46話 悪魔の果実の収穫 その4
頭は緑生い茂る木で、体は筋骨隆々な人間という異様な風貌の樹木。トゥル。
そのトゥルの木々の大群が、私達目掛けて駆けてくる。
そんな津波のように押し寄せるトゥルの群れを目にし、私は絶叫を上げた。
「ギ、ギャァァァ!?馬鹿やってる間に、直ぐそこまできてやがったぁぁ?!」
アホみたいな進路をおばさん達に迫られている内に、物理的にも迫られてやがった。
お婆さんが飛び出してトゥル達に襲いかかり、一方的な展開となっていたので油断していた。
だが、よく考えれば、お婆さんが相手をしてたのは群れのごく一部。全部を相手にしてた訳でもないし、トゥルの方も全員でお婆さんにかかっていた訳ではない。
となれば、残りの他のトゥル達が此方に向かってくるのは必然だろう。
マジでやらかした。
慌てふためき逃げ場を探すも、既にトゥル達は目と鼻の先まで迫っている。更には、背後の扉は施錠されて開かない。
つまり逃げ場は無い。
八方塞がりとはこのことか………。
そんな事を考えながら背後の壁に張り付き、アワアワと怯えていると、私の前におばさんが進み出た。
「お、おばさん………?」
こちらに背を向けるおばさんに声をかけると、おばさんは振り返ることなく語りかけてきた。
「カオリさん。まずは私が手本を見せる。あなたは私の後に続いてトゥルを狩りなさい。何、恐れる必要はないわ。私のやる通りにやれば死ぬ事はない」
「おばさん………」
おばさんはスッと腰を低くくして拳を構えると、真っ直ぐに迫るトゥルを見据える。
「それに、あなたを死なせる気も傷付けさせる気もない………何故なら………」
おばさんは構えた拳を横に広げ、まるで包容でもするかのような姿勢をとった。
「家の息子に嫁入り前に、傷ものになんてできないからね!!グオラァァァァァ!!」
そう言うと同時に、おばさんは獣のような咆哮を上げながらトゥル達へと正面から突っ込んでいく。
両手を大翼のように広げ、凄まじい勢いで駆けていく姿は、獲物を求めて駆ける野獣そのものであった。
おばさんは迫るトゥル達へと正面から飛び込むと、広げた両の手の拳にグッと力を込めた。
そして…………。
「猛虎大進撃!!」
「「「グァァァァァァァァ?!」」」
おばさんはトゥルの群れへと臆することなく飛び込み、全身を使った体当たりを敢行する。更には、広げた両手でトゥル達の胸元を強打……所謂ラリアットにより、広範囲のトゥル達を広げた腕で薙ぎはらっていく。
その威力は凄まじく、正面からタックルを喰らったトゥルはトラックに轢かれた如く宙を舞い、両手に刈り取られたトゥルは勢いに負けて後頭部から地面へと倒された。
しかも、トゥル達と衝突したにも関わらず、おばさんの勢いは全く落ちない。それどころか、より勢いを増してトゥルの群れを左右に割っていく。
その様子は、大海原を割るモーゼのような光景であり、おばさんのおかげでトゥルの群れの進行は一時停滞した。
そんな凄まじい進撃をするおばさんを見ながら、私はボソリと呟いた。
「おばさん……だから嫁ぐ気ないって………」
守ってもらえるのは有難いが、全く嫁ぐ気ないから。
何故、そこまで頑なに私を嫁がせようとするのだろうか?最早、希望というより執念すら感じる。
余程、トゥル農家は深刻な嫁不足に陥っていると見られる。分かる気はするが。
後、手本を見せると言ってたけど、手本になってないから。できないからね、ラリアットしながらのタックルって。
最初の衝突で吹き飛ばされて死ぬ自信あるわ。
というか、あれ収穫じゃなくて、ただただぶっ倒してるだけだよね?一切収穫してないよね?
倒れたトゥルに見向きもせずに、真っ直ぐ突き進んでるよね?
というか、格好もあれだし、アメフト選手が乱闘しているようにしか見えないんですが?
せめて、あの電気棒か噴霧器使えよ。なんでおばさんもお婆さんも素手でいってんの?
最早収穫じゃなく、乱闘や戦争のような光景に唖然としていると、ザッドハークとゴアが前に進み出た。
「ザッドハーク………ゴア…………」
「フム。見ているだけでは依頼の達成にはならぬ。我らも赴くか」
「n5たqe私hn320」
ザッドハークは拳をゴキゴキと鳴らし、ゴアは触手を揺らめかせ、やる気満々の目でトゥルの群れを見据えていた。
そんな二人の背に、私は慌てて声をかけた。
「ちょ?!ちょっと!?行くの?!あれに突っ込むの?!」
トゥルの群れに飛び込む気って………マジですか?!絶対正気じゃないでしょ?!
「絶対止めた方がいいって!?あんなん無理だって!?てか、もうおばさん達で十分じゃない?!おばさん達だけで無双できてるし?!」
「だが、それでは依頼達成にならぬであろう?」
「依頼は収穫の手伝いであって、討伐じゃないでしょ!?これ、もう依頼内容の範疇越えてるじゃん?!どうしてもって言うなら、おばさん達が倒したトゥル達からゆっくり実を収穫すればいいじゃない?!」
「フム。それも一つの手。然れど、そのような腐肉を漁る烏の如き真似を、我が誇りは良しとせぬ。
よいか、カオリ。漢には、決して引けぬ戦いがあるのだ。汝も漢なら心せよ」
「それ、少なくとも今じゃないよね?!せめて、もっと重大な局面で言ってよ?!全く格好良くねーよ?!てか、私は漢じゃねーし!?」
そう叫ぶも、ザッドハークは全く聞く様子なく、拳を鳴らしながらトゥルの群れ目掛けて迷いなく歩み出していく。
「いや、ちょ?!てか、ザッドハーク!!あんた、いつもの剣や盾がないじゃない!?それで大丈夫なの?!」
武装は不要と事前に言われ、私達は自前の装備を持って来ていない。それはザッドハークも同じことで、いつもの巨剣や盾は無い。
少しずつ離れていくザッドハークの背に向け、その事を叫ぶが、ザッドハークは振り返ることなく拳を構えた。
「カオリよ。案ずる必要はない。たとえ剣が無かろうと、我には何の問題もない」
悠々とトゥルの群れに向けて歩いていくザッドハーク。そんな黒衣の騎士に、おばさんの突撃から逃れた何体かのトゥルが目を付けた。
「?!……何と禍々しき障気を放ちし者か?!」
「くっ!?何とも邪悪にして凶悪な相貌!!悪に殉ずる外道か?!」
「このような巨悪……大地に住まう者として捨て置けぬ!!」
「天と地に住まいし神に代わり、我らが成敗してくれる!!」
「貴様自身に恨みは無いが、覚悟せよ!!」
ザッドハークを敵と見定めた5体のトゥル達が、一斉に上空へと翔び上がる。そして、上空からの急降下を利用した飛び蹴りを、ザッドハーク目掛けて放ってきた。
「フン……植物如きが賢しきかな。然れど、そのような蹴り如き、我が歩みを止めるに足りぬわ」
急降下してくるトゥルに対し、ザッドハークは冷たい目を向けると、拳を高速で天高く振り上げた。
「暗黒流星拳」
「「「「「グァァァァァァァァ?!」」」」」
天高く高速で突き上げられた拳は、どれもが外れることなく迫るトゥル達へと命中。
5体のトゥル達は、流星のように再び上空へと打ち上げられ、やがて地面へと墜落。力なく倒れ伏せ、全員が戦闘不能へと陥った。
ザッドハークは倒れて動かなくなったトゥルへと近付くと、その木の枝に生った青い実を無造作に掴み、背負いカゴへと投げ入れた。
「フム。命までは取らぬ。だが、汝らが子は我がものとする。精々、我が糧となる事を誉れと思え」
「ウグッ………おの…………れ……」
1体のトゥルが倒れながらも、震える手でザッドハークの足首を掴み、必死の抵抗を試みる。
だが、ザッドハークはその掴まれた手を振り払い、逆にその手の甲を足でギリギリと踏んだ。
「グァァ………?!」
「愚かな。自らが分を弁えよ。我は勝者であり、汝は敗者。勝者は敗者より全てを奪う資格と権利を有する。所詮、この世は弱肉強食。弱きは強きに黙って従え。それは先に汝らも了承したこと。無駄な抵抗をし、無様な恥を晒すでない」
「グ……ソ…………」
「恨むならば己の力の無さを呪え。汝に力があれば、子を奪われることもなかった故にな」
ザッドハークはそう言い捨てると、トゥルの木の実を次々に収穫する。
そして、粗方木の実を取り尽くすと、倒れたトゥル達から興味ないとばかりに視線を外し、次の標的目掛けて歩きだした…………。
「立ち位置っ?!?!」
私は叫んだ。
大いに叫んだ。
叫びたい事が纏まらず、自分でも何言ってんだ?とも考えたが、一番心の奥底にある感情が言葉となって飛び出してきた。
ザッドハーク。あいつの立ち位置は一体どこなんだよっ?!
一応は勇者の仲間だろ??今の行動も言動も何もかも勇者の仲間じゃねぇよ?!完全に魔王だよ?!魔王の台詞に魔王の振る舞いだよ?!顔や雰囲気も相まって、完全に魔王だよ?!村の子供を浚いにきた魔王様かよ?!お父さん。お父さん。魔王が来るよ。かよっ?!
立ち位置フワッフワッじゃねぇか??
立ってる場所が大地のように安定してねぇよ?!
天空の城ラピ〇タ並みに、どこ飛んでるのか分かんねぇ不安定な大地だよ?!フワフワだよ!?
しかも、トゥルの方でもザッドハークを邪悪認定していたし、一瞬マジでどっちが敵か分かんなかったわ?!トゥルを応援しかけたわ?!
最後のトゥルの手を踏むとこなんか、完全に悪役がやることだろがっ?!とうとう本性が目覚めたかと思ったわ?!
一瞬、倒れたトゥルと、世紀末な世界で種籾を守る老人の姿が重なったわ?!
「ウオッ?!」
「ウグゥ!?」
「グァッ!?」
ザッドハークってやっぱ魔王なんじゃね?などと考えていると、直ぐ近くから苦悶に喘ぐような声が聞こえてきた。
驚いてそちらを見れば…………。
「締kp8さnb60ら人o01………」
ゴアが長く伸ばした触手で10体くらいのトゥル達を拘束し、締め上げていた。
「グッ……オオ……お、おのれ……何なのだ、この生物は………?!」
「グオッ!?いや……そもそも生物なのか?こやつから感じる底知れぬ闇の波動………尋常ではない」
「ムオオ………こ、この触手。力一杯に振りほどこうとしても、全くビクともせぬ。それどころか、体に食い込んで……グアアァ……」
触手に絡めとられたトゥル達が必死の抵抗を試みるも、全くほどける気配はない。
それどころか締め付けがより強くなり、苦悶の悲鳴がより大きくなる。
そんなトゥル達を拘束するゴアの触手だが、その巻き付く触手の表面の一部がニュルと枝分かれし、細長い触手となって現れた。
その細長い触手は拘束されたトゥルの眼前まで伸びると、その先端が更に数十の糸のような触手となってバラけた。
「ヒッ?!」
この光景を目の前にして、さしもの屈強なトゥルも小さくない悲鳴を上げる。
だが、ゴアは一切そんな事を気にすることなく、糸のような触手を操り、それをトゥルの枝に生る木の実へと絡ませる。
そして触手を引っ張り、トゥルの実をブチブチともいでいく。
「ぐ、ぐあああ?!わ、我が子らがぁぁ?!」
「おのれ!?この外道が?!抵抗できないのをいいことにこのような………」
「次世代の……次世代に繋がる筈の、我が子らがぁぁぁぁ!?」
実をもがれたトゥルが口々に怒声や罵声を浴びせるも、ゴアは全く気にした様子もなく次々と収穫。
最終的に熟した実を全て収穫してカゴへ入れると、拘束していたトゥル達を解放し、次のトゥル達へと向けて触手を伸ばしていった………。
その光景を、私は何とも言えない気持ちで見ていた。なんか変な笑いが込み上げる。
あまりにもある種で凄惨と言うか衝撃的光景に、何と言っていいのか分からない。
分からなすぎて、ゴアって意外と手先器用なんだ……と、下から数えた方が早いくらい低い優先順位の事を考えていた。
「グオオオオ!?」
と、ゴアに目がいって油断していた私の背後から、凄まじい絶叫が上がる。
その絶叫に驚き、次は何だとバッと後ろを振り返れは……。
「まだだ。まだ倒れてくれるなよ、簒奪者が」
「オゴッ!ブゴッ?ベホッ?!」
ジャンクさんがトゥルにボコボコにやられていた。
1体のトゥルが、体を∞を描くように揺らしながら、右に左にと休むことなくパンチを繰り出し、ジャンクさんは悲鳴を上げながら、首を右へ左へと吹き飛ばされる。
しかも、その四方を腕組みした4体のトゥルが取り囲んでおり、逃げ道を完全に塞いでいる。
ジャンクさんがダウンしそうになると、囲むトゥル達が倒れる前に支えて、強制的に中央へと押し戻す。そして再びトゥルの猛攻を受けるというリンチ態勢が出来上がっていた。
凄惨とも言える光景を唖然と見つつ、あれって確かデンプシー・ロールだっけ?幼馴染の男友達に借りた、あのボクサー漫画でやってたな。なつかしー。などと、軽く現実逃避をした。
が、私の良心が『いつまで眺めてんだ?!』と叫んできたので、流石に現実に戻ることにした。
「ジャ、ジャンクさん?!」
取り敢えず、慌てて名前を呼びながら駆け寄ろうとすると、私の前に1体の別のトゥルが唐突に躍り出てきた。
「あっ………」
「フム。人間の雌か。見たところ、他の者と違って戦闘力は無さそうだ。だが、ここにいるという事は簒奪者共の仲間。なれば容赦する必要はあるまい」
目の前のトゥルはそう呟くと、言うが早いが足を振り、私の顔面目掛けて蹴りを放ってきた。
「ヒャ、ヒャアアア!?か、解放!!スケルトン134号!!」
蹴りを放ってきたトゥルに驚きつつも、私は咄嗟に収納空間からスケルトンを呼び出し、自身の前へと出現させる。
『カタカタ?』
「何っ?!」
唐突に呼び出されたスケルトンは「えっ?何?」みたいな戸惑ったような顔をし、トゥルは急に現れたスケルトンに驚きの声を漏らし、一瞬だけ身を強ばらせる。
が、勢いの乗った蹴りを止めることはできず、そのままスケルトンへと振り抜かれた。
ガッシャァァァァァァ!!
まともに正面から蹴りを喰らったはスケルトン一瞬で砕け、無残にも骨がバラバラ飛び散り、辺りに散乱する。
バラバラと骨やその欠片が落ちてくる中、私はハァハァと荒い息を吐きながら地面に腹ばいで突っ伏していた。
そう、トゥルが身を強ばらせた一瞬の時間。
それを利用し、私は後方へ咄嗟に飛んで突っ伏し、蹴りをやり過ごすことができたのだ。
あのままであればまともに蹴りを顔面を食らっていた。が、スケルトンが出現したことでトゥルが強ばらせたのと、スケルトンがその身を盾にすることで、僅かながら回避する時間を得られたのだ。
ナイスだよスケルトン。
だから彼の死は無駄ではない。しっかり主たる私の身を守ったのだから無駄ではないし、本望な筈だ。
そう思いながら、私の目の前に落ちてきたスケルトンの頭骨に目をやる。
うん。そんな恨みがましい目で私を見ないで。どうせ再生するんだし。
…………うん、すみません。後でパンツ(ハンナの使用済み)上げるから許して。
勇敢に散ったスケルトン134号に誓いを立てていると、ザッザッとこちらに近づく足音が聞こえた。
「急に人間の骨の魔物が現れるとは驚いたな」
スケルトンをバラバラにしたトゥルが、砕け散った骨の破片を見やりながら近づいてきていた。
「が、その程度だな。どのような手品で現れたのかは知らぬが、多少驚く程度のもの。然程の脅威にもならぬし、盾にするにも脆すぎる。次は外さぬし、骨を出しても諸とも蹴り飛ばしてくれる」
トゥルはそれだけ言うと、突っ伏す私を見ながら足をゆっくりと上げた。
「では死ね。簒奪者」
そう呟くと、トゥルはサッカーボールでも蹴るかのように、勢いよく足を振り下ろしてきた。
「う、うわぁぁぁぁ!?」
迫る太い足による蹴り。
そんな明らかに凄まじい蹴りが、私目掛けて迫ってきた。その瞬間、私は恐怖から悲鳴を上げながら、うつ伏せ状態から身を翻す。
そして咄嗟に、翻した時の態勢移動の勢いを利用し、その迫る足に向けて私の十八番…………そう『脛殺し』を反射的に蹴り放った。
「何を今さ…ギィヤガオオオオ?!?!」
効果は絶大であった。
私を蹴ろうとしていたトゥルは、私が何かしようとするのを怪訝な様子で見ていた。が、次の瞬間には悲痛な叫びを上げ、縦に回転しながら吹き飛んでいく。
そして、数十メートル程吹き飛んだ後、更に地面をゴロゴロと数メートル転がってから止まった。
倒れたトゥルはピクピクと痙攣するだけで、起き上がる気配は一切無かった。どうやら、完全に失神しているようだ。
「はぁ……はぁ………はぁ………」
と、取り敢えず何とかなった………。
ヤケで放った脛殺しだが、どうやらクリティカルヒットしたらしい。
何とか窮地は乗り切った………。
安堵と興奮から、荒く呼吸を繰り返しながら何とかなったと胸を撫で下ろす。
だが、そこでフッと気付く。
なんか周りが静かだ。
先程までは争いの怒声や悲鳴が辺りに響いていたのに、今は何だか妙に静かだ。
怪訝に思って周囲を見回すと…………その周囲にいるトゥル達が動きを止め、唖然とした様子で私を見ていた。
「えっと…………あれ?」
表情…………いや、そもそも顔がないからよく分からないけど、多分驚いているような様子なんですが?
ジャンクさんを殴ってたトゥル達も、手を止めて
此方を見てるんですが?
あっ………ジャンクさん、崩れ落ちた。
戸惑いながらトゥル達の様子を伺っていると、1体のトゥルがボソリと呟いた。
「トゥルガリオが…………」
そのトゥルがそう呟くと、他のトゥル達も次々にボソボソと呟きだした。
「馬鹿な………勇者トゥルガリオが……」
「我らが序列第二位の勇者が……一撃?」
「信じられん…………」
「あの勇者が……キングも認めた強者が………」
私は先程脛殺しで蹴り飛ばし、未だピクピクと痙攣するトゥルへと目をやった。
…………どうやら先程のトゥル。トゥル達の中ではかなりの強者だったらしい。
それを私が一発でのしてしまったため、誰もが驚愕で唖然としてしまったらしい。
やべぇ………やっちまった感半端ねぇ。
彼らの中の強者を倒してしまったことに、そこはかとない嫌な予感を感じていると…………周囲から一気に殺気が溢れ出た。
「あいつだ………あの人間の雌を狙え!!」
「我らの勇者を………許せん!!」
「トゥルガリオの仇だ!!生かして帰すな!!」
「あの雌を殺せ!!」
「「「「「ウオオオオオオオオ!!」」」」」
「ヒイイイイイ?!」
周囲で唖然としていたトゥル達だったが、暫くすると怒気と殺気を露に叫び出した。
そして私をトゥルガリオだかの仇と狙い定め、私目掛けて周囲の幾多ものトゥル達が殺到してきた。
誰もが殺気に満ち溢れ、確実に私を殺しにきているのが分かった。
ヤバい!!マジでヤバい!!完全に狙われた!!敵認定された?!トゥルガリオの敵にされた?!
だって仕方ないでしょ?!私の頭がカチ割られるところだったんだし、お互い様でしょ?!
そんな事を内心で叫ぶも、それでトゥル達が止まる訳はない。
いや、実際に叫んだところで彼らは絶対に止まらない。既に私は彼らの同胞を打ち倒した敵で、あの様子だと私の言い分など聞く気はない。
私を同じ目に合わせるか、討ち取って首を取らねば彼らは納得しないだろう。
だが、私はボコボコにされるなんて嫌だし、死ぬ気もない。
ならば…………。
私はその場に立ち上がり、深く息を吸う。
そして、覚悟を決めてカッと目を見開き、迫るトゥル達を見据えた。
「もう、ヤケクソじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」
私は半ばヤケクソになって叫びながら、迫るトゥル達に向けて脛殺しを連続で放った。
そして辺りに断末魔の叫びが木霊した。
「ギィヤァァァァァ?!」
「ほぎゃぁぁぁぁぁぁ?!」
「アシギャアアアアア?!」
「ヒデフシィィィィィイ?!」
脛殺しを喰らった前側にいたトゥル達が次々に絶叫を上げて転倒する。
一気に数十ものトゥル達が転倒し、その場で脛を押さえながら悶え、苦悶の声を上げはじめる。
そんな倒れた仲間のトゥル達の様子に気圧され、後列のトゥルが一瞬踏みとどまった…………瞬間を狙い、更に脛殺しを放つ。
「シャオラァァァァァァァ!!」
「「「「グギャアアアアア!!」」」」
更に幾十ものトゥルが絶叫と共に倒れた。
「こ、こんな………」
「一気に同胞達が…………」
「ば、化け物だ逃げ…………」
次々と倒れ、悶え喘ぐ仲間達の様子に、すっかり気落ちしたトゥル達が逃げ腰を見せた。
が、容赦なく脛殺しを放つ。
「シャオラァァァァァァァ!!」
「「「グギャアアアアア?!?!」」」
「くっ………こ、この程度…………」
震える足を叱咤し、何とか立ち上がろうとするトゥル達がいた。
が、容赦なく追い込みをかける。
「シャオラァァァァァァァ!!」
「「「ゴギィヤァァァァァ!?!?」」」
「ウグゥ………あ、足が…………」
倒れ伏し、戦闘不能となったトゥル達がいた。
が、念のために、脛殺しを放っておく。
「シャオラァァァァァァァ!!」
「「「人の心はないのかぁぁぁぁぁ!!」」」
「クハハハ!流石はカオリよ」
遠くで私を指差し、高笑いしている暗黒殲滅騎士が目にはいった。
かなり強めに脛殺しを放っておく。
「シャオラァァァァァァァ!!」
「何故だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」
それからも無心で………まるで機械のように、私は次々と脛殺しを放っていく。
足を振り、蹴る。
足を振り、蹴る。
足を振り、蹴る。
足を振り、蹴る。
足を振り、蹴る。
足を振り、蹴る。
ただその単純作業を繰り返し、ひたすらに……ひた向きに蹴りを放ち続ける。
そう、今の私は蹴り職人。次々に蹴りを放たなくては!!
変にテンションが上がり、自分の中の妙なスイッチが入ったが気にすることはない。
今はただ………ひたすら蹴るだけ!!
「シャオラァァァァァァァ!!」
「グギャアアアアア!」
「シャオラァァァァァァァ!!」
「「グギャアアアアア!」」
「シャオラァァァァァァァ!!」
「「「グギャアアアアア!」」」
「シャオラァァァァァァァ!!」
「「「「グギャアアアアア!!」」」」
「シャオラァァァァァァァァァァァァ!!!!」
「「「「「イャァァァァァァァァ!!」」」」」
ただただ作業のように蹴り続けることで、その度にトゥル達が絶叫とともに倒れ、確実に戦闘不能へと追い込まれていく。
既に半数以上のトゥル達が倒れ、苦悶の声を上げて地に伏している。
残りの半数も戦意が喪失したのか、離れた位置で立ち竦んで遠巻きに私を見ているだけだ。
取り敢えず少し距離も開いたので、息を整えつつ様子を見よう………結構キッツいからね………。
「コハァァァァ…………」
「こ、これだけの数を…………1人で?」
「ば、馬鹿な…………ば、化け物だ…………」
「そ、そもそも、あの攻撃はなんだ?目に見えないぞ………」
「衝撃波?魔法?いや違う。なんだ?なんなんだ?!あんな攻撃、見たことがない………」
遠巻きに私を見ているトゥル達が、ボソボソと呟きながら戦々恐々とした様子を見せている。
………これならもう退いてくれるかな?
正直、結構きつくなってきた。
今までこんなに連続で蹴りを放ったこと無いから、体力的にもきついだよねぇ…………。
足つりそうだし…………。
額に滲んだ汗を拭いつつ、トゥル達が退いてくれないかと期待する。
が…………。
「えぇい!!どいつもこいつも不甲斐ない!!」
私の期待を裏切るかのような叫びが、トゥル達の中から響いた。
うんざりした様子で声のした方を見れば、怯えたトゥル達を押し退けて、十体のトゥル達が前に出てきた。
そのトゥル達は他のトゥルよりも明らかに体格が良く、何か雰囲気的にも強そうな感じがした。
すると、私の予想を肯定するように、周りのトゥル達がボソボソと呟きだした。
「十傑………」
「トゥル十傑だ………勇者に次ぐ十体の強者」
「十傑が出てきたか。あの十体にかかれば、さしもの人間の雌も…………」
どうやらトゥルガリオだかに続く強い奴等らしい。
うん。何となくそんな感じはしました。
正直勘弁して下さい。ごめんなさい。
肩で息をしながら新たに現れたトゥル十傑だかを見ていると、その中のリーダー格らしきトゥルが、ビシッと私を指差しながら叫んだ。
「貴様ら!!どいつもこいつも不甲斐ない!!あの人間の雌を見ろ!!これだけの数を一人で相手どり、それを悉く倒している。敵ながら天晴れな強者だ!!」
怯えた様子で私を見ていたトゥル達だったが、そのリーダー格のトゥルの言葉により、その視線から感じる感情が怯えから畏敬の念に変わった。
どのトゥルも、私をただの同胞の仇から、一人の戦士として私を認識し始めたようだ。
男ならば嬉しい評価だが、乙女としては何とも言えない歯痒さを感じる評価だね………。
女として若干ショックを受けていると、リーダー格のトゥルが更に続けて叫ぶ。
「だが、あの様子では既に限界が近い!足も震え、肩で息をしている!!体力的にも精神的にも限界の筈!!なれば、もう一押しで攻めきれる筈だ!!」
リーダー格のトゥルが拳を握り、私の状況を推察する。
はい、正解です。正直もう休みたいです。
だからね?やめませんか?ね?
うん、多分無理だろうね、この雰囲気。
空気的に諦めてくれないだろうなーと、苦笑いをしていると、十傑と名乗るトゥル達が猛然と走り出した。
「我ら十傑が全員でかかり隙をつくる!!残りの者は死角を狙い、休みなく攻め込め!!あの雌の謎の技は脅威だが、1体1体にしか使えぬ!!ひたすら数で攻めれば、奴の集中力の切れかけた今なら攻めきれる筈だ!」
リーダー格が走りながら指示を出すと、周りのトゥルもそれに勇気付けられたのか、私目掛けて猛然と走り出した。
くそっ!あのリーダー格良く見てやがる!?
確かに脛殺しは1体1体にしか使えぬ対人技。連射は効くが、所詮は1体ずつしか狙えないから、こういった集団戦には本来弱い。
先程までヤケクソ気味で乱発して放ってどうにかなったけど、息が乱れて足がつりそうになっている今は、かなりきつい。マジでヤバい。
焦り、どうしようかと悩んでいると、此方に迫っていた十傑が揃って跳び跳ねた。
そして空中で円を絵描くように並ぶと、そのまま流星の如き速度で落下しながら蹴りを放ってきた。
「人間の雌よ!!これぞ我ら十傑の集団奥義『円殺流星群』!!対象を円陣で囲み、落下の急降下を利用した流星の如き飛び蹴りで、確実に狙った獲物を葬る必殺奥義!!しかも、この技ならば貴様が誰かを狙い撃ちしても、他のものがその隙に貴様を蹴り殺す!万分の一で我ら十傑を全員倒そうとも、地より駆ける我が同胞達が貴様を討つ!!さぁ、天と地よりの三次元からなる四方八方の攻め!貴様はどう対処する?」
真上から落下しながら親切に技の説明をしてくれるリーダー格。
そんな優しさがあるのなら、もう私を狙わないで欲しいと思うが、そういう訳にもいかないのだろう。
私はリーダー格の説明を聞きながら両手を上に向け、指先で真上から落下してくる十傑達をしっかりと狙った。
「なんだ、それは?降伏のポーズか?だが、そんな事で我らが…………」
「発動!!冥府ノ波動!!」
詠唱とともに、私の十本の指先から十本の青白い雷が迸る。
「なっ?!……アババババババババ?!」
天に向かって放った十本の冥府ノ波動は、見事に十傑全員に悉く当たり、その身と魂を襲う。
十傑達は全員が空中で痺れて動きを止め、更に魂を直接攻撃されるという凄まじい激痛を受け、悲痛な叫びを辺りに木霊させた。
「ば、馬鹿な?!十傑までもが?!」
「なんだ!?あの技は?!」
あっさりと十傑がやられた事に、地を駆ける他のトゥル達が戸惑いの声を上げる。
だが、その駆ける速度を緩めることはなかった。
「今だ!!十傑があの人間を引き付けてくれている間に、あの人間を攻めるんだ!!」
「おう!今、あの人間は十傑に文字通り手一杯だ!ならば、地を行く我らには対処できない筈!」
「そうだ!十傑の犠牲を無駄にするな!!」
私が十傑に冥府ノ波動を放ったことにより、そちらに手が一杯で自分達に攻撃する暇は無いと考えたのだろう。
周囲から迫るトゥル達は、その駆ける速度を更に上げ、私に一矢報いようと猛然と迫る。
私はそれを横目で見ながら、ヤケクソ気味に叫んだ。
「……んっ舐めんじゃ……ないわよぉぉぉ!!」
冥府ノ波動を発動中の手。
私はそれを横薙ぎに振るう。
この冥府ノ波動………実は、私が発動を止めるまでは対象と糸で繋がっているかのように、物理的に離れないのだ。つまり、今は私の指先と十傑は繋がったままで、自在に振り回すことができるのだ。
ということで、冥府ノ波動で繋がっている十傑達は、まるで糸を引っ張られたマリオネットのように空中を不自然に滑空し、そのまま横薙ぎに払った方向………他のトゥル達へと猛スピードで真っ向からぶち当たった。
「「「ギィヤァァァァァァァァ?!」」」
引っ張られた十傑と、その十傑にぶち当たったトゥル達の悲鳴が上がる。
だが、私はそんな悲鳴を無視し、その場でコマのように回転。冥府ノ波動で私の指先に繋がったままの十傑達を、まるで砲丸投げの砲丸のようにグルグルと振り回した。
「その場しの技!トゥルー・ザ・タイフーン!!!!」
「「「「ギィヤァァァァァ!?!?」」」」
辺りに十傑とトゥル達の悲鳴が木霊する。
大部分のトゥル達が私に迫っていたこともあり、この振り回している間合い内には、かなりの数のトゥル達がいたようだ。
振り回す十傑という名の砲丸に、かなりの手応えを感じる。
そうして暫し振り回し続けていると、フッと冥府ノ波動が途切れた。どうやら魔力切れとなったようで、冥府ノ波動を維持できなくなったようだ。
すると、自然。冥府ノ波動から解き放たれた十傑達は、回転の勢いにのったままにスローイングされた。
「シャオラァァァァァ!!」
勢いよく手放された十傑達は悲鳴すらない無言のままに、慣性の法則に従って飛んでいく。
そんな飛んでく十傑達を見ると、何故か自然と声が出た。なんか砲丸投げの選手が叫ぶ理由が分かった気がする。
砲丸投げ選手に妙な共感を感じていると、勢いよく飛んでた十傑達な周りを囲む壁にぶち当たり、ズリズリと下に落ちていった。
落ちた後も身動き一つしない。
…………どうやら振り回している最中で既に失神していたようだ。壁にぶち当たっても悲鳴すらないとは………。やべぇ、やり過ぎたかな?
良く見れば、ザッドハークもぶっ飛ばしてたみたいだわ。…………まぁ。あれはいいか。
妙な気だるさと疲れから、肩でゼェゼェと呼吸をしながら、落ち着いて辺りを見てみた。
一言で言うならば、死屍累々といった光景だ。
辺りには十傑砲丸によって弾き飛ばされたトゥル達が力なく倒れ、更にその奥では脛を押さえながら苦悶の声を上げるトゥル達が倒れている。
何体かのトゥルは無傷で奥壁際にいるが、既に戦意は喪失しているのか、震えたまま動こうとしない。
うん。やり過ぎた。
完全にやり過ぎた。トゥル、もうほとんど全滅じゃん?ヤケクソになって暴れ回ったけど、かなりやり過ぎた。
もうトゥル達はほとんど戦闘不能か戦意喪失してるし、これ以上は暴れない方がいいよね?
てか、やっておいて何だけど、これ………どう収集つければいいの?
通夜のように静かになった農場内で戸惑っている中、手を止めて私を見ていたおばさんとお婆さんの声が辺りに響いた。
「こ、これは……逸材なんてものじゃない。鬼才……いや、神童じゃ。既に儂を越える才能を有しておる………」
「これだけのトゥル達を僅かな時間で無力化……。ますます逃す手はありませんねぇ…………」
目を見開くお婆さんと、舌舐めずりをするおばさんを横目で見ながら呟いた。
「ゼェ……ハァ……だから嫁ぐ気ないって………」
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