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67話 大精霊マタマタ

 

 緑の光が空間全てを覆う。


 だが、それも一瞬のこと。


 直ぐに光は収まり、辺りは静けさを取り戻した。


 いつの間にか揺れも収まっていた。


「ちょ?なんだったの?今の?」


 まだ少しチカチカと眩む目を擦り、なんとなしに上を見上げ…………驚愕した。


 空間の上空。


 何もなかったそこに、何かが………いや、巨大な何者かが浮かんでいたのだ。


 それはボッキー以上の巨体であり、高さは推定20メートル程。

 酷く痩せた人型であり、肌色は土気色をしてる。

 見た目的には痩せた老人のようだ。

 手は4本で、うち2本には錫杖を持ち、残りの2本は胸の前で拝むように合わせている。

 顔にはアフリカの民族が被るようなデザインの緑色の仮面を被り、首飾りや腕輪等の装飾品意外は、緑色の褌のようなものしか履いていない。


 そんな謎の巨人が、淡く緑色に光りながら、上空で胡座をかいた姿勢で浮かんでいた。


「な、なによ、あれ?!」


 皆が唖然と巨人を見上げる中、ゴルデがいち早く我に返り、皆が思っていることを叫んだ。


『静まりなさい人間よ』


 すると、上空の巨人が、優しくも有無を言わせない声で喋った。


『このように現れ、驚くのも無理はないだろう。だが、今は静まりなさい。私は静かに話がしたい。そう、私は貴女が今背負っている方。カオリに話がありここに顕現したのです』


 全員の視線が私に集まった。


「私?」


 自分を指差して巨人に問うと、巨人は厳かに頷いた。


『はい。私は貴女の訪れを待っていました。我らが主たる女神様に選ばれし者。闇に包まれし時代を切り開き、魔王を滅ぼせる世界の希望。勇者カオリよ』


 再び全員の視線が私に集まる。


 特に私が勇者だと知らない者。

 ゴルデ達やジェフリーさん達の視線が凄い。

 信じられないものでも見るような顔をしてる。


「なっ?!ゆ、勇者って、貴女が?マジで?」


「うん、マジ。ついでにザッドハークとゴアは六勇士の内の二人」


「ウム。これが証拠よ」


「嘘ぉぉ…………」


 ザッドハークの手に光る紋章を目にしたゴルデが、目を見開いて驚いている。


 ジェフリーさんなんか目を一杯まで開き、足をガクガクと震わせ、口をパクパクとして驚いている。


 リアクション大きすぎない?


 そんな皆を見ていたら、巨人が再び語りかけてきた。


『勇者カオリよ。私の名前はマタマタ。女神様に仕えし五大精霊が一柱。大地の大精霊マタマタ。貴女に力を貸すために、この地でずっと待っておりました』


『大精霊マタマタですって?!』


 マタマタと名乗る存在に、ハンナが驚きの声を上げた。


「知ってるの、ハンナ?」


『知ってるも何も、この山の名前にもなってる程の有名な精霊です!世界を作り出した女神様の直属の眷族で、この世の全ての大地と木々を創造したとされる精霊の頂点であり、大地全てを司る存在でもあります!!我々、魔法使いなどにとっては、魔法を使う上での重要な存在でもあります!!』


 興奮したように説明してくれるハンナ。

 よくは分からないけど、魔法使いにとっては凄い存在らしい。


 成る程。ゲームや商船でよくある、精霊の王様みたいなものか。


 というか、さっきから気になることがあるんだけどな…………。


『概ね、そこのリッチの言うとおりです。ただ、私は今は世界を見守るだけであり、大地の守護を担うは我が半身たる世界樹になりますが』


 言うべきかな………うん、言おう。

 我慢良くない。


『さあ、それではカオリよ………』


「あっ。その前に一つお願いが」


『?………何でしょう』


「その………アングルが大分キツイんで、下に降りてもらえませんか?」


 先程からマタマタの股から、見えていけないものが見えていた。


 上空で胡座をかき、こちらが見上げる形になるから、必然的に見えてしまっている。


 褌………という、履いてるものも悪い。

 何かお稲荷さんのようなものが、褌の片側からこぼれているのだ。


 ちゃんとしまえよ。


 マタマタは暫し考えるように沈黙した後、ゆっくりと降下してきた。


『生まれて幾万年。アングルを注意されたのは初めてです』


 マタマタはそう言うと地面へと降り、そのまま胡座をかいた。


 意外と物わかりがいいようだ。


 そんな事を考えていると、ハンナが慌てたように駆け寄ってきた。


『ちょ?!カ、カオリ?!だ、大精霊にアングルを注意するなんて?!』


「いや、だって片側からこぼれてるんだもん。気にならなかった?」


『ちょっとは気になってましたが、そこは目に神秘フィルターをかけて見ないようにしてましたよ!そんな、袋が片側からこぼれているなんて大精霊相手に面と向かって言えませんよ!』


 神秘フィルターってなんだ?


 というか、結構面と向かって言ってると思うよ?


 だって…………。


『……………………よし』


 しっかり聞こえていたようだ。


 マタマタが、合わせていた手を股へと潜り込ませ、何かの位置調整をしているから。


 意外と人の話を聞くタイプのようだ。


 マタマタは股の調整を終えると、どこからともなくハンカチを取りだし、それで手を拭いた。

 そしてハンカチをしまうと、再び手を合わせた。


『それでは話の続きです』


 私、この精霊好きかもしんない。


『カオリよ。私は幾多の苦難を越え、この地へと訪れた勇敢なる貴女に、私の力を………大地の恩恵を授ける為に待っていました』


「大地の恩恵?」


 尋ねる私に、マタマタが頷く。


『はい。私の力の一部ですが、邪悪なる魔王を打ち倒すのに、必ずや貴女の助けとなることでしょう』


 マタマタは合わせていた両手を広げ、自身の胸の前に緑に光り輝く珠を出現させた。


『さあ、苦難を乗り越えし勇者カオリよ。聖剣を掲げなさい。その勇者の証たる聖剣に、私の力を授けましょう』


 


 


 


 


 


 


 


 


 時が止まる…………というのは、こういう事を言うのだろうか。


 マタマタが放った『聖剣』という、勇者にとっての必須アイテムの名に、私を含めて皆が静止した。


 特にザッドハーク等の事情を知る組。


 聖剣…………鬼に金棒よろしく、勇者と2つで1セットとされる必須というか、最早なくてはならないキーアイテムだ。


 言うなれば、バッテリーのキャッチャー役。


 勇者を導き、その力を引き出すお袋さん役だ。


 だが、当然の如く私は持ってない。


 勇者なのに当然というのはおかしいかもしれないが、持っていないので仕方がない。


 異世界に来て一度たりとてらしきものとも出会っていなし、見てもいない。


 なんなら噂も知らん。


 手にした剣といえば、今は木に刺さってシクシクと泣いている、破壊の剣という聖剣とは対極にあるであろう呪われた剣だけ。


 しかも、それも大概余り使ってない。

 ほとんど脛殺しで何とでもなっているので、使う頻度が少ないのだ。


 それに、正直あんま剣って得意じゃないし。


 でも、それでも何度か……そう、時折、聖剣という存在がチラリと脳裏に思い浮かんだことはある。

 あるにはあるが、今のところ無くても困らなかったし、何とかなっていたから『まあ、いいか』とこれまで流していた。


 が、それが今になってきやがった。


 今になって思い出したように出てきやがった。


 そして、非常に困っている。 


 マタマタがめっちゃ力を授けようと待っている。


 そんな待たれても、無いんだよ。聖剣。


 というか、そもそもどこにあるのよ?

 どっか岩にでも刺さってたの?

 今のところ、そんな岩見てないわ。

 ガイドブックでも見ればあったのか?観光地の名所として。


『さあ、苦難を乗り越えし勇者カオリよ。聖剣を掲げなさい。その勇者の証たる聖剣に、私の力を授けましょう』


 聞こえてないと思ったのだろう。

 マタマタが、一言一句違わず同じことを繰り返してきた。意外と親切だ。


 だが、どうしよう。本当にどうしよう。

 優しさが痛い。親切心が痛い。

 今はマタマタの親切さが身を切るようだ。


 てか、マタマタの話ぶりから察するに、なんか私がここに来るのが当然のように話しているけども、依頼がなかったら多分来なかったよ?

 間違いなく大精霊放置してたよ?どっかで出会えるヒントでもあったの?


 いや、これ本当にどうしよう?


『さあ、苦難を乗り越えし勇者カオリよ。聖剣を掲げなさい。その勇者の証たる聖剣に、私の力を授けましょう』


 マタマタが壊れたレコーダーみたいなってきた。

 もしくは、なかなか操作に踏み切らない時の、ATMの音声案内か。


 まあ、どちらでもいいか。どうしよう。


 ザッドハークやハンナも『どうすんだよ?』みたいな目で見てくる。


 マタマタも『まだかな?』みたいな雰囲気を醸し出している。


 いや、そんな目で見んなよ。私だって困ってるんだから。


 いっそ『無いです』と言うのもありだけど、なんだかそれは雰囲気的に可哀想だし………。


 ええい!もう、ままよ!


「あの、すみません」


『はい、何でしょう』


「その……後ろの木に剣が刺さっているでしょう?そう、それ。それ抜いてもらえますか?」


 一番近くにいて、一番背が高いという理由で、マタマタに木に刺さった剣助を抜いてもらう。


 マタマタは意外にも快く応じてくれて、親指と人差し指で摘まんで剣を引き抜き、私のもとへと差し出してくれた。


 ちゃんと柄の方を向けて。


 気遣いできてるね。大精霊。


 その間、ハンナが凄い形相で見ていたが。


『どうぞ。それで聖剣は…………』


「あっ。これです」


 そう言って剣助を指差した。


『『「ハッ?」』』


 周りから驚きと戸惑いが入り雑じったような声が響く。


 だが、その中でも間違いなく大きな声を上げたのは、指を指された剣助だった。


『いや、ご主人?!何言ってんの?!自分で言うのも何ですが、私は聖剣とは対極に位置する邪悪な剣ですよ?!だって破壊の剣ですよ、破壊の?!』


『これが聖剣と?』


「はい、間違いなく」


『聞いて?!』


 周囲の声と剣助の声を無視し、マタマタとの話を続ける。


 マタマタは剣助をヒョイと持ち上げ、まじまじと観察した。


『…………私の知ってる聖剣と形が違うような気がするのですが』


「自分好みにカスタマイズしました」


『何か邪悪な気配が…………』


「気のせいです」


『気のせい……そう言われると、そんな気もする』


 よし、意外にチョロい。


 マタマタの質問を適当に返していると、ハンナとザッドハークがちょいちょいと肩を叩いてきた。


 そして、ヒソヒソとマタマタに聞こえないように囁いてきた。


『カオリ………何やってんですか?というより、何言ってんですか?正気ですか?』


「汝、正気か?」


 二人に正気を疑われた。失礼な。


「いや、正気も正気。このまま剣助を聖剣として誤魔化せないかと」


『誤魔化せる筈ないですよ?!ものが全然違いますから!?邪剣と聖剣ですよ?完全に対極ですよ?』


「いや、ジャンル的には同じ剣だし、いけるいける。それに、このマタマタ。多分、チョロい」


「大精霊に対しての感想ではないな」


『多分、世界で初めてですよ。大精霊をチョロいという方は』


「いや、だってチョロいよ。こっちの話を鵜呑みにするし、言うこと聞くし。『ずっとここで待ってた』と言ってるあたり、ここで長年引き込もっていた訳だから、かなりの世間知らずのはず」


『世界を作った大精霊を世間知らずって………』


「ある種、的は得ている故に何もいえぬ」


「それに、マタマタに悪いと思わない?随分と待っていて貰ったのに『聖剣ありません』というのは?出待ちして神々しく参上したのに、聖剣無いだなんて拷問だよ?芸人殺しだよ?出〇なら泣くよ?だから、ここは剣助を代わりに差し出して存分に活躍してもらった方が、マタマタも満足。私達も満足。皆で満足して平和に終わる。これは優しさなのよ。優しさ」


「正当化の理由作りが巧みに上手くなっておる。更に騙す辺りに罪悪感を感じないあたり、正直汝が恐ろしくなってきたな」


『目がマジですものね…………てか出〇って誰?』


「ちょっと…………私の背中でとんでもない悪巧みするのはやめてよ…………共犯にしないでよ?」


 ゴルデが泣き言を言っているが、構わずザッドハーク達へと顔を向け、親指を立てた。


「それに大丈夫。もしもの時は、『破壊の剣』の邪悪な波動に操られて何とかかんとか………って言って、剣助のせいにするから」


「汝が物に愛着を持たぬことが理解できた」


『剣助とやらの声は聞こえませんが、多分、今もの凄く嘆いているでしょうね』


 ザッドハーク達が諦めたような顔をしているのを見ていると、マタマタが剣助を宙へと浮かした。


『分かりました。これを聖剣と認め、力を与えましょう』


「シャ!チョロい!」


『マジですか………』


「世間知らず極まれり」


「やめてよねぇ………」


 マタマタの宣言に、私は拳を握り、ハンナは天を仰ぎ、ザッドハークは虚空を見つめ、ゴルデは項垂れた。


 そして…………。


 

『えっ?イヤイヤイヤイヤ?!何言ってんの、この人?!いや、大精霊!?違うから?!他剣の空似だから?!属性とか色々と違うからね?!聖剣は見たこと無いけど、明らかに見た目違うでしょ?!聖剣って、絶対こんな禍々しくないよね?ねっ!?』


 人一倍に剣助が必死に騒いでいた。


 だが、虚しくも、その声は私以外の耳には届かない。


 そして残念ながら、私は聞く気がない。


 つまり詰んでいる。


 諦めな剣助。


『それでは私の大地の力を…………』


『ちょ?!やめて?!やめてぇぇ?!違うから!?属性違うから?!俺、邪剣だから?!A型の血液にB型を輸血するようなもんだから?!死ぬよ?!反発起こして死ぬよ?!ねっ?止めてって……聞こえてないんだよなぁぁぁぁ?!ご主人!?やめさ……』


『ハァ!!』


 マタマタが剣助へと両の2本の手を翳した。


 そこからは神々しい緑の光りが溢れ、惜しみ無く剣助へと注がれた。


『グゴボオェアアアアアアアア?!』


 剣助から悲鳴が上がった。


『むっ?力の入りが弱いですね?もう少し力を込めますか。ハァ!!』


『アゴベハ?!ジヌゥゥ?!ジンデジマヴゥ?!』


 剣助が苦悶の声を漏らす。


『むっ?まだまだ力の入りが甘い様子。ならばハァァ!!』


『ヤベデェ!?ヤベデェ!?ヤベデェ!?アァ!』


 剣助が必死に助けを乞う。


『これでもまだ……ならば!ハアアアアア!!!』


『ギイャアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 剣助が悲痛な絶叫を上げた。


 


 


 


 


 


 


 

「カオリよ。何故に耳を塞ぐ?」


「私は何も聞こえない。何も聞こえていない」


『あれ……凄い明滅してますが、大丈夫ですか?』


「嬢ちゃん。素人目に見えても、あれはヤバい雰囲気なんだが?なんか剣が歪な発光しながら形を変えてるんだが?」


「声は聞こえない筈なのに、何故か胸を掻き乱すような悲痛な叫びのようなものが聞こえるのは何故かしら?」


「いや……力が上手く入らないせいか、あの大精霊もなんか意固地になってないか?凄い無駄に力を込めすぎというか……。アベッカ愛してる」


『あら?刀身がドロドロに溶けだしたわよ?大精霊も予想外だったのか慌ててるし。あれ、直るのかしら?』


「フム。更に力を込めつつ、無理矢利形を整えはじめたが…………戻るのか?」


『どうなんでしょうか?取り敢えず様子を見るしかないのでは…………』


「私は何も聞こえない。断末魔なんて聞こえない」


 


 


 


 


 


 


『ハァ……ハァ………ハァ…………できました。会心の出来です』


 待つこと30分。やっとそれは出来上がった。


 全身からビッショリと流れる汗を拭きながら、どこか達成感に満ちたマタマタが、手にしたそれを差し出してくる。


 ちょっとビクビクとしながらも、それを受け取り、試しに鑑定をしてみた。


 


 

【鑑定結果】


 

大地を喰らう餓剣(アースイーター)

 状態:呪い(飢餓感増加)

 効果:震壊剣・破戒の断末魔・筋力超化

 説明:破壊の剣が、大地の大精霊マタマタによって魔改造されたもの。聖と魔の属性が入り雑じっているという本来はあり得ざる剣で、その力はただただ破壊にのみ特化している。常に主人に対する呪詛を垂れ流しており、扱いには注意。


 


 

 刃渡りが以前よりも若干伸びている。

 刀身は無数の牙が生えたようなギザギザの鋸状で、全体には赤い血管のような模様と、蔦が絡んだような緑の模様が入り乱れている。

 鍔の飾りには黄色い目玉のような宝石が埋め込まれ、それが忙しなくギョロギョロと動いている。

 見た目、鰐が剣になった………そんな印象を受ける一品だ。


 何というか………見た目・性能・危険度。そのどれもが五割増しくらい狂暴になった剣助がそこにはいた。


「えーと…………剣助?」


『…………………………』


「その………かっこよくなったね!イェイ!」


『言うことはそれだけかぁぁぁぁぁぁぁ?!』


 剣助の鋸状の刀身が、威嚇するようにギュイイイと回りだした。


 どうやらチェーンソーのような効果もあるらしい。


「いや、凄い!凄いよ!チェーンソーみたいじゃん!庭の手入れや、大工作業でも活躍間違いなし!これはポンゴの出番を越える!凄いよ!!」


『うるせぇぇぇよ?!こちとら本当に死にかけたんだからな?!内部から弾けるかと思ったんだからな?!本当に……死ぬ……かと………』


「いや、ほら……終わりよければ全て良し?みたいなさ」


『よかねぇよ?!何とか助かったがよかねぇよ?!紙一重だったんだからな?!あと一歩間違ってたらアイツに消し飛ばされてたんだからな?!必死に助けを求めてたのに耳塞いで、目まで逸らしやがってぇぇぇぇ?!?!』


 ギュインギュインと刀身を回して憤りをぶつけてくる剣助。


 動くようになったせいで、自己主張が強くなったなコイツ。


 というか、これ。鞘に収まるのかな?


「フム。取り敢えず無事に力は授けられたようだが………明らかに怒っておらぬか、それは?」


「いや、『新しい力を得られて最高!ご主人様大好きー!』って、じゃれてきてる」


『誰がだぁぁぁぁ?!』


 ギュイイイギュイイイ!!


『じゃれるにしては殺意が込もっているような気がしますが………』


「というか、私の背中で不穏なことしないで。その剣怖いんだけど………」


 ジト目で見てくるハンナから目を逸らし、いつの間にか取り出したハンカチで汗を拭うマタマタを見上げた。


「マタマタ。どうもありがとう。おかげで剣す……聖剣がパワーアップしたわ」


 礼を述べて頭を下げる。

 マタマタはそんな私を見ながら、満足そうに頷いた。


『構わぬ。私もなんだか途中から色々楽しくなっていたからな。以前の時はすんなり過ぎて歯ごたえがなかったが、今回は妙にやりきった感があった』


 と、非常に良い顔をするマタマタ。


 意外にアグレッシブな性格だな。大精霊。


『さて。今回、その剣には私の力を授けました。だが、邪悪な魔王を討つにはまだ力不足です。故に、世界各地を回り、他の大精霊達の力も得ることを薦めます。さすればその剣は、邪悪な魔王をも一太刀で両断できる伝説の剣となりましょう』


「だってさ。目指す、伝説?」


『次は確実に死ぬわぁぁぁぁぁぁ?!』


 伝説の剣とか格好いいと思うんだけどな。


 剣助を眺めながらそんな事を考えていると、マタマタの身体がフワリと浮かんだ。


『さあ、私の役目は終わりました。名残惜しいですが、ここでお別れとしましょう』


 フワフワと浮かび上がるマタマタ。


 その姿を見上げながら、フッと気になったことを聞いてみた。


「あの、そういえば、そこで黒炭になってるボ〇キングなんですが、あれ倒しちゃってよかったんですか?」


 そう。この広場を守っていたと思われるボッキー。


 マタマタの話しでは、あれは一応はマタマタの部下みたいなもので、それをあんな状態にして問題はないのかと心配になったのだ。


 だが…………。


『んっ?ああ、彼ですか。ここの守護を任せていた者ですが………まあ、大丈夫でしょう。ギリギリ生きていますし、生きてさえいれば何とでもなるでしょうし』


 大精霊、適当だな。最高。


『それに見た目が見苦しく、正直そんな好きくない奴なんで、むしろよくやった。的な?』


 私、やっぱりこの大精霊好きだわ。


『という訳で、私は世界を見守る役目に戻ります。それでは、あなた方の旅路に幸あらんことを……』


 宙に浮かぶマタマタの姿がキラキラと光ると共に、その身体が少しずつ薄くなっていった。


 また、褌の隙間から袋がポロリとこぼれているのが見えたが、ハンナ直伝の神秘フィルターをかけることにする。


 去り際にツッコムのは野暮ってものだろう。


『それと、最後に。この世界のどこかにいる私の半身。世界樹と会うことがあれば、あれにも協力を求めると良いでしょう』


「世界樹に?」


『世界樹は今の世界の大地を守る要。あれに協力を求めれば、魔王妥当への大きな助力となってくれるでしょう』


 それは確かに心強い。

 もし、会うことがあれば、協力をとりつけるのは有りかもしれない。マタマタの半身ならチョロいだろうし。


 それに世界樹と言えばファンタジー界でも定番の要素。生命と慈愛を象徴する巨大な樹。


 そんな樹なら、協力あるなしにしても一度は見てみ……。


『ただ、あれは私と全然違って武闘派なんで、お気をつけて…………』


「武闘派ってなに?!ちょっと?!」


 最後に何か聞き捨てならない事をぼやいてたんだけど?!


 樹が武闘派って、なんなのよ?!


 だが、マタマタは完全に消え去ったようで、私の問いには答えることはなかった。


 


 


 


 

「フム。完全に消えたようだ。正に夢幻の如くよ」


「最後、なんか聞き捨てならんこと言ってたけど?!あれ、どゆこと?!」


『いえ、冷静に考えれば、世界樹はトゥルキングやボ〇キングの親玉。となれば、それも普通じゃないのでは?』


「いや、前列からすれば、木に手足が生えてる奴じゃん?!絶対嫌だよ私は!デカイ樹が二足歩行してるのと会うとか?!」


「ねえ……二足歩行は決定なの?あの茸が特別じゃなくて?」


「いや、前にも嬢ちゃん達が似たような奴と戦ったが、二足歩行だった」


「なに…………それ?」


「歩くって……。それは最早、植物を逸脱しているのでは?というか、動物では?アベッカ愛してる」


『あら。それって、食物繊維と動物性たんぱく質が同時に取れる、夢の食材ってことじゃない。それに栄養も随分と豊富そうだから、ぜひお料理してあなたにご馳走したいわ』


「墓穴を掘ったのかな?これは墓穴を掘ったのだろうか?掘ったんだろうなアハハハアベッカ愛してるアハハハ…………」


「あーー!もう、考えるのはやめだ!やめ!今考えたってしょうがないし、筋肉痛が痛い!我慢してたけど、もう限界!!もう、帰るよ!!!!」


 皆の話しを切り上げて、叫んだ。


 マタマタとのやり取りで我慢をしていたが、もう駄目だ。全身の筋肉が悲鳴を上げている。


 これ以上は無理だ!!

 早く帰って、お風呂入って寝たい!!

 できるならばマッサージも、お願いしたい!!


「フム。カオリの言うとおりぞ。異臭もするし、目にも悪いし、ここもあまり長居する場所でもなかろう。茸を回収し、急ぎ山を降りようぞ」


「「『『了解(アベッカ愛してる)』』」」


 ザッドハークの意見に皆が賛同し、依頼の茸を集めれるだけ集めて、山を降りる事となった。


 こうして、私の長いようで短い霊峰マタマタでのドタバタした依頼は、全身筋肉痛という後遺症はあったものの、なんとか終息を迎えることができた。


 あとは山を皆で降りて山小屋へ戻り、また数日かけてアンデル王国へと帰ってエマリオさんに茸を渡せば、無事依頼終了である。


 ああ、筋肉痛は痛いけど、今から報酬が楽しみだ!


 


 


 


 


 この時、私はこのまま平和に依頼が終わり、いつもの日常が待っている。


 そう、考えていた…………。


 この時までは…………。


 


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