155話 女帝始動
スピンオフ作品的な、『口より手の早い令嬢の婚約破棄騒動~『貴様とは婚約破『死ねぇぇ!』ヴァァァァァァァ?!』』という話も書きました。
よければ頭空っぽにして読んでください。
「いや~第3試合も中々に白熱した試合になりましたね~」
どこか棒読みなイロハの言葉にカブトムシが首を傾げる。
「白……熱?どう見てもヤらせでは?試合終了後、ザッドハーク選手達も何事もなかったかのように自分達の足でリングを降りました──」
咄嗟にカブトムシの口をイロハが塞いだ。
「シッ!それ以上言うな!消されたくなかったら、何も言うな!分かったか?」
その凄みに圧されカブトムシはウンウンと頷く。
尚、そんなカブトムシの背後から黒づくめの集団が密かに近付いていたが、イロハの機転によりスッと去っていった。
『さ、さて!二回戦もいよいよ大詰めです!最後の第四試合の締めを飾るのは、この2チームです!まずは、赤コーナーより入場しますは、その圧倒的強さでカ・オーリ選手をリングという海に沈めた最強タッグ!海中殺法コンビだぁぁぁ!』
赤ゲートから吹き出すスモークの中から現れたのは、銀色に輝く鱗を持つ魚人のサーモンマンとシメ=サバであった。
二人は観客達の声援に応えることなく、鬼気迫る表情で入場してきた。
『おっと!試合前にも関わらず、海中殺法コンビから凄まじい気迫を感じます!』
『対戦相手がカオリ選手だからでしょう。もともと彼らはカオリ選手を倒すために海から来たと言っていました。そんな彼らにとっては、これが決勝みたいなものですし、気合いの入りようも違うでしょうね』
『なるほど!では、早速その噂の対戦相手に入場してもらいましょう!青コーナーより入場しますは、開会式で冒険者コンビを瞬殺し、他の選手からも標的にされるほどの圧倒的強者!本人曰く『優勝しますが、何か?』。マッスルシスターズの入場です!』
イロハの紹介とともに青ゲートからスモークが吹き出す。そして、そのスモークの中から悠々とした足取りで香達が入場する。
その顔には不敵な笑みを張り付け、観客達の声援に手を振りながらリングへと上がった。
そんな香達をサーモンマン達は鋭い目で睨んだ。
「フン!我らを相手にするというのに、随分と余裕そうだな。カオリよ」
忌々しそうに睨むサーモンマンを香は鼻で笑った。
「実際余裕だからね。自分が何様だと思っているのか知らないけど、勘違いはしないことね。私達にとって、あなた程度など何の障害にもならないのよ」
『そうですね。せいぜい、道端に落ちてる犬のウンコ程度の障害ですね』
「貴様ら?!」
嘲りの笑みを浮かべながら挑発する香達に、サーモンマンが拳を握りしめて激昂する。が、それをシメ=サバが制止した。
「落ち着け。こんな奴らの挑発に乗せられるな。実力は試合で分からせてやればいい。一度引いて頭を冷やしてこい」
「ぐっ……」
シメ=サバに諭され拳を納めるサーモンマン。彼は香の方を一瞬だけど睨むと、そのままリングサイドへと下がった。
「フン……おもしろくないわね」
挑発に乗って来ないことを不満に思いつつ、香もまたリングサイドへと向かった。
「じゃあ、頼むわね」
『任せてください』
香はハンナと拳を合わせた後、リングの外へと出てロープ際で待機する。
こうして、リング上ではシメ=サバとハンナが対峙することになった。
「私の相手は貴様か。本当はカオリがよかったのだがな……」
『あなた程度にカオリが出る必要はありませんからね』
バチバチと二人の間に火花が飛び散る。互いに睨み合い、まさにリング上は一触即発の雰囲気であった。
『おっとー!まずはシメ=サバ選手対ハンナ選手の戦いになるようです!互いに相当な実力者同士の戦い!いったい結果はどうなることでしょうか?!』
『この試合もまったく読めませんね。体格的にはサーモンマン選手達の方が上ですが、カオリ選手達にはそれを補ってあまりあるフィジカルと執念があります。どんな試合になるか分かりませんが、壮絶なものになるのは間違いないかと』
『なるほど!結局、始まってみなければ分からないと!と、試合前に、試合形式の発表です!えっと、厳正なるクジの結界、ノーマルリングとなりました!特に仕掛けはないリングでの試合です!』
『作為的な匂いがするが……』
『だから黙ってろ、この角付きフンコロガシ!では、早速試合を開始しましょう!それでは…レディィィィ……fight!』
『フ、フンコロガシ……?』
カーーーーン!
試合開始のゴングが鳴らされた。
瞬間、観客席に緊張が走る。
まずは先手。それを一体どちらがとるのかと、皆が目を見張っていた。
これまで試合から、どの選手もゴングが鳴ったと同時に攻撃を開始した。ならば、この試合も……。
観客達は選手の一挙一動を固唾を飲んで見守っていた。が、観客達の予想を裏切る出来事がリング上で起きていた。
なんと、ハンナが微笑みを浮かべながらシメ=サバへと手を差し伸べていたのだ。それは、明らかにシメ=サバへと握手を求めるものであった。
その、あまりにも唐突なハンナの様子に、シメ=サバは拳を構えながら訝しんだ。
「……なんのつもりだ?」
『なんのつもりも、ただの握手ですよ?これから全力をかけて戦う者同士、せめて互いに礼を尽くしませんとね。戦いとは汚いものですが、せめて試合ぐらいは綺麗でありませんと……』
そう屈託のない笑みで言うハンナ。
シメ=サバはハンナの言葉を訝しんだが、その邪気のないキラキラした瞳から、本音で言っているのだと感じた。
(フン……。握手くらいならばよかろう)
戦士としての礼儀きも倣うし、それぐらいならばとシメ=サバは差し出されたハンナの手を取った。
この時、シメ=サバは気付くべきだった。
ハンナの手には、あからさまに怪しい指だし手袋がはめられていることに……。
そして、案の定……。
バリバリバリバリ!!
凄まじいスパークが握られた手から起こり、シメ=サバは激しく感電した。
「ぎゅああああ◇※↑?%#?!」
悲鳴を上げ、ビカビカと明滅するシメ=サバ。なんとか腕を離そうとするも、感電してるせいで筋肉が硬直してうまく動かせないようだ。
「シメ=サバ?!おのれぇぇ!!」
感電するシメ=サバを助けんと、サーモンマンが颯爽とリングインした。彼はそのまま走りだし、ハンナを殴り倒そうとした。
が、そんな彼を邪魔する者がいた。無論、香である。彼女はリングに入ると同時に、サーモンマンに向かってドロップキックをかました。
「ぐうっ?!」
咄嗟にガードして耐えるサーモンマン。だが、一瞬だけ怯んだ隙を香は見逃さなかった。彼女は、更なる追撃とばかりにサーモンマンを拳で打ち据えた。
「ぐっ?!だが、効かん!我が鱗の前では無──痛ったぁぁ?!」
サーモンマンが絶叫する。
鱗による防御に絶対の自信を持っていた彼だが、想定外の痛みに襲われた。香に殴られる度に、鋼鉄で殴られたような痛みが走ったのだ。
(な、なんだ、この拳の威力は?!人間の女の細腕でこんな……。まるで、鋼鉄で殴られてるような──)
と、サーモンマンが香の手を見れば、そこには銀色に煌めく何かがはめられていた。
「ちょっと待てぇぇぇ?!その手に付けているのはなんだ?!」
サーモンマンが絶叫を上げながら、香の手にあるものを指差す。
その瞬間、香は手に付けていた金属こと、メリケンサックを黒服の集団に向かって放り投げた。
そして、何事もなかったかのように振り返った。
「なにか?」
「なにか?じゃねぇわ?!何、澄まし顔しているんだ?!今、放り投げたのはなんだ?武器じゃないのか?!」
そう指摘するサーモンマンだが、香は素知らぬ香だ。
「さあ~なん~の~こと~?」
「腹立つ顔だな?!審判、見てただろ?!」
と、サーモンマンが審判に抗議する。
だが、審判は何故か靴紐を結んでいた。
『おっと~!?たまたま審判はほどけた靴紐を結んでいて、ことの次第を見ていない!これでは、抗議しても意味がありません!』
「なんで見てないんだぁぁぁ?!」
絶叫するサーモンマン。そんな隙だらけの姿に、香が反応しない訳がなかった。
「オラァァ!」
香が何かを振りかぶり、サーモンマンの頭を強打した。
ガシャン!!
「グワッハ?!」
何かが割れるような音と共に、辺りにキラキラ輝く硝子片らしきものが散乱した。
瓶である。香が、ビール紐らしきものでサーモンマンの頭を強打したのだ。
「ぐおっ……」
膝をつき、頭を抑えながら悶絶するサーモンマン。そんなサーモンマンに香は追い討ちをかける。
勢いをつけて駆け出し、その顔面目掛けて膝蹴りをかましたのだ。
「おごふっ?!」
たまらず吹き飛ぶサーモンマン。香はうつ伏せに倒れる彼を見下ろしながら、指を立てた手を高く掲げた。
「ヴィィィィィィィ!」
「「「ヴィィィィィィィ!」」」
香の咆哮に黒づくめ集団が続く。
瓶で殴り、追い討ちをかけるなどルールブック無用過ぎる言語道断な行いだが、それを咎める者はいなかった。
審判は、何故か明後日の方向を見ていて、香がルール違反に問われることはない。
今、この場において、ルールとは香そのものだった。