62話 ペトラの災難
ジングルベール。
メリークリスマスです。
なんだがペトラが書いてて楽しくなってきた今日この頃です。
【ペトラ視点】
「じゃあ、役割分担はこう。ゴアがザッドハークとジャンクさんの動きを止める。または注意をひく」
『そして私とカオリで糞ビッチ共に奇襲をかけるという訳ですね』
『4方7四………』
会議も終盤となり、カオリ達がそれぞれの役割分担を決めていく。
ゴアは陽動。カオリとハンナが奇襲をするそうだ。
襲われる人間のことはよく知らない。
が、切に願う。今すぐ逃げろ。と。
このメンバー相手なら、私だったら仲間を囮にしてでも逃げる。
「あの……私は何を?」
皆が役割を決めていくなか、私だけ特に何も指示をされていないんだが………。
それが逆に気になって仕方がない。
何かとんでもないことをやらされそうで………。
「ああ、ジェフリーさんにはゴミ捨てをお願いしたいんですよ」
「ゴミ捨て…………ですか?」
ゴミ捨て…………か。
何か妙なことでもやらされるかと思っていたから、若干拍子抜けだな。無論、良い意味でだが。
しかし、ゴミとはなんだ?
まさか、奇襲に使った武器や道具だろうか?
それもそれで嫌な感じがするが………。
まあ、妙なことをさせられるよりはいいか。
「わかりましたが……ゴミって、何をどこに捨てるんですか?」
「大したものではないわ。ただの人型をした肉塊
を崖底に捨てるだけの簡単な仕事ですよ」
「それ、死体のことですよね?!」
この女!?私に死体処理をやらせる気かよ?!
一番損で嫌な役割じゃねぇか?!
てか、対象を殺す気満々だわっ?!
「やだなぁ、ジェフリーさん。死体じゃないですよ。ゴミですよゴミ。社会のね」
「その理屈が通るなら、世界中は結構な死体だらけになりますよ?!」
『そうですね。世界中のビッチと見る目のない男共は全て滅べばいいんですよ』
『それプラス、下心満載で女を性欲の捌け口としか思っていないようなクズ男とか、プライドが高いナルシス男とかもね』
「女にばかり働かせて自分は働かない駄目男と、直ぐに親を持ち出すマザコン野郎と、何かあればギャンブルに走るクズ野郎もね。あ、あと年収金貨三千枚以下の男とかも」
「世界中から男がいなくなる?!」
こいつら男に対する理想高過ぎじゃねぇの?!
「さて。そんな話は置いておき、方針も決まったし取り敢えず食堂に戻りましょうか。あんまり遅いとザッドハーク達に怪しまれるし」
『そうですね。山に入る準備もしないといけませんからね。アベッちはどうします?一度通信を切りますか?』
『いえ。ここまできたら最後まで親友らのことの成り行きを見守りたいわ。それに何かあれば直ぐにアドバイスできるだろうし』
「心強いよアベッち!アベッちがいれば千人力!!持つべきものはマブダチだね!」
「いや、あの………そろそろ通信は切らないと不味いんじゃ?流石に職場のものを私用で独占するのは不味いし………?」
ずっと気にはなってたが、これだけ通信のチャンネルを使用しているのは不味いだろう。
仮にも軍部の通信チャンネルだし、それを長々と使えば流石に…………。
『心配してくれてありがとう、あなた。でも大丈夫よ。ここの同僚は全員私の味方だし、上司は全て私の支配下にあるから何の心配もないわ』
「いま、凄い矛盾が聞こえたんだが?!上司が支配下って、とんでも矛盾が聞こえたんだけど?!」
『フフフ……通信連絡員の情報網を甘くみないでね?私の手にかかればどんな奴等の隠された黒歴史だろうが汚職だろうが性癖だろうが全て暴き、何でも情報を仕入れちゃうわよ』
「支配下に置いた理由を察したわ?!」
職場は汚職だらけかよ?!
私の自称未来の嫁は裏ボスかよ?!
『ついでに様々な情報の迅速な通達・収集・処理・解析などなど、情報関係については何でも得意よ。既にあなたのご両親には結婚報告を送り、快く了承してもらえたわ。お義父さまから『馬鹿で要領は悪いですが、根は優しい息子なので、どうぞよろしくお願いします』ってお返事を頂いたわ。愛されてるわね、あなた。フフフ………』
「既に実家の住所が暴かれた上、両親が懐柔されてやがるぅぅぅ?!」
外堀がどんどん囲まれてるじゃねぇか?!
何してんだよ、親父ぃぃぃぃ?!
『お義母さまからは大好物だというグリップ鳥の香草煮込みのレシピを教えて頂いたわ。帰ってきたら、美味しい煮込みを食べさせてあげるわ』
「お袋ォォォォォォォォ?!」
お袋!お前もか!!
外堀がほぼ完璧に埋め立てられた!?
「うわぁ。ラブラブだなぁ。いいなぁ、羨ましいなぁ」
『こんないい女いませんよ?ちゃんと大切にしてあげてくださいね?』
どこがラブラブなんだよ?!
目と耳が腐ってんのか?!
ただのサイコパスヤンデレ系ストーカー女の被害にあってるとしか思えないんだが?!
そして仮に大切にしようにも、まだ顔も知らないからね?!声だけの関係だから!!
「さて。アベッちの惚気話も聞いたし、ザッドハーク達のところに戻ろうか」
『そうですね。そういえばアベッちの水晶はどうします?このままの状態で持っていけば不審がられるのでは?」
「前に、メル婆の店で気の迷いで買ったヌイグルミがあるんだけど、それの中にでも詰めとこうか。そこらで拾った喋るヌイグルミとでも言えば、ザッドハークは誤魔化せると思うよ。馬鹿だから」
『メル婆の店。気の迷い。なんとも気になる単語が2つ出てきましたが、いい考えですね。ついでに水晶の魔力経路を利用し、ヌイグルミが動けるように魔術的な細工をしましょう』
『あっ、それいいね。擬似的とは言え、カオリっち達やあたなと一緒にいれるみたいで最高ね。それに、こういう冒険ものにはマスコットがつきものだし。動かし方を後で教えてね』
『了解です』
「じゃあ、そのヌイグルミの処理が終わったら行こうか。楽しみだね!」
「いや、ちょっと待ってください!?話し合いが終わりって、結局私は最後の後始末が役割なんですか?!あれマジなんですか?!」
死体処理なんてやりたくないぞ?!
「それは事が全部片付いた後の話ですよ。ジェフリーさんは取り敢えず私が合図をだしたら、奴等に飛び付いて力の限り羽交い締めにし、動きを封じてくださいね。合図は親指を立てたらです」
「それ、最終的に私ごとやられる奴ぅぅぅぅ?!」
私ごとそいつらを処理する気満々だろ?!
『その程度のお触りなら許してあげます。少しはラッキースケベ的な不満の捌け口を準備するのも妻の役割ですから』
「そんな命を賭けたラッキースケベなんてお断りだぁぁぁ!?」
「とりあえず、作戦は整った。奴等に会うのが楽しみね。フフフ…………」
戻った食堂。
そこには殺伐とした空気が漂っていた。
重苦しくも暴風のように荒れ狂う気配が漂い、気のせいかバチバチと火花が弾けるような音がする。
それら殺伐とした雰囲気をつくりだしているのは女性陣たちだ。
その女性陣たち…………。
カオリはこめかみに青筋を立て、獣のように歯を剥き出し、全身から真っ赤に燃え上がるような殺意の波動を撒き散らしながら前方を睨んで威嚇している。
ハンナも氷のように鋭い目付きで前方を睨み、全身から溢れる魔力は青く渦巻く嵐のように吹き荒れ、背後には極大の立体魔法陣が浮いている。
カオリの肩にいる不気味な人形────頭には視界確保用の穴が2つ空いた紙袋を被り、オーバーホールとかいう服を着た高さ30センチ程のヌイグルミ。カオリ曰く『ちょっぱーくん』────が、ブンブンと小さな肉切り包丁を振りまわす。
ゴアと私はどうしていいのか分からずオロオロする。
一番気の合うのが異形の化け物とはやるせない。
そして、そんな女性陣の前方にも別の女性陣が。
一人は長い金髪をした長身の剣士風の女で、豊かな胸を強調するように腕組みし、カオリを冷たい眼差しで睨んでいる。
その隣には短い銀髪をした魔術士風の女がおり、こちらは杖に体重をかけながら、太ももを強調するようなポーズでハンナを睨んでいた。
更にその隣には銅褐色の髪を三つ編みにした軽装の女がおり、こちらは特に興味もなさそうに佇んでいる。
三者三様の雰囲気や特徴があるが、こちらは皆が皆総じて露出が多く、扇情的な格好をしていた。
山に入るのに、あの格好は大丈夫なのだろうか。
間違いなく虫に喰われるぞ。
これら、6人の女──内、ヌイグルミが一体──が互いに睨み合い、物々しい雰囲気が部屋中に充満していた。
いや、何、この雰囲気?
チビりそうなんすけど?
というか、誰?あの女達?
明らかに因縁ありそうな感じなんですが??
「おやおやぁ?まさか、ここで会えるとは思わなかったわねぇぇ、この腐れビッチがぁぁ………」
「あら?依頼を受けたからには来るのは当然でしょう?それよりも、あなたこそよく逃げ出さなかったわね芋女」
『そちらこそ、よく逃げませんでしたねぇぇ?その度胸と頭の悪さだけは誉めてやりましょうぅぅ』
「わー。流石に幸薄い女は凄いなー。言葉まで薄くて響かないやー」
『こいつらがその糞ビッチね。確かに凄まじい糞ビッチ臭がするわ。こんな尻も頭も軽いやつら、とっとと殺っちゃいましょう』
「いや、何あのヌイグルミ?趣味悪くてキモいんだけど?」
互いに睨み合い、罵り合う女達。
更に場の空気が重く、息苦しくなる。
気のせい……ではないな。
なんか互いの目から電流が走って衝突し、火花がバチバチとしてるんだけど?
いや、あれどうなってるの?なんかのスキル?
てか、こいつらか?!
カオリ達が言ってた糞ビッチって?!
確かに色々と遊んでそうな女ではある。
というか、あれだ。
逃げろ。殺されるぞ。カオリが俺に向かって親指立ててるし。
逝けというのか?
「というか、ザッドハークゥゥゥにジャンクさぁぁぁぁん?これはどういうことかしらぁぁぁ?何でビッッッチ共がここにぃぃぃぃ??」
カオリはゆらりと動き、壁際で背景になろうと奮闘するザッドハークとジャンクへと、光の無い目を向けた。
「フム……。あれだ………。我は止めたのだがジャンクが………」
「嘘こけ?!お前が訪ねてきたこいつらを『よければ茶でも飲みながら、語り合わぬか』なんて軟派して招き入れたんだろうが?!」
「貴様ぁぁぁ!?この我を売る気か?!これが飼い犬に手を噛まれるというものか?!身の内を食い破られる思いぞっ!?」
「誰が飼い犬だ?!だいたいテメーは………ま、待て!嬢ちゃん!?お、俺は真性のロリコンだ?!そんな成長しきった女に興味はねえ!?」
ゴキゴキと指を鳴らしながらゆっくりと近付くカオリに、ジャンクが常時なら間違いなく牢獄送りにされるような見苦しい言い訳をして後退る。
「カオリよ!我は常に汝と共にあった!そんな我を………始まりの友と言うべき我を信じられぬと言うのか?!」
これまた見苦しい言い訳をするザッドハークにカオリが視線を向けると同時に、その首がガクンと真横90度に傾いた。
「ハジマリノトモ?ナニヲイッテイルンダコイツハ?」
片言なカオリの言葉が響くと同時に、血の雨が降った。
「と、と、という訳でして、エマリオ様が勝負とは言え、仕事のために雇った冒険者の方を無下に扱うのは人道に反すると、ゴルデさん達の山小屋の使用を許可してまして…………」
ブルブルと震えながらカオリへと、ゴルデ達が山小屋を訪れた理由を説明するピノピノとかいう少女。
生まれたての小鹿のように足をブルブルと震えさせているが、誰がそれを責められようか。
震えるピノピノの前には鬼がいた。修羅がいた。
目はギラギラと光り、口からは煙のような吐息が漏れ、全身から闘気が溢れ、背後からはどこからともなく『ゴゴゴ』という重低音が響く。
腕をブラリと垂れ下げ、飛び掛かる寸前の獣のような前傾姿勢のまま、黙ってピノピノの話を聞いている。
最早、人の形をしただけの猛獣だ。
このような修羅を前にすれば、誰もが足をすくめさせるのは当然であろう。
むしろ、己の職務を全うしようと必死に抗っているあたり、この小柄な少女は意外と芯が強いのかもしれない。
かくゆう私は震えている。
見事に腰が抜け、動けない。
正直、ちょっとチビった。
スッと目だけ動かして壁際を見れば、ガタガタと震えながら尻餅をつくジャンクの姿が。
そして、その横には倒れ伏し、血溜まりに沈むザッドハークが…………。
その指先には自身の血がこびりつき、床にはなけなしの力で書いたであろう、ミミズが這ったような文字で『カオリ』と………。
「ナルホド。リカイシタ。アリガとうね、ピノピノさん。怖がらせちゃってごめんね?」
ピノピノの説明を聞いたカオリは、スッと一瞬にして闘気が収まり、元の姿へと戻った。
いや、ここまで闘気を完全にコントロールしてるやつ初めて見たんだけど?!
てか、人格変わってないっすか?!
多重人格じゃなかろうか??
「い、いえ………私はなんとも」
ピノピノもカオリの急激な変化に戸惑っている。
当然だろう。
「まったく。これだから蛮族の田舎娘は。いきなり怒っていきなり笑って。情緒が不安定に嫌になるわ。自分の仲間にこんな……可哀想に」
金髪の女………ゴルデとかいう奴が血溜まりに沈むザッドハークへと近寄って屈み、哀れむようにザッドハークの手を撫でた。
そして私は見逃さなかった。
事切れたように思われたザッドハークが僅かに身動ぎし、その目に光が宿り、屈んだゴルデの短いスカートの中身を覗こうとしていることを。
ゴチャリ。
水っぽい、何かが砕ける音が響いた。
敢えて何が砕けたかは言わない。
ただ一つ言えるのは、私が見逃さなかったことを、獣の如き野生の勘と動体視力を持つ、彼の女が見逃すはずがないだろうということだ。
そして、今度は大分チビった。
何かを踵で潰した彼の女………カオリがゆらりとした動きでゴルデを睨んだ。
「そうやってぇぇ、人のぉぉ仲間に色目をつかうのはぁぁ止めてくれるかしらぁぁぁぁ??」
「もう仲間だったものになってるけどね。本当に野蛮な娘ね?山で狼にでも育てられたのかしら?」
「山沿い育ちは認めますがぁぁぁ、誰も獣に育てられた覚えはありませんよぉぉぉぉ?」
立ち上がって腕組みし、挑発的に微笑むゴルデ。
もう止めてほしい。
なんだったら全財産あげてもいいから、喧嘩はやめてくれ。マジで怖い。
そして、カオリ。私に向けて立てたその親指はなんだ。
私に逝けと?
「チッ…………まぁ、いいぃ。いつまでもビッッッチ共に無駄に時間を費やす気はないわぁぁ。これから山に行く準備をしなきゃいけないからぁぁ」
「あら?まだ準備もしてないの?私達はもう準備は万全よ?ここには水と食糧の補充に寄っただけだから。まったく………本当に行き遅れ………おっと失礼。田舎の芋娘は何でも遅いのね。というか、もうそのまま帰ったらどうかしら?」
「あ"あ"あ"あ"?」
クスリと挑発的に笑うゴルデに、カオリが唸り声を上げた。
同時に親指を連続して立ててくる。
もう、完全にここで殺る気だ。
めっちゃこっちを見てくるし、その目が『早くこいつを抑えろ』と訴えてくる。
絶対あそこに行きたくない。
だが、既に渦中の一端に巻き込まれてる。
行かねばならない。
だが、怖いし、恐い。
誰か、助けて。
「あら?そういえば、そちらの見慣れない方は誰かしら?」
カオリの視線に気づいたのか、ゴルデが視線の先にいた私へと振り向いた。
「えっと………あの………く、国より雇われました山の案内人のジェフリーと申します」
取り敢えず、カオリの合図が見えなかったことにし、ゴルデへと頭を下げて自己紹介をする。
カオリから盛大に『チッ』という舌打ちが聞こえたが、今は聞かなかったことにする。
「あら、そうなの。あなたも大変ね。こんな野蛮な芋娘達の案内なんて」
ゴルデはユサリとたわわに実った胸を揺らしつつ、哀れみを込めた目で私を見てくる。
めちゃくちゃ色気があって、思わずその胸や尻に見惚れ…………。
ゾワリ。
一瞬、凄まじいまでの寒気が全身を襲った。
同時に、肩に僅かな重みを感じた。
目だけを動かしてそちらを見れば、小さな肉切り包丁を構えたちょっぱーくんが…………。
『浮気ですか?よし、殺します』
「ヒイイイイイイイイイイイ」
いつの間にか私の肩へと移動したちょっぱーくんことアベッカが、平淡な声で死刑宣告した。
「違う!違います!決して、断じてそんなつもりは……?!」
『ですが、他の女と喋りましたよね?それはもう、浮気では?』
今後、他の異性と会話ができないことが確定した瞬間だった。
「ひい?!違っ……な、成り行きだ!?成り行きで話してしまっただけで………」
『あなたは成り行きで浮気をし、私を悲しませる訳ですか。殺します』
話しが通じない。
アベッカが操るちょっぱーくんが、ブンブンと小さな肉切り包丁を振り回す。
小さな肉切り包丁………といっても本物の金属製で、しっかりと研いである。正真正銘の刃物だ。
切られれば間違いなく死ぬ。
しかも、先程ヌイグルミの試運転と称して、外にある大岩を一刀で両断していた。
『うーん。私の魔力で本体と感覚を繋げていますが、流石にヌイグルミの体では身体能力が大幅に落ちますね。力はせいぜい本体の二十分の一程度ですかね』
大岩を両断した後の彼女の感想である。
本体めっちゃヤバッ。
そしてつまるところ、今は私の命の危機である。
もう、一刀で首を断たれるビジョンしか見えない。死ぬ。
『さあ、まずは四肢を切り、腸を引きずりだし、己の犯した罪を理解させた後に首を断ちます。安心してください。死体は私がちゃんと回収して補修し、剥製にしてずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと大事に大事に大事に大事に大事に大事に保管してあげます。私だけが触れて、私だけが見て、私だけが知ってる秘密の場所にしまって、永遠に愛してあげます』
どうやら私は想像力が乏しかったようだ。
首を断たれるなんて軽いもんじゃなかった。
死ぬ。このままじゃ苦痛に喘いだ末に殺され、永久保存されてしまう。
なんとか…………なんとか乗り切らねば。
私は意を決し、勢いよくジャンプすると、着地と同時にちょっぱーくんへと向けて土下座をした。前回よりも完璧かつ、美しいフォームで。
そして、頭をこすりつけながら必死に叫んだ。
「違うんだ!誤解なんだ!私が愛して愛して愛してやまないのは、過去も現在も未来を通してお前だけなんだ!!唯一無二でお前だけなんだ!!さっきあの女を見ていたのは、お前の素晴らしい肢体と比べれば余りにも貧相で、哀れみの目で見ていたんだ!それでお前が寂しく悲しい想いをしたというなら謝る!誠心誠意真心込めて謝る!なんだったら命も捧げよう!だが、これだけは覚えていてほしい!私が未来永劫愛するのは君だけで、私には君しかいないんだ!君が……君だけなんだ!君しか愛せないんだ!心の底の底の底から愛してやまないんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!大好きだぁぁマイスイートハニィィィィィィィィィィ!!!」
一通り言い終わり、息をつく。
辺りは静寂に包まれた。
自分以外死んだんじゃないかと思うくらいの静寂だ。
先程まで振り回されていた肉切り包丁の風切り音も聞こえない。
さあ、どっちだ?俺の運命はどっちだ?!
生存か?剥製か?どっちだ?!
チラリと顔を上げ、様子を伺う。
『も、もう……そ、そこまで言われたら、許してあぐなくもないんだからね。…………ばか』
モジモジと小石を蹴るちょっぱーくんの姿があった。
アラァァァァァァァァァイブ!!!!
祝・生存!!助かったぁぁ!!
アベッカのチョロさに助けられたぁぁ!!
ナイスだ、私ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!
『それでは、あなたが私を愛してくれているというのならば、私もあなたに愛を刻み込まねばなりませんね。具体的には、あなたが私の所有物であることを自他共に理解させるために、体の各部位に私の名前を刻み込んでおきましょう。頭の先から爪先まで。耳に目に鼻に歯に頬に眉間に手に足に指に胸に腹に背に尻にオ〇ン〇ンに。余すことなく私の名を傷にして刻みこみましょう。愛してくれるならこれぐらいの痛みはなんともないでしょう?あなた♥」
どこからか小さく鋭いナイフを取り出すちょっぱーくん。それを手にひたひたと近付いてくる。
どちらにしてもバッドエンディィィィィィグ?!
全身に刻まれるぅぅぅぅぅ?!
「ちょっと待って?!タイム!待って?!タンマ……痛っぁぁ?!ちょ、頭に飛び乗り……止めっ?!止めてくれぇぇ?!いてぇぇぇ?!」
私へと飛び掛かり、ガシガシとナイフを嬉々として突き立ててくるちょっぱーくん。
マジだ。マジで刻むつもりだ?!
「痛っ!?ちょ、助けてぇぇ?!」
慌てて近くにいたゴルデに助けを求めると、彼女はサッと素早く後ずさった。
「いや、何で人形に愛を囁いてんの?キモッ」
真顔での一言だった。
「違ぁぁぁう!?違くないけど、違ぁぁぁう?!人形に愛を囁いていた訳じゃなく…………」
「いや、でも囁いてたでしょ、それに?マイスイートハニーとか…………」
「いや、それは…………」
『はい。私はこの人の嫁で妻で彼女で奥様で、永久に彼のあらゆる欲望の捌け口となることを誓った関係の仲です』
「ほら。人形愛好家ってやつ?ないわ………」
「だからぁぁぁぁぁぁぁ……………………」
駄目だ。もう駄目だ。
何を言ってもここからの挽回は不可能だ。
完全に人形に恋して欲情してる、変態だと思われた。
ガックリと項垂れ、四つん這いとなる。
今の心の痛みに比べれば、背中でザシザシとナイフで刻み込まれる痛みなど、どうということはない。
私の社会的評価がどんどん地に落ちる………。
「それにしても、本当に芋娘のところは録なやつがいないわね………。狂暴女達に不気味人形と骸骨騎士。ロリピグコンビに魔法少女………は普通ね」
「「ロリピグコンビって何ぃぃぃ!?」」
ジャンクと声がかぶった。
ロリコンと同じ扱いとか死ぬる。
「というか、魔法少女って誰のことだ?!」
普通なのは魔法少女とか言ってたが、この中で魔法少女らしきものはいないはず。
ハンナは狂暴女枠だし、ピノピノは普通の女だし、一体だれが…………。
「いや……この娘に決まってるでしょ?」
と指差されたのは…………ゴア。
「………………………………少女?」
疑問符になったのを誰が責められようか。
あれを少女……………………と思うには、あまりにも足りないものが有りすぎる。
というか、目以外足りない。むしろ、目が後一つ足りない。
胸が無いどころか、顔も何もない性別不詳・年齢不詳・生物分類不明の生物を少女というには、私に勇気が無さすぎる。
目のどこの部位が腐れば、あれを少女………雌と判断できるのであろうか。
そんな疑問を感じていると、ハンナがスッと近付いてきた。
『ゴアが魔法少女……と言われたことが疑問なんでしょう?』
「えっ?は、はい………何故なんでしょうか?」
『簡単に説明すれば、ゴアは普段自らに幻術を纏い、人間の少女の姿に変装してるのです。ですが、ある程度の魔法抵抗力を持っている者には効かず、本来の姿が見えてしまうのです』
「それはつまり……私は魔法抵抗力が高く、あの女達が低いということですか?」
『そうなります。ついでに幻術でのゴアは、年齢15歳程度の、黒髪ツインテールが特徴の小柄な魔法少女で、冒険者ギルドでは『マ〇ユ』と呼ばれ、一部の冒険者達からはカルト的人気を誇ります』
なるほど………そういうことか。
私のドッペルゲンガーという種族は、変身を得意とする他、他者の変身や変装を見破る能力も高いのだ。
今回も、無意識のうちにゴアの幻術を見破り、その正体を見ているということか。
「できることなら、私も幻を見ていたかった」
『夢を見てる方が幸せな時ってありますからね』
これ程、自身の変装看破能力を恨んだことはない。
虚空を見つめながら背中の痛みに耐えていると、ゴルデが他の仲間を連れ、出口に向かって歩きはじめていた。
「はあ、全く。山に行く前だってのに何だか疲れたわね。というか、事前に別に案内人を雇っておいて正解だったわ。こんな変態に案内されたんじゃ、陰で何されるか分かったもんじゃないし。まあ、変態には変態がお似合いだけど」
「あ"あ"?」
挑発的に肩を竦めるゴルデに、カオリが睨み殺さんばかりの視線を向けた。
「そうね……一応、紹介しておきましょうか。こちら、私達が別口で雇った案内人のブロズーよ。この若さで霊峰への立ち入りを認められた程の秀才で、霊峰マタマタは勿論、様々な山や草木にも精通する山のエキスパートよ」
「ブロズーよ。別に覚えなくともいいわ。私も覚える気はないし」
銅褐色の髪を三つ編みにした女……ブロズーが、素っ気ない態度で名乗った。
それから、何故か私の方をチラリと見た。
「霊峰マタマタを知り尽くし、単独で山の魔物達を殲滅することができる最強の山男。ジェフリー=シュバイツァー。別名『大戦斧の山岳王』。一度会いたいと思っていたが、会う機会がなかなかなく、今回はあなたに会えるかもと思い、かなり期待していた」
どうやら、彼女は私が変身している男が目当てだったようだ。
そして、奴がやっぱりとんでもない奴だというのが理解できた。
勝手に転んで気絶してなきゃ、私が死んでたかもしれないな…………。いや、マジで。
『あら、あなたは見る目があるわね。この人の凄さが理解できるなんて誉めてあげるわ。まあ、だからって彼はあげないけど』
背中でフフンと自慢気に胸を張るアベッカ。
悪いが見る目がないのはお前だ。
これは変身した姿で、本来の私の姿じゃないんだから。
アベッカの節穴ぶりに嘆息していると、ブロズーが明らかな失望混じりのため息を吐いた。
「なのに、実物は人形に欲情し、尻に敷かれる変態野郎とはな。噂とは常々信用ならないものだ。まあ、それならそれでいい。私こそが真に山を知る者だということだ。今回の依頼も全て私達に任せ、あなたはその不気味な人形と、ままごとにでも興じていればいい」
『よし、そこを動くな。バラバラに刻んで豚の餌にしてやるわ』
ちょっぱーくんが肉切り包丁を振り回しながら、ブロズーに向かって歩きだした。
「ちょ?!待て待て!落ち着いて?!」
『落ち着いているわよ。冷静にあの豚ビッチの処理方法を考えているわ。まず、四肢を切断し、繁殖期のゴブリンの巣に放り込み、女として生まれた事を後悔させてやるわ。それから山が好きなようだから百以上の部位にバラバラにし、山にばら蒔いて森の肥料にしてやる。さぞや良い肥料になるでしょうね。既に人として発酵しているようですし』
「その冷静さはいらないよ?!」
『キィー!私はともかく、あなたが侮辱されたのよ?!山のことなら何でも知ってるであろうあなたが!!許せないわ!!』
だからそれは変身してる本物のジェフリーのことだから!?私自身はそんな詳しくないから!?
だから肉切り包丁振り回すな!危っ!?
「フン。糞ビッチともはやはり見る目がないわね。このジェフリーさんは、そっちの山ビッチ以上に山に詳しいわ。もう、土を見ただけでどこの山か分かる程よ。…………多分」
『そうです。このジェフリーさんは山を知りすぎて、山を見ただけで、どこにどんな草木や動物が生息しているか分かるレベルですよ!………多分』
「そうだ!このジェフリーは凄いぞ!山で欲情できる程だぞ!………多分」
「ジェ、ジェフリーさんは凄いです。………多分」
『山t8かaR5…………多分』
『『「ジェフリー舐めんなよ!期待の星ジェフリーを!」』』
やめろぉぉぉぉ!!ジェフリーの………私のハードルを上げるなぁぁ!!
地図で確認した簡単な道しか知らねぇよ?!
そんな期待されても応えられないわ!?
そして、ジャンク。テメェーは黙れ?!
「フン。まあ、いいわ。どちらにしろ、全ては結果でわかること。せいぜい私達の邪魔にならないようにしなさい」
「じゃあ、お邪魔するわ。私達は一足先に山に入ってるわね、芋娘」
「バイバーイ。山は空気が薄いからー気をつけてねー幸薄女」
ゴルデ達一行はそれだけ言うと、足早に山小屋を出て霊峰へと向かって行った。
「……………あいつら、絶対殺す。脛をへし折る」
『殺してアンデッドにして、靴を舐めさせる』
『一糸纏わぬ裸の剥製にして、街中に飾ってやる』
カオリ達三人は、ゴルデ達が去って行った方向を睨みながら、怨嗟のこもった声で呟く。
なんとも殺伐とした雰囲気が部屋を支配する。
そんな中、私はいち早く部屋を出て、ジェフリーの部屋へと向かった。
残された時間で少しでも山について調べ、頭に叩き込まねば…………。
期待に応えねば、あの三人に殺される。
脛を折られ、アンデッドにされ、剥製にされるてしまぅぅぅぅぅぅぅ!
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