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80話 依頼達成!!

 

「そ……そんな馬鹿な……」


 たどり着いたエマリオさんのお店。

 店ではエマリオさん達が私達の帰還を待っており、私達は早速とばかりに報告を行った。


 そこで当初は勝ち誇ったような笑みを称えていたクルイージさんだが、依頼の報告を聞いた結果、愕然として膝をついた。


「そういう訳で私達は依頼失敗よ。もちろん事前にもらった依頼料は返すわ」


 そう言ってゴルデは懐から金貨が入っているらしき小袋を出し、膝をつくクルイージさんの前へと置いた。


「本当に悪いとは思ってる。けど、今回の依頼は私達には無理だったわ。返金だけで気が済まないなら、ランクダウンや処罰も受け入れるわ」


 そう言ってゴルデ達は依頼主たるクルイージさんへと頭を下げた。


 言い訳もせずに謝罪するゴルデさん、マジイケメンだね。女だが。


「ウグ……ギ……」


 悔しそうに歯軋りをするクルイージさんを横目に、私は依頼されたものが入った袋をエマリオさんへと渡した。


「はい、依頼の品です。一応確認してください」


「はいはいそれでは!」


 エマリオさんは満面の笑みで私から袋を受けとると、早速とばかりに中身を取り出す。


 私はフイッと目を背けた。


「お……おお!この反り!この逞しさ!そしてこの匂い!こ、これぞ正に幻の茸、ボ○キノコ!流石でございますカオリ様!!」


 感動したように歓声を上げるエマリオさん。


 だが、私としてはボ○キノコのコメントなんて聞くに堪えないものなんでどうでもいい。

 特に匂いなんて生々しい感想は聞きたくもないわ。


 てか、はよ報酬寄越せや。


「これで王の勃○不全も治るでしょう!いやはや流石は私が見込んだ御方です。ただでさえ見つかり難いボ○キノコを探し当てた上に、これ程立派なボ○キノコを見つけてくれますとは……。いやはや敬意を評してボ○キノコハンターとでも呼ぶべきでしょうか」


「敬意って言葉を辞書で調べた方がいいですよ」


 間違ってもボ○キノコハンターなんて呼ばれたら死ぬ。心が死ぬ。


「いやはやご謙遜を」


「謙遜じゃないから。心底嫌だから」


 私の腕をとって喜ぶエマリオさんに冷たい目を向けていると、膝をついて項垂れていたクルイージさんがフラりと起き上がった。


 そして血走った目で私を睨み付けてきたと思えば、大声で叫びだした。


「こ、こんなの、あ、あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナァァァァイィィィィ!!」


 髪を振り乱し、狂ったように叫ぶクルイージさんに私はドン引く。


 うわぁ……なんか切れちゃったよ……。


 クルイージさんは私に指を突き付けながら、憎悪の籠った目を向けてくる。


「あ、あり得ないだろ!な、なぜ輝く金級の冒険者が達成できなかった依頼を、たかが路傍の石級が達成しているんだ?!」


 う~ん……言い分としては確かに。

 上級クラスがクリアできなかったのに、下級の私達がクリアしたってのは納得できないだろうね。


 ただね…ザッドハークとゴアつう規格外がいるのに、ただの路傍の石程度に見られるってのも癪だね。


 というか、この人、商人として見る目なくね?


 そんなことを考えている間にも、クルイージさんの言葉は止まらない。


 次にゴルデ達を睨み付けながら叫びだした。


「そ、そもそも、あれだけ敵対していた、お、お前らが、なんで一緒に帰ってきているんだ?!そこからおかしいだろ?!さ、さては金か?!金で買収されたのか!?金で依頼の達成を売ったのか?!いや、そうに違いない!こ、この卑しい売女が!!」


 はっ?売女?こいつ何言ってんだ?


 クルイージさんかが吐いた罵詈雑言にイラッとし、私はスッと目を細めた。


 依頼を達成できなくて怒るのは分かるが、だからってゴルデ達を侮辱するのはいただけない。


 彼女達は精一杯に頑張っていたはずだし、そんな売女などと罵られる謂れはない。


 ゴルデ達はゴルデ達で依頼を達成できなかった負い目があるのか、グッと堪えているようだ。


 糞が。ゴルデ達に変わってぶん殴ってやろうか?


 そんな私の絶対零度の視線にも気付かず、クルイージさんの暴言は更にヒートアップする。


「く、糞が!こ、このアバズレ共が!金でホイホイと裏切る糞ビッチ共が!!こ、これだから金さえ払うえば誰にでも股を開くような貞操観念に欠けた冒険者は嫌いなんだ!ど、道徳も信念もない腐れ○○○共めが!」


 どんどんと白熱するクルイージさんの罵詈雑言に、そろそろマジでぶん殴ってやろうかと身を乗り出した……その時。


 パァン!!


 激しく頬を打つ乾いた音が響いた。


「グファ!!」


 頬を叩かれ、そう叫びながら尻餅を付いたクルイージさん。その左頬は赤く腫れていた。


「な、なにを……?」


 クルイージさんは痛む頬を抑えながら、自身を叩いた相手を恐る恐ると見上げた。


 そう……叩いた相手は……。


 


 ミロクだった。


「いや、なんで?」


 思わずそう呟いた私は悪くないと思う。


 現に、殴られたクルイージさんも『えっ、誰?』って顔をしているし、ゴルデ達も『えっ、なんで?』って顔でポカーンとしている。


 そんなクルイージさんを殴ったミロクだが、自分を見上げる彼に冷たい眼差しを送り、無表情なまま叫んだ。


「いくら依頼主とはいえ、ゴルデ様方をそのように罵ることは私が許しません。罵るならば私を罵りなさい!さあ!!さあ!早く!もっと激しく罵倒なさい!」


「ミロク。ちょっと黙ろうか?」


 ハンナとジャンクさんに目で指示を出し、ミロクを撤収させる。


 なんで出てきたたんだあいつ?

 ただ自分が罵られたかっただけじゃないの?


 ただただ場を混乱させたミロクに戸惑っていると……。


 パァン!


 再び激しく頬を打つ乾いた音が響いた。


 えっ?なに?!……と見れば。


 


 村長の爺が、クルイージさんの先程とは反対の頬をビンタしていた。


「えっ?なんで?」


 思わずそう呟いた私は悪くないと思う。


 現に、殴られたクルイージさんも『えっ、なんで?』って顔で、赤く腫れた右頬を抑えている。


 そんな呆気にとられる皆を無視し、爺が叫んだ。


「売女じゃと?馬鹿なことを言うな!金を払ってできるなら、既に儂がやっとるわボケが!!」


「石塚。その爺を放り出して」


 石塚は爺の服の襟を掴んで持ち上げると、扉を開けて外へと放り投げた。


 あの色ボケ爺が……。

 またよく分からんところでしゃしゃり出てきやがって……。


 ほら、なんか場の空気がどんどん微妙に……。


 パァン!!


 またかよ?!


 再び響く打撃音に辟易しつつ目を向ければ、ザッドハークがクルイージさんの前に立っていた。


 しかもかなりの勢いだったのか、頬を強打されたクルイージさんの鼻からは一筋の鼻血が流れ出ていた。


「この愚か者が!!誰の○○○が腐れ○○○だ!チラリと見た限り、ゴルデの○○○は毛が薄く、美しいピンク色をした美○○○であったぞ!」


「ゴア姐」


 私の呼び掛けだけで意思を読んでくれたゴア姐さんが、ザッドハーク目掛けて熱線を放った。


 ザッドハークは熱線に焼かれ、醜い断末魔を上げながら虚空の彼方へと消えていった。


 あの腐れ骸骨が!!

 ふざけたことを叫びやがって!!

 見ろよ!ゴルデが羞恥心から隅で蹲ってるじゃないの?!顔を両手で覆ってるけど、 耳まで真っ赤だぞ?!


 いつかセクハラで起訴したろうか?!


 パァン!!


 はいはい来ると思いました!今度は誰ですか?


 またまた響く打撃音に目を向ければ、エマリオさんがクルイージさんの前に立っていた。


 それを見て『やっと正当なやつがきた』と思ったのは私だけではなかろう。


 クルイージさんはクルイージさんで、既に4回も殴られて放心状態だが、どこか安心したような顔付きだ。


 私達は、ある種の安心感を抱きながらエマリオさん達の事の成り行きを見守った。


 エマリオさんは顔が真っ赤に腫れ、両方の鼻から鼻血を流すクルイージさんの襟を掴み、グイッと持ち上げて無理矢理立たせた。


「に、兄さん……」


「この馬鹿者が!!」


 エマリオさんはクルイージさんの顔目掛け、容赦なく拳を振るった。


 吹き飛ぶクルイージさん。


 そのクルイージさんの飛んでくる射線上にいて、クルイージさんとぶつかって一緒に吹き飛ぶジャンクさん。


 そして、最終的に壁に激突するジャンクさんとクルイージさん。


 二人は折り重なるように壁にもたれたまま、動かなくなった。


 今のパンチ、一体どれだけの威力だったんだよ?


 唖然とする私達を他所に、エマリオさんが涙を流しながら叫んだ。


「この馬鹿者が!お前がそんな恥知らずだとは知らなかったぞ!!」


「に、兄さ……ガフッ!!」


「ガフッじゃない!!私はお前が情けなくて情けなくて仕方ないぞ!!」


 エマリオさんはクルイージさんに迫ると、その襟首を掴んで再び立ち上がらせた。


 その際、壁とクルイージさんにサンドイッチプレスされていたジャンクさんが、ドシャリと力なく倒れ伏した。


「クルイージよ!お前は商人であろう!そんな商人たるお前が!自身の目で選んだ冒険者が!依頼に失敗した!無論、冒険者にも責任はあるであろうが、それを選んだお前の鑑識眼にも責任と問題があるということだ!!それを差し置いて冒険者だけを責める貴様が情けなくて腹が立つ!」


「に、兄……さ……」


「お前は今回の依頼で何をもってその冒険者を選んだ?腕前か?技術か?知識か?信頼か?どれも違うだろ。お前はランクだけを……内面を見ずに表面だけを見て冒険者を選んだのだろう!!」


 エマリオさんの言葉にクルイージさんは何か反論しようとしたが、何も言えずに言い淀む。


 どうやら図星だったようだ。


 そんなクルイージさんにエマリオさんはグイッと顔を近付け、今度は大声ではなく、諭すように話し出した。


「クルイージよ。確かに冒険者のランクとは実力を示す指標となる。だが、あくまで指標は指標だ。所詮は他人が掲げたもので己で確かめた訳ではない。

 ランクが高いということは依頼の達成度も高いのだろうが、輝く金級だろうが失敗する時は失敗する。故に、冒険者を雇う際に必要なのは、自分の目で確かめることだ。


 この者の実力は確か。


 この者は信頼できる。


 この者なら依頼を確実に達成してくれ。


 その時々で、依頼に適した者を選ぶことができる己の判断力が重要なのよ」


 パッとエマリオさんは襟首から手を離した。

 クルイージさんはフラフラとした足どりで立ちすくんだ。


「お前が選んだ冒険者達。確かに良い冒険者だ。腕も悪くないし、経験もあったであろう。だが、本来は山には不慣れなチームであったはず。現に、途中から山に詳しい者を雇ってチームに加えていたであろう。あの時点で私は駄目だと感じた。半端なチームワークでどうにかなる程簡単な依頼ではなかったからな」


 そう言ってから一呼吸置き、エマリオさんはクルイージさんに向かってビシリと指を差した。


「商人に必要なのは他人の評価ではない。己でつける自分の評価だ。お前は他人が付けた評価に浮かれ、己で見極めることを怠けた。それが今回の結果だ。他の誰でもない。貴様の責任だ!」


 その言葉に、クルイージさんがガクリと膝をついた。


「兄さんは……その冒険者を信頼していたと?」


 ボソリと呟かれた言葉に、エマリオさんがゆっくりと頷く。


「ああ。私はカオリ様が全てを賭けるに値する御方であると信じていた」


 なんの飾りもなく言われた言葉に、私は顔が熱くなった。


 そ、そんな正面から信じている……なんて言われたら照れ臭いじゃないの!

 いや、正直エマリオさんって変な人だし、風俗業界の関係者だから距離置こうかな?なんて思ってたけど、そんなん言われたら……ねえ?


 ちょっとは心を開いても……。


「一目見た時から私はカオリ様の本質を見抜いていた。そう……その生き汚さと金への執着心を」


「おい」


 急にディスられたんだけど?

 えっ?ディスってるよね、これ?

 生き汚さとかディスってるよね?

 ちょっとエマリオさんをデスっていいかな?


 ちょっと拳を構えながらエマリオさんを睨みつけるも、当の本人は気にした様子もない。


 というか、なんか熱に浮かされたように語りはじめた。


「生き汚さ……だと?」


「そうだ。生き汚さだ。カオリ様は何より生き残ろうとする強い意思を持っている!それこそ、例え泥水を啜って、木の根をかじろうとも、なんとしてでも自分だけは生き延びてやるという強靭な生命力を宿している!」


「そんなサバイバル根性ねーから」


「そして金への執着心!どんな汚いことをしてでも必ず金を手中に収めてやるという強い意思があの瞳には宿っていると見た!!」


「宿ってねーよ。眼科行け、眼科」


「あと、精力が強い」


「それはもういいから。精力強いキャラはミロクにやって」


「つまり!必ず生き延びて依頼を達成しようとする責任感の強い冒険者ということだ!!」


「うまくまとまっているようでまとまってないからね?ほぼ妄想や空想の類いだからね?」


 熱く語っているが、誰の話だ?

 少なくとも私じゃない。

 私はそんな生き汚なくも金に執着心があるわけでも精力が強いわけでもないしね。


 まったく……散々クルイージさんに説教してたけど、当の本人も目が節穴じゃないのよ……。


『確かに、カオリちゃんの金への執着心は凄いわよね』


「ゴ、ゴア姐さん?!」


 エマリオさんの話に呆れていたら、思わぬところから伏兵が現れやがった!


「ちょ!?ゴア姐さん何言ってんの?!私、そんな金にうるさくないでしょ?!」


『えっ?だって、そもそも今回の依頼はお金が欲しくて受けたじゃないの?』


「グフッ?!」


 た、確かにそうだ……。

 トゥルババアに財産のほとんどを持ってかれ、金額に目が眩んで受けた依頼だった……。


『それに生き汚さもあってますよね。トゥルキングとの戦いでは私を囮にしたぐらいですし』


「ゴブッ?!」


 も、もう忘れてくれたと思ってたけど、しっかり覚えてたのねハンナ……。


 い、いや…確かに囮にしたけど、それは……。


 あ、あれ?もしかして、私って自分で思ってるよりも汚い女だったり?

 エマリオさんの言ってることって的を得てたりする??


 えっ……嘘……。


「あ、あの…カ、カオリ様が急に蹲ってしまったんですが?」


「大丈夫よピノピノさん。多分、他人から言われたことで客観的に自分がどんな人間なのかを思いしっただけだろうから」


「結構ー自分を良い感じに見てる節があったからねー」


 ゴルデ達が容赦なく脇でヒソヒソと喋っている。


 ちくしょう!誰か一人くらいはフォローに回れよ!


「そんな訳でクルイージよ。私は自身の目で認め、信頼に足ると感じた冒険者……カオリ様を送った。そして成功した。つまり、私の鑑識眼が優れていたということだ。私の勝ちだなクルイージ」


 踞り落ち込む私を他所に、エマリオさんが勝利宣言を上げた。


 クルイージさんは暫し放心していたが、やがてくぐもった声で笑いだした。


 それは狂ったような不気味な笑いであった。


 が、その目には涙が僅かに浮かんでいた。


「ハ、ハハハ……完敗だよ、兄さん。ぼ、僕はあれだけ兄さんの代わりが嫌だとか人の目を気にしてた。僕の内面を見てくれと……。だけど、その僕自身が人を見ていなかった……。肩書きだけ見て、中身を見ようとしてなかった……。ハハハ……」


 力なく笑うクルイージさん。

 ついにはその目からは大量の涙がボロボロと零れ出した。


「や、やはり兄さんには敵わないか……。商人としても、人としても、男としても……ぼ、僕は一生兄さんには敵わないや……」


「クルイージ……」


「に、兄さん……。ぼ、僕は自分の商会を畳むよ。しょ、商才の無い僕が続けたところでたかが知れている……。そ、そして、お、大人しくどこかでひっそりと働きブホッ?!」


 クルイージさんの言葉を遮るように、エマリオさんがその顔をはげしく殴った。


 吹き飛ぶクルイージさん。


 そして再び巻き添えを食らって潰されるジャンクさん。


 なんか潰れたヒキガエルみたいな声出てたけど大丈夫かな?


「ウ、ウグ……に、兄さん……何を?」


「馬鹿野郎が!!」


 振り上げた拳を下ろしたエマリオさん。

 彼はツカツカとクルイージさんへと近付いていき、屈んで目線を合わせた。


「商会を畳む?商才がない?何をたった一度の失敗や挫折で人生悟った気になってるんだ馬鹿野郎が!!」


「兄……さん……」


「商人には鑑識眼や判断力が必要なのは確かだ!だがな、それらは何度も修羅場をくぐり、経験を積んで養っていくものだ!!いきなり何でもかんでもできるわけがねえだろ!テメェは出たばかりの芽を見て、大きく育たないと決めつけて踏み潰すのか?」


「それは……」


「そんな訳ねぇだろ?大きく育つかどうかなんて未来にならなきゃわからねぇ!テメェはテメェで自分の可能性を潰す気か?たかが兄に勝てないだなんて小さい理由で将来を台無しにする気なのか?!」


「にい……さ……ん……」


 見つめ合うエマリオさん兄弟。

 そんな二人をボーと見ていると、ハンナに袖を引かれた。


『カオリ。この茶番はいつまで続くんですか?そろそろ帰ってご飯食べたいんですが?』


「シッ!気持ちは分かるけど、もうちょい待とう。まだ報酬も貰ってないし。ちょっとした演劇の一種だと思えば見れなくもないしさ」


「あんたら……」


 ゴルデが呆れたようにため息をつく。


 いや、だって、うちら関係ないし、何よりお腹空いてきたしさ。


「いいか、クルイージ。お前は自分で気付いてないかもしれんが、商人にとって一番大切なものを既にお前は持っているのだぞ」


「た、大切なもの……?」


「そうだ。こればかりは経験やなんかではどうにもならない。生まれ持った性みたいなもんだ」


「さ、性?それはいったい……?」


「流れからして野心……とかかな?今日の飯代を賭けてもいいよ」


『おもしろい。なら、私は根性に一票』


「いや、横でちゃちゃ入れるのやめなさいよ……」


 うだうだと正論を言ってくるゴルデを無視し、エマリオさんの次の言葉に耳を澄ませる。


 そしてその口がゆっくりと開かれ……。


「商人にとって大切なもの。それは自分こそが一番だと思う野心だ」


「シャアァァ!!晩飯ゴチです!!」


『うわちゃあ……エマリオさん空気読んでくださいよ……』


「あんたら……」


 ゴルデの責めるような目線もなんのその!


 よしっ!タダ飯ゲット!今夜は宴じゃあ!!

 肉じゃ肉!肉を食べるぞう!!


 ガッツポーズをとりながら勝利の余韻に浸っていると、クルイージさんの呟きが聞こえた。


「野心……」


「そう、野心だ。誰にも負けたくない。俺こそが一番だ。いずれ引きずり落としてやる。そんな浅ましく醜くくとも、人間らしい原始の感情こそが何より大事だと私は考えている。そしてお前は既に、その野心を持っている。この兄を越えたいという野心を」


「……っ!」


「我が弟よ。私はお前の野心を認めている。誰にも負けたくないという不屈の心を。商人としてのプライドを。今回、お前は些か勝負に焦ってミスを犯したのは確かだ。だが、お前はたった一回のミスで潰れてしまうほどに弱かったのか?お前の野心はその程度だったのか?そして、私の目は節穴だったのか?」


「………………」


「クルイージよ。もう一度問う。お前はここで終わっていいのか?」


 エマリオさんが真剣な表情で問いかけると、クルイージさんは暫し俯いたまま沈黙した。


 だが、唐突にバッと立ち上がると、こちらへと背を向けた。


「クルイージ……」


「に、兄さん……。お、俺は……まだ終わらない……」


「…………」


「お、俺はいつか、に、兄さんを越える!ぜ、絶対だ!絶対越えてみせる!!絶対兄さんを負かして、お、俺こそが一番だと証明してみせる!!」


 こちらに背を向けたままに放たれた宣言を、エマリオさんは真剣な表情で聞いていた。


 しかし、直ぐにその顔は朗らかな笑みへと変わった。


「そうか……。私はいつでも挑戦を待っている。いつでもかかって来い。お前の野心が尽きぬ限り」


 エマリオさんがそう言うと、クルイージさんは此方を振り返ることなく足早に店を出ていった。


 だが、去り際に小さく……それこそ聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で『ありがとう、兄さん』と呟いていったのを私は聞いた。


 そんな去り行くクルイージさんの背中を見守るエマリオさんの目は、とても慈愛に満ちていた。


「……エマリオさん。私が言うのも何だけど、あれで良かったの?兄弟とは言え、商売敵を鼓舞するようなこと言って?」


『また何か絡まれたら面倒じゃないんですか?野心云々以前に、性格が歪んでるようですし、ここで商売を諦めさせた方が互いに良かったのでは?』


 黙って?ことの成り行きを見ていた私達だが、気になったことをそのまま聞いてみた。


 いっそ、放っておいた方が良かったんじゃないかと。


 だって、あれ。野心とかじゃなく、多分エマリオさんに何らかのコンプレックスを抱えてるだけのようにしか見えないしさ?


 ここはお互い別の道を歩んだ方が幸せじゃない?


 だが、エマリオさんはゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。そんなことはできません。あれはあんなんでも私の弟なんです。たった一人の血の繋がった可愛い弟。それを放っておくなんてできませんよ」


「エマリオさん……」


 どんな歪んだ性格であろうと、家族を想うエマリオさんの気持ちにジンと心に響くものがあった。


 風俗皇だのと呼ばれている商人のようだが、なんだかんだで情に溢れた一人の人間なんだな。


 ほら、今もこうしてクルイージさんが去った方向を愛おしそうに見つめている……。


「ええ、ええ。可愛い可愛い私の弟。決して私に勝てぬと知りながら、無駄に足掻き、無駄に嘆き、絶望に顔を歪ませる……。そんな可愛い玩具を放置などできませんよ……フフフ……」


「……………………」


 この人も大概歪んでやがった。

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