22話 男達の集い
日も落ちかけた夕暮れ時。冒険者ギルドは一層の賑わいを見せていた。
仕事を終わらせた冒険者達が受付や買い取りカウンターに殺到し、依頼の達成報告や素材の買い取りをしてもらったりしているのだ。
先に報告を終え、報酬を得た冒険者達の中には、そのままギルドに併設された酒場へと向かう者も少なくない。
酒場の卓をパーティーメンバーで囲い、エールを片手に皆が乾杯を上げている。
それぞれの卓では今日の反省会をしたり、失敗談や成功談を語り合って笑い声を上げたり、戦利品の確認をしたりと大いに賑わっていた。
まさにこれぞ冒険者。これぞ冒険者の醍醐味で楽しみぞ。
そんな賑やかな光景である。
そんな賑わいをみせる酒場の片隅で、顎髭を生やした30前半の男が、チビチビとエールを飲んでいた。
すると、そんなチビチビ酒を舐める男に、四人の集団が近付いていった。
「よう。独り者ジャンク。相変わらず一人か?」
声を掛けてきた男に顎髭の男……ジャンクは顔をしかめる。
「なんだよキール……何の用だよ」
明らかな不機嫌を滲ませた声のジャンクに対し、キールと呼ばれた男……長い金髪にキザったらしい顔付きの男は嫌らしい笑みを見せる。
「おいおい。せっかく声を掛けてやったんだから、少しは嬉しそうにしろよ?この輝く金級のキール様が声を掛けてやってんだからよう?」
ニヤニヤと笑うキールに、ジャンクは溜息を吐く。
見ての通り、このジャンクとキールは仲が悪いのだ。
このキールという男は貴族の三男坊の男で、名を上げることを目的に冒険者となった、所謂『英雄希望』と呼ばれる種の男であった。
冒険者にも色々といるが、その種類は大きく3つに分けられており。
名を上げ、王宮や神殿にとりあげらることを目的とし、上級の魔物討伐依頼などを中心に行う『英雄希望』。
日々の暮らしのために、討伐から掃除にお使いと、どんな依頼も選ばずにこなす『堅実派』。
行商や、他の仕事の何かのついでに冒険者となって小銭を稼ぐ『副業冒険者』。
といった具合だ。
そして、この中で『英雄希望』と『堅実派』は仲が悪く、英雄希望は堅実派を雑用冒険者。堅実派は英雄希望を夢見がちと、互いに罵りあっていた。
そして、ジャンクは『堅実派』であり、英雄希望かつ貴族のキールからすれば、仕事を選ばずにせっせっと働くジャンクは、雑用をする下男同然であった。
当のジャンクは、そんなことを気にしてもいなかったし、キールも当初はジャンクなど目にも入れていなかった。
だが、ある日。キールが恋い焦がれ、目を付けていた酒場で働く女給がジャンクに恋していることを知った。
更には、その女性がジャンクに告白をしたのだが、それを断ったのだ。
君は育ち過ぎている。という理由で。
ロリコンここに極まれりだ。
それを知ったキールは、酷い劣等感に襲われ、そこからことあるごとにジャンクに絡むようになった。
果ては、ジャンクがロリコンのド変態であるという噂を流し、ギルド内でジャンクとパーティーを組まないようにと圧力を掛けて孤立させたのだ。
ジャンクもロリコンは事実だったから否定ができなかった。
嘘でも否定すれば、もう幼女に顔向けできない気がしたのだ。
キールも詰めが甘い。衛兵を呼ぶべきであった。
他の冒険者も、輝く金級という高位であり、貴族という肩書きを持つキールには目を付けられたくないので、ジャンクには近付かないようになっていた。
無論、ロリコンという事実も後押しをしていた。
ギルドもギルドで、ギルドマスターが貴族という立場に弱かった。更に、輝く金級という高位冒険者と燻し銀のくすぶった冒険者とを天秤にかけて、輝く金級を優遇し、このことを黙認している状態であった。
そういう訳で、キールはジャンクを敵視していた。当のジャンクは、面倒だと当初は相手にもしていなかったのだが、とある理由があって以来キールを憎々しげに思っていた。
これがジャンクがソロである理由だった。
いつもであれば、キールとジャンクの言い合いが始まり、それをギルド員が止めにきてジャンクだけが注意をもらうという茶番が始まるところであったが、今日は違った。
「悪りぃが、今日は疲れてるんだ。お前の相手をする気はねぇよ」
ジャンクが手をヒラヒラとさせ、あっち行けという仕草をしながら言うと、気の隣にいた戦士風の装備をした金髪の女が吠えた。
「貴様!!平民風情の雑用冒険者如きがキール様に失礼であろう!!謝罪をせよ!!」
それに合わせるように、魔法使い風のピンク髪の少女も呟く。
「謝るべき………あなた如きが声をかけられただけでも光栄なこと。泣いて喜ぶべきことだ」
最後に、キールの背後にいた巨漢の男は何も喋らないが、腰の剣に手を当てて敵意剥き出しだ。
そんな一触即発な雰囲気の三人を、キールは「まぁまぁ」とわざとらしく制しながら、ジャンクへと嫌らしい笑みを向けた。
「そんなに疲れているんだったら仕方がないね。しかし、疲れていると言うが、どんな仕事をしたんだい?ドブさらいかい?薬草採取かい?それとも、猫探しかい?」
キールの言葉に周囲が笑い声を上げる。
それにジャンクはしかめ面をしながらエールを舐めた。
「なんでもいいだろ………。後、これから人が来るんだ。もう、どこか行けよ。悪いことは言わねぇから。マジで」
ジャンクの言葉に、キールがわざとらしく驚く。
「人を?君が?孤独と呼ばれる君に会いにくる人がいるのかい?それはどこの物好きだろうね?」
おどけたように笑うキールに、ジャンクは目を逸らして酒を飲む。
もう、言っても無駄だろうと判断したのだ。
そんなジャンクの態度が気に入らないのか、気にがジャンクの許可なく正面の椅子に座った。
「おいおい。どこの誰だい?君みたいな変態に付き合う物好きは?それとも、新人を騙くらかせて引っ張り込んだのかい?なら、感心しないなぁ?」
挑発するように好き勝手に言ってくるキールに苛つきを感じながらも、ジャンクは無視を決め込んだ。
もう、相手にするのも面倒になったのだ。
しかし、そんな態度が女戦士の琴線に触れたらしい。
女戦士が卓をバンッと叩き付け、ジャンクをキッと睨んだ。
「貴様!!どこまでキール様を馬鹿にするつも…………」
「騒がしいな」
突如、女戦士の言葉を何者かが遮った。
女戦士は邪魔されたことに苛立ち、声のした主へと睨み付けた。
そして後悔する。
そこには異形がいた。
身長は3メートル近い巨漢。全身に黒く禍々しい鎧を纏い、巨大な骸骨をモチーフにした盾と、黒く錆びた巨剣を持っている。顔は黒い角が付いた銀色の骸骨のヘルムを被っており、眼窩には青白い炎が燃えている。
そんな明らかに魔王城にいそうな存在が、彼等の背後に立っていた。
それを、ジャンクを除くその場の全員が、唖然と見上げていた。
「えっ…………何?」
立ち直りながらも絶賛混乱中の女戦士が、かろうじて呟く。
だがその質問の答えは、ジャンクが聞きたいことであった。
その異形は、そんな唖然とする彼等を一瞥すると、ジャンクに目を向けた。
「ジャンクよ。何者だこやつらは?客か?」
「いや………まぁ、冒険者仲間と言えばそうだが、そんなに仲は良くないかな………うん」
「左様か。なればそこを退くがよい」
ザッドハークが席に座るキールへと言い放つと、キールはハッと我にかえって直ぐ様席から離れた。
普段はこんな尊大な口調で指図されれば怒り出すキールだが、彼の本能が大音量で警鐘を鳴らしていたのだ。
これ、逆らっちゃ駄目なやつ。と。
彼のパーティーメンバーの女戦士も、先程から直立不動の姿勢で動いていない。ただ、全身から大量の脂汗を流していた。
大柄の戦士は、他の見ず知らずのパーティーが集まっている席へと素早く座り、そのパーティーメンバーの一員のように偽装していた。
感心する程の変わり身だ。
魔法使いの少女など、床にうつ伏せに寝転んで死んだ振りを決め込んでいる。
熊ではないし、熊と会ってもやってはいけない対処法だ。
キールが席を避けると、ザッドハークは厳かな雰囲気で席へと座った。
「フム。そこな店員よ。エールを持ってまいれ。大ジョッキでな」
「は、はいいぃ!!」
ザッドハークは酒場のカウンター近くにいた、白髭を生やした店員らしき人物を指差して注文をした。
白髭の男性は、返事をすると逃げるようにカウンターの向こうへと消えていった。
実は、それは店員ではなく騒ぎの様子を偶々見にきていたギルドマスターであったが、ザッドハークがそれを知る由はなかった。
「フム。では、これからの…………そこな金髪よ。いつまでそこにいる?」
「はい??」
ザッドハークが話しを中断し、キールを睨み付けた。
というのも、キールは椅子から立ち上がると、その場にそのまま立ち竦んでいたのだ。
ザッドハークの直ぐ真横付近に。
これは、ザッドハークじゃなくとも気になる距離だ。
完全にパーソナルスペースを犯していた。
それに気付いたキールは、慌てて周囲を見た。
直ぐに避ければよかろうに、何故か助けを求めて視線をさ迷わせる。
だが、既に周囲には誰もいなかった。
いつの間にか、ジャンク達が座る席から範囲5メートル以内の卓が退かされており、ジャンク達の席を中心に円形に空いた空間が出来上がっていた。
更には、あの女戦士と魔法使いの少女までもがいなくなっており、彼女らも見ず知らずのパーティーの席に座り、親しげにパーティーメンバーに話しかけているなど、完全に他人を装っている。
座られたパーティーのオッサン達は、困惑と喜びが入り交じった微妙な表情をして話を聞いている。
「えっと…………」
そんな目を泳がせて困惑を露にするキールに、ザッドハークは唸るように呟いた。
「失せろ」
「ひぃ?!は、はひぃぃぃぃぃ!!」
キールは叫び声を上げながら、ギルドの外へと走り去っていった。
尚、キールの仲間達は追いかけることもなく、そのまま見ず知らずのパーティーと乾杯を交わしていた。
困惑してるのはパーティーメンバー達だったが、流石に悪魔に生け贄を出すようなことはしたくなかったのだろう。そのまま何も言わずに付き合っていた。
気のいい連中である。
邪魔者のいなくなると、ザッドハークはジャンクへと向き直った。
「フム。追い払ったが良かったのか?汝の知り合いの者ではなかったのか?」
「まぁ、そうだが、良い意味の知り合いじゃねぇから構わねぇよ。寧ろ、あいつには恨みもあるし、あんたのおかげで溜飲が多少下がったよ」
「恨みとは?」
「あいつが俺のことをロリコンって噂をギルドに流したせいで、定期的に受けてた教会の孤児院で行う炊き出しの手伝い依頼を、教会からの指名で受領禁止になったんだよ。せっかく天使達と触れあう数少ない依頼だったのによ……」
「先程の者には悪いことをしたな。大した英断だ。先に犯罪の芽を潰すとは。名のある冒険者であろうな」
ジャンクの発言にザッドハークは心底戦慄した。同時に、あの逃げたキールという冒険者に対し、尊敬の念を覚える。
詫びに後で酒でも奢ろうと決意する。
「そんで………嬢ちゃんの様子はどうだい?」
ジャンクが酒を舐めながら質問をする。
ザッドハークは腕組みをして、ギルドの二階に併設されている宿泊施設がある方を見た。
「フム。取り敢えずは落ち着いたようだ。借りた部屋に入るなり、我がいるにも関わらず、鎧やら服を脱ぎ捨てて全裸となり、湯あみ所に飛び込んでおったがな」
「その話のどこに落ち着いたという要素があるんだ?」
「部屋の中よりガリガリと体を擦る音と、『すいません』だの『肉が血が』などと声が聞こえてきたな。恐らく未だに昂っておるのだろう。夕げは豪勢に肉尽くしと参ろうぞ」
「やめろ!?完全に参ってんじゃねぇか!!これ以上追い込みかけてやんなよ!!」
ナチュラルに追い込みをかけようとするザッドハークを、ジャンクがなんとか押し留める。
あのゴブリンとの戦い……いや、最早一方的な蹂躙の後、香は例の覚醒状態から目覚め、自身が血塗れなことに気付くと撹乱状態となった。
何とかザッドハークが力で押さえ込み、帰り際に薬草を採取し、ギルドに帰って先程依頼達成報告をしたのだ。
香は完全に憔悴していたので、ザッドハークが二階に部屋を借りて休ませたのだ。
「しかし………あの嬢ちゃんには驚かされたな……。まさか、ゴブリンとはいえ、魔物を素手で破裂させるなんてな……人間業じゃねぇよ」
「我もまさかあそこまでとは思ってなかったわ。よもや、剣ではなく拳で沈めるとは………ナックル系の武具の方がよかったであろうか?」
「その武器の最初の犠牲者はあんただろうな」
香の苦労を感じながら再びエールを口にすると、ギルドマスターがザッドハークの前に恐る恐ると巨大なエールが入ったジョッキを差し出してきた。
ジャンクはギルドマスターがエールを持ってきたことには驚いたが、今日あったことに比べれば些細なことであった。
ギルドマスターがそそくさと去ったところで、ジャンクとザッドハークは乾杯をしてからエールを流し込む。
ザッドハークはゴクゴクと喉を鳴らし、それは美味そうにエールを飲んでいた。
「ゲプウハァマァハァァ……やはり仕事終わりの一杯は格別であるな」
「凄げぇゲップだな。まぁ、その意見には同意だが、あんたは言ってる程に仕事してないだろ?」
「何を言う。ゴブリンを討伐したではないか」
「あれは討伐じゃねぇよ。虐殺だ。首を狩ったのはともかく、他の奴は死体も残らず、お嬢ちゃんが殺ったのはグチャグチャ………あれだけ苦労して依頼ギリギリの耳が6つ。帰りの薬草採取では嬢ちゃんが錯乱して使いものにならず、あんたが摘むと、摘んだそばから薬草が枯れて、結局は俺が全部摘むはめに……いや、なんで枯れんだよ?!おかしいだろうが!?なんで摘んだそばから生命力を奪われたみたいに枯れんだよ?!」
「足が早かったのだろ」
「限度があんだろ?!そんな早かったら薬草採取が成り立たねぇよ?!本当になんなんだよあんたらは!?門のところでも問題が発生するしよぅ……」
ジャンクは溜息と共に脱力して卓へと崩れる。
ジャンクが憤るのも無理はない。
今回ザッドハークが受けた依頼のほとんどは、ジャンクが達成したようなものなのだ。
薬草はザッドハークが摘んだ瞬間に枯れて崩れ落ち、帰りに錯乱した香をザッドハークがおぶろうとすれば『ザッドハークの鎧の縁の棘が刺さる』という理由でジャンクがおぶって帰還したのだ。
尚、逆に背負った香の鎧の棘がジャンクに刺さって、ジャンクの背中は傷だらけだが。
更には、王都に入る門のところでもいざこざがあり、ザッドハーク達は門を守る衛兵達に武器を向けられたのだ。
黒い骸骨騎士に、血濡れの鎧を纏った騎士を背負った顎髭の男。
街を守る衛兵達の判断は、至極正しいものであろう。
というより、誰だってそんな一団が近付けば不審に思い、武器を向けるだろう。
「誤解が解け無事に通れたのだ。問題はなかろう。出る時には問題はなかったのだがな。何故か衛兵が揃って背を向けていたのでな………」
「いや、それ避けられてたんだよ。てか、なんか衛兵の隊長さんと話してたようだが………何を話してたんだ?話し終わったら、隊長さんが顔を真っ青にして、速攻通してくれてたが?何者なんだよ、あんたら………」
王宮務めの衛兵が、貴族や王族以外にあんな慌てることは、ほとんどない。
一体、目の前の骸骨は何者なのか?
訝しげに聞くジャンクに、ザッドハークはなんてことないように口にした。
「ウム。まぁ、隠すことでもあるまい。我らは勇者一行なのだ」
「ギルドを右に出て、暫く真っ直ぐ行ったところに、腕の良い診療所があるぜ?」
「狂った訳ではないわ」
ザッドハークは己の手の甲をジャンクの前へと打者、そこに刻まれた印を見せた。
怪訝な表情をしていたジャンクだが、そこに刻まれた印………淡く光る剣を象った聖印を見て、驚愕に目を見開いた。
「おま………これ………」
「申しておくが、偽物ではないぞ。正真正銘の『忠義の剣』の聖印ぞ」
手を引いたザッドハークは、なんともないようにエールを飲む。
それをジャンクは唖然と見ていた。
勇者と聖印。
それはこの国………いや、世界にいるもので、知らぬ者はいない話である。
かつて世界を支配せんとした覇王の魔の手から、世界を救った大英雄。
神が人類を守る為に遣わせし、偉大なる勇者と六勇士の物語。
それは、誰もが幼い頃に物語として………。
街で演劇として………。
神殿では神話として…………。
誰もがどこかで必ずどこかで見知っている、伝説の存在であった。
故にジャンクも知っていた。
勇者と勇士には、その選ばれた証たる神が与えし刻印………聖印が刻まれるということを。
曰く、その聖印は淡く光り、勇者と六勇士に神の加護を与える刻印。
その伝説の聖印を携えた存在が目の前にいる。
唖然としない方がおかしいであろう。
無論、これまでに偽物の刻印所持者が出ていない訳ではなかった。
勇者や勇士であると名乗り、甘い蜜を吸おうとした自称勇者達は歴史上数多くいた。
だが、そのどれもが偽物と直ぐにバレ、王宮や神殿によって捕縛されて処断されていた。
何せインクで書いたり、刺青で彫ったような刻印だ。
光りもしないし、形も歪だったので、見る者が見れば直ぐにバレるのだ。
特に、王宮や神殿関係者には正確な刻印の詳細が伝わっているため、偽物は一目で看破される。
そもそもとして、勇者は召喚でしか現れないとされているので、そこらから現れること事態があり得ないのだ。
ジャンクもそんな話を知ってはいた。だが、先程見せられた刻印は不思議と偽物でないと理解できた。
淡く光っていた………というのもあるが、見ているだけで何とも言えない神聖な感じがした。
本能で、これは本物だと確信できた。
それに、王宮が新たに現れた魔王を倒すために、勇者を召喚するという噂も聞いてはいた。
となれば、先の衛兵の態度も理解できる。
ジャンクは椅子の背もたれに寄り掛かると、天井を仰ぎ見た。
「マジかよ…………」
あまりにも唐突な事実に、頭が追い付けないでいた。
まさか自分が伝説と行動をともにしていたとは夢にも思わなかったのだ。
「真実だ。我は隠していた訳ではないがな」
エールを飲みながら重大発言をするザッドハークに嘆息しながらも、ジャンクはギルドの二階へと目を向けた。
「じゃあよ………あの嬢ちゃんが………」
「勇者だ」
ゴトンとジャンクは卓に頭をぶつける。
あまりにも軽々しく放たれた重大過ぎる情報に、頭が混乱しそうになっていた。
「あの嬢………カオリ様だったか?が、勇者様とは………マジか……」
「事実だ。思い返してみよ。それとなく、勇者らしき片鱗を見せていた筈だ」
「そういやぁ…………」
ジャンクは今日あったことから、香が見せた勇者としての片鱗を、目を閉じて思い返してみる………。
やたらと脛を攻撃してくる姿。
スライムを笑いながら投げつけてくる姿。
鎧が赤黒く変色する狂化した姿。
ゴブリンを素手で殴り殺し、その血に濡れながら咆哮を上げる姿。
錯乱して、発狂しながら暴れる姿。
そんな香の姿を…………。
「いや、全然勇者らしいとこ見てねぇわ!?」
カッと目を見開いて叫ぶ。
どう思い返しても、それらしい片鱗も勇姿も見ていない。
勇者というよりも、狂戦士としてだったら百点満点だったかもしれない。
ザッドハークはジャンクの叫びを聞きながら、エールを啜る。
「申しておいて何だが、我もそれには同意しよう」
「じゃあ意味深に言うなよ?!」
「流れに乗ってみたまでよ。後先など考えておらぬ」
「ちぃとは考えろ!?」
再び卓に頭をうずめるジャンク。
ザッドハークを見ていると、先程まで深く考えていた自分が馬鹿らしく思えてきたのだ。
「まぁ、カオリの事は少しずつ鍛えていくとする。精神は未熟であるが、素養はある筈故にな」
「そうか………。まぁ、頑張れよ」
力なく答えるジャンク。
なんかもう、どうでも良くなっていた。
「して、ジャンクよ。この後は如何がする?我としては今日の初戦闘の労いを込めて、カオリを『黄金の渡り鳥亭』に連れていき、豪勢な夕げを食しに行こうと思うのだが、汝も共にどうだ?払いはカオリがしようぞ」
「最後、何気にゲスイこと言わなかったか?あー……気持ちは嬉しいが、何だかドッと疲れちまってな。今日はパスしとくぜ。悪りぃな」
手をヒラヒラとさせて断りを入れるジャンクを見ながら、ザッドハークはエールを飲み干す。
「左様か。ならば仕方あるまい。では、カオリとニーナを連れてゆくか。今宵は共に夕げをと約定を交わしていたのでな。仕事が終わり次第に合流することになっておるのだ」
「そうかい………そいつはいいねぇ」
未だに卓に頭をうずめるジャンクを尻目に、ザッドハークは立ち上がる。
「では我は先に行くぞ。カオリを連れ、先に席を取っておかねばならぬのでな。……そういえば、もう一人連れて行くと申していたな……。一人だと不安だとかなんとかと……確か名は……マインと………」
「おい何してんだよ親友!ボサッしてないでサッサッと準備するぜ!お前はお嬢ちゃんを連れてきな。俺は先に良い席を取っておくぜ!さぁ、忙しい夜になりそうだな!!」
ザッドハークの目にも止まらぬスピードでジャンクはギルドを出て行き、夜の闇に消えていった。