70話 ほのぼの温泉
『カオリちゃん、お菓子食べる?』
「あっ、はい、頂きます」
ガタゴトと揺れる馬車の中。
手渡され缶の中のクッキーを1枚掴み、口に放り込んで咀嚼する。
正直、味なんて分からない。
『もう!敬語なんてやめてよね!いつもの調子で話し掛けてくれればいいから』
「えっと、善処します」
『もう!』
凛とした涼やかな声が響く。
また敬語を使われてプンプンと怒るのは、美しい女性……………ではなく触手だ。眼球だ。ゴアだ。
ゴアが喋りだして2日。
未だ私は混乱の渦中にいた。
なんかザッドハーク達と感動的な場面をしていたら、なんの前置きも脈絡もなく喋りだした。
今まで『kあ雄R11』みたいに頭に響く声で喋っていたのに、いまや普通に『カオリちゃん』と喋っている。
戸惑いしかない。
しかも、今までのおどろおどろしい声ではなく、凛と涼やかで美しい女性の声であった。
困惑しかない。
『どうしたの、カオリちゃん?じっと私を見て?』
「あっ、いや、何でもないです」
しかも、喋り方が年上のお姉さん口調。
ついつい敬語で話してしまう。
『もう!だから、いつも通り気軽に話してよ!ねえ、ハンナちゃん?』
『あっ。はい、そうですね、ゴアさん』
ハンナもこの調子だ。
これまで憎々しげにゴアと節していたのに、今や年上の人を相手にしたそれだ。『さん』づけだ。
『もうもう、ハンナちゃんまで!お姉さん、困っちゃうわよ!』
しかも自分を『お姉さん』呼びである。
どうしていいか分からない。
本当なら一人でじっくり考えて、ゆっくりとこの件について飲み込みたいところだ。
だが、馬車という限られたスペース状、それはできない。
そして、正面に座った件のゴアが、こちらが落ち着く前に、わんこそばの蕎麦を椀に容赦なく注ぐが如く、次々と話し掛けてくるので考える暇もない。
頼む、一回タイムを頂戴。
ついでに、急にどうして喋りだしたのかを聞いたら…………。
『頑張って勉強した』
とのこと。
その努力。もう少し前からしてほしかった。
『カオリちゃんもハンナちゃんも急に他人行儀になっちゃって…………お姉さん泣いちゃいそうよ』
「いや、あのすいま……………ごめん」
泣かれたら馬車内が水没する。
『なーんて、冗談よ。急に私が喋りだしたから、まだびっくりしてるんでしょ?まあ、驚くのも無理はないわね。私だって、ポンゴが喋ったのには驚いてたし』
いや、それは比じゃないから。
完全にポンゴのインパクトが、ゴアに塗り替えられてたから。
『ちょっと淋しいけど、これから少しずつ慣れて話し掛けてくれれば、お姉さんは嬉しいわ』
そう言ってウインクをするゴア。
これ、喋る前と後でキャラ変わり過ぎじゃないの?ゴア、こんなん喋る系だったの?
いつもジッとこちらを見ているだけの印象があったんだけど?
「ねぇ……この眼きゅ……この人、こんな喋る系だったの?」
ゴルデが聞いてくるが、それは私がちょうど考えていたところで、私も聞きたいことだよ。
というか、ゴルデもゴアが喋るようになってからは『人』というように心掛けているようだ。
如何に言葉を話すという事が大事かを表す事例だな。
『フム。ゴアはもとより喋る方であるが、目覚めたてからは情報収集に専念していたようぞ。下手に古い情報を話題にして引かれたら立ち直れぬと愚痴っておったからな』
馬車の外………屋根の上からザッドハークが疑問に答えてきた。
そうか、話題が古いって引かれるのが嫌だったのか。女の子として気持ちは分かる。
だが、もっと気にすべきことがあったんじゃなかろうか?外見とか。
既に充分以上に引かれてるかと。
ところで、何故ザッドハークが馬車の上にいるのかと言えば、単純に乗れないからだ。
今の帰りの馬車には、ゴルデ達が急遽乗ることになり────来るときは馬で来て、山小屋の厩舎に預けたらしいが、隣にポンゴが来て驚いて逃げたらしい────席には、私、ハンナ、ゴア、ピノピノさん、ゴルデ、シルビ、ブロズの、か弱い女の子勢が乗ることが民意で決まった。
必然、ザッドハークとジャンクさんの男性勢は乗るところが無く、仕方なく屋根の上に乗ってもらっているのだ。
『ちょっと!ザッドハーク!そんなこといちいち言わなくていいのよ!馬鹿っ!』
チュイン。
ゴアの怒りの声と共に、その目から極細のレーザーのようなものが屋根に向かって照射された。
同時に『ウグァ?!』というザッドハークの呻きと、何かが落ちてゴロゴロと転がっていく音が外から聞こえた。
『これで静かになったわね』
パンパンと触手を払うゴア。
急に頼もしくなりすぎである。
『おい?!なんかザッドハークが転がり落ちていったが?!』
『ジャンクくん。あなたは何も見てない、いい?』
『はい、見てません』
頼もし過ぎて怖いぜ。
そんなこんなで馬車の旅は続く。
馬車内では、少しは慣れてきたピノピノさんを交えてガールズトークに花を咲かせたり、お茶を楽しんだり、簡単なゲーム大会をしたりと、中々の盛り上がりを見せた。
途中、ザッドハークが追い付いてきたり、ザッドハークが外でジャンクさんと猥談を始めたり、ゴアがザッドハークとジャンクさんを纏めてレーザーで撃って馬車から落としたりと、色々な珍道中はあったが、夕方頃には本日の目的地であり、一夜を過ごす予定の村が見えてきたことを、御者のスケルトンが教えてくれた。
この村は行きでも寄った村で、霊峰マタマタとの間に唯一ある村だそうだ。名前は確かミト村。人口は約百人程の小さな村だ。
今日はここの村で一休みし、明日の朝にアンデル王国へと向かう予定である。
「もう村?思ったより早く着いたわね」
『お喋りしながらですからね。時間が経つのが早く感じましたよ』
『うんうん。お喋りしてるとあっという間よね』
「ゴアさんの話がおもしろかったもの。ねえ?」
「うんうんー。昔のーファッションとー現代のファッションのーを比べた考察はおもしろかったー」
「は、はい。商人の観点から見ても参考になりました!」
「昔の登山家の凄さと無謀さを知れたのは参考になったわね………」
なんだかんだあったが、すっかり馬車内でのガールズトークで打ち解け、私達の中にあったゴアへの変な印象は消えていた。
今や頼れるお姉さんポジションを確立していた。
ゴア………侮れない娘(?) 。
「さて、そろそろ着くけど………どうする?面倒だから、このまま村にはいってもらう?」
「あんた………スケルトンが御者をしていて、スケルタリードラゴンが牽く馬車なんて来たら、村総出で逃げ出すわよ?」
「確かに」
ゴルデに真顔で注意された。
「じゃあ、ここら辺で止めて村に行こうか」
「それはいいけど、馬車とかはどうするの?そのまま放置する訳にはいかないでしょ?」
怪訝な顔をするゴルデ。
そうか。行きには一緒じゃなかったから知らないか。
「大丈夫よ。私の収納空間にしまうから」
「収納?」
「まあ、見ればわかるわ」
スケルトンに馬車を停めるように指示し、道の脇に停めてもらう。
皆が馬車から降りたところを確認し、馬車に手を翳す。
「『収納』」
ワードを唱えると、馬車、ポンゴ、スケルトンが、纏めて収納空間へと吸い込まれていった。
「ま、こんな感じ?」
パンパンと手を払いながらドヤ顔でゴルデを見れば、初めて見るゴルデ達一行は、唖然とした顔で私を見ていた。
「す、すごいわね…………」
「こんなーデカイのー収納できるなんてー」
「き、規格外。流石は勇者…………」
「い、行く時も見ましたが、いつ見ても凄いです」
ピノピノさんの賛辞をもらい、鼻高々としていると、ゴルデがソッと手を上げた。
「えっと………悪いけど、私達、まだ着替えとかの荷物を下ろしてなかったんだけど?」
再び馬車を出し、皆の荷物を下ろした。
◇◇◇◇
「これは、これは……ようこそおいでくれました」
朗らかな笑顔で出迎えてくれたのは、この村の村長。見た目、仙人みたいな人で、白く長い髭が地面に垂れている。切ったらどうだろうか?
私達は村長宅へと訪れて、挨拶をしていた。
村には宿屋が無いため、今日は一番家が大きい、この村長の家で宿泊させてもらうのだ。
そんな村長は、行きの時にも立ち寄った際にお世話になった方で、急な来訪であったが、快く私達を出迎えてくれた。
村長は玄関から出て来ると、私やザッドハーク(何とか追い付いてきた)に顔を向けると、恭しく頭を下げてきた。
「何も無い村ですが、最大限おもてなしさせていただきます。これ、我が孫娘の身体を清め、祭壇を準備せよ。篝火を焚くのじゃ」
「生け贄は求めてませんから」
行く時に寄った時もやられたな。
「左様でしたか。それならば……………」
村長は今度はゴアに顔を向けると、服を脱いで上半身裸になった。
「この身!この魂!あなた様に捧げん!!キィェェェェェェ!!」
「だから生け贄求めてねぇつうの?!」
ナイフを取り出して切腹しようとする村長の頭を殴り、凶行を止める。
なんなんだよ、この村長?!どんだけ生け贄捧げたいんだよ?!邪教信仰でもしてんのか?!
てか、筋肉痛ヤバいんだから変なことさせんな!
倒れ伏す村長を見下ろしていると、村長の孫娘さんがクスクスと笑いながら現れた。
「フフフ………すみません。お爺ちゃん、久しぶりのお客様に舞い上がってしまって…………」
「舞い上がって死なれたら、寝覚めが悪いってもんじゃないんですが」
死んだのは自己責任には違いないだろうが、間違いなく私達のトラウマになるわ。
孫娘さんはクスクスと笑いながら村長を跨ぎ、私達を家の中へと招き入れてくれた。
「まあ、お爺ちゃんはそのまま放っておいて、どうぞこちらにおいで下さい。お部屋を準備させていただきますわ」
「いや、そこは村長回収しましょうよ?やった私が言うのもなんですが、村長を裸で玄関に放置するのは、老人虐待になるのでは?」
「いつも酔っぱらって裸で床に寝てますから、大した問題ではありませんわ」
「おっ、おお……そう?」
何故か何も言えなくなった。
孫娘さんの案内で村長宅の中へと入り、宿泊する部屋へと通された。
宿泊する部屋は大部屋が一つと、厩舎を案内されたのだが、民意によって女性陣が大部屋を使うことになったのだ。
今日はこの大部屋で、女同士で雑魚寝することになった。
荷物を下ろして簡単に整理をしていると、孫娘さんが思い付いたように手をパンと鳴らした。
「ああ、そうですわ。お荷物を置いたら温泉に浸かってはいかがでしょうか?その間に毛布やお食事の準備をしておきますので、汗を流してきてはどうでしょうか?」
そう、実はこの村には温泉が湧いているのだ。
村の山側付近に温泉が湧き、そこに共同浴場が建てられているのだ。
行きの際にその話を聞いた時は凄く驚き、それ以上に興奮したものだ。何せ、異世界初の風呂だったのだ。興奮しない方がおかしい。
ギルドにある入浴施設といえばデカイ桶にお湯を張ったもので、汗と汚れは落とせるが、風呂に入った気にはならないので不満があったのだ。
だから、この村に入浴施設があると聞いた時は、酷く興奮したものだ。
浴場は思ったよりも小さく、イメージしてた温泉的なものではなかったが、それでも風呂に入れるというのは凄く気持ちよかった。
「それはいいね!お風呂入ろ、お風呂!筋肉痛にも効きそうだし!」
『そうですね。あれは大変良いものでした。そういえば、行きの際に入った時に、カオリが『ビッチ共を湯船に沈めてやりたい』とか言ってましたね』
「あんた………風呂入ってる時くらいは不穏な考えは捨てなさいよ………」
「いいねーお風呂ー。さんせー」
「身体を拭うだけでしたから、助かりますね」
「わ、私も賛成です」
『それじゃあ、荷物を整理したらお風呂に向かいましょう』
皆が賛成し、荷物整理を終えたら風呂に行くことに決まった。
フフフ。楽しみだわ。
「そういえば、お連れの男性二人が酷く泥だらけでしたが………浴場は一つしかありませんが、男性と女性で、どちらを先にしますか?」
『『「「「「「女性で」」」」」』』
民意により、女性陣の一番風呂が決定した。
私達は早々に荷物を整理し、温泉へと向かった。
◇◇◇◇◇
カオリ達が温泉へと向かった後、厩舎に集う者達がいた。
厩舎にひかれた藁の上。
そこに複数の影があった。
その影とはザッドハーク、ジャンク、村長、剣助、スケルトン代表、デュラハン代表の六名で、この六名は円陣を組んで座り、話し合いをしていた。
その内容とは…………。
「それではこれより第一回男性陣不遇対応改善会議を始める。議長は我、ザッドハークが務める」
そう言って話し合いの始まりを告げたのは、暗黒殲滅騎士ことザッドハークだった。
彼らは現状の女性陣優先の流れに不満を抱き、遂に決起集会を開いたのだった。
「フム。この話し合いの場にこれ程の人数が集まってくれたのは何とも嬉しい誤算ぞ」
「集まらいでか!今の俺らの待遇は酷すぎる!移動は馬車の上!猥談したら落とされる!寝る場所は厩舎!泥だらけなのに風呂は後!これはあんまり過ぎるぜ!」
「儂もそう思う!最近、息子の嫁と孫娘の当たりが厳しいのじゃ!まったく儂を敬っておらん!先程なぞ、気づいたらドアストッパー変わりに使われとったんじゃぞ?!」
『ギュイイン!ギュイン!(俺なんか、聖剣代わりに差し出されて殺されかけたんだからな?!助けを求めたのに無視されるしよ………。しかも、ついさっきまで杖代わりに使われてたんすよ!?パワーアップした意味ないわぁぁ?!)』
『カタカタカタ!?(私なんて、この間のトゥル戦で盾代わりになった報酬に、ハンナ様のパンツをくれるって言ってたのに、メル婆とかいうババアのパンツを寄越しやがったんですよ?!知らずに匂いを嗅いで『芳醇な香り』とか言った自分が馬鹿みたいですよ!?)』
『私達なぞ、出番がないのだぞ?!あっても一瞬だけの端役!デュラハンっていえば、他では結構メイン張る魔物!もっと出番があっても良いと思います!騎士を何だと思ってるのか!!』
話し合いに集まった男性陣一同が、日頃の鬱憤をこれでもかと訴える。
皆、誰もが興奮している。
関係の無い村長と、無機物の剣と、アンデッドのスケルトンとデュラハンが話し合いに参加しているのに誰もそれに突っ込まない辺りに、その興奮度が伺えた。
ついでにスケルトンとデュラハンが何故ここにいるのかと言うと、カオリにザッドハーク達を監視するよう言われてたのだが、話し合いの内容を聞いて早速裏切っていた。余程溜まっているようだ。
議長役のザッドハークは腕を組み、黙って皆の話を聞いていたが、暫くすると厳かに口を開いた。
「フム。皆の不満は理解できた。我とて不満は大いにある。だがだ……………」
そこで一度言葉を切るザッドハーク。
それから話し合いに参加している皆の顔をゆっくりと見回し、正面を向いてから言葉を続けた。
「状況を打破する手段無し」
その一言に皆が絶望する。
だが、理解はできていたことだった。
「言うに及ばず、カオリの戦闘力と狂暴性は類い稀なるもの。迂闊に機嫌を損ねれば、どのような目に合うかも分かったものではない」
その意見に皆が頷く。
村長は流れで頷いているだけであろうが、皆が真剣な顔で頷いていた。
香……………あれはヤバいと。
「次にハンナだが………これは最初は大人しかったが、最近ではカオリに触発されたのか、狂暴性が増しておる。この間など、乳輪について意見したら我の乳首を焼かれたぞ…………」
これにも皆が同意した。
あれもヤバい……………と。
「ゴルデ達やピノピノについて此度ばかりの同行故に問題はないが……………一番の問題はあやつがとうとう本気を出したことよ。………ゴアが」
皆が息を飲んだ。
なぜならば、ゴアの話をした瞬間のザッドハークの声が、これまでで一番の深刻さを滲ませていたからだ。
「ゴアの奴めは昔から知っておるが、あれは他者と関係を持つ際は、暫し『見』に徹するのよ。それも徹底的なまでに」
「ケン?どういうことだ?」
「そのままの意味よ。様子を見るのよ。自分がどんな立ち位置にいれば良いのか。どんな役目を果たせばよいのか。どんな動きをすれば良いのか。それらを時間を掛け、つぶさに観察し、己の立ち位置と役目を決める。つまりはその場に足りぬ要素を完璧に見極め、補強しようとするのよ」
ジャンクは息を飲んだ。
確かに思い出せば、ゴアはジッと自分達を見ているような感覚はあった。
時折、ザッドハークの通訳によって喋ったり、意見を述べたりすることはあったが、確かに観察するように黙って見ていることの方が多かった。
「もしや………急に喋りだしたのは?」
「ウム。見定めたのだろう。己の位置を。役目を。故に観察を止め、積極的に行動を開始した。そして、その行動を見る限り、あやつが示した己の立ち位置の方針が見えた。それは……姉ポジションだ」
「姉…………だと?」
ジャンクの呟きに、ザッドハークが頷く。
「ゴアめは今の一同に足りぬのは、香を守り、時に厳しく戒め、時に優しく諭し、気軽に相談乗ってくれるような存在………家族。その中で姉であると判断したのであろう」
「姉……………それは凄いのか?」
「凄いかどうかはともかくとして、厄介だ。本気で姉となったゴアは、何をするにしてもカオリを第一に優先するであろうし、カオリの敵には一切容赦しない。更には、カオリに悪影響なものの尽くを排除しようとするであろう。先の猥談をして落とされたのもそれよ。あれは姉は姉でも、シスコンの姉だ。姉としては最上級の位置にいる」
シスコンの姉。
その響きに緊張し、皆が押し黙った。
特にジャンクは、属性こそ違うが同じ〇〇コンが付くものとして、その厄介さを良く良く理解しているからこそ、警戒心を何段にも上げた。
「そんな本気のゴアが加わった。これは女性陣の脅威度が倍以上に上がったも同然よ。我とゴアでは単純な個としての破壊力は我が上であるが、あやつには高い殲滅力と多数の搦め手がある。状況によっては、我は一方的にやられるであろうぞ」
「ザッドハークが及ばない………だと?」
ジャンクが愕然とし、項垂れた。
男性陣ほぼ唯一の戦力の要であるザッドハークがやられるというならば、最早敵う道理は無いということだった。
話し合いに暗く不穏な空気が流れだした。
「ここまでの状況を鑑みるに、カオリの狂暴性、ハンナの冷酷さ、ゴアの殲滅力。既に無敵の布陣が出来上がりつつあり、下手な手出しは地獄を見ることになろう」
場に静寂が訪れた。
最早、どうしようもないパワーバランス。
それを改めて実感させられ、男性陣は深い絶望に落ちていた。
ある者は項垂れ。
ある者は嗚咽し。
ある者は頭を抱えた。
どうすることもできない。
世に言う『尻に敷かれる』状態を味わわなければならないのか?
男性陣にそんな考えが過った時、ザッドハークが空気を振り払うようにパァンと手を鳴らした。
「案ずるな。故に、我は考えた。どう、女性陣に対抗し、その力を打破するのかを。そして、ある一つの答えに辿り着いた」
それまで下を俯いていた男性陣がバッと顔を上げて、ザッドハークへと向けた。
その瞳に一縷の希望を乗せて。
ザッドハークはそんな願いを一身に受けながら、厳かな口調で述べた。
「地獄を見るのを覚悟し、突き進もうぞ。取り敢えず、温泉を覗きにゆかぬか?」
「こいつ、開き直りやがった」
深いため息をつくジャンク。
ザッドハークの示した打開策。
それは要は『もう、怒られてもいいんじゃね?』という開き直りだった。諦めと言ってもいい。
打開策ではなく打壊策だった。
「しかも、温泉を覗くって………自殺行為にも程があるだろうが?!」
「儂はお供致しましょう」
「おい、ジジイ?!」
なんの迷いもなく跪く村長。
その顔には確かな覚悟と、欲望が浮かんでいた。
「儂も薄々は感じていたのじゃ。息子の嫁や孫娘から向けられる蔑みの視線。これをどうすればいいのかと。じゃが、受け入れればいいんじゃ。体面など気にせず、怒りも蔑みも嘲笑も全て受け入れ、開き直ればよかったのじゃ!」
「おい!姥捨てって知ってか?やり過ぎると山に捨てられるぞジジイ?!」
「黙れっ小僧?!あんなボンキュボンなパツキンねーちゃんや、パイオツがデカイパツギンねーちゃんが風呂に入るというのに、覗かん訳がないじゃろうが?!馬鹿か?!」
「だから蔑まれんだろうが?!覗きをするジジイなんて酒の席では誉れでも、村長としたら失格じゃねぇか?!自分の股間の手綱くらいしっかり握れ!」
「握った結果がこれじゃ!!儂の暴れん棒が本気なら、斜向かいの家の子は、今頃儂そっくりじゃったろうて!!」
「生々しい話は止めろ!糞ジジイ!!」
ギャーギャーと騒ぐジャンクと村長。
そんな二人を、ザッドハークが冷たく鋭い口調で制止した。
「やめよ、二人とも」
「だが…………」
「それにジャンク。村長の言い分はもっともだ」
「一応聞く。どこがだ?」
「『あんなボンキュボンなパツキンねーちゃんや、パイオツがデカイパツギンねーちゃんが風呂に入るというのに、覗かん訳がない』だが」
「お前ら、二人揃って井戸の冷や水を浴びてこい」
ジャンクは嘆息し、頭を抱えた。
何故にこいつらは虎の尾を………いや、竜の尾を平気で踏むようなことができるのか、と。
むしろ、勢いをつけて踏んでいる。踏み潰しにかかっていると言っても良いぐらいだ。
もはや、望んで殺されにいってるとしか思えなかった。
「そう深く考え込むでない。それに良く考えよ。此度は千載一遇の機会なるぞ」
「ああ………?千載一遇の機会?」
怪訝な顔をするジャンクにザッドハークが頷く。
「左様。確かに女性陣の脅威度は上がっておる。が、此度はその限りではない。何故ならば、カオリは筋肉痛でまともに動けぬし、ハンナも今はまだ完全にカオリ色に染まった訳ではない。ゴルデ達一行は何とでもなるし、ピノピノは論外。そしてゴアだが………」
ザッドハークが口端を僅かに上げた。
「弱点である『水』に自ら浸かりに行っておるわ」
愉悦混じりに語られた衝撃的事実に、ジャンクが目を丸くした。
「水?ゴアって水が弱点なのか?」
「左様。まあ、水と申しても、雨や霧などのように多少濡れる程度ではビクともせぬが、深く張った水に長時間浸かると、ふやけて暫しまともに動けなくなるのよ」
「ふやけるって…………パンか何かかよ?」
「ついでに染みて、周りが良く見えなくなると」
「目だからなぁ…………」
納得したように頷くジャンクに、ザッドハークが懐から黄色いものを取り出して見せた。
「それに、もしもの場合は、この最終手段。レモン汁をかける」
「最終手段が手軽すぎないか?」
ザッドハークが手にしたレモンを見て、ジャンクは唖然とした。
「という訳で、時勢はこちらに傾いておる。我には聞こえるのだ。温泉。入浴。女性陣。ポロリ。そろそろお約束のお色気シーンを入れるべきではないかという声が」
「自分の心の声じゃないのか?もしくは一度、医者に診てもらった方がいい」
憮然と言い放つジャンク。
だが、既にゴルデ達の裸体を見たいという欲求に駆られたザッドハークに聞く耳はなかった。
不意に何かが動いた。
動いたのはデュラハンとスケルトンで、彼らはザッドハークに対し、恭しく跪いていた。
『ザッドハーク様。この身。この命。貴方様に預けましょう』
『カタカタ(我らは貴方様と共にあり)』
「汝ら……………」
「いや、仰々しい騎士の誓いみたいな絵面になってるが、ただの覗きの共犯に加わってるだけだよな!?絵面が良くても中身はゲスだぞ?!」
『うっせーな?!こっちは騎士とかアンデッドとか言う前に男なんだよ!!男!!女の裸………それも憧れのハンナ様の裸を見れるなら、何言われたって知ったことかよ?!もう一回死んだっていい!』
『カタカタ!(あわよくばパンツをゲットし、頭から被って匂いを嗅ぎたいわ!!スンスンハフハフクンカクンカして最後はナメナメしたいんだよ!!)』
「うちにはカスしかいないのかよ?!てめぇは騎士が何だと最初に言ってたんだから、騎士らしくしろや!いきなり騎士の誇りを全力で投げ捨ててるじゃねぇか?!あと、スケルトン!!何を言ってるかは知らないが、お前が一番危ないことを言ってる気がする!」
欲望を露にザッドハークへと賛同するデュラハンとスケルトンの両名。
どちらも先程とは全く違う意味で興奮し、常識を説くジャンクへと本音をぶち撒けて叫ぶ。
そこに更に剣助が刃を唸らせて参戦してきた。
『ギュイイン!(人間の女の裸には興味はないが、それでご主人達が恥ずかしい目に合うというなら喜んで力を貸す!!ご主人の羞恥に乱れた姿を見れば、多少は溜飲も下がるってものよ!!』
刃を唸らせ意気込みを露とする剣助。
そんな剣助に皆の視線が集まった。
「先程からギュインギュインと五月蝿くてかなわぬな」
「俺も気になってたが、何で嬢ちゃんの剣がここにあるんだよ?」
「音が響いて迷惑じゃのう…………」
『覗きの邪魔になりますし、どこかにしまいますか?』
『カタカタ(それならあそこに掃除用具をしまうロッカーがあったすから、あそこにしまいましょうか)』
『……………えっ?』
男性覗き連合1名脱落。
脱落者:『復讐誓う無機物』剣助。
脱落理由:IN掃除用具ロッカー。
残り:4名。
「さて、五月蝿い剣も片付いたところでジャンクよ。汝は如何するのだ?」
剣助を掃除ロッカーを放り投げたザッドハークが、否定的な態度をとるジャンクへと問う。
「いや、如何も何も、俺は行かねぇぜ。どうせ痛い目を見るのは予想できるしな。それに第一、興味が湧かねぇな。あいつらの裸を見たところでな……」
肩を竦め、やれやれとため息を吐くジャンク。
ロリコンの彼にとって、香達の裸は何の魅力も感じないらしい。罪深い。
そこでフッと、ザッドハークが顎を撫でながら思い出したようにデュラハンを見た。
「フム。そういえば、デュラハンよ。汝は先程、気になることを申していたな。この村長の孫娘が、カオリ達に何か頼みごとをしていたと?」
『ハッ?ああ、あれですか。私がここに監視をするようカオリ様に命令された時、ちょうど孫娘殿がやって来て、カオリ様に妹様も一緒に風呂に入れてやってほしいと………』
「ははあ、ルミアの事ですな。大変お転婆な娘でしてね。今日も遊び疲れて寝てしまい、先程起きたようなのです。それでまだ風呂に入っていなかったのかと……。いやはや、お客人にそのような事を頼んでしまうとは、申し訳ありません…………」
恥ずかしそうに頬を掻き、頭を下げて謝罪をする村長。
ザッドハークは村長を見ながら、気になったことを聞いた。
「それは構わぬが、一つ問う」
「はい、なんでしょう?」
「その妹の方の孫娘の歳は幾つか?」
「ルミアですか?それなら今年で6歳になります。暴れん坊で目は離せませんが、可愛いさかりで……」
「左様か」
ザッドハークは村長の孫自慢を聞きながら、チラリと横目でジャンクを確認した。
「オイ、何やってんだ?行くなら早く行くぞ?時間は限られてるんだ。あと、匂い消しに泥を塗るのを忘れるな。遠眼に姿を誤魔化せるしで一石二鳥だ」
そこには顔や服に泥を塗り、頭に木の枝を布で巻いて固定する、ガチ覗き勢のジャンクがいた。
「よし!待ってろよルミアちゃん!今、俺が行くぜ!」
「村長よ。必要であれば武器の使用を許可する。殺さなければ、何をしてもよいぞ」
「ありがたく。孫の貞操に関わりますからな」
厩舎にあった鍬を手に、意気込むジャンクを見据える村長。
最も目覚めさせてはいけない眠れる竜を起こしてしまったザッドハーク。
だが、こうして男性陣による温泉覗き作戦が、皆の総意で決行されることとなった。
男達は無事に女性陣の裸体を拝めることができるのか?
それは神のみぞ知ることであった…………。
男性覗き連合1名追加。
【現在のメンバー。】
『巨乳大好き』ザッドハーク。
『尻が一番』村長。
『ハンナ一筋』デュラハン1号。
『パンツがあれば何でもデキる』スケルトン134号。
New『業深き中年竜』ジャンク。
残り:5名。
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