64話 ビッチハンター香
「ここが山の中腹地点か」
深い森を抜けた先に、そこはあった。
僅かにこんもりとしたその場所は、他の場所と違って、あまり木々が生えていない荒涼地。
かわりに辺りには大量の苔が生えており、倒木や石や地面などの全てを、まるで緑のカーペットのように覆っている。
湿度もかなり高いようで、空気が随分とジメッとしていた。
「何とか無事に辿り着けたわね」
『ええ。苦難の多い道でしたが、誰も欠けずに済みました』
『道中ビッチ共に会えなかったのは残念だったけど、皆が無事ならそれが一番ね』
私達は緑の苔に覆われた荒涼地を眺めながら、互いの無事を称えあった。
「しっかりせぬか、二人共。終着地は近いぞ。挫けるでない」
「駄目だ……俺はもう駄目だ。このままじゃ足手まといになる。ここに置いていってくれ。そしてマインちゃんにジャンクは最後まで君を愛していたと伝えてくれ………」
「馬鹿野郎!弱音なんて吐いてんじゃねぇぞ!その言葉は自分で彼女に伝えてやれ!!こんなとこで彼女を遺して死んでみろ!地獄まで追いかけてぶっ殺してやるからな!アベッカ愛してる!!」
「ジャンクよ。汝の愛が真であるならば、生きて貫くことこそ道理。死して貫く愛は女への呪縛という枷になる。愛する者を想うなら、無様でも生き足掻けジャンクよ」
「ハハッ………敵わねえぜ………」
後ろは後ろで男性陣が盛り上がっているが、暑苦しいので放っておこう。
「しかし、見渡す限りの苔だらけだねぇ。確かに例のものがありそうな場所ではあるけれど………。ゴア。なんからしきものはある?」
隣にいるゴアに確認をすると、ゴアは暫しジッと辺りを見ていたが、直ぐに目玉を横に振った。
「ないかー………。取り敢えず、地道に探すしかないのかな。茸もビッチも」
『あら?茸ってなにかしら?』
ブツブツとぼやいていると、ゴアの目玉の上を定位置にしてたアベッちが問いかけてきた。
ああ、そういえばビッチに集中しすぎて、何を探すのかを言っていなかったな。
まあ、ここまで来て黙っているのもあれだし、アベッちなら問題はないだろう。
「依頼で採ってくるように言われたものよ。王様の病を直す薬を作るのに必要不可欠な茸だってさ。それがこの山にあるらしいの」
『あら?王様の病を直すためのものを探しにきてたのね』
「まあね。正直あまり乗り気じゃないんだけど」
『あら?どうして?』
「それは…………」
と、乗り気じゃない理由を話そうとした瞬間、辺りにズカァァァァァァンと、凄まじい爆発音が響いた。
耳をつんざくような轟音に、思わず体がすくむ。
辺りの木々から鳥が一斉に飛び立ち、地面が揺れる。
一体何が起きたというのか?!
「ちょ?!な、なに、今の爆発?!」
『分かりません!?ただ、魔力的な流れは感じなかったので、魔法によるものではありません!!』
私の問いに、ハンナが素早く答えた。
魔法に詳しいリッチのハンナが言うのだから、魔法ではないのは確かなようだ。
では一体何が…………。
そう考えていると、いつの間にか大剣と盾を構えたザッドハークが、苔の広場から少し先にある木々に囲まれた場所へと顔を向けていた。
そこから僅かにだが、土煙のようなものが上がっていた。
どうやらあそこが爆心地のようだ。
「カオリよ。どうやら爆発した場所は大分近いようぞ。どうする?」
「苔の広場の先………一体何が…………」
「分からぬが、ただ事ではあるまい。それに依頼のものがこの近くにあるとすれぱ、見過ごすこともできまいて」
確かにこんな轟音を響かせる爆発なんてただ事ではなかろう。
何か、とんでもないことが起きているかもしれない。いや、間違いなく起きている。
しかし、それにいちいち頭を突っ込むべきだろうか………。
無闇に手を出すのは危険では…………。
だけど、ザッドハークの言うとおり、茸がこの近くにあるとすれば、無視する訳にもいかない。
仕方ないか…………。
「よし。取り敢えず様子を見に行こう。様子を見て、あまりに危険だったら撤退。いいね?」
「異論はない」
『私は賛成です』
『カオリっちが行くのなら、ついていくわよ』
『いm85ゅ泣魔q』
「いや、オーガとか山の主とかと散々戦った後では、今更感が強いような………アベッカ愛してる」
「シッ!言うな!空気を読めっ!下手なこと言えば何されるか分かったもんじゃねえぞ!」
余計な事が聞こえたが、皆を見れば概ね賛同してくれているようだ。
「よし、じゃあ行くよ!!まず、ジャンクさんとジェフリーさんを筆頭に、爆発場所に向かうわよ!」
「おい?!完全に私らを矢面に立たせる気満々だぞ?!アベッカ愛してる!?」
「だから言ったじゃねぇか!?空気読めって!!これ、間違いなく特攻させられるぞ?!」
「了承した」
『了解です』
『いいわよ』
『了s4うo』
「「誰か、1人でいいから異議を唱えろよ?!(アベッカ愛してる!?)」」
皆の快い了承を得、私達は戦闘態勢を整え、爆心地目掛けて走り出した。
爆発があったところへ向かうにつれ、周囲の様子が大分かわる。
地面が苔に覆われていることは変わらないが、周囲の木々がまるで互いに絡むように並びはじめた。
木と木が絡み、枝葉が屋根に、幹が壁のようになり、苔のカーペットを敷いた天然の回廊のようになっていた。
ご丁寧に頭上を覆う枝葉の屋根の一部には隙間があり、そこから照明のように太陽の光が降り注いで道を照らす。
しかも、それが一定間隔で並んでいる。
「フム。人でないにしろ、明らかに何者かの手が加えられているな」
私が気になったことを、ザッドハークが呟く。
「やっぱ、そう想う?明らかにできすぎな感じだしね………」
「ウム。確かな知的生命体が意図的に作った道なのは間違いない。だが、それが何者かというのが謎であるが………ジェフリーよ、何か知らぬか?」
前を走るジェフリーさんにザッドハークが問うと、肩にいるアベッちが何やらゴショゴショと囁いた後で、こちらに僅かに顔を向けた。
「申し訳ありません。実はここらは山の禁断地と言われ、私を含めた先人達も足を踏み入れていない未開の地なのです。アベッカ愛してる」
「禁断地?神聖な土地ということか?」
アベッちが再びジェフリーさんに囁く。
「いえ。そういった意味ではなく、この周囲には危険な魔物が大量に住んでおり、近付くことができないということです。人を嵌め、欺き、狡猾な罠に誘い、時には強大な力をもって圧倒する。そんな魔物が多く住み、更には災害級たる山の主の領域でもある。それ故の禁断地………らしいのですが………えっと?あれ?アベッカ愛してる………」
話している途中から何故か疑問系になるジェフリーさん。そして何とも言えないようなものでも見るような目で、私をチラリと見ていた。
「つまりは何も分からない未開の地なのね」
『何だか冒険らしくなってきましたね』
『フフフ。スリルがあって楽しくなってきたわね』
私とハンナとアベッちは、更に気を引き締めて何者が作ったかも分からぬ回廊を走っていった。
「気にするでないぞ」
「ああ。気にしたら負けだ」
「だんだん分かってきた。アベッカ愛してる」
一緒に走る男性陣は何故か悟ったような顔をしていた。
が、気にする必要もなかろう。うん。
「むっ?待て。何か落ちているぞ」
などと考えていると、ザッドハークが何かを見つけたらしく、走る速度を緩めて立ち止まる。
私達も合わせて速度を緩め、ザッドハークが目を向ける方向へ目をやった。
そこには真新しい空の瓶らしきものが三個程、無造作に落ちていた。
「瓶?」
「みたいだな。これは……ポーションの瓶が」
ジャンクさんが瓶を拾い、その匂いを嗅いで中身に何が入っていたのかを言いあてた。
「フム。中身も蒸発していないようだし、つい最近使われたもののようだな」
瓶の底にはまだ僅かに液体がついており、それがまだ使われ間もないということを示していた。
「ポーションを使うなど人間以外にはあり得ない。しかし、ここには壊れたとはいえ結界があり、中に入れる人間なんて…………アベッカ愛してる」
「『『ビッチか?!』』」
私達は走り出した。
私は剣助を。
ハンナは炎の球を。
アベッカは肉切り包丁を。
それぞれがそれぞれの得物を手に、奥へ向かって走り出す。
「ビッチだ!ビッチ共がいるぞ?!腐れた〇〇〇のビッチが奥にぃぃぃ!!」
『ヒャッハーー!!ビッチは消毒だぁぁ!!』
『さあ、走ってゴア!!ビッチを斬って刻んでみじん切りにし、混ぜて捏ねて焼いてビッチバーグにしてやるわぁぁ!!あなた今夜はご馳走よ!!』
一気呵成に走り出す私達。
次に少し遅れ、男性陣が駆け出した。
「待たぬか!!カオリよ!落ち着け!!ぬう!追い付けぬ!さてはスキル『猪突猛進』を使用しておるか!!えぇい、厄介な!!」
「クソッ!迂闊だった!!って、あの人形なんで完全にゴアを乗りこなしてんだよ?!触手をハンドル代わりに完璧なライディングを見せてんだが?!」
「何があっても止めろぉぉぉ!?喰わされる!ビッチバーグなるものを喰わされる!!なにがなんでも止めるんだぁぁぁぁぁぁ!?アベッカ愛してるぅぅぅぅぅぅ!!」
私達は速度を更に上げ、ビッチ目指して猛進する。
暫し走り続けていくと、前方から生温い風が吹いてきた。
そしてその風に乗り、何か妙な匂い………いや異臭がただよってきていた。
「スンスン………なんか臭くない?」
『確かに………。何でしょう、この栗の花と何かの海産物を混ぜたような奇妙な匂いは?』
『さあ、ゴア行くのよ!!フルスロットル全開!』
『3全8ゃLn』
アベッちは人形だからか匂いを感じないようだが、ハンナは私と同じような匂いを感じているようだ。
確かにハンナの言う通り、栗の花っぽい匂いと海産物っぽい匂いが。
これは……魚……みたいな生臭さじゃないし、かといってカニとかとも違うし、これは………………イカ?
ああ、そうだイカだ。イカの臭いだ。
なんかイカ臭いんだ。
イカを干したりした時の臭いにそっくりなんだ。
近しいであろう海産物の臭いに思い当たり、スッキリする。
そして同時に思い至る。
あれ?イカ臭い?栗の花?
それって、まさか。
とある予想に思い至り青ざめる。
『カオリ!前方、光が見えます!回廊から抜けるみたいです!!』
だが、私がとある確信を得たと同時に、ハンナの声が聞こえた。
そして、前方には光が。
どこかへと抜けるらしい、回廊の出口が見える。
勢いのついた私達は、足を止めることもないまま、その光へと向かう。
そして、その先の広々とした空間へとたどり着いたのだった。
、
たどり着いた先。
そこを一言で表すならば………『地獄』だ。
そこは広々とした空間だった。
多分、なんとかドームとかと同じくらいの広さはある。
内部の形もドーム状をした空間であり、壁はかなりの年月を生きたであろう太く、高い木々によって形成されていてた。
その古木が伸ばす枝木が中心部に向かって傾斜状に伸びて屋根を形成し、中央には明かりとりの丸い穴がぽっかりと空いていた。
地面はやはり苔で覆われていたが、外の苔と違って僅かに発光していて、まるで光のカーペットのようである。
ただ、広場はまるっきりの平地ではなく、苔に覆われた大岩やら倒木があちらこちらに転がっていた。
樹木でできた神殿。
そんな感想が自然とでる程に、まさに神秘的な光景であった。
これだけであれば。
まず、その空間に入って私は顔をしかめた。
神秘的な光景にも関わらず、眉間に皺をよせ。
「ぐざい」
鼻を摘まんだ。
内部は臭かった。
栗の花とイカを干したような臭いが充満し、目にもしみる。
だが、そんな臭いですら問題にならないものが中にはあった。
恐らくは臭いを発しているであろう大元。
独特な形をしたソレが、その広場の至るところに夥しい量で生えていた。
そう…………エマリオさんに渡された絵図。
私達の本来の目的の品。
王の病を直す薬ね材料。
男性器そっくりな茸。
ボ〇キノコが。
辺り一面に。
「ヴオェェェェェェ?!」
思わずえづいた。
臭いとそのモザイク無しでは見れない光景に、吐き気を催す。
『うわぁ………』
『えっ。なにこれ?』
ハンナとアベッちも先程までの勢いを失い、唖然と目の前に広がるモザイクな光景を眺めていた。
「フム。やっと追いつ臭っ?!」
「なんだここは臭っ?!」
「おい、どうしヴオェェェェェェアベッカァァァあいじでるぅぅぅぅぇぇ………」
後ろから追いついた男性陣も、広場に入った瞬間顔をしかめた。
「これは……依頼の品のボ〇キノコか?これ程の数が………気味が悪い。これではアニメ化は不可能だ」
「いや、何言ってんだ?だが、気持ちは分かる。いや、これキツイ。男でもキツイ。見た目もそうだし、色や質感までもがリアル過ぎる。土の下に誰か埋まってるんじゃないかと疑うレベルだ………」
「あんたら……こんなもんを探しに?いや、てかこれなんだよ?アベッカ愛してる」
『流石にこれはキツイわね。油を撒いて焼却したい気分だわ…………』
『ええ。焼却魔法で塵も残さず焼き滅ぼしたいですね………』
「なんならゴアに熱視線で薙ぎ払ってまらおうか?というか、やろう」
「おい?!気持ちは分かるが、一応は依頼の品だぞ?!」
あまりにも違う意味で凄惨な光景に、ゴアに焼き滅ぼしてもらおとした時、近くからガサリと物音がした。
「ムッ?何者だ?」
ザッドハークが剣を構え、物音がした方へと誰何する。
私達も臨戦態勢をとって構える。
すると、苔に覆われた岩影から、1人の人物が現れた。
それは…………。
「あんたは…………銀ビッチ?!」
「誰がー………銀ビッチよ…………」
岩影から出てきたのは銀ビッチこと豪奢なる宝物の片割れ、魔法使いのシルビであった。
シルビは全身がズタボロであり、身体中は傷だらけ。服はあちこち破れており、手にした杖は半ばから無惨に折れていた。
「お、おい!?どうしたんだ、大丈夫か?!一体何が…………」
「ヒャッハーー!!ビッチがのこのこ自分から現れやがったわ!!」
『ヒャッハーー!!しかも大分弱っている!弱らす手間が省けた!狩り時ですよ!!』
『ヒャッハーー!!ここにある茸を穴という穴に差し込んで、輪〇されたようにしてやる!!その写真をあちこちにばら蒔いてやるわ!!』
「こいつら血も涙もないのか?!おい!!流石に止めるぞ?!」
「ムウウウ!!落ち着くのだカオリよ!?剣から手を放すのだ!!」
「アベッカ、落ち着いて!!まず、その両手に握った茸を離そう!!まず離し……いや、食べない!?食べないから?!だから口にィィィボガァ?!バァベッガアバァイスデルウゥゥゥ?!」
シルビに飛び掛かろうとする私達を、ザッドハークが羽交い締めにして邪魔をする。
肘で的確に鳩尾を突き、何とか脱出を試みようとしていると、シルビがドサリと倒れた。
「ムッ?シルビとやら、どうした?!一体何があったのだ?!グボッ?!」
ザッドハークの問いかけにシルビが顔だけを此方へと向け、弱々しく呟いた。
「逃げ……なさい。化け物が……とんでもない化け物がいたの。私は……私達はそいつにやられたの……」
「化け物だと?一体それ………グボッ?!」
「とんでもない化け物よ………。道中、ここに来るまではー………ブロズの持つ特殊スキルで安全にこられたけどー………奴には全く通用しなかった。私の魔法も……ゴルデの剣技も………全然歯がたたなかった………」
「グッ……ハァハァ。成る程、かなりの化け物のようだがグボッ?!そいつは今どこにグボッ?!いい加減に鳩尾はやめよ?!」
シルビは弱々しく腕を上げ、広場の奥を指差した。
「今は………奥でゴルデが抗戦してるけどー……多分、時間の問題………直ぐに………やられるわ」
確かに広場の奥からは、断続的に爆発音などが響いていた。まだ戦闘中のようだ。
シルビはググッと上半身を起こし、岩へともたれかかった。そして、弱々しい目でこちらを見た。
「だからーゴルデが時間を稼いでいる今のうちに逃げなさい………とてもー路傍の石程度のあなた達じゃ敵わない。あれはー異常な程の感知能力も有してるー………。多分、あなた方が来たこともー感知してるー…………」
折れた杖を握ったシルビは、それになけなしの魔力を込めはじめた。
「あなた方が出てったらー入り口に結界を張る。やつがー追い付くまでのー時間稼ぎにはなるでしょー………」
「…………それで汝はどうするつもりだ?」
ザッドハークが重々しい口調で問うと、シルビは弱々しくもニコリと笑った。
どこか覚悟を秘めた顔で。
「それをー聞くのはー野暮ってものでしょー。黙ってーせんぱいにー任せなさいー」
よろよろと立ち上がったシルビ。
彼女はそのままこちらに背を向けると、折れた杖を突きながら、ゆっくりと歩きだした。
「わたしーにも、輝く金級ーとしての誇りがあるしー意地がある。むざむざこうはいーを、死地に送り込むようなーことはしないし、させない」
一度シルビは立ち止まった。
「だからー行って。せめてー私たちのー最後にー意味とー役割を与えて」
シルビはゆっくり…………ゆっくりと私達へ振り向くと、私やハンナ達を見つめ微笑んできた。
「いまのーうちにー言ってーおくわー。あのときはーバカにしてーごめんね。私達もー気が短いからー言い過ぎちゃったー。でもねー私もーゴルデもーあなた達みたいなー気の強いー女冒険者ー………」
『嫌いじゃないよ』
そう言って顔を背けると、それが最後だとばかりにシルビはヨタヨタと歩きだした。
「ムウ。あの女。なんたる覚ゴフッ?!」
いつまでも羽交い締めにしてくるザッドハークの鳩尾にクリティカルを入れ、拘束を解いて歩きだす。
ハンナとアベッちも、ほぼ同じくしてジャンクさん達の拘束を解き、私に並ぶ。
そして、前を行くシルビの後を追いかける。
「いやいや許せないねぇ」
『許せませんねぇ』
『許しがたいわね』
「?!………あなたたちー?!」
背後から聞こえた私達の不穏な声に、シルビが警戒したように振り向いた。
その瞬間、シルビに向かいハンナが手を翳す。
『微睡みへの誘い』
「なっ?!うっ…………」
ハンナの掌から淡い紫色の魔法の光が放たれ、シルビの頭へと吸い込まれるように消えた。
魔法を受けたシルビがよろけ、その場に崩れ落ちた。
ハンナの睡眠魔法により、押し寄せる眠気でまともに動けず、シルビは僅かに身動ぎするしかできない無防備状態を晒す。
今ならば、何をしても抵抗できないだろう。
だが、私達は倒れたシルビには一切構わず、その横を通り抜けて広場の奥へと目掛けて進んでいく。
「あな…………たち…………どこに?」
倒れたシルビは押し寄せる眠気に必死に抗いつつ、構わずズンズンと進む私達の背後へと顔を向け、震える声で尋ねてきた。
「どこに?当然でしょう」
『私達は私達を侮辱した者を狩り来た』
『その獲物が横取りされた』
そんなの、許せるはずは無い。
ならば、やることは一つ。
『『「人の獲物を横取りする奴は必ず殺す。必ずだ!!!」』』
私達は手に手に得物を持ち、獲物を奪った新たな獲物目掛け、走り出した。
シルビはそんな去り行くカオリ達の背を見送った後、意識を微睡みの中へと手放した。
◇◇◇◇
ゴカァァァァン!!
激しい爆発とともに辺りのものが弾け飛び、土煙が舞う。
その土煙の中から人影が飛び、ゴロゴロと地面を転がる。
飛んできた人影。
それは金髪の女剣士、ゴルデであった。
ゴルデはゲホゲホと咳を吐くと、手にしたレイピアを杖かわりにして立ち上がった。
だが、その身体は既に満身創痍で、立つのがやっとであった。
自慢の金髪はボロボロで、麗しさと気品に満ち溢れていた顔は泥と血にまみれている。
身体もキズだらけで、衣服や装備もボロボロに壊れており、既に防具としての要を成していない。
「くっ………ブロズ!生きてる!?」
ゴルデが叫ぶと、その隣の空間が揺らめく。
すると、次の瞬間にはゴルデと同じように泥と血で汚れ、ボロボロとなった銅褐色の髪を三つ編みにした女………ブロズが現れた。
「なんとか………でも、もう保ちそうにない」
「こっちもよ。逃げたいけど、こいつが逃がしてくれそうにないし…………」
ゴルデは憎々しげに土煙が舞う方を睨んだ。
「私のスキル………『隠匿者』も全く通用しない。こんな奴ははじめて………」
ブロズもまた、驚きと困惑が入り雑じったような顔で前方を睨む。
スキル『隠匿者』。
それはある一定の時間、自身と自身が手にしているものの存在感を希薄にするスキルである。
このスキルを発動すると存在感が希薄になり、敵に探知され難くなるのだ。
更には臭いや音といったものも、完全とはいかぬが探知されない程度には抑えることができ、偵察や暗殺にはもってこいのスキルだ。
ブロズはこの自身が持つスキルを使い、ゴルデやシルビの姿を隠し、山の魔物に見つかることなく安全にここまでやってきた。
だが、この広場に現れた存在には全く通用せず、苦戦を強いられていた。
「たくっ!!なんなのよ、こいつ!?こんな規格外がいるなんて情報にはなかったわよ!!」
「ここら禁断地だし、まだ見ぬ魔物がいてもおかしくない。でもこいつは………」
「シルビは………シルビは大丈夫かしら。爆発をもろに受けて吹き飛んでいったけど………」
「心配だけど、今は目の前の敵に…………ゴルデ?!」
ブロズはゴルデの周囲にキラキラと光る何かを見つけると、慌ててゴルデを押し退けた。
「ブロ…………」
スガアアアアアアアン!!
ゴルデが自分を押し退けたブロズへと目をやった瞬間、先物まで自分がいたところに一直線に爆発の奔流が走った。
ブロズは突如発生したその爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされた。
そのままブロズは少し離れた岩へとぶつかり、ピクリとも動かなくなった。
「ブロズゥゥゥゥゥ!?」
ゴルデが慌てて自分の身代わりとなったブロズへと駆け寄ろうとする。
が、そんなゴルデの前に、地中から巨大な壁のようなものが突如として生え、その行く手を防いだ。
それは異常なまでに大きい茸だった。
「なっ?!これは?!」
『諦めよ。愚かな人間よ』
土煙の中へとから、厳かな声が響いた。
『我が神聖なる領域に踏み入れた時点で、貴様らの命運は決まっていたのだ』
ズシン。ズシン。
何か巨大なものが歩くような地響きが鳴るとともに、その威厳溢れる何者かの声も近くなる。
『ここは人間などという下等な種族が足を踏み入れてはならぬ聖地。そこに侵入した瞬間、貴様らは死をもって、その罪を償わなければならぬ』
「ふざけるな!?そんなことキャア?!」
反論しようとしたゴルデを小規模な爆発が襲った。
致死性はなく、多少の痛みを与える程度の爆発。
そう痛みを与える程度。
つまり、簡単には殺さず、痛めつけるつもりだということだ。
『誰が口を開いて良いと言った?貴様はただ、我の声を聞き、我を見て、我に震えていればよい。脆弱にして醜悪なる人間よ』
「キャアアア?!」
更に小規模な爆発がゴルデを襲う。
手を。足を。頭を。様々な箇所を的確に爆破し、ゴルデに傷を与えていった。
『ブハハハハ!中々良い声で鳴く。その悲鳴が!その苦悶が!その絶望が!貴様が犯し、汚した神域への多少の贖罪となるであろう!!』
土煙の向こうで愉快そうに笑う謎の存在。
ゴルデは最早抵抗する力もなく、地面へと倒れ伏せた。
そして愉快そうに笑う声を遠くに聞きながら、なんとなしに色々と想いを馳せた…………。
シルビは大丈夫かな?
ブロズは生きてるかな?
依頼、失敗かな?
こいつはなんなんだろう。
短い人生だったな。
田舎のお母さん、お父さん。ゴメンなさい。
様々な想いが浮かんでは消え、浮かんでは消える中、ゴルデはフッとあることを思い出した。
そういえば、あいつらはどうしたのだろう?
私達と同じ依頼を受けた冒険者。
なんとなく、昔の自分に似てる女の子。
意地っ張りで、意固地で、生意気で、執念深く、それでいてどこか純朴そうなあの若い女冒険者。
まだ、新米なのに危なそうな橋を渡ろうとしていたから、危険な依頼に来ないように脅したつもりだけど、いつもの口下手が災いして逆効果になってしまった。
ここに来たら危ないよ。
早く帰った方がいいよ。
そう伝えたいな。
あっ。あと…………。
自分のことを棚に上げ、傷つけちゃってゴメンなさい。
ちゃんと謝りたかったな…………。
『フン。もう抵抗する力もなくなったか。まあ、良い。もう飽いた。死ぬが良い』
ゴルデの周りを、キラキラと光る粒子が取り囲む。
キラキラと見た目だけなら美しく光輝く粒子。
ゴルデはそれを遠い目で見ながら、一筋の涙ながらを流した。
「…………やだなぁ。死にたくないなぁ」
『死ね』
ゴガァァァァァァァァァァン。
ゴルデの周囲が一際輝くとともに、大爆発した。
土煙で隠れる謎の存在。
それは無感情にその大爆発を見ると、ズシリと動きだした。
まだ息のある人間。ブロズに向かい。
『フン。他愛ないものよ。さて、まだ息のある者を処ぶ……グアアア?!』
だが、その歩みは止まった。
突如、先程までゴルデがいたところから現れた、赤く光る斬撃により。
斬撃は土煙の中の存在に致命傷こそ与えなかったものの、身体のどこかしらにへと当たり、確実にその身に傷を与えた。
『ぐむぅ?!な、何者だ?!』
苦しげに呻きながら誰何する謎の存在。
すると、ゴルデがいた付近の土煙が徐々に晴れ、全容を現した。
土煙が晴れた先。そこには何か薄紫色の半透明な膜………結界が張られ、地面には爆発を逃れたゴルデが倒れていた。
そして、更にそこには…………。
「私が何者か…………だと?」
『知りたいならば、教えてあげましょう』
『ただし、代金はあなたのお命で』
『ゃk5魔羅e6』
『『『「通りすがりのビッチ狩りだよ。夜露死苦ぅぅぅ!!」』』』
土煙が晴れた場所。
そこには武器を構えた四人の異形………香・ハンナ・アベッカ・ゴアが、ゴルデを守るように立っていた。
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