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42話 ファンタジーの定番!魔法を覚えたい!

本日二話目です。

よろしければ、ご意見・ご感想をお待ちしています。

「口から毒を吐いて、尻から糸を出す女をどう

 思う?」


 机に頬杖をつき、ティーカップに注がれた食後に出されたお茶を、スプーンでかき混ぜながら呟く。


 すると、そんな私の呟きに、ゴソゴソと何か作業をしていた背の低い老婆がピタリと手を止め、怪訝な視線を向けてきた。


「急に何を言っておるんじゃ?ボケるにはまだ早かろうに?儂でさえ、まだ昼飯を食べたかどうか忘れる程度じゃぞ?」


「程度じゃなくて重症だよ。数十分前に一緒にお昼食べたばかりだよ、メル婆」


 つい先程まで共に昼食をとっていたのに、既に老婆の頭の中からは抜け落ちていたらしい。

 これが老化というものかと戦慄しながらも、呆れたように老婆ことメル婆に言うと、カラカラと楽しげに笑いだした。


「そうじゃったかのう?どうも最近は物忘れが激しくなったと思ってはいたが、年かのう? 昨夜爺さんとハッスルしたのは覚えてるんじゃが…………」


「逆に色々大丈夫だと思うよ?というか、それ誰得情報?生々しくて、吐きそうになるんだけど?」


「ウヒヒヒヒ!女ちゅう生き物は幾つになろうとも、惚れた男の前では雌でいろってことじゃよ?」


「ウワァイ。勉強になるよぅ」


 皺だらけの頬を赤く染め、楽しげに語るメル婆に死んだ目で答える。


 まさか、こんな老婆ののろけ話しを聞かされることになろうとは…………。

 老婆と老爺の合体シーン。恐らく、巨大合体ロボも裸足で逃げ出す衝撃的映像であろうね。


 しかし、なんだか独り身でいる自分が悲しくなってくるなぁ。この年で未だ彼氏とかいたことないし………。


 今後もできるか分からない切実な状況だしね………。


 女としてメル婆に負けていることに打ちひしがれつつ、嘆息しながらカップのお茶を啜る。


 今日は冒険者稼業をお休みし、メル婆の店に色々な道具の補給に来店している。


 このお店には装備を買った後もちょこちょこと遊びに来ており、買い物をしたり、メル婆に悩み相談をしてもらったりしている。

 今ではすっかり仲良くなり、一緒にお茶したり、お昼をご馳走になるくらいの常連になっている。


 まぁ、私以外にはお客さんもなく、メル婆も『暇じゃから話し相手になっとくれ』という訳で、休みの日はここにこうやって長居することが多い。


 今日も今日とて来店し、お昼ご飯をご馳走になったところだ。


 ついでにザッドハークやゴアとは別行動である。


 ザッドハークは多分、まだ森の木の上に吊るされた状態だから当分は帰ってこない。


 そのまま干物になってしまえ。


 ゴアは、ギルドの冒険者に誘われて食事に行った。冒険者達はザッドハークの洗脳でゴアが美少女に見えているらしく、こぞってデートに誘われているのだ。


 正直、触手眼球お化けにデレデレと色目を使う冒険者達の姿は何とも言えず、見るに忍びない。

 まるで美人局をかけさせているような気持ちになるのは何故だろうか?


 まぁ、本人達が幸せならいいんだろう。


 そんな事を考えつつ、イケメンで、金持ちで、手間の掛からない都合の良い彼氏欲しいなぁ………などと黄昏ていると、メル婆が作業の手を止めて私の前の席に座ってきた。


「ウヒヒヒヒ。それで?糸が尻から出るのとか言ってったが、何がどうしたのじゃ?」


 ポットから、決して上品とは言えないジャブジャブという勢いでカップに自分の分のお茶を入れたメル婆は、先ほどの私の呟きに関して尋ねてきた。


「あぁ……うん。ちょっと色々あってね。お尻から蜘蛛の糸が出るようになって………」


「それは儂じゃなく、医師か薬師に相談した方がいい事案じゃろう」


「至極当然ですね」


 メル婆から最もことを言われた。

 確かにいきなり尻から糸が出たなどと相談されたところで、医者に行けというアドバイスしかできないだろう。

 寧ろ、ここで対処方法を言われた方が戸惑う。

 つい『経験あるんですか?』などと、同じ病気でも患った同士でも見つけたかの如く聞いてしまいそうになる。


「まぁ、病気じゃなくてスキルの影響なんですけどね。暴食王(ベル=ゼブル)ってスキルのせいで、ポイズンスパイダーの能力を覚えてしまって………」


 先日あった不慮の事故のことをそう説明すると、メル婆は心から不憫なものでも見るような、哀れみの目を向けてきた。


「お主………確か勇者じゃったよな?それが暴食王(ベル=ゼブル)?しかも、覚えたということは、喰った……ということじゃよな?蜘蛛」


「喰いました。そして悔いました」


「別に上手くないわい。しかし………」


 メル婆は「勇者とは…」と呟きながら、遠い目で天井を仰ぎ見た。


 当事者だが、その気持ちは私も同じだった。

 私もまた、遠い目で天井を見上げた。


 


 


 


 

「はぁ………もっと勇者らしい力を身に付けたいなぁ……」


 ボソッと呟き、カップの中のお茶を意味もなくかき混ぜる。


 メル婆は新たなお茶を自分のカップに注ぎつつ、難しい顔で口を開いた。


「勇者らしいのう………そうは言われても、勇者らしいというのはどういうものかのう?」


「取り敢えず、脛を攻撃したり、王様に大ダメージ与えたり、食べたものの能力を得たり、口から毒吐いたり、尻から糸を出したりとかの外道な力じゃなく、もっとこう………勇者って感じの力かな?」


「その理屈なら、お主は外道の中の外道じゃのう」


 メル婆がまたも的確なツッコミを入れてくる。


 だが、事実なので仕方ないし、私にも自覚があるから何も言えない。

 自分で改めてスキル構成を確認するが、脛殺しも、王殺しも、暴食王(ベル=ゼブル)も、絶対に勇者が持つべき力じゃないもんな。

 殺し………と付いてる辺り然もありなん。


 ほとんど敵のボスとかのスキル構成だ。

 いや、敵のボスでも、もっとまともだな。


 そんな外道オブ外道なスキルばかり覚える事の悩みを相談すると、何だかんだでメル婆は真剣な表情で考えてくれる。


 暫しウンウン唸りながら考えた末に、メル婆はある提案をしてきた。


「そうじゃのう……勇者らしいかどうかは分からんが、魔法を覚えるのはどうかのう?」


「魔法?」


「そうじゃ。魔法にも色々とあるが、よっぽどでなければ悪いイメージはあるまい。戦闘や生活にも役立つしのう。かつての勇者も様々な魔法を使っていたというし、らしいと言えばらしかろう。覚えて損は無いと思うぞい?」


「魔法かぁ………」


 メル婆の説明を聞いて、そういえばそういうのもありかと考える。


 こちらの異世界に来てからの私の戦闘方法は、剣やスキルを使用した、主に近接戦を基本としている。


 ぶっちゃけ取り敢えず叩け…みたいな脳筋な戦い方だ。


 一応は『脛殺し』や『破壊の咆哮』は遠距離攻撃に入るのかもしれないが、いまいち使い勝手は悪い。

 脛殺しは攻撃範囲が限定的だし、破壊の咆哮に至っては被害範囲が半端ない。下手すりゃ味方も巻き込むしね。いや、実際既に巻き込んでるか……。

 そんな訳で、攻撃範囲が1か10しか無いという、いかんともし難い状況なのだ。


 それにどちらも外聞が悪いしね。


 それに比べ魔法。

 なんともファンタジーな響きで、異世界に来たらこれぞ覚えたいと思う要素の一つだ。

 それに何か魔法は知的なイメージがあるし、様々な効果や種類があって非常に使い勝手がよさそうだ。


 というより、そんな建前以前に個人的に使ってみたい。


 この世界に来てからそこそこ経つが、色んな人が魔法を使うのを見ている。

 火や水を出したり、風を操ったり、怪我を癒したりと、色んな魔法を見てきた。

 そんなものを目の当たりにすれば、自分も使ってみたいと普通は思うでしょ?


 というか、こういう勇者系の小説だと、主人公はバンバンと魔法やスキルを覚えてるのが定番じゃないのかな?

 それなのに、私は魔法を習得できるような様子はないんだが?何で?変なスキルは覚えるのに?

 まぁ、それは後で究明するとして、やっぱこういうファンタジー世界に来たならば、それに伴った魔法を使ってみたいとみたい訳なのよね。


 色々と複雑かつ忙しい事情があったから自分が魔法を使うなんて発想を忘れてたけど、改めてその事を言われると覚えたくなるなぁ。


 というか、覚えられるなら覚えたい。

 それに、ものによっては勇者らしい魔法を覚えられるかもしれないしね。

 こう………光魔法!!みたいな?

 なんか想像したら、期待感が湧いてきたなぁ。

 先日の蜘蛛事件のことなんて忘れ………られないね………うん。それは考えないようにしよう。


「…………うん、メル婆。その魔法って発想はありだね」


「何故に意気消沈しておるのじゃ?」


 魔法が使えるかも!とテンションが5上がったが、蜘蛛事件の事を思い出してテンションが20下がってしまったのが顔に出たらしい。


 メル婆が訝しむように見てくる。


「いや、気にしないで。自分自身の外道っぷりに心底嫌気がさしただけだから」


「闇が深いのう………」


 再び哀れみを込めたような目で私を見てくるメル婆。


 やめて………そんな目で見ないで………。


 暫く何とも言えない微妙な空気が私達の間に流れていたが、フッとメル婆が顎を撫でながら口を開いた。


「フム……まぁ、魔法を覚える気はあるということでよいのじゃな」


 その質問にコクリと頷く。

 魔法自体は覚えられるなら覚えたい……というより、是非とも覚えたい。

 やっぱり異世界に来たならば、魔法を使うというのは一種のロマンだからね。


「うん。覚えられるなら覚えたいけど………もしかしてメル婆が教えてくれるの?」


 期待半分にそう尋ねると、メル婆は苦笑しながら首を横に振った。


「いんや。儂は魔法はそれほど詳しくなくてのう。多少の回復魔法や呪い程度なら使えるが、人に教えてやれる程の腕前ではないのう……」


「えっ?そんな得体の知れない液体を鍋でかき混ぜながら『イーヒッヒッヒッ!』って高笑いしてそうな魔女っぽい雰囲気出してるのに?」


「お主は本当に人を煽るのが上手いのう」


 メル婆は心底感心したというような表情をしつつ、おもしろそうに笑う。


 いや、だって見た目からして、例のねる系お菓子のCMに出ててもおかしくない容姿だもんねぇ。

 壺と杖と黒い衣装が良く似合いそうです。


 そんな事を考えつつ、未だおもしろおかしそうに笑うメル婆へと質問をした。


「それじゃあ誰から教わればいいのかな?魔法を教えてくれるような知り合いはいないんだけど……」


 こっちの世界に来て暫く経つし、それなりに知り合いは増えた。

 だが、私の身の回りに魔法を指導してくれそうな知り合いに心当たりはない。


 まぁ、パーティーに魔砲使いはいるけどね……。


 だが、教わるつもりは一切無い。

 だって魔砲使いだからね。

 私は目からビームを放つつもりも、これ以上人間離れするつもりもない。


 それ以前に、これ以上身体の穴から何かを出すつもりはない。


 そんな決心をしていると、メル婆が呆れたような顔で私を見ていた。


「なんじゃ。魔法を教えてくれる指導者について悩んどるのか?ならば、そこに一流の指導者がおるじゃろうが」


 そう言って、メル婆は私の隣を指差した。


 指差された方を見れば、そこには虚ろな目のハンナが座っていた。


 そうだ、すっかり忘れていた。

 今日は、先日燃えてしまったハンナの服の代わりや、下着などの日常品も買い揃えに一緒に来ていたのだ。


 ハンナが店に入るなり『なんです、この店?何で普通に呪いの装備やら、伝説の魔道具が置いてあるんですか?馬鹿なんですか?』と惚けて黙り込んでしまったので、すっかり忘れていた。


 ついでに、メル婆には彼女が魔物のリッチである事は伝えた。

 驚くかと思ったが『ウヒヒヒ。ザッドハークに比べれば可愛いものよ』と笑っていた。


 納得の理由だ。

 あれに比べれば大抵のものは可愛く見えるだろうよ。


 メル婆は虚ろな目で呆けているハンナを見ながら話しを続けた。


「そやつはリッチなんじゃろ?という事は生前は腕の立つ魔法使いじゃった筈じゃ。なれば、そやつから魔法を学べばいいじゃろう?」


「成る程!」


 そういえばハンナも一応は魔法使いだったわ。

 ゴアの印象が強すぎるし、大した見せ場もなかったから忘れていたわ。


 基本脱げてるイメージしかないし。


 よし!そう思ったならば吉日。

 私はさっそく呆けているハンナの肩に手を置いて揺さぶった。


「ねぇ、ハンナ!ハンナ!」


『………うぇ?は、はい何でしょうかご主人様?』


 意識を取り戻したハンナは、私を見るなり緊張した顔で要件を尋ねてきた。


 そう言えば、ハンナは何故か私のことを『ご主人様』と呼んでくるのよね。

 外聞も悪いし、変な誤解を受けそうだから、止めさせようとはしたが『畏れ多い』との理由で止めてくれない。解せぬ。

 なので、もう諦めて好きに呼ばせているが、おかげでギルドの中では妙な目で見られることが多くなってしまった。解せぬ。


 まぁ、それはもういいや。


「ねぇ、ハンナ。私に魔法を教えてくれない?」


『魔法を…………ですか?』


 ハンナはキョトンとした顔で私を見てきた。


 どうやら話しの流れが分からないらしい。

 まぁ、今まで呆けていたしね。


 そんなハンナの横から、メル婆がスッとお茶を差し出してきた。


「そうだよ。そのお嬢ちゃんが魔法を覚えたいらしくてね。見たところ、あんたは中々に腕の立ちそうな魔法使いのようだ。その嬢ちゃんの指導をしてやってくれんかのう?」


 メル婆が説明をすると、ハンナは合点がいったような顔となり、『成る程』と頷いた。


『理由は分かりました。ご主人様が魔法を覚えたいというならば、そのお手伝いをするのは構いません。ですが、魔法というのは一朝一夕で覚えられるようかものではありません。才能の有無に魔力の量。知識や技術の獲得等々学ぶことは多くあります。才能があったとしても、今から修行しても最低五年はかかりますね』


「あっ、やっぱり?」


 なんとなくそうだとは思っていたけど、やはりそうらしい。

 心のどこかで『私勇者だし、魔法速攻覚えられんじゃね?』と甘く考えていたが、どうやらそうでもないみたいだ。

 でも、そりゃそうか。良く考えなくとも、そんな簡単に覚えられるなら魔法学校なんてないもんね。

 しかし、五年か………そんな五年なんて修行してたら、魔王に世界が征服されるわい。

 そもそも、受験とか就職とかの大事な時期を逃すわ。あっち戻った時に面接で『君、特技は?』『はい、魔法です』なんて、絶対落ちるわ。

 無理無理。魔法無理だわ。才能とかじゃなく、時間的・現実的に無理だわ。


 あぁ、ちょっと人生舐めてたわ……まさか、異世界というファンタジー世界で現実の厳しさに直面することになろうとは………。


 遠い目で再び天井を仰ぎ見ると、メル婆がフムと唸りながら立ち上がった。


「そう言えば、あれがあったのう。あれを使えば魔法も使えるようになろう」


「えっ?」


 メル婆のその呟きに驚き、どういう事かと聞こうと思った。が、その前にメル婆は席を外し、店の奥へと移動した。

 そして暫くして戻ってくると、その手には図鑑程の厚さをした赤・青・灰・黒・茶色の五冊の本が携えられていた。


 メル婆はその手に持った五冊の重そうな本を『よっこいしょっと』っと、お年寄り独特のフレーズと共にテーブルへと置いた。


「ふぅ、やれやれ。これだけ運ぶと腰にくるのう」


「メル婆。この本なぁに?」


 腰をポンポンと叩きながら唸るメル婆に、目の前に置かれた本について質問をした。

 すると、メル婆が答えるより早く、ハンナが驚愕に満ちた声を上げた。


『こ、こ、これは『エンブルの書』?!ば、馬鹿な?!き、貴重な本がこんな………?!』


「エンブル?グ、グりモール?」


 なんだそれと疑問を浮かべていると、ハンナがクワッと目を見開いた叫んだ。


『大魔導師エンブルの記した貴重な魔導書(グリモアール)です!!それを読むだけで様々な魔法を習得できるという優れものです!!』


「はぁ?!」


 今度は私が驚きの声を上げた。


 読むだけで魔法を習得できるだと??

 なんだその人生舐めきった本は??凄く素敵じゃないですか?!


 現実の厳しさを目の当たりにして落とされた心は、現実を舐めきったファンタジー展開の復活により一気に盛り返す。


「マジで?読むだけで魔法を覚えられるの??」


 席から身を乗り出し、メル婆へと詰め寄る。

 メル婆は苦笑しながら頷いた。


「ウム。これは古い昔にいた、エンブルという偉大な魔導師が書き留めた書で、己の造り上げた様々な強力な魔法を後世の者へと託すべく、魔法自体を書に封じたものじゃ。これを読むと中に施された術により、記された魔法を読んだ者の頭の中へと書き込むのじゃ。すると、その者はその魔法を使えるようになるのじゃ。ただし、書の効果は一度だけの使いきりじゃがのう」


 じゃから貴重なんじゃよ。と笑うメル婆を見ながら瞠目する。


 何それ凄っ?!本当に読むだけで魔法を覚えられるって凄すぎでしょ??まるで某国民的人気アニメの青ダヌキの秘密道具ではないか。確かあれはパンだった。パンに本の中身を押し付けて暗記するという、衛生観念が疑われる道具であった。


 あまりの興奮気味に思考を明後日の方向にずれながら目の前の本を見ていると、ハンナは震えた声で語りだした。


『す、既にエンブルの書のほとんどは既に使用されたか、紛失したかで世からは無くなったものと思っていましたが、それがこんな………』


 余程貴重な書なのだろう。ハンナの目には驚愕と畏敬の念が現れている。

 というか、ハンナがこんな畏敬の目をするって事は、そのエンブルとかいう魔法使いもよっぽど凄い人なんだろう。

 まぁ、そうは言ってもハンナの魔法使いらしいところをまともに見ていないから何とも言えないが。


 そんな事を思いつつ、私は一番手近にあった黒い本を手にとった。


「これで魔法を覚えられるのかぁ………。原理は分からないけど、なんか凄いね………」


 そう言って何となしに。

 本当に何の気もなく、ちょっと中身はどんなんだろう?みたいな、ティッシュよりも軽い気軽な興味から、ペラリと表紙を開いた。


 すると、唐突にメル婆とハンナが驚きの声を上げた。


「あっ?!」


『あっ?!』


「えっ?」


 二人のそんな声に私は驚き、顔を上げた。


 その瞬間………。


『汝、我が叡知を求めし者か?』


 そんな渋い男性の声が頭の中に響いた。

 同時に、私は意識が遠くなり、そのままを気を失った…………。


 


 


 


 


 


 

 ◇◇◇◇


 

「フム。今日も何とも良い天気だな」


 私の隣を歩きながら、良い天気のイメージとはかけ離れた全身真っ黒な存在………ザッドハークが機嫌良さそうに呟いた。


「そうね。暫く良い感じの天気が続いていたんだし、ザッドハークも良い感じで干物になると思ってたんだけどね…………チッ」


 依頼を受け、いつもの慣れた東の森の道を歩きながら、結局ザッドハークが復活していることを残念に思い舌打ちする。


「クハハハ。この我が1日2日木に吊るされた程度で干物になるものか。精々半乾き程度よ」


「半分は乾いてるじゃん。結構惜しいところまでいってるじゃん」


 木の下で火でも焚いて、燻すべきだったかと思案していると、ザッドハークがおもむろに話題を変えた。


「フム。そう言えばハンナから聞いたのだが、カオリよ。汝、魔法を覚えたとのことではないか?」


 その話題をされた瞬間、私はピクリと肩を震わせ、その場に止まった。

 そして斜め後ろを歩く、今日は外へと出しているハンナへとゆっくり視線を向けた。


 私の視線を受けたハンナは青白い顔を更に青く変色させ、『今日も天気が良いですね』と空を見上げながら先程のやり取りを繰り返した。


 視線を逸らすにも、もっと上手いやり方があるだろうに。子供でもまだ上手く逸らせるぞ?


 ため息を吐きながらそう考えた後、フッとザッドハークへと視線を戻した。


「まぁ………覚えるには覚えましたね。うん」


 一応は覚えたには違いないし、嘘をつく必要もないから肯定して頷く。


 すると、ザッドハークは怪訝な表情をしながら顎を撫でた。


「ムウ?何とも歯切れの悪い口振りであるな?魔法を覚えたとあれば、喜ばしいことではないか?汝の事であるから、覚えた魔法を無駄に使って自慢し、高笑いしながら喜びの舞いでもするのかと予想していたのだが………」


「ザッドハークの中で、私は一体どんなキャラにされてるの?」


 あまりにも陽気なザッドハークの中の私のイメージ像に怒りを覚えていると、背後の草むらからガサガサと物音がした。


 何かと思いそちらを見れば、一匹のゴブリンが棍棒を片手に私達を睨んでいた。


「なんだゴブリンか…………」


 既に異世界に来て幾日。

 ゴブリンという醜悪な魔物にもすっかり慣れていた。最近ではこの魔物のゴブリンよりも、威嚇してくる野良猫の方が怖いくらいだ。


 私は腰に差した剣助へと手を伸ばし、ダラダラと涎を垂らすゴブリンを倒すべく、剣を抜こうとした。が…………。


「良い機会だ。せっかく故、汝の魔法を見せてみよ」


 ザッドハークのその言葉に制され、剣へと伸ばす手を止めた。そしてザッドハークへと振り返った。


「えっ?魔法で?いや………それは………」


「ハンナから胸の大きさを聞く代わりに聞いたぞ。何でも、かなりの高威力の魔法らしいではないか。一度見せてみよ」


 ザッドハークの言葉に目を見開く。

 そして、意味もなく空を見上げるハンナへと再び視線を移した。


 あの野郎………ザッドハークからのセクハラに耐えかねて、仮にも主たる私の情報を漏らしやがったな。あれだけ秘密にしろと言ったのに………。

 そのG以上は確定の胸に付いたけしからん駄肉をもいで喰ってやろうか?


 獲物を狙う肉食獣のような目でハンナを睨んでいると、ザッドハークが急かすように声をかけてきた。


「カオリよ。別に隠す必要もあるまい。単純に戦力が上がったことは喜ばしいのだ。それに、やはり仲間としては、一度どのような魔法なのか確認した方がよかろう。威力や範囲を知らねば、味方を巻き込む恐れもある故にな」


 ザッドハークがそう言うと、背後にいるゴアも興味深そうに頷く。


 威力や範囲を知って尚、ポンゴという仲間を何度も殺している奴らが何を言うんだとも思ったが、私が何か言ったところで諦めはしないと確信し、私が折れることにした。


「………正直、あまり使いたくはないんだけどね」


 気は進まないが、私は先日エンブルの書にて覚えた…………覚えてしまった魔法を行使すべく、両の手をゴブリンへと向けた。


 そして意識を集中し、深呼吸をしてから魔法名を唱えた。


 

「『冥府ノ波動(ソウルバースト)!!』」


 


 私の声と共に、両の手の指先から青い雷のようなものが迸る。その雷は私と対面するゴブリンへと向かい、その身に襲い掛かった。

 そして、そのゴブリンの肉体を雷でバリバリと焼く………と思いきや、外見的には一切変化は無い。

 派手にゴブリンの肉体をバチバチと青白い雷が直撃しているが、焦げ目どころか傷一つついていない。


 だが…………。


「ギィヤアアアアアアアアアアア?!?!」


 ゴブリンは尋常ならざる絶叫を上げ、苦悶の表情を浮かべる。その苦しみようから、ゴブリンが受けている痛みが相当なものであることが予想できる。

 そんなゴブリンの目や口といった穴からは、青白い光が迸り、まるでゴブリンの内部を焼いているようだ。


 だが、実際はゴブリンの内部も無事だ。傷の一つも付いていない。

 いや、確かに内部を焼いてはいるが、別のものを焼いているのだ。

 そして私は何かが割れるパリーンという感触を感じると、魔法の発動を止めた。

 すると、ゴブリンは目や口からモクモクと煙を立てながら崩れ落ち、二度と起き上がることはなかった。


 私はパンパンと手を打ち払うと、スッとザッドハーク達へと振り返った。


「どう?」


 そう聞いてみたが、結果は聞くまでもなかった。

 全員がドン引きだった。

 ザッドハークは眉間に皺を寄せ、ゴアは触手で目を覆い、ハンナは口元を押さえている。

 皆が明らかにドン引きし、まるで通夜のような静けさが辺りを覆った。


 やがて、ザッドハークがウムウと唸りながら口を開いた。


「雷属性……でないな。恐らく、闇属性の攻撃魔法。それも、肉体ではなく魂を直接攻撃するものだな………。魂を攻撃するなど、剥き出しの神経に酸を浴びせるが如し。先程のゴブリンが受けた苦痛はおして然るべし………」


 その通りである。

 私がエンブルの書で覚えてしまった魔法。それは対象の魂を直接攻撃するという、外道な魔法であった。しかも、これは防御が不可能であり、確実に相手を痛め付け、最終的には今のゴブリンのように命を奪うことも可能な魔法なのだ。


 ちょっと興味本位で手に取った本は、エンブルの書の中でも特に危険な魔法であり、禁術としても扱われていたらしい。

 そんな魔法を表紙開いただけで覚えてしまうようなセキュリティの甘さに怒りを覚えたが、既に覚えてしまったので何ともし難い。

 しかも、エンブルの書は1人の人間は1冊しか読めないらしく、私は他の本から魔法を覚えることはできなくなった。


 そんな訳で、私は興味から起こした事故により、こんな魔法を会得してしまった。


 ザッドハークは私の魔法がどんなものか知ると、魂が破壊されて死んだゴブリンへと静かに手を合わせた。

 暫く黙祷を捧げた後、ゆっくりと私に目を向けてきた。


 そして…………。


「カオリよ。汝は一体どこに行こうとしてるのだ?」


 ザッドハークは何処か憂いを帯びた瞳で問いかけてきた。


 その質問には答られなかった。

 それは私にも分からないことだったからだ。

 どこに向かい、どこに辿り着こうとしているのか………。私自身にも検討がつかない。

 だが、一つだけ確実に言えることがあった。


 それは…………。


 


 


 

 もう、勇者ルート外れてるわ。


 私は妙に青い空を見上げながら、そう考えた。

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