29話 大樹の墓場の遺跡 その5
「…………誰?」
盾から顔を出し、辺りを見回す。
だが、周囲には私達以外の姿は見当たらない。
「どうした嬢ちゃん?」
キョロキョロと辺りを見てたのを不振に思ったのか、ジャンクさんがピッケルを下ろして聞いてきた。
「いや…………なんか声が聞こえたような?」
「声?」
ジャンクさんは怪訝な表情をしながらも、同じく辺りを見回す。だが、やはり何も見当たらないようで、難しい顔つきで私へと視線を戻した。
「何も聞こえないが………。嬢ちゃんの耳は良いのは知ってるが………遠くから聞こえたのか?」
「いや、結構近くで聞こえたんですけど?なんか『卑怯者が~』どうとかって…………」
『クソッ!?駄目だ!!この液体がヌルついて身体が思うように動かん!!何だ、この液体は?!』
「ほら聞こえた!!メチャクチャ近くで聞こえた!?」
再び周囲を見回す。
凄く近く………それこそ、私達の周囲で話すような大きさの声で聞こえた!!
なんだか愚痴りながら怒っているような声だった!!
慌てて周囲を見るも、暗がりの通路と崩れ落ちたスケルトン。そして、悲哀に満ちた目をしたジャンクさんの姿しか発見できなかった。
「あ、あの?ジャンクさん?」
何故か悲哀と慈愛が入り交じったような目をするジャンクさん。恐る恐ると話しかけると、まるで腫れ物でも扱うかのような優しげな口調で話し出した。
「さっきも思ったんだが………その、あれか?嬢ちゃんはその年齢特有の病気みたいなもんにかかっているんじゃねぇかな?その歳だと、よく自分が特別だとか、特殊な声が聞こえるだとか………色々と思い込んじまう傾向があるらしいんだ?例えば剣が話すだの、他人には聞こえる筈の無い声が聞こえるだの、魔眼が疼くだの。その、どうだ?もっと現実を見て………」
「厨二病じゃねぇぇよ!?」
何、人が厨二病みたいな勘違いをしてんだよ?!
違うからね?普通に聞こえるからね?!
剣助も実在してるし、変な声もしっかり聞こえてるからね?!
幻聴とかの類いじゃなければ、至って正常だからね!!
「本当に聞こえるんですよ?!液体がヌルついて身体が動かないとかなんとか?!絶対聞こえますよ!!」
必死にそう説明するも、ジャンクさんは疑い百%の目で私を見てくる。
これ、完全に信用してないよな?!
「んなこと言ったって聞こえないしな。それに液体で身体がヌルつくって、これのことか?まさかスケルトンが喋ったって訳じゃないよな?」
そう言ってジャンクさんは未だヌルヌルとしている頭骨を拾い上げた。
すると、その頭骨はまるで抵抗するように顎をカタカタと鳴らした。
その瞬間。
『離せ人間が!!他人の頭を鷲掴みにするなど、礼儀を知らないのか?!』
あの事が聞こえた。
「ス、ス、ス、スケルトンが喋ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
◇◇◇◇◇
「で?スケルトンの声が聞こえたと?」
腰を抜かして盾を放り出して尻餅をつく私に、ジャンクさんが屈んだ姿勢で聞いてくる。
私は首をブンブンと縦に振り、肯定を示す。
「喋った!喋ったんです!?頭を掴むなんて礼儀を知らないのか………って!?スケルトンが喋ったんですよ?!骸骨がぁぁぁ!?」
「落ち着け。骸骨が喋るのはザッドハークで見慣れてるだろ?」
「あれとはジャンルが違いますよ?!あれは中身があるじゃないですか?!映画で言うならザッドハークはサスペンスで、スケルトンはホラーですよ?!置いてある棚が違いますよぅぅ!?」
「??…………待て、例えているようで例えになってないぞ?!意味が全くわかんねぇぞ?!それで、スケルトンはまだ喋ってんのか?」
意味不明といった様子のジャンクさんが手に持ったスケルトンの頭骨をズイッと差し出してきた。
「ヒィ?!」
それをのけ反った姿勢でかわし、少し後ずさった。
見れば、スケルトンは目の無い眼窩で私をジッと見ながら、カタカタと顎を鳴らしていた。
至近距離で見ると凄く不気味な光景である。
「で?何かカタカタしてるが声は聞こえんのか?今は喋ってるのか?」
そう言われて気づく。
「あれ………?喋って………ない?」
さっきまでは顎の動きに合わせて流暢に喋っていたのに、今は何も聞こえない。
ただ、歯と歯がぶつかるカチカチという音が鳴るだけだ。
私がスケルトンが喋ってないことを言うと、ジャンクさんは眉間に皺を寄せて何かを考え込んだ。
「喋っべらない…………か。ならば、やっぱり空耳か幻聴か、年齢特有の病気だな。高位の魔物のリッチなんかが喋るならばともかく、スケルトンが流暢に話すなんて聞いたことがないからな」
暫く考えていたようだが、結局そう結論づけてきた。
だが、私にはあれが幻聴だとは思えないし、年齢特有の病気とは尚思いたくない。
絶対に。
「あ、あれが幻聴だとは思えませんよ?!だって、ハッキリと聞こえたんですよ?!」
「だがな………実際に聞こえないんだろう?」
必死に反論するも、ジャンクさんはもうまともに取り合ってもくれない。
完全に私の勘違いだと思っている。
ちょっと腹の立った私はその場から立ち上がり、落ちていた盾を拾って構えた。
「ほら!さっきこうやって構えてたら、聞こえたんですよ!?こんな盾を構えて意識してたのに、幻聴なんて聞こえる訳がないですよ!!」
そう乱暴に説明するも、ジャンクさんはガリガリと頭を掻き、困ったような顔をするだけであった。
「ってもなぁ…………」
「信じてくださいよぅ…………」
『この人間二人は何をやっているんだ?』
?!聞こえた!?
間違いなく聞こえた!?
バッとスケルトンの頭骨を見れば、調度顎をカチカチと鳴らしているところだった。
『私の頭を掴んだままに会話を始め、私を無視をするとは………。なんと無作法な人間だ。こんな茶番には付き合いきれん。もう、いっそ一思いに殺せというに………』
スケルトンの頭はカチカチと歯を鳴らしながら、何とも渋い口調で話していた。
私はそのスケルトンの頭を指差し、目を見開いた。
「ま、また………スケルトンが喋ってます………」
「はぁ?」
ジャンクさんがうんざりしたような顔をしているが、聞こえたものはしょうがない。
すると、スケルトンの頭骨がジッと私を見た後、再びカチカチと歯を鳴らした。
『なんだこの人間………人間であるよな?悪魔の如き相貌だが、感じるのは人間の生命力だな………。まぁ、良い。しかし、人を指差すとはどういう教育を受けたのか………親の顔が見てみたいわ………』
「あっ。すみません…………」
スケルトンからの人としての当たり前な指摘に、指を下げて謝罪をした。
『んっ?まぁ、分かればいいのだ。謝罪する気持ちがある分、マシだと言えるだろう…………って、ウン?』
素直に頭を下げると、スケルトンは満足気な様子を見せる。
だが、満足気に話していたスケルトンは、途中で何かに気づいてハッとしたような様子となる。
そして、大きく顎を開けると、震えるような声で叫んだ。
『に、人間が喋ったぁぁぁぁぁ?!』
さっきの私と勝るとも劣らぬ叫びに驚愕する。
な、なんだか向こうにとっても会話ができたのは予想外らしい。
しきり顎をカタカタと鳴らし、頭骨全体が震えている。
余程の驚きだったらしい。
「な、なんだ?妙に震えてやがるが?!」
ジャンクさんも急に震えだした頭骨に驚いている。
なんだか驚いている人を目の当たりにすると、逆に冷静になるよね。
妙に落ち着いた私は、スケルトンの頭骨に向かって話し掛けた。
「あの…………言葉通じてるよね?」
『あ、あぁ…………驚いたことにな』
スケルトンの頭骨はワナワナと震えながらも、何とか返答してくれた。
「えっと………こっちとしてはスケルトンのあなたが喋っていることに驚いているんだけど?」
『それはこっちの台詞だ。我々は常に言葉という文明の利器を使っている。逆に人間など、妙な鳴き声を上げるだけで、言葉など話さないと思っていたのだが………』
どうやら互いに認識が違っていたらしい。
いや、認識というよりかは、言葉の壁があったようだ。
つまり、互いに言葉を話していたがそれを言葉と思わず、動物の鳴き声と同じようなものと考えていたということか…………。
スケルトン的にはあのカタカタと歯を鳴らすのは、スケルトン特有の言葉を話していたようだが、人間には聞き取れていなかった。逆に人間の言葉というか、声質もスケルトンには全く聞き取れていなかったという訳か。
全く知らない外国語を互いに話していたようなもの?いや、もっと難しい感じかな?
「うーん…………。多分、互いに言語というか、声の声質やなんかが違って、聞き取れてなかったんだと思うよ?私達も普通に喋っているもん」
『なんと…………』
どうやらスケルトンにとっても衝撃的事実だったらしい。
文字通り、口をあんぐりと開いて驚いているようだ。
『だ、だったら、先程から妙な声が聞こえたのは貴様の声という訳か?』
「妙な声?」
『そうだ。剣を分けてやれだの、三対二で卑怯だのと………我々を卑怯呼ばわりする声が聞こえていたのだが………』
「私ですね」
最初に木の棒のスケルトンを見た時のやつか。
どうやら、そこから既に聞こえていたようだね。
『幻聴か空耳………または年齢特有の病気かと思っていたのだが………それでも卑怯呼ばわりされるのは癪だから従っていたが………貴様だったとは………』
あぁ、そっちも幻聴だと思った系なんだね。
そりゃあ、言葉を話さない種族と思っていてそんな声を聞いたら、幻聴だと思うでしょう。
私も一瞬自分の耳を疑ったし。
てか、スケルトンにもあるの?厨二病?
しかし、人間とスケルトンが互いに言葉は話していたが、声質が違うだけで通じていなかったとはね。
でも、何で急に話せるようになったんだろ?
どうやら、このスケルトンの声も私にしか通じていないみたいだしね。
現に、ジャンクさんの私を見る目が痛々しくなってきているし。
取り敢えず今はジャンクさんの視線は気にしないようにしよう。気にしたら敗けだ。
「あの………なんで私達は話せるようになったと思う?」
ジャンクさんの目を無視し、目の前のスケルトンにそう質問すると、スケルトンは暫し黙った後にカタカタと喋りだした。
『…………私にも理由は分からない。ただ、貴様が持つ盾。それから奇妙な魔力を感じるのだ。こう………見てるだけで落ち着くというか、親和性を感じるとか………。それに、貴様の声が盾から響いているような………』
スケルトンにそう言われ、自分が持つ盾を見る。
苦悶に喘ぐ人の顔が施された盾で、ババヤーガの店でザッドハークが選んだものだ。
非常に悪趣味で、これを持って歩くだけで子供に泣かれる一品だ。
だが、性能自体は良く、固くて軽く、重宝しているのは間違いない。
デザイン的には確かにアンデッドっぽいし、親和性を感じるのも………。
と、そこである事を思い出す。
同時に、久々の鑑定を発動して盾を見た。
「『鑑定』」
鑑定結果
左手:嘆きの盾
状態:呪い(漢気急上昇)
効果:魔術反射・死者との会話
説明:幾多の戦場を渡り、数多の戦死した亡者の怨念を取り込みし盾。あらゆる魔力を反射し、死者との会話を可能とする力があるが、装備者の精神を汚染し狂化する。
「これかぁぁ!?」
「うおっ?!」
『な、なんだ?!』
スケルトンの声が聞こえた原因が判明し、つい雄叫びを上げてしまう。
ジャンクさんとスケルトンが驚きの声を上げるが無視をする。
そうか、これか?!この盾か!?使うことがないから忘れてたけど、これって死者と会話できる力があるのか!?だからアンデッドのスケルトンとも話ができたのか!!
原因が分かってスッキリした気持ちになるも、本当にとんでもない装備をしていたことにも驚愕する。
まさか、マジで死者と会話できるとは思わなかった。確かにスケルトンの声が聞こえなくなった時は、盾を手離していたし、ジャンクさんに声が届かないのも納得できる。
というか、アンデッドはやっぱり死者の部類に入るんだね。いや、死んだ人と会話をするって、正直薄気味悪いんだけど………。
盾を見ながら背筋に冷たいものを感じていると、頭骨を持つジャンクさんが訝しげな表情をしていた。
「じょ、嬢ちゃん?本当に大丈夫か?急に叫びだしたが…………」
あー………やっちゃった。
ジャンクさんから見れば、独り言を喋っていたら急に奇声を上げたようなものだもんね………。
うん。怪訝にも思うわ。
「あの、ジャンクさん。実は、私のこの盾なんですが、どうやら死者と会話できる能力があるみたいなんです」
「『死者との会話だと?』」
ジャンクさんに話し掛けたつもりだが、スケルトンまで反応しやがった。
しかも、奇跡的にハモってやがる。
お互いには声が聞こえてないようだけど…………。
「は、はい。信じがたいんですがそういう事です。私の装備はどれも曰く付きで、特殊な能力があるんです。この盾にも特殊な力があったんですが、それが死者との会話………スケルトンの声が聞こえた原因のようです……」
そう説明をするも、ジャンクさんは未だ疑いの目で私を見ていた。
そう簡単には信じられないか……。
そりゃあ、いきなり死者と会話できると言っても受け入れ難いよなぁ。どうすれば信じてもらえるかなぁ……。
どうすべきかと頭を悩ませていると、スケルトンがカタカタと揺れだした。
『成る程。理屈は分からないが理由は分かった。つまるところ、我々が会話できているのはその盾の力か。であれば、私の声が私を掴む男に届かないのも、男の言葉が理解できないのにも納得がいく。生者と死者が会話をする。何とも不思議なことではあるが、不可能で片付けるようなことではないな』
顎を鳴らしてそんな事を言うスケルトンの頭骨。
どうしよう。スケルトンの方がジャンクさんよりも理解力が高いよ。
会話ができているというのもあるけど、考え方が柔軟だよ。
肉体的には柔らかかい部分はないが。
スケルトンの意外にも柔軟な考え方に感心していると、そのスケルトンが覚悟を決めたような声で問いかけてきた。
『我々が互いに声を理解できる事は理解した。それで?それが分かったところで、この後我々をどうするのだ?先程の様子を見るに………殺すのか?砕いて粉々にし、我々を殺すか?』
「えっ?」
スケルトンからの問いに固まる。
スケルトンとの会話で忘れていたが、私達は戦闘をした間柄だ。
戦闘の末に私達が勝利し、ジャンクさんが止めを刺すところだったのだ。
そう、つまりは敵味方の関係なんだけど…………。
「えっと…………どうしようか?」
ついスケルトン自身にそう聞いてしまう。
だってこんな会話が可能な相手を殺すなんて無理だよぉぉ。流石にそこまで割りきるなんて無理ぃ。
すると、スケルトンは呆れた口調でカタカタと顎を鳴らす。
『知らんわ…………私をどうしようが勝者の貴様らの采配だ。止めを刺すなり放置するなり好きにしろ。私は既に覚悟は決まっている』
このスケルトン男らしいな。
しかし、本人はこう言ってるけどどうすべきか…………。
ただでさえ無抵抗なスケルトン相手への止めに抵抗があったのに、会話が成り立つ相手なら尚やりにくい。
というか、もう私には無理。これ、絶対に止めさせないわ。
でも放っておく訳にも…………。
悩みに悩んで葛藤していると、ジャンクさんの背後からカタカタと骨の鳴る音が聞こえた。
そして、別の声が聞こえた。
『人間!!話は聞いていた!!兄者を殺すならば俺も殺せ!!兄者一体で逝かせるものか!!』
『お、おれもなんだな!!』
えっ?と戸惑いながら見てみれば、これまで静かだった他の二体のスケルトンが喋り出していた。
や、やっぱり、他のも喋るんだ?!
その喋りだした二体に驚くも、何か言うべきかと悩んだ。だが、その前にジャンクさんの手にあるスケルトンが大声で叫んだ。
『黙れ!馬鹿者達が!!何を勝手に死ぬことを選んでいるのだ?!そんなことは私が許さんぞ!!』
『馬鹿は兄者だ!!我々スケルトン義兄弟は生まれは違くとも、死ぬる時は共にと誓った仲ではないか!!』
『時と場合によるわ!!せっかく話の通じる人間を介して、隙を見つけて貴様らの助命を乞おうとしたのに………』
『それこそが余計なお世話だ!!俺は………俺達にとって、兄者は輝く太陽のような存在なんだ!!この狭く、暗い世界で兄者と出会い、拾われ、俺は希望を見いだしたんだ!!兄者のいない世界なんて無意味だ!!兄者が死ぬならば、俺は死を選ぶ!!』
『お、おれだって同じだぁ』
『お前達…………』
『兄者………兄者は乱暴者で他のスケルトンから村八分にされている俺に声をかけ、剣を教えてくれた。乱暴者なりの力の役立て方を教えてくれた!!おかげで俺は他のスケルトン達とも和解できる機会を得たんだ!!』
『お、おれもあたまわるくて、みんなからばかにされてた。けど、あにきがいろんなことをおしえてくれた。のろまなでばかなおれに、こんきよくおしえてくれた。おかげで、すこしかしこくなれたし、みんなともうちとけれるようになった。そんなあにきをひとりでなんてしなせるもんか!』
『お、お前達………この………揃いも揃って馬鹿者達が…………』
ジャンクさんの手の頭骨は、目がないので涙は出ないが、泣いているような雰囲気を出していた。
う、うわぁ………。なんかはじまっちゃったよ。スケルトン達感動悲話みたいなのを語りだしてるよ………。
これ、話を聞く限りだと、ジャンクさんが持ってるスケルトンがリーダー格で、他が舎弟みたいな?
そんで、舎弟達はリーダーに恩があると…………うん。話を聞いたせいで、ますますやりにくくなったじゃないのよ………。
本当にどうすんのよ。これ。
「なぁ、嬢ちゃん…………。なんかスケルトン共の頭がカタカタとうるさいんだが………」
声が聞こえないジャンクさんは、怪訝な表情なまま、手にあるスケルトンを見ていた。
なんか声が聞こえないジャンクさんが羨ましいな。
「なんか………兄貴が死ぬなら俺も死ぬ………みたいな話してます………」
「??………なんだ………スケルトン達の中で何が起きてるんだ?」
ジャンクさんが驚きと戸惑いの目で私と頭骨を見比べるが、それも当然だろう。
まさか、スケルトン同士でそんな仁義みたいな話をしてるとは、普通は思わないよ。
私だって聞こえなければ想像だにしなかったよ。
そんな唖然とする私達を置いて、尚も『兄貴!』『義弟!』などと言い合っている。
なんか聞いているのも疲れてきたな…………。
私は俯いてから溜息を吐くと、真っ直ぐにジャンクさんが持つ頭骨を見た。
「分かった。誰の命も奪わないから、安心して!!」
「じょ、嬢ちゃん?!」
『なんだと?!』
『ま、まさか?!』
『ほ、ほんとう!?』
私の宣言に、ジャンクさんとスケルトンズが驚きの声を上げた。
まぁ、当然と言えば当然か。
ジャンクさんからすれば敵に止めを刺さない。スケルトンからすれば、敵に殺されない。
どちらも信じがたいよね。
だけど、私はそんな皆の驚愕の視線を無視し、話を続ける。
まずは、ジャンクさんからだな。ジャンクさんを説得し、この場を一任させてもらおう。
「取り敢えず、ジャンクさん。ここは私に任せてください。私が責任を持って収めますから」
「あ、あぁ…………」
唖然としていて頭が追い付いていないのか、ジャンクさんからしどろもどろながらも、簡単に言質をとった。
そのままスケルトン達へと視線を移す。
「という訳で、さっき言った通り、私達はあなた達を殺す気も、これ以上傷付ける気もありません!だから、これ以上の戦闘行為は止めましょう」
『どういうつもりだ…………』
私の言葉に、スケルトンが訝しむ様子でそう言ってくる。
まぁ、いきなりそんな事を言われても当然だよね。
ここは隠し事なく、思いのままに言ってみようか。
というか、説得とか交渉とか苦手だし、そもそも出来ないしね。馬鹿正直に真っ直ぐ想いを伝える方法しか知らない。
まぁ、これから言うことを飲んでもらわなければ、もうジャンクさんに任せるしかないね。
「いやさ。流石に意思の疎通を取れて、相手が何を言っているのか理解できるのにそれを殺すって抵抗があるじゃない?まして、それが命を預け合う魂の繋がった家族同士の会話をする相手ならさ」
『……………………』
「戦場において、甘い………って思われる考え方かもしれないよ?実際に私自身でも甘いなぁーって思ってるもの。でもさ、そんな甘さがあったって良いと思うんだ。殺伐とばかり過ぎる世界なんて嫌だし、疲れるじゃない?相手にもよるけど、仁義や慈悲みたいな想いを通したっていいと思うんだよね?敵であっても悪人とは限らないし、家族だっているだろうからね」
『…………………』
「まぁ、それが今じゃないかと思ってさ。聞かせてもらったけど………後ろにいるの家族なんでしょ?そんなの知っちゃったら私的にはもう、殺してしまうなんて選択はできないよ。まぁ、勿論………そちらがまだ戦う意思があるなら容赦はしないけど?」
今、私が言葉にできることを話して戦う意思は無いことを伝えた上で、ジャンクさんの手前、まだやるつもりなら止めを刺すと念を押しておく。
これぐらい言わないと、ジャンクさんも納得しないからね。
スケルトンは黙って私の言葉を聞いていた。暫く何かを考えていたようだが、『フッ』と軽く笑った後に、憑き物でも落ちたかのような明るい声で話し出した。
『参った。我々の負けだ。戦いでも、心意気でも………我々の敗北だ。貴様の言葉に従おう。もう貴様らに手は出さぬ。我がスケルトンの誇りにて誓おう。貴様らもそれで良いな?』
ジャンクさんの手にあるスケルトンが軽いのか重いのか分からぬ誓いを立て、他のスケルトンにも賛同するか聞いた。
他のスケルトンは間も置かずに返事をした。
『兄者がそう言うならば、俺は従うだけだ!!というより、命を助けられた身で剣を向けちゃあ、骨道に反するってもんだ』
『お、おれもさんせいだな』
どうやら二人………二骨?二体か?二体も賛成らしい。
穏便に済みそうだな…………。
『フム。ということだ。我々に戦意はない。これ以上は貴様らに剣を向けることはしないと約束しよう』
「じゃあ、交渉成立…………ってことでいいね?」
『あぁ。それで良い』
ふぅ………どうやら何とか最悪の展開にならずに済みそうだ………。
いくら魔物とは言え、下手に粉々にして殺したりしたくないからね。
そう安心して一息つくと、スケルトンが再びカタカタと顎を鳴らした。
『こちらの戦意がなくなったのが伝わったのは何よりだ。それで………互いに休戦が相成ったということで、一つ頼みがあるのだが?』
「んっ?頼み?何かな?」
『このヌルヌルを拭き取ってくれないか?再生できないし、気持ち悪くて仕方がない』