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28話 大樹の墓場の遺跡 その4

「ど、どうするんですか、これ?!」


 粉にするか灰にしなきゃ倒せないというスケルトンの不死性の理不尽さを前に、困惑の声を上げる。


 今の私達の装備や能力ではそんなことはできない。精々が剣で多少砕くだけだ。


 まして、私の最大にして必殺の『脛殺し』が使えないのではお手上げだ。


 隣でジャンクさんは眉間に皺を寄せ、何かを考えており答えは返ってこない。


 本当にどうするのよ…………。


 スケルトン自体は弱いので倒せなくもないけど、それを何回も繰り返すなんて無理だ。


 こちらの体力が先に尽きる。


 逆に、スケルトンは疲労を感じないらしく、更には痛みも感じない。果ては体を再生する能力付き。


 こんなの相手にできる訳がないよ!


 しかも、そんなのが三体もいる。


 こんなん、今の私達には攻略できないよぅ。


「落ち着け嬢ちゃん」


 慌てふためく私を宥めるように、ジャンクさんが声をかけてきた。


「確かに厄介な敵ではあるが、手はある」


 そう言うと、ジャンクさんは剣を持つ手で器用に腰のベルトに下げていた皮袋を取り出した。


 少し大きめの皮袋には何か液体らしきものが入っているらしく、タプンタプンと揺れていた。


「それは?」


「こいつはギルド特性の可燃油さ。燃えやすく、それで長い時間燃え続ける。本来は松明や焚き火用の油なんだが、アンデッド相手には有効な品なのさ」


「あ、油?!」


 皮袋の中身をチャポンと揺らしてドヤ顔をするジャンクさんに希望を見た。


 そ、そういえば遺跡に入る前に、皮袋の中身を松明の先に塗っていたような………。あれが油だったのか。


 それが本当なら、それをスケルトンにぶっかけて燃やせば…………。


 倒すことも可能!!


「ナイスです!ジャンクさん!」


「おうよ!!本来は明かり用だから使いたくはなかったんだが、背に腹は変えられねぇしな」


 僅かばかり残念そうにしながらも、グッと親指を立てるジャンクさん。


 明かり用の油を使うってことは、これからの探索が続行困難になるってことだしね。


 残念がるのは無理ないし、私も少しガッカリだけど仕方がない。


 なんとか明かりが保つうちに、ザッドハークを回収して出直すしかないか。


 そう思いながら、肯定の意味を込めて親指を立てて返事をしようとしたとき………。


「ジャンクさん!前!!」


「へっ?…………あっ?!」


 ジャンクさんの一瞬の隙を付き、ソロリと近寄って来ていたスケルトンが斬りかかってきたのだ。


 ジャンクさんにしては珍しいミスだった。


 倒す手段があるという慢心のようなものが、ほんの一瞬だけ気持ちを緩ませたのだろう。


 しかし、直ぐ様反応したジャンクさんは、からくもその剣をかわし、後方へと飛んぶことができた。


 だが、後ろへと下がるときに、構えていた剣を持つ右手を引き戻すのが遅れた。


 幸い剣に僅かに掠めた程度で、腕に当たることはなった。が、その下に垂れ下がっていた皮袋に剣が当たってしまったのだ。


 スケルトンの剣は皮袋を縦に切り裂き、中身の油をぶちまけてしまった。


 油はそのまま斬りかかってきたスケルトンにかかったが、右足の膝付近から下を濡らす程度であった。


「あっ!あぁ…………」


「クソッ!油が!!すまねぇ、油断しちまった!!」


 ジャンクさんは焦りの色を顔に浮かべ、私は更に困惑する。


 スケルトンを倒す手段を失ってしまったのは、かなりの痛手である。


 油がなければ、もはや目の前のスケルトン達を倒すことは不可能とも言えた。


「ジャ、ジャンクさん!どうするんですか?!」


「どうしたもこうしたも………こうなったらスケルトンを倒すのは不可能だ。一体には油がかかったが、足だけじゃ完全に倒すことはできねぇ……。闘っても負ける気はしねぇが、じり貧は確定だ………」


 歯噛みしながらそう言ってくるジャンクさん。


 う、うぅ………確かに足だけじゃ駄目だよね…………。全身が燃えないと………。


 これからどうすべきかと悩んでいると、唐突にジャンクさんかが『アッ!』と何か思い付いたような声を上げた。


「そうだ!!嬢ちゃん、前にゴブリンを爆殺したような技………あれだったらスケルトンを倒せるんじゃないのか?!」


「えっ?」


 ゴ、ゴブリンを爆殺?


 そ、それって確か、初戦闘で私が剣助の放つ破壊衝動で我を無くしたときのやつってこと?


 その時のことはよく覚えてないけど、後で気付いたら全身血塗れになってたのはトラウマになるぐらい覚えてる。


 ゲロ吐いたし。忘れようがない。


 ただ、その技自体については全く記憶にない。ザッドハークの話では、ゴブリンを粉々にしたとか…………。


「えっと…………ゴブリンを粉々にした?」


「そうだ!!あれならスケルトンを再生不可能な程にバラバラにできる筈だ!!」


 打開策を見つけたぜ!と興奮して語るジャンクさん。


 だが、私はスケルトンを見てから手元の剣助を見て、最後にジャンクさんへと視線を向けた。


「うんと…………どうやるの?」


「俺が知るか?!」


 ですよねー。


 でも、私も知らないんですよ。あの時は剣が勝手に…………そうだ!!


「剣助!あの時のゴブリンを爆殺したって技…………使える?」


「じ、嬢ちゃん?!」


 ジャンクさんが戸惑いの声を上げるのを無視し、私は手元の剣助へと話し掛けた。


 この剣助は『破壊の剣』という魔剣の一種らしく、凄まじい能力と自我を有しているのだ。


 色々な知識を有しており、戦闘や生活を補佐してくれて、中々に役立ってくれている。


 最初の頃こそ、ことあるごとに私を破壊衝動のままに暴れさせようとしていたが、話し合いの末に従順となった。


 最近では鋏や包丁代わりでも使える便利な剣として手が離せなくなっている相棒だ。


 そんな剣に直接聞けば、覚えていなくとも技について教えてくれる筈だ。


 ただ、剣の声は主である私にしか聞こえないため、端から見れば剣に一人で話し掛ける痛い子に見えてしまうのだ。


 珍しい魔剣の中でも、自我があるのは滅多にあるものではないようなので、世間ではあまり知られていないらしい。


 現に、ジャンクさんが酷く不憫そうな顔で私を見てくる。


 止めろ。そんな目で私を見るな。


 ジャンクさんにも剣のこてを教えていればよかった…………。


 そんなジャンクさんの哀れみの目線に耐えていると、頭の中に渋い壮年の男性のような、ハスキーな声が響き渡った。


『技って…………『破壊の咆哮』のことか?我が主よ?』


 おぉ!どうやら通じたらしい。剣助がその時に使ったらしい技名を上げてきた。


「そう!多分それ!!その技ってどうやるの?それならスケルトンを倒せるらしいんだけど?」


 益々ジャンクさんの目が哀れみに満ちていく中、剣助が何かを考えているのか暫し沈黙する。


 …………なんだろう、この間は?


 ジャンクさんは勿論、気持ちスケルトンも可哀想なものでも見るような目で私を見ている気がする。


 早く。早く答えてくれ………剣助。


 この状況と、空気を打開する案を………。


 早く!!


 すると願いが通じたのか、剣助が口ごもった声で語りかけてきた。





『破壊の咆哮…………使えなくもないが、こんな狭い通路で使ったら、間違いなく遺跡が崩落して潰されるぞ?主よ』


 


 


 


 




「つっっっかえねぇなぁ、この駄剣がぁぁあ!?」


「じょ、嬢ちゃん?!」


「「「カタカタ!?」」」


『主、酷い?!』


 剣助からの回答につい怒鳴ってしまう。


 その怒声にジャンクさんが顔をひきつらせ、スケルトン達は骨を震わせ互いに肩を寄せ、剣助から嘆きが上がる。


 だが、そんなの知ったことか!!


 こんな痛い視線に耐えたというのにそれかよ?!私の時間と羞恥を返しやがれ!!


「駄目ですジャンクさん!!あの技使うと遺跡が崩落するそうです!!」


 取り敢えず、例の技が使えないことを伝えると、急に名を呼ばれたジャンクさんが肩をビクリと震わせた。


 直ぐに平静を装ったようた顔となるが、いまだ微かな戸惑いと恐れがあるのは隠しきれていなかった。


 解せぬ。


「そ、そうか…………使えねぇか。ならば仕方ねぇが…………お前達は二人して遺跡を崩落させる手段しかねぇのかよ?とことん探索に向いてねぇぞ?」


 呆れが入り交じった言葉に返すことができない。


 ザッドハークも脱出手段が遺跡を崩落させるって言っていたし…………まさかとは思うけど、私って周りからザッドハークと同じカテゴリーになっていないよね?違うよね?


 そんな思いが浮かんできた時、先程まで肩を寄せ合っていたスケルトン達が、顔を見合わせた後に動き出した。


 こちらの不利を悟ったのか、剣を持って顎を鳴らしながら近寄ってくる。


 まるで、獲物を追い詰める狩人のような様子だ。


 いや、実際にそうかもしれない。こちらには完全に手詰まりで、スケルトンを倒す手段がないのだから………。


 どうすべきかとジャンクさんを見れば、何かを決心したようた顔となっていた。


「ここまでだな………悔しいが、逃げるしかねぇな。幸いスケルトンの足は早くねぇ。走って逃げれば、入口まで追い付かれることはないだろう………」


 ジャンクさんがそう提案してくる。


 確かにそれしかないだろうけど………。


「ザ、ザッドハークは!ザッドハークはどうするんですか?!」


 私達だけならともかく、下にはザッドハークがいるのだ。私達が逃げるということは、ザッドハークを置き去りにするということだ。


 私がそのことを言えば、ジャンクさんは唇を噛み締め、苦悩したような顔をした。


「だが…………それしかねぇ。こうなった以上は、全滅を避けるためには非情な判断をするしかない時もある。それが今だ。それに、スケルトンもこいつらだけじゃねぇだろ。奥にもウジャウジャといる筈…………だったら、探索はここまでだ………」


「うっ…………」


 確かにそうだ…………。


 今、一番最悪なのは全員がやられてしまうこと。だったら、多数のために少数を切り捨てるのも仕方のないことと言える…………。


 いくら人として最悪な判断だとしても、皆が生き残る為にも必要な判断である。


 それは分かっては…………けど、やはり…………。


 私が悩んでいると、ジャンクさんは苦渋に満ちた顔で私を真っ直ぐに見てきた。


「嬢ちゃん…………分かってくれ。俺だって嫌だ。ろくどもない判断をする、最低な奴だと自分で思っている…………だが、それしかねぇんだ…………」


「ジャンクさん…………」


 見上げた先のジャンクさんは泣きそうな顔をしていた。


 私達を誘った当人として、仲間を切り捨てるということに一番堪えているのはジャンクさん自身なのだろう。


 責任を感じているし、無念もひとしおだろうに…………。


 ジャンクさんの心情を察していると、気持ちを切り替えたのか、ジャンクさんは真剣な顔となった。


 そして、確信めいた口調で口を開いた。


「それに、何と言うかな…………。多分と言うか…………絶対、あいつ(ザッドハーク)………大丈夫だろう?こんなとこで死ぬ奴じゃないだろうが?」


 


 


 


 


 

「大いに同感です。逃げましょう」


 直ぐに逃走の準備をすることにする。


 確かに、あのチートと言うかバグみたい強さのザッドハークがどうこうなるとは思うない。


 下にいるスケルタリードラゴンだかをぶっ倒していたようだし、一人で遺跡を踏破してもおかしくない。


 ギルドに逃げ帰った後、夕方には『置いていくとは酷いではないか』と、普通に顔を出してきそうだ。


 充分あり得る。


 うん。なんか色々と悩んだり葛藤したけど、何だか馬鹿らしくなった。


 ザッドハークなら大丈夫だよね。


 そんな事を考えながら後退りすると、ジャンクさんが呆れたような顔をしていた。


「そ、即答かよ………。いや、提案したのが俺だが…………いいのか?それで?」


 提案したが、即答するとは思わなかったらしい。


 だが、ジャンクさん自身も分かっている筈だ。


「あれがどうにかなるとは思えません。目からビーム出したり、剣の余波だけで樹を薙ぎ払ったり…………規格外な存在ですよ?あれが死ぬ訳ないでしょう?」


「いや…………確かに…………そうだな」


 これまでの事を思いだし納得したらしい。先程とは変わって、晴れやかな顔をしている。


「よし!そうと決まれば撤退するぞ!まずは、一度スケルトン共の体を崩す!隙ができたところを入口まで走るぞ!!」


「了解!!」


 ジャンクさんの指示に了承し、剣を構える。


 まずは、スケルトンの体をさっきみたいにバラバラにするようだ。確かに、さっき崩してから再生するまでに多少の時間はかかったし、その隙に逃げればかなり時間は稼げる筈だ。


 そう考えながら、三体のスケルトン達に対し剣と盾を構える。


 スケルトン達もこちらの覇気に当てられたのか、剣を構えて臨戦態勢となる。


 だがその時、スケルトンの一体がバランスを急に崩して倒れた。


 何事かと見れば、そのスケルトンの右足の膝関節から下が外れていたのだ。


「えっ?どうしたの?」


「な、なんだ?どうしたんだ?」


 いきなりな事に戸惑うが、ジャンクさんも同じらしい。驚いた顔で倒れたスケルトンを見ていた。


 このスケルトンどうしたんだろ?なんで急に足が…………。


 倒れたスケルトンは外れた足の骨を手に取り、元に戻そうとしていた。だが、うまく戻せないらしく、悪戦苦闘しているようだ。


 …………さっきは全身崩れても余裕で再生してたのに、規模が小さい足だけを戻せないって………何でかな?


 そう疑問に感じ、よくよくそのスケルトンを観察すれば、スケルトンの膝下付近がヌルヌルと濡れていたのだ。


 あれって…………。


「油で…………滑ってる?」


 そう。よく見れば、そのスケルトンは先程ジャンクさんに斬りかかり、足に油がかかったスケルトンだったのだ。


 そのスケルトンの関節部分は油でヌルヌルとなっており、それが滑って関節同士が組合わさらないようだ。


 スケルトンの体がどのようになっているかは知らないが、関節が滑ると再生はできないらしい。


 ジャンクさんも私の呟きからその事に気付き、目を丸くしている。


「まさか油で滑って再生できないとは…………。今まで油をかけたら直ぐに燃やしてたから気付かなかったな………。だが、それが何だって話だが…………」


 うん。そうだね。関節が滑れば組上がっての再生ができないってのは、ある意味発見だとは思う。でも、それならせっかく油をかけたんだから燃やしてしまった方が早いし安全だと言うものだ。


 滑って再生できないだけで、結局倒せてはいないんだしね。まぁ、時間稼ぎ程度はできるだろうが、滑らせる程度にいちいち油を…………。


「…………もしかして」


 そこで私はある事を気づく。


 もしかしたら、油無しでも何とかできるかもしれない………と。


「ジャンクさん!ちょっと時間を稼いで下さい!何とかなるかもしれません!」


「えっ?じょ、嬢ちゃん?」


 ある案を思い付いた私はジャンクさんに前衛をお願いし、後ろに下がった。


 ジャンクさんは戸惑いの表情を浮かべるも、剣と松明を掲げてスケルトン達を牽制しだした。


 困惑しているようだが、私のやろうとしていることの支援はしてくれるようだ。


 ジャンクさんの後ろに下がった私は剣助を納めると、直ぐに『次元収納』のスキルを発動する。そして、異次元空間にしまっている物の中から目的の物を念じ、キーワードを唱えた。


「『解放』!!」


 キーワードを唱えると、収納空間から目的の物が現れ、私の手の中に収まる。


 収納から取り出したもの………それは五百ミリペットボトル程度大きさの瓶だ。中にはピンク色をした透明な液体が入っていた。


 その瓶をグッと力強く握ると大きく振りかぶり、野球の投手のような投擲フォームをとった。


「ジャンクさん!避けて下さい!!」


「えっ?お、おう!!」


 手前でスケルトン達を牽制していたジャンクさんに避けるように言うと、ジャンクさんは横目で私を見ただけで何がしたいのか理解したらしい。


 直ぐに投擲の邪魔にならない位置へと横目っ飛びに回避した。


 ジャンクさんがいなくなったことを確認すると、私は力一杯に持っていた瓶を一体のスケルトン目掛けて投げつけた。


「ウラァァァァ!!」


 気合いの雄叫びとともに投げられた瓶は、真っ直ぐにスケルトン目掛けて飛んで行く。そして、状況に対応できなかったのか、無防備にがら空きとなった頭部にガチャンとぶつかって割れ、スケルトンはその中身を全身に浴びることとなった。


 ピンク色で透明な…………ヌルヌルとした液体を。


 頭から液体をかけられたスケルトンは最初は戸惑ったようにオロオロとしていたが、直ぐに身体がグラグラと揺れ、やがてバラバラと崩れていった。


 崩れ、床に散らばったスケルトンは何とか再生しようとするも、液体まみれとなった骨がヌルヌルと滑って組合わさることができずにいた。それどころか、骨が集合することも困難となっている様子だ。


 まるで氷上を滑るかの如く、骨はあちこちにヌルヌルと規則性なく動きまわる。頭骨だけは、そんな骨達を統制しようとするも、思い通りに動かせず、顎をカタカタと鳴らすだけであった。


「じょ、嬢ちゃん?何を投げたんだ?」


 そんなヌルヌルやらカラカラと動くスケルトンの骨を見ながら、ジャンクさんが頬をひくつかせる。


 私は再び収納空間から同じ瓶を取り出しながら、その中身について明かした。


「これは粘液。『ピンクフィッシュ』の体表から分泌される粘液を加工して作られた、ヌルヌルした液体の『ピンキーローション』です」


 そう。これは以前にこなした依頼の一つで遭遇した『ピンクフィッシュ』という魚の体液から作られたローションなのだ。


 ピンクフィッシュとは、鰻のような細長い身体で色はピンク。水の中に入ってきた他の生物に近づき、その体表を粘液を出しながら這いずりまわる習性があるという謎生物なのだ。


 前にザッドハークが依頼でこの『ピンクフィッシュの捕獲』を受け、色々と思うところがあったのだが受領し、依頼自体は成功させた。


 そんなピンクフィッシュの特性を思い出し、油は無いが滑らせるだけならこれでもいんじゃね?と考え、持っていたものを使ってみたのだが………効果は抜群らしい。


 スケルトンはローションで滑って、身体の骨組みを維持することができずにいる。


『ピンキーローション』の効果を確信した私は、取り出したもう一本を更に投げつけた。


 また見事に当たり、もう一体のスケルトンもヌルヌルバラバラと崩れ落ちる。


 最後に倒れているスケルトンには近づいてから、上からビシャビシャと直接浴びせてやった。


 そして、三体のスケルトンはヌルヌルとローションまみれになり、完全に無力化することに成功した。


 絵面的には最悪であるが。


 横でそれを見ていたジャンクさんは、何とも言えない微妙な表情をしている。


「ピンクフィッシュの…………あれの体液ならメチャクチャぬるついているから納得の効果だが………なんでそんなもんを持ってんだ?」


 ジャンクさんが、そんな当然と言えば当然の疑問を投げ掛けてくる。


 そうですよね。普通の乙女が持っているようなもんじゃないもんね。


「前に、商人のエマリオさんからもらいました」


 エマリオさんとは、『ピンクフィッシュ』や『ローショリーチ』などの捕獲や素材調達に関する依頼を出していた商人さんで、『大人の玩具王(アダルトイキング)』との異名を持つ、裏では有名な商人さんだ。


 無論、扱う商品はそれ関係な大人な玩具類で、ほぼ全ての需要を独占している商会の会長でもある。しかも、ただ商品を扱うだけではなく、自身で様々な商品を開発・提案したりと、風俗関係の方々からは神のように崇めらる程の人物だ。


 そんなエマリオさんとは依頼の関係で知り合ってからはいたく気に入られ、ことあるごとに店の商品を『是非使って下さい』と贈り物としてもらうのだ。


 女の子に送るものとしては最低というか、本当に死ねと思うようなものばかりだが、当人には至って悪気がないために怒るに怒れない。


 扱う商品はあれだが、人格やなんかは非常に好感を持てる人物なのだ。


 何せ、アンデル王国にある複数の孤児院への寄付や、職の無い人に仕事を与えて支援したりと、様々な慈善活動に力を入れているからね。


 売ってる物がアレじゃなければ、本当に尊敬できたんだけど。


 マジであの王様はこの人を見習えと思うわ。愛人に貢いでいる場合じゃねぇぞよ。オッサン。


 ついでに、その大人な玩具の一番の売り上げ貢献人が、その王様らしい。


 ある意味では孤児院に寄付してるとも言えなくもない。


 ただ、オッサン(王様)マジで死ね。


「あ、あの商人か…………。それなら納得だが………女に渡すものとしてはどうなんだよ?」


「私もそう思います。ただ、本人が何の悪びれもない完全な善意なんで、断りきれないんです。一回受け取ってから、何故か気に入ったと思われたらしく、会うたびに渡されて今では累計五ダース分はありますね」


「貰いすぎだろぅ?!」


 ジャンクさんが驚愕の叫びを上げる。


 私だってそう思う。これほど貰って困るものは初めてだし、使い道に困るものも初めてだ。


 善意で貰ったものを捨てるのは良心が痛むし、使いどころというか、これほどに使う機会がないものをどうしていいのか分からない。


 もし使うとしても、五ダースもの量を使うことは、夜のお店で働かないかぎりはそうそう無いと思う。


 だが、今初めて使いどころを見つけた気がする。


 ありがとうエマリオさん。あなたから貰ったローションが役に立ちましたよ。


 まぁ、開発したエマリオさんも、分泌したピンクフィッシュも、かけられたスケルトン達も、まさかローションをこんな使い方をするとは思いもしなかっただろうが。


 宙に浮いたエマリオさんとピンクフィッシュの幻影に手を合わせて感謝していると、ジャンクさんが崩れてバラバラとなったスケルトンへと近づき、カチャカチャと動く骨を見下ろしていた。


「取り敢えず直ぐには再生しそうにねぇが………ローションが乾燥しちまえば、また元に戻るだろうな。よし、できるだけ今のうちに砕いておくか」


 そう言うと、ジャンクさん腰からピッケルを取り出した。


 片側は鋭い爪状で、もう片側はハンマーのようにして使えるようなものだ。


「戦闘でだったら使えなかったが、こうバラバラで動けないんだったら、これで粉々に砕くことができるな。これでスケルトンも終わりだな」


 ジャンクさんはピッケルを構えると、スケルトンの頭骨を抑えつけた。


 頭骨は何をされるのか分かったのか、慌てたようにカタカタと顎を鳴らす。


 まるで命乞いをしているようだ。


 な、なんだかあれだなぁ。さっきまでは何も感じなったけど、こうも一方的に倒すことになると引け目を感じるな…………。


 なんか弱い者イジメをしているようで………。 


 そう考えると、口に出さずにはいれなかった。


「ジャ、ジャンクさん…………もう動けないんだから、何もそこまでしなくてもいいんじゃないんですか?」


 ついそう言うと、ジャンクさんは一瞬驚いた顔をするも、次の瞬間には呆れたような顔となった。


「あのなー嬢ちゃん………。嬢ちゃんが優しいのは分かるが、スケルトンに同情する必要はないだろう?もう、死んでいるようなもんなんだから」


「た、確かにそうですが………」


「これもゴブリンとかと同じ………いや、それ以上に厄介な魔物なんだ。アンデッドという魔物は基本的には生者を妬み、憎んでいる。放っておけば、いつ人を襲うかも分からない。現に俺らも襲われただろ?」


「た、たしかにそうですが………」


 頭では分かってはいる。分かってはいるけど…………。


「まぁ、最近は多少はマシになってたが、それでも女の子だな。こうやって生物というか………動いているもんに止めを刺すのに、まだ抵抗があるんだろう。今日のところは俺が止めを刺す。お嬢ちゃんは見るのが嫌なら、目を伏せるか閉じるかしてな。直ぐに終わらせるから」


 ジャンクさんは私に離れるように言うと、再びピッケルを握り直す。


 ジャンクさんにまた気を使わせてしまったようだ。


 思ったよりも、まだ心がこういったことに耐性を得ていないようだった。


 最近、ゴブリンで心の切り替えに慣れてきたと思ったが、まだまだだったみたい………。


 もっと心を強くもたないとな………。


 ちょっと自己嫌悪を陥りながら、盾をギュッと握って構え、その影に顔を隠す。


 こうしとけば、視界に納めることはないだろうと思ったのだ。


 そして目を瞑り、ジャンクさんがスケルトン達に止めを刺し終わるのを待とうとした瞬間。


 


 


 


 


 


 

『お、おのれ人間め!!このような卑怯な手を使いおって!!クソッ!身体がヌルヌルして再生せねぅぅぅ!!』


 


 


 ジャンクさんのものでもザッドハークのものでもない。謎の声が聞こえた。


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