30話 大樹の墓場の遺跡 その6
「うぇぇ………手がヌルヌルするぅ」
持っていたハンカチで手を拭うが、未だにヌルヌルした感じが拭いきれない。
スケルトンの要望に答えて、骨に付いたローションを丁寧に拭き取ったんだけど、その際に必然的にローションが手を付いてしまった。
本当にヌルヌルして気持ち悪かった。
これを喜ぶ世の男共の感性が信じられないよ………。
「しかし………まさか人骨に付いたローションを拭き取りをすることになるなんて、夢にも思わなかったわ………」
そう愚痴ると、隣から怒声が飛んできた。
「いや、それ俺の台詞だからな?!」
声のした方を見れば、ジャンクさんが大腿骨についたローションを、布で丁寧に拭いていた。
「独り言のようにブツブツ話していたと思えば真顔になったり、安心したような顔をしたりして、更には『スケルトンのローションを拭き取りましょう』なんて意味の分からんことを………。一体何がどうなってるのが分からねぇよ………」
そう愚痴りながらも、手だけはセッセッと動いている。
なんだかんだで几帳面な人だなぁ。
「まぁ、スケルトン達との休戦がなった最初のお願いですから………。聞いてあげましょうよ?」
「いや、それ聞いても未だ信じられないんだが?スケルトンと話ができたってだけでも信じられないのに休戦って………?これ、本当に拭き取って大丈夫なのかよ?拭き取って組上がった瞬間に襲ってくるんじゃねぇのか?」
怪訝な表情で不安を口にするジャンクさん。
ま、まぁ………あの声が聞こえなければ不安にも思うよね。
でも、ここは私を信じてもらうしかないよ。そして、私自身の見る目を信じるしかない。多分だけど、このスケルトン達は性格からして、嘘や裏切りはしないと思うけど。
確信を得るためにスケルトンの声を聞いてもらおうと、盾をジャンクさんに預けようとしたけど、持った瞬間に何か弾かれてたし。
流石は呪われた装備だね。こんちくしょう。
「ここは私を信じてください。このスケルトン達は仁義なんかに熱い性格をしているみたいですから。生き様に反するような行動はしないと思います」
「生き様も何も、既に死んでいると思うんだが?」
それを言われちゃあ何も言えない。
言葉のあやだったが、確かに既に死んでアンデッドと化したスケルトン達の生き様というのもおかしい。
「じゃあ、死に様を信じてください」
「それって、死ぬ時の散り様のことだよな?死んだ後にも適用されんの?」
クッソ。言葉もねぇ。
他に何か言い様は…………駄目だ。もっと国語をしっかり学んでおけばよかった。私の知識ではこれ以上の言葉が出てこない…………。
ウンウン悩んで頭を抱えていると、ジャンクさんが呆れたように溜息を吐いた。
「ハァ………分かったよ。お嬢ちゃんを信じるよ。お嬢ちゃんとザッドハークについては規格外で、俺ら常人とは計り知れない立ち位置にいるからな。スケルトンを説得するって話もあり得る話だな」
呆れた様子だが、何だかんだで信用してくれたらしい。いや、諦めたといった方がいいかもしれない風だけど………まぁ、結果オーライだね。
終わり良ければ全て良し。
だけど、一つだけ納得いかないことがある。そこだけは訂正してもらおう。
「ジャンクさん………信用してくれて嬉しいですが、これだけは言わせてください。私とザッドハークを同じ立ち位置にして語らないでください」
「既にギルドでは、お前らは二人で一セットになっているから無理だな」
予想もしなかった事実を知らされた。
◇◇◇◇◇
カチャカチャカチャカチャ。
私達の目の前で散らばったスケルトン達の骨が、逆再生の映像のように組上がっていく。
足から腰。腰から胸。胸に腕が付き、最後に頭骨がくっついて元のスケルトンの姿にもどった。
元に戻ったスケルトンは、コキコキと手首を鳴らしたり、屈伸したりと体の動きを確認していた。
見た感じでは異常は無いようだが、ローションを丁寧に拭き取ったせいか、骨が妙に綺麗に真っ白くなっている。新品の骨格標本のようで不気味だ。
更には拭いきれなかったローションが松明の炎に反射してテラテラと光っており、白く鈍く光るという、戦う前よりも不気味なスケルトンが出来上がった。
ジャンクさんも同じことを考えているのか、頬が少し引く付いていた。
そんなスケルトン達は体の確認を終えると、私の正面へと向き直った。
『フム。多少ネチョネチョするが、体に問題はないようだ。礼を言おう』
ジャンクさんに頭を掴まれていたスケルトンが頭を下げてきた。
「まぁ、互いに和解したんだし、これぐらいは当然だよ」
まさかあのまま放置するのもアレだしね。骸骨をローションまみれにして放置するなんて、どんなドSでも思い付かないハードプレイだもんね。
「取り敢えず、本当に襲ってくる気はなさそうだ。…………本当に和解するとはな…………」
ジャンクさんも襲ってくる様子のないスケルトンに安心したようだ。警戒を解いて、剣を腰の鞘へと納めた。
私も、取り敢えず気にすることはないよと手をヒラヒラさせた。スケルトン達は互いに目を合わせた。
すると突然、私に向かって跪いてきた。
それはもう、家来が主人にするかの如く、片膝を付いて綺麗に跪いてきたのだ。
あまりの突然の奇行に、私とジャンクさんが唖然としていると、スケルトンの一体…………ジャンクさんに掴まれていたスケルトンが代表して口を開いた。
『さて、人間よ。これより我々はそなたに忠誠を誓いたいと思う。そなたの剣となり盾となり、その身を守ろう』
「はっ?!」
あまりにも唐突過ぎる言葉に更に混乱する。
忠誠?忠誠って、あの主君に忠義を誓うとかいうやつ?えっ?なんで私に?!
「あ、あの?なんで唐突に忠誠なんか…………」
『唐突………という訳ではない。我々はそなたと戦い、敗れ、命を救われた。ならばこの命、既にそなたのものも同然。我々が忠誠を誓うのも当然であり、必然であろう?でなければ我らは生き恥を晒すだけよ………』
さも当然のようにつらつらと説明するスケルトンに閉口する。
どうやら彼らの中では既に決定事項らしい。
いや、確かに命を救ったと言えば救ったけど、まさかこんな忠誠を誓われるとは思ってもみなかったんだけど?
なんか当たり前のように言ってくるけど、これって当然のことなの?必然とか言ってるけど、私的には全然必然じゃないからね?
てか、もう死んでるのに生き恥も何も無いと思うんだけど?
それに、私の仲間になるってことは…………。
「で、でも………そうなると遺跡にいる他の魔物を裏切ることになるんじゃ………」
『問題ない。命を救われた恩義に報いるならば、かつての同胞を斬ることも躊躇わぬ。それに、この遺跡で気の合う仲間はこ奴らだけだしな。正直、他の魔物がどうなろうと知ったことではない』
「あっ…………そう」
熱い性格かと思ったけど、意外とドライだな。
でも、そうか…………そうくるか。
更に頭を下げるくるスケルトンに、どうしたものかと思いながらチラリとジャンクさんを見れば、メチャクチャ説明して欲しそうな顔で私を見ていた。
で、ですよねー。完全に置いていってますもんね。
「あ、あの………なんかスケルトン達が私に命を救われたから忠誠を誓いたい………てことを言ってるんですが?」
恐る恐ると説明すると、ジャンクさんは何とも言えない顔で跪ずくスケルトンを見た。
そして、その何とも言えない顔で再び私を見てきた。
「えっと…………つまりは魔物をティムした………って考えでいいのか?」
「ティム?」
あまり聞き慣れない単語に首を傾げると、ジャンクさんが説明してくれた。
その説明を要約すると、要は魔物のペット化のようなものらしい。時たまに、魔物は人間に懐いたり、従ってきたりする場合があり、そういったことをティムというらしい。
そのティムした魔物はペットとして愛でたり、戦闘時のパートナーとして活用するらしく、魔物をティムする専門の魔物使いなる職業もあるとのこと。
確かにゲームや小説でもそんな職業があったね。
それを考えれば、確かにこれはティムしていると言っても良いかもしれない。
そう言えば、ギルドでも魔物を連れている人を何人か見たことがある。あれもティムした魔物なんだろうなぁ。
「だが、普通はティムする魔物ったら獣系や鳥系が多いんだよなぁ。変わっていても爬虫類系で、アンデッドをティムするっては聞いたことが………。どっちかっていうと、黒魔術士だよなぁ………」
ですよねー。
確かにギルド内で連れてた魔物は犬や猫。鳥っぽい魔物で、アンデッドはいなかったなー。
なんか急にガックリとしたな………。
どうせティムするなら可愛い奴が良かった。前みたあのモフモフな魔物みたいな………。
しかしこれ、本当にどうすべきかな?素直に忠誠を受けるべきかな?それとも断るべきか………。
というか、魔物を飼うにしても宿暮らしだから無理じゃね?前の豆太郎も、ザッドハークからのその注言で止めたんだし、スケルトンなんて大きいの無理じゃね?
いや、でも無下に断るのも………。
そう頭を悩ませていると、横からジャンクさんが話し掛けてきた。
「なぁ、嬢ちゃん。もしかして、こいつらをティムするかどうかで悩んでいるのか?」
「はい…………。だって急に忠誠を誓われても困るし、スケルトンを飼うにしても宿暮らしじゃ無理でしょ?餌や管理もあるし。でも、頭まで下げてるのに無下に扱うのも………」
「いや………多分、管理必要ないだろ?餌も喰わないし排泄もしない。病気にもならないし、畳めば場所もとらない。というより、無生物だから嬢ちゃんの収納に閉まっておけると思うぞ?昔見た魔術士が、収納の中にゴーレムやスケルトンを閉まっているのを見たことがある。野生のスケルトンだったら暴れて収納の中をメチャクチャにするが、ティムしたスケルトンなら大丈夫だろう」
「……………………」
「それに、この遺跡のスケルトンだろう?だったら遺跡の中にも詳しいから、道案内にも最適だ。戦うこともできるだろうし、護衛にはピッタリだ。更には魔物はティムすると、主人の魂と魂が繋がって制約がかかるから、裏切ることはまずない。見た目はアレだが、ここの探索と飼いやすさ…………という面では、これ以上の魔物はいないと思うぜ?」
もうスケルトンに対しての警戒心は完全に解けたようで、意外にもプッシュしてくるジャンクさん。
私はジッと目の前のスケルトンを見た。
食事いらない。排泄しない。匂いもしないし、スペースもとらない。戦いの役にも立つし、この遺跡限定だが道案内もできる。
…………なんだ、この条件だけ見たら異常な程の飼い易さは?
見た目完全に飼いづらそうな感じなのに、中身は…………。
ジッとスケルトンを見ていると、スケルトンは何かを期待しているような目………いや、目はないんだけど、そんな感じで私を見ていた。
そ、そんなつぶら………ではないな、真剣な視線を送られたら………あっーもう分かったわ!!
「……………………わ、分かりました。スケルトン達の忠誠を受け取ります」
そう宣言すると、スケルトン達は安心したような顔………多分、そんな感じの雰囲気になると、深々と頭を下げてきた。
『それでは、これからよろしく頼む。我が主よ』
スケルトンがそう宣言すると同時に、スケルトンの体と私の体が淡く光だした。
「えっ?な、何?この光は?病気?病気になったの?!」
「病気じゃねぇよ!!ティムが成功………つまりは魂と魂が繋がって制約が成された契約の光だ。何回か見たことがあるから間違いねぇ。魔物が主に魂を捧げたって証だ。決して病気の類いじゃねぇ!!」
慌てる私にジャンクさんが鋭いツッコミを入れてきた。
あー………そういう不思議系な光?理屈は分からないけど、どうやらスケルトンに魂を捧げられたようだ。
確かに何か暖かな感じがする。
しかし、こんな大事な儀式っぽい最中だけどアレだね。真っ白なスケルトンが淡く光っているせいで、不気味さが更に際立ってるね。
蛍光塗料が塗りたくられた骨格標本みたいになってるよ。
これ、まさかずっと光っている訳じゃないよね?
そう考えていると、光が段々と弱くなり、やがて消えていった。
よかった………ずっと発光してる訳じゃないのね。
そう安心していると、スケルトン達がスッと立ち上がった。
『これで契約は成された。今後は主たる、そなたに従おう』
『よろしく頼むぜ!!』
『よ、よろしくだな………』
三体のスケルトンは三者三様の挨拶をしてきた。
私も、よろしくね………と言おうとしたが、そこで一つ気になった。
「あれ?そう言えば、何て呼べばいいのかな?」
さっきからスケルトンスケルトンと呼んでいたが、あくまでそれは種族名だ。犬を犬と呼ぶに等しい。
せっかく仲間入りしたのだから、名前ぐらいは呼んであげなければな。
『フム。名前か…………。あまり気にしたことはないが、主が呼ぶのにこれから先は必要になるか………』
顎を押さえて考え込むスケルトン。
どうやら名前というものが付いてないらしい。小説とかでもあったけど、魔物は名前がないのが基本なのかな?
確か………名前が付くとネームドモンスターとかって奴になって、強力になるんだよね?スライムが主人公の某有名小説で読んだから間違いないはず。
となると………私が名付しなきゃ駄目なのかな?
スケルトン…………骨…………骨夫?いや、なんかこれは駄目な気がする。何故かは分からないけど。
他に付けるとすれば、何だろうか?あまり難し過ぎず、呼びやすい名前がいいなぁ。んー……となると………。
スケルトンの名前を考えていたその時、スケルトンの一体がおもむろに手を上げた。
『主よ。どうやら我らの呼び名で悩んでいるようだな?』
「えっ?あっ、うん。何て呼べばいいのか考えてたんだけど…………」
『主から名を与えらるのはありがたい。しかし、それで頭を悩ますは我らの本意ではない。そこでどうだろうか?我らは自分で名を付けたいと思うのだが?』
自分で名付け…………できるんだ。
例の小説だと、魔物は自分で名付けをできないようだったけど、この世界では違うらしい。
それならば、自分で名乗ってもらった方が私としても楽だな。
深く考えなくてもいいし。
ただ、あまり難しい名前だったらあれだけど。
「うん。別にいいよ。そっちの方が自分達も納得するだろうし」
『そう言ってもらえればありがたい。では、早速我らの名を名乗ろう』
そう言うと、スケルトン達はビシッとポーズを取り出した。
『我が名はシュナイゼル!!』
『俺の名はグゥエインダー!!』
『お、おれはカーツなんだな!!』
『『『さぁ、主よ!!これが我らの名前だ!!今後は………』』』
「はいはい。じゃあ、スケルトンA・B・Cね。今後ともヨロシクねA・B・C」
『『『な、何故だぁぁぁぁ?!』』』
三体揃って悲しげな慟哭を上げながら膝を付いた。
そんな面倒な名前でいちいち呼んでられるか。
◇◇◇◇◇
『こっちですぜ。主』
別れ道でスケルトンBが右の道を指差したので、そっちの道を進む。
私達は今、スケルトン達の案内の下で遺跡の通路を進んでいた。
ジャンクさんの言葉通り、スケルトン達は遺跡の内部に詳しく、正しい道や罠のある場所を的確に教えてくれていた。
スケルトン達も遺跡を案内してくれと私が頼むと、少し様子がおかしかったが快諾してくれた。
おかげで私達は先程よりも順調に探索を進めることができていた。
更には他の魔物にも出会わない。
何とも言えない順調だ。
先程階段を二つ下がったので、現在は地下二階へと潜ったようだ。どうやら、地下へと潜る作りの遺跡なのだろう。
「いやぁー。なんか凄い楽ですね。罠の位置も教えてくれるし」
「あぁ………順調過ぎるくらい順調だな。まぁ、まさか遺跡のスケルトンを従えるとは、遺跡を作った奴らも思うまい。というか、スケルトンを率いる悪魔の騎士………ますます邪悪な感じになったな、嬢ちゃん」
確かにね。
まさか内部の人間………もとい、魔物を仲間にするとは、誰も思わないよねー。
あと、絵面が悪くなったのは気付いてはいたけど、率直に言わないで欲しいなぁ。
泣きたくなる。
んっ?そういえば、案内させることだけで頭が一杯だったけど、スケルトン達に聞けば遺跡の詳しい概要が聞けるんじゃないのかな?
というか、そっちの方が話が早いような気がする。
「ねぇねぇ。スケルトンA。聞きたいことがあるんだけど?」
先導するスケルトン達に声を掛けると、その内の一体………大剣を持ったスケルトンが振り返った。
『なんだ?』
振り返ったスケルトンはリーダー各だったスケルトンで、その額にはインクで『A』と書かれている。
喋り方や声を聞けば分かるのだが、見た目では判別がつかないので私が見分ける為に書いたのだ。
自分で書いておいてなんだが、なんとも間抜けな絵面になってしまっているな。
正直笑いそうになる。私ってこんなに外道だったかな?
そんな込み上げる笑いを堪えて、スケルトンAに対して気になったことを質問した。
「今更だけど、この遺跡って何なの?何かお宝とかあるの?」
そう聞くと、スケルトンAは暫く考えるような素振りをしてから話出した。
『………実は私もここについては詳しく知らないのだ』
「知らない?」
意外な答えが返ってきたね。遺跡に住んでいる者が知らないとは………。
ちょっと驚いたが、スケルトンAは尚も話を続けるようなので静かに聞くことにする。
『あぁ。我々は気付いたらこの遺跡におり、上司からの指示で上の階層から地下4階までを侵入者から守るようにだけ言われたのだ。だから、この場所についての詳しいことも知らぬし、5階から下がどうなってるかも知らないのだ』
「ほへぇ?!じゃ、じゃあ、地下5階までしか案内できないってこと?」
『そうなる。申し訳ない』
頭を下げて謝罪してくるスケルトンA。
うわちゃあぁ………これは予想外だったわ。てっきり、全部の階層を網羅していると思ったんだけどなぁ。
そうなると、下は慎重にいかなきゃいけない…………んっ?
「ね、ねぇ?今、上司って言った?」
『あぁ。上司と言った』
やっぱり上司って言ったよね?魔物の上司ってそれはつまり…………。
『この先………地下五階に上司の魔物………たしか、リッチとかいう種族の魔物がいる』
「リ、リッチ?!」
「どうした嬢ちゃん?!」
これまで黙って私とスケルトンの話を聞きながら歩いていたジャンクさんだが、私の叫びに慌てたように反応する。
だが、私の心情はそれどころではなかった。
リッチ…………ゲームや小説ではアンデッド達のボスとして現れる高位の存在の魔物…………。
なんか立派なローブ着て、豪華な杖持ってて、王冠みたいなやつを被ってる?
んでもって、アンデッド達と強大な魔法を操る死の支配者…………それが私が知識とイメージで持つリッチという存在だ。
そ、そんなヤバい奴が地下に?!
こ、これって不味いんじゃ……。
い、いや…………ちょっと待てよ?リッチって言っても私の持つイメージのリッチとは違うかもしれないよね?実際、スライムも全然違ったし?
もしかしたら姿形や能力も全然弱い奴かもしれないよね?
「ね、ねぇ?そのリッチってどんな魔物?」
『リッチか………なんか立派なローブ着て、豪華な杖持ってて、王冠みたいなやつを被っていて、アンデッド達と強大な魔法を操る死の支配者だな』
ビンゴじゃねぇぇぇか?!
心読んだみたいにピッタンコじゃねぇか?!
じゃあ、ヤバい魔物じゃねぇかよ?!
ちょ、そんな魔物どうすれば………。
困惑してその場に立ち尽くすと、ジャンクさんが声を掛けてきた。
「どうしたんだ嬢ちゃん?さっき、リッチとかって言ってたが、まさかリッチがいるのか?」
「………は、はい。スケルトンAの話では、地下五階にリッチがいるらしいです………」
ジャンクさんの言葉を肯定すると、物憂げに考えだした。
「リッチ………アンデッドの中でも高位の魔物じゃねぇか………。俺も文献でしか見たことないが、なんか立派なローブ着て、豪華な杖持ってて、王冠みたいなやつを被っていて、アンデッド達と強大な魔法を操る死の支配者って書いてあったな……」
「うわぁ。奇跡的シンクロ」
私の考えたことと、スケルトンの説明とが、ジャンクさんの話と一致したよ。
リッチって、この世界でも均一したイメージしかないのかなぁ………。
「ジャンクさん。やっぱり、リッチって危険な魔物なんですか?」
確認を込めてそう聞くと、ジャンクさんは重々しく頷いた。
「あぁ、相当に危険な魔物だ。強大な魔力を有していて、様々な魔法を使ってくるらしい。更には死者を操る術に優れていて、数多くの死者の軍団を率いているって聞いたな。俺がガキの頃に隣の国でリッチが出現したんだが、そん時は討伐の為に数千規模の軍を派遣して、百人位しか生き残れなかったらしい。その生き残った奴らも廃人になってたらしいが………」
す、すごい危険な魔物じゃん?!
そ、そんな奴が下にいるの?!こ、これ引き返した方がいいんじゃないのかな?
で、でも、そうなるとザッドハークが…………。
「ね、ねぇ、スケルトンA。し、下にいるリッチってヤバい奴なの?なんかジャンクさん………あ、そこの男の人ね。そのジャンクさんが言うには相当にヤバい奴だって話だけど………」
『リッチか………確かに奴は危険だ。数多の魔法を操り、死者を支配する力がある。私などの普通のスケルトンが百体でかかっても、奴の魔法の前には敵わぬだろう。それほどに奴の力は隔絶している。』
「や、やっぱり………」
『恐らくだが、遺跡の外に出たならば、国の一つや二つ滅ぼしていたかもしれないな。ハッキリ言って、奴は規格外の存在だ』
「そ、そんなに?!」
『それだけの力がある。まぁ、当の本人にその気はないだろうな。詳しくは知らないが、この遺跡を離れられない理由があるらしいからな』
そう意味深なことを語ってくるが、今はそれどころじゃない。
そのリッチの規格外という強さの話に戦慄して、そっから先の話が入ってこない。
こ、これ………本人を知っているスケルトンが言うんだから間違いないよね………。
も、もしかしなくても、私の中で危険度No.1のザッドハークを越すんじゃないでしょうか?
あのザッドハークの規格外振りも知っているけど、聞く限りのリッチはもっとヤバそうだし…………。
私の中の怖いものランキングで一位だったザッドハークが二位となり、顔も知らぬリッチが一位となった。
ま、漫画とかではリッチはローブを羽織った骸骨だったりしたけど、多分間違いないよね………。
う、うわぁ………想像しただけで怖いんですが?
『だが、そんなリッチでも敵わぬ存在が遺跡にいるのだ』
「まだ何かいるの?!」
不安で胸が一杯だと言うのに、更に不安になることをスケルトンは続けてきた。
ま、まだリッチ以上の化け物がいるっていうの?!
驚愕に顔を歪ませると、スケルトンAは重々しい口調で話出した。
『あぁ………私も一度だけその姿は見たことがある。あの恐ろしい存在を………』
その時の様子を思い出したのか、スケルトンは骨だけの体をカラカラと震わせた。
よほどヤバい存在らしい。
「そいつも…………そんなにヤバいの?」
『あぁ。声だけで怖気が走るのだ。本体など、もっとヤバい。あのリッチでさえ、滅多なことでは奴のいる場所には極力近づかないようにしている。幸い奴は遺跡の奥底から動くことはないがな………』
リ、リッチが避けるって相当にヤバいでしょう?そ、そんな危険なのが奥に…………。
い、一体どんな…………。
「そ、その奥にいるっていうのは、何て魔物なの?」
好奇心からそう訪ねると、スケルトンAはピタリと立ち止まった。そして私へと振り返った。
その顔は骨なので表情は分からないが、名か物々しい雰囲気を漂わせていた。
その雰囲気に、私は思わずゴクリと唾を飲んだ。
暫く間を置いた後、スケルトンは遂に重々しい口調でその存在の名を口にした。
『最奥にいる存在…………それは死してなお、最強の名を欲しいままにする地上最強の生物の残骸。そう………あの最強生物たるドラゴンがアンデッドと化した魔物………邪悪骨竜だ』
「ふ………ふーん…………」
『何だ………急に冷めたような態度だが………』
頬をひくつかせて、笑っているとも悔やんでいるとも言えない微妙な反応をする私に、スケルトンが怪訝な様子を見せる。
いや………だってね………。
「…………なぁ、さっきから聞いてたんだが、何なんだ?リッチ以外にも何かいるのか?」
「えっと…………リッチよりヤバい奴が最奥にいるらしいんですが、それが邪悪骨竜らしいんですが…………」
そう言うと、ジャンクさんも私と同じような、何とも言えない微妙な表情となった。
『…………なんなんだ貴様らは?真剣にあの魔物の話をしているというのに、何を微妙な表情をしているんだ?』
私とジャンクさんの顔を見て、スケルトンは苛立ったような口調となった。
「えっと………ちょっと聞くけど、そのが邪悪骨竜って、二体いたりする?」
『あんな存在が二体もいて堪るか』
「だよねぇー…………。あと、ついでにに聞くけど、その最奥に行く手段で一番手っ取り早い方法ってある?」
『??…………妙なことを聞くな?まぁ、あるにはあるが………あれは手段というよりは罠だ。遺跡の入り口付近に落とし穴があるのだが、あそこから降りれば邪悪骨竜のいる最奥まで一直線だ』
「……………………」
『が、落ちたら最後。弱者は高所からの落下の衝撃で死に、強者は満身創痍で邪悪骨竜と対峙することになる。あの罠は、侵入者の除去というよりも、弱者と強者を選別し、強者を邪悪骨竜の鬱憤発散用の玩具とするためのものだ。アレは定期的に玩具を与えて暴れさせないと暴走するらしいからな。侵入者が長くいない時は、大量の我々スケルトンが犠牲になるがな…………』
「……………………」
『アレは本当に恐ろしい。私は一度、リッチの指示で奴の鬱憤晴らしに駆り出されたが、何が起きたのか分からないままにバラバラにされた。奴はそんなバラバラになった我々を見てほくそ笑むと、組上がった我々を再びバラバラにした。それを何回も………あの時ほど、自分の不死性を呪ったことはない。仲間の内の何体かは、運悪く粉々になり、そのまま消滅したりしたよ………。奴は強力であるが、被虐的な性格をしているサディストだ。獲物をいたぶる趣味を持つ糞野郎だ………』
グッと拳を握りながらが邪悪骨竜の恐ろしさを語るスケルトンA。
彼は明らかな怒りを表しながら、『いつかは奴に屈辱を返し、あの傲岸不遜な骨竜野郎をぶっ倒したい』と呟いた。
うん…………ごめん。多分、その願いは叶わないよ。
だって既に灰になってるだろうから。
ザッドハーク…………やっぱり、あんたが一番だよ。
天井を見上げると、そこにはザッドハークの顔のアップの幻影が浮かび、親指をグッと立ててサムズアップしていた。