16話 冒険者ギルドに行こう!
「ウム。準備は全て整った」
「実質何もしてないよね?」
準備を整ったことに満足気に頷くザッドハークに腹が立つ。
本来ならばザッドハークが率先して準備を進めてくれる筈なのだが、結局は全て準備してくれたのはメル婆であり、ザッドハークはそのほとんどの時間、床で横になっていた。
というより失神していた。
そうなった原因は私にあるのだが、そもそもはザッドハークの学習能力の低さが招いた事態なので後悔はない。
乙女の怒りは妥当であったと信じている。
「ウム。準備が整ったのは良いことだ。これで本格的に動けるというものだ」
「スルーされたのは苛つくけど、確かにこれで動けますね」
生活必需品も装備も整えた。これで本格的に勇者として活動できるというものだ。
ザッドハークに同意していると、金貨を金庫にしまい終えたメル婆が杖をつきながらやってきた。
「さて、確かにお代は頂いたよ。毎度あり。後は旅に出発するのかい?」
メル婆がそう聞くと、ザッドハークがゆっくりと首を左右に振ってそれを否定した。
「いや。暫くはこの国を拠点に活動を行うつもりだ」
「えっ?」
私はその答えに驚く。
てっきり直ぐに旅へと出ると思ってたんだけど?だから旅支度をしたんじゃないの?
暫くこの国を拠点に活動するって……なんで?
「拠点に………成る程のぅ。まぁ、確かに妥当な判断じゃ」
あれ?メル婆まで納得してる?
えっ?どういうことなの?私だけ置いてけぼりなんだけど?
すると私の疑問を感じたのか、ザッドハークが厳かな口調で教えてくれた。
「フム。この国に暫く滞在するというよりも、暫くは国の周辺で活動すると言った方がよかろう」
「この国の周辺?」
「左様。この国の周辺は人族の領域ではあるが、森や草原などでは当たり前のように魔物などが出没する。魔物といってもそこまでの力はなく、魔領にいるものと比べれば脆弱なものよ。そのような魔物は、戦いに慣れぬ者の訓練の相手には調度良いのだ。故に、暫しは国を拠点にし、そのような弱い魔物を相手に汝の戦闘訓練や様々な指導を行うのが目的よ。」
と説明してくるザッドハークに私は唖然とする。
け、結構しっかり考えていたのね?
いや、確かにザッドハークはちょいちょい真面目な意見を言うのんだけど、普段の言動や行動でチャラというかマイナスになってんだよね?
だから、こういう風に唐突に真面目に言われると固まっちゃうんだよ……。
というかそうか……私の訓練のためか……。
確かに、いきなり強敵と戦わせられても困るし対処できないからね。弱いやつから相手にして着々と実力を……って感じかな?
なんか、まんまゲームの序盤みたいだね?最初にスライスを相手にしてレベルを上げるみたいな?
そういや、一応はレベルもあるんだし、ステータスを強化しなきゃいけないんだよね。
となれば、ザッドハークの意見はかなり理にかなっているんだな。
一応は流石はアドバイザー。
内心でザッドハークへの評価を零から一に上げるべきかと考えていると、メル婆が『フム』と一息つきながら思案顔で頷く。
「……訓練に指導。更には国を拠点とした活動となると……次はあそこ行くのかい?」
「あそこ?」
メル婆の言葉に、あそこっでどこよ?と思ったのだが、それを口にする前にザッドハークが『ウム』と厳かに頷きながら答えを口にした。
「冒険者ギルドだ」
◇◇◇◇◇
「ウヒヒヒヒ毎度どうもね。暫くこの国にいるなら、また寄っておくれよ」
「うん、またねメル婆」
「これが今生の別れになるやもしれぬな。あの老齢ならば、いつ天に召されてもおかしくはないからな」
「やめい」
店の入り口で見送りをしてくれるメル婆に手を振り、ザッドハークの脛を蹴りながら、私達は『ババヤーガの店』を後にした。
ザッドハークの話では、次の目的地は世界中に点在する冒険者達を取りまとめる組織。
冒険者ギルド。
この国にあるギルド支部で、私達は冒険者の登録をするとのことだ。
メル婆やザッドハークの話では、冒険者に登録をすれば、貰えるギルドカードが身分証明になるし、有益な情報も色々と入る。更には倒した魔物によっては金も稼げて一石三鳥とのこと。
確かにこれは登録するきゃないね!
しかしギルドか………冒険者ギルドか………クフフフ。
そう、ついにきました異世界の定番冒険ギルド!!
小説では必ずといっても良い程に出てくる自由を愛する冒険者!!そしてそれを取りまとめる冒険者ギルド!!
その冒険者ギルドに足を踏み入れる時がきました!!
こっちに来てから、ちょいちょいそれ系の話は聞いていたから実はそわそわしてたんです!!
小説で読んでいた時から冒険者みたいな存在に憧れはあったから、いざ実際にそこに行くと聞くと凄くワクワクします!!まして、冒険者として登録するとなるとドキドキです!!
テンション上がりまくりです!!
今から凄く楽しみです!!
「クフフフ…………」
「どうしたのだカオリよ?尋常ならざる気持ち悪さを醸し出しているが?」
「クフフフ………なんでもないよ」
「…………熱でもあるのか?」
なんか隣でザッドハークが失礼なことを言っている気がするけど、それが気にならない程にテンションが上がっていますわ!!
やっぱ、昔からラノベ系を読んできた立場としては、冒険者というものにはかなりの憧れるからねー。こればかりは仕方がないよ。
鼻歌も出るさ!
すると、ザッドハークもつられたのか、鼻歌を奏でだした。
………不気味な……それはそれは本当に不気味な鼻歌を。
その鼻歌は、まるでドナドナと魔王を足して2で割ったような不安定かつ不気味なもので、とても人間が発生できるような音声ではない。聞いているだけで精神が蝕まれるようだ。
例えるなら黒板に爪を立てるか、発泡スチロールを擦すり合わせるとか………そんな不快な音なのだ。
おかげで私のテンションは急降下だ。
「ンンフフン……まぁ、気持ちも分からんではない。我も冒険者という存在には些か憧れがある。故に、柄にもなく気持ちが昂っておる。ムッ?どうしたカオリよ?急に顔色が悪くなったが?」
「………別に。ただ一つお願いがあるんだけど」
「ムッ?何だ?」
「次、また歌ったら蹴る。容赦なく」
「何故?!」
◇◇◇◇◇
「ここが冒険者ギルドか!」
今、私の目の前には二階建ての古風だが、そこはかとない威厳漂う石造りの建物があった。
そう、此処こそがファンタジー好き達の夢の職業……冒険者達が集う冒険者ギルドなのだ。
裏路地からザッドハークの案内で、ついに夢の冒険者ギルドまで来ることができた。
途中、ザッドハークが私の制止を無視して鼻歌を奏でて脛を蹴られたり、周りの人達に避けられたり、衛兵に呼び止められて職質を受けたりと色々あったが、無事に到着することができた。
ついでに、今も私達の周りだけ妙に人が避けていくが、もう気にしないことにした。
気にしだすと視界が滲む。
「フム。我も初めて訪れたが、中々に雰囲気溢れる建物だな」
滲む視界を指で擦っていると、背後からザッドハークが足を引き摺りながら呟いた。
道中、あの精神が不安定になる鼻歌を三回も奏でた代償だ。
無論、全てクリティカルだ。
「そうだね。なんかゲームのTHE冒険者ギルド。みたいな感じだよね」
「済まぬが、全く共感できぬ。また意味不明な言葉を吐いているが、頭は大丈夫か?狂化の影響が残っているのでは?」
「よーし!ご要望通り、狂化で無慈悲で脛殺しをいってみよーか!」
「よし。気のせいだ。それよりギルドへ赴くぞ」
私が蹴りの素振りを始めると、ザッドハークはそそくさとギルドの中へと入っていった。
既に、相当に脛殺しがトラウマとなっていると思われる。
けっ。ざまぁ。
内心、ザッドハークへの溜飲を下げながらも、その背後に続いてギルドの扉を潜って中へと入る。
念願のギルドの中に入ってみると、中は外観からも分かる通りに中々に広く、一階の正面には受付が。その脇には別のカウンターらしきものと、酒場なども併設されており、多くの冒険者らしき人々で賑わいをみせている。
二階にも人の出入りがあるので何らかの施設があるようだ。見た感じでは、階段下に受付があり、そこで受付嬢が鍵を冒険者に渡しているから、おそらくは宿泊施設なのではと思われる。
総合して見ると、まさしくこれぞ冒険者ギルドといった赴きのテンプレ具合だ。良い意味で。
そんな赴きある冒険者ギルドの賑わいある雰囲気を楽しんでいたが、それも直ぐに終わりを告げた。
なぜかって?そりゃあ、酒場と同じだよ。
ザッドハークが現れた瞬間、冒険者ギルドが葬式会場の如き静けさに包まれた。
誰もが驚愕の表情や、明らかに怯えた顔でザッドハークを見ている。
いや…………その視線はザッドハークだけではない。
この私にも向けられている。
誰もが畏れを込めた視線を遠慮なく向けてくる。
まぁ、こんな悪魔っぽい鎧兜を装備してたら悪目立ちもしちゃうよね?
気持ちは分かる。
だから、仕方ないよね?あはははははは……。
……じゃねーよ!チクショォォォォォ!?
私の……私の華々しい冒険者デビューは大失敗だよぉぉ!?
なんでこんな周りからドン引きされにきゃなんのよ!?
普通、最初の冒険者ギルドの洗礼と言えば、か弱い見た目の私が冒険者に登録しようとすると、素行の悪い冒険者に絡まれ、それを撃退して華々しく冒険者デビューするというのがテンプレでしょうが!?
なんで最初から避けられてんの?
なんで誰も近づかないの?
酒場に……あそこに明らかに素行の悪そうな、薄汚い防具を身に付けた若い冒険者達が何人かたむろしているのに、誰もが目線を下げて目を合わせようともしないよ!
『帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな!』みたいな台詞を言える気概を持てよ!!絡んできてよ!!
いや、鎧が怖いのは分かるよ?でも、中身は優しい乙女だから安心してよ?
だが、いくら望んだところでも、無情にも誰もが関わりたくないと遠ざかる始末。
ちょい、この状況どうすんのよ?
ギルドのロビーのど真ん中で立ち竦み、困惑しながらザッドハークを見れば、既に迷いなく受付へと向かって歩いていた。
流石だなあの野郎。その剛胆を見習いたいわ。
ザッドハークがズシズシと進むと、酒場での光景と同じように受付付近にいた冒険者達は左右に割れて道を開けていく。
並んでいる人達でさえ、脇に避ける始末だ。
流石は極悪版モーゼである。
そして、冒険者達が綺麗に避けた先には受付カウンターがあり、そこには五人の受付嬢達が並んでいた。
受付嬢の容姿は、私から見て左から、青い髪のジト目の美少女、赤い髪に犬耳が生えた強気な目付きの美女、茶髪をポニーテールにした美女、長い黒髪の大和撫子風美女、最後に金髪を短めに切り揃えた巨乳エルフといった綺麗所の受付嬢達が整然と並んでいる。
まるでアイドルのような容姿淡麗な受付嬢達だ。
流石は冒険者ギルド。受付嬢に綺麗所を並べるのはテンプレ通りだ。
あまりの綺麗さに、同性として見ているだけで心の内に黒い炎が燃え上がる。
チクショウが。なんだあのデカパイは?もげろや。
私が心の中で受付嬢達に女性特有の嫉妬を燃え上がらせていると、受付前まで進んだザッドハークはそこで一度止まる。そして、グルッと受付嬢達を見回した。
何やら考えてから一度頷くと、迷いない足取りで巨乳エルフの受付に向かっていった。
自分に正直かよあの野郎。
「そこな母性溢れし森人よ」
「あっ!は、はいぃ!?」
かたや、声を掛けられた巨乳エルフ受付嬢は、まさか自分はと思っていたようで、恐怖からかなり震えている。
同時に、おっぱいもプルプルと震えている。
爆ぜろや駄肉が。
周りの他の受付嬢が安堵のため息を付く中、プルプル巨乳エルフ受付嬢は何とか業務を遂行しようと、ぎこちない笑顔を見せた。
「ほ、本日は、ど、どのようなご用件で、し、しょうか?」
「ウム。我とそこの者の冒険者登録をしたいのだが?」
ザッドハークは親指で背後にいる私を指差してくる。
プルプル巨乳エルフ受付嬢が顔を動かして、ザッドハークの背後にいる私を見てくる。
そして、更に絶望に満ちた青い顔となる。
この鎧兜を見てそうなっているのは分かるのだが、それでも腹立つな。
私は前に進み出て、ザッドハークの横へと並ぶ。
すると、プルプル巨乳エルフ受付嬢の震えが更に増す。
なんだそのおっぱいは?ゼリーか何かか?震え過ぎて溶けてしまえや。
「お、お、お二人様の、の……ぼ、冒険者登録で、ですね?か、畏まりました……」
震えながらも了承した受付エルフ嬢は、机をゴソゴソとあさると、二枚の紙とペンを出してきた。
「そ、それでは、た、担当者は私ニーナがさ、させて頂きます。ま、まずはこちらに名前、出身地、性別、職業を書いて下さい」
ニーナという受付嬢が渡してきた紙をザッドハークが受け取ると、そのまま紙を二枚並べた。
あれ?もう一枚は私のじゃないの?
そう思っていると、ザッドハークがニーナへと質問をした。
「すまぬがこの者は字が書けぬ。故に我が代筆をするが構わぬか?」
あぁ、そういうことね。私が字を書けないのを知ってるからね。
こういうところは気が効くのよね。
その調子で普段の言動も気を付けてくれれば、私も脛殺しをしなくていいのにね。
「そ、そうですか。そういうことなら大丈夫です。はい。………字が……」
おいこら受付嬢。そんな哀れみに満ちた目で見るな。もぐぞ。
私の殺意に満ちた目をに気付いたのか、ニーナはサッと気まずそうに目を背ける。
横ではザッドハークが手際良く渡された書類を書き混んでいく。
一枚目………おそらくは自分のものを書き込んだザッドハークは、次に私の書類の記入を開始した。
そして、途中で一度手を止めた。
「カオリよ。汝の出身地は何と書けばよい?」
あー………そこか。この場合はなんて書けばいいんだろうか?私は異世界の日本……東北から来たんだけど、まさかそのまま書く訳にはいかないよね。
うーん………お城で召喚されたんだし、ここの国でいいかな?
「この国で書いておいて」
「承知した」
ザッドハークは再びペンを動かし、最後の欄まで記入した。
「フム。これで良いな」
「ちゃんと書けた?」
「案ずるな。嘘偽りなく書き記した。汝の性別も、しっかりと『女』で書いておいたぞ」
「それ以外に書いてたら脛をへし折ってたとこだよ」
当たり前のことを、さもやり遂げたかのように言ってくるザッドハークの脛を軽く蹴る。
ザッドハークは『グフッ』と呟きながらも、書いた書類をニーナへと提出した。
すると、何やらニーナが書類を受け取りながら、目を見開いて私を見ていた。
「………どうかしましたか?」
どうしたのかと声をかけてみると、ニーナはハッとしたような顔となって、アワアワと慌てた様子で謝罪してきた。
「す、すみません……。あ、あの……中身女性だったんだな……と思って……」
「…………女性です」
兜の前部分を上げて顔を見せる。私の顔を見たニーナは、納得と安堵が混じったような顔となる。
同性がいたことで、少し安心したのだろう。
いや、まぁ……こんな格好してれば分からないよね………。
うん、格好が男っぽいだけで、別に女子力が落ちている訳ではない筈だ。
呪いの効果も、まださほど浸透していない筈だ。
多分。
「も、申し訳ありませ。ま、まさかそのような異質……個性的な装備をされている方が女性とは思わなくて……」
「言葉もないです」
やはりこの格好は異質らしい。
多少……少し……ちょっとだけは、この格好って実は普通なんじゃないかなぁ?って思い込もうとしたけど、やっぱり異質らしい。
他の女の冒険者らしき人の格好を見れば、簡素な鎧や可愛らしい装備を付けてるものね。
誰もこんな悪魔のような重武装してないもの。
いや、まぁ、この鎧は見た目に反して軽いし、意外にも動きやすいんだけど、やっぱり女としてはあっちの可愛らしい装備がよかったよ……。
私が乾いた笑みを浮かべると、ニーナもひくついた愛想笑いを浮かべた。
なんとなく、ニーナからは哀れみの視線を感じる。
同情ありがとうございます。
ですが、同情するなら胸をくれ。
そのEカップはあるだろう胸の、1カップ分寄越しやがれ。
そんな黒い感情をたぎらせている間にもニーナは手だけは動かし、受け取った書類に目を通した。
「そ、それでは書面の確認をさせて頂きます。こちらが………ザッドハーク=エンペレスト様。出身はバハム大陸。性別は男性。職業は暗黒殲滅騎士……ですね。正直、色々と言いたいことはありますが………いえ、大丈夫です。はい。間違いありませんか?」
「ウム。相違無い」
書いたのか暗黒殲滅騎士。
そりゃ、受付もあんな微妙な表情になるわ。眉間に皺寄って客に向ける顔じゃなくなってるもの。
本当にその豪勇さは凄いと思うわ。
てか、出身がバハム大陸?この国じゃないんだ。
まだ、この世界のことは知らないからバハム大陸も知らないし、全く聞いたことはないけどね。
そのうち聞いてみようかな。
さて、ニーナも何か言いたそうだけど、やぶ蛇に突っ込みたくはないのか、印を押して淡々と書類を処理している。
賢い女性だ。
そして、次に私の書類を手にとった。
「では次の方の書類の方ですが……。名前はカオリ=アイハラ様。出身地はアンデル王国。性別は女性……ここまでは大丈夫ですか?」
「はい。間違いありません」
ふーん。なんだかんだでちゃんと書いてはくれてたんだ。
名前もしっかりとこっち風にしてくれてるし。
やっぱ、こういうとこはちゃんと……。
「それでは、ご職業も『狂戦士』で間違いないですか?」