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47話 悪魔の果実の収穫 その5

 

 ゼェゼェと荒く呼吸を繰り返しながら、一息つく。


 色々とやり過ぎた感は否めない。が、一応は何とか状況は落ち着かせた筈だ。既に大部分のトゥル達は無力化した。後は倒れたトゥル達から実を収穫し、とっととトンズラして依頼の達成報告をすればいい。


 早く帰ってお風呂入って寝たい…………。


 そんな事を切実に願いながら呼吸を整えていると、脛殺しや十傑ハンマーから運良く逃れ、ワナワナと震えている数体のトゥル達が目に入った。


「ば、ば、馬鹿な………勇者や十傑………それにこれ程の同胞が一瞬で………」


「見えぬ未知の攻撃に、青い雷のような糸……なんなんだこの人間の雌は…………」


「ば、化け物だ………人間の皮を被った化け物に違いない………」


 トゥル達は怯えた様子で随分と酷い批評を下してくる。


 うん。実感もあるから、その言葉だけで乙女の私の心はハートブレイクですよ。


 若干傷付き、ジロリとジト目で酷い批評を下してくれたトゥルを睨む。トゥル達は「ヒッ?!」と小さな悲鳴を上げて数歩後ずさった。


「あ、あんな化け物………敵う訳がない!!に、逃げ………グゲェェェェェ?!」


 1体のトゥルが踵踵を返して逃げようとした。

 が、逃げようとしたトゥルの真下から何か巨大なものが突き出し、トゥルは天高く吹っ飛んでいった。

 そして、地面に頭から落ちて突き刺さり、動かなくなった。リアル犬神家in大地状態だ。


 急な事態に驚き戸惑いながらも、トゥルを吹き飛ばしたそれの正体は何だと目を凝らせば………それは巨大な手であった。

 巨大な手が、地面からタケノコの如く生えてきて、逃げようとしたトゥルに真下からアッパーを喰らわしたのだ。


『軟弱者に生きる資格無し』


 唐突に現れた巨大な手に唖然としていると、妙に野太く威圧感に溢れた声が辺りに響いた。

 同時にズゴゴゴという、明らかにボス戦の時に響くような重苦しい音が鳴り響く。

 凄い嫌な予感をひしひしと感じていると、地より現れた腕が大地を掴む。

 そして、激しい振動と共に地面が割れ、その中から手の主………巨大なトゥルが『ゴゴゴ』と重苦しい音と共に現れた。


 それは巨大なトゥル……身長はザッドハークよりもかなり高く、約10メートル程。異常に発達した筋肉の鎧を全身に纏っており、表皮は他のトゥルと違い白樺のような白っぽい色をしている。

 顔(?)は大きく太い枝が複雑に枝分かれし、枝先には翡翠のような美しい色の葉が青々と生い茂っている。その姿を例えるならば、首から上にアフロが生えたような異形にして不気味な見た目だ。


 そんな明らかにボスっぽい巨大なトゥルは、割れた地面から這い出てくると、周囲に自身の存在感を誇示するように大きく胸を張った。


「トゥ……トゥルキング?!我らが偉大なりしトゥルの王!!」


「ま、まさか………トゥルキング様が直々に現れるとは………」


「トゥ、トゥルキング様………その御神体をお見せになるのは、一体何十年振りか…………」


 周囲にいたトゥル達が口々に巨大なトゥルの名らしきもの呟きながら、その場に跪いてゆく。


 御神体って…………数十年に一度しかお披露目しない、薬師如像みたいだね………。


「あれはトゥルキング………全てのトゥルの王にして、樹木の神たる世界樹の守護者たる『大地の護り手』の一柱『武謡の守護樹トゥルキング』?!まさか、この目で拝める日が来ようとは………」


「伝承だけは聞いた事がありますが、まさか実在するとは………。トゥルキングは世界樹を武力を持って守る者。恐らく、カオリさんの闘気に当てられ、出現したんでしょう…………」


 なんかおばさんやお婆さんも驚愕した顔をしている。


 …………名前や雰囲気からして、このトゥル達の親玉のようだ。うん。出てきた瞬間から何となく察してはいた。これでボスじゃなきゃ誰がボスだよって風格が漂ってるからね。


 てか、世界樹の守護者かぁ。

 世界樹はよく知らないけどゲームとかだと、かなり重要なファクターの一つだよねー。

 そんな存在が、今ここに?わぁー……凄いわー。


 


 


 いや、マジでふざけんなよ?

 こちとら疲れきってる時にボス出現とか?

 しかも、世界樹の守護者?!馬鹿かっ?!

 一旦休憩入れろや!?それか、回復の泉かセーブポイントを準備しろ?!

 じゃなきゃ、こんなのとやってられっかぁぁ?!


 てか、トゥルってマジで何なんだよ?!世界樹の守護者ってただごとじゃないだろ?!あの植物の立ち位置はどこなんだ?!


 半ば現実逃避しながら憤っていると、巨大なトゥル……トゥルキングが静かな……然れど威圧感に溢れた声で語りかけてきた。


『小さき者よ。我が名はトゥルキング。トゥルの王にして世界を守りし守護者の一柱。汝の戦いは我が眷族らの意思を通し、しかと見させてもらった。実に見事な戦い振りであった。大勢の我が眷族を前にして決して怯まず、勇猛果敢に攻めし汝が勇気。見事としか言いようがない。種族の違いを越えて惚れ惚れとしたものよ………』


「は、はぁ……どうも?」


 な、なんか凄く誉められてる?

 てっきり『我が一族の仇!』って襲ってくるかと思ったけど、心の底から誉められてるみたいなんですが?なんか敵意も感じないし…………。


 一応は身構えたまま、訝しげにトゥルキングを見ながら会釈する。

 すると、トゥルキングは腕組みしながら、感心したように唸った。


『ウゥム。我を前にしても一切怯まず、寧ろ戦意をたぎらせるか。見事なものよ。我が眷族らにも見習わせたいものよ………』


 トゥルキングはそう言って周囲で跪づくトゥル達を一瞥する。

 見られたトゥル達はビクリと肩が羽上がった後、怯えたようにプルプルと小刻みに全身を震わせだした。


『フム……我が眷族共は一瞥しただけでこれか。恥ずべきことよ。いや、既に役者が違う故に、仕方ないと言うべきかの。脛殺しの使い手よ』


 トゥルキングが何気なく放った言葉に、私はビクリと肩を震わせた。


 こ、この人(?)……脛殺しを知ってる?


 これまで私の脛殺しを詳しく知っている者はいなかった。脛殺しを喰らっても、謎の痛みとして判断するだけで、そのスキルの正体を一見して見破った者はいなかった。


 このトゥルキング一体…………?


 そう思いながら警戒した目をトゥルキングに向ける。

 すると、トゥルキングは私の警戒した様子を見て、『その様子。やはり脛殺しか』と勝手に納得したように頷きだした。


 そのトゥルキングの呟きに、周りがザワザワと騒ぎだした。


 見れば、跪づくトゥルや倒れたトゥル達が口々に騒ぎ、信じられないものでも見るかのように私を見ていた。


「あ、あれが脛殺し…………だと?」


「ま、幻の三大脚技の一つの………?」


「つ、使い手がいたのか?し、しかし………」


「だ、だが、この脛の痛み。確かに文献の一つにあったもの全く同じ……となれば…………」


 な、なんかスゴイざわついてるんだけど?

 えっと、どういうこと?なんか不穏な単語が聞こえたんだけど………?


「幻のサンダイキャクギ………?」


 聞こえた単語を呟くと、トゥルキングが『左様』と厳かに頷いた。


『三大脚技。それは我らのような、足技を極めんとする者達にとっての終極点。あらゆる脚技の極地にして、技の完成形。かつて、あらゆる脚技を極めし『蹴り神』と呼ばれし古き英傑。サム=ワンが考案した3つの最強の足技のことよ』


「タイ人……ですかねぇ?」


 足技云々より、発案者が気になる。

 発案者。多分、タイ人かそれに近い人だと思う。

 てか、名前の発音的に間違いない。

 それに、確かタイってムエタイの発祥の地だし、蹴り技でなんか繋がるわぁ。

 私と同じ転移者かなぁ?などと考えている間にも、トゥルキングの説明は続く。


『サム=ワンが考案した三大脚技は、そのどれもが凄まじい威力を持っており、正に必殺と名高い奥義であった。だが、それゆえに習得は難しく、サム=ワン以外に使えるものはいなかった。故に、後継者もなく失伝し、今では三大脚技は石碑に記された名前と僅かな伝承でしか伝えられておらぬ』


 トゥルキングが一度言葉を切ると、再び厳かな口調で語りだした。


『サム=ワンが考案せし三大脚技。石碑に記されし文章によれば…………。


 次元を越え、確実に相手の脛に苦痛を与えし第一の脚技『脛殺し』。


 体格差を問わず、どのような相手にも絶望と後悔を与えし第二の脚技『タンスノカド』。


 使い方次第では、相手を天国にも地獄にも送るとされる最強にして最凶とされる第三の脚技『デンキアンマー』。


 この3つをもって三大脚技とされている。

 第一の脚技は名前や伝承から、大体どのようなものかは検討はついていたので、汝の技がそうではないかと辺りを付けたのだ。それ以外の脚技については、どのようなものだったのか、今となっては検討もつかぬがな………』


 トゥルキングが厳かな口調で三大脚技について説明しながら、失われた技を思ってか、心底残念そうに首を横に振った。


 だが、それを聞いた私は目頭に指を当てながら、残念そうに頭を抱えた。


 三大脚技………私の予想通りなら、大分ちゃちい技になるんですが?名前負けしてない?

 脛殺しはいいとして、タンスノカドって……多分あれだよね?箪笥の角ってこと?

 じゃあ、多分小指……だよね?小指を攻撃する技だよね?名前からして?えっ、何?ぶつけるの?

 いや、確かに小指を箪笥の角なんかにぶつけた時に『またやった!』とか『小指もげた!』って勘違いする程の痛みと絶望感に襲われるけど、三大脚技と呼ばれる程の技かと言えば…………。


 それにデンキアンマー。

 電気庵摩ってこと?あの股間を攻撃?するやつ?

 これ、蹴り技?蹴り技でいいの?

 そもそもあれだよね?股間……を足で揺するやつだよね?………技なの?これ?

 私の知ってる限り、男子達が小学生くらいのときにふざけあって使う技……というよりイタズラなんですけど、蹴り技認定していいの?

 それに天国と地獄って………いや、まぁ、使いようによっては確かに天国と地獄だね。使い方次第ではね……。ただ、そこまで大袈裟なものではないかと………。


 サム=ワンって人、実は馬鹿じゃね?などと思いながら、三大脚技のちゃちさに呆れていると、トゥルキングが腕組みを解き、悠々とした足取りで私に向かって歩みだしてきた。


『故に、我は実に嬉しく思っておる。失われし奥義を極めし者がいることに』


 トゥルキングは私の間近まで近付いてくると、そこで止まってしゃがんだ。そして、右腕をスッと差し出してきた。


『強き者。我らが至れぬ極致に至りし者よ。汝の名を教えてくれぬか?』


 どうやら私と握手するために近付いてきたようだ。


 差し出された巨大な手とトゥルキングの間を暫し逡順した後、ちょっと迷いながらも差し出された手……というより小指を握って、握手に応えた。


「えっと………愛原香です」


 名前を名乗ると、トゥルキングは『アイハラカオリ』と、しっかりと名を忘れぬように、飲み込むように呟いた。


 なんか本当に私に敬意を払ってる様子だなぁ。

 敵意とかも感じないし、案外と話をしたいだけで出てきたのかもしれないな。

 戦いとかには………ならいないかも?


 そんな淡い期待を抱えながら、握手した手を離す。すると、トゥルキングがその場にスッと立ち上がった。


『強き者。アイハラカオリよ』


「あっ。香でいいですよ」


 いちいちフルネームで呼ばれるのもあれだし、何だか少し親近感も湧いたので、気軽に名を呼んで下さいと言うと『そうか』と、トゥルキングは厳かに頷いた。


 いちいち動きが大袈裟だなぁ。


『して、カオリよ。我は強き汝に敬意を抱き、同じ強者として共感を感じている』


「は、はぁ……ありがとう……ございます」


 果たして巨体な樹木に共感を抱かれるのが良いことなのかは分からないが、変に否定しても拗れそうだし、適当に返事をしておく。


『我らトゥルは、強き者を尊ぶ。故に、汝の強さは称賛に値し、本来ならば汝を中心とした宴でも催したいところだ』


「は、はぁ……お気遣いなく」


 樹木の宴………水で乾杯、肥料がご馳走とか?

 全力でお気遣いしないでもらいたいなぁ。


 遠い目でそんな事を考えていると、フッとトゥルキングから感じる威圧感が増してきた。


『然れど、同じ足技を極めんとする者の前に、我はトゥル達の王。個として如何に汝に共感を感じようと、我がトゥルの王のとしての立場は汝を許さず。我は汝が行いを裁かねばならぬ』


 あれ…………?なんか雰囲気が不穏なものになってきてませんか?

 具体的には、殺気みたいなものが漏れてませんかね?


 不穏なものを感じ、ズズィっと後退りした瞬間、トゥルキングから凄まじい威圧感が放たれた。


『我はトゥルの王にして守護者。我はトゥルの王として、我が眷族を傷付け、いたずらに我が子らの未来を奪いし者らを許す訳にはいかぬ!故にカオリよ。我は、我が眷族に蛮行を働きし汝に制裁を下す!!』


 トゥルキングが両腕を構え、臨戦態勢をとる。

 同時に、その全身から可視化する程の凄まじいオーラが溢れ出る。


『カオリよ!汝の力!汝の技!汝の勇気!そのどれもを我は称賛しよう!汝の強さに敬意を払おう!故に、汝を強者と認め、我が全霊を持って眷族らに対する報いを汝に受けてもらおう!!』


 トゥルキングが拳を前に出し、半身に構えた。


『さあ、来るが良い、サム=ワンの技を継ぎし強者よ。せめて簒奪者ではなく、我が好敵手として葬ってくれる。さぁさぁ、構えるが良い!!いざ、勝負!!』


 拳を掲げ、完全にやる気満々に私を見据えるトゥルキング。


 どうやら私の事は個人的に認めるけど、立場上は許せないので罰を受けてもらうと………。


 やる気と殺る気に溢れたトゥルキングを見上げながら、私は口端を歪めた。


 やっぱこうなったかぁ…………。


 もしかしたら戦闘を避けられるんじゃないかと淡い期待もあったけど、やはりというか回避はできないみたいですねー。

 まぁ、何となくそうなるんじゃないかとは思ってましたし、さして期待はしてませんでしたよー。

 うん、こんな明らかなボスが出てきて、戦闘はなしだなんて甘いことにはなりませんよねぇ………。


 


 


 


 

「ちょっとは期待に応えろシャオラァァァァ!!」


 淡いとは言え、抱いた期待感を砕かれた悲しみと、こんなデカブツ相手にしなきゃいけない絶望を乗せて、私は渾身の脛殺しを先制してトゥルキングへと放った。


 が…………。


『フンッ!!『脛固め』!!』


 トゥルキングが内股に構えながら、両手を前に突き出した。


 その瞬間、確かな脛殺しが当たった手応えがあった。しかし、トゥルキングは全く揺るがず、それどころか痛みに喘ぐ様子すらない。


「なっ?!そ、そんな?!」


 馬鹿な?!脛殺しが効いていない?!


 スケルトン以来の脛殺しが効いていないということに驚き戸惑う。

 何故?と疑問を感じながら、必死に効かない要因を推察する。

 前にスケルトンに脛殺しが効かなかった時は、スケルトンに痛感が無いためだった。なら、植物であるトゥルも痛感が無いのか?とも考えたが、他のトゥルには効いていた。


 ならば一体…………?


 いや、待て。脛殺しが当たる直前、トゥルキングが妙な構えを取っていた筈………。


 あれか?あれが原因か?


 警戒した目でトゥルキングを睨むと、まるで私の考えを読んでいたかのように、トゥルキングが頷いた。


『汝の考えの通りよ。今、汝が放ちし脛殺しを防ぎしは、同じくサム=ワンが考案せし足の防御技が一つ。名を『脛固め』よ』


「脛固め!?」


 また変な技出た!?と驚愕すると、やはりと言うか、トゥルキングが親切に概要を教えてくれた。


『左様。サム=ワンは攻撃たる矛の技を考案すると同時に、守りたる盾の技も生み出していたのだ。こちらの盾たる技は、矛よりも比較的に難度は低く、使い手は世界に幾人かおる。そして、我はその使い手が一人。この脛固めは脛に特殊な気を纏い、脛に対するあらゆる衝撃を緩和するというものだ。汝の脛殺しも例外ではない』


 自信満々に説明された内容に、私は唖然とした。


 す、脛へのダメージを緩和する……ですって?

 まさか、そんな技が………。

 緩和するという事は、私の脛殺しは………。


 唖然とする私に、トゥルキングは構えを解いて、愉悦に満ちた声で語りかけてきた。


『ククク……。驚いたようだな。さしもの伝説と名高い脛殺しと言えども、この技の前では本来の威力を発揮……』


「じゃあ、連発すりゃいいじゃない?」


 緩和……という事は効かないという訳じゃなく、ダメージを軽減してるだけの筈。

 なら、連発すりゃ、効くんじゃね?と思い、その場で五連程発動してみた。


 確かな手応えを五回感じ、チラリとトゥルキングを見上げてみると………。


『フゥ~!?フゥ~?!フゥ~?!』


 ………効果は抜群だったようだ。

 呼吸が非常に荒く、全身をメッチャ震わせている。特に、脛殺しをくらわせた右足を庇うような立ち方になっていた。


「脛固め、やぶれたり…………」


 なんとなくそう呟くと、トゥルキングがプルプルと震えながらも構えをとった。


『ク……ククク………こ、この程度で脛固めが破れただと?な、何を寝ぼけた事を………』


「いや、メッチャ声裏返ってるよね?メッチャ効果抜群じゃん?」


 多分、後数発くらわせれば倒れると思われるくらいプルプルと震えとるんだけど?


『ククク………この我が甘くみられたものだ。この程度で効いていると思われるとはな。例え効いていたとして、この程度……我慢できる範疇よ』


「痛いのは痛いんだ………」


 我慢できる範疇ってことは、我慢しなきゃいけない程に痛いってことだよね。


 やっぱ脛殺し強えーわ。

 流石は三大脚技。その異名に間違いなしって感じですね。


 で、これってこのままとどめ刺しても大丈夫かな?


 痛みを堪えるトゥルキングを見上げながら、とどめを刺していいものかと考えていると、唐突にトゥルキングが左足を大きく上げた。

 そして、まるで相撲の四股を踏むように、上げた足を勢いよく地面に叩きつける。

 すると、トゥルキングの足は地面を陥没させ、大地に深くめり込んだ。


 何をしてるんだ?そう思った瞬間。


トゥルの歌(トゥルーザソング)!』


 トゥルキングがそう呟いた瞬間、大地に刺さった左足を中心に、地震でも起きたかのような揺れが辺り発一帯を襲った。


「えっ?きゃあ?!」


 あまりに激しい揺れに立ってられず、久方ぶりに女らしい悲鳴を上げながら尻餅をつく。


 な、なんなのこの揺れ?地震?!いや、地震……にしては何か不自然な揺れ方なような?なんかこう……揺れっていうか、振動しているような……?


 地震のグラグラという揺れよりも、バイブレーションのようなブブブブという振動に近いものを感じる。

 これは一体………と、思ったのもつかの間、いつの間にか左足を陥没させたままに、微かに振動している右足を振り上げたトゥルキングが目に入った。


 ?!………これヤバッ?!


 それを見た瞬間、非常にヤバいものを感じ、咄嗟に手を前に掲げた。


「か、解放!!ポンゴ!!」


 解放の詠唱と共に、私の前に蜘蛛の足と百足の尻尾。そして、最近首もとに二体のフォレストベアの首が生えてきた巨大な骨の竜、スケルタリードラゴンのポンゴが出現した。


『グァ?』


 いきなり呼ばれたポンゴは、『えっ?何?』みたいなキョトンと戸惑ったような顔で辺りを見回していたが……。


『大震脚!!』


 ゴガシャアアアアアアン


 次の瞬間には、トゥルキングの放った蹴り技により、一撃で無惨に飛び散った。


 ガシャガシャと骨や蜘蛛の足が散らばる。

 多分、間違いなくまた死んだだろう。


 だが、ポンゴのその身を呈した行動により、私はからくもトゥルキングからの攻撃を避けることができた。


「あ、危なかったぁ……マジでギリギリだった」


 ポンゴが稼いでくれた僅かな瞬間を利用し、寸前で横に飛んで何とか難を逃れた私は、その場に立ち上がって辺りを見回した。


 私の周囲には、バラバラとなって砕けた白い欠片……かつてのポンゴだったものが、辺り一面に散乱していた。


 そんな変わり果てたポンゴの姿に、私は怒りから、拳を固く握りしめた。

 そして、ポンゴをこんな姿にした張本人たるトゥルキングをキッと睨み付けた。


「ポ、ポンゴ……ポンゴが死んだ……。くぅぅ……よくもポンゴを!!許さないわよ!!」


『い、いや……今のは我が悪いのか?』


 トゥルキングが戸惑ったように私と散らばったポンゴとを交互に見ていたが、それに構わず更に叫んだ。


「あんたが蹴って、あんなバラバラにしたんだから、あんたが悪いに決まってるでしょ!見てよアレ!!見事にバラバラじゃない!?一部、粉みたいになってるし、あれを直すハンナの身になりなさいよ!!この馬鹿!!」


『う……うむ、す、すまない……』


 声を張り上げトゥルキングを責めると、トゥルキングは少し後退りながら謝罪を口にしてきた。


 分かってくれたようで何よりだ。

 だが、許さん!ポンゴ……あんたの仇、必ずとるからね!!


 そんな誓いを胸に、トゥルキングをキッと睨む。


 


 


「フム……見事なまでの責任転嫁だな。勢いで何とかごまかし、自身の責任を逃れようとしておる。あそこまであからさまだと、寧ろ清々しくもある。カオリも強くなったものよ」


「嬢ちゃん………最近、益々ザッドハークに似てきたなぁ。流石にドン引きだぜ。つか、何気にハンナも巻き込んでやがる。まぁ、あいつしかポンゴを直せないから仕方ないが、いくらなんでもなぁ……」


「かor13……」


「ウッヒッヒッ……あの図太さ。本当に逸材じゃのう。女なら、あれぐらいずる賢く、男を食い物にするぐらいがちょうどえぇのじゃよ」


「あの狂暴性に悪辣なまでの図太さ。とてもアキヒコには制御できないわね。でも、あれが義娘(みかた)になれば、これ程心強いことはないわぁ。やっぱり、嫁に欲しいわぁ」


「あれ、トゥルキング様が悪いのか?あれ、どう見ても………」


「……なぁ?あんなタイミングで出されちゃあ、避けれないし、止められないよなぁ?」


「シッ!貴様ら黙れ!下手な事を言ったら、矛先が再びこちらに向くぞ!ここはトゥルキング様に全てお任せするのだ!」


 


 

 なんか壁際で集まって、すっかり観戦ムードになってる外野がうるさいんだけど?

 まぁ、無視だ無視。私は何も聞こえない。私は何も聞いていない。


 あーあーあー。


 耳を塞いで「あー」と声を出していると、外野を横目でチラリと見たトゥルキングが、何か言いたげに身動ぎした。


『…………カオリよ。やはり、先程のは……』


「トゥルキング。これ以上に交わす言葉は必要ないわ。ここはから先は言葉は不要の漢の戦い。あなたも漢なら、拳で語りなさい!!」


『いや、あの…「拳で語りなさい!!」あっ、はい………』


 ピシャリと言い放ち、言葉を制する。

 だが、それでもトゥルキングは、何か不満気な雰囲気を出している。が、敢えてここは無視する。


 


 


「おい……普段、男扱いされるとキレるくせに、ここで漢の戦いを引き合いに出したぞ?」


「本人も無理に押している自覚がある故に、話題にされたくなくて必死なのだろう。あの手の者は、真っ向から指摘されたら、心の底より罪悪感が際限なく押し寄せてくる。カオリなりに手段は選んでおれんのだろうて」


「……成る程」


 だから外野黙れっ。


 


 


「ところでトゥルキング……さっきは随分と驚いたわ。急な振動からの隙を突いた蹴り。たまたまポンゴが前に出てくれたから助かったけど、さっきの振動は何だったの?」


『たまたま…………』


 先程の振動………。

 あれは明らかに、このトゥルキングが何かをした筈。じゃなければ、あんなタイミングよく振動なんか起きる筈がない。


 確信を胸にトゥルキングを問い詰めると、トゥルキングは戸惑ったように語りだした。


『なあ……先程、汝はこれ以上の言葉は必要……』


「さっきはさっき!!今は今!!」


『う…うむ………』


 ピシリとそう言い放つと、トゥルキングはたじろぎながらも頷く。そしてゴホンと一度咳をついて気を取り直すと、またまた親切に説明をしてくれた。


 なんだかんだで色々と教えてくれて親切だなぁ。

 説明好きなのかなぁ?


『先程のは我がトゥル族の持つ特殊スキルの一つ『トゥルの歌(トゥルーザソング)』。歌に乗せて、振動を発することができるスキルよ』


「し、振動?!」


『左様。我らトゥル族は大地の歌い手。大地の喜びや悲しみ、怒りを歌に変え、世界に響かせし者。故に我らは(幼き)の頃から歌を嗜む。そして、歌うことで音を……正確には振動を発し、操ることができるのだ』


 腕組みしながら説明された内容に、私は目を見開く。


 し、振動を操る…そんな力が植物にあるなんて……。


 驚愕に震えながらも、心の内では色々と得心もいったし、心当たりもあった。


 先程の奇妙な揺れ………あれが振動によるものと思えば、地震とは異なる揺れの違和感も納得できる。伊達に地震大国出身じゃないからね。

 だが、何より……トゥルの実を食べると、胃の中がシェイクされたように凄まじく震え、激しく気分が悪かった理由も納得できた。


 あいつら、腹ん中でスキル使ってやがったのか!


 腹の中で合唱してるだけだと思ったら、歌いながらスキルを発動してやがったのか?!


 スキルって……どうりで不自然なまでに振動を感じた訳だよ!?スキルってことは腹ん中から攻撃されてるようなものじゃねぇか?!メチャクチャ内臓震えて、大変だったんだぞ?!


 思わぬところでトゥルの能力と、食べた後の体調不良の原因を知って憤る。特に後者を。


 あれ?だけど、さっきは歌なんて歌ってなかったような?


 そんな疑問を感じていると、まるで私の心でも読んだかの如く、トゥルキングが更なる説明をしてくれた。


『まぁ、歌と申しても、それは実の頃だけであり、成長して樹木となると、歌わずとも肉体から振動を自在に発することができるようになる。そして、その効果は樹齢を重ねる程に高まり、我ほどの樹齢となれば、大地を地震の如く揺することも、肉体を超振動させて技の破壊力を上げることも可能よ』


 自慢気に語りながら、トゥルキングは拳を掲げ、その拳をブルブルと高速で振動させた。


 肉体も自在に振動を乗せられる………。

 そんな器用なこともできるなんて…………。

 そういえば、どっかで見た本だかテレビに、物体に振動を加えると脆くなるから、破壊力が上がるとか何とかって書いてあったような気がする。

 詳しく覚えてないし、興味もなかったからうろ覚えだが、多分そんな事が書いてあった。多分。


 だが、それなら先の蹴りの破壊力にも納得だ。

 物理的に腐って骨だけになり、百足やら蜘蛛やら熊が混じり、よく分からない存在になりつつも、ポンゴはれっきとしたドラゴン。

 見た目アレだが、そのドラゴンたるポンゴをあんな一撃で残骸に変えるなんて普通はあり得ない。


 ゴアやザッドハークに消し炭に変えられる事は暫しあるけど、あれはあの二人が異常なだけで、ポンゴは本来はそんな易々と倒せる存在じゃない。

 そんな多分強い筈のポンゴを一撃で破壊できたのも、元々の強力な蹴り技に、スキルの上乗せしたことで、更に破壊力が増したから………。


 あのスキル………馬鹿にできない。


 トゥルキングのスキルの底知れぬ恐ろしさに、憤りから警戒へと意識を変える。

 トゥルキングはそんな私の心の変化を感じたのか、スッと拳を構えた。


『我がスキルの恐ろしさを理解したか。流石は強き者よ。然れど、理解したからと避けらるものではないぞ?』


 トゥルキングはそう言うと、再び地面を片足を突き刺した。


『汝が脛殺しは確かに恐ろしい。だが、脛殺しを放つには、必ず蹴りを放つ予備動作をしなければならぬ。故に、我は汝が蹴りを放てないよう、先程のように立てぬ程に地面を揺さぶってやればよい。そして、その隙を突き………』


 トゥルキングは突き刺した足とは反対の足を、見せびらかすようにスッと上げた。


『我が最高の蹴り技で確実に頭を砕く』


 完全な臨戦態勢をとったトゥルキングは、掲げた片方の手の指を上げ、かかって来いとばかりにクイクイと挑発的に動かした。


『さぁ、どうする?強き者よ』


 闘気をみなぎらせるトゥルキングを前に、私の額から一筋の汗が流れ落ちた。

 

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