18話 我、覚悟完了也
「えっと……最後にギルド内の説明をさせて頂きたいのですが……よろしいでしょうか?」
「大丈夫です。お願いします」
受付のニーナがチラチラとカウンター下を気にしているが、それを無視して話を進めるように促す。
どうせカウンター下にはいつも通り、ザッドハークが転がってるだけなのだから。
「そ、そうですか。それでは説明をさせていただきます」
ニーナがそう言うと、急に凛とした表情となる。仕事モードに入ったようだ。
そんな仕事モードに入ったニーナは、ハキハキとした口調で説明を始める。
「まず、当ギルドでは一般の方より依頼を受け、その依頼を冒険者の皆様へと斡旋しております」
フム。これはまぁ、冒険者ギルドのテンプレ通りだな。一般人と冒険者との仲介をしているわけだ。
ある意味、ハローワークみたいなものかな?
あれ?それなら冒険者はフリーターみたいなものになっちゃうような?
いや、深く考えるな。話に集中するんだ。
「依頼は様々にあり、冒険者の皆様にはその中から自分に適した依頼を選んで受注して頂き、その依頼達成時にはギルドから報酬金をお渡しします。依頼はロビー脇のクエストボードに張ってありますので、そちらをご確認下さい。また、依頼は最大3つまで同時受注可能となっております。ただし、依頼を失敗した際には違約金が発生しますので、十分に注意をしてください」
これまたテンプレ通りだ。
となると………。
「また、依頼には当ギルドで内容によっては、危険度を付けさせて頂いており、その危険度に見合わない実力の冒険者の方には、その依頼は受注できぬようになっておりますのでご了承下さい」
「やっぱりね」
あまりのテンプレ通りに、つい呟いてしまう。
本当にゲームや小説通りの設定だよ。
このままのお約束なら、冒険者にもランクがあって、Aランクだの金級だのといったランク付けがあるはずだな。
そんなことを考えていると、ニーナが目をパチクリさせて私を見ている。
いけないいけない。思考に耽り過ぎたし、さっきの呟きは頂けないな。
ちょっと反省しながら、ニーナに続けてと合図をする。
「それでは続けます。その依頼の危険度に伴う冒険者の選別ですが、当ギルドでは冒険者の方々にランクを付けさせて頂いております。そのランクを満たした方のみが、危険ですが報酬の高い依頼を受けることができます。ランクは、登録時には皆様同じですが、その実力・品性・貢献度によって昇格していきます。ですので、より多くの依頼を達成し腕を磨き、是非ともランクを上げてください。冒険者のランクについては、こちらの用紙をご覧下さい」
ニーナはカウンターから一枚の紙を取ると、私へと差し出してくる。
その紙を受け取り、内容を確認する。
どれどれ………。
『冒険者のランク』
路傍の石級……初心者
凹んだ銅級……駆け出し
錆びた鉄級……いっぱし
いぶし銀級……中堅
輝く金級………上級者
煌めく魔鉱金級……一流
神ノ金属は砕けない級……超一流
皆の話題独り占め級……最早伝説
「これはいじめかなぁ?」
ツッコミ要素が多過ぎて、そんな感想しかでてこない。
なんだこの大分酷いランクの呼び方は?出だしの『路傍の石級』ってなんだよ?道端に転がる石の如く、目にもつかないってこと?いきなり冒険者の第一歩からして、やる気なくすんだけど。
そんで他のも色々と酷いけど、最上級のランクの呼び方他になかったの?なんだよ『皆の話題独り占め級』って?一番のいじめじゃないの?いや、確かに噂になるかもしれないけど………。
『フフフ……私が『皆の話題独り占め級』の〇〇だ。よろしくな』
なんて自己紹介すんの?
ただの自己顕示欲半端ない奴みたいになっちゃってんじゃん。
ランクのことを知らなかったら絶対にお近づきになりたくないタイプじゃん。
その最上級から一つ下のやつも……何だろう?どこかで聞いたような?
駄目だ思いだせない。他にいこう。
比較的にまともなのは『煌めく魔鉱金級』ぐらいだ。私だったらここからランクを上げないようにするな。
上二つが精神衛生上によろしくない。
黙って色々と考えながら紙を見ていると、ニーナが声をかけてきた。
「冒険者のランクについてはご理解頂けたでしょうか?」
「理解したくはないけど理解した」
ツッコミを入れてもどうしようもないだろうから、あまり言及するのは止めておこう。
それよりも話を進めてしまうのが得策だ。
「ありがとうございます。それでは最後の説明になりますが、当ギルドの施設についてご説明致します。当ギルドの施設は全部で4つで、この依頼受付カウンター・買い取りカウンター・簡易宿泊所・冒険者酒場となっております。依頼受付は文字通り依頼の受注等を行っており、買い取りでは採取した薬草や素材の売買ができます。簡易宿泊所は、冒険者登録をしたのみがご利用できる宿泊所で、当ギルドの二階にありますので是非ご利用下さい。酒場は、あちらに併設されたもので、酒や簡単な食事をとることができます。一般の方も利用できますので、トラブルを起こさないように願います」
施設のある場所を手で指し示しながら説明していたニーナは、大体の説明が終わると元の姿勢へと戻った。
「以上でギルドの説明を終わりますが、何か質問などはありますか?」
「うーん…………」
丁寧に説明をしてくれたし、細かい規則や取り決めもないようだから大丈夫だとは思う。
というか、本当にテンプレ通りの冒険者ギルドだから、多分説明聞かなくても大丈夫だったかもしれない。
ランクの名称以外は。
まぁ、後は追々慣れていけばいいか。
「大丈夫です。説明ありがとうございます」
そう礼を述べると、ニーナは自然な様子で微笑んできた。
「左様ですか。それではこれで説明を終わらせて頂きます。ご清聴感謝します。そして、改めて我々冒険者ギルドは、香様とザッドハーク様を歓迎します。ようこそ冒険者ギルドへ」
最後にニーナは深々と頭を下げてきた。
これにて登録は終わりということだろう。
私もニッコリと微笑んで頭を下げた。
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
「はい。こちらこそお願いします」
「ウム。是非にとも頼むぞ。して、今宵のことだ…………ウグハァ?!」
「とっとと行くぞ」
挨拶もそこそこに、私は復活早々にナンパを続行しようとするザッドハークを蹴り付ける。そして、ひくついた笑みを見せるニーナに見送られながら、早速依頼を受けるべくクエストボードに向かった。
◇◇◇◇
「うわ。いっぱいあるね」
教えてもらったクエストボード付近へと来てみると、壁には横幅に長くてでかいコルクっぽいボードが張られており、そのボードには所狭しと紙が張られていた。
字が読めないので内容は分からないが、恐らくは依頼の紙なのだろう。
そのボードの周りには幾人もの冒険者達がおり、皆が真剣な表情で依頼の吟味をしていた。
まぁ、私達が近付いたらそそくさといなくなったが。
誰もいなくなったクエストボードへと近付き、そのボードを見上げる。
「ふへぇ。いっぱい依頼が張ってあるけども、文字が読めないから分からないや」
「フム。では、我が汝に最適な依頼を選ぼうと思うが、依存はあるか?」
横に並ぶザッドハークもボードを見下ろしながら聞いてくる。
でかいクエストボードなのだが、巨漢のザッドハークにしてみればやや低いらしい。
「うん、お願いするわ。私の訓練ってのもあるし、ここはザッドハークに一任するよ。だけど、あまり変なのは選らばないでね?」
「承知しておる。フム……では、この『トゥルの実の採取』などどうか?」
「一回ザッドハークの耳を分解してもいい?」
いきなり変な依頼を受けようとしやがったよこいつ。
もう、トゥルはこりごりだっての!?あんな気持ち悪い実の採取なんてしてたまるか!!てか、依頼出されてんだトゥルの実?!
「採取なら、普通は薬草とかじゃないの?」
「フム………」
私がそう言うと、ザッドハークは再びボードを仰視する。
そして何か納得したように頷くと、三枚の紙を剥がした。
「ではこれらにしようぞ。我ら『路傍の石級』で受けられるもので、最適なのものだ」
「なんだろ……口調は尊大なのに、酷く自分を卑下してるように聞こえるなぁ……。で、何の依頼?」
やはり『路傍の石級』という呼び方にはどうも慣れない。早く『煌めく魔鉱金級』にならないとなぁ?
そんなことを考えつつ、ザッドハークが剥がした紙を見ながら聞いてみる。
「フム。まずは、戦闘訓練を兼ねた『スライムの討伐』と『ゴブリン討伐』。それに汝の要望の『薬草採取』の3つだ」
「わお。テンプレート」
正に絵に書いたような初心者依頼そのものです。言ってて何だけど、薬草採取もあったんだ。
しかし、スライムにゴブリン……やっぱりいるんだな……。
「では、この依頼で依存はないな?」
「あっ。うん、問題なし」
「左様か。では受けて参る」
依頼の内容に不満はないことを伝えると、ザッドハークは堂々とした足取りで、迷いなく冒険者達が大量に並ぶニーナの元へと向かっていった。
他の受付が空いてるにも関わらず。
自由気儘か。
まぁ、ザッドハークが近付いた時点で冒険者達は全員捌けていったが。
そして暫く受付でやり取りをした後、ザッドハークは悠々とした足取りで戻ってきた。
「フム。依頼の受注と今宵の夕げの誘いを終わらせてきたぞ」
「そう、ありがとう。………いや、誘ったの?!」
依頼の受注と一緒に何話してたんだこいつは?!
「ウム。あの母性の塊が特徴の森人は中々の上玉。これを逃すは愚か者のすることよ」
「今の時点で私の目の前に愚か者がいるんだけど?」
「ククク……あの森人め。我の誘いに歓喜したようで、感激にうち震えておったよ」
「ものは言い様だけど、それ多分震え方のジャンルが違う」
言うなれば、同じ映画でも、ホラーとラブロマンスくらいにジャンルが違うと思う。
「ククク……今宵が楽しみぞ。なれば、依頼などは早々に終わらせ、夜に備えようぞ」
「おい!目的が変わってんぞ!!」
私の訓練やなんかが目的だった筈が、あの脂肪の塊を前にして揺らぎやがった。
揺れるデカパイの如き揺らぎ様だ。
いや、うっせーし!!
内心で一人ツッコミをしていると、ザッドハークは何かを探すように辺りをキョロキョロと見回す。
そして、目的のものを見つけたのか、唐突に歩きだした。
その進む先……そこにはギルドに併設された酒場があった。どうやら、その酒場に設けられた席で、酒をチビチビ飲んでいる一人の冒険者が目標のようだ。
普段ならばザッドハークが歩けば道が勝手に開き、進行方向にいる人々は皆逃げ出すのが常だった。
だが今回、ザッドハークはその巨漢からは想像できないような素早さ……それも、気配や音もなく、冒険者の背後へと近づく。
ジッと見ている私さえ、一瞬見失いそうになる足技だ。まるで、忍者か暗殺者のようだ。
おかげで周囲にいる冒険者は騒ぐこともないし、気付いてすらいない。
そして目的の冒険者の背に立つと、ザッドハークはその冒険者の肩へと優しく手を置いた。
「そこな冒険者よ」
「んっ?!ブゥゥゥゥゥ!?」
声をかけられた顎髭を生やした冒険者は、声を掛けてきた者を横目で確認すると、盛大に飲んでいた酒を吹き出した。
それはもう、見事な吹き出し加減で、一瞬だが虹さえ見えた。
正直、汚いなとは思うけど、今回は仕方がない。なにせ声を掛けられて振り向けば、巨漢の骸骨騎士が幽鬼のように佇んでいるのだ。
驚き、吹かない訳がない。
私だったら死神と勘違いするところだ。
しかし、ザッドハークはなんのつもりなんだろうか?他の冒険者に声を掛けて………。
何をするつもりなのかは知らないが、暫く様子を見てみるか。何か暴走しかけたら、脛殺しをすればいいし。
そう考え、暫く様子見に徹する。
すると、ザッドハークは男の背後から正面へと向かい、そこにあった椅子へと腰かけた。
「あ、あ、あの?な、なんでしょうか?」
正面に座ったザッドハークに、顎髭を生やした恐らくは、三十前半の冒険者の男は、普段は精悍そうな顔を青白く染めながらも用件を聞く。
「何………汝に聞きたい事があるまでよ。案ずるな……直ぐに済む」
「ヒィィィ……」
案じない方が難しいだろう。
椅子に座って質問を投げ掛けるザッドハークの姿は、玉座にて勇者を待ち受ける魔王さながらの迫力なんだから。
勇者でもなきゃ、ビビらん方がおかしい。
あっ。勇者私だったわ。
「あ、あ、あの………何を………」
無論、勇者じゃない哀れな冒険者は狼狽するばかりだが。
「そうさな……いや、待て。おい、店主よ!!」
「は、はいぃ!?」
話しをしようとしたザッドハークだが、何かを思い付いたのか、酒場の奥にいた髭モジャの店主らしき人を呼び寄せた。
「あ、あの………何か………」
「フム。この者に酒を………それこそ、極上にして最上級の一杯を持って参れ。早急にな」
「は、はぃぃヨロコンテー!!」
ザッドハークの注文を受けた店主は、残像が残る程の速度でカウンターの向こうへと消えた。
だが、直ぐに琥珀色の液体が並々と入ったグラスを一つ持って戻ってくる。
「お、お、お待たせしましたぁ!こ、こちら……酒の神様と言われる程の名匠が丹念に酒造した『ララバイ』の15年もので御座います!!」
「フム。それは良い。ご苦労」
店主が冒険者の前にグラスを置くと、ザッドハークは労いの言葉を吐いてから手を軽く振るう。
店主はそれを退散の合図と見なし、再び残像が残る速さで店の奥へと消えていった…………。
「あ、あの………これは?」
冒険者が目の前の酒とザッドハークを交互に見やりながら、困惑したように呟く。
ザッドハークはそのグラスの底に指を当て、スッと冒険者の前へとスライドさせた。
そして、自らよりも小さな冒険者を見下ろしながら、厳かな口調で話す。
「まぁ、飲むがよい。これは良い酒ぞ?それこそ……天にも昇るほどな……ククク………」
「天…………」
冒険者は一瞬真顔となってザッドハークを見た後、自分の前に差し出されたグラスへと視線を移す。
そして、尋常ならざる震え方をする手でグラスを持ち上げる。
当然、グラスはカチャカチャと揺れ、中身の酒が溢れて跳ねる。
冒険者はそのグラスを胸元まで持ち上げた所で急に天井を仰ぎ見て目を閉じる。
暫くそうやっていたが、見れば妙に清々しい雰囲気となっていた。更には、手の揺れもいつの間にか収まっている。
そして唐突に、その冒険者の閉じた両の目からは、ツーと一筋の涙が溢れ落ちた。
ポタリと涙が床に落ちると同時に、冒険者は一言だけ呟く。
「俺………今日死ぬんだ………」
「うぉい?!何してんのあんた?!」
流石に見てられず、ザッドハークの元へと走っていく。
近づくと、冒険者は清々しい顔付きで涙を流している。
全てを諦め、全てを受け入れたかのような顔だ。
いや、なんだよこれ?
「何とは何のことだ?」
ザッドハークが唐突に現れた私に、心底不思議そうに聞いてくる。
不思議なのはこっちだわ!
私は冒険者の人を失礼ながらも指差しながら叫ぶ。
「これよこれ!!あんた一体何をするつもりなのよ!なんでこの人に、こんな『覚悟完了』みたいな雰囲気出させてんのよ!?これ、もう死地へと赴く時の顔じゃん?心の整理ついちゃってんじゃない!!あと死ぬだけよ?!」
名も知らぬ冒険者は、未だに目を閉じて涙を流し、キラキラとしたエフェクトを散りばめ、清々しい気配を醸し出している。
昔修学旅行で見た、お寺の大仏や観音様のような、悟りの境地を開いた顔のようだ。。
うっすら後光さえ見える気がする。
魔王の如きザッドハークを前にして、死を覚悟したらしい。
気持ちは分からんでもない。
すると、ザッドハークは心外だとばかりに、アメリカ人がやるように、両手を上げてやれやれといった仕草をしてきた。
腹立つコイツ。
「この者に危害を加える気など無いわ。ただ、我は情報収集をしようとしたまでよ」
「情報収集?」
ザッドハークの言葉を聞き返すと、ウムと頷き話しを続ける。
「我はこの周辺の土地に関する知識を持っていないのだ。故に、この土地に詳しそうな者から、魔物の出現傾向や薬草などの採取場所を聞こうとしたまで。その礼として酒を奢ろうとしたまでよ。酒を奢るは冒険者の基本と聞いたことがあったのでな」
ザッドハークなりに考えての行動だったらしい。
確かに情報を得ることは大切だし、現地で活動している人から聞くというのは有益だ。
だが………。
「だったら最初から用件を伝えてやれよ!!ザッドハークの言い方はいちいち物々しいのよ!見てよこの人!!まるでこれが最後の酒かのように味わいだしたわよ!私、こんな悲しそうに酒を飲む人見たことないわよ!!」
名も知らぬ冒険者は、目を閉じたままに、手にした酒を口に含むと、その味や匂いを確かめるように味わっていた。
これが最後の酒かのように……。
「フム。なんとも美味そうに酒を飲む者だ。気に入った。後程飲みにでも誘おう」
「気に入るな!!この人の心折れるわ!!」
相変わらずのマイペースなザッドハークについていけず、もう見ていられなかった私は、冒険者の男性の肩に手をやって声をかける。
「あの………大丈夫ですか?」
そう声をかけると、冒険者は閉じていた目を開き、肩に手をかける私を見た。
「あの……もう心配しなくてもいいですよ?別に命を取られる訳じゃないですから………」
宥めるように優しく声をかけると、冒険者の男性はゆっくりと表情を動かし、笑みを見せた。
ただ、安心とかからの自然な微笑みとかのではなく、自嘲気味なぎこちない笑顔を。
「ハ、ハハハ………死神が迎えにきたと思ったら、どうやらもう俺は死んでたらしい。自分が善人だとは思っちゃいなかったが………まさか地獄に堕とされるとはな……ハハハ……」
「いや、鬼でも悪魔でもねぇぇよ?!」