表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/155

53話 金欠勇者 香

 

 よう、突然だがオレの名はジャンク。

 アンデル王国の冒険者ギルドに所属する、しがない中年冒険者の一人さ。

 ランクは『燻し銀級』で、上から数えて四番目。

 中堅クラスってやつだな。

 これより上のランクになるとなれば化け物じみた強さや特殊なスキルを持つことが必要となってくる。

 だもんで、特に特出した力もスキルもない俺の実力だったら、ここらが限界だろうな。


 まあ、俺は今のランクで満足してるがな。

 上のランクの依頼となれば報酬も多額だが、命の危険が常に付きまとう。そんな危険に身を投じるくらいなら、ここらで気楽に金を稼ぐ方が性にあってるわ。


 無駄に年は喰ってねぇから経験は豊富だし、自分でも結構要領はいい方だ。

 燻し銀級ランク程度の依頼だったら、特に何の問題もなくこなすことができるんでな。


 そんな俺は基本はソロで冒険者活動をしている。

 なんでソロかって?

 俺はあんま人と群れるってのが性にあってなくてな。だから一人で活動する方が気楽でいいんだよ。


 断じて友達がいないとか、ロリコン拗らせて人から避けられてるという事実はない。本当に。


 さて……そんな寂し………ゴホン!!気楽に活動している俺だが、最近は変な奴らと一緒に行動していることが多い。


 そいつらとの出会いは今でも鮮明に思い出される。


 あの日………いつも通り酒場で酒を飲みながらマインちゃんを視姦………眺めていたら、そいつらが俺に声をかけてきたんだ。

 どうやらアドバイザーとして色々と聞きたくて声をかけてきたらしいが…………正直、あの時は死を覚悟したぜ…………ハハハ。


 そんで、最初の依頼を手伝ってから、どういう訳か、それ以来そいつらと行動することが多くなったんだよなぁ…………。


 まあ、半ば拉致みたいな形が多いんだが………。

 慣れたから、もういいがな…………。

 つい昨日も、ただのトゥルの実の収穫依頼の手伝いのつもりでついってたら酷い目にあったしな………。


 奴らマジで規格外だわ…………。


 えっ?死を覚悟しただの拉致だのと言ってる意味が分からない?そいつらはどんな奴らかって?

 あー…………そうだよな。気にはなるか。

 まあ………一言で言うなら………『規格外』?

 なんか真っ黒な鎧着てる魔王みたいな奴と、宙に浮く巨大な眼球と、嬉々として人の脛を蹴ってくる自称乙女の悪魔騎士………かな?


 特に、この中ではカオリがやべぇ。

 見た目は肩までかかる茶髪をした十代の普通の女なんだが中身がやべぇ。

 魔王みたいな姿と力をしたザッドハークでさえ頭が上がらない程の狂暴性と意外性を備えた女傑だ。

 下手に怒らすことなんでできねぇ危ない奴なんだ。


 昨日のトゥルの実の収穫依頼の際なんだが、その実が成ってるのは化け物みたいに滅茶苦茶強い人型の木だったんだ。

 俺なんか一方的にボコられたんだが、嬢ちゃんは奴らの軍勢を圧倒しやがった。

 更には、突如として現れたトゥルの木の親玉をもぶっ倒してしまったからな。とんでもねぇ。


 こんな危ねぇ奴らに初見で声をかけられりゃ、誰だって死を覚悟してもおかしくねぇだろ?


 んっ?何を言ってるか分からないって?

 ハハハ………俺も分からねぇ。

 自分でも頭がおかしくなったのかと思うぜ。


 だが………事実なんだよな………マジで。

 よっぽど頭がおかしくなってた方がマシだったかもしれねぇ…………。


 まあ………それはもう諦めよう。


 気を取り直して…………。

 さて、そんな冒険者の俺は朝早くから、今日も今日とて冒険者ギルドに向かっている。

 俺みたいな中堅冒険者はほぼ毎日勤勉に働かなければ、安定した収入がないんでね。

 特に、最近はマインちゃんに食事を奢る金額が半端ないから尚更頑張らなきゃならねぇ。

 あの娘………あのロリ体型で、どこに入ってんだってくらい食べるからな…………。

 まあ、多少は金はかかるが、あの幸せそうな雰囲気とモグモグと一生懸命に食べる顔を見れるなら幸せだから問題ない。


 例え俺の食事が三食薬草だけになろうと問題はないのだよ。


 幼女の笑顔は最大の調味料…………てね。


 さてさて……今日はどんな依頼を受けようかね?

 討伐か採取か………はたまた奴らの依頼に巻き込まれるのか。

 まあ、なんだかんだで巻き込まれても問題はないんだがね。

 奴ら、やってることはハチャメチャなんだが金払いはいいんだ。

 ちゃんとアドバイス料やら何やらもくれるし、依頼の分配も多目にしてくれるしな。

 むしろ、リスクやら何やらさえ考えなければ、あいつらと一緒に行動した方が収入は多いんだよな。

 奴ら王様からかなり踏んだ食ったらしく、金には困っていないどころかかなり余裕があるようだしな。

 冒険者やってんのも、狂暴おん………カオリに経験を積ませるのが目的なようだしな。


 まあ、カオリ様々ってやつかな。


 まあ、その分、肉体的・精神的ダメージが半端ねぇが…………。


 おっと。なんかんだでギルドが見えてきたな。

 石作りでできた、この辺りで一番大きな建物『冒険者ギルド』。俺の職場だ。


 さて……今日も頑張り………んっ?なんだ?

 なんか妙にカラスが多いな?ギルドの屋根にやたらと集っているが…………なんかの死骸でもあんのかね?


 まったく、朝から気味の悪いもんを見たわ。


 ちょっと憂鬱になっちまったが…………まっ、マインちゃんの顔を見れば元気がでるんだがね。


  早くマインちゃんの顔を見よう………そう思いながら意気揚々とギルドの扉を開けた。


 


 


 


 


 出鼻をくじかれる………ってのはこういうことなんだろうな。


 ギルドの扉を開けて早速マインちゃんの顔を拝もうとしたんだが、それより先に厄介なもんが目に入ってきやがった。


 ギルドの入り口付近にある酒場のテーブル。

 そこに厄介な奴らが三人座っていやがった。


 一人は先に話した要注意人物の女冒険者のカオリ。

 こいつは何故か、頭が沈むんじゃないかと思う勢いでテーブルに突っ伏していやがる。

 心なしか何かどんよりとした暗いオーラが見えるんだが……何があったんだ………?


 そしてその隣では心配そうにカオリの背を触手でさする巨大眼球のゴア。

 俺は慣れたから心配そう……と理解できるが、他の知らない奴らが見たら少女を補食しようとする悪魔の権現にしか見えねぇな。

 まあ、俺以外の大概の奴らはザッドハークの洗脳とゴアの幻術で奴が美少女の姿に見えてるらしいから違和感は感じないんだろうが…………。


 そして最後の一人が短めの銀髪に、青白い肌と赤い瞳が特徴の、人間離れした美しさを持つ少女ハンナ。

 見た目は華奢な美少女だが、中身は千の魔法を操る不死者の王とも呼ばれるリッチという危険な魔物だ。

 とある遺跡でカオリが屈服させ、以来カオリの仲間?手下?舎弟?………まあ、カオリの下で動いているん…………だが。

 そのハンナはお茶の飲みつつ、無表情かつ射殺さんばかりの冷たく鋭利な瞳で突っ伏すカオリを睨んでいた。


 ………やっぱ昨日のことを根に持ってるよなぁ。


 なんせ、カオリの嬢ちゃん…………ハンナを餌にトゥルキングに不意討ちしたんだもんなぁ。

 それに巻き込まれて、ハンナもカオリの攻撃の被害を受けたからなぁ…………そりゃあ怒るわなぁ。


 しかも、今は元通りだが、助け出されたときはマジでバラバラのグチャグチャだったしたな………。


 よくあそこから再生できたわな。

 流石は不死者の王リッチってやつだな。


 さて………昨日の今日で、そんな個性的過ぎる三人がテーブルを囲んでいるんだが………無視する訳にもいかねぇよな………。


 てか、ハンナとゴアとがっつり目が合っちまったし…………。


 はぁ………仕方ねぇ。


 俺は一番天を仰ぎ見てから盛大にため息を吐き、ゆっくりした歩みでカオリ達の席へと近づいた。


「よう、おはようさん。昨日ぶりだな」


『………おはようございます』


『oは4u五座iま酢』


「……………………よう」


 俺が手を上げて挨拶をすると、ハンナは冷たい態度で。ゴアは頭にキンキンと響く謎の念話で。カオリに至っては、蚊の泣くような力のない声で挨拶を返してきた。


 なんて朝の爽やかさの欠片もないやつ等だ。


 何とも朝の清々しさの欠片もない三人組に嘆息しつつ、チラリと項垂れるカオリを見てからハンナへと問いかけた。


「おう。あー…………ところで。その………嬢ちゃんが何でそんなんなってんのか………一応は聞いた方がいいよな?昨日の何か凄い力の影響でも残ってるのか?」


『いえ。その何か凄い力の影響は一晩寝たら治ったそうで関係ありません。これは幸いにも色々と不幸が重なり、絶賛落ち込み中なのです。ざまぁみやがれ。ハッ!!』


 俺の問いかけに、ハンナは吐き捨てるように言い放ってきた。


 いや、幸いにも不幸ってなんだよ?そんな矛盾した言葉初めて聞いたぞ?!


 喜んでんのか?何があったか知らないが、嬢ちゃんに降り注いだ何らかの不幸を喜んでやがる?!


 てか、これ完全に尾を引いてるわ。先日の囮にされた挙げ句に潰されたの根に持っとるわ。

 嬢ちゃんを見る目が完全にゴミか虫を見る目だからね?瞳の奥に復讐の炎がちらついてるからね?


 いや………まあ、あんなんされて恨まない訳ないわけはないし、気持ちは分かるが…………。


「いや……あの、もうちょっと具体的に教えてくれないか?何があってこうなったか………とか?気持ちは分かるが、さっきのじゃ恨みの度合いしか分からなかったからさ?」


 なんとなしに同情を込めた気持ちでそう呟いた瞬間…………とてつもない殺気が俺を襲った。


 殺気の発生源を見れば、ハンナが憎悪に満ちた目で俺を睨んでいた。


『ほう………気持ちが分かる?私の恨みの度合いが分かると?!本当に分かるのか?!乙女の純情を弄ばされ!囮にされ!辱しめを受けた挙げ句、潰されてミートソースみたいなグチャグチャ状態にされた私の気持ちが?!本当に理解できるのかっ!?』


 どうやらハンナの琴線に触れてしまったらしい。

 ハンナが何か黒いオーラを纏い、地の底から響くような怨嗟が籠ったドスの聞いた声を発してくる。


 その威圧感に、全身からブワッと冷や汗が吹き出た。


 やべぇ。普段の情けない姿から忘れかけていたが、こいつはこれでも強大な魔物のリッチだ。


 怒らせればマジでヤベェ。


 危機を察した俺は瞬時に椅子から飛び退く。そして流れるような動作で床へとへばりつき、見事なジャンピグ土下座をかました。


「すみません。俺如きじゃ理解できませんでした。うわべだけの言葉を言って申し訳ありません。マジスミマセン」


 マジぃ。思ったよりも根が深けぇ。

 軽々しく何も言えねぇ。


 いや、そりゃあ胸を揉みしだかれて、囮にされて、全裸にされて、挙げ句潰されてのミートソースは恨んでも仕方ねぇわな。


 いや、これ……かける言葉間違ったら即死亡コースじゃねぇか!?やっぱ声かけるんじゃなかった!?


 今更ながらの後悔を感じつつ、恥も外部もなく床に額を擦り付けて許しを乞うた。


 すると、ハンナから感じる威圧感がフッと止んだ。


『ま、いいでしょう。あなたのその情けなく無様な姿に免じて許してあげましょう』


 ハンナはフッと嘲笑するような笑みを溢しながらそう言うと、手にしたカップのお茶を啜りだした。


 どうやら、俺の土下座に満足したらしい。


 …………最近、色んな奴に散々な扱いを受けているからか、こちらが下手に出ると随分とご機嫌になるな。チョロ。


 まあ、なんとか怒りは納めてもらったようで何よりだわ。土下座くらいで機嫌が直るならば頭をさげるのも安いもんだぜ。


 マジで死ぬかと思ったしな…………。


 頭を上げて額についた埃と脂汗を腕で拭い、安堵のため息をついた。


 そして呼吸を整えたところで再度同じ質問をハンナへと投げかけた。


「あの……それで……結局何があったんですかい?」


 俺の土下座を見て溜飲が下がったのだろう。

 ハンナはチラリと横目で俺を見た後、『まあ、いいわ。隠すことでもないですし』と溢しながら、嬢ちゃんが落ち込んでいる理由を話しはじめた。


『事は先程………昨日色々と忙しくてできなかった依頼達成報告を受付でしたときにはじまります』


「ああ………昨日は嬢ちゃんは気絶してるわ、ゴアは幻覚を見てる冒険者のナンパに引っかかるわ、ザッドハークは『鬼のいぬ間に』とか言ってニーナと夜の街に消えるわ、あんたはバラ肉状態だったから依頼の報告どころじゃなかったしな………」


 昨日はギルドに帰ってからも散々だったしな。

 特にザッドハークが自由過ぎる。

 帰って早々、嬢ちゃんが気絶してるのをいいことに女遊びに興じるって………どんだけ盛ってんだよ?


 後で嬢ちゃんにチクってやるわ。


 そしてバラ肉状態だったとは言え、ハンナにも昨夜の状況は聞こえていたのだろう。

 仲間達のバラバラぶりに、なんだか疲れた顔をしている。バラ肉だけに。


 まあ、気苦労は察する。


 尚、そんなバラ肉状態のハンナを運んだのは俺だ。

 桶に入れてハンナを運んだのだが、蠢くバラ肉を前に正直何度か吐きそうになった。

 暫く肉は喰えそうにねぇわ…………。


 思い出して吐きそうになった口元を押さえていると、バラ肉………じゃなくハンナがため息をついた。


『えぇ………。あの時は何とかミートソースからバラ肉まで再生できましたが、まだ喋れる状態じゃありませんでしたから』


「いや、バラ肉が喋ったら間違いなくトラウマになるからね?」


 そして間違いなく吐いてる。

 手元の桶の中の蠢くバラ肉が喋りだしたら、奇声を上げながら投げ捨てて吐く自信がある。


 喋ってくれなくてありがとうハンナ。


『まぁ、そうですね。ああ、一応はお礼は言っておきます。バラ肉状態の私を桶で運んでいただきありがとうございます。あと、吐かないでくれてありがとうございます。何度か危うい場面があったので、吐いてきたらあなたもバラ肉にしてやろうか?………とか思ってたので大事にならなくてよかったです』


「吐きそうになってたのバレてた?!そしてなんて斬新かつ物騒なことを考えてたんだ?!』


 俺の手元で、なんてとんでもないことを考えてたんだ、このリッチは?!

 いや、やりかねない!?このリッチならやりかねない?!あ、危なかったぁぁ!?


 マジで吐かなくてよかったと、自分の忍耐力を誇りながら安堵していると、ハンナがコホンと咳をついた。


『話がズレましたね。それで昨日の依頼の達成報告をしたところ…………』


「ところ…………?」


『先方から、予想以上に良い働きだったとのことで、追加報酬を頂きました』


「なんだぁ?いい話じゃねぇか?なんでそれで落ち込んで…………」


『そして更に、賠償金として金貨五千枚を請求されました』


「いや、なんで?!」


 マジでなんで?!賠償金ってなんだよ?!

 なんでそんな大金を請求されてんだよ?!意味が分からねぇよ?!


 あまりにも意味不明な唐突な展開に、俺は開いた口が塞がらなかった。


 ハンナはそんな俺を見ながら平然とした顔でお茶を一口含むと、再び説明をはじめた。


『ほら。昨日、ご主人様が何か凄い力で強化した脛殺しでトゥルキングをぶっ飛ばして倒したじゃないですか?その際、一緒に農園を囲む壁を壊したじゃないですか。あれの賠償金ですよ』


「あー…………」


 そう言えば壊してた。

 トゥルキングをぶっ飛ばした印象が濃かったから忘れてたが、確かに壊してた。

 農園を囲む高くて丈夫そうな壁を粉々にしてたわな…………。


 そりゃあ、賠償金を払う必要はあるわ。


 だが…………。


「いや、確かに壊してたわ。粉々にしてたよ?賠償金を払う必要があるだろうよ。だけど、いくらなんでもその賠償金額はぼったくり過ぎじゃねぇか?たかが壁の修理費だけで金貨五千枚なんてするわけないだろう?」


 建造物を壊したとは言え、流石に壁の一つや二つで金貨五千枚は取りすぎだろう。


 あの農園のババア達はそんなに金がめつかったのかと、呆れていたが…………。


『なんでも、トゥル達が破壊できぬよう、オリハルコンの骨組みに、様々な特殊な鉱石やらを混ぜ合わせて造った壁材を使用した特注の壁らしいです』


「妥当な値段だった」


 ハンナの説明に、請求された金額に納得する。


 そりゃあ、オリハルコン製ならそれぐらいの金額がしてもおかしく…………。


 いや、てかっオリハルコンって……あの壁………そんな伝説的な金属でできてたのかよ?!

 剣にすりゃあ、ドラゴンの鱗さえもバターのように切り裂く伝説の金属オリハルコンでかよ?!


 なんてもったいねぇ?!


 あんな貴重な金属を壁の骨組みになんて………。

 いや……だが、逆に得心がいったかもしれねぇ。

 よくよく考えれば、あの化け物達を閉じ込める農園の壁が普通の石で出来てる筈がねぇわ。


 石製だったら、今頃普通に壊して脱走してる。


 あんな化け物共を囲むには、それぐらいの頑丈な材料じゃきゃ駄目だわな。うん。


 てか、これって遠回しに、嬢ちゃんの脛殺しの威力はオリハルコンをも破壊できるってことじゃ?


「あー………駄目だ………なんか頭の整理が追い付かねぇ」


 色々と疑問な浮かび過ぎて頭の整理がつかず、俺は両手で頭を抱えた。


 話の内容は正直馬鹿らしいのだが、ところどころのスケールがでかすぎて脳内での処理とツッコミが追い付かねえわ。


 俺は頭を抱えながら大きく息を吐く。

 頭を冷やす為に、近く通った酒場の給仕の姉ちゃんに水を一杯頼む。

 運ばれてきた水を受け取ると、一息で水を飲んでから再び大きく息を吐いた。


 うん。少しは落ち着いたな。


 水を飲んで少しだけ落ち着いた俺は、チラリと机に突っ伏す嬢ちゃんを見た。

 それから再び、我関せずといった平然とした様子でお茶を嗜むハンナへと視線を戻し、気になることを質問した。


「ふう………まあ、色々とツッコミどころはあるが、嬢ちゃんが落ち込んでいる理由は分かった………。んで、その………賠償金はどうするんだ?払うのか?てか、払えるのか?」


 幾らかは知らないが、嬢ちゃんらが王様から金を大分踏んだ食ったということは知っている。

 だが、流石に五千枚は大金だ。大金過ぎる。


 幾ら金に余裕があって、賠償金で請求されたからといって『はいそうですか………』と納得して渡せる額じゃねぇ。


 それに、この嬢ちゃんの性格から、そう易々と払うとは思え…………。


『払ってましたよ?速攻で』


「払ったのかよ?!」


 まさかの事後?既に支払い済みかよ?!

 動き早ぇな、おい。


「いや………もう支払い終わってたのかよ?しかも速攻って?この嬢ちゃんの性格から、もう少しごねるものかと思ったんだが…………」


『もちろんごねてましたよ?どうやら何か凄い力を得ていた時の記憶が無いらしく、『私は知らない!』って無様に騒いでましたし』


「記憶ないのかよ?」


『はい。トゥルキングとの決着あたりの記憶がごっそり無いそうです。ザッドハーク様曰く、何か凄い力の影響でぶっ飛んだんだろう………と』


「何か凄い力の影響が大分出てるじゃねぇか?!大丈夫なのか嬢ちゃんの頭は?いや、それよりも、よくそこから賠償金を払おうと思ったもんだな?」


 記憶が無いなら無いで尚更ごねそうなもんだが、嬢ちゃんはよく即決したもんだ。


『まあ、決め手は、あのお婆さんからの『賠償金チャラにする代わりに、孫の嫁に来い』っ条件ですかね?それを聞いた瞬間、迷いなく払ってました』


「とんでもねぇ条件つけられてやがった?!」


 あの婆さん………異常な程に、嬢ちゃんにぞっこんだとは思ってたが、まさか金を払う代わりに嫁に来いなんて言うとは………。


 どんだけ嬢ちゃんを後継者にしたいんだよ?

 これ、嬢ちゃんに支払い能力がなければ、トゥル農家の後継者間違いなしだったんじゃねぇか。


『そうですね。向こうはどうやら賠償金を払えるとは思っていなかったようで、ご主人様を嫁に貰う気満々だったようです。実際、既に受付までお孫さんの名前と拇印が押された婚約届けの書類を持ってきていましたし』


「気が早ぇぇ。そしてまさかの、既に孫は説得済み?」


 孫は家出したと聞いてたが、どうやら帰ってきたらしい。

 そして帰って早々に、見ず知らずの女性との婚姻を了承するとは…………。


 孫も孫だな。やはり、あの婆さんの孫だけあるみたいだな。


『みたいですね。何故かその書類には所々に血やら何かの液体が滲み、名前の字は随分と歪に乱れ、拇印に至っては指を切ってつけた血印でしたが』


「孫に何があった?!」


 前言撤回。

 孫に何があった?そして婆さん。孫に何をした?

 書類に血が滲んで書体が震え、血印が押されてるって普通じゃねえよな?!

 脅したのか?自分の孫を連れ戻して脅し、婚姻届けに判を押させたのか?!

 あの婆さんならやりかねねぇ!?どんだけ嬢ちゃんが欲しいんだよ?!


 ババアの嬢ちゃんに対する執着心に身震いしていると、ハンナがお茶の入ったカップを口元へと運びながら呟いた。


『まあ。賠償金をしっかり払ったので、その話もなくなりましたがね』


「で、一気にかなり大金がなくなって、こんな反応が無い程に落ち込んでるって訳か………』


 机に突っ伏す嬢ちゃんを見ながら落ち込んでいる理由を察して納得していると、対面に座るハンナはお茶を飲み終えたカップを皿の上にゆっくりと置いた。

 そして、憂鬱そうな顔で窓の外を眺めながら、ほうとため息を漏らした。


『はぁ………。マジで嫁に行けばよかったのになぁ。マジで笑ってやったのに。ハッ!!』


「今日は結構毒吐くなぁ。まあ、気持ちは分かるが………」


 儚そうな美少女の絵になる姿に一瞬見惚れたが、そんな姿とは裏腹に随分とゲスイことを考えていたようだ。


 どうやらハンナの理想としては、嬢ちゃんの嫁入りがご希望だったようで。


 いやぁ………囮にされた恨みは深いようで。

 今日はやたらと嬢ちゃんに遠慮することなく毒づいてるなぁ。

 まあ、嬢ちゃんが九割方悪いし、仕方がないと言えば仕方がないが……こうまで落ち込んでる嬢ちゃんを見ると、なんか死体蹴りを見ているようで、複雑な気持ちになるなぁ…………。


 このまま聞き流してもいいが、一応は嬢ちゃんが目の前にいるし、後々文句を言われても面倒だから形だけでもフォローしておくか。


「まあ、嫁入りがどうとかって話は流れたんだし、取り敢えずその話は終わりにしようぜ?それよりも、そんだけの金を払っちまったんじゃあ今後が大変じゃあないのか?嬢ちゃん達は生活とかは大丈夫なのかね?」


 ハンナの怒りの標的から嬢ちゃんから外そうと、話を変える意味で気になったことを何気なく聞いてみた。


 すると、ハンナはフゥとため息を吐きながら、再び憂鬱そうな顔で呟いた。


『まあ、そうですね。過去よりも未來をみましょうかね。何せ、残りの全財産が金貨五枚しかないらしいので』


「思ったよりも切羽詰まってやがる?!」


 何気に聞いたが、かなり追い込まれてやがる?!

 残りの財産が金貨五枚って、かなりやべぇだろうが?!俺でも、もうちょいはあるぞ?!


 思った以上に嬢ちゃん達がピンチだぞ?!というか、あいつら王様からぼったくって結構な大金を持ってたんじゃないのかよ?!賠償金を払ったとはいえ、そんなに減るもんかよ?!


「いや?!なんで残金がそんな少ないんだよ?!かなりの金を持ってたんじゃないのかよ?!」


 身を乗り出してハンナにそう聞くと、ハンナは淡々とした口調で話始めた。


『ありましたにはありましたが、高級な店で食事を食べ、ギルドの宿のVIPルームに泊まり、女遊びに高い酒を飲み、他にも色々と無駄な出費を連日連夜繰り返せばあるものも無くなりますよ』


「あいつら、とんでもなく無駄遣いしてやがった?!」


 まさかの事実に驚愕する。


 あいつら、マジでとんでもなく無駄なことに金を使ってやがるじゃねぇか?!散財し過ぎだろ?!馬鹿なのか?!


 いや………思い返せば心当たりはある。

 そういや、嬢ちゃんらはこの国でもかなりの高級店たる『黄金の渡り鳥亭』に足しげく通っているし、ギルドに併設された中々お高い宿に毎日泊まっていた。

 女遊びと酒については知らないが、恐らくザッドハーク辺りであろう。

 うぅむ……心当たりについてはかなりある。ありすぎる。

 そりゃあ、そんな生活してたるがら金もなくなるわっ!?


 俺は頭を抱え、余りにも自業自得過ぎる状況に深くため息をついた。

 そして、いまだに机に突っ伏して身動ぎ一つしない嬢ちゃんを横目で見た。


「なんだかあれだな………。嬢ちゃんがこんだけ落ち込んでいる理由を聞けば、ほとんど自業自得過ぎて何にも言葉が出ねぇわ………。つか、一応は嬢ちゃんは勇者って世界の希望なのに、俗物的過ぎるだろうがい」


 なんだかフォローしようとしたのも馬鹿らしい。

 要は、金が尽きちまったから落ち込んでるって訳かよ。


 そんな事を思いながら頭をボリボリとかいていると、ハンナが俺の前に一枚の紙が差し出してきた。


「?…………これは?」


 何やら文字が書かれた紙を一瞥してから、訝しむような声でハンナに聞いた。


『実は、落ち込んでいるのはお金のことだけじゃないんですよ。まあ、読んでみてください。ご主人様が落ち込んでいるもう1つの理由ですから』


「まだ何かあんのかよっ?!」


 落ち込んでいる理由が金の他にもあんのかよ?!


 これ以外に何があるんだと、俺は差し出された紙へと恐る恐ると目を通した…………。

 

ご意見・ご感想をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ