34話 大樹の墓場の遺跡 その10
「いやぁ………お恥ずかしいところを見せてしまいました…………」
地下へと続く階段を降りながら、ポリポリと頭を掻く。
どうやら、私はまたやってしまったらしい。
地下に続く入り口を防いでいた頑丈な扉を破壊するため、剣助の持つ効果『破壊の咆哮』を使ったのだが、テンションが上がり過ぎて、ついやり過ぎてしまった。
目的の扉を破壊することはできたのだが、冷静になってから辺りを見れば、扉どころか扉のある部屋も半壊させてしまっていた。
あの豪奢な部屋がボロボロとなり、もとの面影は全く感じられない有り様となっていた。
まるで、爆弾でも爆発した後のような状態だ。
しかも、ボロボロだったのは部屋だけではなく、ジャンクさんやスケルトン達も身体中がボロボロとなっていた。破壊の咆哮の余波に吹き飛ばされたらしい。
本当に申し訳ない。
また、リッチに至っては見た目は無傷で安心したのだが、中身………要は精神の方がボロボロな状態となっていた。
私を見ると、虚ろな目をしながら、頻りに『ゴメンナサイゴメンナサイ』と謝ってくるのだ。
随分と私という存在が恐怖となって刻み込まれ、完全なトラウマとなってしまったようだ。
ちょっとハイになってしまっていたとはいえ、色々な爪痕を残してしまったようだわ…………。
狂化に関してはある程度コントロールできるのだが、どうも剣助を使った時に生じる衝動は勝手が違い、妙なことになってしまいがちだ。
制御が効かないというか何というか………。質が違うんだよね。
狂化についてはイライラとする怒りをコントロールするようなもので、理性さえしっかり保てば何とかなる。けど、剣助の衝動はこう………ムラムラするというか………恥ずかしい話だが、生理的欲求のような感じで、一度発散しなければ落ち着かないのだ。
身体全体がムラムラとして我慢が効かず、抑えがきかなくなる。
という訳で今回も抑えが効かず、爆発。このような惨状になってしまった訳だ。本当に申し訳ない。
しかし、そんな反省した素振りを見せていても、隣を歩くジャンクさんからの責めるようなジト目な視線は変わりがなかった。
「いや、お恥ずかしい………じゃねぇからな?許可した俺も悪かったが、一歩間違えれば俺ら全員生き埋めだったからな!?」
『いや、お恥ずかしい………じゃないからな主よ?なんだあれは?!事前に聞いていたのと威力が段違いだったぞ?!実際、崩れた破片で生き埋めになったぞ?!我々じゃなきゃ死んでたぞ?!』
『そうだそうだ!!破片の下でバラバラになったんだぞ!?』
『お、おれは、いっしゅんだけきれいなおはなばたけがみえたんだな』
ジャンクさんとスケルトン達が口々に文句を言ってくる。互い言葉が通じてないとは思えないハモり具合と連携だ。
ま、まぁ…………仕方ないよね。うん。今回は被害者な訳だし。
しかし破片に潰されたのがスケルトンでよかった。ジャンクさんだったら本当にシャレにならなったわ………。人間ミンチとか洒落にならん。
不幸中の幸いってやつかな?
「いや………まぁ、はい。ま、まさか私もあそこまでの威力とは思ってなくて………。ちょっと剣助を舐めてました。はい」
ポンポンと腰の剣助を叩く。
実際にあの破壊の咆哮とかいうやつをまともに放ったのは今回が初めてだったから、かなり読みを間違えていた。
狭い通路でのスケルトン戦の際に、剣助が遺跡の崩落の恐れがあると言っていた時は大袈裟に感じていたが、これだけの広さと丈夫さの部屋でこの惨状なら、誇張でも何でもなかったようだ。
あの時、無理に放たなくてよかった。使っていたら今頃は生き埋めだったわ。
そんな事を考えていると、ジャンクさんが私の腰にある剣助をジロリと睨む。
「剣助って………前々から思っていたが、絶対にそれ………曰く付きだろ?見た目もそうだが、なんか………禍々しいオーラが漂ってるんだよな?」
ほぅ。やっぱり分かるのかねぇ、そういう雰囲気は?いや、見た目からして禍々しいから、誰でも何となく察するか…………。
「やっぱり、分かります?実際に呪い付きの装備ですから…………剣も含めて全部が」
「リッチも言ってたが…………やっぱ呪い付きなのかよ?何故に、んなもんばかり選んでんだよ?…………馬鹿なのか?」
「選んだのは私じゃないです。ザッドハークセレクションです」
「あいつか…………」
ザッドハークが選んだ装備だと言うと、ジャンクさんは納得と呆れが混じったような顔で嘆息した。
「………あいつなら選びそうだな。奴自身、呪いを振り撒いてそうな容姿だしな………」
「いやぁ、流石にそこまで酷…………い容姿をしてますね…………」
否定しようとしたが、やはり肯定してしまう。
街を歩くだけで皆が道を開き、女性は叫び、子供は泣き、老人は意味もなく許しを乞う。
それがザッドハークだ。
確かに呪いどころか何らかの災いを引き連れていそうな容姿をしている。
「そうですね。見た目だけで人を怯えさせてますし、人だけじゃなくて魔物なんかも恐れてますからね………」
「魔物以上の魔物だよな………。今じゃ、ギルドの皆も多少は慣れたが、最初は凄げぇビビってたもんだ。俺も最初は死を覚悟してたしな………。そういえば、俺を目の敵にしていたキールって野郎のパーティーは、ザッドハークが原因で仲違いして解散しちまったらしい。今じゃ、あいつにベッタリだった女戦士と魔法使いまでもが、別パーティーのオッサンらと活動してるらしいしな」
「………何があったんですか?」
「詳しくは知らん。ただ、キールの野郎が『この薄情者が!!』って怒鳴っていたな。何かザッドハークが原因とした内輪揉めでもあったんだろう。まぁ、俺としてはざまぁって感じだがな」
「そのキールさん?と何かあったんですか?」
明らかな苛立ちを見せるジャンクさん。
そんなジャンクさんに何となしにそう聞くと、憤慨したように肩を震わした。
「あぁ。あの野郎の流した俺がロリコンって噂のせいで、孤児院の支援依頼を受けれなくなったんだ。数少ないチビッ子達との戯れの時間を奪いやがって…………」
「何があって、どんな人かは知りませんが、かなりの良識と善性を宿した傑物ですね。大した英断です。私が知らないだけで、名のある人物と見ました」
「なぁ、どういう意味だ?」
内輪揉めでパーティーがバラバラとなったのは残念だが、事前に純粋な幼子達を汚い毒牙から守ったのは英雄的判断と言えるだろう。
ただ、敢えて言うなら衛兵も呼んだ方が良かったな。変態を舐めてはいけない。
しかし、パーティーが瓦解したのは本当に残念だ。ザッドハークが原因とも言うし、後でお詫びを込めて一杯奢ろうかな。
そんな事を考えながら、隣で悲しそうな顔をしているジャンクさんを横目でチラリと一瞥してから、真っ直ぐに前を向き直した。
「さて、じゃあ、その話はもう置いておきましょうか」
「俺としては置いておけないんだが?なぁ、どういう意味なんだ?」
「ねぇ、スケルトンA。まだ先は長いのかな?」
「あれ?人って、こんなにあからさまに無視できるものなの?」
隣で悲しそうな顔で何事かを呟くジャンクさんを無視し、後ろにいるスケルトンAへと声をかけた。
『いや………先も言ったが、この先は既に我々の知る範囲ではないのだ。故に知らないし、足を踏み入れるのも初めてだ』
「あっ…………そうか」
そういえば、そんな事を言ってたよね。
じゃあ、ここから先は完全に手探りか…………。そうなると、罠や何かがあれば厄介だな…………。
「そうなると、この先は完全に手探りか。うーん…………本当なら、この先を知ってる人に案内を頼むのが一番なんだけど…………」
そう言いつつ、チラリとスケルトンに囲まれ、護送されるように歩く人物こと、リッチを見る。
私に目を向けられたリッチが此方の視線に気付くと、両腕で自身の身体を抱えながら、尋常じゃなく震えだした。
『ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ…………』
全身を震わせ、虚ろな目で虚空を見つめながら高速で謎の謝罪を繰り返すリッチ。
目を向けただけでこれだ。
完全に私に対しての反抗の牙は折られている。
いや、色々とやり過ぎたのは認めるが、いくらなんでも怖がり過ぎだろ?
メチャクチャ私が悪いみたいじゃん?
流石にそこまでの事はやって…………………やったのかな?やっちゃったよなぁ………。
すると、そこへサッと私の視線を遮るようにスケルトンAが前に出てきた。
『主よ。もう彼女を追い詰めるのは止めてくれ…………元は彼女の部下だった身として、これ以上の醜態は見ていられない。いや………それ以上に、これ以上の追い込みは必要あるまい』
「えっ?いや、別に追い込みをかけてる訳じゃ…………」
『そうだ!いくらなんでもやり過ぎだ!これ以上は彼女を責める必要は一切ない!』
『だ、だいじょうぶなんだな。お、おれたちがまもってやるんだな………』
スケルトンBとCまでもリッチを守るように立ち塞がる。しかもスケルトンCに至っては、震えるリッチの肩を抱き、宥めるように擦っていた。
いや、何だよこれ?完全に私が悪者みたいじゃん?
何かリッチがヒロインポジションになってんだけど?
いや、そいつ今は可愛い成りをしてるけど、中身リッチだからね?
バリバリの凶悪な死者の王だかんね?何、庇護欲刺激されてんだよ?
そんで、何で傍目から見れば、か弱い少女に立ちはだかる悪魔騎士と、少女を守る骸骨達………みたいにな絵図になってんのよ?
あたしゃ敵役か?
そんな唐突な事態に狼狽えるも、スケルトン達は困惑する私を他所に、尚もリッチを守らんとする。
その様は、まるで姫を守る騎士の如くだ。
スケルトンからスケルトンナイトにランクアップってか?笑えんわ。
って、良く見れば、いつの間にかジャンクさんもスケルトン達の輪の中に入っていた。
スケルトンCとは反対方向から、リッチの肩を抱いて気遣わしげな顔をしてやがる。
おい。何リッチに肩入れしてんだ、このロリコン野郎が。
さっきまで私達を殺しにかかってた輩だぞ?見た目は好みの少女だろうが、中身は骨だぞ?
てか、あんたら本当は言葉と意思が通じるだろ?仲良すぎだしさ??
「い、いや………あのさ…………」
『ムッ?まだ責めるのか主よ?!いくら主でも、許せることと許せないことがあるぞ?!主はどれだけ凶悪なのだ!』
『そうだ!そうだ!いくら凶悪にも程があるぞ!!凶悪と言うより、見境なく暴れる狂悪じゃねーか!!』
『そ、そうなんだな!いらいらときょうあくになりすぎなんだな!』
「おいおい嬢ちゃん?狂悪なのも程々にな?いくらなんでもイライラし過ぎだぜ?もう、この子も怯えているし、そろそろ許して…………」
「黙れ。お前らを粉々にして、カルシウム源にしてやろうか?」
「『『『あっ。なんでもないです』』』」
◇◇◇◇
「という訳で………下に着いたんだけど………」
「また扉か…………」
ジャンクさん達を黙らせ、リッチのいた部屋から長い階段を下っていった先は、狭く長い通路となっていた。そしてその通路の奥には、またもや重厚そうな造りの巨大な扉があったのだ。
その扉は、先に破壊した扉よりも大きく、特に縦の長さは二倍以上はありそうだ。更には、何か意味深な絵が描かれていた。
「あれって…………やっぱり目玉の絵ですよね?」
「あぁ…………多分な。なんだか、遺跡中にやたらと目玉のレリーフやら壁画が多いんだが………何か意味があんのか?」
私とジャンクさんは奥にある扉を見ながら呟く。
扉には、真ん中に巨大でまん丸な目玉が描かれており、その周りにも大小無数の目玉が描かれているという、目玉推しの扉となっていた。
なんでこんなに目玉ばかり描かれているんだろ?遺跡と何か関連があるのかな?
スケルトン達に聞いても分からないようだったし…………。
リッチは…………知ってそうだが話はできないし…………。
…………まぁ、考えるのは後にしよう。そもそも考古学者でもないから、深く考えても分からないしね。
しかし、あの扉………大きさもさることながら見た目の不気味さから、半端ない威圧感を感じるな。
凄く近付き難いような…………。
というか、あれだ。あれって、完全にゲームのボス部屋の扉っぽい雰囲気が出てるんだけど?
絶対にあの奥でスケルタリードラゴンが待ち構えている部屋でしょう?
んで、部屋に入ったらそっからボス戦みたいな?
多分だけど、間違っていないと思う。これで扉の脇に回復の泉やセーブポイントがあれば更に間違いない。
まぁ、実際はそんな親切設計はないけど。
「ジャンクさん。この扉の先ってもしかして…………」
そう呟くと、ジャンクさんはコクリと頷く。
「あぁ。間違いなくスケルタリードラゴンのいる…………いや、いた部屋だろうな」
「やっぱり…………」
ジャンクさんも同意見らしい。そりゃ、こんだけ雰囲気あったらそうだろうな。
と言っても、ボス不在なのだろうが。そう思うと無駄に重厚な扉が不憫で仕方がない。
そう言えば、裏から通って中からしか見てないが、リッチの部屋の扉もこんな感じだったんだろうか?わざわざ確認する気はないけど…………。
「じゃあ、あの先にザッドハークがいるんですかね?」
「多分な。あの先がどんな風になっているかは知らないが、俺の勘はここが遺跡の最下層だと言っているしな」
指先で頭をトントンと叩くジャンクさん。勘と言っているが、長年冒険者をやっているジャンクさんの意見だし、経験値から言っても信じるに値する意見だと思う。
そうか。ここが遺跡の最下層………つまりは終着点。そう考えると、なんだか感慨深くなるな。
振り返れば、短いようで長く濃い遺跡探検だったな…………。
初めての遺跡探検だったけど、思い返せば………まず、スケルトンと戦って、スケルトンを仲間にして、リッチと戦って、リッチを保護して………色々あったな………。
…………いや、思い返してみたけど、何だかよく分からない探索だったな…………本当に。
初めての探検だったけど、これって普通の探検じゃないということだけは分かるわ。
お宝ないし、骨を仲間にした挙げ句、親玉の不死王を引き連れているし。
ま………まっ、それはそれで、良い思い出だったということにしておこう。うん。
改めて気持ちを切り替え、再び目の前の扉を見た。
しかし、あの扉…………リッチの部屋にあった扉よりも重厚そうだなぁ。
これまた人力で開けるのもキツそうだし…………。やっぱり、扉を開く仕掛けでも探さなきゃ駄目かな?
それとも…………。
「…………破壊の咆哮かなぁ?」
扉を見ながらそんな事を呟くと、背後からズザザザザという音がした。
フッと振り替えってみれば、いつの間にかジャンクさんやスケルトン達が離れた柱の影に隠れ、武器を構える。
更にリッチに至ってはジャンクさん達の背後に隠れつつ、震える両手を前に突き出し、薄く光る壁のようなものを周囲に展開させていた。
恐らくは、結界とかバリアみたいなものだろう。
「…………あのう」
唐突な警戒態勢に驚き、困惑しながら声を掛けようとした。だが、それよりも先に、ジャンクさん達が口々に騒ぎだした。
「じょ、嬢ちゃん!?あ、あれはもう止めろよ!?こんな所で使ったら、今度こそ生き埋めになるわ!!マジで死ぬわ!?」
『主よ!!あれだけは止めてくれ!!冗談ではなく、二度目の死を迎えてしまう!!』
『止めてくれ!本当に止めてくれ!前振りとかじゃなく、本当に止めてくれ!』
『も、もういきうめはいやなんだな!』
『ゴメンナサイスイマセンゴメンナサイスイマセンゴメンナサイスイマセンゴメンナサイスイマセンゴメンナサイスイマセン………』
誰もかれもが必死な形相をしている。余程、破壊の咆哮がトラウマとなっているようだ。
いや、まぁ………うん。過剰な反応じゃない?………と言いたいところだけど、そうとも言えないから仕方がないか………うん。
…………本当、かなりのトラウマを植え付けちゃったなぁ。ザッドハークの事を言えないや………。
そんな事を考えながらふと天井を見上げると、そこにザッドハークの幻影が現れた。その幻影は親指を立てながら『カオリよ。貴様も遂にこっち側だな』と笑いながら語りかけてくる。
取り敢えず、脳内でその幻影にアッパーカットを喰らわせて消滅させる。
そして深く呼吸をして自身を落ち着かせた後、なるったけ優しさを込めた声でジャンクさん達へと声を掛けた。
「あの………破壊の咆哮は使わないから安心して下さいよ。ねっ?」
そう言うと、ジャンクさんとスケルトン達は互いに目を見合わせてから私へと視線を向けた。
「…………本当に使わないか?」
「使わない使わない」
『…………本当に放たないか?』
「放たない放たない」
「…………生き埋めにしない?」
「しないしない」
『…………あばれない?』
「あばれないあばれない」
『スイマセンスイマセン』
「あなたはいい加減に立ち直って」
未だ疑いの眼差しや疑問を投げ掛けてくるジャンクさんやスケルトン達を宥めて説得をし、リッチは何故か頭を下げて謝罪をしてきたので、取り敢えず頭を上げさせる。
リッチにはそろそろ本当に立ち直って欲しいんだよね。私が困惑するし、居たたまれないからさぁ………。
「本当に破壊の咆哮は使わないから安心してくださいよ。そもそも、こんな場所で使ったら私まで生き埋めですから…………」
嘆息しながらそう言うと、やや不安を残したような雰囲気ではあるが、皆がおずおずと近寄ってきた。
………まだ、伝わってくる警戒心が半端ない。多分、この遺跡に入ってから今までで一番警戒されてると思う。
ここまで来て、警戒対象が罠でも魔物でもなく私って…………。
そんな若干落ち込んでいる間にも、ジャンクさん達はソロリソロリとゆっくりと近づく。
そして私の前まで来ると、ジャンクさんがジト目で私を見ながら力強く語りかけてきた。
「本当ーーーーっに使うなよ?マジで使うなよ?本気で使うなよな?前降りじゃないぞ?」
「お笑い芸人でもあるまいし、前降りからの攻撃なんてしませんよ!!」
「…………ゲイニン?」
何となく、とある三人組のお笑い芸人を頭に浮かべながら否定する。
そう言えば、あの三人組は前振りが好きだったよなぁ…………。
そう考えていたら一瞬、手拭いを被った褌一丁の小太りのオッサンが、湯気が立つ浴槽の淵に立っている幻影が見え、『押すなよ?絶対に押すなよ?』と言っているように聞こえたような気がした。
が、白昼夢と幻聴の一種と思い無視する。
なんかオッサンが悲しそうな顔をしていたようだが、幻影だ。相手にしても仕方がない。
「とにかく。本当に使わないんで、そんなに警戒しないでくださいよ!」
奇妙な幻影を振り払った私は、訝しんだ様子のジャンクさん達に対し、多少語気を強くしてそう宣言する。
すると、ジャンクさんやスケルトン達も肩から力を抜いて警戒心を解いた。
ふぅ。なんとかこちらの誠意は伝わったようだ。
しかし、リッチはいつの間にか、また頭を下げている。語気を強くして喋ったのが悪かったのだろうか?
マジで立ち直ってくれ。
「分かった。嬢ちゃんがそう言うなら信じよう。じゃあ………仕切り直して扉でも調べるか。行くぞ」
気持ちを切り替えた様子のジャンクさんがそう言いうと、奥にある扉へと歩みだした。
すると、背後にいたスケルトン達もゾロゾロとジャンクさんの後を付いていく。
その光景は、まるでカルガモの親子のようだ。
なんだかすっかり仲良しになっている気がするんだけど………って、リッチがまだ、頭を下げてるよ…………。
私はそんなジャンクさん達を見てから、リッチの頭を上げさせる。そして、その手を取ってジャンクさん達の後を小走りで追った。
握った手は非常に冷たく、メチャクチャ震えていた。
怖がらせていることは分かっているが…………しょうがないだろう。こうでもしなきゃ、あのままずっと動かないだろうし。
はぁ、あの尊大な態度をとっていたリッチの姿が懐かしいよ…………。
そんな事を考えながら駆けていると、先行するジャンクさん達へと追い付いた。
ジャンクさんに追い付いた私は速度を落とし、ジャンクさんの隣を並行して歩く。
「ジャンクさん。今度は正攻法で扉を開くとして、やっぱり扉を開く仕掛けとかを探すんですか?」
並行して歩きながらそう質問をすると、ジャンクさんは指で顎髭をいじりながら口を開いた。
「あぁ、そうなるな。さっきは俺も短絡的に考えちまったが、少しでも安全な方法で進むとしたら、やはり周囲を良く調べることが重要だな。卑怯な手は駄目だ。うん。マジで勉強させてもらった」
かなり実感と気持ちが籠った声でそう語ってくる。
余程、生き埋めになりかかったのが効いているようだ。
まぁ、生き死にがかかった状況だったんだから、そう達観するのも仕方がないか。
原因は私だけど。本当にすみません。
内心で再び反省をしていると、顎髭を撫でながらしみじみと語っていたジャンクさんの顔が難しいものとなっていた。
「だが見た所、さっきの広間と違って一本道だ。その上、何らかの構造物もない。とすると扉を開く仕掛けは、あの扉自体にある可能性が高いな」
「扉自体ですか………成る程」
確かに通路には仕掛けを隠せるような場所はないしね。扉自体に開閉する何らかの装置があってもおかしくはない。
でも、仕掛けを隠すんだったら別に構造物の中じゃなくてもいいんじゃないかな?
例えば、隠すだけなら床や壁の中に埋め込むだけでも良いと思う。寧ろ、そっちの方が完璧に隠すことができるんじゃなかろうか?
そう考えてジャンクさんに訪ねてみると、『その可能性は確かにあるな』と肯定した。
「壁や床に装置や仕掛けを埋め込むのは遺跡やダンジョンでは十八番だからな。充分にその可能性は高いな」
「じゃあ、床や壁も全部調べてみますか?」
「いや、それは扉を調べて何も無かった時にしよう。最初からあるかどうかも知れない仕掛けを探して這いずり回るすより、目の前の扉を調べた方が良いだろう」
成る程………確かにそうだね。本当にあるかも分からないものを探すのは不毛だものね。取り敢えずは、目の前にある明らかに不審な扉を調べるのが先決だろう。
「そうですね。じゃあ、先に扉を調べましょうか」
扉から調べることに賛同する。すると、ジャンクさんは奥にある扉を見ながら苦笑した。
「あぁ、そうしよう。しかし、こんなときに盗賊職の仲間がいれば仕掛けを探してくれたりと便利なんだがな。まぁ、いないのに愚痴っても仕方がないか…………」
顎髭を撫でながらそう溢すジャンクさん。
盗賊職か………確かに探知や索敵。鍵明けや罠解除なんかの技術を持った仲間がいれば、遺跡やダンジョン探索は一気に楽になるだろうなぁ。
実に欲しい仲間だ。私達の今のパーティーにはいないからね。
しかし今のパーティーを整理して考えると………一応は戦士の私に、戦士で器用貧乏なジャンクさん。それに暗黒殲滅騎士のザッドハークに、戦士職のスケルトンズで…………。
…………改めて見てみると何だこのバランスの悪いメンバーは?全員が前衛職じゃないの?しかも、かなりゴリゴリなタイプの?
敵と出会ったら、全員が全員前に突っ込むタイプじゃん?命令が、『ガンガンいこう』の一択しかないじゃん?バランスが悪いというより頭が悪いよね?
そう考えるとやっぱり後衛や支援職みたいな仲間が欲しくなるよなぁ。魔法使いとか弓使いとか、盗賊みたいな…………。
後衛職…………魔法使い…………。そう考えてからチラリと手を引く少女ことリッチを見る。
一応は彼女も魔法使いだ。しかもかなりの実力者。もし仲間になるならば、かなり心強いことは間違いない。
だが…………。
『ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ…………』
こんな虚ろな目で謝罪を口にするだけとなってしまった彼女が戦力になるのだろうか?というか、そもそも魔物を仲間とするという考え自体が前提として間違っていないか?
ただでさえザッドハークという魔王っぽいやつが仲間だし、私の見た目も不本意ながら魔物っぽい。更には本物の魔物のスケルトンズが新規参入し、この上で見た目は少女とはいえ、中身は上位アンデットのリッチが仲間となれば…………。
…………見た目、どっちが魔王軍が分かったもんじゃないことになるな…………。
下手したらこっちが討伐対象だ。
うん。ちょっと冷静になろう。いくら後衛職が欲しいからと言って、そんなに軽々しく魔物を仲間にするもんじゃないぞ。
最近、なんか魔物を仲間にすんのが普通じゃね?みたいな考えになりかけてるけど普通じゃないからね?落ち着け私。
リッチは…………うん。最終手段にしよう。誰も仲間になってくれない時に仲間になってもらおう。
なるかも分からんが…………。
というか、最低限普通の…………せめて人間の仲間が欲しいからね。うん。
…………後は、ロリコンとかの変態じゃなく、普通の性癖と人格の仲間がね。
そんな普通の仲間欲しい。と切実に願っていると、ロリコ……じゃなくジャンクさんが声をかけてきた。
「おい、どうした嬢ちゃん?ボケッとしてんなよ?」
「えっ?あっ、すいません………」
ちょっと考え込み過ぎたみたいだね。リッチを見たままボケッとしてたみたいで注意をもらってしまった。
私は慌ててリッチから奥の扉へと視線を戻す。うん、今は目の前の扉に集中すべきだよね。
ちょっと考えが脱線しちゃったけど、今は仲間云々よりも扉の開閉とザッドハークとの合流を優勢すべきだ。
他の事は後で考えよう。
そう気を取り直すと、私はジャンクさんと共に奥へ奥へと進んで行く。罠を警戒し、多少慎重な足取りでゆっくりと進むことになったが、やがて奥に見えていた扉の前へとたどり着いた。
「しかし………近くで見ると馬鹿でかい扉だなぁ………」
目の前の扉を見上げながらジャンクさんが呟いた。
「本当にデカイですね…………」
私も同じように見上げながら同意する。
それだけ間近で見た扉はでかかった。多分、縦の高さだけで十メートルはありそうだ。
そんな巨大な扉を見上げながら、ジャンクさんが腕組みした。
「こりゃ、明らかに人力でどうこうできそうもない扉だな。確実に近くに開閉装置がある筈だな………」
「ですね。押してどうこうできそうもないですし………。ザッドハークなら別ですが………」
「まぁ、ザッドハークならな………」
二人して人外の骸骨騎士を思い出しながら呟く。あのザッドハークなら、普通に手押しで扉を開きそうだな。
と、そこでフッと考える。
「というか、ザッドハークもザッドハークで奥から入り口側まで来てくれないもんですかね?そっちの方が早く合流できると思うんですけど?」
奥で最ボスのスケルタリードラゴンを倒せるくらいだったら、余裕で入り口まで歩いてこれる筈だ。
なのにその痕跡はなかった。つまりはザッドハークはずっと奥にいることになる。
「んっ………そりゃそうだな。確かにあいつの方からも上がってきてくれれば、早く楽に合流できただろうにな」
ジャンクさんも顎髭を撫でながら同意する。
「ですよねー」
「だが、あいつがいるのは最奥な訳だし、これまでの階層とは別物なのかもしれない。もしかしたらスケルタリードラゴンとは違った何らかの魔物やトラブルに巻き込まれたり、罠で動けない………なんて事もあるし、一概には攻めらないがな………」
同意を示したジャンクさんだが、私とはまた違った意見を指摘してきた。
「そりゃ…………そうですね」
成る程。ジャンクさんの意見も確かにあるね。あのザッドハークとはいえ、何らかの罠にかかっているかもしれない。
そうなると、身動きがとれないのも頷ける。
と考えたところで、ジャンクさんが嘆息する。
「まぁ、実際に合流してみないと分からんがな。正直、あのザッドハークが魔物や罠でどうにかなるとは思えんし………。無駄に動き回らない方がいいと考えて奥で待っているだけかもしれないしな」
そう言ってジャンクさんは苦笑する。
「ですねー。あのザッドハークがどうこうされるなんて考えづらいですもんね」
私も苦笑しながら応える。
結局はザッドハークがどうこうされる所など想像できないというのが結論になるね。
あのザッドハークだし。
まぁ、そういったことは合流してから訳を聞くなり愚痴ればいいか。今は先に進むことが先決でしょ。
「愚痴や文句は後でザッドハークにぶつけましょう。取り敢えず、今は先に進むことを優先しましょうか?」
「だな。んじゃ、先に進むために扉を調べて開く方…………」
ジャンクさんが苦笑しながら私に応え、それから扉を調べようと手を伸ばした。
だが、その手は扉に触れることはなかった。
なぜなら…………。
ゴゴゴゴゴゴ。
触れる前に、扉が重厚な音と共に勝手に開きだしていたのだった。