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44話 悪魔の果実の収穫 その2

「さぁ、着いたわ」


 私の知らないところで、あのフォレストベア大移動による被害が生まれていたという罪悪感に頭を悩ませているうちに、例の悪魔の実が生る果樹園と着いたようだ。


 おばさんが朗らかな笑顔で振り向き、両手を広げる。


「ここが我が家自慢のトゥルの実の果樹園ですよ」


 自慢気にそう言ってくるので、嫌々ながらも、急に生じた責任感から俯いていた頭を上げて正面を見た…………けど。


 そこに思い描いていたような果樹園はなかった。


 あったのは15メートル程の高い壁であり、それが横に100メートル程伸びている。更にその壁は四方を囲むように設置されており、外界と中とを完全に隔てている。更に、壁の上には有刺鉄線が巻かれ、正面には鋼鉄製の頑丈そうな扉が設置されており、厳重な警戒態勢がひかれている。

 そして、周囲の壁づたいには黄色と黒の縞模様のロープが張られ、等間隔に文字とドクロの絵が書かれた立て札がある。


 見た目、完全に監獄だ。

 もしくは、一昔に前に見た、恐竜が出てくる映画にあった、恐竜達を閉じ込めておくような頑強な施設だ。


 扉の脇にはカゴやら梯子など雑多なものが置かれた粗末な作業小屋があり、唯一そこだけが農園らしさを僅かに滲みだしているが、所詮は僅かだ。


 焼石に水だ。


 もう、明らかに果樹園とかじゃなく、『何』かを閉じ込めておく施設にしか見えない。


 そんな物々しい壁を唖然と見上げていると、おばさんは朗らかな笑顔で手招きした。


「じゃあね、こっちに来て。カゴとか配るから」


「いや、ちょっと待ってください?!」


 私は急かさず待ったをかけた。

 かけざるを得なかった。

 扉の脇にある粗末な小屋の近くで、普通に手招きするおばさんに待ったをかけた。


「あらあら?どうしたのかした?トイレなら向こうにあるわよ」


「あっ、ありがとう……いや、そうじゃなくて?!どうしたのこうしたのと聞きたいのは私なんですが?えっと………これ、何ですか?」


 目の前に聳える高い壁を指差しながら問うと、おばさんは一度壁を見てから、何てことないような顔で答えた。


「何って…………果樹園よ?」


「かずうんっ?!」


 驚き過ぎて噛んだ。

 だが、それだけの驚きだ。

 この、見た目完全に何とかプリズンとか付きそうなものが果樹園だと宣うのだ。

 誰だって驚きだろう。

 こんな施設、百人に聞いても百人が『監獄』と答えるような見た目だ。

 とても果樹園とかの、ほのぼのした感じはしない。

 てか、なんで果樹園が壁に囲まれてるのよう?!


 口をこれでもかとアングリと開け、驚愕に身を震わせていると、復活したザッドハークが近くにあった文字とドクロが書かれた看板を屈んで見ていた。


「フム……。『この先危険区域。無許可で入った場合、命の保証はしません』か」


「おばさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん????」


「あら?なぁに?」


 おばさんが頬に手を当て、あらあらと、困った子でも見るかのような目で私を見てくる。


 いや、困った子なのはあなたですからねぇ?!


「あら?なぁに?じゃないよぅぅぅ?!明らかに果樹園違うでしょ?!何で果樹園で命の危険があるのよ?!なんで壁に囲まれてるのぅぅ?!」


 そう叫ぶと、おばさんはあらあらと目をパチクリさせた。


「あらあら?看板に書いてあることね?それはただの脅し文句よぅ。そして壁はただの侵入防止よ。だからそんなに驚かないでねぇ」


「お、脅し文句?侵入防止?」


 どういう事だ?と目で答えを求めると、おばさんは頬に手を当てたまま説明しだした。


「この辺はねぇ。畑や果樹園に実る作物を狙った泥棒や害獣がよく出るのよう。だから、こういった看板を掲げて、ここは危ないぞう………って脅して、作物を盗まれないように対策をしているのよう。更に壁で囲むことで、侵入を阻止してるの。だから、いちいち立て札を真に受けなくていいのよう。飾りみたいなものだから」


「泥棒?脅し?対策?飾り?な、なんだ………」


 ホ、ホッとしたぁ………ただの脅しと侵入防止か。

 い、いや、それなら納得だわね。ここまでじゃないけど、日本でも畑とかで同じような措置をとってる所もあるもんね。侵入禁止の立て札とか、バリケードとか……。


 そもそも奇妙な実とはいえ、高々木の実の採取をするだけだし、そんな身構える必要もないし、怖がる必要もないよね?


 胸を撫で下ろし一息つくと、おばさんがニッコリと微笑み、手招きしながら語りかけてきた。


「安心した?じゃあ、必要な道具と作業着を配るわね?」


「あっ、はい」


 おばさんの呼び掛けに答え、私は手招きのままに作業小屋へと向かった。


 


 


 


 

「じゃあ、準備は整ったかしら?じゃあ、中に入るわね?」


「ちょっと待って下さい」


 扉の開閉スイッチらしきものに手をかけるおばさんに向かい、大きく手を上げて制止する。


「あら、何かしら?」


 突然止められたことに心底不思議そうな顔で頬に手を当てるおばさん。だが、私もまた心底不思議そうな顔で、己の服装を指差した。


「この服装。何ですか?」


 おばさんに配られて着用した、今の私の姿………それを一言で表すならば、アメフト選手であった…………。


 今、私が身につけているものは…………。


 背負いカゴとハサミ。

 必需品だから分かる。


 青いツナギのような服に、黒い長靴。

 これも必需品だから分かる。


 分厚い肘まである長い手袋に、目を守るメガネ。

 これも必需品と言えば必需品だから分かる。


 分厚い皮製の肘当て膝当て。それに脛当て。

 これも、まぁ……分かるちゃ、分かる。


 ゴツい何かの魔物の皮製のヘルメットに、肩当て付きのプロテクター。

 もう、ここで、分からない。


 最終的にはバチバチと電気が流れる警棒のようなものと、赤い液体が入った噴霧器らしきものまで配られた。

 これに至っては、なんだこれ?と言いそうになった。


 そんな謎の装備と、アメフトモドキの格好に、違和感を感じるなという方がおかしいだろう。

 何せ、私達はこれから木の実を採りにいくのであって、タッチダウンを取りにいく訳じゃない。

 こんなアメフトっぽい格好をする意味も理由も分からない。


 おばさんもお婆さんも、ジャンクさんまでもが同じ格好をしている。

 並んで立つとどっかのアメフトクラブのようだ。


 ついでにザッドハークとゴアは、カゴを背負っている以外は、いつものままだ。

 ザッドハークはサイズが合わず、ゴアは形状が合わなかったらしい。が、今回にしては幸いだろう。


 こんな格好、依頼じゃなきゃ絶対に嫌だ。


 そんな服装というか、謎の防具に身を包んだことへの疑問を尋ねると、おばさんは再び困った子でも見るような目を向けてきた。


「それは仕方ないわよぅ。怪我したら大変でしょう?」


「怪我防止は分かります。ただ、過剰じゃないですか?」


 多少の擦り傷や打撲を防ぐために、手袋や肘当てをつけるなら分かる。だが、今の装備はそんなちゃちな怪我を想定したものじゃない。

 もっと、骨折ったりやなんかの重症を防ぐのを目的とした装備だ。


 具体的に言えば、これから戦に赴く装備だ。


 その事を指摘すると、おばさんは困ったように眉をしかめた。


「だって……ねぇ。それぐらいしないと、死ん………危ない作業とかもあるからぁ」


「今『死』って言いましたよね?!確実に『死』って言いましたよね?!やっぱり命の危険あるんですよね?!」


 難聴系主人公でもあるまいし、今の呟きは確実に聞こえた。間違いなく『死』って言ったわ!このおばさん『死ぬ』の『死』ってほざいたよ??

 看板に書いてるあることに、信憑性が出てきたんですが?!


「言ってないわよう?し…し…私語を慎まないと、危ないわよ…………みたいな?」


「絶対今考えたよね?!最後、みたいな?って、疑問系だったもんね?!それっぽい事言おうとして、結局誤魔化しきれてないんですけど?!ねぇ?!」


「はい、それじゃあ、お喋りはおしまい。門を開くわよう」


「露骨に話を流したな?!」


 おばさんは手をパンパンと鳴らし、話はここまでとばかりに、私の言葉を流して切り上げた。


 あからさまに絶対何か隠してやがる?!絶対これ、危険なやつ?!香、こういうの何回も経験してるから分かる!?これ、やっぱヤバい系よ?!


 私の中のザッドハーク達によって磨かれた危険センサーが、けたたましく警鐘を鳴らしている。


 この場を早く去れ!?というか、トゥルの実が関わっている時点で気付けよ?!と、激しく私を攻め立てる。


 今更だが、確かにそうだ。あの腹の中で合唱する、悪魔のような実が絡んできた時点で受けるべきじゃなかったんだ、こんな依頼!!


 こ、ここは戦略的撤退を!?フォ、フォレストベアの事とかで負い目を感じていたけど、これは駄目だ。絶対駄目だ。依頼失敗でもかまわない!!


「あ、あのおばさん?」


「あら、今度はなぁにぃ?」


「わ、悪いんですが、私………この依頼はやっぱりキャンセルを…………」


 朗らかに笑うおばさんを見つつ、ゆっくりと後退りをする。


 もう、キャンセルの許可が出ようが出まいが、逃げるつもりです。


 そんな情けなくも、本能に従った覚悟を胸に、後方へと駆け出そうとしたが…………。


「ハイハイ、それじゃあ中に入ろうね」


 背後から近付いてきたお婆さんが、私の腰に手を当て、グイッと押してきたのだ。


「ちょ!?お婆さ………」


「ハイハイ、話は中で聞こうかねぇ」


「いや、ちょ………お婆さん力強っ?!」


 全く人の話を聞こうともしねぇ?!

 このお婆さん、キャンセルなんてさせる気、更々無いわっ!!話聞く前に中に入れようとしてやがる!

 しかもメチャクチャ力強っ?!私だけならともかく、流石にヤバいと思ったのか、若干腰が引けてたジャンクさんまで逃がさまいとツナギを掴んでやがる?!


 こ、このお婆さん………ただ者じゃない!?

 実質片手で私とジャンクさんを押さえてやがる!?な、何者よ?!


「フヒヒヒ………儂が何者かと思っておるのぉ?」


「?!」


「フヒヒヒ………驚いたかい?なぁに、ただの読心術じゃよ………。フヒヒヒ」


 ますます何者だよ?!やたら力強く、読心術まで使えるお婆さんって何なのよ?!


 驚愕の表情ままに、私はズリズリと背を押され、扉の前まで運ばれた。

 扉の前まで強制的に運ばれた私達を確認したおばさんは、ニコッと邪気のない笑みを見せた。


 逆にその笑顔が怖い。


「じゃあ、皆さんいいですねぇ?扉を開きますよう?」


「いや、ちょっと待って?!私は………」


「は~い。それじゃあ開けますよう」


「聞く気ゼロか?!」


 案の定と言うか何と言うか……このおばさんも話を全く聞く気がない。

 こちらの言い分には耳を貸さず、既に手元の装置を操作して扉を開けにかかっていやがる。


 どんだけトゥルの実の収穫をさせたいんだ!?


 何とか抵抗しようと試みるも、何故か背中を押さえられているだけなのに体がいうことをきかない。

 それはジャンクさんも同じらしく、何やら背中を指で押さえられてるだけなのに、背筋をピンとしたまま微動だにしない。顔には戸惑いの表情が伺える。


 これは一体…………。


「フヒヒヒ…………なぁに、ただ主らの『気』の流れを操っているだけじゃよ…………」


 ?!…………また心読みやがった?!

 ていうか、気ってなんだよ?!あれか、合気とか気功とかの気か?!なんでそんなもん操れんのよ?

 いや、マジで何者なんですか?!


 お婆さんの数々の異常な力を前に、驚愕と恐怖を覚えていると、目の前の扉が重苦しい音と共に、徐々に開放されていく。


「フヒヒヒ………さぁさぁ扉ぎ開くぞい。前に進みなさい」


「えっ?ちょ…………」


「お、おい?!待て………」


 私とジャンクさんは抵抗の声を上げるも、お婆さんの気を操る力に抗うこともできず、開いた扉から中へと押し込まれる。


 中に私達か押し込まれ、その後をザッドハークとゴアが普通に付いてくる。最後におばさんが入ると、再び扉は閉められ、背後からガチャリと施錠の音が聞こえた。


 しかも、施錠音は五回聞こえたので、最低鍵が5個は付けられた。


 どんだけ逃がす気ないんだよ?


 そして、押し込まれた扉の向こう側に広がる光景は、緑溢れる果樹園………ではなく、意外にもこじんまりとした石の壁と天井に囲まれた、石室だった。天井には何らかの光源があり、それが内部を照らしていた。


「あ、あれ?か、果樹園……じゃなかったの?」


 てっきり、扉の先にはトゥルの実の果樹園が広がっていると思ったから拍子抜けだ。


 が、よくよく見れば、石室の奥には更なる扉があった。

 それも、外の扉よりも小さいが、更に頑丈そうな上に、ドクロにバツマークの絵が描かれた、明らかに『危険ですが、何か?』と物語る扉が。


 しかも、何故かその扉は所々がボコボコに盛り上がっていた。その盛り上がり具合から、外部からの何かが扉を攻撃をした結果、そのような状態になったとしか思えないものだった。


 そんな明らかにヤバい扉を見て、サッーと血の気が引く。


「あ、あの…………あれ…………」


 ボコボコな扉を震える指で示すと、背後のお婆さんがニコニコと微笑んだ。


「フヒヒヒ。あれか?あれはな……新鮮な証拠じゃよ」


「「何が?!」」


 私とジャンクさんの声がハモる。


 本当に何がだよ?!何がどう新鮮だったら、鋼鉄の扉をボコボコにすんだよ?!

 まして、この先果樹園だろうが?!牛舎でも豚舎でも生け簀なんかの動物がいる訳でもなく、植物がある果樹園だろうがい?!

 それがどうすれば扉をボコボコにするんだい?!


「フヒヒヒ。何がとは………この先にあるのは一つしかあるまいて?儂らが丹精込めて作った作物が生る木しか………」


「「だからこそだよ?!」」


 新鮮どうこう以前に、植物が扉をボコボコにしてる時点でおかしいだろうがい!?私の知ってる限り、植物が扉をボコボコにすることはないだろ?!

 トゥルの実がおかしいのは知ってたけど、これは予想よりも遥かにおかしいわ!?


「だ、大体なんで扉が二重構造なんだ?!」


 ジャンクが背後を振り返りながら叫ぶ。


「なんでかって………こうせんと逃げるじゃろうがい?」


「「逃げるって何が?!」」


「逃げたら近隣に迷惑がかかるじゃろ?下手に死人が出たら…………おっと。今の忘れとくれ」


「「忘れられるかぁぁぁぁぁ?!」」


 何がおかしいのか、フヒヒヒと笑うお婆さんに私とジャンクさんは叫んだ。


 死人が出る………って、聞き逃せるかぁ?!忘れられるかぁぁぁ?!

 今正に、そこに押し込まれようとしてるんだよぅぅぅ?!絶対に聞き逃せねぇぇぇぇよ?!


 てか、逃げるって何だ?!もう、これ動く植物で決定でしょう!?よく考えれば、実も動くんだから、それが生る木が動いてもおかしくないよね?!

 完全に動いて、攻撃的な植物で決定でしょ?!

 多分、漫画や小説で読んだ、ツリーフォークみたいな動く木とかでしょ?!絶対そうでしょ?!

 はいはい、それじゃあこんな施設なのも納得ですよ?!そりゃあ、普通に柵で囲む程度じゃ駄目ですよ?!動いて攻撃してくんだから!?


 というか、あの壁も立て札も、脅しの侵入防止策じゃなく、マジもんの内部からの脱走防止策だろうが!?嘘吐きやがったなコンチクショウめ!?


「てか、ジャンクさん!?さっきから私と一緒に叫んでますが、トゥルの実について知ってるんじゃないんですか?!この依頼はいいとか言ってたし、この植物についても知ってるんじゃないんですか?!」


 何か同じように叫んでたが、ジャンクさんはトゥルについて知ってたからこの依頼を勧めたんじゃないのかよ?!だからこそ、ゴアが依頼を持ってきた時に『良いな』なんて普通に言ったんじゃないのかよう?!


 そんな悪態をつくと、ジャンクさんは申し訳なさそうに頭を下げた。


「す、すまねぇ!実はトゥルは実のことしか知らねえんだ!食堂で時折出る、喋って動く変な実という事しか知らなくて………それが生る木については全く知らねえんだ………」


「なら、なんで良いなんて?!」


「いや………報酬が妙に良かったし、精々リンゴ狩り程度の依頼だと思ったんだ………。後、マインちゃんの事もあって、ちょっと自然のあるところで気分転換もいいかなと…………」


「おどれぇぇ?!なんじゃ、その理由は??いてこましたるどぉぉぉ?!」


「じょ、嬢ちゃん…………口悪くなってるぞ?」


 頬を引くつかせるジャンクさんを睨み、何とか逃げれないかと考えていると、ザッドハークがポンッと肩に手を置いてきた。


「カオリよ。そうジタバタするものでない。みっともないぞ」


 珍しく厳しい口調で話してくるザッドハークにビクリと肩が震える。


 な、なんかザッドハーク怒ってる?

 あ、あれかな?依頼を受けておいて、いまさら嫌だ嫌だと我が儘を言ってたから流石に怒ったのかな?


 た、たしかに依頼人を前にして失礼だし、恥ずかしい事だけど、この命がかかった状況だし、これは仕方がないんじゃ…………。


「ね、ねぇザッドハーク………だって………」


「だってもダッチもワイフもないわ」


「いや、何言ってんの?!」


 ダッチもワイフもって何だよ?!

 いちいち下ネタ入れんなや?!一応は私も乙女だぞ?!しかも、無駄にデカイ怒声で叫ぶなや?!恥ずかしいわ?!


 私のそんにツッコミも虚しく、ザッドハークは真っ直ぐに真剣な瞳で私を見据えた。


「カオリよ…………汝がジタバタと騒ぎ、暴れる気持ち………我も分からぬ訳ではない」


「ザッドハーク…………」


「汝が如何にトゥルの実が好物で、それを前にして興奮しているか……。それは、我が良く理解しておる」


「分かってない。根本が違う、根本が。全く私を理解してないからね。露ほども」


 この野郎………私がトゥルの実を前にしてはしゃいでいると思ってやがったな………。

 だから全然好物じゃないし、寧ろトラウマの部類に入ってるんだっーの?!


 なんとか手を動かし、肩に置かれたザッドハークの手の上に自分の手を重ねる。


 そして発動『冥府ノ波動』。


 ザッドハークは石室の床に頭から崩れ落ちた。


「あらあらあらあら?痴話喧嘩?仲がいいのね?」


 いつのまにか正面の扉脇に移動したおばさんが、盛大に勘違いしながら、微笑ましいものでも見るような瞳を向けていた。


「これが痴話喧嘩なら、大抵の殺し合いは痴話喧嘩になりますが?」


 やっぱり、このおばさんおかしくね?と思ったら、後ろから懐かしむような声が聞こえてきた。


「フヒヒヒ……私も昔、『笑う女豹(スマイリーパンサー)』と呼ばれていた時代には、敵側で『一迅の閃光(サンダーボルト)』と呼ばれて活躍しとったじいさまと、激しく殺………喧嘩をしたもんさ。懐かしいねぇ」


「ねぇ!本当にお婆さん、何者?!絶対普通じゃないよね?!二つ名ある時点で普通じないよね?てか、殺し合いとか言いかけたよね??痴話喧嘩のレベルじゃないよね?!」


 私の背後で惚けた顔で、かつての思い出を語るお婆さんに、激しくツッコミを入れる。


 『笑う女豹(スマイリーパンサー)』と『一迅の閃光(サンダーボルト)』って何だよ?!敵側って何だよ?過去に何があったんだよ?!

 普通じゃない普通じゃないと思ってたけど、本当に普通じゃないよ?!

 絶対戦場帰りとかだよ??傭兵とかだったよ、このお婆さん?!じゃなきゃ、二つ名なんて付かんわ?!それなら気やら読心術が使えるのも、ある意味納得だよ!?


 お婆さんの恐ろしさの片鱗を感じていると、パンパンと手を打つ音が石室に響く。


 見れば、扉脇にいたおばさんが、先程までとは打って変わった真剣な表情でこちらを見ていた。


「はいはい、遊びはここまでよ。ここからは本当に命に関わるから、気を引き締めていきましょう」


「とうとう命の危機を隠す気もなくなったか……」


 ハッキリ命の危機って言いやがった。


 背後の扉の施錠もしたし、既に逃げ道は塞がれた。彼女らとしても、もう隠す必要はないんだろう。


 最早、命の危険すらあるという事実を隠す気のないおばさんを死んだ目で見ていると、おばさんは扉の脇にあるレバーに手をかけた。


「いい?この先はこれまでのような天国(ヘブン)じゃないわ。地獄(ヘル)よ。常に死神が臆病者のケツを追い回す、地獄の底よ。隙は見せるな。臆病者風に吹かれるな。そんな糞虫共に死神はコンチニハしてくるわ」


「えっと……あの……おばさん?口調が変に「シャラップ!!」ウヒッ?!」


 おばさんの態度が急変したので、そこに質問を差し込んだら、何故か横文字で黙らされてしまった。


「いいかい?ここからは戦場だよ!!甘ったれた奴から死ぬ、過酷な世界!!その戦場では私が指揮を執る!!死にたくなければ、私の命令は絶対!!返事は『はい』か『イエス』かだけ!!いいかい、分かったかい?」


「えっと…………あの…………」


「返事はハイオアイエッサァァァァ!!」


「イ、イエス!!マム!!」


 なんだよ、このおばさん!?急に豹変し過ぎでしょうが?!

 さっきまで朗らかな農家のおばさんだったのに、急にハー〇マン軍曹みたいになってんだけど?!

 つか、もうハー〇マン軍曹そのものなんですが??


 あまりのおばさんの豹変振りに、最敬礼をしながらドン引きしていると、背後のお婆さんがおもしろそうに笑っていた。


「フヒヒヒ……サエィコさんも収穫を前にして昂っているねぇ。流石は『血濡れの猛虎将軍(ブラッディータイガー)』と呼ばれた猛者だけあるね。引退したとは言え、覇気はまだまだ健在だよ」


「この一家は全員が二つ名を持ってんですか?!」


 このおばさんも二つ名ありやがったよ?!しかも、一番やばそうな二つ名が?!

 この調子でいくならば、旦那さんや息子さんにも二つ名がありそうだよ?!


 てか、何だよこの一家は?!


 敬礼をしながら唖然としていると、おばさんが私達をジロリと睨んできた。


「それではこれより、この地獄の門を開き、我々は戦場へと赴く!!その戦場での目的と、注意事項を述べておく!!その空っぽな脳ミソにしっかりと叩き込めよ!!特に、そこの処女豚!!」


「処女豚?!それ、私っ?!」


 唐突に指差され、物凄く酷い名でよばれた。

 いや、名ですらないわ!!ただの悪口じゃねーか?!


「いや、あの、ひどっ「黙れ!!この糞処女豚!!」…なんか糞付けられた?!」


 駄目だ。全く話を聞く気がない。

 下手に反論しようものなら、どんどん酷い呼び名になりそうだわ………。


 これ以上呼び名が酷くなったら泣く自信があるので、取り敢えず黙って話を聞くことにした。


 おばさんは黙りきった私達を見て満足したのか、フンッと鼻息を吹き、説明を始めた。


「いいかい豚共。我々の目的はトゥルの実の収穫である。トゥルの実はトゥルの木の枝に生っている。その枝から、青く成熟した実を収穫すること!!1人、最低ノルマは背中に背負ったカゴ一杯分!!それ以上に収穫すれば、追加の報酬を出すわ!!」


 あれ?カゴ一杯??てっきり、果樹園の中の実はほとんど収穫するものだと思ってたんだけど、カゴ一杯でいいの?

 それなら直ぐに終わりそうだし、案外楽なんじゃ?

 もしかして、この施設や言葉も、ただ大袈裟に言っているだけで、案外と……。


「ただし!!トゥルの木は大人しく実を収穫させてはくれない!!収穫しようとする者に、容赦なく攻撃をしかけてくる!!それも、徹底して追い込みをかけてくる!!」


「ブホッ?!」


 楽じゃなかった。全然楽じゃなかった!?

 トゥルの実の収穫楽じゃなかった!?


 てか何だよ収穫する者を攻撃するって?!

 やっぱ危険植物じゃねーか!?ゲームで見た、ツリーフォークやトレントみたいな動く植物系モンスターで決定じゃねーか?!やっぱ、あの実。魔物の実じゃねーか!?


 あれでしょ?!幹に顔があって、ツルや花粉や葉っぱで攻撃してきたり、木や土の魔法を使ってきたりする、そんなモンスターでしょ?!ゲームや小説で見たわ!?そりゃ危険だわぁ!?


 私がトゥルの木が、昔小説で読んだトレントのような植物系モンスターだと確信する中、おばさんの説明は更に続く。


「いいか!一度しか言わないから良く聞きなさい!!トゥルの木の恐ろしい攻撃方法。それは………蹴りよ!!」




 


 

 私はバッと手を上げた。


「マム!!失礼ながら質問の許可を!!」


 キッパリとそう言うと、おばさんはジロリと睨んできた後、厳かに頷く。


「質問を許可する!何、糞ツルペタ処女豚!」


「ハイ!!今話しているのは、植物のことでよろしいでしょうか!!」


「そうよ!植物の話しよ!!質問はそれだけ!?」


「ハイ!以上です!!失礼しました!!」


「よし、下がれ!!」


「イエスマム!!」


 敬礼と共に、私は後退る。


「それでは話しの続きよ!!トゥルは驚異的な脚力の持ち主で、その蹴りは凄まじい威力を誇っている!!並みの魔物などは、一撃で頭が砕かれる程よ!!蹴りには要注意しろ!!そして、それ以上に恐ろしい攻撃方法をトゥルの木は持っている!!それが…………関節技(サブミッション)だ!!」




 


 

 私は再びバッと手を上げた。


「マム!!失礼ながら今一度質問の許可を!!」


 キッパリとそう言うと、おばさんはジロリと再び睨んできた後、厳かに頷く。


「質問を許可する!何、糞ツルペタ安産型処女豚!」


「ハイ!!もう一度聞きますが、今話しているのは、植物のことで間違いないでしょうか!!」


「そうよ!植物の話しよ!!質問はそれだけか!?」


「ハイ!以上です!!失礼しました!!」


「よし、下がれ!!」


「イエスマム!!」


 敬礼と共に、私は再び後退る。


「それでは続きよ!!奴らは天性の組み技の持ち主である!!下手に近付き、接近しようものなら、直ぐ様腕や足を取られ、関節を破壊される!!下手をすれば、頸動脈を押さえられ、意識を持っていかれる!!各人は、下手に組つかれぬように注意せよ!!そして、最後に……トゥルの木を攻撃する際の注意点を述べる!!」


 そこでおばさんは一呼吸置いた。

 そして、事前に配った噴霧機と警棒のようなものを掲げた。


「事前に各人に配った電気棒と噴霧機。これらはトゥルの木を傷つけず、かつ怯ませることができる武器よ。この噴霧機の中の液体は、トゥルが嫌がるカンジバカリの木の樹液を薄めたもの!!これを撒けば、トゥルの木は暫し嫌がって近付くことはない!!だが、それは距離を離すということであり、収穫に差し支えがでる!!使う際は、状況をよく確認してから使いなさい!!」


 噴霧機を手にし、おばさんはそれの長所と短所を説明した。


「そして、次にこの電気棒!!これは見ての通り、スイッチを押すと電気が流れる棒よ!!これでトゥルを叩き、電気を流せば、流石の奴らも一瞬怯む!!その隙を突き、実を収穫するのがベストよ!!ただし、叩く場所は肩や股などの比較的柔らかそうな場所を狙え!!間違っても腹は叩くな!!奴らは腹筋に並々ならぬ自信を持っている!!叩いても無駄だし、逆に腕を取られる!要注意しろ!!」


 


 


 


 私はまたまたバッと手を上げた。


「マム!!失礼ながらもう一度だけ質問の許可を!!」


 キッパリとそう言うと、おばさんはジロリときつく睨んできた後、厳かに頷く。


「また貴様か!まぁ、いいわ。質問を許可する!なんだ糞ツルペタ安産型寸胴処女豚!」


「ハイ!!もう一度聞きますが、今話しているのは、植物のことで間違いないでしょうか!!」


「そうよ!植物の話しよ!!質問はそれだけか!?」


「ハイ!以上です!!失礼しました!!」


「よし、下がれ!!」


「イエスマム!!」


 泣きそうな顔で敬礼と共に、私は再び後退る。


 おばさんは深く呼吸をすると、ゆっくりと私達を見回し、カッと目を見開いた。


「これで説明は終わりだ!!これからの任務と、トゥルの木についてはよく分かったな豚共!!特にそこの糞ツルペタ安産型寸胴女子力皆無処女豚」


 そのおばさんからの最後の確認に、私は腹の底から思った事をそのまま叫んだ。


 


 


 


 


「全く理解できませぇぇぇぇぇぇぇん!!??」


 絶対ソレ、植物違ウ。

 

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