45話 悪魔の果実の収穫 その3
「絶対やだぁぁぁぁ!?私、行きたくないし、まだ逝きたくないぃぃぃぃぃ!?」
「大人しくせぬかカオリよ」
ザッドハークに背中から羽交い締めにされながら、必死の抵抗を試みる。
バタバタと手足をバタつかせ、だだっ子のように力の限り暴れる。
だが、巨体のザッドハークに力づくで押さえ込まれた上に、足元ではお婆さんの謎の気だかを操る術を受け、上手く体を動かすことができない。
「離せぇぇ!!カオリ分かるもん!!これ絶対ヤバいって!!カオリ分かるんだもん!!カオリ、お家帰りゅ!!」
「何故に幼児化しておるか?いや、それは良いとして、ここまで来たのだ。依頼を終えてから帰還しようぞ。相手はただの植物。恐れることはあるまいて」
「話し聞いてたのかぁぁぁ?!普通の植物違うだろ?なんで普通の植物が蹴りや関節技を繰り出すんだよ??なんで普通の植物の腹筋が固いんだよ?!普通の植物に腹筋ねぇよ!?普通じゃないからだろう?ヤバい植物だからだろうがぁぁぁぁ?!」
恥も外聞もなく泣き叫ぶが、命がかかっているのならば仕方ないだろう。
だって、明らかにヤバいもん!!説明聞いてる限り、植物の説明じゃないもん!!総合格闘技とかの選手の説明だったもん!!
んな植物、相手にできるかぁぁぁぁ!?
必死に叫んで体を震わせるも、二人の猛者相手には余りに無力だった。
しかも、さっきまでは魔法が使えたのだが、今は何故か使えない。どうやら、お婆さんによって魔法が封じらたようで、上手く魔力が練れないのだ。
マジでこのババア何者だよ?!
バタバタと体を震わせていると、フッとゴアと目が合う。
そうだ!!ゴアに助けを求めよう!!
見た目や能力はあれだが、何だかんだで常識があるし、ゴアならば助けてくれるはずだ!!
そんな一縷の望みを託し、ゴアへと向けて叫んだ。
「ゴア!助けて!!こんな怪しい依頼はやめて、お家帰ろう!!絶対ヤバいから!!ねっ?!」
すると、ゴアは触手を蠢かせ、目をパチクリさせた。
『fu89大qi53の12e』
「なんて?!」
「フム。『大丈夫ですよ。私も力の限り手伝いますので、依頼をしっかり終えてから帰りましょう。仕事を途中で投げ出すことは簡単ですが、それだと人は成長できません。例え失敗しようと、仕事を最後までこなし、乗り越えようとする意思が人を大きく育てるのです。それに何より、仕事の放棄は信頼を失うことになります。信頼を失うという事は、仕事をする上で……いえ、生きる上で何よりも恐ろしい事です。人は信頼し、信頼されるからこそ生活や関係が成り立つのです。一度壊れた信頼は、そう簡単には戻りません。ですが、逆に強固に固められた信頼も簡単には壊れません。ですから、一緒に頑張って依頼をこなし、信頼を勝ち取りましょう。そうする事が、明日への……いえ、明るい未来への一歩に繋がるのです』……とのことだが?」
「チクショオォォォォォ!?今ここでそんな常識要らねぇぇぇぇんだよぉぉぉぉぉ!?」
ゴアが常識人過ぎて常識外だった。
なんでここで社会的常識を説かれなきゃいけないんだろうか。それも、親でも教師でも先輩でもなく、暗黒神に。
一周回り回って、やっぱ変だった。
流石は紫外線を気にして世界を闇に覆っただけはあるわ、コンチクショウメェェェェ!!
あっさりゴアに裏切られて絶望していると、おばさんがおもしろそうな顔で、クックッと笑っていた。
「クックッ………何とも活きのいい嬢ちゃんね。鍛えがいが有りそうだわ。よし、この私が直々に隣でレクチャーし、貴女を立派なトゥル収穫のエキスパートにしてやるわ。分かったなわね!コードネーム:イキオクレ!!」
「そんなエキスパートになりたくないし、いき遅れって言われる程、いき遅れてなぃぃぃぃぃ!?香、まだピチピチの17歳ぃぃぃ!?」
「クックックッ……そんなイキオクレの為に、このミッションが無事に終わった後は、副報酬として息子の嫁の座をやるわ。喜ぶがいいわ」
「話聞けっ!?どさくさに紛れて、息子の見合い相手兼農家の働き手の候補にしようとすんなぁぁぁ!?」
「アラアラ?この嬢ちゃんにはザックちゃんていい人がいるんじゃないかい、サエィコさんや?」
「お義母さん。最近流行っているらしいですよ。……NTRとか略奪ものが。アキヒコには頑張ってもらいましょうか?」
「フヒヒヒ……そりゃあ、えぇ。何だかんだであの子も『一迅の閃光』の孫にして、『不落城塞』と呼ばれた男の息子。ちょいと本気出しゃあ、女の一人二人なんとでもなるさぁ………。フヒヒヒ、こりゃあ、これからが楽しみになってきたねぇ」
「あんたら好き放題言い過ぎだぁぁぁぁ!?」
私の将来設計に、暗黒殲滅騎士への嫁入りも、トゥル農家への嫁入りも入っとらんわぁぁ!?
てか、やっぱ旦那さんにも二つ名ありやがったわ!?
「チクショオォォォォ!テメーら絶対おかしいからな?!頭どうかしてるからな?!普通じゃ………そうだ!ジャンクさん!?ジャンクさんからも何か言って………」
と、ジャンクさんを見れば。
「死ぬも生きるも所詮は自然の流れの僅かな一瞬。喚き、騒いだところで何にもならい。いやいや………」
何かどこか吹っ切れた顔で、悟りを開いていた。
「クソガァァァァァ!?」
最早使い物にならなくなったジャンクさんに出来る限りの悪態を吐いていると、『ガチャン』と何かの器機を操作した音が聞こえた。
「…………あれ、今の音…………」
そう呟きながら、恐る恐ると正面の扉を見ると、ニコニコ顔のおばさんが、扉の開閉スイッチを操作していた。
「さぁ、お喋りはそこまでよ。いい加減にケツの穴を引き締めて、覚悟を決めなさい。生きたければ、必死に足掻き、実を収穫しなさい。そして、生きてここで会いましょう!!」
呆然とする私に、おばさんはグッと親指を立てて笑いかけた。
そして、その脇では地獄の門が『ゴゴゴゴ』と無駄に荘厳な音を立てて開いていった…………。
◇◇◇◇◇
完全に開ききった扉を、羽交い締めにされたままに潜る………。
扉を越えた先。そこに待ち受けていた光景は、緑溢れる木々が生い茂った、トゥルの実が成る広大な果樹園………。
ではなく…………。
なんか土肌や岩場が目立つ荒涼とした大地と、金網に覆われた天井。
まるでどこかの闘技場のような雰囲気だ。
そして、そんな岩場に腰掛けたり、腕組みしながらこちらを値踏みするように見ている、数多の異形の人影だった……。
その人影………それは身長は二メートル程で、筋骨隆々の逞しい体をしている。服は着用しておらず、惜しみなく肌を晒している。
だが、その肌は人間のものではなく、樹木の表皮のような木目調だ。更に、股間部などには本来人間に付いているような器官はなく、その表皮や特徴が、嫌でも彼らが人間ではないことを物語っていた。
だが、最も特筆すべきはその顔。いや、そもそも顔がなく、本来顔のある首から上は、瑞々しい緑の葉が生い茂った枝となっている。
そして、その枝の先。そこには見覚えのある、青い木の実が…………。
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
私は叫んだ。
先程よりも大きな声で泣き叫んだ。
恥も外聞もかなぐり捨てて、幼児のように泣き叫んだ。
その様子を端から見れば、注射を嫌がる子供の如く凄まじい泣き叫び様であろう。
だが、こんな明らかにヤバくてキモい植物を目の当たりにすれば、誰だってこうなるわぁぁ?!
というか、扉がボコボコな理由も得心いった。こいつらが中から扉を殴っていたのだろう……。
そりゃあ、あんな太い腕で殴ればボコボコにもなるわ!?
「カオリよ。いい加減に観念せよ」
未だ羽交い締めしてくるザッドハークが、背後から諭すように言ってくる。
が、私は最大限動く範囲まで首を動かし、泣きながら叫んだ。
「観念できるかぁぁぁぁぁ?!想定の遥か何十倍もヤバい植物じゃねぇぇか?!というか、もう姿形が植物じゃねぇぇよ?!原型留めてねぇよ?!もはや顔以外、完全に人間体じゃねぇぇぇか?!せめて、木の幹に顔や手が生えたような化け物にしろよぉぉぉ?!もう、木のコスプレした格闘家にしか見えねぇぇぇよ?!てか、あんな奴の実を喰ってたのかよぉぉぉぉ!?」
トゥルの木は、私が想定した木の化け物が可愛く見えるぐらいの化け物っぷりだった。
もっと、ツリーフォークやトレントみたいな植物らしさが残った姿を想像していたのに、体は完全に人間体で、顔だけが申し訳程度に葉っぱが生い茂った枝になっている。
そこはせめて、顔まで人間にして、髪が葉っぱとかにしろよぉぉぉ?!なんで半端に首から上が枝木になってんだよぉぉぉぉ!?おかげで不気味さが半端ないわぁぁぁぁ?!
そりゃ、孫は逃げるわぁぁぁ!?
嘆き、暴れ、羽交い締めされながら手足をバタバタとさせて逃げようとするも、既に扉は閉められ、施錠までされている。
既に逃げ場は無い。
だが、暴れずにはいられない。
あんな不気味な植物?を相手にできるかぁぁ!?
そんなバタバタと暴れる私を他所に、おばさんが真剣な表情で前に出た。
すると、それに合わせるように、トゥルの木の中から一人?一体?一本?……もう、一人でいいわ!!紛らわしい!?とにかく、一人のトゥルの木が前に進み出た。
そして、互いに中央付近で止まり、そこで立ち止まった。
「今年も我が子らを収穫にきたか。人間よ」
喋った。口も声帯もない癖に、当たり前のように喋りやがった。
だが、おばさんはそんな事に驚いた様子もなく、口端を歪めてニヒルな笑みを見せた。
「えぇ。今年も来させてもらったわ。私達トゥル農家は、あなた達の実を収穫できなきゃ、おまんま食い上げだからねぇ」
「笑止。そのような事、我らには関係あるまい。その様な理由で、我らが子らを収穫させるなど言語道断」
「関係は大アリよ。誰があなた達の水代を出してると思ってるの?誰が肥料を撒いてると思ってるの?それもタダではない。その代価に実を収穫しているだけよ。寧ろ、あなた方には実を差し出す義務がある」
「論外なり。確かに水と肥料を与えてくれる事には感謝しよう。然れど、食料を与えるからと、子らを渡せなど不届き千万。聞くことなどできぬ。たとえ食料の恩があろうが、そのような外道を許す訳にいかぬ」
「…………これ以上話しても無駄ね。お互い平行線だわ」
「然り。貴様らには貴様らの、我らには我らの言い分があり、守るべきものがある。故に、互いの思想・理念が曲げられず、ぶつかりし時は………」
「力で………戦いで相手を下し、黙らせるしかない。それが世の常であり、真理ね」
「…………然り。我らは本来、自然に在りしもの。故に、弱肉強食の理にしたがう。それが森羅万象のしきたり。力に負けたならば、力に従おう。だが………」
「えぇ……分かってるわ………その逆も然り」
その言葉を最後に、おばさんとトゥルの代表らしき者は暫し無言で睨み合った末、どちらともなく振り返り、互いの仲間達のいる方へと戻っていった。
こちらに戻ってきたおばさんは、私達の前で立ち止まると、にこやかに微笑んだ。
「さぁ、収穫するわよ」
「できるかぁぁぁぁぁぁ?!」
叫んだ。
喉が潰れるくらいに叫んだ。
もう今日、何度目か分からない叫びを上げた。
そんな叫ぶ私に、ザッドハークが困った子でも見るような視線を向けてくる。
「カオリよ。そう我が儘を言うものではない。ゴアも申していた通り、ここは信頼を損なわぬ為にも、依頼を達成しようぞ」
「信頼なんか知るかぁぁ?!何だよあれ?!何なんだよあれはぁぁぁ?!」
指で向こう側にいるトゥルの木を指差すと、ザッドハークは一度トゥルの木を見てから、再び私へと目を向けてきた。
「あれと申しても……あれはトゥルの木ぞ。ただの植物故に、恐れる必要は………」
「あれがただの植物かぁぁ?!ただの植物は二足歩行もしねぇぇし、流暢に喋らねぇぇぇよ?!なんだよあれ?!マジで何なんだよ?!」
「気にする必要はない。植物の中にも動くものはおるし、音を鳴らすものも存在する。あれは、それらの上位に値する程度のものだ」
「程度を知れぇぇぇぇ?!動くとか音鳴らすレベルじゃねぇぇよ?!歩いて、座って、腕組みしてるし、四字熟語とか使いまくってるじゃねぇぇか?!喋り方なぞ、どっかの歴戦の将みたいな無骨な喋り方じゃねぇぇかよ?!」
「そういう品種よ」
「品種じゃねぇぇよ?!もう、別種族だよ!?トゥル科トゥル目トゥル種だよぉぉぉ?!」
糞がぁぁ!?マジであんなの相手にできるか?!
それに、なんだよ今の会話?!内容からして、私らが悪党じゃん?!子供を拐う、犯罪組織みたいじゃない!?
いや、確かに木からすれば実は子供で、その実を収穫しようとする私らは誘拐犯だよ?!次世代の種を拐う、犯罪者だよ?!なんかそう思うと、凄く収穫しにくい……。
まして、あんな歴戦の猛将みたいな喋りをする、格闘家みたいな木に近付き、その顔面?に成る木の実を収穫?
できるわけねぇぇぇぇわぁぁぁ!?
蹴り喰らって、関節とられる未来しか見えねぇわ!?
羽交い締めにされながら、私はわぁわぁと騒いだ。もう逃げられないのは分かっているが、それでも騒がずにはいれなかった。
あんな珍妙で摩可不可思議で気色悪い植物の相手をすることを本能が避けていたのだ。
逃げろ。逃げろ。逃げろ。逃げろ。
逃げろ。逃げろ。逃げろ。逃げろ。
逃げろ。逃げろ。逃げろ。逃げろ。
逃げろ。逃げろ。逃げろ。逃げろ。
本能がそう叫び、理性も同意する。
私は動かぬ体に鞭打ち、必死に暴れた。
最後の抵抗とばかりに体を揺らし、ザッドハークと婆さんの魔の手から逃れようとした。
しかし…………。
「同胞達よ!!今年こそ、我が子らを農家の魔手から守るのだ!!さぁ、いざ行かん!!」
向こう側では、さっきおばさんと話していたトゥルの木が、叫びながら拳を掲げた。
すると、周囲のトゥルの木達もそれに合わせ『オオオオ!!』と雄叫びを上げ、拳を天高く掲げた。
その光景に、私は暴れることを止め、目を見開いて硬直。更に血の気がサァーと引いていく。
「えっ……ちょ………待っ…………」
「いざ、突撃ィィィィィィィ!!」
「「「「ウオオオオオ!!!!」」」」
そんな驚愕と混乱に思考が沈む私を他所に、先のトゥルの木が鬨の声を上げる。
それに合わせ、他のトゥルの木達が此方に向けて、雄叫びを上げながら一斉に突撃を開始した。
数十…数百に及ぶトゥルの木が、マラソンランナーのような見事なフォームで地響きと土煙を上げながら走り、迫ってくる。
悪魔のようなその光景に、本日最大の悲鳴を上げた。
「き、き、き、来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」
まさかの向こうから攻めてきやがった?!
逃げる間もなく、向こうから来やがった!?
特効かけてきやがったぁぁぁぁ!?
悲鳴を上げている間にも、トゥル達は土煙を上げながら此方へと真っ直ぐに向かってくる。
無駄に筋肉質な腕を振りながら雄叫びを上げ、猛然とこちらに向かってくるトゥルの木の集団は、恐怖の対象以外の何者でもない。
そんな差し迫るトゥル達を目の当たりにした私は、あまりの恐怖から羽交い締めにされたまま震えた。
それはもう、電動歯ブラシの毛先の如き震えようだ。
すると、ザッドハークがスッと震える私か、手を離し、羽交い締めから解放してきた。
トンっと地面を着地し、振り返る。
そこには妙に優しげな瞳で私を見るザッドハークがいた。
「カオリよ。そう震えることはない」
こちらを勇気づけるように、ザッドハークは温かみのある声で語りかけてきた。
「ザッドハーク…………」
そんなザッドハークを見上げながら名を呟くと、ポンッと頭に手を置かれた。
頭に置かれた手からは、まるで父親のような温もりと、力強さが伝わってくる。
そのおかげか、体の震えはいつの間にか収まっていた。
そして、ザッドハークは震えが収まった事を確認すると、ゆっくりと前を見据える。
「カオリよ。案ずることはない。震え、怯え、自身の気持ちを押さえ込む必要はない」
そう言うと、ザッドハークは反対の手でトゥルの木の群れを指差した。
「さあ、食べ放題ぞ。震える程の汝の欲求を解き放つが良い。誰も奪わぬし、怯える必要もない。ただし、依頼の分…「だと思った」?!……グアアアアアアアアア?!」
ザッドハークが言い切る前に腹の辺りに手を当て、冥府ノ波動を発動した。
冥府ノ波動をまともに喰らったザッドハークは、暫し発光しながら悶えた後、穴という穴から煙を出しながら地に伏した。
更に、うつ伏せに倒れたザッドハークを冷たい目で見下ろし、後頭部へとペッと唾を吐き捨てた。
「理解者ぶってからのぶっ飛び発言。あんたの手の内はもう理解してんのよ」
何だかんだで結構な付き合いのザッドハーク。
いままでの付き合いから、こいつが理解者ぶった発言をし、こちらが精神的な油断をした隙に、斜め上のぶっ飛び発言をしてくるのは予想できていた。
これまでに何度上げて下ろされたことか……。
だが、もう、そんな簡単には騙されないわよ。
こちとら何度も同じ手で騙される程、流石に馬鹿ではないからね。
そんな強い意思とイラつきと共に、ザッドハークの後頭部をグリグリと踏んでおく。
妙に踏み心地の良いザッドハークの後頭部をグリグリと夢中で踏んでいると、お婆さんがニヤニヤ笑いで私を見ていた。
「フヒヒヒ……さっきまで泣き叫んでいたのに、一瞬にして冷徹な女の目になったねぇ……」
「えっ?いや、あの…………これは…………」
ザッドハークにイラつき過ぎて、一瞬だけお婆さんやトゥルの存在やらを忘れていた。
しまった!やり過ぎたか?!と、慌ててザッドハークから足を離す。
だが、お婆さんは益々笑みを深め、おもしろいものでも見るかのように私を見ていた。
「フヒヒヒ……逸材じゃのう………」
お婆さんはそれだけ呟くと、此方に迫るトゥルへと目を向けた。
あれ?今、なんか?
そのお婆さんの呟きに嫌な予感を感じ、恐る恐るとその意味を尋ねてみた。
「えっ?あの…………逸材って、どういう?」
そう尋ねるも、お婆さんはこちらの声に反応することなく、ジッとトゥル達を見据えていた。
しかし、その口元ではブツブツと何かを呟いていた。
もの凄く嫌な………マジでヤバい予感がして、スッと耳を澄ますと…………。
「フヒヒヒ…一瞬での精神の切り替え。冷徹に大の男を制圧する力。何より、時折見せる異常なまでの攻撃性……。これは正に宝石の原石だねぇ。鍛えれば鍛えただけ輝くだろうねぇ。ちょっと甘えた所があるが、そこを矯正すりゃあ、とんでもない戦士になるよ。あぁ、これは逃せないねぇ。孫の嫁としてもだが、儂の後継者としても逃せないねぇ……。あぁ、今からたぎってきたよう……。この娘を鍛える所を考えると、たぎってたぎってたぎって……」
お婆さんはの呟く声が聞こえなくなり、更には唐突に俯きプルプルと震えだした。
が、直ぐにバッと勢いよく顔を上げた。
その上げられた顔には、口元が三日月のように裂けた獰猛な笑みが張り付いていた。
「はぁぁ……たぎり過ぎてどうにかなっちまうじゃないかぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?!?」
お婆さんはまるで野獣のような咆哮を上げると、腰を低くくしたままの態勢でトゥルの群れに向かって走り出した。
その速度や俊敏性は老人とは思えないもので、まるでライオンや豹を彷彿させる野性的な動きであった。
そんなお婆さんは凄まじい速度でトゥル達に接近すると、迫る群れの手前で一度減速。溜めを一瞬つくった後に大きくジャンプし、そのまま群れの中にいる一体のトゥルの木の肩に飛び乗った。
「?!……貴様?!」
「フヒヒヒ!!隙だらけだねぇ!!」
「くっ………!!」
肩に乗ったお婆さんに気付いたトゥルは、不快げな声を漏らしつつ、手を伸ばしてお婆さんを掴もうとする。
が、その前にトゥルの木の枝に生った青い木の実に狙いを定めたお婆さんは、目にも止まらぬ動きで手を突き出した。
「早速頂くよ!!ソリャァァァァァァァァ!!」
「グァァァァァァァァ!!我が雌しべと雄しべの結晶がぁぁぁぁぁぁぁ!?」
お婆さんはトゥルの枝からブチブチと木の実を次々ともぎ、背負いカゴへと放り込む。
その間、トゥルは絶叫を上げ、ビクビクと悶絶する。
やがてトゥルの木は、僅か数秒の内に青く熟した実を全て採られ、緑の葉っぱだけの枝木になってしまった。
「む、無念………」
全ての実を採られたトゥルは、手を伸ばした姿勢のままに膝を付き、無念の言葉を残して力尽きたように倒れた。
「フヒヒヒ!まずは一本!!」
トゥルが倒れる前に地面へと着地したお婆さんは、最後の実をカゴへと放り投げながら、獰猛な笑みを見せた。
「くっ!?おのれババアめ!!トゥルジャロの仇ぃぃぃ!!」
遅れながらお婆さんの接近に気付いた他のトゥルの木が、着地したお婆さん目掛けて凄まじい速度の蹴りを放つ。
が、お婆さんはそれを軽々とジャンプして避けると、そのまま別のトゥルの肩に着地。
最初のトゥルの木と同じように、枝に生った木の実を目にも止まらぬ速度で収穫した。
「グァァァァァァ!サ、サヨナラァァァ!?」
「トゥ、トゥルリオォォォォ?!」
「おのれババア!?ちょこまかと……!?」
お婆さんはその後も跳び跳ねながらトゥル達を撹乱しつつ、ヒットアンドウェイで次々とトゥル達から実を着実に収穫していった。
「フフフ……流石は笑う女豹。現役を引退しても、技の冴えは衰えていないわねぇ」
遠目に見ている私の横で、おばさんは頬に手を当てながら、感心したようにお婆さんの無双振りを見ていた。
が、直ぐに真剣な目になると、硬直している私の肩にポンッと手を置いてきた。
「さぁ、私達も負けていられないわ。お義母さんに負けないよう、私達も頑張りましょう。カオリさん」
「やれるかぁぁぁぁぁぁぁ?!」
今日だけで何度叫んだだろう。
もうそろそろ喉潰れるんじゃない?とも考えたが、叫ばずにはいれなかった。
「あらあら?どうしたの?」
「あらあら?は、こっちの話しですよぉぉぉ!?なんですかぁぁアレェェェ??お婆さん、絶対おかしいでしょう?!老人の動きじゃないでしょ??というより、人間の動きじゃないでしょ?!お婆さん強すぎでしょうぅぅ!?てか、怖いわぁぁぁ!?」
ポンポンとトゥル達の肩を跳び跳ね、ポイポイと木の実を狩るお婆さん。
その姿は人間離れしており、その動きは豹の如く。正に二つ名に恥じぬ姿だ。
というか、ただ単に怖い。
ババアのババアとはおもえぬ動きに驚愕と恐怖を露にしていると、おばさんがクスクスと笑いだした。
「フフフフ……そりゃあ、お義母さんは、元は笑う女豹と呼ばれた伝説的傭兵ですからねぇ。かつては一人で要塞を落とし、敵兵はその名を聞くだけで命乞いし、震え降伏する。引退するまでに落とした要塞は数知れず。最早、伝説として語られる最強の傭兵だからねえ。あっ、ついでに、これ秘密だから他には漏らさないでね。家族だけの秘密よ?」
と言って、ウインクするおばさん。
うん、分かった。秘密だね?
「って、なるかボケェェェ?!なんだよ伝説的傭兵って?!一人で要塞落としたって何だよぉぉ?!二つ名の時点で多少は予想はしてたが、予想以上だわぁぁ!?あと、さっきからちょいちょい家族に入れるなぁぁぁぁ!?嫁がんからなぁ?!トゥルの農家には嫁がんからなぁぁぁ!?」
さっから『カオリさん』だのと、完全に義理の娘扱いしているし、この人らの中では既に私は嫁入り決定かよ?!
何故に異世界で見ず知らずの男と結婚し、トゥル農家に嫁がなきゃならんのよ?!
絶対に嫁がんからなぁぁぁぁ!?
「あらぁ?でも、お義母さんは既に乗り気よ?あんなにはしゃいでいるお義母さんを見るのも久しぶりねぇ。よっぽどカオリさんが気に入ったのねえ」
「だからこそ絶対に嫁がんからねぇぇ?!さっきの恐ろしい呟き、全部耳にしてるからねぇぇ?!あんなもん聞いて、誰が嫁ぐかぁぁぁ?!誰が傭兵の後を継ぐかぁぁぁ?!そもそも、トゥル農家兼傭兵って何だよ?意味分からんわぁぁぁぁ?!」
難聴系鈍キャラ主人公でもないし、あの後継者にするだのという呟きは全部耳にしていた。
誰がなるか、んなっ後継者?!
たぎり過ぎて、トゥルの群れに単身飛び込むようなババアの指導など受けれるかぁぁ?!何されるか知らんが、死ぬわボケッ!?
命がいくつあっても足らんわ?!
内心で悪態をついていると、おばさんは困ったような顔で頬をかいた。
「あらあら。トゥル農家もやだ。嫁ぐのもやだ。お婆さんの後継者もやだ。それじゃあ、何がしたいの?」
「それ以外がしたいの?!それ以外にも道があるはずだから!?なんでそれしかないみたいに言ってんのよぉ?!」
我が儘な子供を諭すような口調だが、言ってる事は無茶苦茶ですから。
なんで進路先がトゥル農家か傭兵の後継者しかないみたいになってんだよ。もっとあるわ。今思い付かないだけで、もっとあるわ。
理不尽な進路先を突きつけられて嘆いていると、ポンポンと誰かが私の肩を叩いた。
振り返って見れば、やはりというか、いつの間にか復活したザッドハークがそこにいた。
「ザッドハーク……また、あんたはいつの間に………」
と、呟くと、ザッドハークがスッと正面を指差した。
「えっ?何………?」
訝しみながら指差された方を見て………絶句した。
何故ならば、指差された先。
そこには、既に目と鼻の先まで迫ってきた、トゥルの木々があったのだ。
「言い争ってる間に、既にそこまで来ておるぞ」
ザッドハークの呟きに、無言で頷く。
うん。馬鹿やってる間に距離詰められてた。
ご意見・ご感想をお待ちしていまし。
また、よろしければブックマークしていただければ嬉しい限りです。