17話 知ってはならぬ事実もある
今回、はじめてレビューを頂きました。
とても、感激しました!ありがとうございます。
これからも、楽しい作品を書けるように頑張っていきます。
「そ、それでは、ご職業は普通の『戦士』に変更でよろしいですね?」
「はい。お願いします」
ひくついた笑みを見せるニーナに、私は微笑みながら答える。
まさか、職業に『勇者』なんて書く訳にもいかないしね。変に目立ちたくないし、混乱を招きかねない。だから、取り敢えずは戦士ということにしておこう。
それに職業は何回でも書き変えられるって話だし、変えたかったら申請し直せばいいから、問題はない筈だ。
そんな風にニーナと登録のやり取りをしていると、背後から他の冒険者達のひそひそとした話し声が聞こえてきた。
『お、おい……見たか?あれ』
『あ、あぁ。なんだったんだあれは?あの巨漢の骸骨騎士が外に向けて走り出したと思ったら、突然悲鳴を上げて倒れたぞ……』
『今も聞くに耐えん悲痛な叫びを上げておるぞ……。なんじゃろう、脛をしきりに押さえておるが……。何があったんじゃ?』
『分かんねぇが骸骨が倒れる前に、あの悪魔みてぇな騎士が何か蹴りを入れるような動作をしてたが……』
『いや……あんな距離も離れてんのに蹴りを入れたってか?あり得ねぇだろ?』
『まぁ、何があったか分からんが、何にしてもとんでもねぇ新入りが入ってきたな………』
『あぁ……間違いねぇ………』
『だな…………くわばらくわばら』
冒険者達はロビーのど真ん中で、悲痛に喘ぐザッドハークを見ながら口々に話をしている。
何があったかは察して欲しい。
そんな苦悶の声を上げるザッドハークを無視し、登録の続きを行う。
ニーナは書類に印を押すと、次に丸いバレットボール大の水晶のようなものを取り出した。
「で、では次にカオリ様の犯罪歴を、この『真実の玉』で調べさせてもらいます」
「犯罪歴?」
「は、はい。冒険者になろうという方の中には時折、重大な犯罪を犯した者が紛れ混んでいる場合があります。冒険者は基本的には誰でもなれるため、罪を犯してまともな職に就けない者がなろうとするのです」
「はぁ、成る程ね。食いつめた犯罪者やなんかが、冒険者になって稼ごうとしている訳ね」
「はい。冒険者は来るもの拒まずの職ですが、それでも依頼人や仲間との信頼を売りにしている仕事です。最低でもそんな重罪人を冒険者にする訳にはいかないので、ここで選別をさせていただいているのです」
まぁ、確かにそうだよね。冒険者っていえば自由で誰でもなれるイメージがあるけども、それでも仕事な訳だ。
仕事であるならば信頼やなんかは大切で、雇う側と雇われる側の双方にしっかりとした信頼関係を築かなければならない。
まして、その他にも依頼人やなんかとの関係もあるしね。依頼の滞りや、金銭のトラブルなんかもっての他だろうな。
そう考えたら、冒険者って案外面倒な仕事なのかもしれないなぁ。
「まぁ、理由はわかりました。けど、どうやって犯罪者とそうじゃないのを見分けるの?」
そう質問すると、ニーナは例の玉を私の前へと差し出してきた。
「そのためにこれを使います。これは『真実の玉』という魔法具で、これに手を触れた者に質問をし、それに正直に答えれば祝福の音ともに青く光り、嘘ならば警告音とともに赤く光るのです。冒険者に登録する方は、この玉に触れてもらい、最低3つの質問に答えてもらうのが決まりとなっています」
「成る程」
要は嘘発見器ね。便利なものがあるもんだな。これなら確かに犯罪者を見抜くことができるね。
「では、早速質問をさせていただきます。まずは、玉に手を触れて下さい」
聞く人によっては卑猥に聞こえる言葉に従い、『真実の玉』へと手を触れた。
「では、私の質問に『はい』か『いいえ』で答えてもいます。まず、あなたの名前は『カオリ』様で間違いありませんか?」
「はい」
『ピンポーン』
ニーナの質問に正直に答えると、玉がテレビのクイズ番組の押しボタンのような音と共に青く光だした。
「真実ですね」
なんだろう。思ったよりもちゃちい気がする。なんかもっと神秘的な雰囲気を想像してたのに、クイズのはや押しをしている気分だ。
若干テンションが下がったが、ニーナの質問は更に続く。
「では次の質問です。あなたは、犯罪を起こした、または加担してことはありますか?」
「いいえ」
『ピンポーン』
再び玉が軽い音とともに青く光る。
やはり気分はクイズの解答者だ。
「成る程………犯罪歴はないようですね。ですが、一応はもう一つ最後の質問をさせてもらいます」
「いいですよ。なんでもどうぞ」
別に嘘を言う必要もないし、これぐらいなら楽勝でしょう。
ちゃちゃと答えて登録を終わらせてしまいましょう。
「では、最後の質問です。カオリ様は『処女なのか』…………あれ?」
「はい?」
私とニーナは二人でキョトンとする。
なんかおかしな質問しなかった?というより、途中の声が変で、違う方向から聞こえような………。
そう思い、声の聞こえた方へと視線を向けると……。
「で、どうなのだ?」
ザッドハークがいた。
いつの間に復活しやがったんだこいつ?!
「おい。何変な事を聞いてんのよ!」
とんでもない質問を混ぜ込みやがったセクハラ骸骨を怒鳴り付ける。
こいつは公衆の面前で何をとんでもないことを聞いてやがんだ!
だが、流石はザッドハークと言うべきか、全く動じない。
「何でも聞けと申したではないか」
「受付に言ったんだよ!あんたじゃねーよ!?」
よしんば質問に答えるとして、何故に処女かどうかなんて答えにゃならんのよ!?馬鹿じゃないのか!?
「フム。左様であったか。それで。汝は処女なのか?」
「耳にヘドロでもつまってる?」
全く話が通じない。
なんで私が処女かどうかに食い付いてんのよ?!意味が分からんわ!!
よく見れば、何故か周りの冒険者達まで聞き耳を立てている。
このクソ外野が!引っ込んどれ!!
「それで?」
「いや、それでじゃないし!答えないよ?!答える必要ないでしょうが!!馬鹿なの!?」
顔を真っ赤にしながら叫ぶと、ザッドハークは指で顎をこすりながら暫し考える素振りをすると。
そして、何か納得したように頷くと、一言呟いた。
「フム。その反応……処女か」
瞬間、血が熱くなる。
「ハ、ハァァァ?!」
何言ってんのよこいつは?!本当に何を言ってくれてんだ?!
「な、何を証拠に処女とか言ってんの?!馬鹿なの?脳ミソ無いの?!」
「フム。その慌て振り……ますます処女であると見た」
我が意を得たとばかりに納得顔のザッドハークに益々腹が立つ。
「は、はぁぁ??い、イミフだし?何言ってるか分からないし??処女とかそんなのどうでもいいでしょ?!」
「ウム。些か気になったものでな」
「気になるなし?!阿保なの?阿保でしょ?!」
「お嬢ちゃん………処女なのかい?」
「うっさい黙れや!!てか、誰だオッサンはぁ!?」
私とザッドハークの言い合いにギルド内が騒がしくなる。
処女なのか違うのか。何故か私の膜の有り無しで賭けまで始まる始末。
本当に何なんだこいつらはぁぁ!?
そんなイライラとしている私に、ザッドハークが確信めいた口調で、ある言葉を告げてきた。
「フム。その慌て振り……確信を得たり。いや、というよりも………」
「というより何よ?何を言………」
「我の見立てでは、処女云々以前にまともな男性経験………つまりは異性と付き合った経験事態が無いと見たぞ。道理でなんともおぼこな筈よ」
その言葉を聞いた瞬間。
プチン
切れた。
「………ハ、ハァァァァァァ?何言ってんの?馬鹿じゃないの?てか馬鹿でしょ?残念だけど、私、処女じゃないしぃ?経験ありありの貫通済みビッチだしぃ?男とは星の数程付き合ってきたしぃ?てか、男なんて使い捨てティシュ?みたいなもんだしぃ?バージンとか何それ?っていうか?男経験なんてありすぎて覚えてないのよね?残念だけど、そんな半端な推理は外れみたいなぁ………」
『ブーーーー』
キレて必死にザッドハークに向けて反論をしていると、唐突に大音量の警告音とともに目の前が真っ赤に染まる。
最初は頭に血が上り過ぎ故の幻聴かと思ったが違った。
原因は、私が手を置いていた『真実の玉』。
その玉が真っ赤に光り輝き、大音量で『ブー』という音を奏でていた。
まるでパトカーのパトランプのように赤々と光り輝き、虚言を語った者を責め立てるように『ブーブーブー』と鳴り響く。
加えて、ギルド内は妙に静寂に包まれていて、『真実の玉』が鳴らす音が妙に辺りに甲高く響いている。
「………………………………」
ブザー音だけが響くギルド内で、ザッドハークが納得したように呟いた。
「フム…………やはり処女か………」
それに続くように、聞き耳を立てていた男達も次々と呟く。
「処女なのか……」
「処女なんだ………」
「処女だってよ……」
「処女かぁ………」
「処女なんじゃ……」
「処女ですか………」
「「「処女か…………」」」
ギルド内に、男達の呟きが木霊した。
◇◇◇◇◇
「こ、これで冒険者登録はしゅ、終了です。お、お疲れ様でひた……」
ニーナが震える手で名刺サイズのカードを差し出してきた。
ギルドカードというものらしい。
私はそれを受け取り、ニーナに礼を述べた。
「Arigatoooooooooo……」
「ヒィィ?!」
ニーナがビクリと震え、半泣きになる。
あっ。しまった。狂化を解くのを忘れてたわ。
いけない、いけない。
意識を集中力し、自身に掛かっている狂化を解く。
何かがほどけるような感覚とともに、意識が明瞭となる。
「ふぅ……ごめんなさいね。ちょっと怖がらせてしまいましたか?」
「い、いえ!だ、大丈夫ですぅ!」
ニーナを怖がらせてしまったことを謝罪すると、顔を真っ青にして首をブンブンと振ってくる。
大丈夫だと言っているが、とても大丈夫とは思えない様子だ。
まるで狂暴な肉食獣に壁際に追いやられたかのような悲壮さを出している。
よく見れば、ニーナの涙に濡れた視線は私へと向けられているが、時折私の背後………ギルドに併設された酒場付近にチラチラと向けられている。
恐らくは、下手に私を刺激すれば、そこに転がるものの仲間になるのではと恐怖しているのだろう。
私だってそこまで手当たり次第って訳じゃないんだけどなぁ。
そう思いながら酒場付近へと目を向ける。
そこには、ザッドハークを含めた数多くの冒険者達が苦悶の表情を浮かべ、塵のように転がっていた。
誰もが苦痛に顔を歪め、悲痛な喘ぎ声を漏らす。
中には意識を失い、失神している者さえいる始末。
そして何より、皆が一様に脛を押さえ、必死に擦っていた。
それを見て実感する。
「うん。脛殺し最強だわ」
改めて自身の脛殺しの有用性を理解した。
特に、狂化と組み合わせることで無類の強さを発揮することが分かった。
外れスキルと思ったが、これはかなりのチートっぽいかもしれないな。
相手を苦しめ、黙らせるスキルで、これほどのものは中々ないだろう。
うん。いいスキル訓練ができたわ。
ありがとうザッドハーク。
ありがとう冒険者の男達。
君らの献身と犠牲は忘れないよ。
だが、私に処女を公開させたことも忘れねぇ。
「さてと。次はザッドハークの登録を終わらせないとね」
私は倒れているザッドハークに向かって歩きだした。
すると、それに気付いた他の冒険者達は『ヒィ!』と叫んで逃げ出していく。
中には、足が動かないので這いつくばって逃げる者もいる。
少しやり過ぎたかもしれない。
まぁ、反省は後にして、今はザッドハークの登録を先にしてしまおう。
私は地べたに転がるザッドハークへと近寄りしゃがんみこんだ。そして、微笑みながら優しく声をかけた。
「さぁ立って、ザッドハーク早く登録をすませよう」
声をかけると、ザッドハークは僅かに痙攣を起こす体を身動ぎさせて、顔を上げてきた。
「ほ、本音と建前が同時に聞こえる気がするのだが………」
「気のせいよ」
「き、器用な……。だ、だが暫し待て。足がうまく………」
「自業自得よ」
「無慈悲な…………」
なんだかんだ言いながらもザッドハークは立ち上がると、受付に向けて歩きだした。
足が生まれたての小鹿のようになっているが、それは仕方あるまい。
処女を弄った業なのだから。
ザッドハークが受付に行くと、多少は慣れたのかニーナが手早く登録の準備を済ませていく。
そして、再びあの『真実の玉』を取り出し、ザッドハークへと差し出した。
「それではこの『真実の玉』に手を当てて下さい。そしてこれから質問をしますので、正直に答えて下さい」
「ウム。承知した」
ザッドハークが『真実の玉』に手を置くと、ニーナは質問を開始した。
「あなたの名前は『ザッドハーク=エンペレスト』様で間違いありませんか?」
「相違無し」
『ピンポーン』
また、あの安っぽい音がなる。
ザッドハークの手元からあの音が鳴る光景はなんともシュールだな。
「嘘ではありませんね。では次の質問です。あなたは犯罪を犯したまたは、加担したことはありますか?」
見た目は犯罪者どころか、悪の帝王といった感じなのだけど、はてさて……真実はどうだろうかな?
そう考えながら様子を見ていると、ザッドハークは何の迷いもなく答えた。
「無し」
『パリーン!』
「「…………パリーン?」」
一瞬何が起きたか分からなかった。
最初はピンポーンという音の亜種かとも思った。
だが、実際は全く違っていた。
だんだんと頭が目の前の事態を理解すると、私もニーナも驚愕に目が見開く。
なんと、ザッドハークが質問に答えた瞬間。真実の玉が砕けて割れたのだ。
それも破裂したかのように。
その破裂した玉を、私もニーナも周囲の冒険者も……。皆が唖然と見つめていた。
そんな微妙な空気の中。例によって空気を読めない男が首をかしげながら口を開いた。
「して。この場合は如何にする?」
「いや、如何にする?じゃないでしょうが!?何で割れてんの?」
私は多少はザッドハークに耐性ができたのか、いの一番に我に返った。
いやなんで割れるの?光るでも音が出るでもなく、本当に何で割れるの?
意味が分からんよ?
見てみなさいよ。周りの人達皆してポカーンとしてるよ?
どうすんのよこれ?
「フム。割れたものは仕方あるまい」
「いや、コップ割っちゃったみたいに済まさないで。手を置いただけで割れるって尋常じゃないよね?見てみ。ニーナさんなんかポカーンとしたまま固まってるよ?」
受付のニーナなんか、割れた玉を仰視したまま全く動かない。瞬きすらしてない。
色々とありすぎて、既に容量一杯でフリーズしてしまってるよ。
「フム。されど母性の塊は左右に揺れておる。なんとも眼福よ」
「黙れや」
真実の玉を仰視するニーナの胸を仰視しているザッドハークの脛を取り敢えず蹴っておく。
なんだか私、暴力的になってる気がするんだけど…………気のせいかな?
それよりこの状況どうしよう。
この玉を割るって多分相当のことだよね?皆仰視してるし。
これってヤバいんじゃないの?冒険に出る前に、冒険が終わったんじゃないのこれ?
そんな事を考えていると、突然酒場にいた1人の老婆が叫びだした。
「あ、あ、あ、悪魔じゃぁぁ!?そ、その者は悪魔に違いあるまい!?」
「ば、婆さん?!」
「カミル婆さん?!ど、どうしたんだ?!悪魔ってどういうことだ!?」
老婆の叫びに我に返った冒険者達が一斉に騒ぎ出し、老婆に言葉の意味を問いただす。
老婆は興奮冷めやらぬ口調で話し出した。
「儂が若き頃にも同じことがあったのじゃ!ある男が冒険者の登録をしようと真実の玉に触れたら、その玉にヒビが入ったのじゃ!!実は男は高位の悪魔が変化した姿で、冒険者ギルドを中から支配しようと目論んでおったのじゃ!!故に、其奴も悪魔に違いないわ!!それも玉が粉砕するなど、かなりの大物に違いないぞ!!」
老婆の言葉に冒険者達は一瞬だけ動揺したが、直ぐに武器を抜き、私達に向けて構えてきた。
目には敵意が込められており、完全に私達を敵と見なしている。
や、やばいよぉぉぉ!!これ、マジでやばいよぉぉぉ!
老婆の話の内容もヤバいし、状況もヤバいよ!!
いや、私は最初からザッドハークはヤバいとはおもってたよ?見た目からしてヤバいし。だけどまぁ、意外に中身はアレだし、結構大丈夫かな?って楽観視してたけど、これやっぱ不味かったよ!これ魔王討伐どころじゃないよ?私達が討伐対象だよ!!ザッドハークはどもかく、私にまで武器を向けてやがるよぅ!?
なんとか誤解として誤魔化せない……駄目だ。あのババアが騒いで扇動してやがる!!
ババア余計なことすんな!!
ババアはこちらに背を向け、冒険者へと『早く退治しろ』だの『悪魔と悪魔の騎士じゃあ!』だのと未だに騒いでいる。
おかげで冒険者達の敵意は鰻上りだ。
ふざけんなよババア!!ザッドハークはともかく、誰が悪魔の騎士じゃあ!?
いや、それどころじゃないよ……これ本当にどう…………。
瞬間。
私の背後から強烈な青白い光がギルド内を覆った。
まばゆい光はギルド内にいた人々へと等しく振りかかる。
光は、冒険者や受付嬢といった、背をこちらに向けていたババア以外の人達全員が目にすることとなった。
そう、あの光。ザッドハークのあの光を。
「……………………」
「な、なんじゃ?どうしたのじゃ?なんじゃ今の光は?!むっ?どうしたのじゃ皆の衆よ??」
光を見て、暫し黙って呆然として動かない冒険者達に、背後を向いていたおかげで光を見ずに済んだ老婆が狼狽する。
しかし、それも僅かな間で直ぐにギルド内の人々は何事もなかったように動きだした。
それを見て老婆はホッと一息つくと、再び騒ぎ出した。
だが、その声は届くことがなかった。
「皆!そんな呆然と………」
「いやー真実の玉を落として割るなんてニーナちゃんもドジだなぁ」
「確かに確かに。まぁ、そこがニーナちゃんの可愛いところだけどな。でも、あの新人も良かったな。玉が青く光ってから割れてよ。じゃなきゃやり直しだからよ。手間じゃないが面倒だしな……」
「はい?」
そう会話をすると、冒険者達は皆が皆何武器をしまい、各々に散っていく。
それこそ、まるで何もなったかのように。
「な、な、な、ど、どうしたんじゃ一体?!」
あまりにも唐突な変わりように、老婆が慌てて叫ぶ。すると、受付にいたニーナがハッと我に返り、立ち上がって頭を下げる。
「も、申し訳ありません!私のミスで驚かせてしまって!!ザッドハークさんもお怪我はありませんか?」
ニーナも、玉を割ったのは自分だと主張し、ザッドハークの手をとって謝罪をする。
本当に自分が玉を割ったと思っているらしい。
それを見た老婆は驚愕に顔を歪ませ、ザッドハークを指差して更に叫ぶ。
「な、何を言っておるのじゃあ?!玉を割ったのはその悪魔じゃあ?!皆、何を言っておるのじゃぁぁ?!どうしたというんじゃ一体?!」
老婆が唾を吐きながら叫ぶ。
その叫びに受付にいたギルド員も周囲の冒険者達も怪訝な表情で老婆を見つめた。
「おいおい。カミル婆さんどうしちまったんだ?あんな叫んで」
「さぁ?妙に興奮してんな?玉を割ったのが新人とか言ってるが?」
「角度が悪くてそう見えたんだろ。てか、新人を悪魔とか言ってんが?」
「あのもう片方だろ。悪魔のような鎧の女。あいつのことだろ。中身も悪魔みたいだし。俺まだ足痛いわ……」
「俺も。しかし婆さん妙に食い付き過ぎじゃねぇの?ボケたか?」
「あー……そういや、カミル婆さんの息子のマイケルが言ってたな。最近、婆さんが飯の時間を忘れたり、店の商品を勝手に食ってるって」
「確定じゃねぇか……。可哀想に」
先程までとはうって変わり、注目の的は老婆となった。冒険者達は未だ喚く老婆へと、哀れみの視線を向ける。
やがて、ギルドの奥からギルド務めらしい女性が二人出て来て、老婆を宥めはじめる。
「お婆さん?お家はどこかしら?私達がお家まで送っていきますよ?」
「何を言っとる?!儂は……」
「ハイハイ大丈夫ですよ。ちゃんとお家まで送りますからね。じゃあ、行きましょうか?忘れものはありませんね?」
「は、離せぇ!?ボケ扱いするな!儂はボケとらん!ちょっと物忘れが激しくて、気付いたら知らん所にいたりするし、今日も気付いたらギルドにいたが、まだボケとらんわ!」
「「確定じゃないですか」」
「うるさぁぁぁい!!離せぇ!儂よりも、あの悪魔を……悪魔ををををを!!!」
哀れな老婆はギルド員の女性に両脇を固められ、そのまま外へと連れ出されていった。
「…………………」
私はその光景を無言で見ながら、振り返ってザッドハークへと視線を写す。
「フム。それで聞きたいのだが森人よ。そなたは今宵、空いておるか?空いておるならば、我と夕げを共にせぬか?良い酒場を知っておるのだが?」
「えっと………あの…………」
そこでは、手を握られたのをいいことに、ナンパを敢行しているザッドハークがいた。
こいつは本当になんなんだろう?
そんな疑問を感じながらも、取り敢えず脛殺しを発動した。