49話 悪魔の果実の収穫 その7
「はぁ……はぁ………はぁ…………」
額から滴る汗を腕で拭い、呼吸を整える。
足元ではハンナが頬を紅潮させ、どこか遠くを見る虚ろな目をしながらグッタリと倒れていた。
肩は僅かに震え、呼吸もハァハァと荒く、口元から涎が流れ出ていた。
そんな暴行を受けた後のようたハンナをジックリと見た後、両手を高々と掲げながら大声で叫んだ。
「ヨッシャァァァァ!!勝ったぁぁぁぁぁ!!」
私は勝った。勝ったのだ。
ここに巨乳は滅び、貧乳が示されたのだ。
そう。でかけりゃいいってもんじゃないのよ!!
どいつもこいつも分かってないけど、でかけりゃでかい程に年とった時に垂れんのよ?萎びたナスや、スルメみたいになんのよ?
それだったら多少小さくとも、そっちの方がずっと綺麗で型崩れもしないのよ?何より、感度がいいのよ?!感度が!!
それを………世の男は本当の真理が見えていない。そう……真理!!小さいことこそ正義!巨大は悪!!それこそが大いなる神の意志なり!!
決してコンプレックスを抱いている訳じゃない!
決してコンプレックスを抱いている訳じゃない!
決してコンプレックスを抱いている訳じゃない!
大事なことなんで三回言いました!!!
掲げた両手を下ろし、僅かに潤んだ瞳を擦る。
これは悔し涙じゃない。
勝利を喜ぶ感激の涙だ。
決して悔しくなんてないもん!!
ゴシゴシと目を擦って涙を拭き、先程から手持ち無沙汰気味に地面に足で絵を描いているトゥルキングへと目を向けた。
「ハァハァ………待たせたわねトゥルキング」
『いや、本当に待ったぞ』
足を動かすのを止め、トゥルキングは私を見下ろす。
まぁ、確かに結構待たせたかな?
何だかんだでハンナの脂肪の塊を10分か15分近く揉んだり摘まんだり引っ張り上げたりしていたからね。そら待ったさ。
律儀にも待ってくれていたよトゥルキング。
地面にへのへのもへ字を書くくらい待たせてしまったのは申し訳なくは思………。
って、異世界になんであるだよ、へのへのもへ字?なんで?なんであるんだ?
てっ、今はそうじゃない。疑問はあるが後にしよう。
「まあ、待たせてごめんちゃい。ちょっと女として譲れない戦いがあって………」
『………譲れねなら仕方ないだろうが、次からはなるべく他でやれ。あまり人前でやることでもなかろうに』
正論ですね。
ぐうの音も出ない程のド正論ですわ。
「次からは気を付けます。という訳で……続きをはじめましょうか?」
取り敢えず謝罪を口にした後、私は不敵な笑みを見せながら、正面に立ちはだかるトゥルキングに対して構えをとった。
それに対し、トゥルキングも構えをとるが、どこか怪訝な口調で尋ねてきた。
『フム……やる気があるのはよいが急にどうしたのだ?先程までは形振り構ってられぬと必死な様子だったが、急に強気となったな。何か訳でも?』
めっちゃ読まれとるー。
さっきまで形振り構ってられなかったのも気付かれとったー。
まあ、あれだけ色々と出したり逃げたりしてれば、全く余裕がなかったのにも気付かれるか。
フフ……だが、もう隠れることも逃げ惑う必要もないのだよ。
「訳ですか………フフ。見て分かりませんか?」
『……………………胸を揉んで興奮し過ぎて発情でもしたか?』
「見てそんな事言われるって、私どんな顔してんの?」
赤いのか赤いのか?
顔が真っ赤になって発情してんのか?
私、実はレズっ気があったとでも…………?
って、そうじゃない!?
「違わい!?これ!この結界が見えないの?!」
慌てて気を取り直し、私達を覆うように包みこむ薄暗いベールのような結界を指差した。
『ムッ…………その結界か?』
「そうよ!!この結界よ!!この結界さえあればあなたは手出しできない!!だけど、私の脛殺しは結界を越え、そちらへと攻撃が可能!!正に無敵!!はめ技の極地!!こういうのを求めてたの!!最初からハンナを出せばよかったわ!!まあ、いいわ。さあ、覚悟しなさいトゥルキング!!私を散々怯えさせたことを後悔させてやるわ!!」
「………なあ。嬢ちゃん、最近ますます悪に磨きがかかってねぇか?平気でゲスいこと言ったりやったりするし、自分が有利になった瞬間、尊大な口調になるし………」
「フム……我も些かカオリの言動に気がかりなものはあるが…………。まあ、元々、あんながさつで歪で狂暴であるし、大した問題でもなかろう」
「まぁな。元々あんながさつで歪で狂暴な感じブフォア?!」
「ジャンク?!まさか……カオリやめグホハァ?!」
「…………よし」
蹴りを放った足をブラブラとさせ、調子を確めてみるが好調なようだ。
いつでも最高な脛殺しを放てるぜ。
『よし……でよいのか?仲間であろう?』
腕組みしたトゥルキングが、悶えるザッドハーク達を見ながら疑問の声を投げ掛けてくる。
「仲間だと信じてるからこそ遠慮なくぶつかりあえるんです。互いに本音を語れるからこその仲間じゃないですか?」
『良いこと言ったみたいな雰囲気出してるが、根本的に色々と間違っていると思うのだが?』
「まあ、そこは個人による解釈の行き違い……ということで?」
「すれ違いばかりの人生になりそうな頭をしておるな。まあ………我は別にどうでもよいが……。色々と苦労しそうではあるな………」
なんだか樹木に哀れまれてしまった。解せぬ。
「ふ、ふん!まあ、話はここまでよ!さあ、戦いの続きを始めましょうか!とはいえ………これから始まるのは一方的な蹂躙劇ですけどねぇ?フハハハハハハハ!!」
結界があれば向こうからは手出しができない。
ということは、あのスキルによる振動も効かないという最高なシチュエーション!!
私は勝ち誇った笑みを浮かべながら、ゆっくりと足を上げ………。
『フン!大震脚!!』
ガアアーン!!
ビキッ。
「…………ハッ?」
ゆっくり優雅に脛殺しでも放ってやろう。
そう思いながら足を上げた瞬間、結界の向こう側からトゥルキングがスキルを乗せた例の蹴りを私目掛けて放ってきた。
だが蹴りは結界によって阻まれ、凄まじい衝撃音を奏でる。
結界はその役目を果たし、トゥルキングの攻撃を見事に防いだ。
………が、その結界からは何か不穏な音が響くと同時に、うっすらと罅が入っていた。
「…………えっ?」
えっ?罅?罅だよねこれ?なんかガラスを叩いた後みたいに、細かな罅が入ってるんですけど?
めっちゃピキピキって氷が割れるような音がしたんすけど?
えっ?結界ってガラスみたいに罅入るものなの?
こんな罅がはっきり入るものなの?
ガアアーン!!
唖然と罅が入った結界を見上げていると、再び工事現場のような衝撃音が響く。
トゥルキングが再び蹴りを放ったのだ。
そして同時に結界から響く不穏な音と、全体にピキピキと広がっていく罅。
思考が止まり、あんぐりと口を開けて侵食するように広がっていく罅を見つめていると、トゥルキングがブラブラと足を振りながら呟いた。
『フム。予想よりも硬い。が、この程度であれば、あと2、3発で砕けるだろう』
トゥルキングが独りごちる。
私はその呟きによりハッと我に返り、やっと頭が目の前で起きたことを受け入れ、簡潔な答えを導きだした。
これ、アカンやつやん。
「ちょ?!えっ?砕ける?これ砕けちゃうの?!なんで?!なんでよ?!」
慌てふためいて叫ぶと、トゥルキングは何ともトーンの低い声で淡々と呟いた。
『結界は強固な防御魔法だ。が、想定以上の攻撃を受ければ限界が訪れて割れもする。確かに、この結界は中々に丈夫であり、そこらの有象無象には破れんだろう。だが、我ほどの力を持つ者ならば、少しばかり叩いてやれば、この程度の結界を破壊するのは容易いことよ』
トゥルキングはそう説明すると、再び蹴りを放つ。
罅は更に広がった。
「ちょ?!タイム!待って待ってタイム!!割れる?!マジで?!聞いてないよぅ?!タイム待って!攻撃止めてぇぇ!?」
『もう、止める気はない。これでけりをつけようぞ』
チックショウ駄目だ!!
さっきから色々あったから、既に止める気0だ!
完全に遊びなく殺る気だ!!
「ちょっとマジでお願い!!少し待って!!少しでいいの!?ちょっと攻撃の手を止めて?!ねっ?」
『…………』
ガアアーン!!
「もう、話す気すらねぇのかよ?!」
完全に本気だ。遊び無しだ。
淡々と結界を蹴ってるよ。問答無用で私を殺す気だ。
そう悟った私は、焦りで若干パニックになりながらも、既に全面に罅が入って何時割れるかもしれない結界をどうにかすべく、倒れたハンナへと詰め寄った。
「ハンナァァ!?起きてぇぇ!?お願いだから目を覚ましてぇぇぇ?!この結界を何とかしてぇぇ!」
ガタガタと虚空を見つめるハンナの肩を揺すりながら必死に声をかけ、意識を覚醒させようとする。
揺さぶられたハンナは、ガタガタと千切れるんじゃないかと思う程に首を上下に揺する。
なんか、昔の薬局の前にあった蛙の首振り人形みたいになっとる。
そんなことをフッと思っていると、ハンナがくぐもった声を漏らした。
『ウッ……ウッ………胸が………胸が………』
「?!起きた?!起きたよね?!」
ハンナの喘ぎに、揺さぶっていた腕を止める。
急に止めたので、その拍子に一際大きくハンナが首を不自然なほどにガグンと上下させた。
たが、そんなことは気にせず、今度はハンナの両頬を手で挟み込んで無理矢理顔を向けさせた。
プニッとした頬が柔らかくて気持ちいいなぁ。
って、そうじゃねぇ!!
「ハンナ!起きたよね!?だったら早く!早く結界をどうにかして!?このままじゃ割れる!砕ける!殺られてしまぅぅぅ!?」
形振り構ってられないため、必死にそう叫んで呼び掛ける。
だがハンナは意識を取り戻したとはいえ、未だ放心状態であり、意識は朧気なものだった。
『胸が……胸が……私の胸……ありますか?』
「あるよぉぉ!?憎らしい程にプルプルと存在誇張してやがるよ?!しっかり胸ついってからシャキっとしろい!?」
確かに散々弄んでやったが本当に引きちぎった訳じゃない。多少先端部を掴んで限界近くまでミチミチと引っ張ってやったが、ちゃんと寸前で止めた。
一応理性は0・5割りくらい残っていたし、そこまで暴虐を尽くす程に鬼畜になった訳じゃない。
だから、彼女の胸には豊かな双邱がしっかりと存在を誇張している。
クソッ。モゲロ。
『ウッ……ウッ………嘘です………だってあんなに引っ張られて千切れてない訳がない。現に、胸に感覚が………きっと肉が抉れて、ご主人様みたいなまっ平らに………』
「痛みで麻痺ってるだけだぁぁぁ!?しっかりあるから立ち上がれぇぇぇぇ!?あと、後でマジで覚えてろよテメェ!?」
こいつ………あんだけ弄られて、まだ喧嘩ふっかける余裕があるのか?次こそ絶対もいだる!!
そんな怒りを何とか抑えながら、ハンナの顔をグイッと結界の方へと無理矢理に向けた。
「ホラッ!あれ!あれどうにかして!?結界が……結界があいつに壊されるから!?早く結界にどうにかして?!」
『いえ、あの結界がそんか容易く………って、ウェェェェ?!結界罅入ってるぅぅぅ??嘘何で?何で?!何でぇぇぇ?!』
ぼんやりと結界を見ていたハンナだが、実際に罅の入った状態を見て一気に覚醒して立ち上がる。
どうやら結界を張った本人として、罅が入っていたのが私以上に衝撃だったようだ。
結構プライド高いし、魔法には自信があったようだから、まさか罅を入れられるとは思っていなかったようで、その驚愕は私の比ではないみたいだ。
『ちょ?!なんで罅が!?そ、そんな柔な結界じゃないのに………なんで?!』
「いや………なんか、あいつが『我ならこの程度の結界を破壊するのは容易い』とか言ってたし、あいつの力が凄いんじゃね?」
『いやっ?!こ、この結界はかつて竜のブレスをも防いだものですよ?!それを………』
「竜がどんなもんか知らんけど、目の前の事態を認めなよ!?大体あれ!?あれ、明らかに竜以上にヤバいでしょ?!見た目からして竜以上のインパクトでしょ?!てか、さっき竜(一応)のポンゴを粉砕してたし、力は間違いなく竜以上でしょうが!?」
『そ…………いや、大体なんなんですか、あのマッチョ樹木?!魔物の中でも頂点と言われる竜以上にヤバい樹木って何ですか?!てか、あれなんなんですか?!』
「トゥルキングだよ!?」
『??……知りませんよ!?てか、何ですかトゥルキングって?!トゥルって、あのご主人様の好物の気っっ色悪い果実のトゥルですか?!あれ、あんな気っっ色悪い木の果実なんですか?!』
「好物じゃねぇぇよ?!無理矢理口につめこまれただけで好き好んで喰ってねぇよ?!誰があんなん進んで喰うか?!てか、何か今日はやけに喧嘩腰だな!?オッケー買ってやるよ!その喧嘩。ほら、かかってこいやぁぁ!!その駄肉を今度こそ引きちぎったる!!」
『いや、ちょ?!べ、別に喧嘩をふっかけてる訳じゃ………。いや、それより……』
ガシャァァァァァァァン!!
不毛な言い合いをしていた私だが、唐突に響くガラスが割れるような音に驚き、どちらともなく口をつぐむ。
そして二人揃って音のした方を見れば、そこにはバラバラと割れて霧散していく結界があった。
更にその奥には、足を振り上げたまま、こちらを無言で見下ろすトゥルキングの姿が。
「『あっ………』」
私とハンナは共に同じ声を上げながら、唖然とトゥルキングを見上げていた。
だが、次の瞬間にはグルリと反転し、一目散に並んで走り出した。
「糞がぁ!?馬鹿なことやってる間に割れたじゃないの!!だから早く何とかしろつったのに!このエロリッチがぁぁ!!」
『エ、エロリッチ言わないで下さいよ!?だ、だいたい先に絡んできたのはご主人様じゃないですか!?ご主人様は毎回毎回色々と脱線し過ぎなんですよ!馬鹿じゃないですか?!こ、この……アイアンメイデンめ!!』
「テメェ?!言いやがったなぁ?!!?それは一生処女って意味で言ってんのか?!それとも拷問器具みたいに危険って意味で言ってんのか?!まぁ、どちらにしろマジぶっ殺す!!このエロビッチがぁぁぁぁ!!」
『もうリッチの面影ないじゃないですか?!ただの見境ない淫乱みたいになってるじゃないですか?!それにそこまで深い意味で言ってませんからね?!売り言葉に買い言葉で何となく言っただけですから?!想像力豊か過ぎです!!てか、そう思われる自覚でもあるんですか?!』
「う、うっせい!!バ、バーカバーカ!!わ、私だって何となく予想しただけだよ!このバーカ!!だ、だいたい処女だからって馬鹿にし過ぎなんだよ?!膜あるのがそんなに悪いのかよ糞が!!」
『そ、そこまで言ってませんよ!?だ、だいたい、それ言ったら、わ、わ、私だって処女ですよ!?生前は彼氏なんていませんでしたから、だ、男性とお付き合いをしたことは……』
「えっ…………マジ?」
『マジですよ……若い頃に魔法の研究に没頭し過ぎて結婚適齢期を逃し、危機感を抱いて彼氏を本格的に探そうとすればゴアが世界を闇で覆ってそれどころじゃなくなるし………』
「うあー…………」
『だ、だいたい周りに録な男がいないのが悪いんですよ?!魔法研究してた所は比較的男が多かったですけど変な奴ばっかりでしたから!!性格に難があったり、多額の借金こさえてたり、性的異常者だったり……果ては『愛人ならないか?』なんて言う糞上司!?ふざけんなよ、あのガマガエルがぁぁ?!んな環境で、どうやって恋愛しろってんだ!?私だってイケメンで金持ちで優しい性格の最高な男がいたらメチャクチャ頑張ってましたよぉぉ!!この胸を有効活用しましたよう!?』
隣を走るハンナの魂の叫びに、私は心から泣いた。凄く親近感が沸いた。
まさか……まさかこんな近くに同士がいたとは。
目の奥が熱くなり、涙が溢れそうになる。
「ハンナ………いままでゴメン………そっちも色々と女として苦労してたんだね………。本当にごめん。正直、そのでかい胸に嫉妬してた。でも、それどころじゃなかったんだね……。うん、その良い男と巡り会えない気持ち………凄く分かるよ………」
『ご主人様…………。いえ、私もすいませんでした。ご主人様もあれで色々と苦労されているのに私…………』
「ううん………もういいの気にしないで。だから、ここを乗り気って、二人で頑張って良い男を見つけて他の奴らを見返そう?」
『ご主人様…………はい!』
ハンナは潤んだ目で私を見てくる。
私もまた、強い眼差しでハンナを見た。
今、私達の間に確かな信頼が生まれたのだ。
先程までは互いに罵り合っていたが、それは互いに互いの事情を知らなかった故の事故だった。
人間、互いを良く知らなければ相手がどんな生い立ちで、どんな悲劇を背負っているかも分からない。
分からなければ相手を理解できないし、信頼することなど不可能だ。
時には理解することで対立をすることもあるだろうが、理解し合うことで深まる絆は多い筈。
現に今、私とハンナは互いを理解することで確かな女の友情が芽生えた。
敵ではないのだ。敵なんていないのだ。
互いに互いの思惑や生い立ちを知らないがために起きた事故でありすれ違いなのだ。
だからきっと………互いを理解し会えば、きっと無用な争いやなんかも世界から消え………。
『貴様らぁぁぁぁ!!この我を放って女子意見交換会にしゃれこむとはよい度胸をしておるなぁぁぁ!?最早理解した!!貴様ら二人は、問答無用で纏めて農園の肥やしにしてくれよぉぉぉぉぉ!!』
背後から、周囲の空間が歪む程の殺気を放ちながら、トゥルキングが砂煙を上げながら駆けてきた。
「ひっ?!すっかり忘れてたぁぁ!?ちょ?待って?!そんなマラソンランナーみたいな見事なポーズで走ってこないでよ?!キモ!マジキモい!?」
『ちょ?!走り方キモっ!?凄くキモくて怖いですよ?!そんな前傾姿勢な走りで駆けてこないで気持ち悪い!!』
『き、き、き、貴様らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
トゥルキングが更に殺気を溢れさせる。
しまった。つい女子グループ効果を発動してしまった!
─────女子グループ効果。それは複数の女子が集まることで強力な連帯感が生まれ、妙に強気になる効果である。
この効果は凄まじく、女子が集まれば集まる程に言動は強気に……勝ち気に………我が儘になり、やがて誰の手にも負えなくなり、どんな立場を持つ者でも迂闊に手出しができなくなる。
特にカースト頂点のイケイケ女子グループによる効果は凄まじく、一度起こらせれば会社の部長や、強面体育教師達ですら尻込みして逃げ出す程の覇気を放つことすらあるという。
尚、女子グループが話している内容は中々にえげつなく、心の弱い男子なども聞かないことを推奨する。絶対後悔する。女の子に淡い夢を見てはいけない。
余談だが、かつて大規模な女子グループを率い、世界に多大なるオシャレ革命を引き起こしたドック=モーというカリスマ女子がおり、それが後のオシャレ女子『読モ』の語源となったという。
引用著書『世界の強い女達』より───
くっ!ハンナと気があったからか、何の根拠もないのに女子効果で強気になって、ついキモいキモいと本音を連呼してしまった!
そのせいでトゥルキングめっちゃキレてる。
なんか枝葉がめっちゃ逆立ってるんだけど?
無視した上にキモいなんて言われたら、そりゃあキレるか………。
そんな事を考えながら走っていると、隣を並走するハンナが必死な表情で声をかけてきた。
『ご主人様!あれ…あれ、どうするんてすか?!めっちゃ怒ってますけど?!』
「いや、本当にどうしよう………。なんか火に油注いだ感が半端ない……」
『言ってる場合ですか?!あっ、そうだ!あのご主人様の反そ………十八番のスキル『脛殺し』は?あと、あの残こ……ユニークな魔法の『冥府ノ波動』とかを使えばいいのでは?!』
ハッとした顔で提案してきたハンナに、顔をしかめて答えた。
本音だだ漏れだぞ、この野郎。
「魔力切れで魔法は使えない。脛殺しは放とうとすると、あいつがスキルで地面を揺らしたりして邪魔してくるの。なんだかんだで一応は蹴り技だから、安定したフォームで蹴らないと効果を発揮できないのよ……」
「んなっ?!あ、あのスキルにそんな弱点が?!』
ハンナが心底驚愕したという顔をしている。
これまでザッドハークやザッドハークといった、明らかにヤバい奴らをも沈黙させてきた脛殺しの意外な弱点に驚いているのだろう。
私だって驚きだ。まさかこんな手段で封じられるとは………。
そして脛殺しを封じられただけで、これ程の苦境に追いやられるとは………。
如何にいままで脛殺しに胡座をかいていたかが実感できる。
だって、あれ楽だし強力なんだもん。
ある意味、転移ボーナスで変に半端なスキルをおぼえるよりも、脛殺しというスキルを一番始めに習得できたのはラッキーだったのかもしれないね。
「はぁ……まともに脛殺しを使えたら、あんなマッチョ樹木一撃なのに………」
『ま、まさか、そんな方法で封じてくるとは……。で、では、逆にあのマッチョ樹木の動きやスキルを封じれば、脛殺しでケリをつけられるってことですよね?なら、私やザッドハーク様達で奴を止めればいいのでは?そういえば、ザッドハーク様達は……?』
ハンナが、さも良い事を思いついたとばかりにザッドハーク達の姿を探す。
私はスッと壁際でお茶会をするザッドハーク達を指差した。
「ザッドハークもゴアもジャンクさんも、あそこでお茶してる」
『なんでっお茶会しとるんですか?!馬鹿なんですか、あの糞眼球野郎!?あの目ん玉にレモン果汁でもぶっ込んでやろうか!!』
なんだろう。だんだんとハンナの口が悪くなっている気がする。
特にゴアに対する発言が容赦ない。
まぁ、元々は敵対関係だったし仕方ないかもしれないが、それにしては発言がチンピラ並みに口汚い。かなり心がやさぐれてるね、これ。
まあ、その気持ちは分からない訳ではない。
「ハンナも荒れてるなぁ。まあ、私もこの後にザッドハークの脛へし折って、ミンチにして豚の餌にしてやろうかと考えてたし、気持ちは分からない訳じゃないけどね」
『すいません。そこまでは考えてませんでしたが……』
「まあ、ミンチにするのも、磨り潰すのも、腸引きずり出して奥歯ガタガタ言わせるのも、まずはトゥルキングを何とかしてからね。終わったらの二人の楽しみにとっておこう」
『いや、あの?!そこまでやる気ないですから?!何気に猟奇殺人の片棒担がそうとしないでくださいよ?!』
「とにかくこのまま追いかけっこをしてもじり貧。………よし!!ハンナ!!もう一回結界を張ってちょうだい!!また壊されるだろうけど、ないよりはマシよ。取り敢えずの時間稼ぎを!!」
『いや話を?!………っつ、もういいです!』
言い淀むハンナであったが、直ぐに諦めの表情と共に反転して立ち止まった。
そして手を前に掲げながら呪文を詠唱する。
『『闇よ、我らを包み、砦と化し、我らを世界から隔絶せよ!暗黒の魔宮』!更に重ねて……『水よ、母なる生命の根元たる水よ。慈愛溢れしその力をもって、我らを包み守りたまえ水の羽衣』!』
ハンナの詠唱と共に、先程の薄暗い闇の結界と、キラキラと輝く水のベールのようなものが私達を包みこんだ。
どうやら先の経験をもとに、結界を二重掛けにしたようだ。
「やるじゃん、ハンナ!」
私も反転して立ち止まり、ハンナを手離しで称賛した。
が、ハンナは私の声に反応することなく、真剣な表情で結界に手を掲げながら叫んだ。
『取り敢えず結界を二重掛けし、更に結界の強度を維持するため私が常に魔力を流しておきます!!手は離せなくなりますが、これで多少は保つはず!今のうちに脛殺しなりで対応を!!』
手を掲げたままなのは、結界に魔力を流しているかららしい。
「ハンナ…………!?」
『急いでください!!長くは保ちません!早く奴を……』
『小賢しい。またもや結界か…………フンッ!大震脚!!』
ガゴォォォォォン!!
『ウッ?!………グッ!?』
ハンナが急かすように声を上げた瞬間、追いついてきたトゥルキングが勢いを乗せた蹴りを放つ。
凄まじい衝撃音とともに、結界に一撃で巨大な罅が入る。
しかし、今度はハンナが魔力を流し続けているおかげか、直ぐに罅が修復していった。
『フッ……これぐらいの罅、瞬時に修復してみせます。さすがのあなたも直ぐには壊せないでしょう』
ハンナが口端を上げ、挑戦的な口調で言い放つ。
それに対し、トゥルキングは結界が修復していくのを確認すると、攻撃の手を止めてハンナを忌々しげに睨み付けた。
『チッ………修復したか。なればその魔力を枯渇させるだけよ』
そう言うと、トゥルキングは結界に向けて手を両手を掲げた。
『トゥルの歌!大気鳴動!!』
トゥルキングの叫びとともに、その手のひらから空間をも揺らめかせる程の振動波が放たれた。
振動波は結界にぶつかると、グワングワンと結界を激しく揺さぶる。
結界のあちこちに罅が入り、ピキピキ嫌な音を立て始めた。
それを見て私は唖然とし、ハンナは驚愕して叫んだ。
『なっ?!なっ?!なんですかこれはぁぁ?!結界が………結界がぁぁぁぁ?!』
『これは我がスキル最大奥義『大気鳴動』。文字通り大気を激しく揺さぶり、振動させるものだ。たかが大気を振動させるだけだと侮るなかれ。その威力は凄まじく、岩の城塞程度であれば一瞬で分解することもできるのだ』
『「んなっ?!」』
『これまでは一点のみを重点して攻撃していた。が、今度は面を……結界全体を攻撃してくれる。さて……これ程の広範囲に渡るひび割れを修復し続けて、魔力はどれほど保つものかな?』
トゥルキングの言葉を受け、パッと結界を見上げる。
大気鳴動だかというスキルを受けた結界は、全体に細かな罅がピキピキと入っていく。
その罅をハンナは魔力を流して修繕するも、明らかに罅が入る速度の方が早く追いついていない。
しかも、ハンナの方も多量に魔力を消費し、大分弱っているようで、いつ倒れてもおかしくない。
トゥルキングの言う通り、このままでは結界が破れるか、ハンナが魔力切れで倒れるかするのも時間の問題である。
「くっ………こんな………この性悪マッチョ樹木が!!こんなんスキル後出ししやがって!このバーカバーカバーカ!!この……バーカ!?」
『子供か?それに汝に性悪とは言われたくないのだが………』
悔し紛れに暴言を吐いてみるも、冷静に返されてしまった。
くっ………こうなればハンナの稼いでくれた時間を無駄にしないためにも、渾身の脛殺しでトゥルキングを仕留めるしかない!!
そう決心した私は早速足を振り上げ、気合いやら、怒りやら、憎しみやらを乗せた渾身の蹴り放った。
「喰らえやぁぁぁ!シャオラァァァァァ!!」
放たれた蹴りは、脛殺しとなってトゥルキングへとぶち当たった。
だが…………。
『ヌッ?フンッ!!脛固め!!』
ガギンッ!!
「んなっ?!」
トゥルキングの例の防御技『脛固め』によって防がれてしまう。
『クハハハハ!!残念であったな!脛殺しの一発や二発、この脛固めがあれば防ぐことも可能よ!』
くっ!?す、すっかりあの技のことを忘れていた!?連発すりゃ問題ないとたかをくくっていたけど、この時間のないときに使ってきやがった!?
「くっ?!な、なら……脛殺し連発で仕留めてやるわよ!」
『クハハハハ!!それもよかろう!確かに我とて何発も脛殺しを喰らえば我慢の限界が訪れる!されど、その前にこの結界が破れる方が早そうであるがな!!さあ……この早々に結界を破り、汝らを纏めて片付けてくれる!!』
トゥルキングはそう宣言すると、大気鳴動の威力を更に上げた。
同時に結界の罅が大きくなり、ビキビキと嫌な音を立てはじめる。
ハンナも額から大粒の汗を流し、苦し気に喘ぎながら、とうとう地面に片膝をついた。
あかん!これ限界が近い!?
トゥルキングよりも先にハンナが倒れる?!
「ハ、ハンナ!?」
『ご、ご主人……様………。も、もう限界………な、何か……脛殺し以外に、奴を……一撃で沈める方法か……この振動を止める方法は……」
片膝をつき、弱々しい口調でハンナは私に何か打開する方法はないかと尋ねてくる。
だが、先程必死に頭を悩ませても大した方法は出てこなかった。
精々がポンゴやスケルトン達に盾………共に戦ってもらい、何とか時間稼ぎするしか思いつかなかったのだ。
「そ、そんな事言われても、私の一番威力の高いのは間違いなく『脛殺し』だし……。『冥府ノ波動』は魔力切れで使えない。『王殺し』は補助スキルだから除外だし、食べたものの力を得る暴食王』もここでは駄目………。その『暴食王で得た『蜘蛛糸』や『毒の息』も奴相手には意味ないし……」
自分の持てるスキルをハンナに一通り説明すると、ハンナは呆れとも困惑ともとれぬ微妙な表示をしていた。
『いや、あの……知ってはいましたが、その………な、なんとも個性的なスキル構成です………ね?』
「いや、今そういう気遣い、いらないから」
勇者らしくないスキル構成だということは、私が一番理解してますから!?クソがっ!!
ギロリとハンナを睨むと、ハンナは気まずそうにトゥルキングへと視線をもどした。
『し、しかし……確かに状況を打開できそうな手段がありませんね……。わ、私も既に魔力が切れかけていますし、このままでは………』
口惜しそうに歯噛みするハンナ。
私も同じくギリッと奥歯を噛みしめる。
「くっ!こんなことならもっと色んな役立つスキルを率先して覚えたり、好き嫌いせずに魔物を食えばよかった!!そうすりゃあ、あの振動を封じるなり、止めるなり、相殺するなりの状況を打開できるようなスキルもあっただろうに………!?」
地団駄踏みながら悔やんでいると、ハンナがガバッと顔を上げて私へと顔を向けてきた。
「うわっ?!びっくりしたぁ?!えっ、何?ど、どうしたの?!」
『相殺…………そうか…………その手が…………』
「あの…………ハンナさん?」
なんかこっち見ながら相殺がどうとかとブツブツ呟いてるんですが?
な、なんか琴線に触れることを言ったかな?
相殺っつても、あれを相殺する方法なんて……。
『………ご主人様。ご主人様の暴食王って、食べたもののスキル等を得られるんですよね?』
「えっ?そ、そうだけど?」
なんだ?急に暴食王に食いついてきたな?
もしかして、トゥルキングを食べてあのスキルを覚えて相殺しろとか?
絶対無理だから。あれをどうやって食えというんだ。
その前に振動に潰されるわ。
というか、仮にも知性のある人型生物を口に入れるのは躊躇いが………。
そう考えていると、ハンナがおずおずと口を開いた。
『あの………もしかしてですが。ご主人様……トゥルの実を山程食べてましたし、あのトゥルの歌とかいうスキルを既に習得してるのでは?』
「………………………………えっ?」
『いえ……だって暴食王の効果は、喰らったもののスキルを得るのです。だったら、あれだけトゥルの実を食べてたのにスキルを覚えていないという訳がないじゃないですか?』
「………………………………あっ?」
『前に、偶々毒の息を吐いてから暴食王の力を認識した……という事を仰っていましたし、もしかして自覚ないだけで結構スキルを覚えているのでは?普段食べてる食事の中にも魔物の肉等は入っていますし、覚えていても不思議ではないですよね?』
「………………………………んっ?」
『もし、あのトゥルキングと同じスキルを覚えているのであれば、上手くいけば相殺できるのではと考えたのですが…………どうでしょう?』
「………………………………ほう?」
『というか、あの………ご主人様?最後にご自身のスキルを確認したのは何時でしょうか?もしかしなくても、ご自身が知らないだけで、スキルとか……結構とんでもないことになっているのでは…………なんて?』
「………………………………」
暫し互いに沈黙しながら見つめあった。
その後、私は一度天を見上げ、スゥーと深く息を吸い込む。
そして正面を見ると、スッと両手上げてを前に掲げた。
準備を整えた私は意を決し、大声で叫んだ。
「トゥルの歌!大気鳴動!!」
駄目元で唱えた詠唱。
だが、次の瞬間には普通に手のひらから振動が発せられた。
グワングワンと普通に出やがった。
それを見て、『やったぞ!』という感激2割、残り8割は『本当に人間離れしてきたなぁ………』と何とも言えない気持ちで染々に思った。
乾いた笑みが溢れるとともに、何だか若干泣きそうになった。