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54話 人外?勇者 香

 

トゥルの歌(トゥルーザソング):S】

【デスロール:B】

【鉄鱗:D】

【噛み砕き:B】

【超免疫:D】

【アイアンテイル:E】

【毒の息:B】

【蜘蛛糸:C】

【火の息:E】

【威嚇:B】

【ドラゴンパンチ:E】

【鉄爪:C】

【クラブチョッパー:E】

【バブルシャワー:D】

【大甲殻:C】

【海老反り:C】

【超投擲:B】

【ゴリマックスパワー:A】

【ドラミング:B】

【木登り:C】

【スイーツスラヴァー:B】

【咆哮:A】

【溶解液:E】

【締め付ける:D】

【毒の牙:E】

【猪突猛進:A】

【デスタックル:A】

【鉄甲毛:D】

【超嗅覚:C】

【アイアンヘッド:A】

【ブラッディーファング:C】

【舌槍:B】

【擬態:E】

【鱗カッター:D】

【水鉄砲:C】

【水流操作:E】

【クレイジーホーン:D】

【急加速:C】

【ミルクマスター:C】

【狂化:S】

【脂肪の鎧:C】

【鎌鼬:D】

【超音波:D】

【羽ばたき:F】

【石化ノ魔眼:D】

【並列思考:E】


 


「で…………なんだ、このリストは?」


 俺は渡された紙に書かれているものを上から下まで目を通してから、ハンナへと目を向ける。


 なんだとは聞いたが、書かれているもの自体については察しがつく。

 恐らく魔物が持つスキルの一覧で、横のはスキルの高さを表すスキルレベルといったところか。

 いくつかのスキルは実際に魔物達が使用しているところ見たことがあるので、まず間違いないだろう。

 特にトゥルの歌(トゥルーザソング)については、精練直後の鉄並に激熱な話題なので間違いない。


 だが、様々な魔物のスキルが、なんの統一性もなく並んでいるのが意味不明だ。

 別に魔物の種類や属性別にならんでいる訳でもないようだが?


 このリストは一体何なんだ?これが嬢ちゃんの落ち込んでいるという、もう1つの理由ってんだからますます理解できない。


 怪訝な目でハンナを見ていると、ハンナは虚空を見つめながらホウとため息をついた。


『そのリストに書かれているものは、改めて確認された、ご主人様が習得しているスキルの一覧です』


 

「…………………………………………?」


 何を言っているのか分からなかった。

 俺を首を傾げ、キョトンとした表情でハンナの顔を見る。

 それから腕を組み、言われた内容についてたっぷり時間をかけて考えた後、意を決して再びリストについて聞いた。


「…………で、このリストは何なんだ?」


『ですから、それはご主人様………カオリ様が知らず知らずのうちに習得していたスキルの一覧になります。なんでも、暴食王(ベルゼブル)というスキルによる影響で覚えていたようです』


「WOW………聞き間違いじゃなかった………」


 俺の耳がおかしくなった故の聞き間違いかと思ったが、どうやらそうでないらしい。

 ハンナ曰く、これは魔物のスキルを記したリストではなく、突っ伏したまま微動だにしない嬢ちゃんの覚えているスキルらしい。


 成る程。これが嬢ちゃんの覚えているスキルの一覧か。


 俺はスキル一覧が書かれた紙をハンナへと返すと、腕組みしながら天井を仰ぎ見ながらフゥとため息を吐く。


「……………………ツッコミが追い付かねえ」


 聞き間違いの方が百倍マシな話だったわ。


『気持ちは察します』


 ついつい溢した言葉に、ハンナも遠い目をしながら頷き同意を示した。


『今朝がた、起き抜けにいきなり『ヤバいよ!?私、変なことになってる!』と涙ながらにすがり付かれ、これらのスキルを覚えていると言われたのです。最初は、とうとう頭までおかしくなったか、このボケは?………と思いましたが、どうやら事実らしいです』


「とことん毒吐くなぁ………。んで?なんで事実だと?」


『目の前で火の息を吐き、皮膚の一部を鱗やら甲羅に変化させてきました』


「嬢ちゃんの人間離れが著しすぎる」


 なんだよ火の息って?!なんだよ皮膚が鱗化って?!ただでさえ最強人間離れしてきてるっていうのに、更に輪をかけてるじゃねぇか?!


 マジで程々にしろよ?!


『本人も『私、人間である自信がなくなってきた』と、涙ながらに語ってましたしね』


「かける言葉が見つからねぇよ!!」


 いや、マジで何も言えねぇよ?!

 開いた口が塞がらねぇとはこのことだよ?!

 だって、口から火を吹いて、肌が鱗やら甲羅に変化できる人間を、自信を持って「君はれっきとした人間だ」だなんて言えないもの、俺!!

 むしろ、なんも知らなければ人間じゃない方に一票入れるわっ!?


 未だ机に突っ伏したまま身動ぎ一つしない当の本人に隠せぬ戦慄を感じつつ、同情……とは違う何とも言えない視線を向けた。


「いや……マジであれだな。何とも、どう対応したらいいものか…………」


『私的にはあまり関与しなくてもいいと思いますがね。この狂暴女のことですから、下手な対応すれば脛が破壊されかねませんから』


「マジで今日は辛辣だな…………」


 どう接すれば良いものかと頭を悩ませる俺に、ハンナが侮蔑を込めた眼差しで嬢ちゃんを睨む。


 やっべぇーな…………。

 マジで昨日の件が相当尾をひいてやがる。

 重さ的に、超重量級の尾だよ。

 これ、関係修復できんのかね?

 てか、俺もさっき下手な対応であんたに殺されかけたんだが?まあ…………いいけど。


 ちょろっと出かけた思いを飲み込み、ハンナの嬢ちゃんに対する絶対零度な対応に身震いしつつ、今後の彼女らの関係が大丈夫なのかと心配になる。


 そんな二人の心配をしていると、ハンナが嬢ちゃんから視線を外し、俺へと目を向けてきた。


『それでもほっとけないのであれば、お好きにどうぞ。まあ、選択肢は限られており、せいぜい『煽る』『見守る』『慰める』のいずれかぐらいしかないと思いますが』


「その中で『煽る』を選ぶ猛者がいるの?」


 なんか選択肢を3つ提示されたが、最初の1つ目を選ぶ奴はいねぇだろ!!

 それこそ下手どころか悪手な対応だろ?!

 まず間違いなく脛を破壊されるコースじゃねぇか!

 てか、普通の思考をしていたら、よっぽど恨みがねぇ限り煽るなんて選ばねぇわ!?選ぶ奴はよっぽどの勇者かアホだよ!!


 いや、間違いなくアホだわ。


『いますよ。ザッドハーク様が』


「アホが身近にいやがった?!」


 そうだ、いやがった!!奴ならやる!!奴ならば空気も読まず、後先考えず、呼吸をするかの如く自然と嬢ちゃんを煽りやがるわ!?

 煽っていることを煽りと認識せず、ごくごく普通の会話のように嬢ちゃんを怒らせる天才!!

 あの馬鹿、またやりやがったのか?!


 俺はザッドハーク(馬鹿)の学習能力の無さに頭を抱えた。


 そしてそこでフッと、あることに思い至り、抱えていた頭を上げてハンナを見る。


「…………そういや、ザッドハーク(馬鹿)の姿が見えないのはもしかしなくとも?」


 そう問いかけると、ハンナは遠い目をしながら、コクリと頷く。


『察しの通りかと。先程のリストをザッドハーク様に見せたところ………「クハハハハ!カオリよ、中々に人間離れしてきたな!!勇者ゆえに人間離れした強さは必須であろうが、文字通りの人間離れをするとは!!流石の我も予想外よ!!」と高笑いしながら煽った挙げ句、ご主人様の手によって制裁されました』


「あいつマジ、馬鹿…………」


 俺は再び頭を抱えた。


 あの野郎、一番嬢ちゃんが気にしてるところをピンポイントでクリティカルしやがった!

 あいつなんなの?煽りの神か何かか??なんで平気で踏み抜いちゃいけないところを踏み抜けるの?

 踏み抜くどころか、ステップ刻みながら踏んづけてるじゃねぇか!?


「あいつは本当………マジで馬鹿としか言い様がねぇ…………。これまでも散々煽って痛い目にあってるっていうのに…………」


『ですね。具体的にどんな目にあったかと言えば、ザッドハーク様が高笑いしながら煽った瞬間、ご主人様が【急加速】からの【猪突猛進】と【デスタックル】の合わせ技でザッドハーク様の胴体に突撃。そこから腰元に抱き付き、【ゴリマックスパワー】で強化した【締め付ける】で、鯖折りで背骨を破壊。そのまま【海老反り】を使ってザッドハーク様の頭を床に激しく打ち付けた後、全力の【ゴリマックスパワー】で顔面を掴み、【デスロール】の回転力で全身の骨を破壊。そこから【ゴリマックスパワー】で強化した腕力からの【超投擲】でザッドハーク様を投げ捨て、最終的には【ゴリマックスパワー】で強化した脚力からの【脛殺し】で止めを刺してました』


「嫌々しながらスキルを使いこなしてやがる?!そして【ゴリマックスパワー】が大活躍過ぎる?!」


 人外のスキルを覚えて落ち込んでいる癖に、そのスキルを使いこなしてやがるじゃねぇか?!

 ましてや、スキルの応用をしたり複合までしてやがる!?

 いや、悪いけど天才じゃねぇか?魔物のスキルの天才じゃねぇのか?!

 てか、何気に【ゴリマックスパワー】とかいうスキルを気に入ってねぇか?!めっちゃ併用してるじゃねぇか?!


「てか、だいたい何なんだよ【ゴリマックスパワー】って?!」


『なんかパワーがゴリラ並になるとか』


「まんまだった?!」


 読んで字の如きスキルかよ?

 いや、パワーがゴリラ並ってシンプルで地味だが普通に強力なスキルだな?!確か、ゴリラの握力って半端ねぇらしいから?!

 また嬢ちゃんの厄介さに拍車がかかってるじゃねぇか?!


『いやぁ………ほんの一瞬の出来事でしたが………あれは本当に凄かったですね。気付いたらザッドハーク様がズタボロでしたから』


「そりゃあゴリラ並のパワーでやられたらズタボロだろうね!?というか、そのズタボロになったザッドハークはどこにいったんだ?姿が見えないということは、録な目にあっていないと思うんだが…………?」


 キョロキョロと辺りを見回すも、ザッドハークの姿も死体も見当たらない。

 ただ、よくよく見れば、片付けてはいるが、ギルド内の壁や床に真新しいひび割れやへこみなどの破壊跡があるし、周りの冒険者達はこの席を………嬢ちゃん達を恐怖の籠った目で見ている。

 これはカオリが暴れた影響なのだろう。


 その場にいなくてよかったぁ…………。


 ギルド内に僅かに残る破壊跡やらに恐怖を抱きつつ、その時にいなくてよかったと安堵の息を吐いていると、ハンナがピッと人差し指を真上に向けて指差した。


『ザッドハーク様ならギルドの屋根の上にあるデカイ風見鶏に張り付けにされてます。ご主人様がズタボロになったザッドハーク様を片手に、【木登り】で器用に屋根まで上がってくくりつけてました。干して晒して悔い改めさせる………とか言ってましたが』


「ギルドの屋根に烏がたかっている理由が判明した?!」


 完全に屋根に干されたザッドハークの死臭を嗅ぎ付けてるじゃねぇか?!

 死肉を漁りにきてるじゃねぇかよ?!大丈夫なのかよ、あいつ?!


『まあ、放っておいても大丈夫でしょうね。お腹が空いたら勝手に下りてくるでしょうし』


「子供の家出かよ?!いや、確かに下りてきそうだが…………」


 まったく心配すらしてないハンナの物言いに思わずツッコンだが、確かに奴なら「クハハハ!腹が減ったわ」などと平気な顔で言いながら下りてきそうだ。

 これまでも何回か干されたりしていたが、翌日には何ともないような顔で普通に出てきてたしな。


 ハンナの言葉に俺も「まあ、そうか………… 」と納得し、机に突っ伏した。


 なんだか疲れたな…………。

 まだ今日は始まったばかりだってのに、精神的にめちゃくちゃ疲れたな…………。


「はあ…………。まあ、嬢ちゃんが魔物のスキル(内面的理由)金欠(外的理由)のダブルショックで落ち込んでるのは理解できたわ。同じことがあれば、俺も落ち込むしな」


『普通の人間だったら、下手したら首くくってもおかしくありませんもんね』


 遠回しに嬢ちゃんは普通じゃないとディスるハンナ。


 俺はそんなハンナの言葉に曖昧に笑うことしかできなかった。


「…………というか、普通に気になってるんだが、スキルが増えた理由は、嬢ちゃんのその暴食王(ベルゼブル)だっけ?確か、食べることで食べたものの特性を得られるっていう…………?」


『ええ。そうですね』


 コクリと頷くハンナ。

 俺は平然とした顔をするハンナを見ながら、恐る恐ると気になったことを聞いた。


「ということはだな………喰った………ってことだよな?それだけの魔物を?」


 これだけのスキルを覚えたということは、それに比例するだけの魔物を口にしたということになるんだが…………事実だとすれば、悪食にも程があるんじゃない?


 蜘蛛系の魔物は以前にザッドハークに騙されて食べたとか聞いていたが………。

 これ、リストから推測するに、ドラゴン系やらワニ系やらボア系の魔物を食べてるよね?

 果てはゴリマックスパワーって、ゴリラ系食べてるよね?類人系のやつ食べちゃってるよね?


『食べてますね。ほら、毎回食事をしていたところ。黄金の渡り鳥亭でしたっけ?あそこは使っている食材の八割は魔物の肉とかだったらしいから、必然的にスキルを覚えてしまったらしいですね』


「うわぁ。結構身近に元凶があった…………」


 そういや、あの店では魔物食材を普通に使っていたわ。

 ボアとか飛竜の料理がメニューにあったわ。

 そんな魔物食材が出る店で食事をしてれば、こんだけスキルを覚えるのも納得だわ…………。


「いや、ちょっと待って?!つーことは、あそこでゴリラ系の料理もあったわけ?俺、そんなん見たことないけど?!」


 飛竜の手羽先やボアの煮込みなんかメニューに見たことあるが、ゴリラの料理なんて見たことも聞いたこともないわ!!

 あったらあったで間違いなく印象に残っているはずだしな。


『あー………。確かにゴリラ系は直接的には出てきてませんが、あそこの甘味料。あれはスイーツゴリラという、甘い唾液を分泌するゴリラの唾を使っていたらしいですね。多分、それで覚えたんでしょうね。ご主人様が覚えた【甘い唾液(スイーツスラヴァー)】って、スイーツゴリラの固有スキルなんで間違いないでしょう』


「スキルを覚えて以上に衝撃の事実なんだが?!俺、もうあそこで甘いものが食えそうにねぇ!?」


 あの店、甘味料にゴリラの唾液なんか使ってたのかよ?!なんだよスイーツゴリラって?!俺でも初耳なんだけど?!そんな不思議生物いたのかよ?!


 思いがけない事実に衝撃を受ける。

 更に、以前にあそこで甘いものを食べたことを思いだし、吐き気が込み上げて口元を手で覆った。


 そんなえづいている俺を、ハンナはどこか不思議そうに見ていた。


『そこまで嫌悪感ありますかね?今の時代みたいに砂糖の生産が少なかった私の時代では、結構普通に流通してましたけどね?寧ろ、あれはあれで、慣れれば上品な甘さがありますし』


「甘さは上品でも、生産元が下品極まりないだろうが?!」


 口から分泌された唾液に上品も糞もないだろが?!


 そういや、この娘。結構昔の人だったね?

 今みたいに物流やら何やらが円滑だった時代の人じゃないし、食べものも豊富だったわけじゃないから好き嫌いとかの贅沢できないし、あまりこの手の嫌悪感は感じないのかもね?


 ハンナの食べものに対するハードルの低さに感心とも呆れともつかない思いを抱いていると、フッと頬に風を感じた。


 見れば、これまで机に突っ伏したまま動かなかった嬢ちゃんが、口元を手で抑えながら風の如き凄まじい速度でトイレに駆け込むところであった。


 そして次の瞬間には『ヴォエエ!!』という悪魔かアンデッドの呻き声のような、激しくえづく声がトイレから響いてきた。


「…………聞いてたんだな。ゴリラの唾液のこと」


『…………ざまぁ』


 ハンナは非常に満足そうな………愉悦に満ちた満面の笑みで、嬢ちゃんが駆け込んだトイレを眺めていた。


 


 


 


 


 

 ◇◇◇◇◇


「殺してやる………どいつもこいつも殺してやる」


「落ち着け嬢ちゃん。殺意を抑えろ。というか、それ勇者が絶対言っちゃ駄目なセリフだからな?」


 一通り吐き出してきたのか、げっそりとした様子でトイレから帰ってきた嬢ちゃんが、ゴアの触手でその背をさすられながら殺意と怨嗟に満ちた声を上げる。


 それを落ち着くように俺が嗜めるも、全く聞いてないだろうな。


 だって頬まで痩せこけているのに、目だけはギラギラと殺意に満ち溢れてやがるもの。ナイフみたいだもの。全く落ち着く様子がないもの。


 傍目から見ても、憎悪やら怒りに溢れてやがる。


 先程まで動く元気すらなかった嬢ちゃん。

 だが、色々と不幸が重なり過ぎ、周り回って喋るだけの元気は取り戻してくれた。


 元気はもどったが………やはりと言うか、悪い方向に元気を取り戻しやがった。

 これ、絶対ヤバいやつだろ?

 勇者とかの顔つきじゃないからね。

 後先考えず行動する、人生瀬戸際まで追い詰められた奴がする顔だからね。

 衝動的に人を刺すやつの目付きだ。


 俺はハラハラとした気持ちで嬢ちゃんの様子を見ているが、その嬢ちゃんの横ではハンナが心底楽しそうににニヤニヤと笑っている。


 ハンナ。頼むから今だけは自重してくれ。


「糞がぁ………あのトゥル農家のババアも、トゥルキングも、ザッドハークも、黄金の渡り鳥亭の奴等も皆殺しにしてやる………」


「百歩譲ってババアとザッドハークは分かるが、黄金の渡り鳥亭の従業員には他意はなかったんだ。気持ちは分かるがそこは外してやろうぜ?」


 ギリギリと歯を食い縛り、怨念の籠った声でババア達に対する殺意を露にする嬢ちゃん。


 このままでは黄金の渡り鳥亭の従業員に火の粉が降りかかりそうなので、それを何とか防ごうと声をかける。


 すると、嬢ちゃんがバッと素早く首を動かし、顔を俺に向けてきた。


「気持ちが分かる?分かるわけがないでしょうが?!なんか昨日の記憶がないと思えば、知らないうちに多額の賠償金を迫られ、自分を鑑定すればほぼ魔物化している事実を知り、挙げ句にはゴリラの唾液を喰わされていた……?!そんな……そんな不幸な女の気持ちが本当に分かると?!」


「悪りぃけど、さっきも似たようなやり取りやったからねぇぇ?!」


 殺意も丸出しに叫ぶ嬢ちゃんに、俺も泣きそうな声で叫び返した。


 いや、さっきのハンナと同じ流れになってからね?!

 口にはしないけど、お前らどんだけ人から同情されたくないんだよ?!

 無駄にプライド高過ぎだろうが?!

 てか、マジで似た者同士だよな、二人共!!


 同じような反応をする嬢ちゃんとハンナに憤りを感じていると、嬢ちゃんがキョトンとしたような顔をした。


「?………さっきも似たやり取り?」


「あ?あぁ。さっきもハンナを慰めて、同じように殺意をぶつけられたんだ…………」


 ゴリラの唾液は聞いていたのに、その前の俺とハンナのやり取りは耳に入っていなかったらしい。

 不思議そうな顔をする嬢ちゃんに説明をしながら顎でハンナをさした。


 すると、嬢ちゃんは恐る恐るといった様子でハンナの方へとゆっくり顔を向ける。

 それから氷のように冷たい瞳をしたハンナと目が合うと、軽く頭を下げた。


「あっ…………ども」


『チッ…………死ねばいいのに』


 会釈する嬢ちゃんに対し、ハンナは舌打ちしながら毒づく。


 うわぁ…………立場が上下逆転してるぅぅ。

 いつもだったらハンナの立場は弱いのに、今日に限っては逆転しとるぅぅ。


 嬢ちゃんは嬢ちゃんで流石にハンナに対して罪悪感を感じてるのか、いつもの勢いがなく、申し訳なさそうな顔をしている。

 そして、ハンナはハンナで嫌悪感も露に嬢ちゃんを無表情で睨み付けている…………。


 暫し、互いに見つめ合うだけの、何とも言えない無言の時間が続く。


 うわっ、空気わる!?

 早くここから立ち去りてぇ?!

 どっちか何か言えよ!?


 二人の間に漂う嫌な空気に顔をしかめ、なんで俺はここに入るのだろうと天井を仰ぎみる。


 せめて……せめて誰か仲介役がいれば………。

 この際、空気クラッシャーなザッドハークでもいれば、この不穏な空気をどうにかしてくれるのに。


 この時ばかりはあれ程馬鹿だ、阿保だと思っていたザッドハークの空気の読めなさと物怖じのしなさを羨ましく思えた。


 奴がこの場にいれば…………。


 そう願うも、今頃奴はいい感じで天日に干されていることだろうから、ここにはこれない。


 クソッ!誰か………この空気を何とかしてくれよ………。


 ハンナと嬢ちゃんが醸し出す空気に耐えきれず、そろそろ腹痛を装って退出しようかと思った頃、これまで黙って事の様子を伺っていた奴が動き出した。


『n二taり65ま共cc31迄』


 ゴアである。


 これまで嬢ちゃんの背中を擦っていたゴアが、不穏な空気を断ち切るように、唐突に二人の間に入ってきたのだ。


「ゴ、ゴア?」


『な、なんですか一体?』


 唐突に間に入ってきたゴアに戸惑う二人。

 しかしゴアは全く物怖じすることなく、そのデカイ眼球で二人を交互にギョロリと見た。


『xk5仲h2uuはa善bfたっn002なh億くよfi5rNT7可否。無eqqクックhhhq51年やaA87餓ゅばkr5さfuvvv32h5214な金q!!狼kk42っLn様平ょn3201aは麗やeRk!!』


 ゴアは二人にそう語りかけると、その二本の左右の触手で二人の手を掴む。

 そして、そのまま触手を動かして互いの手を近づけさせ、自分の眼球の前で二人の手を握らせた。


『n5まdE52仲t452でkad崙』


「ゴア…………」


『ゴア…………』


 握手をした嬢ちゃんとハンナを見たゴアは、満足そうに眼球だけで笑ってみせた。


 そんなゴアの左右にいる嬢ちゃん達は暫し戸惑った表情で互いに見つめあっていたが、どちらともなくクスリと笑ってから二人して俺へと視線を向けた。


 俺は二人の視線を受けて厳かに頷く。

 この時ばかりは、二人の気持ちを察っすることができたからだ。


 


 


 


 


 何言ってるか分かんねぇ…………。


 多分、雰囲気的に何か良いこと言って二人の仲をとりもとうとしたんだろう。

 だが悪い。何を言ってんのか全く理解できねぇ。

 通訳のザッドハークがいなきゃ、言葉の意味すら分からねぇ。


 それは嬢ちゃんら二人も同じく、何を言われてるのか分からないまま手を握らされ、どうしていいのか分からないのだろう。

 取り敢えず、曖昧な笑みを浮かべ、近くにいた俺に助けを求めてきたのだ。


 二人共………悪い。俺にはどうすることもできねぇ。

 だからそんな助けを見る目で俺を見んな。

 俺には何もできねぇ。

 こっち見んな。


 俺にできる最善の策は、顔を二人から背け、目を合わせないようにすることだけだった。


 満足そうなゴア。

 曖昧な笑みを浮かべる嬢ちゃん。

 頬をひくつかせるハンナ。

 そして目を背ける俺。


 より一層訳の分からなさが増した、なんとも混沌(カオス)な場の雰囲気に息が詰まる。


 いつまでもこの雰囲気が続くのではないか?


 そんな嫌な予感が頭を掠めた瞬間、意外なところから助けがやってきた。



「カオリさん!カオリさーん!!」


 嬢ちゃんの名前を呼びながら果敢にこの場に飛び込んできたのはギルドの受付嬢のニーナだった。


 ニーナは何やら依頼が書かれ紙を手に、慌てた様子で嬢ちゃんの元へと走ってきた。


 ニーナという外部の刺激がやってきたことで場の空気が若干和らぐ。

 ハッと我に返ったのか、嬢ちゃんとハンナはどちらともなく素早く手を離し、こちらにやってくるニーナへと目を向けた。


 手を離したことにゴアがなんだか不服そうな雰囲気を一瞬出したが、皆がわざと気づかないふりをした。


 誰もがあの空気には二度と戻りたくなかったのだ。


 やがて俺達の席へとやって来たニーナ。

 そんな慌てた様子のニーナに、嬢ちゃんが怪訝そうな顔で何事かと尋ねた。


「どうしましたニーナさん、そんなに慌てて?賠償金の件ですか?それならもう払いましたよ」


「賠償金のことじゃないですよ。それよりも良い話ですよ!」


「いや、金貨五千枚払う話に比べれば、大概の不幸話でさえ良い話になると思うが…………」


「もう!そんか不幸話じゃないですよ!とにかく、これを見てください!」


 そう言うと、ニーナは手にした紙をテーブルへと置いた。


 その置かれた紙を俺達は覗き込み、中身を読もうとした。

 が、それより先にニーナが心底驚いたという様子で叫んだ。








「なんとなんと、カオリさん宛ての指名依頼ですよ!!指名依頼!!それも………成功報酬金貨二千枚という大金の!!」

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