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71話 男達の戦い

 

 少し時が遡る、とある山中にある洞窟………。

 その洞窟の奥に、巨大な人型の異形が岩にこしかけていた。


 大きさは四メートル程。

 横幅にでかく、でっぷりと肥えた体型をしている。肌は薄暗い緑色で、体の大きさの割には手足は短く、何ともアンバランスな体型をしている。

 頭は禿げ上がり、そこに粗末な小さい王冠を乗せている。

 目付きは鋭く、目全体が真っ赤になっている。

 口は三日月のような裂けた口で、鋭い牙がズラリと並んでいた。

 異形は上半身には何も着けていないが、下半身にはズングリムックリとした鎧を履いていた。


 異形の名はゴブリンキング。


 ゴブリン達を統べる王である。


 ゴブリンキングは、数多いるゴブリン達の中のほんの一握りの優秀な個体が、更なる長い年月を経て変異した特殊個体である。

 力はオーガに劣るものの、それを補う特殊能力に、高い知識と統率力。そして異常な繁殖力を持ち、数百に及ぶ軍勢を率いる危険な魔物である。


 そして、このゴブリンキングもまた、数百に及ぶ軍勢を率いて、この山中に身を潜めていた。


 そのゴブリンキングは、真っ赤な双眸を僅かに下げ、自身よりも背の低い部下を見下ろしていた。


 そのゴブリンキングの目線の先にいる部下──成人男性と変わらぬ体格のゴブリンで、ホブゴブリンと呼ばれるゴブリンの上位種。人間と変わらぬ程度の知識と腕力を有し、人語も介する──が、ゴブリンキングへと報告を行っていた。


「………そういう訳でして、北より南下中であったオーガ部隊からの定時報告はいまだありまセン。忘れているのか、はたまた何かあったのかは分かりませんガ…………」


 困ったような顔をして報告をする部下を眺めつつ、ゴブリンキングは大きく嘆息した。


「グギハァ………あれに何かあったとはまず考えずらイ。オーガ共は馬鹿ではあるが、それを補って余りある力を有しておル。ましてや、あれはオーガキング。そんじょそこらの人間にどうこうできる訳があるまイ」


「それでハ?」


「恐らく、遊びにでも夢中になっているのであろうナ。困ったものダ。此度の魔王様より下された作戦の要だというのニ、自覚が足りな過ぎるワ」


 苦虫でも潰したかのような表情で、深くため息を吐くゴブリンキング。


 そんな王の姿に、部下のホブゴブリンは苦笑するしかなかった。


 ゴブリンキングは眉間を指先でトントンと叩きながら、思案顔となった。


「此度、人魔将様から下された命令。これを成すには、オーガ達の破壊力は必要不可欠。ダト言うに困ったものだ………」


 更に顔色を曇らせるゴブリンキング。

 部下のホブゴブリンは暫し黙って様子を見ていたが、恐る恐ると声をかけた。


「王ヨ。それでは如何致しまショウ?予定デハ、この先の村をオーガ達と共同で襲撃する予定日でしたガ?」


「ウム…………」


 部下からの伺いに、ゴブリンキングは熟考する。


 ウンウンと暫く唸った後、深いため息と共に指示を下した。


「待っていても仕方あるマイ。予定を変更シ、我々だけデ村を襲撃スル。村を襲撃して、拠点化。その後、オーガ達を迎え入れる形とスル」


 ゴブリンキングが指示を下すと、その指示にホブゴブリンは目を丸くした。


「本当に………よろしいのデショウカ?」


「構わん。責任は儂がトル。お前達は気にすることなく、準備を整えヨ。襲撃の時期はおって伝える。イケ」


「ハッ!」


 指示を受けたホブゴブリンが恭しく頭を下げてから、その場を後にする。


 ゴブリンキングは部下を見送った後、これまでで一番大きなため息を吐いた。


「気苦労が絶えませんナ、キング」


 そんなゴブリンキングにそう声をかけたのは、脇に控えていた白髭を生やした筋骨隆々のゴブリンで、ジェネラルゴブリンと呼ばれる上位種であり、この軍の副官であった。


 ゴブリンキングはそんな副官をチラリと見ると、恨みがましい声で呟いた。


「そう思うならバ、お前が儂と代わってくれてもイイのダゾ?」


「御冗談ヲ。オーガどものご機嫌とりなど、ごめんデスナ」


 ジェネラルゴブリンは両手を上げ、降参のポーズをとった。


 そんな副官を恨みがましい目で見ながら、ゴブリンキングはがぶりを振った。


「全くもって損な役回りダ。散々村を潰す役目は自分達がやるだのと駄々をこねてたのにも関わらズ、姿どころカ連絡すら絶ツとは。速やかに動けという命令の意味を理解しているノカ………」


 ため息ばかりを漏らすゴブリンキング。


 彼らは今回、自分達の上官………十三魔将の一角、人魔将の命令によって共同作戦を行っている最中であった。


 彼ら二種族は、北部から傘下を増やしながら南下し、この辺境の村付近で合流。そして村を攻め落として拠点化し、アンデル王国を攻め落とす足掛かりとするつもりであった。


 だが、肝心の攻撃の要たるオーガ達が遅れてる上に連絡すら絶った。更にオーガキングは『村は我々が攻めて、馳走にしてくれる。手出し無用』と言われていた。そのため、既に軍勢を整えて先に到着していたゴブリン達は村には手を出さず、この山中で待機していた。下手に村に手を出せば、オーガの怒りを買うのは目に見えていたからだ。


 だが、既に約束の到着日から幾日も過ぎてる上に、連絡すらない。

 これ以上は無為に時間を過ごすのは得策ではないし、部下のゴブリン達の不満も限界だ。

 何よりも作戦の遅れは、オーガキングよりも更に恐ろしい人魔将の怒りを買いかねない。


 ゴブリンキングはオーガキングの怒りに触れるのを覚悟の上で、結論を下す。


「ジェネラルよ。今宵、闇に紛れて村を攻め落とス。準備は整っているカ?」


 ゴブリンキングから問われたジェネラルゴブリンは、背筋を伸ばして答えた。


「ハッ!ゴブリン兵四百名。ホブゴブリン百名。ゴブリンライダー五十名。ゴブリンメイジ三十名。ゴブリンナイト二十名。ゴブリンチャンピオン十名。それに例の特殊個体を加えた約六百の軍勢。準備は整えてありマス」


 ジェネラルからの報告を受けたキングは厳かに頷くと、指令を下した。


「では、ジェネラルよ指揮は貴様に任セル。日暮と共に行動を開始し、村を攻め落とすノダ」


「ハッ!」


「ああ、それと、男と年寄り共は好きにしていいが、女子供は拘束し一切手を出すナ。オーガ達も女子供を残して置けば怒りも収まるであろうしナ」


 苦虫を潰した顔で指示を出すキングに、ジェネラルは苦笑いで答えた。


「デハ、頼むぞ。あのミト村なる村を早々に我々の手中に納めるのダ」


 


 


 


 

 ◇◇◇◇◇◇


 


「はあ~~いいお湯…………」


 湯船に肩まで浸かり、温かなお湯の心地よさを堪能する。


 お湯が張られた浴槽は木製で、広さは六畳分くらい。そこに源泉から竹で作ったパイプのようなものを伝い、浴槽へと湯をかけ流しにしているようだ。


 浴場自体も木製の小屋で、雰囲気的にはログハウスっぽい。大きさは、脱衣場を除けば人が十人も入れば一杯になる程度の広さだ。


 そんな手狭な浴場ではあるが、私達一行は温泉をジックリと楽しんでいた。


「あ~~~生き返るぅ~~」


『?……不死者創造(クリエイトアンデット)をカオリに使った覚えはないですが」


「言葉の例え。だから死んでもアンデッド化しないでよ」


 キョトンとしているハンナにツッコミを入れていると、横からパシャパシャと飛沫がとんだ。


「あ~~いきかえりゅ~~」


 足でパシャパシャとお湯を跳ねながら、舌足らずに私の真似をするのは村長の孫娘のルミアちゃんだ。


 部屋に案内してくれた孫娘さん……ラクアさんの歳の離れた妹さんで、短い茶髪をした可愛い女の子だ。


 遊び疲れて寝てしまい、まだお風呂に入ってなかったので、ついでに一緒にお願いされて快諾したのだ。


「ねっ?ルミアちゃんも生き返るよね?」


「あいでしゅ!」


 手を上げて、元気に返事をするルミアちゃん。可愛いなあ。


 ニヘラと笑いながらルミアちゃんを見ていると、胸に付いたけしからん物体をお湯に浮かせるゴルデが、気持ち良さげに息を吐いた。


「ハァ……でも、生き返るって気持ちは分かるわね。体がポカポカして気持ちいいし、心が洗われるようで……表現としては間違ってはないわね」


「…………ぞうね」


「その、親の仇でも見るような目を向けるのやめてくれない?」


 胸を隠し、警戒をするゴルデ。


 おっと。妬みの波動が出ていたようだ。

 自重、自重。


「んー!本当にー気持ちいいなー!」


「ですね。山登りで凝った肩や腰がほぐれていきますね」


 そう言いながら背伸びをするシルビと、立ち上がって腰を鳴らすブロズ。


 形の良い果実と、張りの良い尻がプルンとする。


「ちょっと、あんたら。胸やお尻を強調するポーズはやめなさい。カオリが修羅の形相をしているわよ?」


『カオリ………落ち着いてください』


 横から急かさず現れ、心配そうに宥めてくるハンナ。


 だが、その胸には平均以上に大きな果実が……。


「ちょっと………カオリが血涙を流しはじめたんだけど?お湯が赤くなっていくんだけど?」


「真っ赤でしゅ~~~」


『こればかりは私にはどうにもできません………』


 諦め顔で私から離れるハンナ。


 そうだろう。

 私の悲しみや悔しさ………。これを理解できる奴なんて、この中に…………。


「あ、あの……カオリ様はどうしたのでしょうか?」


 不意に横から心配そうに顔を覗かせてきたのはピノピノさんだった。


 そんな彼女の胸は…………。


「ちょっと。カオリが急に菩薩のような微笑みを浮かべてるんだけど?」


『同年代で自分よりも下を見つけた安心感と優越感に浸っているのでしょう。取り敢えず、このままピノピノさんを前面に押し出しとけば安全かと』


「ここまで感情が表立って分かりやすい娘も中々いないわよね……。扱いやすくはあるけど。じゃあ、そういう訳でピノピノちゃん。カオリの面倒は任せたわ」


「ふぇええ?」


 何故かピノピノさんが私の前に固定されることになった。


 


 


「ところでカオリ」


 ルミアちゃんとお湯のかけあいっこをしていると、浴槽から出て体を洗っていたゴルデが声をかけてきた。


「なぁに?今、ルミアちゃんと天下分目のお湯戦争をやってて忙しいだけど?」


「わがせいぎゅんがゆうせいでしゅ~」


「変な事は教えない。あんたも筋肉痛なんだから、ゆっくりしてなさい。それよりも、さっきの話なんだけど…………」


 そこでピクリと肩を震わせ、お湯をかける手を止めた。


 それを隙と見たのか、西軍ルミアちゃんのお湯攻撃力が容赦なく顔へとかかる。


「ありぇのことでしゅがゴボッハァ!?」


「ルミアちゃん。一回お湯かけやめましょうね?カオリがガチで溺れてるから」


「ルミアちゃんは私と遊びましょうね?」


 顔面に容赦なくお湯をかけられてるのを見かねたのか、ピノピノさんがルミアちゃんの手をとって連れていく。


「ふぅ~~溺れるとこだった」


「遊び相手になるのもほどほどにしなさいよね?それで、さっきの話なんだけど………あいつら。男性陣が覗きに来るって話なんだけど、本当にくるの?」


「来る」


 疑うように聞いてくるゴルデに、確信を持って答えた。


 女性陣が揃って温泉に入るなどというイベントを、奴等がみすみす見逃す筈がない。


 特にザッドハーク。

 あのエロ騎士が、温泉イベントを逃すなんてミスをする筈がない。


 奴等は必ず覗きにくる!!


「奴らは絶対に来る。特にザッドハーク。奴がこんな温泉。入浴。女性陣。ポロリもあるかもよ?みたいな状況を逃す筈がない!」


「ポロリって何よ………。でも、そんな馬鹿みたいなことをしにくるかしら?」


「馬鹿だからこそ来る。あいつら本当に馬鹿だから、温泉=覗きって単純思考をしているの。だから、息をするように普通に覗きにくるわ!」


「息をするようにって……………」


 半信半疑もあらわに、苦笑いをするゴルデ。


 まだ、ザッドハーク歴が浅いゴルデには、私の言うことに信憑性を感じないようだ。


 というか、この女は何を他人事のようにしているのだろうか?間違いなく、このゴルデこそがザッドハークの一番の標的だろうに。


「ゴルデ。なんか他人事みたいに言ってるけど、ザッドハークの一番の標的は間違いなくあなたよ」


「えっ?」


「えっ?じゃないわよ。あのザッドハークの好みの女は、金髪、巨乳、エルフで、あなたはその内の条件を二つ満たしている。奴は間違いなく貴女を視姦しにくるわ。間違いなく」


 念押ししながら説明をすると、ゴルデの顔色が段々と青くなってきた。


 ようやく事態の深刻さに気付いたか。


「えっ?えっ?わ、私?私を見に?」


「奴の覗き優先事項の最優先は間違いなくゴルデ。次にシルビ、ハンナ、ブロズの順で、私とピノピノさんは対象外の筈よ」


 私の予想を耳にしたピノピノさんが、ホッと安堵の息を吐く。


 この場合は胸の小ささが功を成した。


 奴は単純な巨乳好き。

 ならば、間違いなく胸のデカイ順に狙う筈だ。

 そして悔しいが、その最優先対象は間違いなく最巨乳のゴルデである。


「えっ?ちょ、ちょっと待って?!なんで貴女とピノピノちゃんは対象外な訳?」


「その訳を私の口から言わせる気?戦争になるわよ?」


「ごめんなさい」


 慌てたように私に言いつのるゴルデだったが、一睨みしたら黙りこんだ。


 それでいい。そこに触れたら死は免れなかったわよ。


 真っ青な顔で胸を隠すゴルデ。

 そんなゴルデは不意に何か思い出したのか、パッと明るくした表情でこちらを向いてきた。


「で、でも、あいつらの監視にスケルトンとデュラハンを付けたわよね?何か動きがあったなら、連絡が…………」


「残念だけど、奴らは既にザッドハーク側へと下ったと考えた方がいいわ」


「えっ?」


 期待を裏切られ、唖然とするゴルデ。


 彼女には悪いが、監視に送ったあいつらは、間違いなくザッドハーク側に寝返ったはず。

 基本、スケルトンもデュラハンも本能丸出しのクズしかいないから、目の前に美味しい餌があるのなら迷いなくそちらへと食い付くはずだ。


「ちょ?!そ、それが本当なら、覗きにくる奴が増えるってことじゃないの!?しかも、それを知っていながら放逐するってどういうことよ?!」


 我に返ったゴルデが、鬼気迫る顔で迫ってくる。

 気持ちは分かるけど、胸を押し付けるのはやめてほしい。殺したくなる。


「まあ、落ち着きなさいなゴルデ」


「そんなの聞いて、落ち着いてられないわよ!」


『まあ、落ち着いてくださいゴルデ。カオリも何の考えもなくあいつらを放った訳ではないですから』


 騒ぐゴルデの背後からハンナが現れ、その肩を軽くたたいて宥める。


 ゴルデは、そんな妙に落ち着き払った様子のハンナを不思議そうに見た。


「えっ?ど、どういうこと?」


 困惑するゴルデを他所に、ハンナが私へと顔を向けてニヤリと笑う。


 私もその笑顔につられるように、ニヤリと口端を上げた。


 


 


 


 


 

 ◇◇◇◇◇


 

「フム。あそこが共同浴場か」


 闇夜の中、茂みの中からザッドハークが少し先にある木造の建物を見やり呟く。


「はい、あそこでございます。あそここそが儂らが目指す桃源郷ですぞい」


 その背後から、いつの間にか迷彩柄の服を着た村長が肯定の相づちを入れた。


 ザッドハーク一行は作戦会議後、直ぐに厩舎を飛び出し、闇夜の中を颯爽と駆け、浴場付近の草むらへと潜んでいたのだ。


 その潜んだ草むらからザッドハークが顔を僅かに出し、周囲を注意深く伺った。


「フム………見たところ、障害物も邪魔者もなく、何の問題もなく覗けそうではあるが………」


 辺りには特に遮蔽物もなく、日も落ちて人通りのない浴場付近を見回しながら、ザッドハークは怪訝な様子で顎を撫でた。


 そのザッドハークの様子に、村長が眉をしかめた。


「どうしましたじゃ?何が気がかりでも?」


「ウム……。カオリのことであるから、恐らくは我らが覗きにくることは勘づいておるはずなのだ」


「なんと?!」


 ザッドハークの言葉に村長が目を丸くする。


 まさか、既に覗きに行くことがバレているとは思わなかったのだ。


 それはそうだろう。どこの世界に覗かれることを予想しつつ、風呂に入る女がいるのか。

 いや、いない。分かっているなら入る筈がない。

 なのに、普通に恐れず風呂へと入る。


 村長は香のあまりの得体の知れなさに、心底戦慄した。


「あのカオリめは、獣のように勘と鼻が鋭い。既に我々が覗きにくることは予見している筈よ」


「ぬっ………なんたる勘のよさですじゃ、恐ろしい。なれば、出直すしかないのでは?」


 不安気な様子で提案する村長。


 流石にバレている上での覗きに抵抗を感じたのだ。


 だが、ザッドハークはそんな村長を見ると、真剣な口調で諭した。


「村長よ。機会というのは次があるようで、無いもなのだ。そこで逃した機会は二度と訪れぬ。二度と取り戻せぬ。そして、悔やみきれぬ後悔に悩まされることとなる。あの時にやっておけばよかった、あの時、あの時に………と」


 ザッドハークはポンと村長の肩に手を置き、確固たる覚悟に満ちた瞳を向けた。


「我はそのような後悔はしたくない。我はそこに機会があるならば、どのような危険があろうとも、恐れず立ち向かう所存よ」


 それは心の底からの本音であった。


 覚悟と決意に溢れた、漢の言葉であった。


 ポタリ。


 村長の目から、一筋の涙が零れ落ちた。


「ザッドハーク様………。儂はなんと愚かで覚悟が足りなかったのじゃ……。たかだか覗きがバレてる程度で臆し、逃げようとするなど………。己が恥ずかしくて仕方ないわい…………」


 ポタリポタリと涙を流す村長。


 ザッドハークの言葉に胸を打たれ、その涙は次々と止めどなく溢れてくる。


 だが、村長はその溢れ出る涙を袖でグイッと拭うと、キッと迷いのない瞳をザッドハークへと向けた。


「ザッドハーク様!儂も覚悟を決めましたじゃ!これからどのような事もあろうかと、貴方様についていきまする!どうせ老い先短い人生。ならば、最後に命の血華を見事に咲かせてみせましょうぞ!」


 新たに覚悟を決めた村長。

 その瞳からは恐れも迷いも全て消えていた。


 ザッドハークはそんな村長の様子に目を細め、満足気に頷いた。


「ウム!よくぞ申した、村長よ!これで汝も真なる我らが同胞よ!!」


「ハハア!今後とも、宜しくお願い致しまする!」


 ガッチリと握手を交わすザッドハークと村長。


 こうしてまた、録でもない修羅が一人生まれたのだった。


「よう。盛り上がってるところ悪いが、そろそろ動かねえか?あいつら上がっちまうぞ?」


 村長とザッドハークのやり取りを横から冷めた目で見ていたジャンクが、抑揚の無い声で注意した。


 すると、それまで熱い握手を交わしていた二人が、直ぐ様握手を解いてもとの態勢にもどった。


「フム。ジャンクの言う通りぞ。早々に行動を開始せねば、覗くことすらできなくなる」


「そうですじゃな。急がねばなりますまい」


「お前らのその切り替えの良さは嫌いじゃないぜ。で、ザッドハーク。さっきは何だか気がかりがありそうな事を言ってたが、どうなんだ?」


 そう問われたザッドハークが、厳かに頷く。


「ウム。先程も申したように、カオリは我らの覗きに気付いているはず。なれば、何かしらの対策を講じる筈。だが…………」


「何も無い。だからこそ、逆に気になるってことか」


 冒険者経験が長いだけに、ザッドハークの僅かな言葉でジャンクも察したようだ。


 ジャンクが被せるように発した言葉に、ザッドハークが正解とばかりに無言で頷いた。


 浴場周囲は特に目立ったものは何もなく、誰かが密かいる気配もない。


 まるで覗きに来て下さいと言わんばかりに無防備だ。


 ザッドハーク達が来ると予見しているならば、これはあまりに不自然だった。


「フムフム。確かにそれならば不自然じゃのう。見張りや罠の一つ二つあってもおかしくないはず。もしや、覗きに来ると予見していないのでは?」


「ウム………。だが、あのカオリに限って………」


「だな。だが、現状はこれだし…………」


 誰もが現状に悩み、どうすべきかと判断を下せずにいる中、デュラハンがズイッと動き出した。


『私が様子を見に参りましょう。このまま考え続けても埒があきません。ここは私が先陣を切って様子を見て参りますので、安全と思ったならば後に続いてきてください』


「デュラハン………。だが、間違いなく危険ぞ?どんな罠があるか………」


『それは百も承知です。ですが、このままだと無為に時間を過ごし、ハンナ様達が上がってしまいます。ならば、この身を持って罠の有無を確認したいと思います。罠が無ければ良し。罠があっても確認できて良し。何の問題もありません』


 己を犠牲にする前提の覚悟の深さに、さしものザッドハークも息を飲む。

 だが、直ぐに平静を取り戻すと、デュラハンの肩を叩いた。


「了承した。汝の確かな覚悟、このザッドハークが確と受け取った。なれば逝ってくるが良いデュラハンよ。もし、罠が無ければ、一番覗きの栄誉を汝に与えようぞ」


「ハハア!」


 ザッドハークの言葉に手を合わせ、恭しく跪くデュラハン。


 デュラハンは直ぐに立ち上がると、茂みから颯爽と飛び出し、浴場へと向かおうとした。


 が。


 ピッ。


「ムッ?今、何やら妙な音がせなかったか?」


「はい。私も何やら妙な音が聞こえましたな」


「ああ、俺も…………って、デュラハン。お前、背中にそんな数字が書いてあったけか?」


『えっ?』


 妙な音がしたとざわめく男達の中で、ジャンクが茂みから出たデュラハンの背中の異変に気づく。


 茂みから出たデュラハンの背。


 そこには、いつの間にか数字の『5』がデカデカと赤く書かれていたのだ。


『えっ?いや数字なんて知らな…………』


 何か言おうとしたデュラハンの背中の数字が、今度は『4』に変わった。


 そして、更に『3』に……………。


 その瞬間、その場にいたデュラハン以外が察した。


 


 


 

 カオリ。やりやがったと。


 


 


 


 


 


 ◇◇◇◇◇◇


 

 ズガガガァァァァァァァン!!!!


 浴場の外から凄まじい爆音が響く。


 どうやら、放り投げた爆弾が上手く起爆したようだ。


「フウ。やっぱり裏切ってたわね。そして、見事に役目を果たしたみたいね」


『みたいですね。これだから男は………。馬鹿は死んでも治らないというのは本当ですね』


 ハンナと作戦が上手くいったことに満足しつつ、男はやっぱり信用ならないなと呆れる。


 まったく………。


 覗きになんてこなきゃ発動もしなかっただろうになぁ。本当に男って馬鹿ね。


 欲望に忠実すぎて笑えるわ。


「………ねえ?今の爆音って、もしかしなくても、さっき説明してくれたやつかしら?」


 こちらに向かい、引きつった笑みを見せるゴルデ。


 説明しても半信半疑だったようだけど、今の爆発で信じてくれたかな。


「うん。ハンナにお願いして、事前にデュラハン達に仕掛けてもらった感知型爆発魔法だよ」


『はい。事前にデュラハン達に爆発術式を仕掛け、それがあらかじめ浴場周辺に張った結界に近付くと、術式が結界を感知して自動で発動。仕掛けた術式がデュラハン諸共に大爆発する魔法です。結界にさえ近付かなければ発動しませんが、発動すれば、ほらあの通りです。クスッ』


 裏切らずに監視をしていれば良し。

 裏切れば動く爆弾としてザッドハーク達諸とも爆発してもらう。何とも無駄のない魔法である。


 まあ、私としては100%裏切ると思っていたが。


 裏切り者には『死』を。当然ね。


「覗きに来なければ発動なんてしない魔法なんだし、爆発したのは自業自得よね。いいお湯」


『そうですね。完全に自業自得ですね。やっぱり悪いことはできませんねぇ。いいお湯』


「あんたら………この間、なんか感動的なシーンをやってたのに、よく仲間を爆破できるわね………」


「非人道的魔法ーだよねー…………」


「助かったけど、何か釈然としない………」


「あ、あれ、他の村人の方々は大丈夫なんでしょうか?」


 ゴルデ達が信じられないものでも見るかの如く、私とハンナを見ているが知ったこっちゃない。


 悪事とは常に我が身に返るものである。


 彼らも悪事さえ働かなければ、こんな悲しい事態にはならなかったのだ。


 世に悪が栄えた試し無し…………と。


 私は横で『ジュガア~~ン!』と興奮気味に爆発の真似をするルミアちゃんを眺めつつ、染々と悪いことはできないなと実感した。


 


 


 


 

 男性覗き連合1名脱落。

 脱落者:『ハンナ一筋』デュラハン1号。

 脱落理由:爆死。

 【現在のメンバー。】

『巨乳大好き』ザッドハーク。

『尻が一番』村長。

『パンツがあれば何でもデキる』スケルトン134号。

『業深き中年竜』ジャンク。


 

 残り:4名。

 

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