27話 大樹の墓場の遺跡 その3
慎重に。されど迅速に。
私とジャンクさんは石壁の通路を前へ前へと進んでいく。
入口から歩き続けること一時間位は経つが、ここまでの道中で魔物などには出くわさなかった。
時折、ジャンクさんが罠がある場所などを指差しで教えてくれるので、それを避けたりする程度で、概ね探索は順調と言えた。
逆に何も無さすぎて、ちょっと拍子抜けなくらいだ。
「魔物………出ませんね」
「出ないに越したことはないが、確かに何も出てこないな………」
ジャンクさんが正面をしっかりと見据えながらも、同意してくる。
「こんな遺跡だったら、遺跡の番人だったり、番犬だったり魔物がいるのが定番なんだが、何にもいねぇな。いたのは邪悪骨竜くらいか?姿も見てねぇし、いたとことにカウントしていいのか分からないが……」
先の落とし穴の先にいたであろう魔物の名を上げながら、何とも微妙な顔をする。
私だってそうだ。あれがそうだったのかは分からないが、『グォォォ』って断末魔の叫びしか聞いてないからね。
危険な魔物のようだったみたいだけど、もっと危険な奴に倒されたみたいだからね。
「邪骨竜でしたっけ?名前からして骨の竜っぽいですけど、そんなに危険な魔物なんですか?」
そう質問をすると、ジャンクさんは後ろを振り返ることなく、前を見たまま返答をしてきた。
「あぁ。かなり危険な魔物だ。嬢ちゃんの言う通り、骨の竜の魔物だ。種別的には竜じゃなく、アンデッドだがな。純粋な竜程の力はないが、それでも強力な力と魔力、それに不死性を秘めた魔物だ。普通なら国の騎士団や聖職者が総出で相手どるような災害に近い魔物なんだが…………な………」
説明をしていくうちに、段々と言葉の勢いがなくなってきた。
まぁ、その気持ちは分かる。
なんせ、ザッドハークの言葉を信じるならば、その災害と言うほどの魔物が既に討伐されたのだ。
それも人間一人の手で。
…………ザッドハークを人間にカウントしていいのかは分からないが。
ともかく、その災害とも言える魔物が簡単に討伐されたのだ。言葉に自信がなくなるのも仕方がない。
この事実が人々に知られれば、騎士団や聖職者達が力不足と言われるかもしれないし、それを当然の様に語っていたジャンクさん………延いては冒険者達の実力が疑われるかもしれない。
それだけのスキャンダルとも言える事実かもしれない。
けど、比べる相手が悪いよね。
だってザッドハークだよ?見た目、普通の人がやったならばともかく、あの巨漢骸骨騎士のザッドハークなんだぜい?
見た目は分からないが、下手をしたらその邪悪骨竜よりも邪悪な風貌のザッドハークなんだよ?
そんなのと比べても仕方がないよ。
実際に、広範囲の森を焼いて木々を斬り倒す程の力があるんだぜい?
しかも、それでまだ実力を隠してる節がある。
そんな規格外と普通の人を比較してもしょうがないさ。
兎と熊を比べるようなもんさ。
でも、それはジャンクさんも理解はしてるんだろうけど、素直には飲み込めないか。
これが男の子の意地ってやつかな?
「ドンマイ、ジャンクさん」
ちょっと意気消沈しているジャンクさんを元気づけようと、背中を叩いて定番の励ましをしてみた。
「…………なんだろう?言葉の意味は分からないが、凄く馬鹿にされている感じがするんだが?」
駄目だったようだ。
どうやらドンマイが通じない上に、悪口の一種ととられたようだ。
学校での球技大会でよく浸かっていた言葉だったが、異世界では需要がないようだね。
思わぬところで異文化の違いを見た気がする。
「やっぱ異世界だなぁ」
「何を思ってそう感じたんだ?てか、ドンマイって何だ?なんだよドンマイって?どんな意味だ?」
「そんな馬鹿にした意味じゃありませんよ。ただの…………んっ?」
妙にドンマイに食いつくジャンクさんを、やれやれと横目で見ていると、前方から何か音が聞こえるような気がした。
何か…………カシャカシャとかカタカタみたいな………変な音が。
「なぁ、ドンマイって…………」
「ジャンクさん!シッ!」
まだドンマイについて聞いてくるジャンクさんを黙らして、前方を指差す。
最初は怪訝に私を見ていたジャンクさんだが、伊達に長年冒険者をやっていた訳ではないようだ。直ぐに何事か起きたのを察し、立ち止まって臨戦態勢をとり、前方を睨む。
やはり、こういった切り替えの速さは流石だと感心する。
これで幼女趣味でなければ尚、格好がいいんだけどなぁ。
そんな事を考えていると、ジャンクさんが小声で話し掛けてきた。
「嬢ちゃん………どうしたんだ?何か気付いたのか?」
ジャンクさんは私よりも前を進んでいたが音には気付いていなかったようだ。
後ろを歩く私でも聞こえたんだけど…………。
「何か………カシャカシャって音が聞こえたような………。って、ほら!今も!!」
話している最中にも何か硬質で軽いような………そんな物が擦れたり、ぶつかったりするような音が聞こえたので指摘するも、ジャンクさんにはピンときていないようだ。
「俺には何も聞こえないが………?」
「えっ?た、確かに微かな音ですが、耳をすませれば聞こえないことはないと思いますが?」
未だにジャンクさんには聞こえないようで、訝しげな表情で前方の通路を見ていた。
気持ち、臨戦態勢を解きつつあるようで、腰の剣の柄を握る手の力が緩んでいた。
「聞き間違い………というより、空耳ってことはないか?」
流石に段々と疑わしくなってきたのか、ジャンクさんが横目でジロリと私を見てくる。
だが、そんな目で疑われても聞こえるものは聞こえるのだ。こんな空耳なんて有るわけがない。
今も尚聞こえるのだから。
「いや、今も聞こえていますよ?こんなハッキリした空耳はないですよ!というか、段々と音が近づいてきているような………」
「近づいている?本当か?自分の足音でも聞き間違え『カシャン』……?!」
今度の音はハッキリと聞こえたようだ。
ジャンクさんは引き締めた表情になると、腰から剣を抜いて右手で構える。左手には松明をしっかり握り、前方を明々と照らす。
私も腰から剣助(最近、命名。本人は涙声で喜んでいた)を抜き、左手に剣を、右手に盾を構えた。
「確かに聞こえたな…………。さっきも思ったが、嬢ちゃんは結構耳が良いみたいだな。僅かな音も拾えるなんて、ある意味特技だぜ」
そう言われるとそうかもしれない。
昔から結構周りの人の話声とかは良く聞こえてたしね。
ザッドハークとジャンクさんのひそひそ話も丸聞こえだったし。
そう言えば中学の時は、友達からは一時『地獄耳』って呼ばれてたっけ?
偶々、校舎裏で甘い雰囲気を漂わせている男女の告白劇を、少し離れた位置から詳細に聞き取ったのが始まりだっけか?
それから親しい友人達は、秘密の話をする際には周囲に私がいないか確認するようにしてたっけな………。
懐かしくも悲しい思い出だ。
そんな過去の思い出に浸っている間にも、カシャカシャとした音は近づいてくる。
私とジャンクさんは真剣な表情で松明が照らす通路の先を睨む。
やがて、段々と距離が近づいたらしく、その近づいてくるものの影がぼんやりと見えるようになる。
何か………人間大の影が複数蠢いているようだ。
「………間違いなく、魔物だな。遺跡の扉は閉めきってあったんだ。人間がいるわけねぇ。嬢ちゃん、戦闘準備だ」
前方の影を魔物と判断したジャンクさんは、直ぐに指示を出してきた。
私は剣を握る手に力を込めて、いつでも飛び出せるようにする。
この数週間でザッドハークから色々と鍛えられたせいか、戦闘に関しての動きや判断が向上しているようだ。
流れるように頭と体が動く。
とはいっても初心に毛が生えた程度なので、あまり無理はしないように後に下がる準備もする。
ジャンクさんもそれは分かっているようで、若干私を庇うように前に立ちはだかった。
「嬢ちゃん。相手が何かは分からんが、無理せずに戦え。敵わないと思ったなら『脛殺し』で足止めを。敵う敵だとしても『脛殺し』で転ばせてから止めを刺せ。油断するんじゃないぞ」
ジャンクさんから何とも間抜けな指示が飛ぶが、仕方ない。
ここ暫くの依頼をこなすうちに、すっかり『脛殺し』が戦闘の中に組み込まれてしまったようだからね。
毎回毎回、ことあるごとに『脛殺し』を要求される。
ゴブリンを脛殺しで転ばせてからの止め。
コボルトを脛殺しで転ばせてからの止め。
ギロギロウルフを脛殺しで………止めを刺す前に死んでいた。
いろんな魔物との戦闘で後味が悪いながらも、この脛殺しは活躍していた。
ザッドハークとジャンクさん曰く。
『相手の動きと判断能力を奪うもので、これ以上のものはない』
との熱弁をされた。
このスキルの力を身をもって知っているザッドハークやジャンクさんだからこそ、脛殺しの恐ろしさと有用性を知っているのだろう。
確かに防御や距離を無視し、敵の足を止め、痛みを与える………という意味では、チートなスキルかもしれないけど………。
なんだかモヤモヤする。
取りたくて取ったスキルじゃないし、何よりも勇者が使うスキルとしてはどうなのよ?
脛ばかり攻撃する勇者って何なの?格好悪いよね?そんなんで後生に語り継がれたくはないんだけど?
…………とまぁ、不満は色々とあるけれど、愚痴ってもしょうがない。
あるものは使うという判断には賛成だから指示には従いますよ。
私は無言で剣を持ったままに蹴りの構えを取り、いつでも脛殺しを発動できるようにした。
こちらが準備が万全となったところで、カシャカシャと奇妙な音を鳴らす存在が遂に光の範囲内へと入り、その姿を表した。
その近づいてきたもの………それは人間とほぼ同じ形をしていた。
だが、その姿は人間のものではなかった。
白く、細く、カタカタと奇妙な音を全身から立てており…………。
その近づいてきた異様な存在を見て、私は叫ばずにはいられなかった。
「ザ、ザッドハーク?!」
「いや違う?!動く骸骨だ!!似てるが全く違うものだ!!あれはアンデッドの魔物のスケルトンだ!!」
私の叫びにジャンクさんが即座にツッコンでくる。
いや、だって仕方ないでしょう?
似てたんだから。
私の目の前には三体の動く骨格標本のような骸骨モンスター。
そのまんまの名前の魔物のスケルトンがカタカタと骨を鳴らしながら武器を構えていた。
全身に一切の肉が付いていない骨だけの体で、どうやって動いているのか想像もつかない。勿論、目なんか無いが、空虚な眼窩が私達を睨んでいるのは理解できた。
だが、不思議と恐怖は感じなかった。
普通であれば、動く人骨など恐怖の対象以外のなにものでもないだろう。
なのに私には一切そういったものは感じなかった。寧ろ、妙な親しみさえ感じていた。
…………多分、ザッドハークのせいだろうな。
普段から隣にあんな黒いオーラを放つ骸骨騎士がいれば、こういった感覚が麻痺するらしい。
常に顎はカタカタと鳴り、手にはそれぞれの武器を持っていた。
真ん中のは大剣を。
右側のは両手に剣を。
左側のはボロい木の棒を。
……………………。
「いや!右側の!?剣を一本、左側に分けてやれよ!?木の棒って可哀想だろうがい?!」
あまりの左側のスケルトンの武器の貧弱さに、つい叫んでしまう。
なんで二体が剣を装備してんのに、一体だけは棒なんだよ?
なんだよ、あの木の棒は?子供のチャンバラかよ?!
右側は剣を二本持ってんだから分けろよ?イジメか?スケルトンイジメか?
そんな場合じゃないと分かっていても、言わずにはいれなかった。
案の定、ジャンクさんが唖然とした顔で私を見ていた。
気持ち、スケルトン達も唖然としているようだ。
すると、右側のスケルトンが左側のスケルトンが持つ棒を見た後、自分の剣を一瞥してからスッと剣を一本差し出した。
左側のスケルトンは差し出された剣と右側のスケルトンを交互に見た後、剣を受け取り頭を下げた。
三体のスケルトン達は互いに見つめあった後に頷きあい、ビシッと揃って剣を構えた。
そんな戦力が均衡したことを確認し、私は一言呟いた。
「よし」
「よし。じゃねぇよ?!なんでスケルトンにアドバイスしてんだよ?!なんで戦力を均衡させてんだよ?!しかも、明らかに結束が固まったぞコイツら?!おかげで攻めづらくなったわ!!そもそも、何で意思の疎通がとれてんだよぉぉ!!」
泣きそう顔で叫ぶジャンクさん。
それでも尚、構えを解かないのは流石である。
「い、いやぁ~。ちょっと気になっちゃって。や、やっぱり、魔物とは言え、正々堂々と戦わないと?ほ、ほら!昔の偉い人も言ってるじゃないですか?『敵に塩を送る』って?」
「うるせぇよ?!誰だよその偉い奴は?!聞いたことねぇよ!!どこの誰だよ!!」
「え、越後の上杉謙信…………」
「?!?…………益々誰だよ?!」
し、知らないのも仕方ないよね。
日本の戦国大名を知る訳がないよねー。
「だ、だいたい三対二の時点でフェアじゃねぇだろうが!!なのに妙なアドバイスしてんなよ!!」
から笑いをする私に、ジャンクさんが何とも正論をぶつけてくる。
で、ですよねー。
既にあっちは1人というか、一体多いですからね。
「た、たしかにスケルトン達はこっちよりも一体多いですよねー。す、すいません、余計なことを言いました………」
「ま、まぁ………分かればいいんだが」
シュンと落ち込んで謝ると、ジャンクさんは納得しつつも、『ちょっと言い過ぎたかな?』と呟きながら、真っ直ぐに前を見据えた。
私も気を取り直して前を見ると、何故か骸骨達が互いに見つめ合っていた。
何をしてるんだろう?…………と思っていると、真ん中の骸骨が左側の骸骨に何やら手で指示を出した。すると、右側の骸骨は剣を下ろして後ろに下がっていった。
「二対二に…………なりましたね?フェアなスケルトンだったようで………」
「だから何で言葉が伝わってんだよ?!普通はアンデッドと意思の疎通なんかできねぇぞ!?」
「そ、そんな事を言われましても………」
ジャンクさんの様子から、普通はスケルトンには言葉が通じないようだ。
現に、ジャンクさんの言葉には一切反応を示していないし………。
「と、取り敢えず、悪いスケルトンじゃないんじゃないないですか?こっちの言い分を聞いてくれてるし?なんか共感を感じるというか………」
「こっちに武器を向けてる時点で良いも悪いもないだろうが!?頭の中、お花畑か?!何で死体に共感覚えてんだよ!?」
そ、そこまで言わなくても………。
い、いや確かにそうなんだけど………。もうちょい言い方というものが………。
ジャンクさんの発言を不服に思いながら唇を尖らせていると、スケルトン達が動きだした。
二対のスケルトン達が、手に持った武器を振りかぶりながら走り寄ってきたのだ。
先頭を走る大剣を持ったスケルトンは剣を大きく振って、ジャンクさんへと斬りかかっていった。
「チッ!来やがったな!だが、甘い!!トリャ!!」
骨だけにスケルトン達の動きは速かったが、力は余りなかったようだ。
スケルトンの振り下ろした大剣の一撃を、ジャンクさんは片手に持った剣で軽々と受け止めた。
そして、隙だらけになった腹………というより、肋骨した付近に向かって蹴りを入れる。
ただそれだけでスケルトンは後方へと吹き飛んび、ゴロゴロと転がっていった。
流石はジャンクさんだ。戦い方が一見荒いようで隙がない。
騎士のように華麗な剣捌きではないが、冒険者らしい実戦的な動きだ。
横目でその様子を見ながら感心していると、私の方にも剣を持ったスケルトン………さっきまでは両手に持っていたスケルトンが駆け寄ってきていた。
「私も負けてらんない!」
私は向かってくるスケルトンに剣を向けつつも、右足を後ろへと下げる。
そして力を溜め込み、左足を軸にして一気に右足を前へと繰り上げ、得意のスキル『脛殺し』を発動した。
蹴った右足から何かの力の波動のようなものが放たれる感覚とともに、それが着弾………敵のスケルトンへとぶつかったような感触が伝わる。
問題なく脛殺しが発動したようだ。
脛殺しを受けたスケルトンは大きくよろめき、その場でバランスを崩す。
決まった…………。
これまで多くのゴブリンやらギロギロウルフ達を葬った必殺コンボ。
脛殺しで態勢を崩し、悶絶する相手に止めを刺すという外道の技。
言っていて勇者として本当にどうなんだ?と思うが、安全第一を信条とする私としてはこれ以上にない技だ。
色々と思うところはあるが恨まないでほしい。
これは戦いなんだ。卑怯も糞もないんだ。
そう思いながら再び剣を構えた。
というか、既に本来なら普通の女子高生が考えるような思考じゃないよね?これって?
ま、まぁ、それは後で考えよう。
今は目の前のスケルトンだ。
私はスケルトンが倒れて悶絶したところを待って、攻撃しよう…………と思ったのだが、スケルトンが倒れない。
それどころか、スケルトンは一瞬だけバランスを崩しただけで、直ぐに態勢を直して駆け寄ってきた。
スケルトンは痛みを感じていないのか、何の問題もなく足を動かして走っている。
それを見て、私は驚愕に目を見開いた。
「なっ?!うそ?!」
その時の私の驚きは半端なものじゃなかった。
何せ、これまで『脛殺し』が効かなかった者はいなかったのだ。
王様も、宰相も、騎士団長も、冒険者も、ゴブリンも、コボルトも、ギロギロウルフも…………。
あのザッドハークにだって通用していた。
無敵の足技スキル。それが『脛殺し』だ。
その脛殺しが…………効いていない?
その事実に私の頭は一瞬空白となった。
「嬢ちゃん!?」
ジャンクさんの声にハッと我に代える。
気づけば、スケルトンは既に目前まで迫っており、その手に持った剣を振り下ろしている途中であった。
慌てて盾を構え、スケルトンの振り下ろした一撃を防ぐ。
キンッという金属同士がぶつかる音がなり、火花が散る。
幸い、やはりスケルトンの力は弱いらしく、私でも簡単に受けることができた。
スケルトンは暫し、そのまま剣をギリギリと無理やり押し込み、私を斬ろうとした。
だが、私が一気に前へと盾を力任せに押し出すと、スケルトンは大きくよろめいて後退る。
その一瞬をチャンスと見た私は、即座に前に出て、スケルトンのがら空きの腰付近へと力任せの横薙ぎの一撃を喰らわせてやる。
「オラハァァァァ!!」
到底乙女が出すべきでない声とともに振られた剣は、見事にスケルトンへと当たって、腰から上半身と下半身へと別れ宙を舞う。
更には衝撃で壁へとぶつかり、その体はバラバラとなって通路の床へと無残に散らばった。
それを見て、剣を構えながらも安堵する。
「や、やった…………」
「嬢ちゃん!!」
ハァハァと息を切らせる私にジャンクさんが駆け寄ってくる。
「大丈夫か嬢ちゃん!!」
「な、なんとか…………」
「急にボッーとしたから驚いたぞ?!戦闘中に気を抜くんじゃねぇぞ!!どうしたってんだ一体?」
ジャンクさんは心配しつつも、先程のことに怒りを露にする。
戦闘中に気を抜くなど、本来ならありりまじき行為だ。
命を失う恐れは勿論。仲間や周囲を危機に陥れる可能性もあるのだ。
だから、さっきの私の反応は怒られても仕方のないことだ。
だけど…………。
「あ、あのスケルトン…………脛殺しが効かなかったんです………。それで…………」
そう言うと、ジャンクさんは一瞬驚愕したような顔となるが、床に散らばったスケルトンを見ると納得したような顔となった。
「クソッ!失念していた…………確かにコイツらには嬢ちゃんのスキルは効かない筈だぜ………」
「えっ?ど、どういうことですか?」
ジャンクさんは何か理由を知っているようで、難しい顔をしていた。
い、いったいどうして効かなかったんだろうか?
不安気にジャンクさんを見ていると、真剣な表情で私を見ながら口を開いた。
「単純な話だ。こいつら………アンデッド系は体が死体だったり骨だったりだから痛覚既にない。だから脛殺しをされても痛みを感じないし、多少よろめくだけなんだ…………。」
言われた言葉にハッとする。
確かにそうだ。脛殺しは相手の脛に防御無視の蹴りを喰らわすスキル。
相手は痛みに悶絶し、倒れるというものだ。
だったら相手が最初から痛みを感じないような者ならば?
答えは簡単であった。
「ま、まさか…………脛殺しにそんな弱点が…………」
あまりにもあまりな事実に唖然とする私に、ジャンクさんが肩をポンッと叩いてくる。
「まぁ………痛みを感じない相手なんて滅多にいねぇからな。弱点に気付かないのも仕方ねぇよ…………」
「ザッドハークには効いてたのに………」
「あれは見た目がアンデッドっぽいだけで、アンデッドではないからな?」
チートだと思っていたスキルの以外な弱点に唖然とするしかない。
確かに痛みを感じない相手なんて滅多にいないが、それでもこれからアンデッドには脛殺しが無力だという事実が判明してしまった。
その事実に、かなりへこんでしまった。
好きで取ったスキルじゃない。だが、いつしか私の中では意外にも心の支えとなっていたようだ。
それに弱点が発覚したのは私に少なからずの精神的ダメージを与えてきた。
クソッ…………やりやがったなスケルトンめ…………。
スケルトンからすれば理不尽とも思える怒りを感じながら、残り二体となったスケルトンを睨む。
ジャンクさんが突飛ばしたスケルトンは既に立ち上がって戦闘態勢をとっており、先程の下がっていたスケルトンも前に出て剣を構えていた。
「でも、残り二体です。思ったよりも脆いし、とっとと片付けてしまいましょう!」
取り敢えず、脛殺しの事は置いておき、気を取り直して前にいる二体のスケルトンに剣を向ける。
これぐらいなら私一人でもなんとかなりそうだ。そう思い、スケルトン達に駆け出そうとした瞬間………。
「嬢ちゃん!油断すんなよ!まだ、終わっちゃいねぇ!」
「えっ?」
ジャンクさんの叫びの意味が分からずにキョトンとしていると、カタカタと音が聞こえた。
音のした方を見れば、私が倒したスケルトン…………床に散らばった骨が、カタカタと音を鳴らして震えていた。
そして、その散らばった骨がズリズリと動いて集まり、徐々に組上がっていく。
やがて、散らばった骨はほんの数十秒で何事もなかったかのように元のスケルトンの形へと組上がってしまった。
元に戻ったスケルトンはカタカタと顎を鳴らして私を見ていた。まるで、こちらを小馬鹿にするように笑っているようだ。
「なっ?!も、戻った?!」
「これがアンデッドの厄介なところだ。不死の魔力の影響か、体をいくら破壊しようとものともしねぇ。特にスケルトン系の魔物は厄介だ。聖魔法なら一撃だが、それ以外なら骨を粉々に砕くか、灰になるまで焼くかしないと倒せやしねぇ」
「な、なんですかそれ?!ズルい!」
ジャンクさんの説明に驚愕する。
骨を砕くとか、火葬しなきゃ駄目って………いや、無理じゃん?!ザッドハークなら、あの青い炎で燃やせるかもしれないけど今はいない。私達の武器は剣だから砕くのも限界がある。
絶対に倒せないじゃない!?
ゲームとかだとスケルトンと言えば雑魚だったけど、この世界だとそんなに厄介だったの?!
私が驚愕していると、まるでそれを察したかのようにスケルトン達が揃ってカタカタと顎を鳴らす。
その様子はこちらの不利を悟り、嘲笑の笑いを上げているような光景だ。
いや、これ本当にどうすんのよ?!