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閑話 輝く金級キールの受難

投稿が遅れて申し訳ありません。

尚、今回は以前に一度出てきたキールという冒険者サイドの物語です。

 

 夕暮れ時。アンデル王国でも屈指の人気を誇る食事処の黄金の渡り鳥亭は、賑わいを見せていた。


 既に一階の席は満席であり、依頼を終えた冒険者の一団や旅の商人。はたまた、仕事終わりのドワーフの鍛冶師など、職も種族も様々な者達が、今日の締めくくりにと美味い酒や食事を思い思いに楽しんでいた。


 そんな掻き込み時に賑わう黄金の渡り鳥亭の扉を開け、三人の仲間を引き連れた男が入ってきた。


 三人を引き連れ颯爽と先頭を歩くのは、長い金髪をした二十代程の男。整った顔立ちをしており、どこか気品が漂っている。

 体には高級そうな鎧や衣服を纏っており、腰にはこれまた高価そうな細剣を下げている。

 佇まいや身に付けるものからして只者ではなく、相応の身分を持つ実力者であることが伺えた。


 その背後にいるのは背の低い小男と、二人の女性であった。


 小男は緑色のフード付きのローブを羽織り、腰には様々な道具が入ったベルトを巻いていた。更に、足音を消すような独特な歩き方から、彼が盗賊職であることが伺える。


 女性二人のうち、一人は垂れ目で茶髪の女性で、どこかおっとりした雰囲気が漂っている。

 だが、身に付ける装備はかなり過激なもので、肌を露にするピンクのビキニアーマーを恥ずかしげもなく装着している。腰にはかなり大きめの剣を下げており、彼女が一応は剣士であることを示していた。


 そして最後の一人はつり目で紫の長髪をした妙齢の女性で、こちらゆったりとしたローブを纏っている。手には杖を持ち、典型的な魔法使いの格好をしていた。


 その四人は格好や雰囲気からして、明らかに冒険者のパーティーであった。


 だが、伝わってくる風格は、明らかに店にいる冒険者達よりも上であり、彼等が並の冒険者ではないのは一目瞭然であった。


 そんなパーティーを率いるであろう金髪の男は、店に入るなり店内を見回し、フンッとわざとらしく鼻息を鳴らした。


「アンデル王国一と吟われる店が嘆かわしい。下手に下民に門戸を開くから、気品の欠片も無い下品な客が溢れてやがる」


 蔑むような金髪の男の言葉に、周囲にいた冒険者達がジロリと睨む。


 だが、相手が誰だか分かると顔を青くし、サッと目をそらして下を向いてしまう。


 そんな冒険者達を見て、金髪の男は更にフンッと鼻息を漏らした。


「フンッ。三流以下の冒険者か。そんな輩にはこの店に来て欲しくないものだ。こんな奴らと一緒の場所で食事をすると考えるだけで、飯が不味くなる」


 金髪の男は嘲るようにそう言うと、背後にいた猫背の小男が手を擦り合わせながら進み出た。


「ケヒヒヒ!そうですな!キール様の仰る通りですなぁ!三流以下は裏通りにでもある三流な店にいろという話ですなぁ、ケヒヒヒ!!」


「その通りだなゾビ。全く………分を弁えて欲しいというものだよ」


 金髪の男…………キールは、小男ことゾビに同意しながら、わざとらしく肩をすくめ、吐き捨てるように言った。


 しかも、店内に良く響くような声で。


 明らかな挑発である。


 だが、それを聞いている冒険者達は誰しも悔そうに歯噛みしながらも、反論しようとしない。

 何故ならば、このキールという男はアンデル王国の冒険者ギルドの中でも高位ランクである、輝く金級のキールと知っているからだ。


 一見キザったらしい優男のようだが、その実力は本物。下手に飛び掛かっても返り討ちに合うのは目に見えている。


 しかも、この男は有力貴族の三男坊。

 問題を起こし、貴族に睨まれでもすればそれこそ命取りだ。


 だから誰も反論しないし、手も出さない。

 ただ、堪えるだけ。


 キールもそれを知っていてわざと煽り、悔しがる人々の顔に愉悦を感じているのだ。


 キールは扉付近に立ったまま、暫し周囲の冒険者達の反応を楽しんでいた。


 そこへ、ちょび髭の中年男性が息を切らせながら小走りに駆けてきた。

 中年男性はキールの前で立ち止まると、呼吸を整えてから深々と頭を下げた。


「キ、キール様!い、いらっしゃいませ!ようこそ黄金の渡り鳥亭へ!」


「あぁ、店長。今日も来てやったよ」


 キールは揉み手で出迎えてきたちょび髭の店長を見下ろし、機嫌良さげに呟く。


「じゃあ、席に案内してくれないかい?勿論、給仕には彼女をつけてね」


 言い慣れたようにそう言うと、キールは店内に足を踏み入れようとした。

 実際、その注文は言い慣れたものであり、キールはいつも店長にそう言って席へ案内させた。

 そして、お気に入りの給仕の女の子を専属に付けさせて、ゆっくりと食事を楽しむのだ。

 これぞ、貴族であり、高位冒険者の特権を使った食事の楽しみ方だった。


 だが、今日は少し様子が違った。

 いつもなら率先して案内をする店長が今日は動かず、何かモゴモゴと言いづらそうに口を動かすだけである。


 その様子にキールは目を細め、店長を睨む。


「どうした?早く案内しないか?」


 威圧するようなキールの言葉に、店長はビクリと肩を震わせる。


 そして、何か意を決したように口を開いた。


「も、申し訳ありませんキール様。ほ、本日は既に満席であり、ご案内できる席がないのです………」


 店長が申し訳なさそうにそう言うと、キールは更に目を細め、殺気を放ちながら店長を睨んだ。


 これに店長は『ヒェッ!?』と悲鳴を上げ、背筋を震わせた。


「店長。この店がいつも満員なのは知っている。これでも常連だからね?この時間に込むのぐらい承知してるさ」


 キールの言葉通り、この時間の黄金の渡り鳥亭はほぼ満席だ。

 夕暮れ時であり、夕食を求める人で溢れるので当然と言えば当然だ。ちらほらと一つ二つ席は空いてはいるが、テーブルは全て埋まっている。

 この事は常連であれば誰でも知っていることであり、この時間帯に食事をするならば、席が空くのを待つか、早めに店内に入るしかないのは最早常識であった。


 だが、キールはそれを知って尚、この遅めの時間に悠々と来たのだ。


「俺がそもそも、三流以下の庶民と食卓を並べないのは知っているだろ?俺が言っているのは、二階のVIP席に案内しろということだよ?」


 そう、キールの目的は二階にあるVIP席。


 予約をした特別な客じゃなければ、決して座ることはできない高級席である。


 そのため、この時間に来ても座れないということはなかった。


 だが、このキールの言葉に対し、店長は震えながら口を開いた。


「も、も、申し訳………ありません。ほ、本日は………そのVIP席も含めて二階全てが貸し切りとなっておりまして………。お席にご案内することが………」


「なんだと!ふざけるんじゃねぇぞ?!」


 唐突に叫んだのはゾビだった。

 ゾビは店長に詰め寄り、ドスの効いた声を上げだした。


「おいおい店長さんよぉ?いつも贔屓にしてくれていらっしゃるキール様を放置するたぁ、いい度胸をしてるじゃないのよぉ?あ"ぁ?」


「い、いえ…………放置だなんて…………」


「放置じゃないならなんだってんだ?!あぁ?!輝く金級のキール様の入店を拒否し、ただで済むと思ってんのかぁ?どうなのよ?」


 ここぞとばかりに店長に喚くゾビに、周りの冒険者は眉をひそめる。

 だが、関わり合いになりたくないのだろう。

 誰もが一瞥するだけで、直ぐに目をそらし、見て見ぬ振りをした。


 そんな周囲の様子も気にせず、尚も店長に怒声を浴びせかけるゾビであったが、そこにキールがソッと手を上げて制止した。


「まぁ、待てゾビ。予約が入っているとなれば仕方がないだろう?」


「キール様…………」


 にこやかに笑いながら、キールはゾビへと言い聞かせるように語りかけた。


 このキールの言葉と態度に、店長はホッと一息つき安堵の表情となった。


 なんとかご理解頂けたようだ。

 店長は内心そう考えた。


 だが…………。


「店長。冒険者ギルドでもトップクラスの輝く金級であり、仮にも貴族たる俺よりも優先させるんだ。その予約している輩とやらは、その俺よりも優遇すべき客ということになるんだろうね?」


 キールは毒気の無い微笑みを浮かべながら、威圧するような言葉を吐いた。


 これに、店長は再び凍りつく。


 要は、『まさか、自分よりも下の人間を優先してるんじゃないだろうね?』という意味と『もし、その場合は分かっているだろうね?』という脅しが言葉に込められていた。


「あ、あの…………それは…………」


 しどろもどろとなりながら言い淀む店長に、キールがズイッと顔を近付けた。


「店長。言ってごらん?上の階全てを貸しきった御大尽様は誰だい?」


 キールは微笑みながら、そう問いかける。


 だが、その目は決して笑っておらず、有無を言わせない迫力があった。


 店長は暫し言うべきか言わないべきかと悩んでいたが、その威圧感に負け、やがて観念したよう口を開いた。


「あ、あの………上の階を貸しきっておりますのは………その………冒険者のジャンク様で………」


「ジャンク!?」


 その名を聞いた瞬間、キールは嫌悪感を剥きだしに叫んだ。その迫力に押され、店長は『ヒィ!?』と小さな悲鳴と共に後退る。


 キールはそんな店長を気にも止めず、ギリッと歯を食い縛り、再び店長を睨み付けた。


「ジャンクだと!?あの燻し銀級の冒険者ジャンクか?!」


「は、はぃぃ………そのジャンク様です………」


 怯えた様子で肯定する店長を苛ただしげに見ながら、内心で舌打ちする。


 ジャンク。

 それはキールよりも一つ下のランクの、燻し銀級の冒険者だ。

 これといって特質した力や魔力は無い平々凡々な男だが、長く冒険者をやっているだけあり、経験や知識は確かな冒険者だ。その経験や知識の深さなどには、キールも舌を巻くときもある程だ。


 だが、素直にそれを称賛する気はキールにはなかった。というのも、ジャンクはキールの天敵であり、犬猿の仲の男であった。

 いや、最早、敵対していると言っても良い程の関係だ。


 始まりはキールが英雄志望の冒険者で、ジャンクは堅実派という思想の違いから。

 そこから既に仲は拗れていたが、その時は精々遠巻きに小馬鹿にする程度だった。

 しかし、二人の関係が決定的に悪くなったのは一人の女性とのいざこざからだった。


 キールが以前から目をかけていた女性が、実はジャンクに恋を抱いていることが分かったのだ。

 その時点でジャンクに並々ならぬ怒りを抱いていたが、こともあろうにジャンクはその女性を振ったのだ。


『君は育ち過ぎている』そんな理由で。


 これにキールの怒りはメーターを振り切った。

 自分が見初めていた女性を、ジャンクは歯牙にもかけなかったのが腹正しかったのだ。


 そんな訳で、その日からジャンクとキールとはそれまで以上に対立するようになったのだ。


 そのような理由から、キールにとってジャンクとは目の上のたん瘤のような目障りな存在であった。


 また、つい先日もジャンクの連れてきた妙な男のせいでパーティーが解散となったのだ。そして、今の新たなパーティーメンバーが集まるまで、活動休止となっていた為、未だ冷めやらぬ怒りや憎しみをつのらせていた。


「ジャンク…………」


 キールは怒りと憎しみが籠った目で二階を睨む。

 すると、横からゾビがヒョイと顔を出した。


「キール様。ジャンクっつたら、キール様よりもランクが下の冒険者じゃないですかい?しかも、特に力も無い平民の」


「そうですよねぇ。たしかぁ、小さい子どもがすきだってゆぅ、へんたいのぉ」


「リタ」


 更に後ろから、リタと呼ばれた、ピンクのビキニアーマーの女性が間延びした声でゾビに同意する。


「そんな奴がキール様を差し置いて貸し切りなんて…………生意気ね。マジで」


「エミラ」


 後ろから怒気も露に呟くのは、エミラと呼ばれた魔法使い風の女性であった。


 そんな三人………キールの新たなパーティーメンバーのゾビとリタとエミラは、敵意を剥き出しに店長を睨んだ。


「おいおいおい?!ますますどういうことだい?高々、燻し銀程度の冒険者を優遇し、輝く金級のキール様を拒否するたぁ?!舐めてるにも程があるぜぃ?!」


「そうですよぉ。侮辱として受けとられてもぉ、仕方ないですねぇ」


「灰にしてやろうかしら。マジで」


 威圧感と敵意が込められた冒険者三人の視線に、一般人の店長は今にも倒れそうになった。


 だが、そこでキールが再び間に入ってきた。

 その顔はいつの間にか穏やかなものとなっており、先程までの怒りの表情は嘘のように消えていた。


「まぁ、待て三人共」


「キールさまぁ?なんで止めるんですかぁ?」


 リタが不満気に頬を膨らましながら、キールを見つめた。


「まぁ、まぁ。三人が俺の為に怒ってくれるのは嬉しいよ。ただ、こちらの店長としては職務を全うしているだけなんだ。お客の注文やニーズに答え、働いている。今回の貸し切りだってそうさ。予約が入ったから貸し切りにした。それだけさ。なのに店長を責めるのはお門違いだろう?」


「それは…………」


 キールの説明に三人は言い淀む。


 これに再び店長は安堵の表情をした。


 今度こそ分かってくれたようだ。

 そう一息つこうとしたが…………。


「だから、直接ジャンクに交渉しに行こうじゃないか?お客同士で話し合いをする分には問題はないだろう?」


 そう言って微笑むキールの姿に、店長は目眩を覚えた。


 案に『俺が直接追い出してやるよ』と言っているようなものだった。


 店長は直ぐに気を取り直すと、キールへと懇願した。


「あ、あのキール様?て、店内での揉め事は困りますが………」


「大丈夫だ、直ぐに済む。困るという程の時間はかけないさ。それに何か壊しても、責任を持って弁償してやるよ」


「そ、そのような問題では…………」


「安心しな。本当にすぐ終わらせるさ。俺が本気を出せば、ジャンクなんて一瞬さ。それに文句は言わせないさ。言っても無駄だしね………」


 酷薄な笑みを浮かべて二階を睨むキールの横顔に、店長はゾッとした。だが、それでも店長は勇気を振り絞ってキールの前へと出ていき、通せんぼをした。


「お、お止めください…………。どうかお考え直し下さい。後程、最大のサービスをしますので、今夜はどうか…………。それに上には…………」


 と、店長が何か言いかけた所で、キールは店長を横へと押し退けた。


「邪魔だよ。俺の邪魔をするなら店長もどうなるか知らないよ?いいからここを通しな」


 いつもは腰の低い男が妙に食いつくなと怪訝にも思ったが、一瞬のことだけだった。


「ま、待って下さい!上は…………」


 尚も止める店長の声を無視し、キールは二階へと向けて歩きだした。その後を、仲間の三人がニヤニヤと笑いながら続く。


 そんなズンズンと進むキールの背に向かい、店長は手を伸ばしながら必死の声で叫んだ。


「あ、あの………確かに予約はジャンク様ですが、上にはおられる方々はそれだけじゃ………!」


 だが、そんな店長の叫びも、獲物を前にしたキールの耳には一切届かなかった。


 そしてキールは、この店長の叫びを聞いておくべきだった…………。


 


 


 


 キールはギシギシと鳴る階段を上がり、二階へとたどり着く。貸し切りとされた二階では、大勢の人影がガチャガチャと騒がしく音を立てており、まさに宴会真っ只中といった感じだ。


 だが、キールはそんな周りの喧騒には目も向けなかった。


 なぜならば、狙いである男………ジャンクが、階段を登って直ぐの席にいたのだ。


 ジャンクは何故かテーブルの上にあるエールに手を付けず、虚空を見つめたまま固まっていた。

 その横には見たことない少女が座っているが、こちらも虚空を見つめたままで、身動ぎ一つしない。


 周りは宴会の音で騒がしいのに、そこの席だけ通夜さながらの静けさであった。


 だが、獲物を目前としたキールには関係ない。

 キールはニヤッと笑うと、ズンズンとジャンクがいる席へと近づいていった。


 そして、テーブルの前まで行くと、項垂れているジャンクへと声をかけた。


「よぉ、ロンリージャンク。久しぶりだな?」


 キールが声をかけると、ジャンクはゆっくりとした動作で顔を上げた。

 その顔はどこか疲れたような表情であり、目には生気がなく、虚ろな感じであった。


 まるで、生ける屍のような有り様だ。


 そんな妙に元気の無いジャンクの様子に、キールはちょっと拍子抜けした。だが、直ぐに気を取り直す。


「よぉ、ジャンク。今日は二階を貸しきっているそうじゃないか?随分と豪勢な話じゃないか?君の冒険者引退の送別会でもしてるのかい?なら、俺にもぜひ声をかけて欲しかったなぁ」


 キールが嘲るように言うと、三人の仲間達はクスクスと馬鹿にしたように笑う。だが、当のジャンクは未だ呆けたような顔をしていて全く反応しない。


 その様子にキールは段々と苛立ち、キッとジャンクを睨んだ。


「オイッ!聞いてるのかジャンク!!この俺が声をかけてるんだ!反応ぐらいしたらどうなんだ!?」


 キールは声を荒げて叫び、テーブルをドンッと叩いた。


 その音にジャンクが僅かに反応する。

 虚ろな目に段々と光が宿り、やがて意識がハッキリとしてきたようだ。


「キール…………?」


 顔を上げたままのジャンクが、小さな声で目の前にいる男の名を呼ぶ。


 やっと反応が戻ったかと満足そうにキールは頷き、再び酷薄な笑みを浮かべた。


「やぁ、ジャンク。随ぶ…………」


「お前?!何でここに来た!?貸し切りにして、店員以外は来ないようにした筈だぞ?!」


 キールが何か言いかけた瞬間、これまで呆けていたジャンクが急に立ち上がり、大声で叫ぶ。

 声と顔には妙な焦りがあり、直ぐにでも出ていけと言わんばかりの勢いであった。


 そんなジャンクの叫びにキールは一瞬驚く。

 が、直ぐに悪戯を思い付いた子供のような笑みとなった。


「なんだいジャンク?俺がここにいちゃあ不味いのかい?それとも、俺がいたら出来ない、何か怪しいことでもしてるのかい?」


「そんな事はしてねぇよ!ただ、直ぐにでも出ていけ!じゃなきゃ、後悔することになるぞ!」


 額に大粒の汗まで浮かべて叫ぶジャンクの姿に、キールの中の嗜虐心が刺激される。


 間違いない。何か俺に知られては不味いことが此処にはある。ここでジャンクの弱味を握れれば、おもしろい事になりそうだ。


 キールはそう確信しジャンクを見据えた。


「なんだいジャンク?何を後悔すると言うんだい?もしかして、君が俺に何かすると言うのかい?ならやってみるがいい。できればだがね?」


 嘲るように言い放ちながら、キールはチラリとジャンクの周囲を見た。

 何かジャンクが見られて不味いものはないかと。

 いや、この慌てようは必ずある…………と。


 そしてそこで気付く。


 ジャンクの隣。そこに座っている少女。

 先程からチラチラと目には入っていたが、ジャンクに集中し過ぎていた為にあまりよく見ていなかった少女。その、良く見た少女の顔が、実に整った美しい顔をしていることに。


 輝くような銀髪。

 やや白い、透き通るような肌。

 血のように赤い瞳。

 整った顔立ちに、少女とは思えぬ程に育った肉感的な体。

 どこか蠱惑的な雰囲気を醸し出すその少女に、キールは目を奪われた。


「美しい…………」


 先程までジャンクをどう陥れるかで一杯だった頭が、目の前の少女一色に塗り替えられる。


「お、おい?キール?」


 そんな少女に目を奪われているキールを、ジャンクは訝しげな表情で見ていた。


 だが、その目線の先にいるのが隣の少女だと気付き、ギョッとしたような顔となる。


「だ、駄目だキール!?こいつだけは駄目だ!!」


 少女をキールから隠すように、ジャンクは少女の前に出た。


 そんな前に出たジャンクに、キールは睨み付けるように問いただす。


「何が駄目なんだジャンク?その娘は、どこの誰なんだ?君とどんな関係なんだい?」


「別に何でもいいだろ!?それよりコイツだけは駄目だ!本当に駄目だ!!お前には過ぎた女だ!!それと早くどっかに行け!」


「俺に過ぎた女が、君にどうにかなるとは思えないがね?それに、駄目か駄目じゃないかは当人同士で決めるものだ。君にとやかく言われる筋合いはないよ」


 キールはそう言いながらジャンクを押し退けようとする。だがジャンクも退かず、必死に抵抗する。


「そこを…………どけぇ…………」


「どかねぇ……ぐえっ?!」


 暫し組み合っていた二人だが、唐突にジャンクがうめき声を上げながらバランスを崩して倒れた。

 その倒れたジャンクの脇には、ゾビが得意気な表情で拳を突き出していた。


 いつの間にかジャンクの脇に移動したゾビが、ジャンクの脇腹へと殴りかかったのだ。


「て、てめぇ…………」


「ケヒヒヒ!雑魚冒険者如きがキール様に刃向かってんじゃねーよ!大人しく従ってりゃあいいんだ!」


 ゾビは嘲るような薄笑いをしながら、倒れたジャンクを見下ろした。


「よくやったゾビ。後で褒美をやろう」


「ケヒヒヒ!光栄です」


 邪魔なジャンクを退けたゾビを誉めると、キールは早速虚ろな表情の少女へと声をかけた。


「お嬢さん。よければ俺達と一緒に来ませんか?そこの男よりも楽しませてあげられますよ?」


 甘い言葉と笑顔でそう囁くキールであったが、当の少女は一切の反応を示さない。


 虚ろな瞳でジッとテーブルを見つめたままで、キールの顔さえ見ていなかった。


「君………」


 いまいち反応の無い少女に嘆息しながらも、今一度声をかけようとした時、横からリタが怒声を上げた。


「ちょとぉ、そこの貴女ぁ。キール様が声をかけてくれてるのにぃ、失礼じゃないのぉ?」


「そうよ。キール様のような高位冒険者で、貴族という地位の方に声をかけらるというのは、とても光栄なことなのよ。マジで」


 リタに続き、エミラも少女を責めるように声をあげる。

 彼女らは、キールが自分達を放って他の女を口説こうとしているせいか嫉妬が混じり、その口調はかなり刺々しく荒いものであった。


 この二人の態度に少女の自分への印象が悪くなるのではとキールは内心舌打ちしたが、リタ達の怒声にも少女は幸い反応を示さなかった。


 キールはその反応にホッとしながらも、嫉妬混じりに未だ少女を睨んでいるリタ達を宥めた。


「まぁまぁ、二人共、落ち着いて。きっと慣れない状況で緊張しているんだろう?あまり声を荒げないでやってくれ?」


「キール様がそぅ言うならぁ…………」


「仕方ないわね。マジで」


 キールはリタ達をそう宥めると、リタ達は大人しく引き下がった。下手に食い下がっても、キールの心象が悪くなると判断したのだろう。


 キールは大人しく下がった二人を見つつ、この無反応な少女をどう落としたものかと思考を巡らす。


 取り敢えず、手でも握りながら甘い声でもかけてみるか。


 これまで数々の女性を口説いてきたキールは、このような大人しく引っ込み思案なタイプには少し強引に攻めてみるかと判断し、その手を取って握った。


「安心してくれ。別に君に…………」


 と、少女の手を握ってから違和感にキールは気付く。


 なんか、手が妙に冷たい。

 というより、冷た過ぎる。

 まるで氷のようだ。


 あまりにも冷た過ぎる少女の手に疑問を抱き、フッと少女の顔を見る。


 先程はやや白いと判断した肌だが、良く見ると白いというより青白い。

 まるで死人のような肌色だ。


 なんだかこの少女…………様子が変じゃね?


 そう考え、怪訝な表情で少女を見るキールの肩を、突然何者かが背後から抱いてきた。


『オイオイあんたぁ!うちの姫様に手荒なことはやめてくれや!姫様は今、傷心中でな。ソッとしておいてくれや!』


 声からして男、それも大分酔っているようだ。

 口説いている最中にも関わらず、空気を読まずに絡んできた酔客の態度に、キールの機嫌は一気に急降下した。


 こいつ………この俺に何してんだ?


 口説いてる最中に横槍を入れてくる無粋な輩をどう処理してやろうか。


 怒り心頭でそう考えながら、ある意味では勇者とも言える男の顔を確認してやろうとキールは横を向いた。


 だが、顔が無かった。


 というより、首から上が無かった。


 自分の肩を抱いているのは、黒い鎧に身を包んだ、大柄な首無の無い騎士だった。


「………………………………えっ?」


 首無し騎士に肩を抱かれているという状況が把握できず、暫く硬直していたキールだが、たっぷり時間をかけたお陰で段々と目の前の事態が頭に入ってきた。


 それと同時に段々と顔が青くなる。

 更には唇をワナワナと震わせ、ついには叫び声を上げようとした瞬間、反対の肩を何者かが抱いてきた。


 誰かと見れば…………骨だった。


 動く人骨だった。


 骨は顎をカタカタと鳴らしながら、ジョッキ片手に自分を見ていた。


「………………………………えっ?」


 再びフリーズしたキールだが、先程の経験もあり、意外にも早く再起動する。


 そして、首無し騎士と人骨に肩を抱かれるという謎の状況に戸惑いながらも、ギギギと首を動かして、これまで気にも留めていなかった貸し切りだという二階の様子を伺った。


 グルリと二階全体を見回したキール。

 その感想を率直に述べるならば、正に悪魔の宴だった。


 これまで大勢の人影だと思っていたものは、そのほとんどが動く人骨であり、幾百もの骨達が何か白い液体が入ったジョッキを片手に騒いでいたのだ。


 いや、騒いでいると言っても、声を出している訳ではなく、カタカタと骨を鳴らしているのだ。


 更に、その骨達の中には僅かに何体かの首無し騎士が混ざっており、こちらはエールの入ったジョッキを片手にワイワイと騒いでいた。


 声帯も喉も無いのにどうやって騒いで飲んでいるのかという疑問もあったが、この光景の前では些細なものであった。


 そんな二階に広がる光景に、キールは放心する。


 まだ、気を失わないだけ流石は高位冒険者と誉めるところであろう。常人ならば、とっくに恐怖で錯乱するか、意識を失っているところだ。


 現に、リタとエミラはキールの肩を抱いた首無し騎士が現れた瞬間、泡を吹いて倒れた。

 今は、近くにいた骸骨に運ばれ、ソファーの上に並んで寝そべって骸骨達に介抱されている。


 一見すれば悪魔に捧げられた生け贄の儀式にしか見えないが。


 ついでにTHE腰巾着といった小男のゾビは、首無し騎士を視認した瞬間、一目散に逃走していた。


 ある意味、最も状況判断に優れていたのは彼だろう。


 という事で、キールはまたもや一人取り残された状況となっていた。


「えっ…………あれ?あの…………」


 パクパクと口を動かし、言葉にならない言葉を吐くキールに、首無し騎士が酒臭い息を首の切断面から吐いた。


『ブハァ!あん?なんだって?何言ってるか分からんよ?それよりあんた。こっちが数百年振りに楽しく飲んでるのに、ガヤガヤと騒ぎを起こさないんで欲しいんだがなぁ?』


『カタカタ…………』


「す、す、す、すみません…………』


 常識外の生物に常識を説かれたキールは、その威圧感に圧され、つい謝罪する。


 首無し騎士はジョッキのエールを切断面に流し込みながら、再び苛立たし気に語る。


『それにさぁ、俺らの主の盟友に手を上げちゃってさぁ………』


「め、盟友?」


 首無し騎士の言葉の意味が分からず、疑問の声を上げる。すると、首無し騎士は『んっ』と呟きながら、倒れ伏すジャンクを指差した。


『そこの方。ジャンク殿?彼さぁ、主の盟友で恩人なんだってぇ。そんな方に手を出されたら、臣下たる俺らが黙ってる訳にはいかないの。分かる?』


「いや、あの………手を出したのは俺じゃ………」


『俺じゃないってか?いやいや!さっきの、お宅の仲間でしょ?じゃあ、責任とらなくちゃあね?一蓮托生ってやつよ?しかもさ、うちの姫様にも手を出してさ………それで無事に帰すわけにはいかんでしょうよ…………』


 怒気を露に説教してくる首無し騎士に、キールは更に顔を青ざめさせる。


 キールから見ても、この首無し騎士がかなりの力を有していることが見てとれた。


 それこそ、恐らくは自分以上の力を………。


 キールは慌てて周囲に助けを求めようとしたが、既に仲間達は皆逃げるか気絶している。


 更には、周囲からは他の首無し騎士や骸骨達までもがゾロゾロと集まってきており、まさに絶体絶命であった。


 キールは涙目になりながら一縷の希望を持って、本来は天敵である筈のジャンクを見た。


 しかし、ジャンクは倒れたまま、サッと目を反らし『だから早く出てけと言ったんだ………』と呟いた。


 あっさりと最後の希望に見捨てられたキールは、絶望的な表情となり、今にも泣き出しそうになった。


 もう駄目だ…………そう思った時。


「何を騒いでおるか?」


 よく通る声で何者かが言った。


 その瞬間、これまで辺りを囲んでいた骨や首無し騎士達が整然と並びはじめた。

 キールの肩を抱いていた骨と首無し騎士も、緊張した様子で列に並んでいる。


 唐突な事態に驚きながらも、助かったと安堵の息を吐くキール。

 だが、そのキールの前に並ぶ骨達が左右に別れ、まるで王が通るような道を造り出す。


 やがて、道の向こうから、悠々とした足取りで三人組の影が歩み寄ってきた。


 何者だろうと目を凝らしたキールだが、その歩み寄ってきた者達の姿を見た瞬間、再び絶望的な表情と共に膝を付いた。


 歩み寄ってきた右恥の影の一つ………それは以前ギルドで見た存在であり、前のパーティーが解散した最大の原因である謎の骸骨騎士だ。

 異様な姿に異様な雰囲気で、黒い謎のオーラを纏う、忘れようがない巨漢の骸骨騎士。

 多分というか、間違いなく人間じゃない。

 というか、あれが噂の魔王じゃね?と思うのも仕方がないような風貌と雰囲気の存在。


 そんなトラウマ級の存在だけでもお腹が一杯なのに、更に中央には悪魔としか言い様のない風貌の騎士がいた。

 悪魔の如き面様の兜に、妙に刺々しい鎧。

 腰には明らかに危険な存在感を放つ、禍々しい剣を下げている。

 その姿形………それに伝わる威圧感。

 その全てが悪魔的な何かがそこにおり、ジッとこちらを見ながら歩み寄って来る。


 ヤバい………あいつもヤバい。

 キールの本能が警鐘を鳴らした。

 あれも魔王に連なる何かだと直感する。

 というか、あれも噂の魔王じゃね?と考えた。


 しかし、そんな悪魔騎士の隣には更なる化け物がいた。

 もう、見た瞬間に本能がフルに警鐘を鳴らす。

 前二人はまだ人型だった故に、まだ人らしき形をした何かだと思えなくもなかったが、これはもう完全に化け物だった。

 何せ、デカイ眼球なのだ。

 デカイ眼球に触手が生えた化け物が、ギョロギョロと目を動かしながら近づいてきているのだ。

 キールはもう、意識が飛びそうになった。

 というか、あれも噂の魔王じゃね?とさえ思った。


 骸骨騎士に悪魔騎士に眼球お化け。


 エンカウントしたら間違いなく逃げの一手しか選ばないような凶悪なモンスターパーティー………いや、魔王パレードが、悠々と歩いてくる。


 更に、数多の骨と首無し騎士達が隙間なく周囲を固めている。


 そんな絶望的状況に、キールは自分が知らないところで魔王軍の魔の手がついに街中の…………食事処にまで及んだのかと深く絶望した。


「こ、こんな………魔王の魔手はここまで………」


「こやつは何を言っておるのだ?」


 骸骨騎士が四つん這いで嘆くキールを、怪訝な目で見ながら呟く。


「というより、こやつは誰だ?」


 骸骨騎士はキールを品定めをするような目で見た。その青い炎のような瞳に見られていると思うだけで、キールは生きた心地がしなかった。


 そんな中、倒れていたジャンクが起き上がると、馴れた様子で骸骨騎士へと話しかけた。


「あー………こいつは一応は冒険者仲間だ。なんか用があって俺のとこに来たみたいなんだ。特に不審者という訳じゃねぇ。安心してくれ」


「フム。左様か」


 慣れた口調で骸骨騎士に話し掛けるジャンクにキールは目を丸くする。同時に、自分を庇うようなジャンクの言葉に深く感謝する。


 今だけは、お前を心の友と呼んでもいいとさえ思った。


「まぁ、ハンナちゃんをナンパしてたが」


「ホゥ?」


 骸骨騎士の目が鋭くなる。

 同時に威圧感が増し、キールは床にめり込むような錯覚を覚える。


 ハンナとは誰だ………とは思わなかった。

 恐らくというか、間違いなくあの青白い少女のことだろう。


 失敗した……声をかけるべきじゃなかったと反省しつつ、ジャンクに憎悪を募らせた。


 同時に、やっぱりお前は敵だと認識を改めた。


 そこでフッとキールは思った。

 ジャンクは何故、この骸骨騎士と対等に話しているのだろうか?こんな明らかな魔王関係者とおぼしき存在と…………。

 そんな考えが思い浮かぶと同時に、ある推測にたどり着いた。


 こいつ……魔王軍と繋がってやがる……と。


 追い込まれた人間の想像力とは凄まじいらしい。

 実際は、暗黒殲滅騎士さんは勇者の仲間で、人類側の味方なのだが、それを初見で理解するのは不可能だろう。


 なんせ、見た目はキールの憶測通り、魔王側の見た目なのだから。


 そして、キールはそう考えれば全てが繋がると思い込んでしまった。一度思い込めば、もう止まらなかった。


 キールは様々な検討違いの………だが、追い詰められた人間とては無理のない憶測を立てた。


 骸骨騎士と仲良さげなのも納得いく。自分のパーティーが解散したのも有望な冒険者を潰す魔族の策。更には、無駄にジャンクがモテるのも魔王の間者として働いた褒美として、何か如何わしい魔法の薬でも貰っているのではないかと。


 一度疑ったら全てが疑わしくなる。

 キールは憎々しげな目でジャンクを睨んだ。


 この人類の敵め…………と。


「フム。我らが同胞を軟派するとは愚者か勇者か………。まぁ、良い。それで、こやつは何と申すのだ?」


「こいつか?こいつはキールってんだ」


 こいつ、ついに俺まで売りやがった!


 キールは戦慄した。


 すると、ジャンクがキールの名を言った瞬間、骸骨騎士と悪魔騎士から感じる雰囲気が変わった。


 これまでは何か探るような視線だったが、まるで獲物を狙うような鋭い視線となったのだ。


 それは、見られているキールが最も強く感じ、ゴクリと息を飲んだ。


「あ、あの……………」


 キールが何か言おうとした時、骸骨騎士がその肩をガシリと掴んだ。


「ホゥ………汝がキールであったか?一度、その顔を拝んでおきたいと思っていたのだ………」


「えっ?」


 骸骨騎士からの意味深な言葉にキョトンとしたのも束の間、反対の肩を悪魔騎士が掴んでいた。


『えぇ………何せ、起こる事態を先に見越し、事前に手を打っていたらしいですからね………。素晴らしいという評価しか出ないですよ。本当に………』


 悪魔騎士は兜の向こうから、男とも女ともとれぬくぐもった声で称賛の言葉を述べた。


 その言葉にキールはハッとあることに思い至る。


 顔を拝みたい………事前に手を打つ………。


 ま、まさか………自分は自身でも知らない内に、魔王軍の何らかの工作を妨害したのでは?と。


 この明らかに魔王軍の幹部らしき存在達は、妨害をした俺という人物を直接見定めに来たのではないかと………。


 追い込まれた人間の想像力は相当に膨れ上がるらしい。だが、無理もない。

 骸骨騎士と悪魔騎士に両サイドを固められれば、誰だって混乱状態にもなるだろう。

 まだ、気を失わないだけ大したもの………いや、この場合は早々に意識を手放せば、どれだけ楽だったろうか…………。


 だが、キールは半端に強かったことから意識を失わず、心理的に追い詰められて様々な考えを張り巡らしていた。


 お、俺………何をやっちまったんだ?


 キールは頭を回転させ、必死に思いだす。

 何を………魔王軍に狙われるような何をやっちまったんだ?思い出せ………最近何をやった?


 最近………………。


 ハッとキールは思い出す。


「そうか…………あれか…………」


 キールは思い出す。

 つい先日、偶々依頼で赴いた村で下級の魔族が子供を襲っていた所に遭遇した。

 キールはもののついでにと、魔族を一刀で両断し、子供達を窮地から救ったのだ。

 その時は余りの弱さ故に、はぐれ魔族の一種と判断し気にもとめていなかった。

 だが、よくよく考えれば、下級とは言えあんな所に魔族がいるのはおかしな話だ。


 という事は、あれは何らかの作戦の先遣隊だったのでは?


 それを先に俺が潰して…………。


「どうした?あれとは何の事だ?」


 キールの呟きに、探るような口調で尋ねてくる骸骨騎士。その様子にキールは確信した。


 成る程………俺の口から直接聞いて、作戦の邪魔立てをした本人かの確認をするつもりか………。


 キールは暫し考えた後、挑戦的な笑みを浮かべた。


「ク………ククク………とぼけるな。子供の件だろうが…………」


 分かったよ。

 全て理解した上で聞いているのだろう?

 ならば、全部ぶちまけてやるよ。

 だが、ただでは死なんぞ!道連れだ!


 キールは内心で熱く心に誓っていた。

 もし此処で消されるならば、せめてジャンクだけでも道連れにし、平和の礎となってやろうと。


 妄想で道連れにされるジャンクも哀れだ。


 そんなキールの命をかけた発言に、骸骨騎士は一瞬だけ目を丸くした後、厳かに頷いた。


「成る程。理解していたか。何とも頭の回る輩よ。そうだ、その子供の件では随分とジャンクが世話になったようだな…………」


「ジャンクが…………?」


 何故そこでジャンクの名が?と思ったが、直ぐに察した。


 こいつ………ただのロリコンだと思ったが、まさか魔族と繋がって、子供達に害なす何らかの作戦に携わっているのでは?いや、そうとしか思えない!!

 大体、いい年した男が未成熟な幼子の体に興奮することがおかしいのだ!まして、それを誇ることなどあり得ない!!

 間違いない!こいつは自称ロリコンを語り、それを隠れ蓑に子供達を観察し、魔族に子供についての何らかの情報を売っていたのだ!


 キールはキッとジャンクを睨み、魂の籠った声で叫んだ。


「ジャンク!!そこまで堕ちたか!?この外道がぁ!!どれだけの子供達を毒牙にかければ気が済むんだぁぁ!!どれ程の子供の骸の山を築けば気が済むんだぁぁぁ!!」


「おい、ちょっと待て!?なんでそこで俺に振るんだ?!誤解を招く発言は…………」


「ジャンク、汝………」


『ジャンクさん………』


「ま、待て!違う!!違うんだ!!俺は別に何も…………」


「言い訳など見苦しいわ………」


 骸骨騎士と悪魔騎士は共に蔑んだ目でジャンクを見ており、どこか責めるような雰囲気だ。


 恐らく、俺が計画の一端をジャンクから掴んだことを、二人で責めているのだろう。

 ジャンクの慌てぶりからも、そう予想できる。


 キールは骸骨騎士達のやり取りをそう解釈した。


 ジャンクに蔑すみの目を送っていた骸骨騎士だが、再びキールの方へと向き直った。

 そして懐に手をやると、大きく膨れた一つの袋を取り出した。


「フム。しかし、汝の噂は聞いてはいたが、聞きしに勝る正義感よ。称賛に値するわ」


 そう言って、取り出した袋をキールの前へと置いた。床に置かれた袋からは、ガチャリと金属が擦れる音が鳴った。見れば、袋の口から覗くのは、ピカピカと光る数十枚の金貨の山だった。


「これは我からの気持ちよ。汝のような男は、どこの世にも必要。この金を少しでも汝に役立てるがよい」


 骸骨騎士はニヤリと笑う。


 キールは戦慄した。


 こ、こいつ………次は俺を買収する気か?!

 ジャンクの身元がバレたので、それを看破した俺を次なる間者として見込み、抱き込む腹か?!


 今の台詞だって………。


『これは前払いよ。貴様のような使える人材を、我々魔族は欲している。まずはこの金で英気を養い、その後に一仕事してもらうぞ?』


 そう言っているのだ。


 キールは暫し愕然としながら金貨の入った袋を見ていたが、その金貨の袋を手に取ると、ユラリとその場に立ち上がった。


 そして骸骨騎士へと微笑み…………。


 金貨の袋を床へと投げつけた。


「お、おいキール!?お前何やって…………」


「うるさいっ!黙れ腐れ外道が!!」


 慌てて声をかけてきたジャンクを、キールは怒声を放って制した。


 そして、憮然とこちらを見てくる骸骨騎士を震える手で指差した。


「な、舐めるのも大概にしろよ!!お、俺は確かに人間としてはろくでもないし、性格だって悪い!自分よりも劣る人間を見下すような下衆野郎だ!だ、だけどな!!こ、こんな金を簡単にホイホイ受け取って人を売る程、堕ちた覚えはない!!」


 キールはそこで一度言葉を切って深く息を吸い、再び意を決したように言葉を続けた。


「い、いいか!お、俺には俺の矜持があるし誇りがある!例え何と揶揄されようとも、譲れぬ信念がある!その信念が折れ、命尽きる時まで俺はこんな金を受け取らないし、貴様らに靡く気もない!!まして、苦しむ人々や国を裏切る気はない!!」


 そう叫びながらキールは唐突に走りだした。


「いいかジャンク!!覚えておけ!!俺は貴様とは違う!!これ以上貴様の好きにはさせない!!俺が子供らの笑顔を守る!!」


 キールは手近な窓へと駆け、その窓をガシャアンと破って外へと飛び出す。

 硝子の破片を飛び散らせながら地面に着地すると、店に背を向け、叫びながら走りだした。


「今はまだ無理だが力を付け、いずれ貴様と魔王の野望を潰してやる!!その時を覚えていろ!!ジャンクゥゥゥ!!」


 そう言い残し、キールは夜の闇へと消えていった………。


 


 


 

 残された面々は、割れた窓から唖然と去り行くキールの背を見送っていた。


 そんな中、骸骨騎士ことザッドハークが腕組みをしながら唸り、悪魔騎士こと香が拍手した。


「ウゥム。何とも漢らしい漢よ。ジャンクの悪行を事前に止めたというのに、子供らの笑顔を守るのは報酬のためではない………。気持ちなどと言って金などを渡そうとした我が恥ずかしいわ」


「そうね。まさにあれが本当の勇者という奴かもしれないわね。誰かを守るのに傷付くことを厭わないのに、それでも尚自己の評価は低い。私も見習わなきゃいけないわね…………」


 絶賛の声を上げ、未だキールが去った方向を見つめる二人にジャンクは嘆息した。


「いや、多分だが、何か取り返しのつかない勘違いを互いにしてると思うんだが?」


 そんな意見を述べるジャンクを、ザッドハークと香の二人の異形の騎士が睨んだ。


「黙れジャンクよ。あの男が言うには、貴様。幼子に随分と酷い仕打ちをしているようではないか?」


「えっ?いや……違………」


「毒牙に骸の山…………度しがたいね」


「ちょ………待て!それはあいつが!?」


「問答無用!!やれ香!」


「幼子の痛みを思い知れぇ!!ギアアップ!ヘビーインパクト!!」


「ま、まて…………ギィヤァァァァァァ!!」


 夜の黄金の渡り鳥亭に、ジャンクの悲痛な叫びが轟いた…………。



 


 後日、キールの実家の伯爵家に、黄金の渡り鳥亭から、しっかりと窓の修理代の請求表が届いたそうな…………。

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