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73話 解き放たれる災害

 

 最初に報告を受けた時、ゴブリンキングは何の冗談かと思った。


 こんなふざけた報告しおってと憤慨し、どんな罰を下してやろうかとさえ考えていた。


 だが、時間が経つにつれて上がってくる同様の報告の数々に、それらが嘘やふざけたものではなく、状況を正確に伝えてきているものだと知ることになる。


「グキ!オーガ達により、第一陣のゴブリン兵部隊ガ全滅したト!」


「コチラからはラミアの襲撃を受ケ、ゴブリンとホブゴブリンの部隊に多大な被害ガ!」


「ゴブリンメイジ部隊が、巨大な蟷螂に切り裂かれて全滅シタと!」


「アラクネの巣にカカリ、ライダー部隊の半数以上が捕獲されタとの報告が!」


「上空カラ、ハーピー達の襲撃を受けタとの報告もきてオリマス!」


 次々に上がる報告。


 そのどれもがゴブリン部隊の劣勢を伝えるものだ。


 中には既に部隊が全滅したとのものがあった。


 一体何だ?何が起きているのだ?!


 ゴブリンキングは困惑し、狼狽えた。

 王にあるまじき醜態だが、この場合は仕方がない。あまりにも前線から伝えられる情報が荒唐無稽過ぎるのだ。


 味方であるオーガ達からの攻撃。


 ラミア等の亜人型魔物により襲撃。


 ビックマンティスによる奇襲。


 どれもこれもが信じがたい報告ばかりだ。


 だが、事実として部隊は壊滅の一途を辿っている。


 情報が確かならば、既に部隊の半数以上が失われている。特に、ゴブリン兵達の被害が大き過ぎる。


 キングは頭を抱えて必死に考える。


 これ以上の損害は、後の作戦にも響いてくる。


 どうすべきか………。


 暫く悩んだ末に、ゴブリンキングは決断を下した。


 ゴブリンキングは側に控えていたホブゴブリンを見やると、命令を下す。


「ワシの武具を持てイ。ワシ自ら前線へ赴くぞ。ゴブリンナイト達にも出陣準備を整えサセロ」


 ゴブリンキング自身が前線に出て、事態の建て直しをすることにしたのだ。


 王が出ることで、兵の指揮も上がる筈と。


 命令を受けたホブゴブリンは一瞬目を丸くしたが、直ぐに頭を下げて武器の準備に向かった。


「グキ……何が起きてイルかは分からない。ガ、ワシ自らで前線に出れば、立て直しも可能でアロウ」


 顎を撫でながら、まずはどこから立て直しにかかるかと考えるゴブリンキング。


 取り敢えずは、最前線のゴブリン部隊の損失を防ぐ為に前え出るか?


 それともゴブリンライダーの部隊か?


 ナイト共を率いて、元凶を叩きにいくべきか?


 様々な事態改善の考えを描いていると、フッとゴブリンキングが目を細め、腰に付けた小さなポーチに手をやった。


「………場合にヨッテは、こいつの解放も考えるベキカ」


 不意にゴブリンキングがそんな呟きを漏らした。


 が、直ぐに頭を振って考えを改め、ポーチから手を抜いた。


「こレハ我らにも危険を及ぼす者。余程の事態にナラヌ限りは控えるベキであるな」


 一人そう呟くと、ゴブリンキングはノッシノッシと歩いて戦いの準備へと向かった。


 完全なフラグを建てて。


 


 


 


 


 


 ◇◇◇◇◇


 

「ハアアア!!蒼炎気斬!!」


『ガアアアアアア?!』


 ザッドハークの蒼く燃え盛る剣の一太刀を受け、プリモリアの身体が袈裟懸けに切断。その場へと崩れ落ちた。


 剣を振るって蒼き炎を消すと、ザッドハークはハーピー達に応戦してるジャンクへと駆け寄った。


「フム。何とか一番の大物は仕留めたぞ」


「ありがたいぜ!だが、初めて見るお前の大技が、覗きの為に使われたのかと思うと、妙に悲しくなるんだが?!」


「それだけ我も必死なのよ。これまでは技を使う必要もなかったでな。故に侮り難しはカオリよ。魔物の運用が効果的かつ天才的よ」


「あの嬢ちゃん、勇者じゃなくて魔王なんじゃねぇのか?!そっちの方が似合ってるぞ?!」


「最近の様子を見るに否定できぬ」


 ザッドハークとジャンクは背中合わせにそんな事を言い合いながら、縦横無尽に空を舞うハーピー達へと立ち向かう。


 ハーピー達は隙を見てはザッドハーク達へと掛かるも、決定打には欠けていた。


 対して、最初こそはハーピー達に翻弄されていたジャンクだが、目が慣れてきたのか、攻撃を仕掛けてきたハーピーを逆にカウンターで切り返す場面が増えていた。


「よし!数こそ多いし動きは早いが、やれなくはねぇな!とにかく、攻撃を仕掛けてきた奴から順繰りにやるぞ!」


「承知!!」


 ザッドハークとジャンクは息を合わせ、迫りくるハーピー達へと剣を構えた。


 


 


 


 


 


 

 ◇◇◇◇◇


 

『んっ?プリモリアがやられたみたいですね』


 ワシャワシャと髪をゴルデに洗ってもらっていると、隣で洗顔をしていたハンナがフッと呟いた。


「えっ?マジで?もうちょい、保つと思ってたけど?……あっ、もうちょい左。うん、そこそこ」


「筋肉痛で腕上がらないからって、洗ってもらってるのに注文が多いわね…………」


 なんだかんだ言いながら、ちゃんと洗ってくれるゴルデには好感が持てる。胸以外は。


『どうやらザッドハークにやられたようで……。修復にも少し時間がかかりますね………』


「あー………じゃあ、仕方ないか。プラン変更。作戦『OB』を発動で」


『ですね。では指令を出します』


「どんか作戦かは知らないけど、まともじゃないのは確かね…………」


 ゴルデは自分の胸をタプタプと揺らして遊ぶルミアちゃんを撫でながら、疲れたように呟いた。


 ルミアちゃん。そのままもいでしまえ。


 


 


 


 

 ◇◇◇◇◇


 

『……………!』


 ハーピー達が一斉に動きを止め、一瞬だけピクリと動く。


 これまで怒涛の如く攻めていたのが嘘のように辺りが静かになった。


「はぁ………はぁ………な、なんだ?あいつら、急に動かなくなったが?」


「分からぬが油断はするでないぞ。恐らくは、ハンナかカオリから指令がきたのであろう。何かしらの手を打ってくる筈。気を抜くでないぞ」


「分かってるぜ」


 チャキリと剣を構えるザッドハークとジャンク。


 ハーピー達はジッとそんな二人を見ながらも、身動きせずに上空で待機していた。


 だが、そのハーピー達が突如として、上空から一斉に地上へと降り立ってきた。


「なっ?!お、おい!なんか急に降りてきたがこれはどういう?!」


「分からぬ。ハーピーの空を飛ぶという強みを捨ててまで、一体何をするというのか?だが、油断はするでないぞ」


「かえって不気味だからな。油断は一切しねぇよ」


 互いに背中合わせとなり、油断なくハーピー達を見据える二人。


 ハーピー達はジッと二人を見据え、ジリジリと距離を詰めていく。


 そして……………。


 


 


 


 


『『『きゃー!ザッドハーク様!』』』


 ハーピー達は先程までの無表情が嘘のような満面の笑顔を浮かべ、一斉にザッドハークへと飛び掛かった。


 ザッドハークもいきなり無防備に飛び掛かってきたものだから、躊躇して斬ることできず、美女・美少女のハーピー達にあえなく囲まれてしまった。


「ぬおっ?!こ、これは!?」


『きゃ!ぬおっ?だって!カワイー!』


『本当、男らしいのに可愛いなんて、ス・テ・キ』


『ちょと!あんたばっかりザッドハーク様に抱きつかないでよー!私だって!』


『もう!この筋肉が堪らないわ!!』


 ハーピー達はキャキャと騒ぎながら、ザッドハークに抱きついたり、撫で回したりと、好き放題にもみくちゃとする。


「お、おい!ザッドハーク無事か?!」


 迫るハーピー達を間一髪で避けたジャンクが、ひしめき合うハーピー達のサークルの外から、中心にいるザッドハークへと呼び掛ける。


「ウ、ウム。我は大丈…………」


『もう!せっかく私達がいるのに、男の人と話すなんて、私………泣いちゃいますよ?』


『そうですよ!私達と一杯お話しましょう!』


 ザッドハークの腕に抱きつき、ハーピーの少女達が頬をプクリと可愛らしく膨らませる。


「ウ、ウム…………ムッ?」


「ザッドハーーーーーク!!騙されるな!絶対に罠だぞ?!見え透いた罠だぞ!」


「わ、分かっておる…………」


 ジャンクが罠だと叫び、必死にザッドハークへと呼び掛ける。


 ザッドハークもジャンクへと目をやり、困惑しながらもどうにかしようともがこうとする。


 だが……………。


『ねえ、ザッドハークさん…………』


 何かを言いかけたザッドハークの前に、 一際美しく、放漫な胸を持つ金髪のハーピーが現れた。


 ハーピーはザッドハークへと寄り添い、その胸に翼をツイっと這わせる。

 そして、豊かな乳房をザッドハークへとこれでもかと押し付けた。


『ねえ?私といいことしない?』


「ジャンクよ!我はこの罠が、どれほど危険なのか身をもって確かめねばならぬ!!」


「てめぇぇぇ!!あっさり色仕掛けに陥落してんじゃねぇぇぇぇよぉぉぉ!?!?」


 ザッドハーク陥落。


 ハーピーの色仕掛けを前に、彼の理性は吹き飛んだ。


「仕方あるまい!ハーピーは魔物とはいえ、見かけは美女。しかも巨乳であるぞ。いっそ、覗きよりもこちらの方が建設的よ!!」


「騙されるなぁぁぁぁ!?罠だぞ!?これは絶対に罠だぞ?!戻ってこい!ザッドハークゥゥゥ!!」


 手を伸ばしてザッドハークへ呼び掛けるも、既にハーピー達の術中へと落ちていた。


『ねえ、ねえ、ザッドハークさん!私も!私ともいいことしようよ!』


『あーずるい!私だってしたいわー!』


『私だってー!』


 ハーピー達は互いに牽制するように騒ぎながら、ザッドハークの首な腕や胴や足にと抱きついていく。


「ウムウム。そう喧嘩するでない。皆、纏めて面倒を見てやるぞ」


 ご満悦な様子で頷きながら、ザッドハークも力一杯にハーピー達を抱き寄せた。


『もう、エッチだな!』


『でも、そんなところも素敵です!』


 更に力を込めて抱きついてくるハーピーの愛らしさに、ザッドハークは完全に思考がピンクに染まっていた。


 と、先程の一際美しいハーピーが、ザッドハークの首に腕をまわしてきた。


 そのハーピーの顔はやや紅潮し、瞳は情欲に蕩けていた。


『ねぇ………ザッドハークさん。私、もう我慢できないわ』


 ウルウルと瞳を潤ませて、少しずつ顔を寄せてくるハーピー。


 ザッドハークはその瞳に誘われるように、己の口をハーピーへと……………。


 ピッ。


 何か、聞き覚えのある音が響いた。


 ザッドハークが目を見開いて音の発生源を見れば、目の前のハーピーの額に赤く『3』の数字が。


 ズイッと首だけ動かして自分に抱き付くハーピー達を見渡せば、その全ての額に『3』が。


 そして今、数字が『2』になった。


 


 


 

「……………カオリ。やりよるわ」


「ザッドハァァァァァァァァァァァァァク!!」


 辺りが轟音と光に包まれた。


 


 


 


 


 


 男性覗き連合1名脱落。

 脱落者:『巨乳大好き』ザッドハーク。

 脱落理由:爆死(本望)。

 【現在のメンバー。】

『業深き中年竜』ジャンク。


 残り1名。


 


 


 


 ◇◇◇◇◇



 ゴバァァァァァァァァァン。


 

 浴場の真裏から、爆音がビリビリと響いてきた。


「…………夢は見れたかしら?」


 湯船に浸かりながら、男の儚い夢幻が砕ける音を嗜む。なんと甘美なメロディーか。


 しかして、これで最大にして最強の障害が排除できた筈である。


 よくやったわ。ハーピー。


『まあ、存分に夢は見れたでしょうね。男を満足させるようにと指示しまし、元よりそれはハーピー達の得意分野ですから』


 隣で気持ち良さそうに風呂に浸かるハンナが同意してくる。


 それに私も満足気に頷いた。


「あの色ボケには効果絶大でしょうね。作戦名『お色気ボム』は。ハーピー達を爆弾にするのは、ほんの少しだけ気が引けたけど」


「ほんの少しなのね…………」


 対面で湯に浸かるゴルデが、諦めたような表情でこちらを見ていた。


『大丈夫ですよ。プリモリアのような特殊個体の再生には時間がかかりますが、ハーピー達や他の魔物なら直ぐに再生します。ハーピーも今頃復活しているんじゃないでしょうか?』


 


 


 


 


 ◇◇◇◇◇


 

「あの糞馬鹿野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


『キャハハ!キャハハ!』


 ジャンクは走っていた。

 暗く障害物の多い山の中を、ただひたすらに。


 背後から数多くのハーピーゾンビが、笑いながら追いかけてくる。


 先程まではザッドハークとなんとか捌いていたというのに、その戦力の要たるザッドハークは色仕掛けに負け、ハーピー爆弾によって今や黒焦げの物体に変わっていた。


 そして瞬時に映像の逆再生のように復活したハーピー達は、迷うことなく次の獲物へと狙いを定めて襲いかかってきた。つまりはジャンクに。ハーピー全員が一斉にだ。


 これだけの数のハーピーをジャンク一人で捌ける訳がない。


 ジャンクには既に逃げるしか手はないのだ。


『キャハハ!キャハハ!』


「危なっ?!」


 ハーピー達が鋭い鉤爪を振りかざして襲いくる。

 だが、ジャンクにはそれを避けることしかできなかった。


 もう、戦う力もないし、心も折れかけていた。


 だが、足を止める訳にはいかなかった。

 止めたら死ぬ。間違いなく死ぬ。


 故にジャンクは走り続ける。


 終わりの無い逃走劇を続けるしかないのだ。


 最早、ジャンクにできるのは走り続けることと、叫ぶことだけだった…………。


 

「ザッドハークの馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉ!!!」


 


 


 


 ◇◇◇◇◇


 

「グギカァァァァァァァ!?」


『『『覗きニ死を。覗きに死ヲ』』』


 ゴブリンキングは走っていた。

 暗く障害物の多い山の中を、ただひたすらに。


 背後からジェネラルオーガを筆頭とした数多くの魔物達が、何か言いながら追いかけてくる。


 既に周囲に彼の部下の姿は無い。

 何故か?全滅したからだ。

 この短時間に、彼のつれていた部下達の尽くが殺られたのだ。背後から迫る魔物達によって。


 ゴブリンキングは自分の浅はかさを呪った。


 自分が前線に出れば指揮が上がり、どうにか軍を立て直すことができるだろうと考えた。

 襲撃しているという魔物も、自分なら倒せると考えていた。


 実際、ゴブリンキングが来たことで指揮は上がったし、襲撃してきてたコカトリスも、手に持つ大斧で叩きのめしてくれた。


 これで何とか立て直しが効くと考えた。

 自分の判断は正しかったのだと考えた。


 コカトリスが平然と復活するまでは。


 驚いたゴブリンキングは、急かさずコカトリスを叩き潰す。だが復活した。


 叩いても、叩いても、コカトリスは復活して暴れ回った。潰して更にぐちゃぐちゃにしても、何事もなかったかのように復活した。


 もう、いい加減にしろと嫌気が差した時、妙に辺りが静かな事に気付いた。


 見れば、周囲で共に戦っていた筈のゴブリンナイトやチャンピオン等の兵達。更には副官のジェネラルまでもが物言わぬ屍となっていた。


 そして代わりに周囲には、虚ろな目をしたオーガ、アラクネ、ラミア、ビックマンティス等の魔物達が自分を取り囲んでいた。


 それを見て、ゴブリンキングは察した。


 コカトリスに夢中になってる間に、部隊が全滅してやがる…………と。


 唖然とする自分の目の前で、コカトリスが平然と復活する。


 そして叫ぶ。


『覗きニ死を。覗きに死ヲ』


 周囲の魔物がジリジリと迫る。


 そして叫ぶ。


『『『覗きニ死を。覗きに死ヲ』』』


 そして今に至る。


 ゴブリンキングは走りながら考えた。

 ここは徹底抗戦の構えではなく、全軍で逃げるべきだったのだと。今更ながら、そんな後悔を抱いていた。


 こんな不死の魔物を相手にすれば、そら部隊も全滅するさ!と嘆いた。


 というか、覗きって何だよ?と泣きたくなっていた。いや、既に泣いていた。


 泣きながらゴブリンキングは不意に考えた。


 しかし、本当に自分以外は全滅したのだろうか?

 他に誰か生き残りはいないのだろうか?


 否。いるはずだ。

 自分達は総勢六百にも及ぶ大群で来ていた。

 確かにゴブリンは貧弱な種族ではあるが、それらが流石に全部が全部全滅殺られたとは考えづらい。

 必ずどこかに生き残り達がいる筈である。


 せめて、その生き残りと達と合流さえできれば、もしかしたら何とかできるかもしれないと。


 実は、ゴブリンキングには出し惜しみしてしまった特殊な力がある。


 その力の名は『我が軍に力を(ロードオブパワー)!』。自分の視界内にある、自身と同種族の身体能力を、約30分間5倍にすることができるという、とんでもチートスキルである。

 このスキルを持ってすれば、貧弱なゴブリンでも並みの魔物以上の力を発揮できるのだ。

 それが全軍に使われていれば、小国であれば楽々と陥落させることもできたであろう。

 だが、効果が切れたら一定期間力が半減する上に、同じ者には二度と効かないというリスクもあった。


 そのため、ゴブリンキングはアンデル王国攻略までは、このスキルを使わないと決めていた。

 が、それが裏目に出た。使う使わない以前に、使用対象がいなければ何の意味もない。


 出し惜しみせずに使っておくべきだったとゴブリンキングは深く後悔した。


 だが、どこかに生き残りが………生きている仲間達がいるならば、このスキルを使用して強化し、共に背後の魔物達と戦って、撤退の隙を伺うというのに…………。


 どこか………どこかに仲間は?!


 ゴブリンキングはキョロキョロと辺りを見ながら走る。


 どこか…………どこかに…………いた!


 ゴブリンキングはそれを偶々見つけた。

 自分と同じように逃げ惑う存在を。影を。

 どうやら自分と同じように魔物に追われているようで、何か叫びながら逃げている。


 ゴブリンキングは仲間を見つけたことに内心でホッとすると同時に、そちらへ向けて走り寄った。


 仲間を救い、自分も救われるために。


 そして追い付き、直ぐ脇を並走すると、逃げる者へと声をかけた。


「オイ、そこノお前!」


「ああ!?なんだよ、誰だおま…………」


 振り向いたそれは予想したものとは違う存在だった。それは人間だった。

 人間の男の、所謂冒険者と呼ばれる風貌の者であった。


 ゴブリンキングは暫し唖然とする。


 男の方……ジャンクも唖然とした。


 互いに唖然と顔を見合わせた。


 片や『えっ?人間?』もう片や『えっ?でけぇゴブリン?』と、奇しくも同じ事を考えながら。


 そして背後では、ハーピー達と魔物達が合流し、大合唱をしながら二人を追走する。


 『『『『『覗きニ死を。覗きに死ヲ』』』』』


「「う、ウワアアアアアアアアア?!」」


 二人は更に走る速度を上げた。


 迫る危険が倍以上になったために。


 隣を走るジャンクが走りながら、憎々しげな顔でゴブリンキングを睨む。


「テ、テメエなんだ?!何者だ?!こんなバカでけぇゴブリンなんて初めて見たぞ!?てか、何をやべぇ魔物達をトレインしてくれてんだ、クラァ?!」


「ハァハァ……ふ、不敬であるゾ!わ、ワシはゴブリンキング!総てのゴブリン達の王であるぞ!貴様こそ、ナンダあのハーピー共は!?……ハッ!?」


 言いながら気づく。

 つい名乗りを上げてしまったと。

 言った後に、『しまった!』と後悔する。

 一応、今は作戦行動中のため、自分の存在は人間達にバレてはいけないのだと思い出す。

 最早、今更な状況だが、秘匿するに越したことはない。


 やってしまったと思いながらチラリとジャンクの方を見れば、やはりと言うか目を丸くしている。


 やってしまった。この人間を処理すべきかと考えた時、ジャンクは背後を指差しながら叫んだ。


「ゴブリンキング!準災害級の魔物じゃねぇか!心強い!よし、あいつらに突っ込んでこい!準災害級の力、目にも見せてやれ!」


「できルかあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」


 できたら逃げてないわ!


 無謀な指示を出すジャンクに、ゴブリンキングは心の底から叫んだ。


「なんでだよ?!できるだろ?準災害級なんだろ?やらなきゃ分からねぇじゃねぇか?」


「ヤらんでも分かるワァァ!?あんな不死の化け物相手に敵うモノかぁぁ?!大体、ワシは準災害級と言ってモ、それはゴブリンの軍勢を統率シタ上での等級!素のワシの強さナド、並みのオーガとどっこいか少シ劣る程度ヨ!はい、論破!!」


「論破じゃねぇよ!つっかえねぇぇぇな!!そのデカイ図体は飾りかよ?大体なんでゴブリンキングがこんかとこにいんだよ?!」


「うるさいワ!そんなの貴様ニ言う必要…………」


 『『『『『覗きニ死を。覗きに死ヲ』』』』』


 ゴブリンキングの言葉を遮るように、背後から大合唱が轟く。


 一瞬驚き、言葉を詰まらせるゴブリンキング。


 フッと、改めてジャンクの方を向けば、彼は何故か慈愛に満ちた目でゴブリンキングを見ていた。


 ゾクリ。なんだかゴブリンキングは嫌な予感がひしひしとした。


「オイっ……………その目はなん……………」


「そうか。へへっ。お前もそうだったのか。確かにゴブリンと言えばエロモンスターの一角を飾る。覗きくらいは普通にやるか………」


 とんでもない誤解をされていた。


「ちがぁぁぁぉぁう!?違うからな?!誤解だ!?ワシは覗きなんてしとらんからな?!てか、『お前もか』ってどゆこと?!まさか、後ろの奴らの狙いって本当はオ前?!覗きをがドウノってお前のコトかぁぁぁぁ?!てか、あいつら、何なんだよ?!」


「まっ、俺達は一蓮托生。何とかこの窮地を協力して脱しようぜ」


「イヤ、だから違う!?ワシは…………」


 


 


 


 男性覗き連合1名追加。

 【現在のメンバー。】

『業深き中年竜』ジャンク。

 New『うなじが大好き』ゴブリンキング。


 残り2名。


 


 


 


 

「今なんか正式ニ覗き認定されタ気がする?!なんダカ知らないが、世界ノ意思的なものに覗きと判断されタ気がするんだがぁぁぁぁ?!?!」


 ゴブリンキングがどこともしれない虚空を唖然と見つめなら叫ぶ。


 ジャンクはそれを隣で眺めながら『コイツ、何言ってんだ?』と訝しんだ。


「まあ、よく分からんが、お互い覗き同士、なんとかこの状況を打破しようぜ」


「一緒にスんなぁぁ?!大体、覗くって何ヲ覗くんダよおオオオオオ?!」


 そんなゴブリンキングの叫びに、ジャンクは真剣な顔をしながら答えた。


「それは決まってる。まだ、人としては未熟ながらも、その未熟故に固さが残る、青く幼く新鮮な果実を覗きにいくのさ…………」


 フッと、微笑を浮かべるジャンク。


 ゴブリンキングは正直、その男が何を言っているのか理解できなかった。


 だが、唯一理解できたことがあった。


 それは『こいつ。なんとかしなきゃ』という社会的使命感だ。


 魔物であり、その倫理観や価値観が違うゴブリンキングにさえ危機感を抱かせる辺り、ジャンクのある種の恐ろしさが垣間見えた。


「てか、これどうすんだよ?!このまま逃げていてもじり貧だぞ?!お前、なんか対抗策はないのかよ?!」


 ハッと我に返ったジャンクが、ゴミを見るような目で自分を見ていたゴブリンキングへと顔を向け、何らかの打開策を求めた。


 ゴブリンキングは何とも言えないような表情でジャンクを見ると、憮然とした態度で答えた。


「ワシが言うノもなんだが、魔物ニ助けヲ求めるのは人としてドウナノダ………?」


「うるせぇ!!こちとら日頃から魔物みたな奴らと行動してんだ!!今更ゴブリンキングなんて可愛いもんだぜ!!」


「お前、普段どんナ奴らと行動してンダヨ………」


 恐れを抱いた目でジャンクを見ながら、ゴブリンキングは腰のポーチへと手をのばした。

 そして中から、大量の札が巻かれた陶器製の筒を取り出した。


「なんだ、それは?爆弾か?よし!特攻してこい!骨は拾ってやる!」


「爆弾じゃねえシ、特攻もしねえよ!?コレは我らゴブリン族の異端者を閉じコメている『封魔の筒』よ!」


「封魔の筒?異端者?どういうこった?」


 首を傾げるジャンクに、ゴブリンキングは苦虫を潰したような顔で説明した。


「異端者とは、我らゴブリン族の中ニ生まれた特殊個体のコト。ゴブリンには考えラレナイ程に強力な力を持ち、その危険度は貴様ら人間デ言うところの災害級というヤツよ」


「さ、災害級だと?!」


 驚きも露に目を見開くジャンクに、ゴブリンキングは手にした筒をグッと握りながら頷く。


「左様。我ら同族ニモ牙を剥く程に危険な者ゆえニ、人魔将様のお力デ封印していただいたノヨ。こやつを解き放テば、あれラにも対抗できよう。だがそれはあまりにも危険すぎ…………」


「よし、開けろ!あいつらをぶっ倒せ!!」


「お前、ワシの説明聞いてタカァァァァ?!?!」


 一切悩まず災害級の魔物の解放を求めるジャンク。


 そのあまりの即断即決ぶりに、ゴブリンキングは顎が外れんばかりに叫んだ。


「聞いてたわ!!災害級だろ?大丈夫だ!取り敢えず、あの追っかけてくる奴らを処理させたら、俺の仲間に処理させるよ!なぁに、俺の仲間を信じろ!災害級だろうが、奴らの敵じゃねえ。天災とも言えるあいつらに、災害如きが敵うはずないさ!」


「お前ノ仲間は何なんだヨ?!ダったら、最初からその仲間に後ろのあいつらを処理させロよ?!」


「無理だ!その後ろの奴らを指揮し、操っているのがその俺の仲間だからな!!」


「いや、ゴメン!まったく話の流れが読めないンだが?!」


 もう、ゴブリンキングは何がなんだか分からなくなっていた。


 男の言っていることも、今の状況も理解が及ばない。


 もう、ずっと走り続けているからか、疲れて頭が回らない。


 何をどうすればいいのか分からなくなってきた。


 グルグルと思考が定まらなくなってきたなかで、男の声が妙に響いた。


「いいから、開けろ!!俺の仲間を信じろ!!」


 それが決定打となった。


 もう、どうにでもなれ!!


 ゴブリンキングは筒に手をかけ、その蓋をポンと抜いた。


「もう、ドウなっても知らんからなぁぁぁ!!」


 ゴブリンキングは振り返り、手にした筒を背後から迫る魔物に向けて放り投げた。


 


 


 


 

 かくして、災害が解き放たれた。

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