41話 忘れた頃に、効果を発揮しやがって?!
「ソリャアアア!!」
木々が茂る森の中、私は気合いの声と共に手にした剣助を縦に斬り下ろす。
力一杯に放った剣撃は、私の間近に迫って来ていた大型犬程の大きさはある大きな蜘蛛を正面から捕らえ、そのまま縦に真っ二つに両断した。
「ギシヤァァァァァ?!」
斬られた蜘蛛は大きな断末魔を上げ、切断された断面やら口から黄色の体液を散りばめながら地面へと転がった。
左右に両断されて転がる蜘蛛は、暫くピクピクと足を動かしていたが、やがて息絶えて動かなくなる。
剣助を構えたまま蜘蛛を注視していた私だったが、蜘蛛が動かなくなったことを確認した後は構えを解いて一息ついた。
「フゥ………なんとか仕留めたか。後は…………」
そう呟きながら周囲を見れば…………。
「ハアアアアアアア!!」
ザッドハークが蒼い炎を纏わせた巨剣を手に、既に戦意を失って逃げる蜘蛛達を背後から斬り捨てながら追走し…………。
「h5vv死f5ま1oに!」
これまたゴアが、周囲にいる戦意を失って縮こまる蜘蛛達を、容赦なく目ビームで薙ぎ払っていた。
ザッドハークとゴアも、順調に蜘蛛達にオーバーキルを喰らわしているようだ。
「二人も順調そうだなぁ…………」
既に見慣れた二人の一方的な虐殺劇に、フッとそんな呟きが漏れる。
ちょっと前なら臆するか、ツッコミを入れまくるような凄惨な光景であるが、何十回も同じような事を繰り返していれば、慣れ…………というよりかは諦めがつくものだ。
寧ろ、今日はちょっとキレが悪いなぁ………などと、ザッドハーク達の調子の良さを伺う余裕さえできてきた。
人間の適応力というのは、中々に凄いようだ。
そんな二人が順調に蜘蛛達を狩っているのを確認した私は、剣助を腰の鞘へと戻した。
その他には周囲に魔物の姿もないし、蜘蛛達も今虐殺されているのが最後だ。
依頼も問題なく達成できそうだし、後は後始末をして帰るだけかな。
今日、私達はギルドの依頼で、東の森の『ポイズンスパイダー』の討伐にジャンクさんを抜いたメンバーでやって来ていた。
ジャンクさんは今日は休みで、マインさんとデートと言う名の納税に行き、ハンナやスケルトンズには収納空間で待機してもらっている。
流石に数百人規模で行動するのは馬鹿らしいからね。というか、ゴアの目ビームで同士討ちが頻発するのでやめにした。
特に、ポンゴが何回蒸発したかも分からん。もう、死んでるとはいえ、流石に不憫すぎるわ。
それで依頼のポイズンスパイダーだが、要は大型犬程の体格をした巨大な毒蜘蛛の魔物だ。
一体一体の戦闘力はゴブリンより劣るが、口から毒液や毒の息を吐いたり、蜘蛛の糸を使った罠を張ってきたりと、中々にトリッキーで嫌らしい攻撃手段を持つ魔物だ。
特に毒の息は厄介だった。
あの紫の煙を吐かれた時、たまたま風上にいたから助かったけど、まともに食らってたら危なかったわ…………。
そんな今まで戦ってきた魔物達とは一味違った攻撃手段に、かなり手こずった。
何回か危うく毒を喰らいそうになったり、糸に手足を絡めとられたりもして、危うい場面もあったりしたが、後半では大分慣れて対処できるようになっていた。
しかしそれ以上に慣れなかったのは、大きな蜘蛛がワサワサといる気色悪い光景だ。
何せ巨大な蜘蛛だ。生理的嫌悪感は半端ない。
鳥肌がずっと止まらなかったからね。
だけど、良く良く考えてみれば、眼球触手お化けのゴアや、蜘蛛や百足の混じったポンゴに比べれば可愛いものだと気付き、そう考えた瞬間に直ぐに慣れた。
やはり、人間の適応力は凄いなぁ。
という訳で、その依頼のポイズンスパイダーの討伐にかかっていたのだが、もう………あっ、ザッドハークが追いかけていた蜘蛛達が蒼い炎で焼き払われたわ。
ゴアの方も………うん。蜘蛛がまとめて薙ぎ払われたわ。これで依頼完遂だわ。
後は討伐証明の牙を集めるだけか。
といっても、ほとんどの蜘蛛が焼き払われて、塵も残ってないよ………。やり過ぎだよあいつら。
まぁ、討伐証明数の牙二十本分の焼けてない死骸は何とかありそうだからいいか………。
どうでもいいけど、これ最終的に蜘蛛何匹倒したんだろう?
多分、余裕で百は越してると思うんだけど?
偶々見つけた数百匹の蜘蛛の巣を強襲し、そこにいた蜘蛛を根こそぎ殲滅したしね。それくらいはいってるはず。
それと、なんか遠目にポンゴ並にデカイ蜘蛛もいたようだけど、ゴアに速攻焼き払われてたわ。
あれ、蜘蛛の親玉じゃないのかな?まぁ、今更の話かな。
というかこれ、森の生態系のバランスに、多大な異常をきたすんじゃないかな?この前も、森中のフォレストベアが大移動をしたっていうし…………。
それに、現在進行形で森がどんどん焼き払われているしさ…………。
なんか私達が依頼を受ける度に、森が変わっていってるんだよねぇ…………。
まぁ………深く考えても仕方がないし、私も片棒担いでいるようなもんだから強く攻められないね。
ここは見て見ぬ振りをしよう。
勇者としての判断としては間違いだろうが。
そんなことを思いつつ、どういう理屈かは知らないが、剣の刃でごうごうと燃える蒼い炎を振り払って消しているザッドハークへと近づき、労いの言葉をかけた。
「終わったみたいだね」
そう声をかけると、ザッドハークは火を消した巨剣を地面を突き立て、こちらへと顔を向けてきた。
「ウム。そちらも片付けたようだな」
「うん。ちょっと手こずったけど、何とかいけたわ」
私の言葉に、ザッドハークが厳かに頷く。
「フム、左様か。魔物や魔族には狡猾な手段や魔法を用いる者もいる。此度の経験は、後に役立つであろう」
ザッドハークの言葉に私も頷く。
普段はポンコツだが、たまにこうやって真面目なことを言ってくるんだよね。
まぁ、なんだかんだでこっちの事情に詳しいし、戦闘経験なんかは豊富なようだから当然と言えば当然かな。
普段からずっと真面目であってほしいが。
ジト目でザッドハークを見上げていると、一通り蜘蛛を焼き滅ぼしたゴアが、頭がキリキリと痛むような音声の謎言語で語りかけてきながら近寄ってきた。
『まkn3終W1はef了』
「フム。『お疲れ様です。こちらも終わりました』と言っておるな」
「あっ、ゴア。お疲れ様」
ザッドハークが直ぐ様翻訳してくれたゴアの言葉に手を上げて返事をする。
このゴアの謎言語にも大分慣れてきたなぁ。
いまだ話し掛けられる度に、頭にキンキンと響く感じがするけども最初の頃程じゃないしね。
やっぱ人間の慣れっては凄いね。
まぁ、ギルドの受付のニーナや冒険者達は、いまだゴアの声を聞くと目眩を起こすけどね。
酷い人は発狂したし。
ギルドマスターがゴアの声を聞いて気が変になり、裸になって笑いながらテーブルの上で踊りだしたときは、マジでどうしようかと思ったよ………。
一応、仕事で疲れが溜まった上での奇行として処理されたけど、申し訳なさが半端なかったわ。
正気に戻ったギルドマスターが、戸惑った様子で裸のまま衛兵に連行されていく姿は、見ていて忍びなかったわ………。
以来、そんな悲劇を回避するため、ゴアには私やザッドハーク達以外とは話さないようにとの約束をしたから、被害はそれ以降なくなったけどね。
まぁ、そのおかげで幻術で見えてるゴアの美少女姿に無口キャラが加わり、何故か男性冒険者達からの人気に拍車がかかったが。
解せぬ。
眼球触手お化けが男性冒険者達からチヤホヤされていた事を思い出し、ギリギリと親指の爪を噛んでいると、ザッドハークが地に刺した剣を抜き、肩へと担いだ。
「フム。では手分けして討伐証明を回収し、少々遅くなったが昼食にでもしよう。些か半端な時間ではあるが、腹を減らして帰るよりは良いだろう」
ザッドハークに言われ、そこで自分のお腹がかなり空いている事に気付く。
そう言えば、もう昼を大分過ぎてたね。
蜘蛛達を探し、見つけ、そのまま夢中で討伐してたから結構な時間が経っていたようだ。
昼飯を食べる暇もなかったし、仕方がないと言えば仕方がない。
時間的には確かに半端だが、無視できる程の空腹感ではない。
空腹感を抱えたまま帰るよりは、ここで軽く食べていった方がいいだろう。
「そうだね。じゃあ、手分けして牙を集めて昼食にしようか」
ザッドハークの意見に賛同すると、ゴアも触手を上げて同意を示してきた。
私達が昼食をとるのに賛同した事を確認したザッドハークは、背後に転がるポイズンスパイダー達の死骸へと向き直った。
「フム。では手早く回収しようぞ。カオリよ。スケルトン達を呼べ」
「うわーい。そこは自分達でやらないのね?マジで外道。だけど賛成だわ」
死んだ蜘蛛を触りたくないので、ザッドハークの指示のままに、蜘蛛から討伐証明を回収するために私は迷わずスケルトン達を収納空間から呼んだ。
◇◇◇◇
『主よ。牙の回収を終えたぞ』
討伐証明の回収をお願いしたスケルトンAがスケルトンBとCを引き連れて、皮袋一杯に入ったポイズンスパイダーの牙を手に、木陰で昼食の弁当………といってもパンにチーズを挟んだ質素なもの………を食べる私のもとにやって来た。
「お疲れ様。そこに置いといて。後、これはお駄賃ね」
カチカチのパンをかじっていた私は、スケルトン達に労いの言葉をかけ、パンを地面にひいた包み袋の上に置く。
それから収納空間から煮干しを3つ取り出し、スケルトン達へと手渡した。
スケルトンズは手近な場所に皮袋を置いてから報酬の煮干しを受け取ると、とたんにガチャガチャと骨を鳴らしながら踊って喜びを露にした。
『かたじけない。確かに頂く』
『やったぜ兄貴!煮干しだ!煮干しだぞ!』
『ヤ、ヤッタンダナ!ニボシナンダナ!!』
『落ち着け!大人げないぞ!!まずは落ち着き、じっくりと味わおうぞ!』
スケルトンAは2体のスケルトン達を落ち着かせると、その2体を引き連れて近くの木の根元に移動し、煮干しを口の中に放り込んで噛みはじめた。
私はそんな煮干しを噛んで無邪気にはしゃぐスケルトン達を、何とも言えない目で見た。
「……しかし、スケルトン達の要望とはいえ、報酬やお駄賃があれでいいのかな?」
「本人らの要望ならば良いであろう。汝が気にすることでもあるまいガブムウフッ」
私の呟きに、ザッドハークが焚き火で炙った一抱えはありそうなベーコンの塊にかじりつきながら答えてくる。
スケルトン達に渡した煮干し。
あれは、これから色々と働いてもらうスケルトン達のために用意した、報酬兼ご褒美の品である。
私はスケルトンやデュラハンにハンナといった数多くの魔物を仲間とした。
いや、仲間……というか、ティムしたから従魔?よく分からないわ。あとでその辺の区分はジャンクさんに聞こう。
まぁ、そんな彼らをただ働きさせるのは何だと思い、働いた後の報酬に何か欲しいものはないかと聞いてみた。
そしたら…………。
『ミルクかチーズか煮干しが良い』
とのこと。
しかも一部を除いたスケルトン全員がだ。
見事にカルシウムが豊富な食材ばかりだ。
やはり骨なのが影響してるのか?必須な栄養素なのだろうか?
そんな訳で、スケルトン達にはそれらの報酬を与えることになった。
特に、煮干しはメル婆の店で大量に入った徳用パックがあったので、それを良く利用させてもらい、チーズや牛乳は大きな働きをしてくれた時に与える最大の褒美にした。
ハハハ。なんとも安上がりだ。
んっ?残りの一部のスケルトンは何を求めたかって?
私がそのスケルトン達にローションぶっかけて骨カーリングして罰した………と言えば察してくれるだろう。
ヌレヌレになって嘆くスケルトン134号達のことを思いだしながらパンをかじっていると、ザッドハークがスッと私の前に何かを差し出してきた。
それは一言で言うなら大きめの蟹の足………というか、まんま蟹だ。真っ赤な殻の爪先が剥かれた上からは、ホカホカの湯気を立てる白い身がプルンと揺れていた。
「えっ…………何、これ?」
突然出された蟹らしきものに驚き、そう呟きながらザッドハークを見れば、既に同じ蟹らしき足の身をムシャムシャとかじっている。
その背後では、ゴアも蟹を食べて………いや、あれ食べてるのか?なんか体に蟹足を押し当ててズブズブと飲み込んでんだけど?
食事と言うより、吸収なんだけど?
「珍味だ。これは取れ立ての新鮮なものでなくば喰えぬのでな。先程取っておいて焚き火で炙ったのだ。美味なるものぞ」
ザッドハークはそう勧めながら更に焚き火の辺りから、もう一本手に取って食べはじめた。
見れば、焚き火の周りには幾つかの蟹の爪が地面を刺されており、ジリジリと火に炙られていた。
「こんなもの、いつの間に…………」
そう呟きながらザッドハークから蟹を素直に受け取る。
いつの間にこんなものを取って焼いてたのかなどの疑問や驚きはあるが、それ以上に食欲が刺激された。
だって私、超蟹好きですから。
えぇ、大好きです。家では家族と奪い合う程に好きでしたからね。
よく自分の分を食べ尽くした後は、食べるのが遅い父さんの蟹を私と母と祖母で襲撃してたからね。
だから父さんは一度として蟹を食べきったことがない。精々は足一本か、何とか死守した蟹味噌だけだ。
そんな人から奪う程に蟹好きな私が、こんな美味そうな焼き蟹を目の前にして我慢できる訳がありません。
しかも、異世界来てから蟹なんてお目にかかってないし、正直かなり餓えてます。
「色々気になることはあるけど、せっかくだし頂きます」
そんな訳で、プルンプルンと震える蟹を受け取った私は、その身を一気に頬張る。
瞬間、口の中に幸福が訪れた。
「んんっ~?!」
美味しい。
ただ、その一言に尽きる。
プルンプルンでありながら口の中でほぐれる蟹の身。そして濃密な蟹の旨味と、程よく炙られた独特の香ばしさが舌を襲ってくる。
あぁ………久々の蟹…………超美味ぇ………。
種類的には味はタラバっぽい。
大味だが、食べごたえがある感じだ。
個人的には味の濃い毛蟹の方が好きだが、これはこれで美味い。というより超美味い。
モグモグと蟹を噛みしめ、その味を感動しながら堪能していると、ザッドハークがまた蟹を差し出してきた。
「気に入ったようだな。まだ沢山ある故に、好きなだけ喰うがよい」
差し出された蟹を受け取り、私は惚けた目でザッドハークを見た。
「ザッドハーク………私、今ならあんたに抱かれてもいいや………」
「…………汝、安すぎにも程があろう」
「だって、超これ好きだし…………」
「それにしても軽過ぎであろう?如何に貧乳なカオリといえ、もう少し価値があろう。汝の先行きが不安になるな。しかし、これが好きとは………何とも意外であるな」
いつもなら即座に脛殺しを発動するような失礼極まりない事を言ってくるが、久々の蟹の感動を前にした私には些細な事だ。
私はそのままザッドハークの勧められるがままに、どんどんと焼き蟹を味わう。
うまい。旨い。美味い。蟹、超美味ぇ。
だが、段々と普通の蟹足だけでは満足できなくなってきたなぁ………。
確かに美味いんだけど…………。
んー………やっぱり、蟹と言えばあれだろう。
「ねぇ、そういえば蟹味噌はないの?」
何十本目かになる蟹を食べながら、ザッドハークにそう聞いた。
そう蟹味噌。蟹のお味噌だ。
私は蟹の身も好きだが、あの蟹味噌が一番好きだ。あの蟹味噌に身を絡めて食べた美味さは……。
思い出しただけで涎が出る。
特に毛蟹の味噌は最高。あれはヤバ美味い。
そんな訳で蟹足もあるなら味噌もあるだろうとザッドハークに聞いてみたのだが………なんか反応が芳しくないな?
「………カニミソ?」
なんか不思議そうな顔でこっちを見てくるなぁ。
もしかして、この反応から蟹味噌を知らないのかな?………いや、十分にあり得るな。
食文化の違いかもしれない。同じものを食べてるとして、同じ部位を食べてるとは限らない。
外国の人だって、身は食べても味噌を食べない人は多い。まして、ここは異世界。あの味噌を忌避してる可能性は限り無く高い。
蟹味噌なんて見た目はキモいし、あの味を知らなきゃ食べようとも思わない。完全なゲテモノ枠なんだろう。
うん、きっとそうに違いない。
そうと分かれば蟹味噌の美味さをザッドハーク達に教えねばね。
多分、一度食べればやみつきになるはず。
トゥルの実よりもゲテモノじゃないし、あれがいけるならこっちは余裕な筈だ。
そう考えた私は、早速ザッドハークに蟹味噌の美味さを教えた。
「蟹味噌ってのは、本体の甲羅の中にある内臓の一種で、旨味が凄く凝縮された部分なの。一匹に少ししかないけど、それに値するだけの旨味があるの。私のお父さんなんかは、味噌は酒の最高のツマミだ……って言ってたし」
蟹味噌の美味さを思いだしながら教えると、ザッドハークは興味深そうに聞き入り、ゴクリと唾を飲んだ。
どうやら酒に合う………というのが酒好きのザッドハークの琴線に触れたようだ。
「ホゥ……そのような部分があったとは」
「見た目は気持ち悪いし、忌避されてるかもしれないけどの。でも、味は保証するよ」
モグモグと蟹足にかじりつきながら言うと、ザッドハークはフムと唸った。
「なれば、その部位。味わわぬ訳にはいかぬな」
そう言ってザッドハークは何やら背後にある袋をゴソゴソと漁り出した。
んっ?漁っている………ということは、蟹本体があるの?
「えっ?もしかして、それ自体を持ってきてるの?!」
「ウム。足をちぎるのに本体丸ごとを何匹か持ってきたのだ。しかし、そんな内臓が美味とは露ほども知らなんだ。流石はトゥルを好物とするカオリよ。中々に玄人よのう」
などと微妙に失礼な事を言ってくるが、私はそれどころじゃなかった。
蟹がある………という事に興味をひかれ、キラキラした目線をザッドハークへと送っていた。
蟹好きな私としては、異世界の蟹というものがどんなものなのかメチャクチャ気になる。
足の大きさ、タラバっぽい味から、結構な大きさの蟹だと思われるが、異世界だけにちょっと違う感じかもしれない。
というより、ザッドハークの話から、森の中で獲ったってことだよね?すると、森蟹?陸蟹?近くに水辺もないし、多分そんな感じだと思う。
どちらにしろ、不思議な感じの蟹だろう。
そんな蟹を、蟹ハンター(自称)が放っておける訳がない。
という訳で、ワクワクした気持ちで蟹が出されるのを待っていると、ザッドハークが袋から一抱えもある大きなそれを取り出し、私の前に置いた。
「して、どの部分が喰えるのだ?」
そう言って置かれたものを、私は笑顔のままにジッと見た。
蜘蛛だった。
大型犬くらいの大きさはあろう、巨大な蜘蛛。
正確に言えば先程まで討伐に勤しんでいた、討伐対象たるポイズンスパイダーの死体だった。
それが足をもがれ、デロンとしたグロい状態で転がっていた。
「……………………」
「しかし、カオリが蜘蛛が平気とは知らなかったわ。大抵の者は気持ち悪いなどと申して忌避するが、これの足は茹でるなり焼くなりすると良い味が出る珍味なのだ。せっかく討伐したのだし、食そうと思い回収したが………カオリが好物だったならば、もっと回収すればよかったな。クハハハハ」
「……………………」
「ムッ?どうしたカオリよ?何やら顔色がハンナと同じ青白い色となっているが?如何した?」
「……………………ウッ」
「…………ウッ?」
「ウオゲ…………?!」
※自主規制。暫くお待ち下さい。
※自主規制。暫くお待ち下さい。
※自主規制。暫くお待ち下さい。
※自主規制。暫くお待ち下さい。
※自主規制。暴力的・グロテスクな表現が入りました。暫くお待ち下さい。
※自主規制。暫くお待ち下さい。
「ハァ……ハァ……ハァ………ウペェ………」
木に寄りかかり、涙目になりながら口の中のものを吐き出す。
大体のものは吐いたが、それでもとんでもない気持ち悪さを体内に感じ、吐き気を止められずにいる。
『mb5大なc763夫h?』
ゴアが私の背中を触手で擦り、心配そうに声をかけてくるが、それに答える余裕はない。
マジ気持ち悪い…………。
あの野郎………なんつーもんを喰わせ………オェップ?!
※自主規制。暫くお待ち下さい。
「ハァハァハァ………」
あの糞野郎………マジ許さねぇ………。
涎を垂らし、血走った目で正面の木を睨みながらゼェゼェと息を吐く。
もう、胃の中のほとんどのものを吐き出してしまったわ…………。昼ご飯も例のアレも胃液も何もかも………。
マジあの糞野郎許さねぇ……更に脛殺しでシバいたるわ………。
ついでにその糞野郎ことザッドハークは、現在近くの木にクリスマスツリーの飾りの如く引っ掛かっている。
よく見れば両足の間接が3つ程増え、曲がってはいけない方向にグニャリと曲がってはいるが、そこに同情の余地はない。
寧ろ、まだシバき足りないわ。
端っこの方ではスケルトン達が震えながら身を寄せあっているが、そちらに構う余裕はない。
「ハァハァ………ど畜生が………殺してやる、殺してやる…………」
勇者にあるまじき怨嗟の声を漏らしつつ、口の中の唾を地面へと吐き捨てる。
そこで横からゴアがスッと触手に水の入ったコップを触手に握って差し出してきた。
『水dE3よho80あ』
「あぁ………ありがとう………」
ゴアに礼を述べてからコップを受け取り、水を口に含んで口内をすすいで吐き捨て、更に一口含んで飲み込む。
あぁ………なんか大分楽になった………。
「はぁ………ありがとう、ゴア」
『doうiT1て』
「フム。大分回復したようだな。何より………」
すかさず振り返り、最大威力の『脛殺しゴッドインパクト』を放つ。
「シャアオラァァァァァァァァ!!」
「ムぅ?!ま………グオオオオオオオオ?!」
いつも通り、いつの間にか回復して気軽に話し掛けてきたザッドハークは、まるでトラックにでも跳ねられたかのように飛んで転がり、木にぶつかって止まった。
その右足は蛇のようにグニャリと曲がり、最早間接というものの痕跡すら消え去っていた。
「ハァハァ………いつも通り、瞬時に回復しやがってからに。まるでゴキブリのような生命力ね。同じ黒色だけに共通してのかしら……」
『jI86ぶ自w47黒………』
「あぁ、ゴアは黒でも違うから気にしないで」
黒いからゴキブリと同じみたいに言ったら、ゴアがシュンとした雰囲気になったので慌ててフォローしておく。
それから再びピクピクと痙攣するザッドハークを睨み、拳をゴキゴキと鳴らしながら詰め寄った。
「ザッドハークゥゥゥ……よぉくも私に蜘蛛なんて喰わせてくれたわねぇぇぇ?覚悟はできてるんでしょおねぇぇぇぇぇ???」
「か、覚悟も何も……既に……尋常ではない……攻撃を……」
「まぁだまぁだよぉぉぉ??今日は、脛殺しの限界に挑戦しようかしらぁぁぁぁぁ????」
何やら言い淀むザッドハークを無視し、足首を回し、軽く屈伸し、軽く宙に蹴りを素振りしながら脛殺しの準備をする。
するとザッドハークは恐怖からか、ガタガタと震えだした。背後のゴアも震えてる。スケルトン達は震え過ぎてバラバラに崩れていた。
私はユラリと左右に揺れながら、とんでもないゲテモノを喰わしてくれた糞野郎を誅殺すべく動き出した。
ザッドハークは手で私を制しながら、叫んできた。
「待て。待てカオリよ。我は善意で勧めたのであって、決して悪意があった訳ではないのだ。あれは知る人ぞ知る珍味であり、食らっても大した問題はないのだ。第一、蜘蛛と蟹で似たようなものであろう?」
そんな言い訳をするザッドハークに、私は吠えた。
文字通り、心の底から吠えた。
「だぁぁまれぇぇ?!どこが似たようなもんだぁぁぁ!?全然違うわぁぁぁ!?種として違うわぁぁ!?共通してんのは足が多いだけだぁぁ!?蜘蛛は蜘蛛だろ?!虫だろ?昆虫だろう??!そんなゲテモノを善意で喰わせてんじゃねぇぇぇよ?!悪意がないだけ余計手に負えねぇよぉぉぉぉ?!」
両腕を広げ、天に向かって吠えた。
その声音に鳥が驚いて飛び立ち、リスや兎などの動物達も慌てて逃げ出していった。
「ムウ………なんと魂の籠った咆哮よ………」
「誰のせいだぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
変な感心をするザッドハークに更なる怒声を浴びせる。
それからキッとザッドハークを睨み、殺気を放ちながらドシドシと足音を立てて近付いて行く。
「殺したる……今日こそは殺したる………。脛という脛を砕いて、脛の神に捧げちゃる………」
「待てカオリよ。何か色々とおかしくなっておるぞ。我に脛は二つしかないし、既に片方は粉砕しておる。言葉もおかしくなっておるし、そもそも脛の神とはなんぞ?」
ザッドハークが後退りしながら何やら騒いでいる。
だが何があろうと止まる気はない。
彼の者を脛神様に捧げなくては、私の女としてプライドが廃るってものよぉぉぉぉぉぉ!!!
※大分呪いが進行している模様です。
いざザッドハークを誅殺せんとしようとした時、背後から唐突に黒い何かが私の手足に絡みつき、動きを封じてきた。
「な、なによ、これぇ?!」
急に絡みついたものに驚きつつ、首を動かして背後を見た。
そこには黒い触手を伸ばしたゴアがおり、その伸ばした触手を私の手足に絡ませていた。
「ゴア?!なんで邪魔するの?!離してよ?!」
手足をバタバタと動かして抵抗を試みるも、強力なゴムのような弾力の触手はビクともしない。
暴れども暴れども多少ビヨンビヨンと動くだけで、外れる様子はない。
そんな暴れる私に、ゴアが何か語りかけてきた。
『daMe46離不08l落!?』
多分、ニュアンス的に『落ち着いて』とか『離さない』みたいな事を言ってくる。
恐らく、暴れる私の身や心を心配し、必死に止めてくれてるのだろう。
その心遣いは非常にありがたい………が、私はゴアの言う事を聞く訳にはいかない。
何故なら…………私はここで確実にザッドハークの息の根を止めねばならぬのだぁぁぁ!?
※蜘蛛を喰わされたショックと混乱と怒りと呪いにより、精神が著しく昂り、正常な判断ができなくなっております。皆様は、異世界に行った際は冷静さを失わないように注意してください。
「離せぇぇ…………」
グギギギと前に進もうとするも、全く前に進まないし、手足も封じられて脛殺しの発動すらできない。精々首を動かせる程度だ。
だが、それでも何とか前に出ようともがきにもがくが、やはり硬い。全く動かない。
「グギギギ…………」
大きく息を吸い、力んでも駄目だ。
ど畜生がぁぁぁ!?どんだけ硬いんだよこれ?!
不思議と締め付けられても痛くはないが、全く微動だにできない程の絡み具合だよ?!
全く動けないことに段々と焦れてきた私は、空へと顔を向け、吸い込んだ息を吐き出しながら大声で叫んだ。
「は・な・せ・ぇぇ『ボフッ!!』ぇえええ??」
が、私の怒声は途中から戸惑いを帯びた叫びへと変わった。
何故ならば、叫んでいる途中の私の口から、謎の紫色の煙が吹き出したからだ。
「はへっ?」
そんな間抜けな声が出る。
が、仕方ないだろう。何せ私にはこんな毒々しい色の煙を出す覚えも器官もないのだ。こんなものが体内から出たとなれば、誰だって呆けるだろう。
ザッドハークとゴアとスケルトン達でさえ、唖然とした間抜けな顔でそれを見ていた。
そんなモヤモヤと漂う謎の煙を、私とザッドハークとゴア達はポカンと見上げる。
すると、その漂う煙の中に、偶々空を飛んでいた大きめの鷲みたいな鳥が突っ込んだ。
その瞬間…………。
「グゲェ?!」
鷲はまるで首でも絞められたかのような悲痛な鳴き声を上げ、そのまま落下。私達の目の前に落ちてきた。
見れば完全に白目を剥き、嘴からは舌をデロンと出し、更には口端からは少なくない量の泡を吹いていた。
鷲は暫しピクピクと痙攣していたが、やがて動かなくなった。
「…………」
「…………」
『…………』
何とも言えない沈黙が辺りを支配する。
私達三人は、動かなくなった鷲をジッと見ていたが、いつの間にか足を再生させたザッドハークが鷲へと近付き、その体を調べた。
そして…………。
「…………死んでおる」
「いや、何で?」
全く意味な分からん。
何で私の口から出た煙を浴びた鷲が死ぬのよ?
全くもって意味が分からん??
すっかり怒りが収まり、困惑した顔で死んだ鷲を見ていると、段々と薄くなりはじめた煙を見ていたザッドハークがボソリと呟いた。
「フム。恐らく、この煙…………毒の息だな」
「いや、何で?」
再び疑問の声が出る。
だってそうだしょ?何で私の体内から毒の息が出るのよ?言葉で毒吐くことはあっても、実際の毒を吐き出す覚えはない。
というより、人間は毒を体内で精製したり、分泌したりなどの機能は無いはず。
それは私も同じであり、勇者だなんだと言っても普通の人間と同じ体の造りの筈。
それが息に毒が含まれてるってどういう事よ??
そんな毒を吐き出したなんて信じたくないが、実際に目の前で大鷲が死んだとあれば信じるしかない。
現に煙に突っ込んでから苦しみだしたし……。
本当に心の底から困惑していると、ザッドハークが腕組みし、私を訝しむような目で見てきた。
「カオリよ…………いつから人間をやめた?」
「やめた覚えもなければ、やめる予定もないから」
私の記憶の限り人間をやめた覚えはない。
多少人間離れした技などは覚えたが、人間をやめて別なものになる予定はないつもりだ。
それをザッドハークに言うと、何やら深く考えだした。そして急にハッとした表情となって私を見た。
「カオリよ。そう言えば、以前に汝のスキルを聞いたことがあったな」
「うん?そう言えば、最初の頃にあったけ?」
初めてザッドハークと会ったとき、これから共に活動するのに不具合が出ないようにと、私のスキル構成を教えたことがある。
確か、黄金の渡り鳥亭で教えて、その時………。
と、そこでハッと気づく。
バッとザッドハークを見れば、同じ考えに至っていたらしく、厳かに頷いて肯定した。
「ウム。先の煙はポイズンスパイダーの毒の息と同種であった。となれば、間違いなく『暴食王』の力だ」
暴食王…………。
それは私が脛殺しとほぼ同じ時期に得たスキル。
その能力は、あらゆるものを食べることを可能とし、更にその食べたものの力を得ることができるという恐るべきスキルだ。
この能力は、私がお城で食事を食べ過ぎたことで得てしまった、ある種の事故で獲得してしまった能力だ。
なんか名前が有名な七大罪っぽいし、正直怖くてどうしようかと思っていたスキルだ。
しかし、脛殺しのように任意で発動する訳でもないし、これといってスキルが発動したような自覚や症状もなかった。
そんな特に実害とかもなかったために、すっかり忘れていた不遇とも言うべきスキル………だった筈なのだが、それが遂に私に牙を剥いた。
「恐らく、このポイズンスパイダーの足を食した為に、暴食王によって奴らの能力を得てしまったのだろう。先程のは間違いなくポイズンスパイダーの『毒の息』であった」
ザッドハークが蜘蛛の足を手に、考察を述べた。
そんなザッドハークの足下で、私は四つん這いになって項垂れていた。
「フム。しかも、本来危険度Eのポイズンスパイダーの能力で、より格上の危険度Dのブラッディーイーグルを一撃で仕留めるとは………。恐らく、何らかのカオリの影響により、毒が強化されたのだろう」
ザッドハークは項垂れる私の肩に、ポンッと手を置いた。
「カオリよ。凄まじいまでの威力の毒の息だ。これは立派な武器となる。誇るがよいぞ」
「誇れるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」
血涙が出そうな勢いで叫んだ。
なんだよ『凄まじいまでの毒の息』って?!
全く褒め言葉になってねぇぇよ?!寧ろ、女としての価値をとぼしめてるよ?!
何だよ、口から毒吐く女って?!私が男なら絶対に近づかねぇよ?!いや、人として普通に近づかねぇよ?!誰が物理的に毒吐くやつに近寄るんだよぅぅ?!
畜生がぁぁ!?なんでこんなん覚えちゃうんだよ?!何で今さら暴食王が発動すんだよ?!すっかり忘れてたよ?!そして忘れた頃に発動しやがったよ畜生がぁぁぁ?!
しかも、よりによって毒蜘蛛のスキルって何だよ??勇者として………いや、人として覚えちゃ駄目なスキルだよね?
なんか嫌なスパイダー〇ンになっちゃってるんだけど??糸じゃなくて毒で戦うスパイダー〇ンになってんだけど??アクション感ゼロなんだけど?全米が白目剥いてるんだけどぉぉぉぉ??!!
そんな嘆きを心の内で叫びながら地面を叩いていると、ザッドハークが更にポンッと背を叩いてきた。
「フム。まぁ、そう嘆いても仕方あるまい。起きてしまったことは覆らない。嫌なものでも覚えてしまったからには、それを活用するしかあるまい」
「誰のせいだよぉぉぉぉぉぉぉ?!」
元々はこいつが蜘蛛なんか喰わしたせいだろうが?!あれを喰わなければ、今頃はまだ普通ね女の子でいられたんだぁぁ?!
毒の息を吐く女になんてなってないんだぁぁ!?
私は目をギラつかせ、射殺さんばかりの眼力でザッドハークを睨んだ。
ザッドハークはそんな私の視線に気付いてないのか、フム………と思案顔で私を見る。
そして、急に何か思いついたような顔をした後、唐突に私の尻を…………淑女のお尻をポンッと叩いた。
「カオリよ。ポイズンスパイダーの能力を得たとするならば糸も出る筈。奴らはその尻より糸を出す故に、汝の尻からも…………」
※R-18禁規制。暴力的・グロテスクな表現が入りました。暫くお待ち下さい。
依頼を終えてゴアと二人で街へ帰った、その夜。
ギルドの宿の湯浴み場で試してみた。
普通に糸が出た。
本気で泣いた。
よろしければ、ご意見・ご感想をお待ちしております。