36話 大樹の墓場の遺跡 その12
「コハァァァァァァ…………」
大きく息を吸い、呼吸を整える。
私の足下には糞野郎ことザッドハークが「へ」の字に折れ曲がって倒れている。
先程までは威圧感によって身体が全く動かなかったが、ザッドハークを視認した瞬間、不思議と身体が動いた。
それはもう、風のように。
おかげでザッドハークをこのようにシメることができた。
そのザッドハークといえば、脛殺しとアッパーカット。それに頭部への廻し蹴りにより、完全に堕ちているようだ。
ざまぁ。
まぁ、時折ビクビクと痙攣しているので何とか無事なようだ。
まぁ、正直引きとっても良かったのだがね。
息を。
糞がっ。散々威圧感振り撒いてビビらしておいて、その正体が捜索していたザッドハークとは………。
ビビり損だわ!!何が暗黒神だコラァ!?無駄に威圧感振り撒きやがって?!
しかも玉座に座って優雅にワインなんか飲みやがって…………何様だコラァ!?
冷めやらぬ怒りのままに、倒れ伏すザッドハークの尻をガシガシと蹴る。
爪先で念入りに肛門目掛けてだ。
気絶しているザッドハークは、蹴られるたびにビクンと身体を跳ねのけさせる。
そんな滑稽な様子を見ていると、少しずつだが怒りが収まり、興奮が冷めてくる気がする。
うん。ちょっとは気が晴れたかな。
ちょっとは。
少しだけ気も晴れて、呼吸が落ち着いてきたところでジャンクさんがソロリソロリと近付いてきた。
まるで狂暴な肉食動物に近付いていくかのような、慎重かつ警戒心に溢れた足取りだ。
解せない。
「な、なぁ…………嬢ちゃん?その………さっきの威圧感はザッドハークだったのか?」
私の隣まで寄ってきたジャンクさんは、私の足下に転がるザッドハークを見ながら聞いてきた。
「みたいですね。多分、上に上がるのが面倒でここでワインを飲みながら待ってたんじゃないんですか?マジ死ね」
「ウム………その通り」
嘆息しながらザッドハークについての予想を口にしていると、その当の存在がゆっくり立ち上がった。
「ザッドハーク…………」
「フム………流石はカオリよ。我の思想を読んでいたか。カオリの予想通り、上まで登って合流するよりも下で待っていた方が良いと思うてな。故に……」
「もう復活したか!シャオラァァァァ!!」
「ちょ?ま………グァァァァァァァァ!?」
思ったよりも早く復活したザッドハークに、再び渾身の脛殺しをかます。
ザッドハークは悲痛な叫び声を上げ、脛を押さえながら再び地面へと崩れた。
「………ちっ。段々と耐性が強くなっているようですね。次からはもう一段階強く蹴り込んだ方がよさそうですね…………」
「あれで今まで………本気じゃなかったのかよ?」
脛を押さえながら転げ回るザッドハークを冷たい眼差しで見ていると、ジャンクさんが青い顔をしながら呟く。
「現状、後三段階くらいまで上げられますね」
「悪夢だ…………」
ジャンクさんが天を仰ぎ、震える声でそう漏らした。
解せぬ。
「まぁ、当分は一段階上げたやつで大丈夫でしょう。下手に二段階以上に上げたらちぎれそうですし………」
「ちぎれ…………?何が…………?」
「下半身」
「…………誰の?」
「相手の」
そこまで答えたところでジャンクさんは再び天を仰ぎ『それ、もう脛殺しとかじゃねぇよ』と絶望したような顔と口調で喘いだ。
解せぬ。
「まぁ、その話は置いておきましょうか。今は現状の確認をしましょう」
取り敢えず、何か微妙になった空気を払拭する為、今の状況を再確認しようと提案する。
ジャンクさんは『あ、あぁ……』と返事をし、どこか怯えた様子で私へと顔を向けてきた。
解せぬ。
「じゃあ、こうなった経緯を、その張本人に聞きましょうか」
「えっ?張本人って………その張本人は嬢ちゃんが蹴って、床を転げ…………」
ジャンクさんが怪訝な表情で何かを言おうとしたが、それを無視し、地面に倒れ伏すザッドハークの脇腹に蹴りを入れる。
「グホッァァ…………」
「起きろや。何寝てんだコラァ?誰が許可したんだワレェ?そんなに寝てたいなら、永遠に眠らせたろかい?あぁ?」
「いや、もう何か…………自業自得なんだろうが、理不尽というか何と言うか…………」
ジャンクさんが遠い目で私を見ているなか、私から渇を入れられたザッドハークがゆっくりと起き上がった。
だが、足が生まれたての小鹿のようにプルプルしていることから、まだダメージは抜けきっていないようだ。ざまぁ。
「グホッ………カ、カオリよ………す、少しばかり手荒くないだろうか?我が何をしたと…………」
「自分のした事を胸に手を当てて良く考えてから発言しろよ?」
語気を強めてそう言うと、ザッドハークは律儀にも胸に手を当て何やら考え始める。
そして、少ししてから胸から手を下ろした。
「フム………考えてみたが、特に問題は無………」
「よーし。脛殺しのギアを上げるぞー」
「すまなかった。本当に申し訳なかった。ちょっと上まで上がるのが億劫で、ここで適当に時間を潰しながら待っていてすまぬ。カオリ達が来ているのを察知し『少々カオリ達を驚かせてやろう』などと、悪戯心を刺激され、無駄に煙と威圧感を放って出迎えてすまぬ。ちょっと退屈過ぎて麻痺していたのだ。本当にすまぬ。心から謝罪する。だから足を下ろそう。その構えた足を下ろそうではないか?人とは話ができる理知的な生物だ。まず何よりも会話をし、互いを理解し合うことが大切であろう?我らも会話が必要だと思うのだ。暴力などといった野蛮な行為はすべきではない。故に足を下ろし、話し合いを……」
「ギアアップ!!チェストォォォォォ!!」
「ハァオラァァァァァァァァァァァ?!」
グワシャァァァァァン。
ギアをあげ私の脛殺しを喰らったザッドハークは、何やら曲がってはいけない方向に足を曲げ、きりもみ回転しながらぶっ飛び、奥にある何かに激突した。
よし。悪は滅びた。
「えっと…………つまり俺らは悪戯にビビっていた訳か…………」
ジャンクさんがこめかみに手を当て、難しい顔をしながら呟く。
まぁ、そんな顔になるのも仕方ないでしょう。
まさか自分が散々ビビっていた威圧感の正体が知人であり、それを悪戯心で発していたとあっちゃあ、そうもなるでしょうよ。
ジャンクさんはハァと溜息を吐き、やれやれと首を振る。
「あれだな………暗黒神だとか何とかとビビっていた俺らが馬鹿らしくなるな…………」
「ですね…………」
と同意をしてみるが、確かジャンクさんは六十代のオークみたいな娼婦と同じ気配だと言っていたような?
まぁ、下手につつくと話が混乱しそうだし黙っておくか。
しかし、そんな六十代の娼婦と気配が同じと言われるとは………。
ザッドハークを哀れめばいいのか、笑えばいいのか…………悩みどころだね。
「アハハハハ」
「?………どうした嬢ちゃん?」
「いえ、何でも」
笑ってしまった。ちょっと恥ずかしいけど後悔はない。
良かったねザッドハーク。
六十代オークババアと同格で。笑。
「まぁ、何でもないならいいんだが…………。しかし、暗黒神?だかが復活しているんじゃなくて良かったな。もし暗黒神だとかだったら、今頃どうなっていたかも分からんしな…………」
「確かに…………威圧感の正体がザッドハークだったのは幸いでしたね。ムカつきしたが」
「まぁ…………それは同感だ」
ジャンクさんの言うとおり、その暗黒神とかだったらこんな風に無事にはすまなかっただろうね。
下手したら戦闘になって全滅していた恐れすらあるしね…………。
ムカつきはしたけど、ザッドハークの悪戯で済んでよかったと安堵すべきなんだろうね。
ムカつきはしたが。
そんな事を考えながらウンウンと頷いていると、ジャンクさんが何とも言えない微妙な表情でチラチラと辺りを見回しだした。
「?…………どうしましたかジャンクさん?」
「いや、その…………気付いてないみたいだが、この周りの奴ら………どうするんだ?」
周りの奴ら?
何のことかと思い周囲を見る。
そして納得する。
扉が開いた時、通路に整然と並んでいた屈強なアンデットの魔物デュラハンが八体いた。
そのデュラハン達が私達を囲うように跪いているのだ。
剣を掲げながら。
それも、私達………というよりは、何か私個人に向けて剣を掲げているような?
えっ?何これ?何してんのコイツら?
唐突な事態に戸惑っていると、八体のデュラハンの内、一際体の大きなデュラハンが喋りだした。
『我らの主たるポンゴを倒したザッドハークを更に倒せし御方よ!!貴方様の強さに敬意を払い、我らはこれより貴方様の剣とならん!!我らの忠義をお受取り下さいませ!!』
そう宣言をすると共に、デュラハン達は一斉に剣を私を向けてきた。
同時に、頭…………は無いんだが、上半身を傾けて、お辞儀らしきものをしてきた。
「…………えっと?あの…………はい」
何で首ないのに話せるの?
そんな、色々な疑問はあったが、余りにも唐突な事態の急変に混乱し、ついつい肯定の返答をしてしまう。
すると、デュラハン達は一斉に立ち上がり、再び剣を天高く掲げだした。
『此処に騎士の忠誠は成った!!これより、我らは貴方様の剣と成り、盾と成ろう!!』
『『『ウォォォォォ!!』』』
何やら宣誓を上げたデュラハンに続き、他のデュラハンも立ち上がりながら唸るような叫び声を上げだした。
えっ?マジで何なの?急に忠誠とか何とかって?
何がどうなっているんだと思いながら、いまだ扉付近で硬直しているリッチを見る。
私の視線を受けたリッチはビクリと肩を震わせたが、こっちおいでと手招きをすると、ゆっくりと近付いてきた。
そして、まだ雄叫びを上げているデュラハン達の合間を抜け、私の直ぐ脇へとやってきた。
「ちょっと…………これどういうこと?」
寄ってきたリッチにそう問いかけると、リッチは何とも言えない微妙な表情となった。
『えっとですね…………このデュラハン達は騎士をベースとしている為、騎士らしく仕える主を求めているんですよ…………』
「はぁ…………」
まぁ、騎士?は何となく主に仕えるってイメージが分かるけど…………。
それで何で急に私が主に?
『かつ、アンデット…………つまりは魔物となっている為、弱肉強食第一主義な脳筋な一面もあり、強いものに従う一面もあるんですよ…………なので、より強い者がいればそっちに従うという………』
「はぁ…………つまり?」
『まぁ、要約すれば……『より強い者に従うので、命だけは助けて下さい』みたいな………?』
「うわぁ………見も蓋も無い…………」
でも、そうなるんだろうね。
だって最初に『ポンゴを倒したザッドハークを倒せし………』とか言ってたもんね。
うん。完全に強い者にドンドンと主を乗り換えてるじゃん。
もう、裏切りまくってんじゃん?
なんかもう、騎士じゃないよね?
騎士の矜持とかはいいのか?
騎士って死ぬまで主に忠誠を誓うんじゃ…………あぁ、もう死んでんだよね。デュラハン。
ならいいのか。
…………いいのかな?
「それでザッドハークを倒した私に従うと………」
『恐らくそうかと…………ポンゴを倒したのは、あの黒い騎士のようですから、デュラハン達はそのまま鞍替えしたのかと…………』
話を聞く程に本当に騎士だったのか怪しくなる。
ポンポンと主君替え過ぎだろ。
尻軽にも程があるだろうよ。
どっかのビッチギャルでも、まだ尻は重いと思うんだけど…………。
はぁ…………なんか妙な奴らに忠誠誓われちゃったなぁ。
勢いに押されたとは言え、唐突にデュラハンが仲間入りかぁ…………。
てか、ザッドハークにスケルトンにデュラハンって…………私は一体何処に向かってるんだろう?
完全に勇者ではない何かという事は確実だよねぇ。
もう、魔王ルート一直線なような気がするんだけど?
そんな事を考えながら、若干死んだ目で天井を見上げていると、リッチにマントをクイッと引っ張られた。
んっ?どうしたのかな?なんか不安そうな顔をしてるようだけど?
『あの…………というか、そもそも何ですかあれ?私が言うのもあれですが、溢れ出る邪気が半端ないんですが?威圧感とか邪気とか、かつての暗黒神並みなんですけど?絶対人間じゃないですよね?それに、そんな存在を下す貴女も何なんですか?あんな存在を引き連れて、一体何をするつもりなんですか?』
リッチは明らかな畏怖と警戒心が込められた目で倒れ伏すザッドハークを見た後、説明を求めるように私へと視線を移した。
あー…………正しい意見だよね。
初見だったら、誰だってアレ何?ってなるよね。
私もそうだったし。
そりゃあ、気になるよねぇ。
ましてリッチ曰く、暗黒神並みらしいからね。
そうかー………ザッドハークは暗黒神並みかー。
やっぱ、ヤバい奴なんだよなー。
それに、私のことも気になるときたかー。
そうかー…………。
うーん…………説明するとなると…………。
『…………あの?』
「まぁ、あれだね。端的に説明すれば…………」
『すれば?』
「私勇者。あいつ仲間。これから世界を救う。オッケー?」
要約して説明すると、リッチはキョトンとした顔となった。
そして、おもむろに耳に指を入れると、ガシガシと擦りだした。
それを左右の耳で行った後、自身の頬をパチンと叩いてから再び私へと顔を向けてきた。
『ザッドハークなる尋常成らざる存在を下す貴女も何なんですか?あんな存在を引き連れて、一体何をするつも…………』
「信じられないのは理解できるし、私だって信じたくないけど変わらぬ真実なの。だから飲み込んで?これ以上の説明は、私が虚しくなるだけだから」
今一度同じ質問をしてきたリッチの言葉を制し、心からの本音を語る。
リッチは信じらないだろうけど、私自身が一番信じたくない事実。
だから、これ以上同じことを言わせないでくれ。
心が挫けそうだから…………。
暫しリッチは真顔で私の顔を見ていたが、此方のの真心こもった言葉に心情を察したのだろう。
スッと顔を背け、天井を仰ぎ見た。
『勇者って…………』
それ、私も言いたいことだから。
そんな呆然と虚空を見上げるリッチを、同じく呆然と見ていると、ジャンクさんがポンッと肩を叩いてきた。
「現実逃避しているところすまないが、この後はどうするよ?」
「この後?」
ジャンクさんの言っている意味が分からず一瞬キョトンとするも、周囲をチラリと見て納得する。
この部屋には入ってきた扉以外、他には出入口がないのだ。
つまり、この遺跡はこの部屋が終着点ということなのだ。
「見た所、この部屋がリッチの言う封印の間?やらで遺跡の最奥のようだな。となると、もう戻るくらいしか道はないが…………」
と口ごもるジャンクさん。
まぁ、何となくジャンクさんの言いたい事は分かる。
この遺跡に入って色々な濃いイベントはあった。
だが、何も手に入れてない。
つまりはぶっちゃけ、お宝とかを入手していないのだ。
この最奥に何かあるかと思ったが何も無い。
なんか部屋の隅に大量の白い粉末が山となっているが、その他はただだ広いだけの部屋だ。
寧ろ、リッチの部屋の方が豪華だったな。
しかし、せっかく他には知られていない遺跡を発見したというのに、これではあまりにも無駄足。
赤字もいいところだ。
敢えて手に入ったものを上げればスケルトンとデュラハンだが、これをお宝とは言えないだろう。
どこの誰が動く骨と首無し騎士をお宝と認めるというのか?精々、魔王軍に渡せば、人員確保に喜ぶくらいだろう。渡さないが。
うーん…………結構苦労したし、何かお宝みたいなのが欲しいところだな…………。
………そうだ!
「ねぇ、リッチ?」
『は、はい?な、なんでしょう?』
近場でキョロキョロと挙動不審なリッチに呼び掛ける。
この遺跡を実質的に管理していたリッチに聞けば、何かしらのお宝があるかもしれない。
「なんかこう…………お宝はないのかな?」
『お、お宝?』
「そう。ほら…………金目の物的な?」
『か、金目??』
リッチが目を丸くして私を見る。
あー………まぁ、俗物的なことを言ってるのは分かるけど、そこは聞き流して欲しい。
勇者とはいえ、先立つものが必要なんでね。
まぁ、まだ王様から貰った金貨はたんまりあるけど。
「嬢ちゃん………それ、絶対勇者の台詞じゃないぜ?」
うっさい。一応はジャンクさんの為にも言っているんだから黙っていて欲しい。
なんかリッチ戦の時、纏まった金が入ったら受付のマインちゃんに想いを伝えるとか言ってたしね。
まぁ、十中八九無理だろうが。
あの娘、恋愛とか興味なさそうだし。
食べることしか頭に無いみたいだしね。
お金があっても、精々餌付け代に消えるだけだからね。
内心でそんな事を考えていると、リッチが恐る恐ると口を開いた。
『えっとですね…………ざ、残念ですが、この場所は封印の地としての役目ある場所であり、お宝とかといった物とは無縁の場所で…………金目のものといったものは一切…………』
「…………えっ?」
『あっても精々が私が使う魔法媒体に使う物などであり、それも価値があるかと言われれば些か……』
「…………うえっ?」
『敢えて………敢えて一番価値がある物を言えば、私が着ていた凪魔のローブですが、あれ………溶けてしまいましたし………』
「…………うえええっ?!?!」
衝撃の事実に固まる。
ま、まさか金目の物が一切無いとは?!
し、しかも、一番高価なのはあのローブだったとはぁぁぁぁ?!
や、やっちまったぁぁぁぁぁぁ?!?!
『あのローブ………当時で金貨数万枚の価値でしたし、今なら幾らの値が付くか…………』
やっちまったぁぁぁぁぁぁ??!!??!!
き、き、金貨す、す、数万枚って?!どんだけの価値だったんだぁぁ?!
そんなものをローショリーチの粘液で溶かしちまったのかよぉぉぉ?!
あまりにも………あまりにも衝撃の事実に頭を抱える。
本当にやっちまった。取り返しのつかないことをやっちまった…………。
いくら戦いの最中だったとはいえ、そんな価値のあるものを溶かしてしまうとは…………。
くそっ!こんなことなら溶かすんじゃなく、直接ひっぺがせばよかったよ!
そうだよ!動きは封じていたし、直接体から剥いでしまえばよかったんだよ!!
もう!私の馬鹿!!
『あ、あの………なんか変な事考えてませんか?』
「多分当たりだ。この嬢ちゃん、結構えげつない事を考えるからな………。大方、あんたの身体から直接ローブを剥げばよかったとか考えてるんじゃないか?」
ジャンクさんとリッチが何かを話しているようだが、ダンダンと地団駄を踏んでいるので良く聞こえない。
なんかリッチが両腕で体を隠すようにしているが、何を話しているんだ?
まぁ、いいか。
地面を蹴って少し落ち着いた私は、深呼吸をしてからジャンクさんへと顔を向けた。
「ということだそうです………。残念ですが収穫ゼロですね…………」
私がそう言うと、ジャンクさんは肩をすくめた。
「まぁ、残念だがこういう事もあるさ。遺跡だからといって、お宝があるとは限らんしな。命があっただけ儲けたと考えた方がいいな」
「ウム。これもまた冒険よ。一攫千金など、そうそうある話ではない。次なる冒険に、此度の経験を活かそうぞ」
意外にも前向きな意見に私も肩をすくめた。
流石に私よりも長く冒険者をやっているだけあって、こういう空振りにも慣れているのだろう。
残念なのは変わりないだろうが、気持ちの切り替えや立ち直りが早いね。
こういった所は見習わないとね。
後は…………。
「毎回毎回思うんだけど、いつの間にか復活してるよね、アンタ」
いつの間にか復活し、小脇に何かを抱えているザッドハークをジロリと睨む。
よく見れば、曲がった足も元に戻っている。
どんな体をしてんだコイツ?
「ウム。これぐらい他愛ないことよ。だが、流石に今回のはかなり効いたぞ。何せ、冥府の友に久々に会ってきた程だ。カオリの概要と事情を話したら『絶対そいつヤバいよ』と戦慄しておったわ」
「とんでもないところで、私の不名誉が拡散されてない?」
冥府の友人って…………本当に何なんだよコイツは?
『あ、あのう…………』
ザッドハークの存在に疑問を抱いていると、私の背後からリッチが恐る恐るとザッドハークへと声をかけた。
「ウム?我に用か?というより、何者だ貴様は?まずは胸囲を吐け」
「普通は名だろ?この色ボケが」
いきなりリッチにセクハラかますザッドハークに、ソフトな脛殺しを放つ。
初対面の奴にいきなり胸囲を聞くって馬鹿なの?
ある意味勇者だよ。変態の。
ザッドハークは暫し『ウォォ………』と唸りながら脛を押さえていたが、震えながらも顔を上げた。
「し、して…………何者ぞ?」
『あっ…………はい。私はこの地で封印を守りし管理者のリッチで、名をハンナ=ミュラコスフと申します』
ザッドハークの威圧感とセクハラ発言にたじろいていたリッチ……いや、ハンナだが、しっかりと自己紹介をした。
私の背に隠れながらだが。
そんなハンナにザッドハークが目を丸くする。
「リッチ?あの、なんか立派なローブ着て、豪華な杖持ってて、王冠みたいなやつを被っていて、アンデッド達と強大な魔法を操る死の支配者のか?」
「やっぱリッチの認識は皆同じなんだ…………」
『は、はい………そのリッチかと………。実際に魔術で今の姿になる前は、立派なローブ着て、豪華な杖持ってて、王冠みたいなやつを被っていて、アンデッド達と強大な魔法を操る死の支配者でしたから………」
「ねぇ、それ言わないと気がすまないの?」
なんだろう………一度はリッチに対するイメージを口にしないといけないルールでもあるのかな?
「して、そのリッチのハンナが我に何用か?」
リッチに対する見識を確認すると、ザッドハークはジロリとハンナを見た。
ハンナは一瞬身震いしたが、意を決したように口を開いた。
『あ、あの………ここにポンゴ………スケルタリードラゴンがいませんでしたか?あ、あとは奴が趣味で飼ってた大蜘蛛や百足も…………』
あぁ、例のスケルタリードラゴンね。
そういえば、影も形も見えないな?
やっぱり心配なのかな?
てか、趣味で蜘蛛や百足を飼ってたって相当に趣味がわるいなぁ………。
あっ。そういうば、ザッドハークが落ちた時にそんな事を言っていたような?
しかし周りを見渡しても、ポンゴも蜘蛛や百足の姿は確認できない。
ポンゴはともかく、蜘蛛や百足はいなくてよかったよ…………。
巨大な虫なんて、想像しただけで怖気がたつよ…………。
というか、そもそもこの部屋に入った時にいたのは、ザッドハークとデュラハンだけだしなぁ。
そんな疑問を抱いていると、ザッドハークが『あぁ、あれな』と頷いた。
「フム。あれらならば、あそこよ」
そう言いながらザッドハークは部屋の隅を指差した。
そこを見れば、白い粉末が山となって…………。
まさか…………。
「骨竜も蜘蛛も百足も、まとめて燃やしたのでな。灰が邪魔だったのでデュラハン共に隅に集めさせたのだ」
『ポ、ポンゴォォォォォォ!?!?』
ハンナが変わり果てたポンゴこと粉末を見て、悲痛な叫びを上げる。
えっと…………うん。
知り合いが粉になってれば誰でもそうなるよね。
でも、やっぱ…………うん。綺麗に火葬されちゃってるねぇ…………。
ハンナは粉末へと近付き、その灰を掬い上げ、再び悲痛な声でポンゴの名を呼ぶ。
そんな何とも言えない光景を、私とザッドハークは並んで見ていた。
「なんか………敵だったとは言え、悪いことをした気がするなぁ………」
「襲いくる者には容赦はせぬ。たとえ何人だろと、我が剣の錆びにしてくれる」
「いや、錆びというか粉じゃん?原型留めてないよね?容赦無いにも程があるじゃん?」
「燃やしたのでな。灰になるは世の必然」
「今、剣の錆びとか言ってなかったけ?剣使えよ?そっちの方が、まだ原型留めてたよ。てか、ハンナもポンゴもただ封印を守っていただけなんだよなぁ…………」
考えてみれば襲われたとは言え、ハンナ達に非はないんだよなぁ。
寧ろ、私達が侵入者で、封印の地を荒らしただけなんだよなぁ。
うわっ、なんかやるせない気分になってきたなぁ。
若干落ち込んだ気分となり、ザッドハークはどうかとチラリと見る。
だがやはりと言うか、ザッドハークは小脇に何かを抱えながら、堂々と胸を張っている。
ブレないなコイツ。
「というか、さっきからチョイチョイ気になってたんだけど、その小脇に抱えてるの何?」
「ムッ?これか?」
ザッドハークが抱える物を指差し質問をすると、ザッドハークはそれをドンッと床に立てた。
それは高さ1メートル程の白い石像で、姿形から女性の天使の像のようだ。
随分と精巧に造られたもので、優しげな顔立ちに、慈愛に満ちたような表情をしている。
ただ、背中の羽は無残に折れ、根元しか残っていないし、全身ひび割れだらけだ。
というか、そもそもは台座か何かの上にあったらしく、足首から下がポッキリと折れたような跡があった。
「天使の像?何これ?」
そう質問すると、ザッドハークは部屋の奥を指差した。
「ウム。元々はあの奥に鎮座していた。だが、先程カオリに蹴飛ばされて吹き飛んだ時、ぶつかって折れたのだ。どうしたものかと思い、一応持ってきたのだ」
見れば、確かに奥には台座らしきものがあり、その上には天使の足らしきものが無残に残っていた。
更に、周囲には天使の羽やら破片らしきものが散乱しており、ザッドハークがぶつかった衝撃を物語っていた。
「えっ?あれ?じゃあ、間接的に私が壊したようなもの?」
「間接と言うよりも、ほぼ直接だと思うが………まぁ、良い。そういうことになるな」
石像の頭を押さえながらザッドハークが頷く。
うわちゃあ…………やっちゃたよ。
なんか知らないけど、天使の像を壊しちゃったけど、これ大丈夫かな?
歴史的価値があるものとかじゃないよね?
元々は結構立派そうな天使像。
それを壊してしまったとあって、妙に不安になる。
と、取り敢えず、ハンナに聞いてみようかな?
そう考え、未だ粉末の前で嗚咽を漏らすハンナに声をかけた。
「ちょ、ちょっとハンナ!聞きたいことがあるんだけど?」
『ウグゥ……な、なんでしょう………か!?』
死んだ目で私の方に振り向いたハンナだが、次の瞬間には驚愕を目を見開いていた。
その目は、ザッドハークが押さえている天使像へと向けられていた。
「あ、あれ?ハンナ?どうした………って、やっぱ壊したらまずいものだった?あの………弁償した方がいいかな?それとも、私一応は小物作りが得意で手先が器用だから、修理を…………」
と、言いかけた所で、ハンナの異変に気づく。
なんか全身を震わせ、これ以上ない程に目を見開いている。
あ、あれ…………?ど、どうしたのか?何か様子が…………。
『ふ、ふ、ふ、…………』
「ふ?」
ハンナが震える口で何かを言おうとする。
私は耳を澄ませ、今一度何と言おうとしたのか聞き返した。
ハンナは一度深く息を吸うと、若干震えた声で。だが、はっきりと言った。
『それ…………封印の要の像…………』
瞬間、世界が揺れた。