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閑話 動き出す巨悪~十三魔将が一柱、影魔将現る~

ついに勇者の敵側幹部の登場です。


 

 暗く広い部屋だった。

 会議室のように広いが、窓はなく、一定の間隔で設置された燭台に灯された蝋燭の火だけが、唯一の光源だった。

 部屋には無駄な調度品や、家具などは一切なく、あるのは部屋の最奥にある、豪奢な一つの椅子。

 その椅子の左右には、一際立派で大きめの燭台が設置され、その椅子を凛々と照らしていた。

 

 そして、その椅子には男が座っていた。

 

 座っていても分かる程の長身で、立てば恐らくは二メートル近く程。

 だが、身体は酷く痩せており、頬は痩けていた。

 面長の顔付きで、青白く、眉は無い。細く鋭い刃のような目をしており、唇には紫色の紅をひいていて、不気味さに拍車をかけている。

 髪は腰まで届く程に長く、前髪がダラリと顔にかかっている。

 

 全体的になんとも酷く陰気な男だ。

 

 服装は黒いスーツのようなものを着ており、その身に纏うどれもが一財産になる程の高級品であった。

 

 そんな彼の一番の特徴。

 それは角だ。

 頭の左右から、捻れた角が2本生えている。

 

 更に椅子の端からは黒く、長い尾が飛び出していた。

 

 その特徴は、彼が人間ではない事を示している。

 

 彼の名は、アーリマルクル=シェイド。

 魔王の忠実な部下であり、魔王軍の暗部の全てを指揮する暗部長官。

 

 そして…………十三魔将と呼ばれる、魔王軍最強の十三名の一名であった。

 

 十三魔将は魔族の中でも優秀かつ強大な力を宿した十三名に送られる称号であり、魔王から直々に認められたという誉れある名誉だ。

 

 また、この称号を持つ者は魔王軍内においては、様々な権限を有しており、各部隊や軍を率いることも魔王から直々に許されている。

 

 そんな彼は今、目の前で跪いて報告を行う部下を一瞥していた。

 

「と、いう訳でして、報告は以上で終わります」

 

 ちょうど報告を終えた部下………黒くのっぺりとした身体を持つ魔物。ドッペルゲンガーのペトラが、のっぺらぼうの顔をあげた。

 

 無事に魔王領へと帰りついたペトラ。

 彼は早速とばかりに、任務における報告を上司であるアーリマルクルにしていたのだ。

 

 ついでに、アベッカの人形は、流石に部屋に置いてきていた。


「フム。成る程ねぇ………。王国の運命を左右する程のアイテムの正体が、単なる精力剤の材料とは。なんとも間抜けな話ねぇ…………」

 

 これまで黙って報告を聞いていたアーリマルクルが口を開いた。

 

 報告にあった精力剤の材料ボ〇キノコ。

 アーリマルクルは、件のその茸を汚そうに指で摘まんで見ていたが、それをヒョイとペトラに向かって投げた。

 

 ボ〇キノコはペトラの頭にポコンと当たり、床へと転がった。

 

 ペトラはそれに対し、特に怒りも苛つきもしなかった。ただ静かに控えていた。

 

 いつもの事であったから。

 

 アーリマルクルは悪魔の上位種族である写し身の悪魔将(ミラーデモンロード)であり、ドッペルゲンガーであるペトラの上位互換種族であった。

 

 肉体の一部を取り込まなければならないドッペルゲンガーとは違い、アーリマルクルは対象を見ただけで、自分の姿を対象と同じ姿に変化させることができるのだ。

 

 更にはスキルや身体能力まで模倣でき、そこに自分の力も上乗せできるという、最凶の特殊能力であった。

 

 唯一の弱点は、自身より魔力の互い相手は模倣できないことであり、故に魔王や一部の実力者には変身できなかった。

 

 が、それは大した問題ではなかった。

 大抵の者は自分より格下の者ばかり故に問題なく変身できるし、諜報活動では何の弊害にもなっていなかった。

 

 アーリマルクルは、この能力と、自身の高い実力。そして諜報活動で得た情報を利用し、いつしか十三魔将として、魔王軍最強の一角に君臨していたのだ。

 

 そんなアーリマルクルにとって、目の前のドッペルゲンガーは不完全な存在であり、充分な蔑みの対象であった。

 

 変身能力はあるが、それ以外は大した力もなく、特質な能力もない。

 更に、このペトラというドッペルゲンガーは、一般人を殺すことを躊躇う節がある、魔族としては恥ずべき軟弱者であった。

 

 そんな訳で、アーリマルクルに対するペトラへの扱いと評価は、大変低いものであった。

 

 ペトラもペトラでそれは分かっており、アーリマルクルの前では己を殺して耐えるだけであった。

 

「まあ、大した期待もしていなかったし、任務をこなしてきただけ大したものよぅ。それに、あなたにしては凄んごい情報を得てきたしぃ、今日は特別に誉めてあげるぅ」

 

 そう言うと、アーリマルクルはわざとらしくパチパチと拍手をした。

 

「勇者出現。これはとんでもなぁーい情報だわぁ。本当によくやったわぁ」

 

「はっ。有り難うございます」

 

 恭しく頭を下げるペトラ。

 アーリマルクルはそんなペトラを見下ろしながら、ペロリと舌舐めずりした。

 

「勇者………。魔王様が気になさっていた懸念事項。これを魔王様にご報告すれば、さぞかし喜ぶでしょうね。なにせ、勇者が成長しきる前に、こんなに早く情報が得られたのだものぉ。魔王様からの評価も、他の十三魔将に一歩リードできるわぁ」

 

 敬愛する魔王に誉められる自分を想像し、アーリマルクルは恍惚とした表情を浮かべた。

 

「若しくはぁ、私自身が勇者のもとに直接赴いてぇ、その首を持ち帰るのもありかもしれないわねぇ」

 

 勇者の首を持ち帰れば、魔王様はどんなご褒美をくれるのだろう。

 

 アーリマルクルは魔王から直接に賛辞の言葉と褒美を受けとる自分の姿を妄想し、歓喜の身震いをしていた。

 

 だが、そんな妄想をペトラの一声が断ち切った。

 

「お待ち下さい!アーリマルクル様!」

 

 その声に、ハッと妄想から現実へと戻ったアーリマルクル。

 

 彼は自身の幸福溢れる妄想を、半端で邪魔したペトラを睨んだ。

 

「あら?まだ、いたの?で、何がお待ち下さいなの?何かこの私に意見でもするおつもり?」

 

「いえ、意見など………。ただ、少しばかり話をお聞きください」

 

「何かしら?」

 

 ムッとした顔でペトラを睨むアーリマルクル。

 その身体から殺気と共に、禍々しい魔力が溢れていた。

 

 ペトラは殺気に気圧されたが、一度深呼吸をして息を整え、真っ直ぐにアーリマルクルを見た。

 

「恐れながら勇者とその一行は並みならぬ力を持っておりました。如何にアーリマルクルが強大な力を持っていようとも、ここは油断せず、他の魔将にも……………」

 

 と、そこでペトラは言葉を切った。

 

 切らざるを得なかった。

 

 何故ならば、目の前にいる上司のアーリマルクルが、怒気を露にペトラを睨んでいたからだ。

 

「ア、アーリマルクル様…………?」

 

「あなたぁ、いい度胸をしてるじゃないのぅ?この私に向かってぇ、そんな口を聞くなんてぇ………。私を舐めてるのぉ?」

 

「い、いえ!?決してそのよブオッ?!」

 

 必死に弁明しようとするペトラの身体が、衝撃によって吹き飛んだ。

 

 アーリマルクルが掌をかざし、そこから魔術の火球をペトラに向けて放ったのだ。

 

 火球を受けたペトラは勢いよく吹き飛び、床をゴロゴロと転がって止まる。

 

 止まったところで何とか腕に力を入れ、上体を起こす。額でも切れたのか、頭からは青い血がポタポタと流れ落ちていた。

 

「ア、アーリマルクル様………。な、何を?」

 

 狼狽するペトラに、アーリマルクルは冷たい視線を送った。

 

「この私をあなたぁ如きぃ低級のゴミクズと一緒にしないでくれるぅ?」

 

 アーリマルクルが掌を翳す。

 

 再び火球が2発、3発と放たれ、ペトラの身体へとぶつかる。

 

「グアア?!」

 

「分かるぅ?私は上位魔族で、あなたは下位魔族のゴミ。私はあんたなんかよりぃ、遥か高みにいるぅ。そんなグズがぁ、自分を基準にしてぇ、私の力まで語ってんじゃないわよぉ」

 

「ぐあぁ?!」

 

 更に火球が放たれ、ペトラの身体を打った。

 

 ペトラは踞り、少しでもダメージを減らそうとする。

 

 だが、アーリマルクルはそんなペトラの姿を見て嘲笑を浮かべると、一際デカイ………直径二メートルはある火球を生じさせた。

 

「しかもぉ、この私に他の魔将の力を借りろだなんて恥じ知らずな提案までしてぇ……………私を侮辱してるとしか思えないわぁ。もう、死になさい」

 

 死刑宣告。

 

 ペトラはアーリマルクルからの宣告に、目を見開く。

 

 まさか、少し進言をしただけで逆鱗に触れ、殺されるなんて思いもしなかった。

 多少、怒鳴られて痛め付けられるのは覚悟していたが、まさか命を奪われるなんて……………。

 

 アーリマルクルがここまで怒り、自分を蔑んでいただなんて。

 

 こんなつまらない事が理由で死ぬことになるとは、まったく予想していなかったのだ。

 

 やるせなさと悔しさに苛まされながら、ペトラは力無く項垂れた。

 

 同時に後悔した…………。

 

 進言をしたことじゃない。

 

 あれはペトラが客観的に見て判断したことであり、無駄死にを出さない為にも必要なことであった。だから、進言については一切の後悔はなかった。

 

 後悔があるのは生き方だった。


 こんなことならカオリに挑んで死んだ方が、万倍マシだったと。

 

 ここで死ねば、アーリマルクルは自分が反逆したから処分したと、適当に理由をつけて処理するだろうし、周りもそれで受け入れる。

 

 そうなれば、親兄弟にも迷惑がかかる。

 

 ああ、これなら華々しく散った方がマシだった。

 親にも迷惑をかけず、己の名誉も守れた。

 

 それに……………。

 

 ペトラはそこで考えるのを止め、目を瞑った。

 死を覚悟したのだ。

 

「死ね」

 

 アーリマルクルが火球を放とうとする。

 

 その刹那、不意に言葉が溢れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない………………………アベッカ愛してる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バァン!!

 

 部屋の扉が開かれ、室内に光が差した。

 

「なっ?!だぁれ?!」

 

 アーリマルクルが慌てて火球を消し、扉へと目をやった。

 

 そこには三名の人物がいた。

 

 一人は短い金髪で、長身の女。

 身体は非常に逞しく、服の上からでも分かる程のガッチリとした筋肉質だ。

 眼帯をしていて、残された片目は非常に鋭く険しい目付をしている。顔のあちらこちらには古傷があり、それが歴戦の猛者の雰囲気を漂わせていた。

 頭からは黒い狼のような耳が、腰からは尾が生えており、それは彼女が魔人狼(ワーウルフ)であることを示していた。

 

 その眼帯の女の右には、青く長い髪をポニーテールにした背の低い女が控えていた。

 こちらも眼帯の女に劣らぬ鋭く冷たい目をしていて、頬や首筋には青く美しい鱗があり、手には水掻きがあった。

 その正体は魚魔人(マーマン)。本来、水辺に住まう水棲魔族であった。

 

 最後の左にいるのは先の二人と比べると、大分大人しい感じの女性であった。

 緑の長髪に、スラリとした長身。

 目は垂れ目で、優しい顔付きをしている。

 頭からは白磁の角が真っ直ぐに2本伸び、腰からは白く長い尾が伸びている。が、見た目からは種族を判断できなかった。

 

 この三人は、全員が揃いの黒くて厳めしい軍服を着ていた。

 

 先の二人は見た目からして軍人というイメージがあり、軍服が良く似合っていたが、緑の長髪の女に関しては、軍人というよりデキる秘書といったイメージであったが。

 

 そして彼女らの肩には、蛇と蠍が絡みあうような紋章がつけられていた。

 

 その紋章を見た瞬間、アーリマルクルは目を剥いて叫んだ。

 

「さ、査問部隊?!」

 

 査問部隊とは魔王直属の部隊であり、その役目は情報収集・部隊監視・強制捜査など多岐に渡るが、要は魔王に対する反逆者などを洗いだし、拘束・処刑する、粛清部隊であった。

 

「私は査問部隊部隊長ウルファリス=ゾラフである!!暗部長官アーリマルクル=シェイド!貴様を魔王様への反逆罪で拘束する!!」

 

 ウルファリスと名乗る眼帯の女部隊長の言葉に、アーリマルクルは目を見開き、席から勢いよく立ち上がった。

 

「は、は、反逆罪ですってぇ!?この私がぁ?!何をふざけたことを?!」

 

「ふざけてなどおらぬ!!これが証拠だ!!」

 

 寝耳に水といったように反論するアーリマルクルに、ウルファリスは封筒に入った書類を取り出し、それを投げつけた。

 

 アーリマルクルは訝しむように投げつけられた書類を受け取り、中身を確認する。

 

 そして、その中身を読んだ瞬間、アーリマルクルは限界まで目を見開いた。

 顔色も赤から青、青から白と変わり、最後まで読み終わった頃には、死人のような土気色となっていた。

 

「な、な、な、な、なによ…………これ?」

 

 今にも死にそうな震える声でアーリマルクルは呟く。

 

 その渡された書類には、自分には全く身に覚えのないアーリマルクルが働いたとされる悪事の数々が並び、然れど逃げ道が無い程の完璧な証拠や証言が揃って書かれていたのだ。

 

「じょ、情報の漏洩にクーデターの画策!?邪魔な幹部の殺害に誘拐拉致監禁?!人間側への情報提供?!窃盗、強姦、違法薬物の売買に、幼児への暴行ですってぇ?!それに魔王様の秘蔵のエロ本の借りパクって…………どれもこれも身に覚えがないわよぅ?!」

 

 書類を床に叩きつけて叫ぶアーリマルクル。

 

 どの悪事も彼には全く覚えがなく、こんなことで捕まるなど許されざることだった。

 

 査問部隊長はそんなアーリマルクルを憎々しげに睨みながら吠えた。

 

「黙れ!!既に充分過ぎる程の証拠や証言が出ている!更に、私の部下達が先程、貴様の自宅を家宅捜索したところ、数々の情報漏洩の痕跡や違法薬物。犯行に使われたであろう凶器数点に、血のついたSM用の道具が数十点。ロリとショタ系のエログロ同人誌が100冊!盗難にあったとされる、女ものの制服・下着・水着・靴下が合わせて200点!生々しい男の裸写真が300枚!!獣耳系幼女のエロ本が350冊!ガチホモ列伝月刊号が10年分!ハードコアなスカ〇ロプレイの写真集150冊!そして、魔王様の秘蔵のエロ本が300冊見つかっている!!もう、言い逃れはできないぞ!!てか、捜索した私の部下のメンタルに謝れ、このクズ野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「本当に知らないわよぉぉぉ?!特に後半はぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」

 

 全身から冷や汗を流しながら必死に否定するアーリマルクルだが、ウルファリスはゴミでも見るような目でそれを睨んでいた。

 

「黙れ!!既に魔王様からも『あいつ、マジ許さん』と、貴様を拘束する許可を得ている!大人しくお縄につけ!!」

 

「魔王様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!?!」

 

「ヨーキンス!あいつを拘束しろ!!」

 

「はっ!」

 

 アーリマルクルが悲痛な叫びを上げる。

 

 ウルファリスはその隙に部下に拘束を命じた。

 ヨーキンスと呼ばれた魚魔人(マーマン)の女が、手から魔法で水を放つ。

 その水は蛇のようにうねりながらアーリマルクルへとまとわりつき、その動きを拘束した。

 

「ちょ?!ちょっと待って?!待ってちょうだいよぅ?!」

 

「うるさい!!十三魔将という栄誉ある地位にありながら、己の欲望と私腹を肥やす為に行った恥じ知らずな罪の数々!!その罪、しかと獄中において償ってもらうぞ、この変態野郎!連れていけ!!」

 

 ウルファリスの命令とともに、部屋に数十人もの衛兵が駆け込む。

 衛兵達はあっという間にアーリマルクルを拘束して囲いこみ、部屋の外へと連れ出していく。

 

「待って、違うの!?私はやってない!私は無実よ?!これは誰かの陰謀よぅ?!」

 

 アーリマルクルは必死に叫び暴れ、自分の無実を訴える。

 

 その時、フッと、唖然としているペトラと目があった。

 

「ペトラぁ!!助けてぇ?!お願いよぉ!?さっきのは謝る!謝るからぁ、助けてぇぇぇ?!なんでも、なんでもするからぁ!?私の無実を証明してぇ?!お願い助けてぇぇ!?」

 

 先程までの態度とは一転し、虐待された子犬のような顔でペトラへと懇願する。

 

 だが、査問部隊という魔王直属の部隊を相手に、ペトラができることはなかった。

 

 ただ、その姿を見送るのが精一杯だった。

 

「ペトラちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん?!?!」

 

 アーリマルクルは最後にペトラに媚びるように叫んだが、結局はそのまま部屋から連れ出され、査問部隊の本部へと連行されていった。

 

 査問部隊長のウルファリスとヨーキンスも、直ぐにその後を追っていった。

 

 やがて部屋に静寂が訪れた。

 

「いったい……………なにが?」

 

 あまりにも唐突過ぎる一瞬の出来事に、ペトラはアーリマルクルが連れ出された扉を唖然と眺めていた。

 

「あの…………大丈夫ですか?」

 

 不意に声をかけられて見れば、そこには査問部隊の緑の長髪の女性がいた。

 彼女はハンカチを手に、心配そうにペトラを覗きこんでいた。

 

「えっと………あの、だ、大丈夫です」

 

「よければ使ってください」

 

 スッとハンカチを渡してくる女性。

 

 見惚れる程の美女であり、太陽のように明るくも、どこか月のように儚げな雰囲気も持ち合わせている。

 

 ペトラは親切を無下に断るのも失礼と思い、ハンカチを受け取り、それで血を拭った。

 ハンカチはほのかに濡れていて、火傷を負った身体には非常に心地よかったし、花の良い香りがフワリとして気持ちが落ち着いた。

 

「ありがとうございます。しかし………一体何があったのでしょう?」

 

 未だ困惑をするペトラ。

 先程の出来事が、夢のように思えて仕方なかったのだ。

 

「匿名からの情報で、アーリマルクル様が魔王様に対し、不穏な動きをしているとの連絡があったのです。それで調べてみれば、数々の悪事の証拠が出てきまして、このように…………」

 

 親切に教えてくれる女性からの情報に感謝しつつ、内心は非常に混乱していた。

 

 ペトラはアーリマルクルのことを上司として良く知っているが、とても魔王様に反逆を企むような者とは思えなかったのだ。

 

 むしろ、魔王に対しては絶対の忠義を貫く忠臣であったはず。

 

 先程も、如何に魔王様に役立つかなどを考えており、現状と照らし合わせても、非常にチグハグな印象しか浮かばないのである。

 

 しかし、証拠も揃っているという。

 

 ペトラは再びアーリマルクルが去った方向の扉を眺めながら呟いた。

 

「あのアーリマルクル様が………信じられないな」

 

「そうですね、信じられませんね……………」

 

 一人言のつもりだったが、緑髪の女性がペトラに同意をしてきた。

 

 ペトラは考え事に集中し過ぎて、隣に女性がいたことを一瞬忘れてしまったと反省しつつ、何か適当に返答しようと口を開こうとした。

 

 が。

 

「本当に………あなたをこんなに傷付けるなんて、信じられませんね」

 

 ゾッ。

 

 ペトラの全身を悪寒が襲う。

 

 金縛りにあったかのように身体が動かない。

 

 声すら出なくなった。

 

 ただ、静かな室内に女の声だけが響く。

 

「こんなことならもっとえげつない証拠を残しておくべきでしたね。まあ、この短時間でこれだけ情報操作と工作活動ができただけで良しとしましょう」

 

 よく聞けば、聞き覚えのある声だった。

 

 今までは通信水晶越しだったから少し声に濁りがあったが、よくよく注意すれば分かる声だった。

 

 何故、気付かなかったのか。

 

「さて、他の邪魔者はいなくなりましたし、これで……………」

 

 シュルリ。

 

 女の白く長く美しい尾が動き、ペトラの首に巻き付く。

 

 非常に滑らかな質感で、絹のような最高の肌触りの美しい尾。

 

 だが、ペトラは鳥肌がたった。

 

 首に巻き付いた尾はゆっくりと動き、ペトラの首を強制的に女の方へと向かせた。

 

 そして向けられた方向。

 

 そこには顔を赤らめ、恍惚とした表情でペトラを見ている緑髪の女の姿があった。

 

「水晶越しに見た姿も素敵でしたが、やはり生で見るあなたは更に素敵ですね」

 

 チロリと舌舐めずりをする女。

 

 その仕草はなんとも妖艶だが、今のペトラには餌を目の前にしたドラゴンの顔にしか見えなかった。

 

 そこで不意に、ペトラの視線が女の胸元にいく。

 

 そこには金色のプレートがあり、名前らしきものが書かれていた。

 

 そこには……………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『魔王軍査問部隊情報将校アベッカ=ティアボロス』

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、離しませんよ?あ・な・た♥」

 

 ペトラは声にならない悲鳴を上げた。

 

 

 

 十三魔将残り十二名。

という訳で、残り十二柱になりました。

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