152話 奥義激突(被害拡大)
微妙な空気が流れた後、二人は互いに距離をとった。
「私としたことが……ローションのヌメリ具合を計算に入れてませんでした」
「ローションに嵌められたと思えば、逆にローションに助けられるとは……数奇なものよ」
そんなどうでもよい阿保っぽいことを真面目な顔で言いながら、バハネロが両手を構えた。
「しかし、貴公が相当の実力者であることは分かった。なれば出し惜しみなどしてる場合ではない。本来ならば決勝でカオリに使うはずだった当方の奥義を見せよう……」
「まさか……あれをやるのか?!」
トゥルキングが驚愕に満ちた声で叫ぶ。
そのただならぬ様子にミロクは自然と警戒態勢をとった。
「見せてくれよう……。当方最大奥義がひとつ。ハァァァァァァァァ!禍不災神!」
気合いの声と共にバハネロが闘気を放つ。すると、バハネロの全身から赤い蒸気が吹き出し、その肉体も真紅に輝きだした。
「これは……」
赤い蒸気はリングを覆い、更には観客席まで勢いよく吹き出していた。ミロクはその蒸気を浴びて僅かに顔をしかめた。
「な、なんだ、この赤い蒸気は?一体これ……ギャアアアア?!」
突如、観客席から悲鳴が上がる。それは赤い蒸気を浴びた観客のものだった。
「ギャアアアア?!目が……目がぁぁぁ?!」
「喉が……喉が痛いぃぃぃぃ!?」
「肌が焼けるぅぅぅ!!」
観客達は次々と涙や鼻水を流しながら悲鳴を上げ、のたうち回った。
「こ、これは?!バハネロ選手の全身から吹き出た赤い蒸気を浴びた観客達が悶絶しついる?!これは一体なにが?!」
「おそらく……あれはバハネロ選手の体内にある辛味成分が吹き出したものでしょう。それを浴びたことで観客達の目や喉に痛みが走っているようです」
「な、何ということでしょう!あの赤いのは辛味成分だった!ならば観客達が悶絶するのもうなずけます!しかし、それをモロに浴びているミロク選手は眉をひそめる程度のようですが……?」
「これはローションによる効果でしょう。ローションとは本来滑りをよくし、肌や粘膜を傷つけないように保護するもの。その効果によりミロク選手はバハネロ選手の辛味成分から守られているのかと」
「な、なんと!※ローションにそんな効果が?!」
※ありません。
観客席が阿鼻叫喚の渦に陥る一方、ミロクとバハネロは静かに睨み合っていた。
「凄まじい刺激です。ローション越しでも伝わってくるほど……。しかし、その辛味成分を吹き出すことが奥義なのですか?ならば、がっかりとしか言えませんが」
「いや。これは単なる副次効果に過ぎぬ」
「副次効果?」
「そうだ。禍不災神の本来の効果は、一時的に当方のスコヴィル値……つまりは戦闘力を大幅に上げることだ。この蒸気は止めどなく溢れるスコヴィル値が肉体から漏れ出たものに過ぎぬ」
そう説明しながらバハネロはリングに張り巡らされたロープに手を置く。すると、触ったロープが黒く変色した後、グズグズに溶けて崩れ落ちた。
「当方のスコヴィル値が上がり、この肉体そのものが刺激が強すぎる劇薬となっている。故に、このように触れただけで並み大抵のものは刺激に耐えられずに崩れ落ちる」
バハネロは強く握り締めた拳をミロクに向けた。
「今の当方のスコヴィル値は通常時の十倍。ジョロキア級だ。しかし、まだだ。時間が経つ程に力は上昇していくのだ。さて、これより先程までの当方と違い、強すぎるが故に加減はできぬ。下手をすれば殺しかねぬ。……降参を勧めいところだが、如何する?」
そう聞くバハネロに対し、ミロクは微笑んでみせた。
「愚問です。私は倒れるその時まで戦いますよ。なにせカオリ様の従者ですから」
「そう言うと思った……参る!」
バハネロは一瞬微笑んだ後、目にも止まらぬスピードでミロクとの距離を詰めて懐へと潜り込んだ。
それはまさに、瞬間移動といってもよいほどの速度だった。
「これは……縮地?」
縮地……それは武における最高移動歩法の一つに数えられる奥義であった。
「よく知っている!武の心得が相当にあると見た!そしてこれが……」
懐に潜り込んだバハネロはこれまでと違い、拳ではなく手を開いた状態で構えていた。
「激辛奥義!危邪露雷奈李威覇!」
バハネロ渾身の掌打がモロにミロクの腹部へと直撃した。その一撃は凄まじく、なんと彼女が纏っていたローションを衝撃波で弾き飛ばす。更に衝撃波はミロクを貫通し、背後の観客席にまで届いていた。
※この衝撃波により23人の観客が病院に搬送された。
「ぐっ?!」
苦悶の声を上げながら血を吐くミロク。今にも倒れそうな彼女へとバハネロは更なる追撃をした。
「ハァァァァァ!!激辛奥義!四川麻婆掌!」
今度は逆の手で掌打を放つバハネロ。それはミロクの胸部へと直撃した。衝撃は彼女の肉体を突き抜け、背後の観客席にまで届く。
※この衝撃により31人が病院に搬送された。
「ぐはっ?!」
大量の血を吐き出すミロク。その身体はガクガクと震え、最早戦闘不能なのは明らかであった。
(終わったな……)
バハネロも確かな手応えを感じていた。だから、これで全てが決まったと思った。
しかし……。
「あ……ああ……気持ちいい……♥️」
ミロクはうっとりとした表情をしながら身悶えてていたのだ。
「な……んだと?」
この様子にバハネロは戦慄した。苦しみや痛みに身悶えるならともかく、ミロクは恍惚とした表情で明らかに快感に酔いしれていた。
「フフ……失礼しました。実は私は、痛みや苦しみを快感に変えることができの特異体質なのです。故に、あなたのスコヴィル値が上がった拳も私にとっては快感を与えてくれる前戯のようなものですね……」
「馬鹿な……。当方の拳が前戯だと……?」
愕然とするバハネロ。
渾身の技が前戯程度と言われ悔しくて悲しいような……それでいて何となく嬉しいような微妙な思いに困惑していた。
(まさか……当方の刺激が通じないというのか?当方の辛さが足りないと?……いや)
困惑していたバハネロだが、あることに気づく。
ミロクの足がガクガクと震えており、今にも崩れ落ちそうなのだ。
(これは……!?そうか、痛みを感じてはいないがダメージが無い訳ではないのか!快感で余裕のある表情をしているが、実際は立っているのもやっとな状態。ならば……)
このまま押し切る。バハネロは決断力する。
バハネロは再び拳を構えた。更に全身から辛味成分の混じった赤い闘気を噴出させる。
※この闘気により観客56人が病院に搬送された。
「当方の刺激を快感と感じるのも、それもまた良し。なれば、当方の刺激的な快感で絶頂の先に至らせてくれよう。最大奥義……闘我羅死でな」
「それは……なんとも楽しみです♥️」
バハネロの言葉にミロクは満面の笑みを見せた。
そして、おもむろにリング上のローションを掬い上げると、それを自身の豊満な胸へと足らした。
「それでは、こちらも全力でお相手させて頂きます。唆鬼愉芭洲流快楽絶頂拳奥義……覇威受離乱舞をもって。では、共に絶頂の彼方へと旅立ちましょう!」
そう言いながらミロクは胸を強調するようなポーズをとりながら桃色のモヤッとした闘気を全身から溢れ出させた。
※このポーズにより、野郎共69人が興奮し過ぎて失神し病院に搬送された。
「ゆくぞ!」
「はい♥️」
赤と桃色の闘気がぶつかり合うと同時に、バハネロとミロクが互いに駆け出した。
そして……凄まじい激突音がリング中央から鳴り響いた。