表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/155

50話 悪魔の果実の収穫 その8

更新が遅くなって申し訳ありません。

少しばかり仕事で立て込んでいました。

それでは、続きをお楽しみ下さい。

トゥルの歌(トゥルーザソング)!大気鳴動!」


 ブブブと細かな振動と音が自分の手から伝わると同時に、正面に向かってブワッと放射される。


 駄目元で何となく念じながら叫んでみたが、マジで手のひらからトゥルキングと同じ振動が発せられたよ?!

 マジで覚えてやがったよ、私!?

 ハンナの言葉を聞いて半信半疑だったけど、マジで覚えてやがった?!

 凄いぞ私!?ヤバイぞ私!?一体どこへ向かってんだよ私?!


 ちょっと泣きそうになりながらも、ハンナの言う通り、これでトゥルキングのスキルを相殺できるかもしれない。


 そう考え、トゥルキングを見れば………。


『な、何だと?!な、何故汝が我がトゥル族のスキルを使っているのだ?!』


 トゥルキングは驚愕と困惑を露に、狼狽した様子で私を見ていた。


 まあ、いきなり相手が自分と同じ技を使ってきたら、そりゃあビビるわ。つか怖い。

 私だって今の自分が怖いもの。

 手から振動って…………。


 つか、ハンナの言う通り、最近自分のステータスを確認してなかったわ。マジで見るの怖い。

 なんかとんでもないスキル覚えてそうで今から既に足が震えてる。

 暴食王(ベル=ゼブル)のスキルをマジで侮ってたわ。

 あれ、脛殺しと違って発動した自覚ないから怖いのよ。知らないうちに覚えてるし………。

 他のラノベや漫画でなら、こういったスキルでは『~を覚えました』みたいな脳内アナウンスがあるけど、私にはないから覚えたかなんて分からないのよね………。不親切極まりない。

 まあ、脳内で謎の声が響くというのも、それはそれで怖い。

 ラノベの中の住人は、そんなスキル習得やレベルアップの度に聞こえるアナウンスを『神の声』と称して受け入れてるけど、絶対おかしいからね。幻聴とかの可能性は考えないのかな?

 私だったら間違いなく耳鼻科か精神科に駆け込むわ。


 そもそも神の声、安売りし過ぎだろ?バーゲンセールか?


 おっと、思考が脱線した。

 まあ、色々とツッコミたいことや、叫びたいこともいっぱいあるが、今は取り敢えず現状を打破できるかもしれないことを喜ぼうか。

 確かにこの振動があれば、同じ振動のトゥルキングのスキルを無効化できるかもしれない!


 思考を無理矢理プラス方向に改め、ハンナへと顔を向けた。


「ハンナ!!本当に出たよ!これで………」


 顔をハンナへと向けると同時に、私の表情は凍りついた。


 ───────私はこの時、駄目元でスキルを発動したため完全に失念していた。


 このスキルの効果やら今の状況。


 それらを忘れ、ただただスキルだけを思いつきで発動していたのだ…………。


 何も考慮せずに発動した初めてのスキル。


 それがどんな悲劇を巻き起こすのか………私は何も理解していなかった。


 そう……特に自分の立ち位置(・・・・)や周囲の配置とかを、全く考えないで発動すればどうなるか?


 その結果は…………。


 


 


 


『アバババババババ?!?!』


 私の前にいたハンナが発動した大気鳴動のスキルを背後から受けて押し出され、自身の張った結界に大の字状態でベタッと張り付いていた。


「ハンナァァァァァァァァ?!?!」


 しまったぁぁぁ?!私の前でハンナが結界を張っていたのに、その背後からスキル発動しちまったぁぁ!?

 ハンナがなんかガラスに押し付けられたように、結界にベタッつて張り付いとるぅぅぅ?!

 女の子にあるまじき姿でカエルみたいに張り付いるんですけど?!


 グオオオ?!これヤバイ、ヤバイぞ?!

 全くハンナの事考えてなかった?!完全な真後ろから放った訳じゃないけど、放射線状に広く放たれるスキルだったようで、ハンナのいた位置も効果範囲だったみたいだぁぁ!?

 ハンナ、私のスキルによって自分の張った結界に押し潰され、酷いことになってるよぉぉぉ?!


『……………………』


 チラリと結界の向こうのトゥルキングを見れば、ひどく哀れむような雰囲気で私を見ていた。


 チクショウ?!敵にも哀れまれた?!いや、それよりも、これどうしよう?!ハンナ大丈夫なの、これ?!


「ハンナ!ハンナァァァ!?大丈夫?!無事?!」


 結界に張り付くハンナに声をかけると、ハンナは僅かに顔を横にずらして口をパクパクとさせた。


『こで………とめへぇ………トゥぶれる………トゥぶれたう………』


「ハンナァァァ!?」


 喘ぐようにパクパクと微かな声で助けを乞うハンナ。

 その姿に同情を禁じ得ないし、早く何とかして助けてやりたいと考える。


 だが、それができない重大な問題が一つあった。


 


 


 

「ちょ?!これ、どうやって止めるのぉぉ?!」


 スキルの止め方が分からなかった。


 何せ初めて使うし、具合がよく分からない。

 脛殺しなんかは一回使いきりだけど、こういう放射系?の止め方が分からない。

 いや、マジでどうやって止めんの?


 慌てながら何とか止めようとするも、全く振動波の放出は止まらない。

 現在進行形でブブブと無慈悲に振動波を放出し続ける。


 くっ?!なんなんだこの変わらない放出力は?!ダ〇ソンと対極かよ?!

 いや、そんな事考えてる場合じゃないよ?!早くしないとハンナが潰れる!?


『ごぶじんしゃま?!……ばやく………ばやきゅとめでぇ………とぅぶれる………』


 ハンナが先程よりも顔面を結界に押し付けながら喘ぎ、助けを求めてくる。


 あぁ………あんな涎やら鼻水まで垂れ流して。

 もう、女としての恥も外聞もない姿に……。


「ハ、ハンナァァァ?!くそっ?!ちょっとトゥルキング!?ボケッとしてないで止め方教えなさいよ!!ハンナが潰れる!!」


『いや、その前に何故我らのスキルを使えのだ?!そこから意味不明なのだが?!』


「トゥルの実喰ったら覚えた!!はい、これでいいでしょ?!早く止め方教えな!!ハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリー!!」


『益々理解できんわ?!』


「いいからさっさっと教えろやぁぁ!?」


 結界の向こうでトゥルキングが大気鳴動を放ちながら叫ぶが無視し、逆ギレしながら止め方を教えるよう急いた。


 トゥルキングは納得してない雰囲気をありありと出しながらも、こちらの凄みに負けたのか、スキルの止め方を不服そうに教えてくれた。


『むう……まあ、良い。大気鳴動の止め方は、別に特殊なことをする必要はない。ただ『止まれ』と意識しながら力を抜くだけよ。このスキルは己の意識次第で威力が変わる。故に、頭の中でスキルを切るように念じれば、自然と止まる。念じるのが苦手ならば、声に出しながら思い込むのも手の一つだ』


「マジで?サンキュー」


『軽いな?!』


 叫ぶトゥルキングを無視して礼だけ言うと、早速とばかりにスキルが止まるように頭の中で念じる。

 体から力を抜くイメージをし、スキルが止まっていく様子を意識する。

 集中していくとだんだんとスキルが止まるイメージが湧いてきた。


 よし…………これなら止められる!!


 そう思ったところで、更に念押しとばかりに、口に出して自身にスキルを止めるよう言い聞かせた。


「止まれぇぇぇぇ!!ハッ!!!」


 


 


 


 

 ブブブブブブ…………ブォォォォン!!


 結果、更に威力が増した大気鳴動が放たれた。


 先程よりも振動音やら放出力が明らかに上がっていた。同時に、ハンナの体が更に潰れていった。


『ブバアアアアアア?!』


「ハンナァァァ?!ちょ?!止まんないじゃん?!嘘ついたな、このホラ吹きマッチョめ?!」


『嘘はついとらんわぁぁ?!貴様が『ハッ!!』などと気合いを込めたが故に威力が上がったのであろう?!止めるのに逆に力んで気合いを込めるど阿呆がどこにおる?!』


 くっ………しまった。

 あまりにも集中し過ぎて力み過ぎた。

 意識しよう意識しようとしたせいで、無意識のうちに逆に力が入ってしまったようだ……。

 うん、そりゃあ脱力するのに『ハッ!!』なんて気合い出すやつはいないね……。


 そんな反省をしていると、唐突に『パァァン!』と弾けるような音が響いた。


 しまった?!遂に結界が破れた?それともハンナの体が弾け飛んだのか?!


 ちょっとスプラッターな光景を覚悟しつつ、恐る恐ると音のした方を見れば…………。


 弾けていた。


 いや、幸いハンナは無事だった。

 だが、ある意味無事とは言えない。


 なぜならば…………。


 結界に張り付くハンナの背面側。

 つまり、私の振動波を受けている背中側。

 そこの衣服や下着が弾け飛び、背中やらお尻やらが丸見えとなっていた。


「ハンナァァァァァァ?!」


 また脱げた?!ハンナが脱げたぁぁ?!

 振動波で服が弾け飛びやがったぁぁぁ?!

 何とか結界に張り付く前側は無事だけど、背中側は全滅だぁぁ!?

 なんか落ちぶれ金持ちの貧〇ちゃまみたいになってるぅぅ?!

 お尻が振動でプルプルと波打ってるよ?!

 スレンダース〇ン使ったみたいに波打ってるよ?!

 いや、これどうすりゃいいのよ?!見た目完全にヤバイんだけど?!卑猥さ半端ないけど?!


 い、いや、まだ全部脱げた訳じゃない。

 破れたのは背面だけ。前向きに考えれば一番大事な前側はまだ服で隠されているんだ。

 だから取り敢えず私側のスキルを止めてから回収し、急いで仰向けに寝かせて背中を隠せば大丈夫なはず!!一見すれば服を全て着ているように見えるはずだ!

 全ての服が弾けなかっただけよかったと………。


 パリィィィィン!!


 私がハンナの全裸丸見え阻止計画を頭の中で描いていると、ガラスが割れるような無情な音が鳴り響いた。


 見れば、私達を守っていた結界が割れて霧散し、光の粒子となって消えていくところであった。


「あっ………ってキャアアアアア?!」


 消え行く結界を唖然と見ていたが、次の瞬間には凄まじい衝撃波が私を襲った。

 そう。結界が破れたことで、トゥルキングの大気鳴動がもろに私達目掛けて襲いかかってきたのだ。


 だが、幸いにもその衝撃波は大気鳴動の余波であって、トゥルキングが直接放った振動波ではない。

 トゥルキングの放つ大気鳴動は、私の大気鳴動とぶつかりっていた。

 どうやら本当に同じスキル同士だったらしく、相殺といかないまでも何とか拮抗している。

 そのぶつかり合った大気鳴動の余波が衝撃波となって、私や周囲へと襲いかかっていたのだ。


 そんなトゥルキングの大気鳴動と衝撃波に踏ん張って耐えていると、トゥルキングが高らかな声で笑いだした。


『クハハハハ!!ついに結界が破れたか!なれば後は汝はを押し潰すのみ!!些か汝の大気鳴動には驚かされたが所詮は我らの真似事。我の真なる大気鳴動をもって、格の違いを見せてくれる!!』


 トゥルキングの宣言とともに、大気鳴動を放つ手を前に突き出し、こちらに押し付けてくる。

 すると、大気鳴動を放つ私の手に、凄まじい重圧がかかってきた。


 ぐぎぎ!?ちょ?!これ、圧される?!めっちゃ圧される?!向こうの方が出力がある上に体格差があるせいか、すっげぇぇ圧される?!


 歯を食い縛り何とか耐えるも、まるで数十人もの相撲取りに押されてるかの如き圧力に負け、徐々に体が後退していく。


 ぐっ……ぐっ………負ける………負けてしまう。

 こんなところで負けて…………いや、負けるもんか!!こんな………こんな所で、こんなマッチョ樹木に負けてたまるか!?イケメン彼氏もできずに、処女のまま死んでたまるか!?


「ウオ……オオシャアアアアアア?!」


 気合いの声とともに一気に力を振り絞る。

 体の底から力を放出するイメージをし、それを手のひらへと集中する。

 すると、私の放つ大気鳴動の威力が目に見えて上がり、踏みとどまることに成功する。

 私の大気鳴動とトゥルキングの大気鳴動が完全に拮抗し、激しくぶつかり合う。


『な、何だと?!』


 踏みとどまって持ち直した挙げ句、大気鳴動の出力が上がった私に、トゥルキングは驚愕を露に声を上げた。


『ば、馬鹿な?!な、何故我が大気鳴動と拮抗する?!汝が我らの力を吸収し使っていることを飲み込むとしても、この力はあり得ぬ?!トゥルの王たる我と対等に渡り合える程の力など、あってはならぬ?!何故だ?!何故これほどの力が?!カオリよ!!貴様はなんだ?!一体何者なのだ!?』


 困惑と驚愕が入り雑じったような声で何者かと聞いてくるトゥルキングに、私は口端を歪めながら大声で答えた。


 


 


「あたしゃ愛原 香、花の17歳!!彼氏募集中の現役女子高生じゃいぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 


 

 そう叫ぶとともに手に気合いを乗せると、それに呼応するように大気鳴動が唸り声を上げながら更に出力を上げた。


 どうやら私の気合いにスキルが呼応し、力を上げたようだ。

 つまり、私の気力はトゥルキングと同等ということか。嬉しくね。


『汝が何を言ってるのか、何一つ意味が分からぬぅぅぅ?!』


 トゥルキングもトゥルキングで思いの丈を叫びながら、更に大気鳴動の出力を上げてきた。


 互いの全力の大気鳴動同士がぶつかり合い、引かず譲らずの激しい戦いとなる。

 それは正に一進一退の攻防であり、いつどちらが崩れてもおかしくない状況であった。

 辺りには余波となった衝撃波が吹きすさび、砂煙がビュウビュウと舞う。


 そんな戦いに歯を食い縛りながら気合いと根性で耐えていると、フッと空中に浮かぶあるものが目に入った。

 それは私の大気鳴動とトゥルキングの大気鳴動とがぶつかる丁度中心地点にあり、二つの大気鳴動に前後挟まれたせいで身動きとれず、空中で押し潰されるようにガタガタと激しく震えていた。


 あれは何だ?鳥か?塵か?それとも大気鳴動に巻き込まれた不幸な魔物かな?と目を凝らせば…………。


 


 


 ハンナだった。


 完全にスッポンポンの全裸に剥けたハンナが、空中で激しくガタガタと揺れていた。


 


 


「ハンナァァァァァァァァァァァァ?!?!」


 思わず絶叫を上げる。


 ヤバイ!完全に忘れてた?!ハンナのこと忘れてた?!押し負けまいと頑張り過ぎてたわ?!

 結界破れて、もろの大気鳴動に対処しようと踏ん張ってたからすっかり忘れてた?!?!


 ハンナ、前後からの大気鳴動に挟まれてガタガタじゃん?!なんか壊れた人形みたいに手足ガタガタ震わせてるんですけど?!逃げ場もないから空中でなすがままになってんすけど?!


 しかもハンナ完全に裸になってんじゃん?!また全裸になってるじゃん?!また剥けちゃってるじゃん?!オッパイとか尻とか、肉がめっちゃ波打ってんだけど?!ブルンブルンしてんだけど?!

 スレンダース〇ンもドン引きだよ?!


 あれ、多分結界割れた後に正面からの大気鳴動で服が弾けたんじゃないの?!弾けて全裸になっちゃったんじゃないの?!そんで挟まれちゃったの?!

 なんか凄い不憫なことになってんすけどぉぉ?!


「ハンナァァァ?!生きてる?無事?!」


『……………………』


 大気鳴動を放ちながら空中にいるハンナへと呼び掛けるも返事はない。

 変わりに何か曲がっちゃいけない方向に腕や足を曲げながら、ブンブンと手を振ってくる。

 いや、手を振ってるわけじゃなく、振るえてるんだろうけど………。

 しかし、もう死んでるか、返事する余裕がないのか……多分後者だと思うけど、返事がないからと、このままにしておくわけにはいかない。


 どうにかしてハンナを助けねば…………。


 私はキッとトゥルキングを睨みつけながら叫んだ。


「トゥルキング!一回ストップ!大気鳴動止めて!ハンナが死ぬ!!」


 そう提案すると、トゥルキングは一瞬呆けたような雰囲気となる。

 が、次の瞬間には荒ぶった口調で叫んだ。


『できるかぁぁぁぁぁぁぁ?!馬鹿なのか汝は?!何故に競り合っている今、スキルを止めねばならぬのだ?!止めるならば、まず汝が止めよ!!』


「止めた瞬間潰されるじゃん!?絶対潰すよね?!だったら止めれる訳ないじゃん!?」


『それはこっちも同じだわぁぁ?!止めたら我を潰すのであろうが?!そんな分かりきった状況で止める訳がないであろう!?馬鹿なのか!?』


「馬鹿って言う方が馬鹿なの?!てか、人情とかないのか?!何が世界樹の守護者よ!!今にも死にそうな少女一人に慈悲もかけられない程器量が小さい癖に、大層な肩書き名乗ってんじゃないわよボケッ!!エセ紳士!!そんな心狭いなら、世界樹じゃなく『モヤシの守護者』とでも名乗ってる方がい似合ってるわよ!この糞ゴリマッチョのケチンボ樹木が!!」


『言うにことかいて貴様ぁぁぁぁぁぁ!?』


 私の言葉に逆上し、益々荒ぶるトゥルキングが更に大気鳴動の威力を上げてきた。


「くっ?!………こ、このままじゃハンナが……ハンナが死んでしまう……。比喩表現なしにスプラッタなことになってしまう………」


 必死にトゥルキングの大気鳴動に耐えながらも、何とかハンナを助けようと思案する。

 だが、現状は耐えるだけで精一杯で、空中でガタガタするハンナを助ける余裕がまったくない。

 こんな事を考えている間にもハンナは更にガタガタしており、だんだんと動きがえげつないことになってきてる。

 例えるならば、マリオット人形を扇風機の羽にくくりつけて最大強風で回せば、あんな動きをすると思う。


 くっ…………このままじゃマジでハンナが危ない。空中分解してもおかしくはない………。


 ガタガタブルンブルンと体を震わせるハンナ。

 そんなハンナの姿を見ていると、過去のハンナとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。


 

 ───最初はリッチらしいリッチだったハンナ。


 今の少女の姿になったハンナ。


 脛を押さえて悶絶するハンナ。


 ローブを溶かされ半泣きのハンナ。


 ローション濡れになってテラテラするハンナ。


 ゴアの触手に絡まれるハンナ。


 すっげぇオッパイ柔らかいハンナ。


 なんか基本脱げてるハンナ。


 いろいろ残念なハンナ。


 色んな………様々なハンナの思い出が………特に録でもないようなものがありありと浮かんでくる。


 ハンナ………なんかスタイル的には憎しみさえ湧いてくる私の怨敵。

 だが、その実は私と同じ残ね………男運のない不幸で残念な女の子。


 そんな同士とも言える存在のハンナ。


 そのハンナを、このまま見捨てることができるのか?


 

 暫し自問自答して頭を悩ませたものの、結論はすぐにでた。


 答えを出した私は、意をけっして向かい直す。

 そしてトゥルキングへとなるだけ誠意が伝わるよう、真摯な態度を心掛けながら懇願した。


「トゥルキング………お願い!!ハンナだけでも本当に助けたいの!!このままじゃハンナが……ハンナが死んじゃう!!」


 とにかく思いの丈をトゥルキングへと向かって叫んだ。


 だが、トゥルキングは全くとりあう気はないのか、平然とした様子で大気鳴動を放ち続けた。


『フン………この女がどうなろうと、我には関係なきことよ。我はただ我が眷族を傷つけ、我が誇りを汚さんとする汝を叩き潰せればいいだけよ!!』


 その手から放たれる大気鳴動の勢いを緩める様子もなくトゥルキングがそう言い放つ。


 やっぱりそうなるよね………。

 確かにトゥルキングの言う通り、向こうに攻撃の手を緩める理由は一切ない。

 むしろ、私ごとその仲間を一網打尽にできるチャンスだから、より大気鳴動の勢いを増してきてもおかしくはない。

 だから私の言い分はトゥルキングからすれば荒唐無稽なものだろう。


 だけど…………。


 トゥルキングの容赦のない言葉に私はうつむき、ギリッと歯を食い縛った。

 視界が滲み、瞳から一筋の涙が溢れ落ちていく。

 涙は更に止めどなく溢れ、ポタリポタリと地面へと落ちて染みとなっていく。


『…………カオリよ。汝………まさか泣いているのか?』


 唐突に涙を流しだした私に、さしものトゥルキングも先程までの勢いは衰え、気遣うような口調で声をかけてきた。


 私はそんなトゥルキングに対し、顔は上げずに俯いたまま喘ぐように訴えかけた。


「トゥルキング………お願いだからハンナだけでも助けて。ハンナは……ハンナはこっちに来てから唯一とも言える私と同じ立ち位置にいる存在。そう、友達なの。そんな友達がこんな不憫な目にあった上に、死にそうになるなんて……そんなの私に耐えられない!!」


『……………………』


 涙ながらに語る私に、トゥルキングは無言のままに視線だけを向けてくる。

 だが、そんな視線を気にすることなく、私は思いの丈を大声で叫んだ。


「わかってるの!!そんなのこっちの都合を押し付けた我が儘で、私の勝手な独りよがりで、あなたには関係ないってことも!本当なら私がスキルを止めた方がいいってことも!!」


 一度そこで言葉を止めると、深呼吸をしてから再び口を開いた。


 今度はすがり、懇願するような弱々しい声で。


「だけど………それでもハンナを犠牲にしたくないの………。ハンナを失いたくないの………。スキルも止めたいけど、止める感覚が分からないから上手く止められないし………。このままじゃ………このままじゃ私の友達が………ハンナが………」


 ポタポタと涙が溢れ落ちるのも構わずに必死に懇願する。

 このままではハンナが二つの大気鳴動に挟まれて押し潰されてしまう。


 それだけは何とか避けたい。


 ハンナを助けたい。


 そんな思いを言葉に乗せ、必死に懇願をする。


 すると…………。


 

『…………フゥ。分かった。汝が願いを聞き届けよう』


 これまで無言で私を見ていたトゥルキングが溜息とともにそう呟いたのだ。


「えっ…………」


 その呟きに驚いてバッと顔を上げれば、トゥルキングが呆れたような……だが、敵意の無い平坦な口調で語りかけてきた。


『カオリよ。汝が熱意に負けたわ。それほど真摯に懇願されてわ断ることなどできまい………』


「トゥルキング…………!?」


 バッと顔を上げて見れば、トゥルキングが肩を竦めた。


『まったく我も甘いものだ。だが、そんな真摯に頼まれては無下にもできぬ。それによくよく冷静に考えれば、我らに何かしたわけでもない少女に手を下したとなれば我らの誇りに関わる。よかろう。そのハンナを助けることを許可する』


 呆れとも諦めともつかない口調でそう言い放つトゥルキング。

 だが、その雰囲気は先程までの殺意剥き出しのものは成りを潜めている。


「トゥルキング…………」


 そんなトゥルキングの心配りに胸が打たれ、声が震える。


 するとトゥルキングはどこか避難めいた口調で語りだした。


『汝の熱意には負けたわ。未だに戦いの最中だというのに、状況も弁えずに敵に助けを乞うとは。我には到底真似できぬ無様な所業よ』


 そこでトゥルキングは一度言葉を切ると、柔らかな口調で一言呟いた。


『だが………嫌いではない』


 そう呟いたトゥルキングは表情には出さない……そもそも顔がないが、なんだが私には微笑んだように見えた。


「トゥルキング…………ありがとう」


『フン………礼を言われる程のことではない。それにハンナとやらを助けたならば、決着はしっかりとつけさせてもらう。我はハンナという関係のない第三者を戦いから除外するだけであって、汝の罪を許した訳ではないのでな』


 優しげな雰囲気だったトゥルキングだが、私が礼を述べるとツンとした態度となった。


 なんという誰得なツンデレだろうか。


「うん…………それでもありがとう」


 だが、それを口にしたら再びこじれそうなので、その思いは胸にしまって再び礼を述べた。


『フン…………まあ良い。それよりも、まずは互いに大気鳴動の出力を下げてゆくぞ』


「えっ?で、でも、私は上手く出力が…………」


『我が実践して見せる。汝は我の後から真似をしてみよ。このスキルを発動できたならば止めることも容易なはず。今は感覚を掴めていないが故に上手く調整が効かぬのだろう。我が手本を見せれば感覚を掴むことも可能であろう』


「で、でも、そんな急に感覚を掴めと言われても出来るかどうか…………」


『出来ぬ出来ないではない。やらねば汝の友が死ぬ。それに認めるのは癪だが、初めてで我と拮抗する程の大気鳴動を放てるということは、汝にはスキルを使いこなす才能がある。手本を見せれば己がものをできるであろう』


 顔に不本意とでも書いてそうな感じでそう言ってくるトゥルキング。

 自分達のスキルを使うどころか、その長たる自身に匹敵した威力を放出したことに思うところがあるらしい。


 まあ、いきなり自分達の得意分野を奪われ、挙げ句高威力を発生させればおもしろくはないか。


 だが、ある意味では実力を認められてるということ。なら、こうまで言われてはやらないわけにはいかないであろう。


「…………うん、分かった。手本を見せて」


 心を決めて了承すると、トゥルキングが頷きながら説明を始めた。


『よかろう。まず、出力を落とすこと自体はそれほど難しいことではない。肩の力を抜きリラックスするのだ。さすれば自然と出力が落ちる』


 説明しながらトゥルキングが実践する。

 すると、トゥルキングから放たれる大気鳴動の圧力が僅かに緩んだ。


『やってみよ』


 私の大気鳴動に圧されぬ程度まで力を抜いたトゥルキングは、そこで私に実際にやってみるようにと指示してきた。


「うん、わかった。リラックス……リラックス……」


 今度は先程と違い、しっかりと意識をしながら少しずつ体から力を抜いていく。

 すると、それに呼応するように手のひらから放出される大気鳴動の威力が目に見えて下がっていく。


 気持ち、空中でガタガタと震えるハンナの動きが弱まった気がする。


「…………やった」


 何とか少し威力が下がったことに喜んで呟くと、トゥルキングが満足そうに頷いた。


『フム………よいぞ、その調子だ。よい手際だ。なれば、このまま互いに出力を落としていき、最終的には大気鳴動を止める。そして宙に浮くハンナとやらを地面へと戻す。よいな?』


 トゥルキングが一発でコツを掴んだ私の手際の良さを誉めながら、ハンナ救出のプランを提案してくる。


 それに私は頷き了承を示した。


 確かに出力を緩める方法は感覚的にコツは掴むことはできた。

 後はトゥルキングの言うとおり、互いに吹き飛ばされぬように合わせて大気鳴動を少しずつ緩めていき、最終的に止めるだけである。


『なれば、我から出力を下げていく。汝はそれに合わせてゆけ』


 既にコツは掴んだ私は、トゥルキングの言葉に特に意見もなく再び頷いて了承した。


『では…………ゆくぞ』


 そして、そこからは互いに協力して大気鳴動の威力を下げていった。


 トゥルキングが出力を下げれば、それに合わせて私も下げていく。

 徐々に大気鳴動の出力が下がりハンナの震えも収まっていく。更には圧力から解放されたことで段々と地面へと下りてきた。


 10メートル………5メートル………3メートルと徐々に下がってきて、ハンナの概要が見えてきた。


 …………完全に白目を剥き、口からは舌がダラリと垂れ下がっている。

 口端から泡が出ており、他にも涙やら鼻水やら涎で色々とぐちゃぐちゃで乙女としてはあるまじき醜態を晒していた。


 …………いや、仕方ないだろうけどマジでヤバい状態だよ…………。


 ハンナの想像以上にヤバい状態に戦慄しつつ、心の中で深く謝罪をしておく。

 それは海よりも深く、心の底から今のうちに謝罪をしておいた…………。


 そんな謝罪をしているうちに、ブラリと力なく垂れ下がったハンナの片足の先が地面へと僅かに触れた。


『………よし。ここまできたならば、もうスキルを止めても問題なかろう。止める場合はフッと力を抜けば良い。此度は汝に感覚を掴ませるために少しずつ緩めていったが、一気に脱力すれば大気鳴動は止まる。このスキルは力の込めかたで放出力は変わるのでな』


 そう説明しながらトゥルキングはかざしていた手のひらをゆっくりと下ろしていく。

 私もそれに習い、ゆっくりと手を下ろす。


 すると、ハンナの更にもう片方の足が地面に付き、その体もゆっくりと地面に向けて降りていく。


『では…………大気鳴動を止める』


 トゥルキングの宣言と共に、その手を完全に下ろした。

 それと同時に、トゥルキングから放たれていた圧力が完全に止み、これまでの激しい振動音は聞こえなくなる。


 精々まだ完全に止めていない私の手のひらから未だ漏れる大気鳴動の小さな振動音が響く程度だ。


 ハンナの体も地面までもう数センチというところまで下りてきていた。


『フム。さあ、こうやるのだカオリよ。汝も真似して大気鳴動を止めてみよ』


 大気鳴動を止めたトゥルキングは腰に手を当てながら、私にも止めるように促してくる。


 私はそんな何とか無事?に下りてきたハンナと、敵であってもスキルの指導を熱心にしてくれたトゥルキングへと顔を向ける。


「トゥルキング…………ありがとう…………トゥルキングのおかげで何とかできそうだよ………」


『むっ?だから礼などはいらぬと…………』


「ううん…………本当に………本当にありがとう」


 照れくさそうにポリポリと顔?をかきながら礼は要らぬと言おうとするトゥルキングの声を遮り、私は万感の思いを込めて感謝を伝えた。


 


 


 


 


 


 

 こんな簡単に騙されてくれて、本当にありがとう♥お間抜けなトゥルキング♥


 

 口角を上げ、ニンマリとした笑みを浮かべながら、私は心の底からの感謝を、目の前で完全に隙(・・・・)だらけのトゥルキングへと捧げた。


 


 


 


 


『……………………えっ??』


「大気鳴動ぉぉぉぉぉぉぉフルマックスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウ!!!」


 私はトゥルキングへと再び手を翳すと、その手の内に渾身の力を込め、これまでで最大威力の大気鳴動を容赦なく放った。


『なっ?!うっ、おっ?!グアアァァァァァ?!』


 意味が分からないとばかりに唖然としていたトゥルキング目掛け、もろに私の大気鳴動が衝突する。


 まともに大気鳴動を喰らったトゥルキングは、激しい振動波によって吹き飛ばされ、背後にある農場を囲む壁へとぶつかると、そのまま大の字状態で壁へとめり込む。

 更には正面から私の大気鳴動を受けて身動きが取れず、壁に張り付け状態となった。


「アハハハハハ!!こんな簡単に騙されてくれてありがとうねトゥルキング!!流石は世界樹の守護者。なんとも慈悲深く、お優しい方ですね!!さっきの『もやしの守護者』というのは訂正するわぁ」


 大気鳴動を放ちながら、私は高らかに笑う。


 まさか…………まさかこんなに簡単に術中にハマってくれるとは!!


 トゥルキングの優しさ様々ですなW


『カ、カ、カ、カオリィィィィ!?き、貴様ァァァァ!?ワ、我を………我を騙したのかぁぁ?!』


 壁にめり込みながらも大気鳴動に耐えるトゥルキングが怒り心頭といった具合に叫んできた。


 まあ、こんん騙し討ちの闇討ちをかましたんじゃ怒るのも仕方ないだろう。

 本当なら、私もこんな汚い手段はとりたくなかった。こんな…………こんな真似はしたくなかった。


 だけど…………。


 


 


 やっぱ、正面からあんなゴリマッチョな樹木とぶつかるのはゴメンなんだよね。笑


「ごめんなさいねトゥルキング?騙したのは悪かったけども、やっぱり後々に全力で互いにぶつかり合うよりも、隙だらけの相手を潰した方が合理的だと思うのよ私。だってほら………私って一応は女の子だし、そんな男臭い戦いだとかは向いてないのよねー………」


『貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』


「てか、あんな女の涙でコロッと騙されるなんてねー。まさか、あんなんで簡単にほだされるとは思わなかったわー。あんなんで騙されるのは馬鹿か童貞かと思ってたけどー………まさか、どっちか?プフッ………ダサっ!!」


『きさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』


「それにーハンナのことは確かに心配だけど、よく考えればアンデッドのリッチだしー、これくらい大丈夫でしょー?ハンナには悪いけど、いい感じの餌にできると思ったけどーまさか本当に釣れるなんて!トゥルキングってばチョロくなぁい?キャハ!!」


『キサマァァァァァァァァァァ!?』


「という訳で、後は心おきなく潰れてちょうだい!私はとっとと依頼を終わらせて帰ってお風呂入って寝たいから!!もう、今日だけで色々と心が疲れたから!!私には早く休養が必要なの!!だから早く倒されてちょうだい!!…………あっ、スキルの指導ありがとうございましたー」


『KISAMAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』


 頭の葉っぱを逆立てて荒ぶるトゥルキングを見ながら、私は決着をつけるべく、更に力を込めて大気鳴動の威力を上げた。


 


 …………なんか壁にめり込むトゥルキングの横に、人間大の何かがめり込んだ後が見えたが、今は深く考えないようにしよう…………。


 ただ、尊い犠牲に黙祷を捧げよう。南無。


 


 


 


 


 トゥルキングと香が激しい攻防?を繰り広げるなか、農園の壁際ですっかり観戦モードとなっていたジャンクは唖然と目の前の光景を見ていた。


 

「お、おい…………あれ、いいのか?流石に俺もドン引きなんだが?てか、な、なんか嬢ちゃんおかしくねぇか?元々ぶっ飛んではいたが、あそこまでじゃなかっただろ?なんかタガが外れたというか、悪化したというか…………」


「…………フム、確かにな。まあ、思いあたる節は一つあるがな」


「思いあたる節?なんだそれ?」


「ほぼ理由はそれであろうが、確定とは言えぬ故に今は言わぬでおこう。しかし………やはり侵食してきたか………。早いと言うべきか、遅いと言うべきか…………判断がつかぬな………」


 何やら思案顔で意味ありげなことをブツブツと呟くザッドハークを、ジャンクは怪訝な顔で暫し見ていた。


よろしければ、ご意見・ご感想をお前しています。

評価・ブックマークをつけて頂ければ励みとなります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ