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56話 思わぬ再会と王の病

「ようこそいらしゃいました!お待ちしてましたよカオリ様!!」

 

 なんとか目的の場所……やたら立派な何かの店に着くと、私達は使用人らしき人の案内で、裏口から中へと通された。

 そして通された部屋では、私達が来るのを待っていたであろう赤い服を着た恰幅のよい人物が、両手を広げ心底嬉しそうな顔で私達を出迎えてくれた。

 

 が…………。


「すいません。帰っていいですか?」

 

「またまた御冗談を!!」

 

 その人物の顔を見た瞬間、私は踵を返して帰ろとした。しかし、その人物は見かけからは想像できない程の素早さで私の背後に回り込むと、肩を掴んでそのまま部屋にあるふかふかのソファーへと座らせてきた。

 

 ひぃ?!なに、今の動きは?!全く見えなかったわよ?!

 それに肩を掴まれたのも全く抵抗できず、気付いたらソファーに座って…………。

 

 こ、こやつ………できる…………。

 

 私の対面にあるソファーへと座った人物に警戒心を抱きつつ、ここまで来たらもう諦めるしかないだろうとうつむき、ため息をついた。

 

 もとより、ギルド経由で既に依頼を受けると言っちゃたし、逃げることは叶わないだろう。

 

 意を決し、顔を上げて目の前の人物へと目を合わせる。

 

「どうも……お久しぶりです。エマリオさん」

 

 そう言って目の前でニコニコと微笑む人物。

 エマリオさんへと挨拶をした。

 

 

 エマリオさん。

 本名エマリオ=マッシュ。

 赤帽子と口髭が特徴の某水道管工そっくりのおじさんで、大人の玩具等を専門に扱う『エマリオ商会』の商会長である。

 そんなエマリオさんとの出会いは、以前にエマリオさんからの依頼を受けたことがきっかけだ。

 以来、何故か妙に気に入られ、ことあるごとに私に最新の大人の玩具を大量に差し入れしてくるセクハラ親父だ。日本でなら間違いなく御用になって、翌日の朝刊の一部に載るであろう。

 

 アダルト玩具専門商社社長、女子高生にセクハラ容疑で逮捕………と。

 

 くっ………しかし依頼人がいるのが歓楽街というから、嫌な予感はしてた。だが、まさかこのおっさんだったとは………。

 

 冷静であれば予想はできたであろうに………。

 金とはここまで人を狂わせるものなのか。

 

 しかし、このおっさんの依頼………そのほとんどが当然というか、大人の玩具を製作するために必要な素材の採取とかで、まともなもんじゃないんだよなぁ……。

 

 前にそれで受けた依頼で色々と酷い目にあったこともあるしなぁ。

 

 ※ローショリーチやピンクフィシュなど。

 

 あぁ……無駄にテンション上げて踊ってないで、依頼表は自分でもしっかり確認べきだったわ……。

 

 金貨二千枚につられた私の馬鹿……。

 

 過去のことやら依頼を受けてしまったことへの後悔から、憂鬱な気持ちで天井を見上げる。

 

 そんな私の憂鬱な気持ちを知ってか知らずか、エマリオさんは煙が出るのではと思うほどの高速の揉み手をしながら、ニコニコと邪気の無い顔で微笑んいた。

 

 やがてハンナとジャンクさんとゴアがソファーに座ったところで、エマリオさんが頭を下げてきた。

 

「いやはや、お久し振りです。此度は私共の依頼を受けて頂き誠にありがとうございます。本当に感謝感激でカオリ様には頭が上がりませんよ」

 

「いや………まあ、はい………どうも」

 

 こちらも頭を下げて一応の挨拶をすると、エマリオさんはニコニコ顔のまま再び頭を下げてきた。

 それから後ろに控えていた使用人らしき人に何事かを伝えると、再びこちらへと向き直った。

 

「いやはや、ただいまお茶を準備いたしますので、しばしお待ちください。いやはや気が効きませんで申し訳ありません、はい」

 

「あっ、いや………お気になさらず」


「いやはや、そう言って頂けるのはありがたいことです。それにしても………いやはや。カオリ様が当商会にお越し頂けるというのは、いやはや有難いことです。以前お越し頂いたのは支店でしたから、大したおもてなしもできなくて心苦しかったのですよ」

 

 嬉しそうに微笑みかけてくるエマリオさんだけど、この人はなんでこんなに私に腰が低いのだろうか?なんかよく分からんけど、最初に会った時からこんな感じなんだよなぁ。妙に過大評価をしてくるし…………。誰にでもこうなのかな?

 まあ、見た目から温和で腰低そうだもな。私としては温厚そうな人の方が助かるけど。

 

 てか、前に来た店と違うとは思ってたけど、あれは支店だったのか………。無駄に金持ちだよな、この人も…………。

 

 そんなことを考えていると、お茶やらお菓子を乗せた盆を持ったメイドさんがやってきた。

 

 メイドさんは私達に優雅にお辞儀をすると、丁寧かつ素早い動きでお茶とお菓子をテーブル上にセットしていく。

 

 私はそんなてきぱきと動くメイドさんを見て、軽い衝撃と感動に包まれていた。

 

 うわっ?!本物のメイドさんだ!すごい!テレビ以外ではじめて見たわ!!

 

 そう。はじめて生のメイドさんみ見たことに、いたく感激していたのだ。

 

 うちの地元は本当に田舎で、メイドみたいな目立つ格好をする人はいないし、そもそもメイド服自体が売っていない。地元で一番服を扱っているし〇むらで見たことないので、間違いなくない。

 それに、メイドに会えるというメイド喫茶という洒落た場所も当然存在しない。せいぜいジジババが経営する、妙に薄暗く狭い喫茶店が関の山だ。

 しかも、なぜかメニューがピザトーストとブレンドコーヒーしかない上に、店主の爺の服装は甚平で、婆は割烹着という洋風の欠片もない店だ。

 

 そのため、メイドという存在は全く馴染みがなく、私や地元の人々にとって、メイドや芸能人などの存在はドラゴンやペガサスのような幻獣に近い印象があった。

 

 故に、はじめて見た生のメイドというものに感動を覚えるのは仕方ないことであろう。

 というより、基本田舎の人間にとって、テレビで写ったものを生で見るというのはかなり感激ものなのだ。

 

 そんな訳で、私は暫しアイドルを見るようなキラキラした目で、目の前で優雅にお茶の準備をするメイドさんを見つめていた。

 

 うわぁ………メイド服だよメイド服!!凄いなぁ………はじめて見たよ。

 あの頭の白い布はなんだっけ?前にテレビでやってたな?えっと確か………ホワイト………ホワイトブ………ブ…………。そう!ホワイトブリュレだ!

 

 ※ホワイトブリム。

 

 なんのための布かわかんないけど可愛いなぁ。

 頭に被せるものなんて、帽子とほっかむりしか知らないから何か凄いなぁ。可愛いなぁ。

 いや、本当に何のために被っているのか理解できない布だけど、可愛いなぁホワイトブリュレ。

 

 ※ホワイトブリム。

 

 メイドさんが被る謎の白い布……ホワイトブリュレ──※ホワイトブリム──に見とれていたが、やがてお茶の準備を終えたメイドさんが一礼をして後ろへと下がっていった。

 

 ああ………生メイドさんが……ホワイトブリュレが下がっていく。

 

 ※ホワイトブリム。

 

「さてさて、お茶とお菓子もきましたし。いやはや、ではではどうぞ食べながらでもお話を………」

 

 テーブルの上にお茶やらお菓子が準備できたところでエマリオさんが私達にお菓子を勧めようとしてきた。

 が、テーブルの上にある、お茶と謎のお菓子──なんかカップに入った焼きプリン?みたいなやつ?というか、まんま焼きプリン?──を見た瞬間、真顔となって言葉を止めた。

 

 そしてそのままガバッと立ち上がると、お茶を準備したメイドさんを、これまでの温厚そうな顔が嘘のような鬼の形相で睨み、大声で怒鳴り付けた。

 

「このクソボケがぁぁぁぁぁぁ!?儂の大事なお客様に対して何だこれはぁぁぁぁ!舐めてんのか、コラァァァァァァ??」

 

「ひうっ?!」

 

 エマリオさんの絶叫が部屋の中に響く。

 怒鳴らたメイドさんは怯えた顔で後退る。

 私も後退りたがったが、ふかふかのソファーに座っているため、尻が沈むだけであった。

 

 おい、誰だ。エマリオさんが温厚なんて言ったやつは?あまりの急変についていけないよ?!

 二重人格かと疑う程の変貌ぶり。怖い。

 ゴアやジャンクさんも目に見えてドン引いてるよ?!

 

「このボケがぁぁぁぁぁぁ!なんでこの茶なんじゃぁぁ!?先日手にいれた、これより上の最高級茶葉があったじゃろがぁぁぁぁ!?なんで二番目を出す?儂の顔に泥を塗る気かぁぁぁぁぁ?!」

 

「し、しかし………あれは旦那様が大事な時にのみ飲むとおっしゃ………」

 

「それが今じゃよ?!今なんじゃよ?!空気読めよコラァァァァァァ?!」

 

「ひうっ?!」

 

 何故か腰を振りながら血走った目で叫ぶエマリオさんに、メイドさんが泣きそうな顔でたじろぐ。

 

 いや、このお茶で充分ですよ?と言ってメイドさんを庇いたかったが、普通に怖くて言葉が出ない。

 

 おい、誰だよエマリオさんが腰低いって言ったやつ?めっちゃリズミカルに腰振ってるぞ?

 なんで腰振ってんの?怖い。

 情緒不安定過ぎないだろ、この親父。

 

「だいたい何で茶菓子がブリュレなんじゃ?!あったじゃろ最高級クッキーとか手軽につまめるやつが?!なんで食後に出すようなデザートを持ってくるの??センスゼロかぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 茶菓子………どうやらブリュレというらしい。

 それを手に、頭をかきむしりながら叫ぶエマリオさんにメイドさんがガタガタと震える。

 

 というか、私も震えた。

 

 おい、誰だよ。メイドさんの頭の布をホワイトブリュレって言ったやつ?ブリュレ、菓子の名前じゃないか?焼きプリンみたいなやつの名前じゃないの。危なく恥かくとこだったわ。

 

 じゃあ、あの頭の白い布の名前、何なの?

 

 ※ホワイトブリムです。

 

 あまりの目の前の事態についていけず、私が現実逃避としてメイドさんの頭にのってる謎の布の名前に悩んでいる間にも、エマリオさん唾を飛ばしながら罵詈雑言をメイドさんへと浴びせかけていく。

 

 それを右から左へと上の空で聞き流しながら、『ああ、やっぱこの人もまともな人じゃないんだな』と結論づけ、エマリオさんを見事『私の中のヤバい人ランキング』の上位に殿堂入りさせた。

 

 よっぽどじゃない限り、ずっと上位ランカーで居続けるだろう。

 

 さて、尚もメイドさんへと怒鳴り続けるエマリオさんに辟易していると、唐突に『バンッ』と勢いよく扉が開かれた。

 

「そこまでよ!!そのブリュレとお茶は私が出すように指示したのよ!!彼女に罪はないわ!!」

 

「むっ?!誰だ!!大切なお客様が来ているというのに、大声やら大音を出して不躾に入ってくる無作法な乱暴者は!?」

 

 ほぼブーメランになりそうな台詞を吐きながら、エマリオさんは部屋へと入ってきた者を睨み付けた。だが、その侵入者を見た瞬間、エマリオさんが目を見開く。

  

 つられるように私も開かれた扉の先へと目をやり、エマリオさんと同じように目を見開いた。

 

 なぜなら……そこには絶世の美女がいたからだ。

  

 

 

 

 長く美しい金髪。

 ややつり上がり気味の気の強そうな青い瞳。

 淡い桃色のぷっくりした唇。

 豊満な胸に、均整のとれた美しい肉体。

 まるでどこぞの絵画から抜け出てきたような美しい女性が、胸元が開いた扇情的なピンク色のドレスを着てそこに立っていた。

 

 同性の私から見ても、美しい以外の感想が出てこないほどの美貌。

 嫉妬することすらおこがましいと思う程の美しい女性に息を飲む。

 

 な、なんだ、この人?な、なんて美しさなの?

 わ、わかる………わかってしまう!?見ただけで理解してしまった!その凄まじいまでの圧倒的女子力が!?私とは比べ程にならぬ程の高い女子力と、溢れ出る魅力!!わ、私なんかじゃ太刀打ちできない!!

 例えるならば、私がヤ〇チャなら彼女はビ〇ス様!!勝てる勝てないじゃない。勝負にすらならないわ!!

 

 神のごとき圧倒的女子力を前にたじろぐことしかできない私。すると、そんな圧倒的女子力の女性に対し、エマリオさんが両手を広げながら満面の笑みを向けた。

 

「おお………マイハニーじゃないか!!」

 

 えっ、何?今、マイ………ハって?

 

「ごめんなさいねダーリン!!大切なお客様がお見えになると聞いて、私のお手製のブリュレと、それに合うお茶を出そうと思ったの!!余計なことをしてしまってごめんなさい!!」

 

「そうだったのか!!それならばいいんだよ、マイハニー!!」

 

「ダーリン!!」

 

 エマリオさんと謎の美女は互いに駆け寄って抱き合うと、私達の見ている目の前で熱い口づけを交わした。

 

 えっ?ダーリン?マイハニー?

 と、ということは?二人は………夫婦?

 

「え、えぇえぇぇぇぇぇ?!」

 

 部屋中に私の驚きの叫びが木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやはや、驚かせてしまって申し訳ありません。紹介が遅れましたが、こちらは当商会の副商会長であり、私の愛する妻のス・ピーチでございます」

 

「ス・ピーチよ。よろしく」

 

 エマリオさんが隣に座る女性を……奥さんだというス・ピーチさんを自慢気に紹介してくる。

 

 それに合わせるようにス・ピーチさんが見惚れるほどの美しい笑顔で微笑みながら、こちらに手を差し出してきた。が、その笑顔につい一瞬見とれてしまい、差し出された手が握手だと気づかなかった。

 

「あ……?あぁ、どうも。愛原 香です」

 

 慌てて自己紹介しながら手を握る。

 

 うわっ……本当に凄い美人。

 こんな美人がこのオッサンの奥さん………。

 凄いな。ある意味、格差婚だよね。主に見た目的な意味で。だってぶっちゃけ美女と野獣ならぬ、美女と髭豚だもんね。

 

 いったい、この油だらけなオッサンの何が良くて結婚したのだろう?財産かなぁ?

 

 そんな失礼な疑問を感じながら手を離すと、ス・ピーチさんが再び微笑みかけてきた。

 

「ええ。ダーリンから聞いているわ。なんでも凄腕の冒険者なんだって?お若いのに凄いわ」

 

「えっ?い、いや……そこまで大したものじゃ」

 

 きゅ、急に誉められると照れますなぁ。

 というか、最近は誉められることが少なかったから、純粋になんか嬉しい。

 一応、最近だったらトゥルババアにも誉められたようだけど、あれはノーカウントで。

 あれは誉め言葉じゃない。ただの戦力評価だ。

 

「フフ……ダーリンからは凄い冒険者としか聞いていなかったから、どんな強面な方かと思ったけど……。普通の可愛い女の子じゃないの」

 

 うわっ?!女の子だ??女の子扱いされた!?

 純粋に凄く嬉しい!?

 

 最近は何やら劇薬かニトログリセリンみたいな危険物扱いしかされてなかったら、これは本当に凄く嬉しいわ。目頭が熱い。なんか涙出そう。

 

「それに……すごく性欲が強いんだって?」

 

「それは違う」

 

 一気に涙が引っ込んだ。

 先程までの感動を返せ。

 

 凄い冒険者。可愛い女の子ときて、まさか次に性欲が強いなどと言われるとは思わなかったわ。

 

 涙が涙腺の奥の奥へと引きこもったわ。

 引きこもって奥に閂をかけたわ。

 暫く人間不信で外には出てこないであろう。

 

「あら?違うの?ダーリンの話では、夜の営みに使う様々なアイテムの素材などを自らの手で魔物達から狩り、更には夜な夜な多くの男達を狩りとるという2つの意味から『夜の狩人(ナイトストーカー)』と呼ばれていると…………」

 

「誇大妄想ここに極まれり」

 

 更に畳み掛けてきやがった。

 いや、なんですか夜の狩人(ナイトストーカー)って?どんな噂流してんだよ?風評被害もいい加減にしろよ?

 エマリオさんは一体私に何を期待し、どんなイメージが湧いてんだよ??

 悪いが、こちとらまだ処女だよ。未開封だよ。

 夜な夜な男も素材も回収しとらんわ。

 

 ふざけた噂を流しおって……とエマリオさんをキッと睨む。

 

 だが、何故か親指を立て、『いい仕事しましたぜ?』と言わんばかりのどや顔でウインクされた。

 

 何故だろう。タイプは違うのに、彼からはザッドハークと同じストレスを感じる。

 

 今回の依頼人だけど、脛をマジで撃ち抜いてやろうかと思案していると、エマリオさんがキリッとした顔付きとなった。

 

「さて、紹介はこれぐらいにして、本題に入りましょうか」

 

「私の紹介について大分訂正したいところなんだけど?」

 

「訂正?やはり夜な夜なではなく、昼も夜も……と言った方がよろしかったですか?」

 

「悪化しとる。なんかどんどん変な方向に拗れそうだから、もういいわ。話を進めてください」

 

 駄目だ。修正しようとすればするほどに悪評が広まりかねないわ。

 もう、エマリオさんの変な評価は無視し、話の本題に入ってもらおう。これ以上、ビッチ評価されたらやるせなくなるわ。

 

「ふむふむ、そうですな。善は急げと言いますし、今回の依頼の本題に入らせていただきましょう。と、その前に……以前と少しばかり顔ぶれが違うようですね?そちらの男性は覚えがありますが」

 

 エマリオさんは私の隣に座ってお茶を啜るゴアとハンナを興味深そうにチラリと見てくる。

 

 ああ、そういえばそうだった。

 前にエマリオさんの支店を訪れた際に、ザッドハークとジャンクさんとは面識があったけど、その時はゴアもハンナもいなかったからエマリオさんはこの二人とは初対面だったわね。

 

「ああ。こちらの二人はちょっと前に仲間入りしたんです。こっちの蠢いている眼球がゴアで、青白いのがハンナです」

 

「いやはや、これはどうも。私はエマリオ商会の商会長をしておりますエマリオと申します」

 

 自分でも紹介としてはどうかと思うような説明をしながらゴア達を紹介すると、エマリオさんは特に気にした素振りもなく二人に頭を下げた。

 

『5aと申4まSu』

 

『ハンナよ』

 

 ゴアは紹介通り触手を蠢かせ、ハンナはちょい塩っぽい態度で挨拶を返すと、エマリオさんは感心したような顔付きで頷いた。

 

「ほうほう……これは……やはりと申しましょうか。カオリ様のお連れ様だけあって、只者ではなさそうですね。何やら、とてつもなく強力なオーラをひしひしと感じますなぁ」

 

「でしょうね」

 

 そりゃあ、片や不死王と呼ばれる魔物のリッチで、もう片方に至っては一時は世界を闇で包んだ暗黒神様ですからね。只者な訳がないでしょう。

 というか、私が言うのもなんだけど、寧ろ何でこんな連中を前に、その程度の驚きで済む?いや、驚きというか感心?なんでだよ。普通は腰抜かして失神しても良いレベルだと思うんだけど?

 特に、触手を蠢かせる眼球を前にして、その落ち着きようはどうなの?てか、紹介した時点で突っ込むべきじゃない?人間にあるまじき特徴でしょうに。

 

 エマリオさんの器量がでかいのか、それとも感性がずれているのか………恐らくは後者であろう残念な思考に戦慄する私に、エマリオさんがキョロキョロと辺りを見ながら質問をしてきた。

 

「そういえば……あの黒くて大柄な御仁の姿が見えませんが?あの方は一体…………?」

 

「ああ、ザッドハークですか?ザッドハークなら………」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 とある歓楽街の路地裏にて…………。

 

【たまたま路地裏を通りかかったチンピラ視点】

 

「………なあ?俺、酔っ払ってんのかな?なんか、壁に黒くてでかい人型の何かがめり込んでいるように見えるんだが………」

 

「いや、俺にも見えてる。脛が曲がっちゃいけない方向に曲がり、何故か乳首の辺りをでかく丸く入念に焼かれた痕がある何かがめり込んでやがる」

 

「やっぱ見間違いじゃないかー…………。どうする?てか、何これ?」

 

「知らないし、どうしようもないだろう。多分、現代アート的な何かだろう。触らぬ神に祟りなし。見なかったことにしよう」

 

「斬新なアートだなぁ………。まあ、その意見には賛成だ。とっとと離れよう」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「ちょっと別行動をしていますが、多分そのうち勝手に合流してくるでしょう」

 

「そうですか。あの方も大分お強いようですから、今回の依頼に参加して頂ければ心強いですから」

 

 ホッホッホッと髭をいじりますながら笑うエマリオさんを見て苦笑いする。

 

 まあ、人格云々除いて戦力的に見れば、確かに申し分ないからね。奴は。

 

 しかし、今回は流石に戻ってくるのは遅いだろうなぁ。執拗に脛を蹴って、膝下に間接を一つ増やしてやったし、腹に据えかねたハンナが入念に乳首周りを焼いてたしね。ダメージ量は相当だろう。

 乳輪でかいのを余程気にしていたと見える。

 

 チラリとハンナを見れば、お茶を飲んでいたハンナがジト目で見返してくる。

 まだ目に冷たさはあるが、朝よりかは大分弛んだような気がする。

 朝が絶対零度の視線なら、今は氷点下といったところかな。冷たいことには変わりないけど………。

 

 まあ、ザッドハークをいたぶって、多少は溜飲を下げてくれたようだ。うん。

 ありがとうザッドハーク。多少は役立ってくれたよ。娼館で湯水の如く金を使ったことは許さないけど。

 

 目を瞑って今は壁にめり込んでいるであろうザッドハークにほんの少し……小指の爪先程度の感謝をおくった。

 

 

 

 

 

 

「さて……では、黒い御仁はおりませぬが、依頼についてお話させていただきます」

 

 改めて仕事モードとなったエマリオさん。

 彼は真剣な表情で私達を見つめながら、淡々とした口調で話し出した。

 

「最初に申しておきますが、これは国の命運をも左右する依頼であり、それゆえの破格の成功報酬となっております」

 

「国の?!」

 

 私の驚愕の叫びにエマリオさんは無言で頷く。

 

 成功報酬が破格だし、普通の依頼だとは思ってはいなかった。けど、まさか……いきなり国の命運を左右するほどのものと言われるとは…………。


「え、えっと……そ、そんな責任重い依頼を私達にしちゃっていいんですか?自分で言うのもなんですが、私ら階級は『路傍の石級』で、駆け出しもいいとこなんですが………」

 

 色々と濃くて辛い依頼はこなしてきたが、それでも私達はまだ駆け出し冒険者だ。

 そんな私らに国の命運を握るような依頼を託してもよろしいものなのか?

 

 そんな疑問をエマリオに尋ねるも、彼は私を見ながら微笑んだ。

 

「それは大丈夫です。私はこれでも商人の端くれ。鑑識眼にはそれなりの自負があります。その私の目から見れば、カオリ様達が只者でないことは分かります。恐らくは、最高位冒険者にひけをとらない……いや、圧倒する程の実力があると睨んでおります」

 

 胸を張り、自信ありげにそう言ってくるエマリオさん。

 

 いや、まあ………そこまでよいしょされると悪い気はしないけど、期待が重たいなぁ………。

 私はともかく、間違いなくザッドハークとゴアは只者ではないからね。

 鑑識眼云々抜かして、見た目からして普通じゃないしね。

 

 えっ、私?私は普通の女の子ですが?

 

 しかし………期待は重いけど、ここまでされたら応えない訳にもいかないか…………。

 てか、ここに来た時点で依頼を受けると言ったようなもんだし。

 

「まあ……色々と意見はあるけどもいいです。話を続けてください」

 

「それでは。まず、今回の依頼を受けて頂くにあたり、依頼が出された経緯や理由を説明させていただきます」

 

 エマリオさんはそう言うと、今回の依頼が出された経緯を話し始めた…………。

 

「今回の依頼は私共が商人らが所属する組織。商人ギルドのギルド長からきたものです」

 

「商人ギルド?」

 

「ご存知なかったですか?では、簡単に説明しますと、商人ギルドとは読んで字の如く商人が所属するギルドで、数多く存在する国の商会や商人を管理すると共に、商人同士の仲介や情報交換。金利や人員の貸し出しといった様々な援助等を行ってくれる……冒険者ギルドの商人版といったところですね」

 

「違法な物色の取引の阻止などといった様々なことを目的に、商人ギルドは冒険者ギルドと違って登録は任意じゃなくて義務になってるけどね。登録しなきゃ、あこぎな商売をしてる裏商会と疑われ、他の商会や衛兵さん達から目をつけられるわ」

 

 エマリオさんの説明に、ス・ピーチさんが続けて捕捉説明をしてくれた。

 

 成る程ねえ。要はいっぱいある商会を取りまとめて、様々なサービスやらをしてくれる組織ってことね。多分。

 

 取り敢えず、分かったように頷くと、エマリオさんはにっこりと微笑みながら説明を続けた。

 

「それでは本題に戻りますが、その商会ギルドのトップ。ギルド長のオレハ=エライ=ンダー様という方から、内密な話があると先日呼び出されたのです」

 

「なんて偉そうな名前なの…………」

 

「実際偉いですからね。性格は凄く腰が低く、部下やペットにすら敬語を使う温厚なおじいちゃんで、もっとーは『皆仲良く平等に』です」

 

「名前負け過ぎませんか?」

 

 名前からして、自身の立場や役職を笠に着るタイプかと思えば、ただの人の良いおじいちゃんじゃないか。いや、ある意味大丈夫なの?そのギルド?

 

 私のそんな心配をよそに、エマリオさんの説明は続く。

 

「そのギルド長に呼び出された私は、彼から相談を受けました。これからする話は、とある、さる尊い方……つまりは王から受けた直々の依頼であると」

 

「王の…………」

 

 エマリオさんから語られた『王』からの依頼という言葉に、私は息を飲むと同時に思い出す。

 

 王…………。

 そう、あの日。

 私が異世界に訪れ、初めて出合った人物だ。

 この国を統治する、アンデル王国の王様。

 

 思い出されるのは、ぽっちゃりして頼りなく、それでいて実際頼りない姿。

 私に脛を蹴られて涙や鼻水を流して転げまわり、目に唾を吐きかければ絶叫を上げていた。

 鑑定で見た能力値やスキルは本当に王なのかと疑う程に弱く、強いのは性欲だけ。

 最終的に、ザッドハークによって何かバグったあの王様。

 確か………アンデルナンチャラ国王。

 あの人か。あれが大元の依頼人なのか。

 

「おや?王の依頼と聞いても動揺がありませんな?むしろ、落ち着いた雰囲気になったような………」

 

「いえ、動揺する必要はないと」

 

「普通は王の依頼と聞けば、そこにいる方のように誰もが竦み上がったり、緊張したりする筈なのですが………。フフッ……流石は私が見込んだ冒険者ですね…………」

 

 ジャンクさんを見ながら、何やら意味深に笑うエマリオさん。

 見れば、ジャンクさんは王様と聞いたせいか顔色が青くなっていた。

 

 まあ、王様と聞けば普通はこうなるだろうね。

 だけど、あの王様の本質を知っている身としては、緊張のしようがないんだよねぇ…………。

 

 当初の王様の情けない姿を思い出して苦笑いしていると、説明していたエマリオさんの口調が重苦しいものとなった。

 

「それでですが、実はその王は今、重い病にかかられてしまったらしいのです」

 

「病?!」

 

 病と聞いて、正直ドキリとした。

 だって、心当りがありすぎるからだ。

 

 えっと………も、もしかして、ザッドハークが洗脳をしたことによるバグったことかな?

 なんか言葉がおかしくなっていたというか、ゴア並みに意味不明になっていたというか…………。

 あ、あれ?もしかしなくとも、ザッドハークが原因なのでは?

 

「おや?どうなされました?なにやら尋常じゃない量の汗をかいておりますが?」

 

「いえ………汗をかきたい年頃でして………」

 

「左様でしたか。フフッ………流石はカオリ様ですな」

 

 ダラダラと流れ出る汗ごまかす為にとっさについた嘘だったのだが、何とか納得してくれたようだ。

 だが、自分で言っていて何だが、何が『流石』なのだろうか。汗をかきたい年頃なんて、一生あるわけないだろうが。せいぜいサウナに入った時ぐらいだわ。

 

「それで王の病は深刻で、王家御用達の医者でも匙を投げる程であると…………」

 

「フ、フホーン?ソ、ソンナニヒドインダー?ア、アノ、グタイテキニハ、ドンナショウジョウデ?コ、コトバガイミフメイトカ?」

 

 医者が匙を投げる程と聞き、更に心臓の鼓動が早くなる。

 自分自身に落ち着くように語りかけながら、恐る恐ると症状について聞いた。

 

 落ち着け。落ち着くのよ香。まだ、ザッドハークが原因と決まった訳じゃない。

 希望を………希望を抱くのよ。

 

「話し方が片言になっておりますが、いかがしました?まあ、気にはしませんが…………症状ですか。特に言葉が意味不明とかはないようですね。確かに最近はよく分からない言語を話すようですが、元々よく分からない事を話す方なので特に問題はないと聞いてます」

 

「よっしゃぁぁぁ!!」

 

 よし!セーフゥゥゥ!!私の………ザッドハークが原因じゃないわぁぁ!!ありがとう神様!!

 

 エマリオさんの発言を聞き、予想が外れたことにあまりの喜びを感じてしまい、ついつい拳を掲げながらソファーから飛び上がってしまった。

 そんな私を、対面に座るエマリオさんやス・ピーチさん。隣のゴア達までもが、驚きに目を丸くしてこちらを見ていた。

 

「あっ………なんでもないっす………」

 

 皆の視線を受けて急に恥ずかしくなり、そそくさとソファーへ座りなおす。

 が、そのまま見えないように拳をギュッと握った。

 

 よしっ!よしっよしっ!取り敢えず、言語については問題なし!!今回の王様の病とやらには関係なしの関与なし!!私達には責任なしっ!!

 よかったぁぁぁ!本当によかったぁぁぁ!

 病は王様がバグったことだと思って罪悪感を感じたけど、どうやら違うようだぁぁ!!よかったよぉぉぉぉ!!

 元々よく分からないことを話す王様に助けられたわ!!いや、正直それも王様としてどうかとは思うけど、マジで助かったわ!!

 

 自分には責任がないことに安堵の息を吐く。

 すると、目を丸くしていたエマリオさんがニヤリと笑顔となった。

 

「いやはや………なにやら昂っておられる様子。いやはや、何とも頼もしい」

 

「この際、もうそれでいいです」

 

 訂正するのも面倒だし、エマリオさんの好きに誤解させておこう。

 

 隣のハンナやジャンクさんが『絶対違う。なんかしやがったなコイツ』みたいな目で見てくるが無視だ、無視。

 

 ジャンクさん達を無視し、なにやら頷いているエマリオさんへと目を向ける。

 エマリオさんはこちらの視線に気づくと、王様の症状についての続きを話始めた。

 

「それで症状なのですが……まず、元気がなくなってしまったと」

 

「元気がない………病気になれば元気がなくなるのは当然ですけど、それほど重症なのですか?」

 

「はい。どうやらたつこともできず、常に力なく伏せているとのこと。更には反応も鈍くなりつつあり、最近では外部からの刺激に対して何も感じなくなってしまったようです」

 

「立つことすらできない…………」

 

 一瞬、寝たきりの姿の王様が脳裏をよぎる。

 

 うわぁ………それって結構ヤバいんじゃないかなぁ?病気のことは詳しくないけど、立つこともできず、刺激にも反応しないってのはね…………。

 最後に見た時は結構元気そうだったし、歳もそれほど老いては見えなかったけど………。

 

「気力はあるらしいのですがどうしても身体がついていかぬとのこと。王妃様が懸命に世話をしても快復の兆しはなく、日に日に弱々しくなっているとのこと。医者も原因が分からず、どうしようもないと……」

 

「それは…………」

 

 気力はある………か。

 それはまた辛い………。

 気持ちは動きたいのに、身体が自由に動かないというのは辛いし、それ以上に悔しいだろうなぁ。

 しかも日に日に弱っていくというのは何とも残酷だ。意識がハッキリとしているというのに、身体が衰弱していくのを受け入れるしかないとか………最悪以外のなにものでもない。

 

 うーん………王様とは正直仲が良いとは言えないが、それでも知らない仲ではない。なんとかしてやりたいと思う。

 けど、一般人の私が病気の治療法なんて知るわけないし、そもそも何の病気かなんて特定できないしなあ………。

 

 顎に手を当てて真剣に考えるも、良い考えなんて浮かぶはずもない。結局何も思い浮かばず、考えることを諦めた。

 

「はぁ………それは相当に辛いでしょうね……可哀想に………」 

 

「えぇ。王もですが、王妃様や側室の方々も非常にお辛いでしょうね……………」

 

「身内からすれば、色々と思うところはあるでしょう」

 

「はい。王妃様達一同は、懸命に奉仕をしているようですが反応はいまいちと…………。擦ったり、撫でたりした際に、時折ピクリとはするらしいですが、直ぐに力無く倒れてしまうらしく…………」

 

「それは、また………。気力があるだけに本人も相当に悔しいでしょうね」

 

「ええ。私も同じ病になったらと思えば、震えが止まりませんよ」

 

「それはそうでしょうね………。身体が動かないなんて、悪夢以外のなにものでもないですよ」

 

「はっ?えっ?いえ、王の身体は普通に動きますが?」

 

「……………えっ?」

 

 何を言っているんだとばかりにこちらを見てくるエマリオさん。

 

 えっ?どゆこと?身体が動く?あれ?だって立つことすらできず、反応も鈍くなっているとか言ってなかったけ?寝たきりじゃないの?

 

「えっ?あの………さっき立つこともできないとか言ってましたよね?」

 

「えぇ、言いましたよ」

 

「だったら、身体が動かないんじゃ………」

 

「いえいえ。身体自体は普通に動いてますよ。むしろ、健康と言える程に元気ですが?」

 

「はっ?」

 

 いや、待って。考えが追い付かない。

 病で元気が無いとか言っていたのに身体は元気?

 いや、何それ?どんな矛盾?全く意味がわからないんだけど?意味不明なんだけど?

 てっきり、病で床に伏したままの寝たきり状態で、身体が全く動かせない程に弱っている姿を想像してたんだけど、どうやら違うらしい………。

 

 えっ?どういうことなのよ!?なんか私が誤解しているってこと?この流れはそうだよね?

 あれ…………な、なんかひしひしと嫌な予感がするなぁ。

 確認はしたくない。したくはないけど………せなざるを得ないよね………これ。

 

「あ、あの…………確認したいんですけど、王様は病にかかっているんですよね?」

 

「えぇ。間違いなく病にかかってます」

 

「でも、身体は元気?」

 

「はい。動きまわってますね」

 

「あの……じゃあ、それは具体的にどこの病で?」

 

「どこのって……………それは…………」

 

 エマリオさんは不思議そうな顔をしながら、王様の病だという場所を自身の身体を使って指し示してくれた。

 

 そこは……………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここです。ここ。〇ンコですよ」

 

 男性の象徴がある股関部分であった。

 

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