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33話 大樹の墓場の遺跡 その9

「あ、あの?取り敢えず、このマントでも羽織る?」


 私は目の前で放心状態で踞るリッチに、サッとマントを被せる。


 リッチの身体からは既にローションなどは綺麗に拭き取った。だが、服が無いため、今は一糸纏わぬ裸の姿で、ボッー虚空を見つめて体育座りをしていた。


 マントを被せられたリッチは一瞬だけ虚ろな目で私を見た後、再び虚空に視線を向けた。


 痛みか恥辱か。はたまた両方によってかは分からないが、リッチは戦いが終わった後から終始この状態だ。


 完全に心が死んでいる。


 まるで暴行にあった後の被害者のようだ。


 いや、実際に暴行…………したことになるのかな?


 そう思うと罪悪感が半端ない。


 胸がキリキリと締め付けられるようで、胃も痛む。


「あ、あの?だ、大丈夫………じゃないよね?ご、ごめんなさい………」


 謝ってみるも反応がない。


 先程までのリッチ然とした尊大な態度が嘘のように大人しい。


 ヤバい…………マジでやり過ぎたわ。


『あれは…………ないな』


『ないっすね』


『な、ないんだな…………』


 背後では、スケルトン達が口々にないわーコールをしている。


 病んでしまったリッチに同情しているようだ。


 うっさい。一緒にやったんだから、あんたらも同罪だぞ?!


「な、なぁ………嬢ちゃん?そ、そろそろこれをほどいちゃくれねぇか?腕が痛いんだが………」


 そんな声が聞こえたのでチラリとそっちを見る。


 そこには目隠しをして、腕やら足を縛られたジャンクさんが転がっていた。


 というか、私が裸のリッチに向けられる視線を危惧して縛ったのだが。


「まだ待って下さい。彼女の状態を何とかしたら外します」


「は、早くしてくれ…………。これ、腕の血が止まってるから。感覚無くなってきたから………」


 フゥ………取り敢えず、私の服でも着せるかな…………。


 それしか手がないし。


 ジャンクさんの腕が鬱血する前に着せないと…………。


 


 


 


 


 


 ◇◇◇◇◇◇


 

「できた…………」


 何とかリッチに換えの服を着せることに成功する。


 全く動かないし、サイズが合わなかったりしたので着せるのに苦労した。


 どこのサイズが合わなかった………というのは秘密だ。絶対に言わないし、知ったら殺す。


 リッチは今、私の換えのお出かけ用の服を着ている。


 紺のシャツに同じく紺の膝上の長さのスカート。それに黒いタイツをはかせた。メル婆の所で買った服の一つで、シンプルだが可愛いので愛用していた一着だ。


 頭には、唯一無事だった装飾品の王冠がチョコンと乗っている。


 本当は探索用の服を着せたかったが、そっちは硬めに作られていてサイズの調整できなかった。


 どこのサイズ?殺すぞ?


 取り敢えず、服を着せて大分マシにはなったが、やはり放心状態は変わらずだ。目は虚ろで、どこを見ているか分からない。


 これが本当に先程まで尊大な態度をとっていたリッチなのか…………。


 こうやって見ると肌の青白さを除けば、私よりも年下の………多分、中学生くらいの普通の女の子に見しか見えないが………。


「ふぅ………やっと解放されたぜ」


 ジッとリッチを観察していると、解放されたジャンクさんが腕を擦りながら近寄ってきた。


 手が若干青黒くなっているが多少の誤差の範囲だろう。多分。


「しかし、塞ぐのは視界だけでよかったんじゃねぇのか?何も腕や足まで縛らなくても…………」


「男は狼って言いますからね。特に、ロリコンは狼どころ狼王(フェンリル)ですから」


「まさか、そんな理由で伝説の魔獣に例えられるとは思わなかったわ」


 ジャンクさんが肩を竦め、それからリッチをチラリと見た。


「嬢ちゃんの服を着せたのかい?案外似合ってるじゃないか?」


「ですよね。というか、これがさっきまでのリッチとは思えないんですが………」


「確かにな。黙ってれば、完全に普通の女の子だし………。というか、この服。胸のサイズが………」


「あ"っ?」


「なんでもないです」


 何かを言おうとしたジャンクさんだが、私の目を見るとシュンと大人しくなった。


 うむ。余計なことは考えなくてよろしい。


 ジャンクさんは尚も、呆然と立ち竦むリッチをマジマジと見ていた。そして何が気に入らないのか、眉間に皺まで寄せている。


 なんなんだ?


 そう思っていると、ジャンクさんがフンと鼻息を吐く。


「だがあれだな…………せっかくこんだけ可愛らしい容姿なのに、ワンポイント足りない部分があるな………」


「足りない部分?」


 私が疑問に思っていると、ジャンクさんが腰のポーチをゴソゴソとあさりだした。


 そして、ポーチから綺麗に畳まれた、黒い布の束を差し出してきた。


「?…………なんですこれ?」


 差し出された束を広げると、それは細長い靴下…………所謂ハイソックスだった。


 ふとジャンクさんを見ると、してやったりといったドヤ顔をしながら親指を立てていた。


絶対領域兵器(ニーハイソックス)だ。これがあれば彼女の可愛さが引き立………」


「コオオオ…………」


私は足に力を溜め、ジャンクさんを見据えた。


「ま、待て!ご、誤解するな!これは…………これは未使用品だ…………」


「使用済みだったら、震えが止まらんわぁ!!シャオラァァァァ!!」


「ギィヤァァィァァァァァ?!」


 


 


 

 何とんでもないもん常備してやがんだ、こいつは?!


 


 


 


 


 ◇◇◇◇◇


 

 ジャンクさんをしばき終えた私達一行は、驚異がなくなったこともあり、裏の通路からリッチの部屋へと移動した。


 最初は裏の通路から下に降りようとしたのだが、降りた先は雑多に物が溢れる倉庫で行き止まりだった。


 どうやらスケルトン達の情報違いだったようで、裏通路を通っても五階を素通りできないようだった。どのみち、先を進むならリッチとの戦いは避けられなかったのだろう。


 まぁ、スケルトン達も良く知らないといってたし、仕方ないか。


 というか、実際はそのリッチは存命で、私に手を引かれているが、未だに呆然としているので無害だろ。


 多分。


 そんな訳で入ってみたリッチの部屋だが、これぞボス部屋といった雰囲気だ。


 広々とした豪奢な洋館風の部屋で、壁には等間隔で燭台が並び、蝋燭の炎が凛々と部屋を照らしている。高い天井には金属製のシャンデリアが不気味な存在感を出し床には、紅いカーペットが部屋に敷かれている。部屋の脇には左右対称に槍を持った甲冑が六体並んでいて、物々しい雰囲気がある。更に部屋の奥には、一段高い所に骸骨の彫り物がされた玉座があり、通常の入り口扉から入ってきた者を待ち受けるかのように鎮座している。


 恐らく、普段はここに座って侵入者を待ち受けているのだろう。


「なんか、まんまボス部屋って感じですね」


「だな。俺は行ったことはないが、ダンジョンと呼ばれる迷宮があって、そこにある階層主と呼ばれる部屋がこんな感じらしいな」


「へぇ………てか、あるんだ、ダンジョン」


 思いがけないところで新情報を得たな。ダンジョンか………一度行ってみたいかもしれないな。


 まぁ、ここもある意味ダンジョンと言えるかもしれないけど。


 と、まぁそれは置いておいて、スケルトン達の情報によれば、間違いなくリッチの部屋には下に降りる扉がある筈らしい。


「しかし、嬢ちゃんの翻訳したスケルトンの話によれば、この部屋に更に奥へと行ける扉がある筈なんだろ?どこに……おっ?あれか?」


 ジャンクさんが指差した方向を見れば、確かに玉座の奥に重々しい雰囲気の扉がそこにはあった。


 その扉はこれまでのものよりも一際巨大な石造りの門で、高さも横幅も段違いに大きいものだった。


 私達はその扉に近付いてみる。


 近付くと、その扉の巨大さと重厚さがより分かる。


 多分、高さだけで五メートルはありそうだ。


「立派な門ですね。この先にスケルタリードラゴンがいる場所へと繋がる通路があるんですかね?」


 門を見上げながらジャンクさんに質問すると、同じく見上げていたジャンクさんが顎を撫でた。


「多分というか間違いないだろうな。まぁ、そのスケルタリードラゴンはもういないと思うが…………」


「ですね…………」


 ボス部屋を前にして既にボスがいないというのもアレだね。拍子が抜けるというか…………。


 まぁ、それはいいか。


「じゃあ、ザッドハークもこの先にいるってことですよね?」


「間違いなくな。下がどうなっているか分からないが、ここまで来た通りの造りとすれば一本道の筈。なら、問題なく合流できる筈だ」


 ここまで来た通路は、スケルトン達が使う従業員通路を除けば、横道などない一本道だった。長い通路の先に下へと降りる階段があり、その階段を降りた先も通路が…………そんな感じの段々と続く造りとなっていた。


 この先も同じだとすれば、自然とザッドハークと鉢合わせできるはずだ。


「よし。じゃあ、行きましょうか………って言いたいところですが、この扉…………どうやって開けるんですか?」


 目の前の巨大で重厚な造りの門を見ながら呟いた。


 この扉…………人力でどうにかなりそうな感じがしないんだよね。明らかに重そうだし、ちょっと押したり引いたりしてもビクともしなさそうだ。


 はて、どうするべきか…………。


「確かに………な。こんだけ重厚な扉なら…………ムンッ!やっぱり無理か…………」


 ジャンクさんが試しにと、一度扉を押してみる。しかし、全くビクともしない扉の様子に、諦めの言葉を口にする。


 その後、スケルトン達の力も合わせてみたが、全く微動だにしない。


 やっぱり、ちょっと押した程度で無理か。重そうだしね。


「うーむ………人力じゃどうにもならねぇか。なら仕掛けか?こういう扉には、大抵何らかの仕掛けがある筈もんなんだよな。からくりなり、魔法なり、扉を開く方法がある筈。だから、この部屋のどこかにも扉を開く仕掛けがあると思うんだが…………」


「仕掛け…………」


 確かにゲームとかでも、こういった巨大な門には仕掛けがあって、それを作動させると扉が開いた筈。となれば、その仕掛けを探すべきなんだろうが…………。


 私とジャンクさんは振り返り、部屋を見回した。


 このリッチの部屋…………結構広いんだよね。しかも、色んな物もあるし、天井も高いし…………。


 この部屋の隅々まで、たった五人で仕掛けを探す…………。それは中々の重労働だ。


 時間もかかるし、疲労も溜まる。


 まして、本当に仕掛けがあるかも分からないし、あったとしてもそれが本当に扉の仕掛けなのか判断がつかないのだ。


「…………一番は本人に聞ければ良いんだが…………」


 ジャンクさんがチラリと私に手を繋がれたリッチを見た。


 確かに、この部屋の主たるリッチに聞くのが一番手っ取り早い方法だ。


 だが、その当のリッチは、現在進行形で放心状態なので、話が全くできないのだ。


 ジャンクさんもそれを理解しているので、諦めて直ぐに目を逸らし、目の前にある扉を見た。


「参ったな…………。やっぱり、地道に探すしかないのか?」


 ジャンクさんが頭をボリボリと掻く。


 やっぱ、それしかないよね………。


 仕方ないとは言え、億劫な………。


 まぁ、スケルトン達もいるし、手分けして探せばいいか…………。


 そう思いながら、フッと高い天井を見上げて…………。


「……………………」


「?…………どうした嬢ちゃん?急に天井を見上げて?上に何かあったのか?」


 天井を見上げたまま固まった私に、ジャンクさんが怪訝な表情で訪ねてきた。


 だが、別に天井に何かあった訳ではなく、天井がこれまでの通路と違い、高く、頑丈そうな造りなのに目を奪われたのだ。


 そうだ。これなら…………。


 私は顔を下ろし、隣にいる怪訝そうな表情のジャンクさんを見た。


「嬢ちゃん、どうし…………」


「…………この部屋の高さと丈夫さなら、『破壊の咆哮』………イケるんじゃないですか?」


 


 


 


 


 


 

 ◇◇◇◇◇


 

「Gaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」


 獣のような咆哮が室内に響く。


 同時に、血のような真っ赤な怪しい光が、辺りを赤く染め上げている。


 その光の発生源は剣であり、悪魔のような禍々しい雰囲気を醸し出す鎧を纏った騎士が振り上げた剣から発生していた。


 剣は、まるで生きているかのような脈動と共に、赤々とした光を凛々と放つ。


 やがて、まるで力を貯めているかのようにキィィィィィンと甲高い音が剣から鳴り響くと、剣の赤い光が益々強くなる。


 そして、その赤い光が一際輝いた瞬間、遂に剣が振り下ろされた。


 振り下ろされた剣からは、貯めに貯めた力が解放され、赤い光の斬撃となって真っ直ぐに迸る。


 その斬撃に触れたもの………床や玉座は一瞬にして塵となり、痕跡も残さずに消え去る。天井のシャンデリアが激しく揺れ、根元の天井とを繋ぎ止める鎖がちぎれ、赤い閃光に飲まれてバラバラとなった。


 更には、赤い斬撃からは激しい衝撃波が発生し、辺り一帯を襲う。


 その様は、まるで強大な台風の如くだ。全てを吹き飛ばし、薙ぎ払う。


 そして、真っ直ぐに突き進む赤い斬撃は、最終的には直線上にあった重厚そうな扉へとぶつかった。


 赤い光の斬撃を受けた扉は、ミシミシギシギシという音と共に歪み、ひび割れる。暫し耐えてはいた扉だったが、やがてゴシャァァという断末魔を最後に無残に崩れ去る。


 やがて、光が段々と収束して消え去る。


 すると、そこに残されていたのは斬撃が通った後の巨大な破壊の爪痕だけであった。


 豪奢な造りだった室内は無惨な瓦礫と化し、元の状態がどんなものだったかも分からぬ有り様だ。壁側には扉だったものの残骸が転がり、大穴が空いている。そして、その大穴の先には地下へと続く顕となっていた………。


 

 そんな大穴が開いたことを確認した斬撃を放った張本人…………悪魔の如き風貌の鎧騎士は、両腕を掲げながら満足そうに唸った。


 

「Sehikooooooooooo!!!!」


 


 


 


「成功………じゃねぇぇだろ?!やり過ぎだろうがぁぁぁ!?!」


 悪魔の騎士…………つまるところの勇者?香の背後の瓦礫の影から、顔中が誇りまみれになったジャンクが怒声を上げた。


 良く見れば顔だけではなく、身体中がボロボロになっていた。


 どうやら衝撃波に飛ばされていたらしい。


 ジャンクは身体に付いた瓦礫などをパンパンと手で払い落とし、改めて部屋を見回す。


 見回した部屋は、既に瓦礫の山となっており、元の部屋がどうだったかという痕跡すら残っていない。


 そんな部屋を見て、ジャンクは肩をプルプルと震わせる。


「おまっ?!扉を破壊するだけだって言ってただろうが?!誰も、部屋全体を壊せなんて言ってねぇだろうがい!?」


 ジャンクは滅茶苦茶になった部屋を見渡しながら絶叫する。


 元は豪奢な部屋が、今は見るも無惨な瓦礫の山と化している。


 壁全体にひびが入り、所々には穴が空いている。天井にも少なくないひび割れがあり、シャンデリアが吊り下げられていた鎖が、キイキイと寂しげに揺れている。本当に、崩れなかったのが奇跡であった。


「おまっ?!これ、危なかったからな?!崩れる一歩手前だったからな?!生き埋めになったら、どうするつもりだったんだよ!?」


 このあまりの惨状に、ジャンクが香を責めるように怒鳴った。


 だが、当の怒鳴られた香は、親指を立てながら獣のような声音で唸った。


「Konjyooooooooooo!!」


「根性じゃねぇよ?!根性じゃどうにもならんよ!?」


 香の脳筋な回答に、ジャンクは頭を抱えた。


 香はそんなジャンクの様子などお構い無しに、唐突に天に向けて叫びだした。


 まるで狼のように。


「Aaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


 ジャンクは詳しく知らないが、香の持つ盾の呪いは順調に香を蝕んでいるようだ。


 そのうち漢気を拗らせて、1人で敵陣に突っ込んでいくかもしれない。


 さて、こんなことになった事の始まりだが、香の提案で『破壊の咆哮』なる香の剣が持つ技で、地下に降りる階段がある扉を破壊しようということから始まる。


 最初、ジャンクはこの提案に難色を示した。事前に、『狭いところなら崩落する』という技の危険性を聞いていたからだ。


 だが、あの森で…………ゴブリンを爆散した威力を思いだし、許可を出した。


 何故ならば、あの時見た威力………あのぐらいであれば、この広い部屋で使っても問題はないと考えたのだ。


 確かにかなりの威力であり、直撃を受けた壁や扉ならば破壊ができるだろう。だが、天井を崩落させる程のものではないと判断したのだ。


 それに、この部屋は戦闘が行われることも想定されていたのか、壁や天井はかなり頑丈な造りとなっていた。


 ちょっと不安だが、これなら大丈夫だろう…………と。


 だが、この時ジャンクは失念していた。


 あの時…………ゴブリンを爆散した時は、香は剣をすっぽ抜かして素手であったことを。


 つまりは、あの時のは剣なしでの威力であり………本来の『破壊の咆哮』なる技の本領を半分も発揮していなかったことに…………。


 そして今回は何の憂いもなく、十全に発揮されるであろう、『破壊の咆哮』の威力を目の当たりにすることを…………。


 そんな訳で、結果的にこのようになったのだった…………。


 


 


「ちくしょう…………あん時見た威力と全然違うじゃねぇか…………」


 ジャンクは余りにも予想と違った結果に、ガックリとする。


 まさか、扉を破壊するだけが部屋全体とは想定外にも程がある。


 というか、良く自分は無事だったと今更ながらに胸を撫で下ろす。


 あの時…………香が剣を構えた瞬間、剣が赤々と光りだした。


 それを見た瞬間、それまで腕を組んで香の背後で様子を見ていたジャンクは、慌てて踵を返して身を伏せた。


 その瞬間――


 凄まじい爆発音と共に部屋全体が揺れた。同時に激しい衝撃波が襲ってきて、身体が吹き飛ばされた。


 そして気付けば、ジャンクは崩れた瓦礫に埋まっていたという訳だ。


「あれ…………全力じゃなかったのかよ?充分に嬢ちゃんも怪物じゃねぇかよ…………」


 ジャンクはチラリと香を見た。


 剣の影響か鎧の影響か………はたまた本人の意思か。未だ不自由な日本語で何かを叫びながら剣を掲げる香の姿は、ザッドハークに勝るとも劣らぬ怪物っぷりであった。


 ガラガラガラ。


 そんな獣じみた香を見ていると、直ぐ近くで瓦礫が崩れる音がした。


 その方向を見て見れば、瓦礫を避けながら三体のスケルトンが這い出してくるところであった。


 スケルトン達も吹き飛ばされ、瓦礫に埋まっていたらしい。


「そういえば………あいつらもいたんだな…………」


 自分の身を守ることで精一杯であっが、香がティムしたスケルトンの存在を思いだす。


 どうやら三体とも無事らしく、傷やひび割れは見当たらない。スケルトン達はズリズリと瓦礫の隙間から這い出すと、互いの身体を確認してからガシッと抱き合った。


 お互いの生還を祝っているようだ。


 既に死んでいるのに生還を祝う……というのも妙な話である。


 そんなスケルトン達は暫し抱き合っていたが、やがて互いに離れると、辺りをキョロキョロと見回す。


 そして、未だ咆哮を上げ続ける香へと、自然と顔を向けた。


 スケルトン達には目が無い。骨だけなのだから当たり前だ。暗く窪んだ眼窩しかない。


 だから、そんな眼窩を見たところで表情や感情を読み取ることはできない。


 だが、この時。この瞬間だけはジャンクにはスケルトン達が何を見て、何を考えているかが理解できた。


 

『あいつなんなん?』


 

 絶対そう考えてる。


 ジャンクには確信があった。だって、自分も考えているし。


 なんとなしにスケルトン達の心情を読んでいると、スケルトンの一体とフッと目が…………正確には眼窩だが、とにかく目合った。


 ほんの1~2秒だけ互いに視線を交わす。そして、どちらともなくコクリと頷き合う。


 言葉は無いし、そもそも通じない。だが、確かに今、スケルトンと何かが通じ合ったようだった。


 同じ被害者としての気持ちは、種族などの壁をいとも簡単に越えるらしい。


 ジャンクはスケルトン達に対して妙なシンパシーを感じていると、ハッとあることを思いだした。


「そういえば…………リッチは?!」


 本来のこの部屋の主であり、香の容赦無い攻めによって、半ば精神崩壊したリッチの姿が見当たらなかった。


 香が部屋を滅茶苦茶にする前まで、その香の近くでボッーと放心状態で立っていた筈…………。


 まさか剣の技に巻き込まれた?はたまた、意識を戻して逃亡したか?


 ジャンクは慌てながらも、注意深く周囲を見回すと………。


 


 


『ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ…………』


 

 いた。


 どうやら無事だったらしい。


 だが、部屋の隅っこで膝を抱え、踞るような態勢で転がり、ブツブツと謝罪を繰り返している。


 全身は尋常じゃなく震え、目は虚空を見つめながら涙を流している。


 これが本当に無事と言えるのか……ジャンクには判断がつかなかった。


 そこには、つい先程までのリッチという尋常ならざる強大な魔物の姿はなく、ただ恐怖に震える少女の姿しかなかった。


 どうやら、テンション上がった香を見て、自身が攻めらた時のことを思い出したようで、心の何かを触発したようだ。


 プライドが高かった分、一度砕けると中々立ち直れないのだろう。


 とは言っても、プライドを砕かれたのを差し引いても完璧に香という存在がかなりのトラウマになってるようだ。


 どんだけだよ香。


 ジャンクは唖然と、未だ震えるリッチを見ていた。


 そんなリッチを見ていると、フッとあることに気付く。リッチの身体全体が、青白い光が半円状に覆われていたのだ。


 良く良く見てみれば、その青白い光のある部分には瓦礫の欠片もなく、寧ろ瓦礫がリッチを避けているかのような光景だ。更には、リッチの身体には傷どころか埃すら付いていない。あれだけの衝撃を受けていて、これはおかしい。


 だが、それを見て大体の見当がついた。恐らくは結界だろう。


 ジャンクはその青白い光の正体は、リッチが展開した結界だとあたりをつけた。恐らくは無意識的に身を守るために、物質や衝撃を弾く結界を自分の周囲に張ったのであろう。


 あの瞬時に、瓦礫や衝撃を防ぐ程やの高度な結界を張り、己が身を守るとは…………。普通の人間の魔導師には無理なことだ。


 こういう所を見れば、リッチという魔術に長けた魔物の片鱗が見えてくる。


 だが、これだけ高度な結界も、リッチの心は守れなかったらしい。


 絶賛トラウマ発動中だ。


 だが、その気持ちはジャンクにも痛い程に分かっていた。


 香は怒ったり、戦闘になった時、興奮し過ぎてなのか、テンションがおかしくなり、今みたいになる。


 漢気がどうというか、もう狂化といった方がいいような状態だ。見境なく暴れ、猛る。絵に書いたようなバーサーカーとなる。


 こんな姿を見れば、トラウマにもなるしトラウマが引き出されるのも無理はないだろう。


 しかし、こんなバーサーカーみたいになるのも、もしかしたら剣やら鎧の影響なのだろうか?


 ジャンクはそんな事をフッと考えながら嘆息し、未だ咆哮を上げる香を呆れたように見ていた。


 そのジャンクの推測も、あながち間違いではない。


 元々、香の鎧等の装備には狂化の呪いが付与されており、ザッドハークの脅しで改善されたとはいえ、多少の影響は残っていた。


 更には、『破壊の咆哮』による、狂化とはまた違った破壊衝動で気持ちが昂っているのは事実である。


 しかし、これでも呪いは改善された方であり、寧ろ香が狂化をある程度は制御しているということは、ジャンクの推測の斜め上にある事実でもあるが…………。

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