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69話 仲間達

新年初めての本編です。

本年も、どうぞよろしくお願いします。

 

 目が覚めると知らない天井が見えた。


 どうやら私は寝ていたようだ。


「…………あそこの角のシミ。人の顔みたい」


「目覚めて開口一番に申すことでもあるまい。汝らしいと言えばらしいが」


 顔を横に向けると、ザッドハークが側の椅子に座っていた。


「ザッドハーク?ここは?」


「ここは山小屋の客室ぞ。フム。意識はハッキリとしているようだな。どれ…………」


 ザッドハークがおもむろに立ち上がると、私の額に触れ、熱を計りはじめた。


「ね"え」


「暫し待て。今熱を………」


「い"ぎでぎな"い"」


 ザッドハークはデカイ。

 身長もそうだが、必然的に身体の至る部位がでかくなる。そうなると、当然手もデカイ訳で、熱を測るつもりで額に当てた手がすっぽりと私の顔を覆っていた。


「フム。これは失敬」


「プハッ」


 祝・生還。


 危うく熱を測って殺されるところだった。


「フム。取り敢えず、熱は下がったようだな」


「そのまま下がり続けるところだったよ」


 ジトリとザッドハークを睨めば、スッと視線を逸らしてきた。


 暫しジッと睨んだ後、ため息をついてから再び天井を見上げた。


「…………………私、どうしたの?」


「気を失ったのだ。山登りや慣れぬスキルの戦闘などで疲れが溜まっていたのに加え、先程の話で精神に限界がきたのだろう」


「そう…………」


 やっぱり気を失ってたのか。

 じゃなきゃ、寝た記憶もないのにベッドに入っている訳がないものね。


 なんとなく、ぼんやりと覚えてはいる。

 なんだか視界がぐるぐる回って、訳が分からなくなった瞬間に世界が真っ暗になったのを。


「みんなは?」


「下におる。ハンナは熱冷ましの薬を煎じており、ジャンクとジェフリーとゴルデ一行は足りぬ薬草を取りに行っておる。ピノピノはハンナの手伝いで、ゴアは書物を読み込んでおる」


 気を失った私のために、みんな動いてくれてるようだ。ありがたい。


 ゴアは何してるか知らないが。


「随分心配かけちゃったみたいだね。ごめん」


「気に病む必要も、謝る必要もない。それよりカオリよ」


 ふと、名を呼ばれて顔を向ければ、ザッドハークが私に頭を下げていた。


「ザッドハーク?」


「すまぬ。我の配慮が足りなかった。汝の気持ちを考慮せず、急いて結論のみを囃し立て過ぎた。それが汝の心労になるとも知らず。許せ」


 頭を下げたまま、尊大な口調で謝罪を口にするザッドハーク。


 私が倒れたことに、自分なりに責任を感じているようだ。


 確かに、私は急に魔王に命を狙われると聞かされてパニック状態になってしまい、そのまま気を失ってしまったみたいだし………。


 ザッドハークは頭を下げたまま、淡々と語りだした。


「我は汝に些か過信をし過ぎたようだ。日頃、汝は弱音を吐きつつも、強い意思を見せ、強者にも真っ向から立ち向かう力強い印象があった。特に最近では、魔物相手にも臆することなく戦っていた故に、どこか、汝を心身共に揺らぐことのない戦士になったのだと思っておる節があった」


 ザッドハークは一度そこで言葉を区切ると、深く息を吸った。


「だが、それは我の思い込みあった。汝は確かに強くなった。そこらの魔物にも劣らぬ実力を備えた。だが、その本質は、平和な世界からやってきた普通の娘のままであったのだ」


「ザッドハーク…………」


「平和な世界で暮らしていたにも関わらず、訳も分からぬうちに異世界に呼ばれ、勇者に祭り上げられられ、挙げ句には危険な魔物や魔王と戦わせられる運命を押し付けられた。これがどれ程の苦痛であり、孤独であり、心の負担となっていたのか………我は理解しようともしていなかった。いや、理解すらしていなかった」


 スッとザッドハークは頭を上げた。

 その顔はいつもと変わらぬ骸骨顔だが、妙に悲しげに見えた。


「だが、先程汝が気を失ったのを見て、初めて察した。汝はこれまで多くの負担や期待を背負い込んで、その小さな身の内に秘めていたのだと。己を圧し殺し、皆の期待に応えようとしているねだと。だというのに、既に一杯一杯であろう汝へと対して気にかける訳でもなく、むしろ更なる圧力をかけるような言動を放ってしまった。これでは我は勇士として……いや、仲間として失格よ」


 珍しくもシュンとした様子で項垂れるザッドハーク。


 その姿に目をパチクリさせてしまう。


 ここまで落ち込み、自分の心情を吐露するザッドハークなんて初めてかもしれない。


 よっぽど私が気を失ったことを重く受け止めているようで、彼なりに思うところがあったようだ。


 暫く、私はそんなショボンとしてるレアなザッドハークの姿を眺めた。


「ねえ、ザッドハーク」


「ムッ?どうした」


「外の空気吸いたい。外連れてって」


「ムウ?今からか?既に外は夜になってる故、窓を開け……」


「そ・と・い・き・た・い」


「ムウ………しかし、汝、筋肉痛が酷いのであろう?どうやって…………」


「おんぶして」


「ムウ…………」


 子供のように手を伸ばし、おんぶを要求する。


 ザッドハークは不承不承といった様子だが、『やむなし』と呟きながら、その背に私を背負った。


 背負われた背中はかなり硬く、鎧がゴツゴツしていていたが、掴まるところがあるので乗り心地は然程悪くはない。


「カオリ………我の角は手すりではないが?」


「今日だけ手すり」


「ムウ…………」


 こちらに負い目があるのにつけ込んで黙らせる。


 ザッドハークの頭の左右に生えてる黒い角。

 これが太さといい形といい、何とも掴みやすくてちょうど良いのだ。


 まさかのバリアフリー設計だ。


「よし、このまま外へレッツゴー」


「角を握りながら回すでない」


 角をバイクのハンドルの如く握りながら、ザッドハークに指示を出すと、渋々といった様子で動きだした。


 部屋を出て、階段を降り、広間を抜けて外へ出ていく。


 外は既に日が落ち、風が少し冷たい。

 夜空には輝く星々と、地球ではあり得ない二つの月が浮かんでいる。


 異世界観半端ないな。


 周囲は山に囲まれているため、よけいな喧騒もないから静かだ。聞こえるのは、せいぜいが虫の鳴き声程度だ。


 そんな夜景を眺めながら、胸一杯に空気を吸い込んだ。


「空気がおいし~~~」


「ウム」


「はあ~~星がきれだね」


「ウム」


「風が冷たいね~~~」


「ウム」


「頭冷えた?」


「ウム。ムッ?」


 こいつ。適当に相づちを打っていやがったな。


 内心でそんな舌打ちをしながら、ペシリと軽く頭を叩いてやった。


「レディーの話はちゃんと聞く。モテないよ?」


「ウム……。肝に命じよう」


「で、頭は冷えた?」


「冷えた…………とは?」


 戸惑ったように身動ぎするザッドハーク。

 私はそんなザッドハークの頭をペシペシとはたきながら、ため息をついた。


「いや、だってさ。普段は気遣いの『気』の字も知らないような我が道さんが、柄にもないような事を言い出すんだもん。そりゃあ、熱でも出たのかと疑いもするわよ?」


「ムッ………ムウ?熱を出したのは汝では………」


「そうだねー。誰かさんがプレッシャーをメチャクチャかけてくるから、私の繊細なハートが押し潰されて、頭ショートしちゃったよ。まったく、とんだ災難だよー」


「ムッムム…………」


 痛いところをつかれたのか、口ごもる。


 そんなザッドハークの困ったような横顔を見ていると、不思議と笑いが込み上げてきた。


「プ………プフフ」


「カオリ?笑っておるのか?」


「ごめんごめん。ちょっとおかしくなってね。それに冗談……でもないけど、気にする必要はないよ。うんしょ………とっ痛だだだだ………」


 痛む身体にむち打ち、ヨジヨジとザッドハークの背中をよじ登る。そうして肩に乗り、今度は肩車の態勢となった。


 ザッドハークの背が高いから、視界も必然高くなる。展望台のように高くなる訳ではないが、いつもの視界よりも少し違うだけで、大分風景の印象が変わって見えるものだ。


 異世界風情溢れる二つの月を眺めながら、眼下にいるザッドハークへとホウと呟いた。


「ふう………あのさ、正直言うと、ザッドハークの言うとおり、最初はかなり怒ってたんだ」


「ムウ?」


 最初、前触れもなく、いきなり異世界に呼ばれ、王様に世界を救ってくれだの魔王を倒してくれだのと一方的に言われ、かなり憤った。

 だから玉座の間で散々暴れてやったし、王様を負傷させてやった。


「いきなり勇者だなんて大役押し付けられて、意味分かんなくて、どうしていいか分からず、誰を頼ればいいのか分からない。その上、仲間だと紹介されたのが、魔王よりも魔王っぽい悪魔騎士みたいなやつ。ほんとっ!理不尽だわって嘆いたわ」


「ムグゥ…………」


「その後も、メル婆のとこでお漏らししたり、呪いの装備を渡されたり、スライム誘き出す餌にされたり、ゴブリンの血塗れになったり、巨大眼球が仲間になったり、その他にも色々と…………もう、語りきれないぐらいの理不尽な目にあってるわ!」


「ムググゥ………」


「大変で、辛くて、大変で…………でも、なんだかんだで楽しいんだよね」


「ムッ?」


 ザッドハークがピクリと顔を少し上げた。


 ちょい揺れて、筋肉痛が痛い。


 押さえつけるようにザッドハークの頭の上に腕を乗せ、そのまま頬杖をついた。


「いやさ、結構楽しいんだよ、これでも。向こうでは体験できないことを経験し、見ることが叶わないような風景や生き物を見ることかできる。今までなら小説を読んで想像し、漫画の絵でしか見れないものを、実際に見聞きする。これが楽しくない訳ないでしょ?」


「カオリ…………」


「まあ、向こうと此方。どっちを選ぶかと言われれば、向こうだけど。だって、家族もいるし友人もいる。住み慣れた我が家があって、戻らない理由がないじゃない?」


「確かに…………な」


「だけどさ。当分はこっちの『友人』と異世界ライフを過ごすのも悪くはないと思ってるんだ」


 ザッドハークが僅かに震えた。

 ほんの一瞬だけピクリと。


 けど、気づかないふりして話を続ける。


「これでも頼りにしてるんだよ?いつも馬鹿やって、馬鹿なことして、馬鹿な事しか言わない。そんな馬鹿でもね」


「馬鹿馬鹿と言い過ぎではなかろうか」


 いつもと変わらない尊大な口調。

 だけど、それが少し震えてる。

 ほんの少しだけ。


 他の人には分からない。ずっと一緒にいないと分からないぐらいの違いの震えた声で。


「馬鹿は馬鹿でしょう?異世界に来て、一番最初の仲間で友人。そんなの頼りにしない訳ないでしょ?それなのに、さっきから我のせいで~我のせいで~なんてさ。頼りにしてる私が馬鹿みたいじゃん」


「…………」


「黙って頼りにされてなさいよ。柄にもなく悩むくらいなら、いつも通りにしてなさい。勇者と言っても、私は弱小勇者。魔王とか魔王軍とかの話を聞くだけで、怖くて震えが止まらないわ。けど、あんたが守ってくれてると思えば多少は紛れるわ」


「カオリ…………」


「それにゴアやハンナ。ジャンクさんに、デュラハン、スケルトン、ポンゴ、メル婆。あとはゴルデ達もいると思うと、今度は心強すぎて魔王が可哀想になるわね」


 チラリと下を見て、目の前にあるザッドハークの頭頂部をツンツンとつつく。


「それとも何?私を守ってくれないの、忠義の勇士様?」


 更に挑発するように頭をツンツンしていると、ザッドハークが顎を引いた。


 そして、いつの間にか手にしていた大剣を両手で持ち、胸の前で掲げ、声高らかに宣誓した。


「否。我は汝、勇者の『忠義の勇士』也。我が使命は『常に勇者の傍らに控え、勇者の背を守りし忠義の剣』。例え敵がどれほど強大で狡猾たろうとも、我が全身全霊を持って、汝の身を守ろうぞ!」


 心の底から発せられた決意の籠った宣誓。


 それは静かな夜の闇の大気を激しく震わせ、辺りに響き渡った。


 その宣誓にちょっと驚いたが、直ぐに笑いながらザッドハークの頭をスリスリと撫でた。


「頼りにしてるよ。私の騎士様」


 


 


 


『そういうことなら、私も黙っていられませんね』


 唐突に背後から声が聞こえ、ザッドハークが振り向く。


 振り向いた先……そこにはいつの間にか集まっていたのか、ハンナを筆頭に、ゴアやジャンクさん。ピノピノさんやゴルデ達一行に加え、ポンゴやデュラハン、スケルトン達、その他諸々の人達まで勢揃いしていた。


「ちょ?!い、いつの間に?!」


『そうですね、『ふう………あのさ、正直言うと、ザッドハークの言うとおり、最初はかなり怒ってたんだ』の辺りからですかね』


「ほぼ最初?!」


 そんな序盤からずっと見られてたのかよ?!

 恥ずかしくて死ぬ?!

 湯だって死ぬ?!


 両手で顔を覆って悶絶する私。


 そんな私へと、ハンナが厳しい目を向けた。


『正直、出会いが最悪過ぎた上に、脱がされたり盾にされたりと……不遇な目にあってたので、最初は何時、寝首をかいてやろうかと考えていましたよ』


「ふぐっ?!」


 心当りが有りすぎて何も言えない。


 よくよく考えれば、ハンナも私と同じか、それ以上に酷い目にあってるんだよな…………。


 なんか冷や汗が止まらないよ…………。


 ダラダラと冷や汗を流していると、フッとハンナが微笑んだ。


『ですが、今はそうでもないかと。なんだかんだで自由にしてくれるし、気も合いますし、魔物だからって変な偏見を持たず、人として接してくれますし………友人として大切に思っていますよ』


「ハンナ…………」


『それに、あんな情熱的に頼られたら、守らざるを得ない……って感じですからね?』


「もう!!」


 茶化すように肩を竦めるハンナに頬を膨らませていると、今度はジャンクさんが前に出てきた。


「まあ、俺もなんだかんだで嬢ちゃんとは長い仲だ。頼りにされたなら、応えない訳にはいかないしな。やれることならやってやるぜ」


「ジャンクさん………」


「ただ、戦闘は期待すんなよ?正直、この中じゃ弱い部類だからな?お前らの戦闘力と並べて考えるなよ?普通に死ぬ」


「頼りになるのかならないのか分からないなぁ」


 駄目な自慢をしながら親指を立てるジャンクさんに苦笑すると、ゴルデ達が前に出てきた。


「ま、まあ、事情を知ったからには、私達も手を貸してやらなくもないわね。勇者と言っても私の後輩だし、魔族から、ま、守ってやらなくもないわ」


「素直じゃーないなー。わたしはーいつでもー頼りにしてくれてもーいいよー?」


「私も今後はゴルデ達とパーティーを組むことにしたので、何かあれば力を貸しますよ」


「ゴルデ……シルビ………ブロズ………」


 ゴルデ…………ツンデレかよ。


『我々は常に主と共にあります!主の敵は、我が剣で両断してやりましょう!』


『煮干しをくれるなら、なんだってやりますぜ!』


『『『煮干しーーー!!』』』


「デュラハン………スケルトン…………」


 スケルトンは俗物過ぎない?


『主よ。我輩も、この身を持って、御身の守護を致しましょうぞ』


「ポンゴ………って、ポンゴが喋った?!」


「わ、私は戦闘は無理ですが、う、裏方なら、お、お手伝いできます!」


「ピ、ピノピノさんまで………ありがたいけど、ポンゴの衝撃がでかすぎる………」


「おらもおめさのたすけなんべ」


「ジェフリーさん………何言ってるか分からない」


「「「我々も、国王様に代わり、勇者様のできる限りの力になる所存です!!」」」


「えっと………?この魔法使いっぽい格好の人達は誰?」


 まったく、見たこと無い人達までいる。


 なんだか、よく分からない人達まで参戦しだしたんだけど?


 ありがたいけど、場が、だんだん混迷を極めてきたような…………。


『カオリちゃん』


 不意に、澄んだ綺麗な声が響いた。


 女性らしく、どこか慈愛に溢れた…………まるで母親のような声が…………。


『カオリちゃん。いつも、あなたがザッドハークの無理や馬鹿なことに付き合わされ、凄く大変なのも知ってる。不安や、悩みや、苦労を抱えているのも知ってる。いつも側で見てたから』


 えっ?誰?この声誰?


『なのに、あんまり助けになれず、ごめんなさいね。少し、貴女に全てを任せすぎたし、私も余り率先して前に出れる性格じゃなかったから………。

 でも、これからは安心して。私も率先して動き、微力ながら協力します。ザッドハークの馬鹿を押さえ、戒めるし、出来る限り色々と貴女を支えるわ』


 皆も声は聞こえるが誰が喋っているのか分からないようで、キョロキョロと辺りを見回している。


 本当に誰?


『だから、これからは何でも私に相談して。悩みがあれば出来うる限り解決してあげるし、魔王軍が来れば、私の熱線でちょちょいのちょいと焼いてあげるわ。私が強いのは知ってるでしょ?』


 熱…………線?


 その聞き覚えのあるワードに、私を含めた皆が、その方向を向いた。


 触手蠢かせ、こちらを見やる眼球を。


 


 


 


 


 


『お悩みは、このゴアが解決するわ』


 パチンとウィンクをする暗黒神ゴア。


 

 その日一番の衝撃と絶叫が、霊峰マタマタの麓に木霊した。


 


 


 


 


 


 


 

 ◇◇◇◇◇◇




 


 


 霊峰マタマタから少しばかり離れた山。

 その山の頂きに、一人の人影が立っていた。


 人影は、頭をすっぽりと覆う白いフード付きのローブを纏っており、口元以外はその顔は伺い知ることはできなかった。


 ローブを纏う人物は、山の頂きから見える霊峰マタマタの麓付近を、ジッと見ていた。


「…………感じます。あそこに」


 ボソリと呟くローブの人物。


 すると、そんなローブの人物の背後の林から、ガサガサと何者かが草木を掻き分けて進む音が聞こえた。


 それも複数。


 ローブの人物がゆっくりと振り向けば、そこには明らかな人外がいた。


 人型をしており、体長は約三メートル。

 赤く筋骨隆々の肉体に、鋭い爪と牙。

 毛皮の腰巻きを巻き、手には巨大な棍棒を持っている。

 最たる特徴として、その額には鋭く長い黄色い角が二本、誇らしげに生えていた。


 オーガである。別名『人喰い鬼』。


 凄まじい膂力と狂暴性。

 槍も通さぬ硬い筋肉と、刃のような爪。

 そして、天性の戦闘勘を持つ、恐るべき魔物である。


 オーガは一匹で、完全武装した人間の兵士10人を同時に相手どって勝てる程の強力な魔物であり、普通の人間が運悪く遭遇すれば、まず助かることはない。


 そして、今。ローブの人物の前には、そんなオーガが30匹もいたのだ。


 これは本来あり得ないことだった。


 オーガは個として強力故か我が強く、複数いれば直ぐに殺し合いになる程に血の気が多い。

 そのため、余程でない限りは群れて行動することがないのだ。


 だが、ごく稀に、余程の理由によって、オーガ達が群れて行動することがあった。


 その理由……その答えが、オーガ達を掻き分けて、ローブの人物の前に現れた。


 体長は通常のオーガの二倍。

 筋肉は通常体の比ではなく、はち切れんばかりの筋肉の鎧が全身を覆う。

 肌は浅黒く、額の角は血のように赤い。

 手には鉄塊としか形容できない鉄製の棍棒を持ち、腰には竜の鱗の腰巻きが。

 目には理性の光りが灯り、その顔は猛々しくありながらも、どこか老獪な雰囲気を出している。


 オーガキング。


 オーガジェネラルなどの上位種よりも遥か高みにいるオーガの王である。


 その戦闘力は並みのオーガを遥かに凌駕し、更には人間の武人のように技も使う技巧派。

 知能も高く、人語も解する。

 だが、何よりも恐ろしいのは、その統率力。

 自らが下したオーガ達を配下とし、その群れを巧みに率いて暴れまわる、災害級の魔物なのだ。

 時には一国が一夜にして滅ぼされた例もある程の恐ろしい存在であり、その脅威は生半可なものではなかった。


 オーガキングは目の前のローブの人物を見やり、裂けた口でニヤリと笑った。


「グハハハハ!魔王様の命により、この先にある人間の国への進撃中であったが、思わぬところで馳走が手に入った!!」


「馳走…………?」


 ローブの人物の呟きに、オーガキングが応えるように前にでた。


「左様。貴様のことよ!人間共にバレぬように山々を抜け、手勢を増やしながらここまで来たが、おかげで熊や鹿等の硬く不味い肉しか喰っておらぬ。たまには人間の柔らかな血肉でも喰わねば気が滅入るというものよ!」


 オーガキングは高らかに笑う。


 オーガキングにとって人間とは餌だ。

 それも極上の。

 美味いし、柔らかいし、遊んでもよい。

 最高の馳走兼玩具であった。


 それ故に、目の前に現れたこのローブの人物も、オーガキングにしてみれば餌がひょっこりと現れたようにしか思わなかったのだ。


「しかも貴様!分かるぞ!その匂い、女だな!グハハハハ!ついておるわ!女なら尚のこと肉が柔らかく、美味い!!しかも、喰う前に色々と楽しめる!正に一石二鳥よ!!グハハハハ!!」


 オーガキングは下卑た笑みを浮かべながら、棍棒を手にローブの人物へと迫った。


「どれ、手足でも折って、逃げれぬようにするか。ああ、抵抗しても良いが、あまり暴れてくれるなよ!手加減できず、ぐちゃぐちゃにしてしまえば、喰う所が減り、犯す穴もなくなるからな!!」


 笑いながらオーガキングはそう叫ぶと、手にした棍棒をローブの人物目掛けて振り下ろした。


 その刹那。


 風に舞ったローブのフードから覗く、薄い桃色の整った唇が、微かに笑った。




 


 

「私も、そういうの………大好きです」


 


 


 


 


 


 


 


 


 

 山の頂きに無数のオーガが転がっていた。


 どれもがまるで生気でも吸われたかのようにガリガリに痩せ細り、枯れ木のように地面に転がっていた。


 その数、30体。


 そして、そんな枯れ果てたオーガ達が転がる場所の中央。


 そこから悲鳴が上がった。


「ギィヤアアアアアア?!」


 オーガキングであった。


 オーガキングは地面に仰向けに寝転がり、ピクピクと痙攣していたのだ。


 その身体は他のオーガ達と同じようにガリガリにに細り、先ほどまでの筋骨隆々だった身体が嘘のようだ。


 凶悪だった顔もまるで別人のように変わり、白目を剥き、涙を流し、泡や涎を口から垂らし、頬も痩けたりと、なんとも無様な表情となっていた。


 オーガキングはピクピクと痙攣しながら、掠れた声で喘ぐように呟いた。


「たしゅけて………おねがいしましゅ………たしゅけてくだしゃぃ………たしゅけ………」


 その呟きは、今尚オーガキングの上で馬乗りになって見下ろしている、ローブの人物への懇願であった。


「すいましぇんでひた………もう、にんけんはおしょいましぇん………だから、だから…………」


 最早、心折れ、王としての尊厳のなくなった哀れな姿で、涙ながらに許しを乞うオーガキング。


 そんなオーガキングの頬に、ローブの人物は手を優しく添わせ、酷薄な笑みを浮かべた。


「いいえ………まだ、救済は終わっていません。まだ……まだ、これからですよ?」


「ひ、ひぃぃ?!」


 オーガキングはガクガクと震え、逃げようともがく。


 が、既に逃げれる程の体力も気力もなかった。


 せいぜい、手足をバタバタとする程度だ。


「さあ、救済の続きをはじめましょう。あなた様のの言うところの『ぐちゃぐちゃにしてやる』という救済を………」


 ローブの人物が手を振り上げた。


「さあ………神の身許へ…………」


「ひっ?!ヒイギャアアアアアアアアアア?!」


 肉の弾ける音が響き、飛沫が舞い散った。


 


 


 


 


 

 ローブの人物は転がるオーガキングだった者を背に、前へと進む。


 己の目的を果たす為に。


 己の職務を全うする為に。


 と、その時、闇夜の山に一迅の風が吹いた。


 ローブの人物のフードが風で煽られ、その相貌が露となる。


 美しい女だった。


 肩までで切り揃えらた、黒く美しい髪が風になびく。


 額の真ん中には、赤い黒子のようなものがポツリと一つあった。


 赤い宝石のような美しくも強い意思が込められた瞳が、しっかりと前を見据える。


 黒髪の女は、霊峰マタマタへ足早に歩を進めながら一人呟いた。


 


 


 


 


 

「今、参りますよ、勇者様。直ぐに此の身。あなた様の身許へと」


 黒髪の女は歩き続ける。


 その手に、光り輝く杖の紋章を携えて。

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