」


 伊達にザッドハークという非常識の塊に揉まれてきたわけでなくてよ。


「そういえば、そのザッドハークはどこかしら?」


 キョロキョロと見回すが、あの目立つ巨体が見当たらない。

 いつもだったら私より先に起きてきてジャンクさんと朝食をとっているのだが?


 そんなザッドハークを探す私を、ゴルデ達が呆れたような目で見ていた。


「あんた……何も覚えてないの?」


「覚えてないって……何が?」


「うーんとねー……そもそも昨夜のこと覚えてるー?」


「昨夜?いや、それが全然。多分、ザッドハークにお酒を一口飲まされたんだろうけど、そっから先は……」


「ハァ……やっぱりね……」


 やっぱり?やっぱりって何が?


「あの……昨夜は何があったの?というか、私…なんかした?」


「なんかしたって思う自覚があるあたり、自分のことを良く知ってるわね」


 やれやれとため息をつくゴルデに腹が立つが、図星をつかれたためにぐうの音も出ない。


「それで……何やったの?」


「何をやったというか、殺ったね」


「そっちの殺った?!誰を?!」


「ザッドハーク」


 セェェェェェェェェェフ!!


「誰かと思えばザッドハークね。驚かせないでよ、もう!プンプン!」


「いや、プンプンじゃ……もういいわ……」


 ゴルデが諦めたように首を横に振った。


「まあ、殺ったというか、正確には殺る寸前まで追い込んでたわね」


「具体的には?」


「あんたがお酒を一舐めした後、えらく酔っぱらって『見て見て。私、スイケン使えるの。アチョ~』ってワケわかんないこと言って、笑いながらザッドハーク達をボコって最後は股間を蹴りあげて失神させてたわ」


「Wow……」


 あまりの驚きに英語が出た。


 何をしてんだ昨夜の私。

 暴れ過ぎにも程があるだろう……。

 しかし、たった一舐めで泥酔とは……私って弱かったのね……。


 今後マジで酒は飲まない方が良さそうだ。


「いままで飲んだことはなかったけど、禁酒した方が良さそうね」


「そうね。何よりも私達のためにもね」


 そんな危険物を見るような目を向けるなよう。


「てか『達』?」


「そう『達』。ジャンクに村長に石塚よ。三人はあんたを止めようとして巻き込まれ、同じく股間を蹴り上げられてたわね。結局、四人纏めて治療院に運ばれたわよ」


「Wow。道理で静かな訳」


「全く悪びれない態度を諌めるべきなんだろうけど、相手が相手だから迷うわね……」


 頭を抱えてゴルデを他所に、彼女らが座る卓の空いた席へとついた。


「いいわよ、あんな性癖歪んだ奴ら。多少痛い目にあってなんぼよ。それよかご飯ご飯。お腹が空いて仕方ないわ」


「それよかって一応あんたのパーティーメンバーよね?まあ、いいけど……。そういえばハンナとゴア姐さんは?」


「ゴア姐さんは知らないけど、ハンナなら多分……」


 そう尋ねてくるゴルデの前で、私は更に隣の空いてる席に向けて手を掲げた。


 そして……。


「『解放』」


 詠唱と共に空間が歪み、そこから寝間着姿のハンナが現れ、そのままガタリと席に着いた。


『Z~Z~』


 記憶はないけど、やっぱりしっかりとハンナを収納してたみたいね、私。日課だから身についてたんだろうな。


 出てきたハンナは未だに寝ており、そのま卓に突っ伏してしまった。

 涎を垂らしてグースカ寝てる姿は、あの不死者の王たるリッチとは思えないなぁ。


 そんな光景をゴルデ達は唖然と見ていた。


「えっと……これは?」


「宿代浮かすため、ハンナ達には私の収納空間で寝泊まりしてもらってるの。なんか案外と快適らしいよ」


 ハンナ曰く適温に保たれた空間で、居心地が良いとか。


「えー……収納空間にーって……中に人を入れるなんてー聞いたことないけどー?」


「人……というか無生物限定ね。ハンナはリッチで死人だから大丈夫みたい」


「忘れてたけど、この娘も大概なのよね……」


「だねー……」


 頬をひくつかせ、何とも言えない目でハンナを見るゴルデ達。


 忘れがちだがハンナはリッチであり、普通だったらボス級の魔物なのよね。

 こんな寝顔を公衆の面前で晒していいような存在じゃないよね。


「さて、それよりご飯ご飯!あっ、お姉さーん!ベーコンエッグセット頂戴!卵は半熟で、ベーコンはカリカリでお願いね!」


「かしこまり~」


「お願いね~……って、なんだ?」


 取り敢えず腹が減ったので通りかかった給仕の猫耳お姉さんに注文を告げてると、なにやらギルドの入り口付近が騒がしくなってるのに気づいた。


 なんだか男達が慌てたように騒いでいる。


「なんか騒がしいわね?」


「本当ね。何かあったのかしら?」


「さあー?何かーあったのかなー?」


「んー?ちょっと聞いてみようか。……あっ、ちょうどいい。ニーナさーん!」


 ちょうど近くを通りかかった金髪巨乳エルフ美女の受付嬢……略して属性盛りエルフに声をかけた。


「あっ、はーい。おはようございますカオリさん。どうかしましたか?」


「死ね」


「えっ!?」


「あっ、ごめん何でもない」


 危ない危ない。その揺れる胸を見てたらつい怨嗟の声が漏れてしまった。


 ゴルデ達がジト目で私を見てくるが無視だ無視。


「それで、なんか騒がしいけど何かあったの?」


「えっと、あれ……?空耳かな?そ、それであの騒ぎのことですか?」


「うん、何かあったの?」


「それが……なんでも変態が出たそうで……」


「ハッ?へ、変態?」


 予想外の言葉に私達は唖然とした。


 変態って……なんだそれは?

 こんな朝っぱらから……いや、私も別の変態に絡まれてたな。


「いや、変態って……ナニソレ?」


「詳しくは分かりませんが、何でもギルドの周辺で痴女が出たとか」


「……痴女?」


 はて……なんか嫌な予感が……。


「はい。裸の女が突然空から現れたらしく、それを見て何があったのか聞こうとした冒険者達が……」


 ニーナが何か言おうとした瞬間、それを遮るように男の叫び声が入り口付近から響いた。


「た、大変だ!ジョセフが……ジョセフも痴女にやられやがった!」


「なんだと!?燻し銀級のジョセフがか!?」


「ジョセフだけじゃねぇ!?最初に声をかけた奴らも、他の冒険者も衛兵も……興味本位で見学してた男共もみんな痴女にやられちまった!!」


「馬鹿な?!一体何があったんだ?!」


「分からねえ!ただ、あの真っ裸の痴女が皆の股間を一撫でした瞬間、誰もが『アフン』と呟きながら倒れてしまったんだ!皆何故か幸福そうな顔で倒れてやがる!」


「なんだと!?そんなの許せねぇ……ギルドの仲間をそんな……」


「ああ、許せねぇな。俺は皆の仇を取りに行くぜ!!」


「俺もだ!」


「俺も!」


「儂も!」


「ああ!みんなで行こうぜ!」


 ギルド内にいる男共が意を決した顔付きで次々と席から立ち上がった。


「よし!皆で仇討ちだ!敵は推定Fカップの黒髪美女だ!今もギルドの裏にいるはずだ!逝こ…じゃなく、行こうぜ、皆!!」


「「「「オオッー!!」」」」


 そう叫びながら、男共は列をなしてギルドから勢いよく出て行った。


 しかも、これから危険人物と対峙するというのに、何故か誰も武器を手にしていなかった。

 寧ろ、嬉々として防具を外していく者がチラホラといる程だ。


 そんな去り行く男達の背を、ギルドに残った女性達全員が冷ややかな視線で見送っていた。


「と、という訳です……」


 去っていく男達を指差しながら、ニーナは頬をピクピクとひくつかせた。


「…………」


「ねえ……カオリ。あの……確かあんた、さっき窓から……」


 何か言うゴルデからフイと顔を背けた。


「何も言わないでゴルデ。私は何も知らないし、貴女は何も聞かなかった。オッケー?」


「いや……でも……」


「事実を語ったところでどうなるの?私達が不幸になるだけ。なら、何も知らない振りをした方が建設的でしょ?それに、男共は幸福そうにしてるって言うし、別にいいんじゃないの?」


 早口で捲し立て、目で圧をかける。

 すると、ゴルデは渋々ながらも『オッケー……』と了承を示したら。


 フム。言質はとった。


「あ、あの……もしかして外にいる痴女に心当たりでも……」


「知らぬな」


「なんで唐突に無骨な武人口調なるんですか!?絶対なんか知ってますよね?隠してますよね?というか、もしかしてお仲間……」


「知らぬと言ったら知らぬ!あまりしつこいようであらば、その脛を……蹴るぞ!」


 ニーナの顔面が真っ青となった。

 私の蹴り。すなわち、脛殺しを知る故に、その恐ろしさは良く知っているからだ。

 実際に喰らった訳ではないが、ギルドでザッドハークや数多の冒険者達が悶絶しているのを彼女は嫌という程見ている。

 だから脛殺しが如何に恐ろしいかを彼女は理解しているのだ。


「ひ、ひぃぃ~す、すみません!し、失礼しますう~!!」


 ニーナは顔面蒼白なまま、慌ててその場を去って行った。


「うむ。これで良し」


「えげつない真似するわね……」


 頬杖を付き、呆れたような目を向けるゴルデを見ない振りしていると、ちょうど頼んでいたベーコンエッグセットがやってきた。


 さあ、食べよう!……そう思ってフォークを手にした瞬間、ギルドの裏から「アフゥ」という男共の喘ぎ声が響いた。


 私達は何も聞かなかったことにした。


 


 


 


 『カオリ……。せめて着替えてから起こしてくださいよ……』


 眠りから覚め、普段着に着替えたハンナにジト目で睨まれた。

 ギルドのど真ん中で、寝間着のまま放置されてたのに酷くご立腹のようだ。


 まあ、そんな仕打ちをされたら私でも怒るから仕方がない。


「まあまあ。今日の昼飯と晩飯は奢るから勘弁してね」


 そう言いながら謝ると、ハンナの頬が弛んだ。


『……絶対ですよ?』


 チョロいぜハンナ。

 この腹ペコ残念女子が。


「ところで、今日はこの後はどうするの?私達はこの辺りの地理に慣れる為にも簡単な依頼でも受けようと思うけど、暇だったら一緒にどう?」


 優雅な仕草でお茶をすすりながら誘ってくるゴルデに、私は迷わず首を横に振った。


「ううん。行かない。この後は部屋に引きこもる予定だから」


「それは予定とは言わないわよ」


 呆れたようにため息をつくゴルデ。

 だが、今日は何と言われようとも部屋に籠る予定なのだ。


「だって、お金も大量に手に入ったんだから暫く仕事しなくても大丈夫でしょう?何より、最近はずっと動きっぱなしだったし、ちょっとくらい休んでも大丈夫でしょ。具体的には一週間ぐらい引きこもっても問題無しだと思うのよ、私」


「自堕落が過ぎるわよ!?それじゃ駄目人間になるわよ!!お金があるからってだらけてたら、いつか後悔するわよ!」


 そんな説教を叫んでも私には響かないぜ?

 多額の金を稼いだ私は正に無敵。多少なにを言われたとこで問題なし。暖簾に腕押しの如く、効果は一切ありません。


 働く?なにそれ、おいしいの?


 私はこれから適当にお菓子等を買いだめして毛布にくるまり、部屋に籠ってここ数日の疲れを癒さなきゃならないのですから。


「なんとでも言うがいい。だが、私の決断は揺るがないわ。私は自身の心の安寧を保つために部屋という聖域に閉じ籠らなければならいのだから」


「グッ!何を尊い使命感みたいに……。ちょっとハンナからも友人として何か……」


「おっと。ハンナに説得させようとしても無駄よ。なんならハンナの方が私よりも上なんだから。なんせ、あの暗い遺跡に数百年も閉じ籠っていた引きこもりのプロ。引きこもり中の引きこもり。ロード・オブ・ヒキコモーリなんだから」


『別に好きで籠っていた訳じゃないですよ!?』


 目をひん剥いて否定するハンナだが、それすらも今の私には届かない。

 部屋に引き籠る……という崇高な目的の前では全てが些事である。


「フフフ……何と言われようと私は引き籠る。そして、暫くの間は食事とトイレ以外では外に出ない自堕落な生活をするの……」


「駄目だ!完全に駄目人間の思考になってるわ!この娘、一番お金を持たせちゃ駄目なタイプよ!」


『いままではこんなんではなかったのに!多分、『多額の収入が入った』ということに酔っているのでしょう!普段、賭け事で大いに負けているのに、たまに勝って気分が大きくなるあれと同じです!』


「厄介ね!?カオリ!現実に戻ってきなさい!今日ぐらいは休んでいいかもしれないけど、あんまり休み過ぎると、またあっという間にお金が無くなるわよ!」


 ゴルデとハンナが何か言ってくるが、私の心には響かない。

 これからはじまる自堕落な生活を夢想し悦に浸る私にとって、まさに馬の耳に念仏だ。


 フフフフ……私の平穏は誰にも邪魔させないわよう!!これから私は……。


 バァーン!!


 私の思考を邪魔するように、ギルドの入り口の扉が大きな音を立てて開かれた。


 何かと思えば、そこには一つの人影があり、堂々と仁王立ちしたままにギルド内を一瞥していた。


 入り口から差し込む逆光で姿はよく見えないが、結構大柄な体格の人物のようだ。


 そして、その大柄な人物は、ギルド中に響く程の大声で叫んだ。


「頼もう!!ここにカオリという者はおるか!!」


 

 good-bye!平穏!!

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