1話 勇者誕生
今より五百年前…………。
エデルシネアは恐怖と絶望に包まれていた。
当時、エデルシネアには突如として現れた、暗黒の敵対者。『真なる覇王』と呼ばれる存在により、世界は恐怖と力によって思うがままに支配されていたのだ。
『真なる覇王』……何処から現れたのか…何者であるのか……その全容は分かってはいない。
たが、1つ分かっているのは、尋常ならざる力を持ちし魔の王…………つまりは魔王と呼ばれる魔族の最上級種であるということである。
『真なる覇王』は、魔王級の中でも特質した力を持っており、その力を持ってして世界中の魔物達を支配し、エデルネシアを征服すべく人類へと襲い掛かったのだ。
無論、人類は抵抗を試みた。だが、『真なる覇王』の揃えた圧倒的数の魔物の軍勢の前に敗退。その刃は『真なる覇王』にすら届くことはなかった。
そして、人類の生存領域は日に日に狭まっていった。
やがて人々は迫りくる魔物達に恐怖し、絶望した……。
もう…………我々は滅ぶしかないのでは…………と。
だが、そんな様子を見かねたエデルシネアの主神たる女神『ケストミリア』は、追い詰められた人間達にある秘術を授けた。
その秘術とは…………『勇者召喚』。
この世界とは異なる世界…………所謂異世界より超上たる力を持つ戦士を召喚する秘術であった。
女神より秘術を授けられた人類は、直ぐ様に秘術を実行し、1人の勇者の召喚に成功した。
召喚された勇者は、異世界の事情にも関わらずも快く覇王討伐を承諾。覇王討伐のための旅をしながら、女神の神託に従い共に戦う6人の仲間達を集めた。
そして、凄まじい激戦の末に遂に勇者と6人の仲間達は魔族の大軍を殲滅、遂には覇王のもとにまで到達し、これ討伐に成功したのだという…………。
「…………という正に勇気ある者と言うべき伝説があるのじゃ」
「はぁ…………」
「ふむ。それで…………」
どうも。この度、見事に勇者の就職に内定してしまった愛原香です。
現在、私はふくよかなおじさんこと、アンデール王とやらのありがたい過去の勇者伝説を聞かされております。
ついついイケメンの好感度を下げたくなくて『勇者ですが?』と言ってしまい、その後に刺股から解放され『やはり勇者様じゃったか!』と感激した王様に抱きつかれ、その後に『勇者とは…………』と長々と説明されています。
おじさんはやっぱり話が長いです。正直、あまり興味もないのでウンザリです。まぁ、それでも隣でイキイキした嬉しそうな顔で話を聞いてるイケメンさん…………テルイーケ王子様の顔を見ていれば何とか耐えられます。
イケメンごっちゃんです。
ついでに、アンデール王に抱きつかれた際は、渾身の脛蹴りをかましてやりました。
悲痛な叫びを上げて崩れ落ちましたが仕方ありません。セクハラで訴えるよりはマシでしょう。そのせいで、無駄に豪華な椅子にずっと座っているが。
その際に王子様がドン引きしたらような顔をしていましたが…………笑顔で何とか誤魔化しました。これでもクラスでは5位、6位を争う可愛さでしたので。
1位じゃないのかって?ウフフ………そこまで自惚れてませんから。
あっ。あと、ここはどうやら本当に異世界のようです。だって空に太陽が2つあったり、島が宙に浮いていたり…………非現実な光景が窓から見える向こう側に広がっていましたから。
更に、ボロボロの兵士さん方にローブのおじさんが手をかざすと、淡く光ってたちまちに兵士さんの傷が治ってしまいました。
魔法です。ファンタジー小説には基本の魔法です。
それを見た時に止めを刺されました。ここは異世界だと。
その際に驚きと興奮で変な声を上げてしまい兵士さんに再び刺股を向けられてしまいました。失礼な兵士達です!全く!!
となると、私は本当に召喚された勇者…………ということになるようです。自覚は全くありませんが。
まさか………本当にこんか小説のような事態に巻き込まれるとは………。本当に人生って何が起きるか分かりません。
「…………勇者様よ?話を聞いておるのか?」
「あっ?はい。勇者が覇王に単身、拳で挑んだところまでは聞きました」
「そんな狂戦士みたいな話しとらんから」
しまった。適当に返しすぎたか?だって本当に興味が…………いや、聞いといた方がいいのかな?先人の話だし…………って、ちょっと待てよ!
「あの…………聞きたいことがあるんですけど?」
「なんじゃろうか?」
「私って…………元の世界に帰れるんですか?」
突然、ここに呼ばれていたから忘れていたが、私には向こうには家族も家も友達も生活だってある。とてもじゃないが簡単に捨てられるものじゃない。
なのに、こっちの都合で呼び出されて戻れなかったりしたらたまったものじゃない!
こういった転位系の小説だと、『時空の歪みがなんちゃら…………』と言って戻れないパターンが多いからね!尚の事、確認しておかなければ!!
アンデール王は暫し脛をさすると、重々しく口を開いた。
「帰れますぞ」
「えっ?帰れるの?」
あんまりにもあっさりした返答に逆に困惑する。
まさか、こんか簡単に元の世界へ戻れるという話が聞けるとは………安心………。
いや………待て待て。こういった場合、何かとんでもない条件が………。
「帰れる条件は…………勇者様が役目を果たすか、こちらの世界で死んだ場合じゃ。女神様の加護により、元の世界の召喚された場所、時間、状態で戻された上に報奨や保険金として幾ばくかの金銭を与えられる筈じゃ」
「なんという親切設計」
予想を遥かに越える親切さであった。
役目を果たすだけでなく、もしもの事故の際には生きて戻ることができる上に保険金まで貰えるとは!
日本の保険屋も真っ青の親切さだ。
女神様やるな。
「なんか…………死んでも大丈夫って…………安心しますね。しかも、元の世界にも戻れるなんて、なんという救済措置」
「まぁ、その場合は儂らの世界が救われんが」
後味悪いな!!時折毒吐くぞ、このオッサン。
「それで………私………勇者を召喚したということは、何か問題が発生したということでしょうか?」
ここまで私が勇者で此処が異世界。そして過去の勇者と、戻れるかどうか話だけで私が呼ばれた理由が聞かされていない。
まぁ、妥当なところで過去の話から魔王討伐とやらかな?
まぁ、話だけでも聞いてみようか。
「うむ。それでは本題じゃが………」
という訳で、その後も長々と召喚された理由を話されたが、それを要約すると…………。
新たな魔王が現れて世界がピンチ。助けて勇者様。
という訳らしい。
大体は予想通りである。まぁ、王道だろう。それ以外の何があるってんだ。
「今、この世界は新たに現れた魔王ルルドフェラルによって、再び危機に瀕しておる。是非とも世界の………民達の為に力を貸して欲しいのじゃ」
王様はそう言うと、深々と頭を下げてきた。
脛を押さえながら。
さっき回復魔法使ってもらったのに、まだ痛いのか?
だが…………しかし…………。
「うーん…………」
やっぱりそうきたか…………。魔王討伐か…………。
やだなー。怖いなー。
私ってば喧嘩もしたことがないのよ?なのに魔王討伐って…………ハードルがいきなり上がり過ぎでしょう?
幅跳びもしたことないのに、オリンピックで金メダルを取れっていうような感じでしょう?無理でしょう?
というか、完全に勇者の選定がキャスティングミスでしょう。なんで私なんかを勇者に選ぶかねぇ?
もっと選ばれるべき人は他にいると思うんだけど?
戦いに関してのプロ……警察官とか自衛官とか、格闘技の人とか……色々と荒事に慣れた勇者に相応しい人がいると思うのよ。
そんな人達がいるにも関わらず、何故に学生の……それも女性の私を選ぶかなぁ?
「勇者様…………私からもお願い申します」
更に横から頭を下げる宰相さん。
えぇぇ?そんな頭下げられても………怖いしな………。
「某からも」
同じ頭を下げる騎士団長とかいうおじさん。
いや………でも………。
「「「お願いします!勇者様!!」」」
周りの兵士のおじさん達まで頭を下げてきたよ。
応えてあげたいのは山々だけど……。
それでも怖いものは怖いしな……。
いくら死んでも大丈夫……みたいな事を言われても怖いものは怖いし、そもそもそれが本当かどうかも分からないしなぁ……。
やっぱり、自分に正直になって断る方し…………。
「私からもお願いします勇者様!王子とはいえ…………微力ながら貴女様の為にお力添えをさせて頂きます!是非我々に力を…………」
「この私が魔王を倒し、世界に希望と光をもたらしましょう」
やっぱイケメンのお願いは断れないわ。
これはこれで自分に正直だからね。
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