141話 淫乱聖女vs暴君
カァァァァァァァン!
盛大にゴングが鳴らされた。
と、同時に動いたのは……意外にもブロズであった。
「う、うわぁぁぁ?!滑るぅぅぅ?!」
いや、それは動いたとは言えなかった。正式には滑っていた。立とうとしたが立ち上がれず、四つん這いの姿勢でツルツルと滑っていた。
そして、止まることもできず、そのまま……。
ガゴン!
「ヘブッ?!」
顔面からリングの鉄製ポールに激突した。
「おっとー!なんと、ブロズ選手がポールに顔面から突っ込んでしまったぁぁぁ!?倒れたままピクピクと痙攣しているが大丈夫か?!」
「白目剥いていますし、駄目そうですね。早くも痴女連合は2対1というピンチになってしまいましたが……」
そう言ってカブトムシがプランターズに目をやれば、そこには生まれたての子馬のようにプルプルしながら必死にバランスをとるトゥルキングの姿があった。
「ええい、忌々しい?!なんだ、この滑る液体は?!まともに立つこともできんぞ?!」
トゥルキングは震えながら何とか立とうと試みた結果、内股態勢のみっともない姿となっていた。
「くっ……!これではまともに戦えん!だが、それは向こうも同じ……」
と、トゥルキングがミロクに視線を向け、驚愕した。
なんと、ミロクは一切震えることも滑ることもなく堂々とリングに立っていたのだ。
それどころか深く腰を落としたと思いきや、そのまま勢いよく前へと飛び出してきたのだ。
「なっ?!」
リング上のローションを使い、スケートでもするかのように滑走しながらトゥルキングへと向かってくるミロク。その様子に驚くトゥルキング。そんな彼を他所に、ミロクは素早く間合いへ潜り込むと、目にもとまらぬ速さで手刀を繰り出した。
「ぬおっ?!」
何とか寸ででガードをするも、足下が滑って踏み込みが効かず、何発かまともに食らってしまう。
「ぐっ……くそ!」
トゥルキングはグラリと態勢を崩しながらも反撃とばかりに拳を振るう。が、足が滑って拳は空を切る。そして、そのまま滑って転んでしまう。
「ぐわっ?!糞が!」
ミロクはそんなトゥルキングを嘲笑うかのようにツルツルとリング上を滑った後、優雅に止まってみせた。
「貴様!この滑るリング上を、なぜそれほどまでに華麗に滑れるのだ?!何かの魔術か?!」
まるで水面を優雅に泳ぐ水鳥が如くローションの舞台を滑走するミロクの姿に、トゥルキングは何らかの魔術かスキルかと疑った。
しかし、この質問にミロクは首を横に振った。
「いいえ、これは純粋な技術です」
「技術……だと?」
「はい。長年鍛えたバランス感覚。それに加え、ローションの粘度・温度・濃度・光沢による張り具合・リング状の凹凸等を見極める観察力。それらを持って、その時に必要な最小限の力で足を踏み出せば、このように水面を滑るが如く自在に滑走することが可能となります」
そう言って、ミロクはその場でクルクルと回りだした。
「馬鹿な…………。バランス感覚は分かるとして観察力だと?こんなヌルヌルした粘液の観察なぞ、普段からする訳がなかろう?!それとも汝は普段からこの粘液に親しんでいるというのか?!」
トゥルキングがそう叫ぶと、ミロクはピタリと止まった。そして、真剣な表情で倒れるトゥルキングを見た。
「その通りです。ローションとは私にとって慣れ親しんだもの。故に、その性質は熟知しております。そんな私にしてみればローションまみれのリングなど、ちょと大きめのエアマットでのプレイも同然。プレイ中にいちいち転ぶソー◯嬢がいないのと同じように、私がローションで滑って転ぶなどといった無作法を犯すはずかありません。この程度……なんの障害にもなりません。寧ろ、私の独壇場です」
そう言うとミロクは再び滑走しながらトゥルキングへと迫る。そして鋭く素早い突きを繰り出した。
トゥルキングはガードの態勢をとるも、踏み込みが効かないためモロに攻撃を受けてしまっていた。幸いにも一発一発の突きの威力は低いのでダメージは軽い。
が、その分手数が多く、このまま受け続けるのは危険であった。
しかし、反撃しようにも足下が滑って上手く攻撃できない上に、ミロクは自由自在にリング上を移動できる。回避されるのは目に見えていた。
(くっ……どうする?)
トゥルキングは必死に頭を回転させこの状況の打開策を考えるも、何も案は出てこなかった。
(このままでは……)
やられる。
そう思った時、不意に影が差した。それと同時に攻撃が止んだ。
何が起きた?
そう思いガードしてた腕を下げて見れば、トゥルキングの前に相棒であるバハネロが堂々と立っていたのだ。滑る床の上で震えることもなく。
しかも、ミロクの腕を掴んでだ。
「バハネロ?!」
「下がっていろトゥルキング。こういった素早い相手と貴公は相性が悪い。ここは当方が相手をしようぞ」
「くっ……済まぬ!」
バハネロの忠告を受け、トゥルキングはリングの外側へと退避した。
それを見届けた後、バハネロは腕を掴むミロクを見下ろした。
「と言うことだ。ここからは当方が相手をしよう。構わぬか?」
「構いません。というより寧ろ、歓迎いたします。最初に見た時から、あなたの方が刺激的に感じていましたから。ぜひお相手を願います」
ミロクは舌舐めずりしながらバハネロを見上げた。
と、同時に、捕まれた方とは逆の腕を使い、バハネロの鳩尾目掛けて突きを放った。
しかし、バハネロはその攻撃を予想してたかのように、片手で払い除けた。
「刺激を欲するか?なれば期待に答えよう。何せ当方は──」
バハネロはミロクを掴んでいた腕を思い切り引き上げる。すると、必然的にミロクの体もフワリと持ち上がった。
「香辛料の王!刺激には誰よりも自信がある!」
そう叫びながらミロクを鉄製ポールに向かって投げつけた。
「おっとー!?バハネロ選手がポール目掛けてミロク選手を投げつけたぁぁぁ!?このままでは激突必須!」
あわやポールに激突!と思いきや、ミロクは空中でクルリと回転してポールに足から着地。そして何事もなかったかのようにリングへと降り立った。
「ほう……。殺すつもりで投げたのだが……中々やりおる」
「お褒めに預り光栄です。あなたはやはり刺激的ですね」
「ハハハ、そうだろう。だが、今のはまだまだ序ノ口。精々からし程度の刺激よ。これから少しずつ※スコヴィル値を上げてゆくぞ!」
※辛味を測る単位。ハバネロで約10~35万スコヴィル値。
そう叫ぶと、バハネロはボクシングスタイルをとりながらミロクへと距離を詰めていった。
その全く滑ることなく、真っ直ぐに進んでくる様子にミロクは僅かに目を見開いた。
「先ほどぶれずに立っていたことといい、このローションリングを自在に移動できるとは……。あなたも中々の※ローマスのようですね」
※ローションマスターの略。
「貴公程ではないが、転ばぬ程度には移動できる。何せ当方は……」
バハネロは話しながらも顔面目掛けて左ジャブを繰り出し、ミロクは寸前でそれを避けた。
「ソー◯は嫌いではない。週2で通っている。ローションには慣れたものよ」
「やはり刺激的な方ですね」
バハネロとミロクは互いに見つめ合いながら獰猛な笑みを見せた。
「どれ、スコヴィル値を上げていくぞ!まずはワサビ級だ!」
バハネロが今度は右手でジャブを繰り出す。が、その早さは先程よりも素早かった。
ミロクはなんとか回避するも、完全には避けきれず頬をかすめて切り傷ができた。
「これは……。痺れるような刺激。確かにワサビ級というだけの拳です」
「お褒めに預り光栄!だが、まだまだゆくぞ!」
バハネロは叫びながら次々と拳を繰り出した。
「山椒!」
ミロクの袖をかすめ、衣服の布が千切れた。
「胡椒!」
ミロクの脇腹をかすめ、衣服が破ける。
「豆板醤!」
ミロクの股付近をかすめ、衣服とタイツが弾けた。
「山ワサビからの……」
ミロクの大腿部の衣服を散らせた後、バハネロは大きくのけ反った。
そして……。
「レッド・ホット・チリペッパー!!」
これまでで一番威力のあるパンチを繰り出す。
ミロクは両手でガードするも完璧に勢いを殺せず、ロープ際まで吹き飛ばされる。
更には拳激の衝撃波で衣服の七割が弾け飛び際どい姿となった。
「「「ウオオオオオオ!!」」」
この事態に会場中の野郎共は大興奮となった。男共は全員勃ち上がり、血眼で声援を上げながらリングを……いや、ミロクを見つめた。
「いいぞ!頑張れバハネロ!」
「お前が俺らの希望だ!!」
「もっとだ!もっと激しく攻めるんだ!」
「フォォォォ!胸だ!あと少しで丸見えだぁぁ!」
ヒートアップする男性陣。対して女性陣はそんな男共に絶対零度の視線を投げ掛けていた。
対して、リング状では一度態勢立て直すためなのか、バハネロとミロクは互いに距離をとって静かに睨み合っていた。
「ホオ……今のでダウンさせるつもりだったのだがな。貴公……かなり刺激的なようだ。おそらく、青トウガラシ程のスコヴィル値はありそうだ」
「そう言って頂けるのは大変光栄です。が……私の真価はこれからですよ」
「なに……?」
バハネロが怪訝そうな表情をした瞬間、ミロクが足下のリングに向けて手刀を突き刺した。
「一体何を……」
そう呟くと同時に、手刀を振り下ろしたミロクの足下から大量の液体が吹き出した。
「これは……?!さては……ローションを撒いていたスプリンクラーを壊したか!!」
バハネロの言う通り、ミロクは先程ローションを撒いていたスプリンクラーを……正確には管を壊し、中のローションを破裂させたのだ。
勢いよく吹き出すローション。更にリング上ローションが広がると同時に、当然ながらミロクの全身もローションまみれとなる。
そして、リング上に現れたのはあられもない格好で全身ヌラヌラとなった扇情的な姿のミロクであった。
「「「「Foooooooooooooo!!」」」」
これに野郎共は大興奮。
口笛を鳴らしたり、手を無茶苦茶に振り回しながら、野獣のような目でミロクを凝視していた。
尚、そんな糞野郎共を女性陣は塵を見るような目で見ていた。
一方、リング上ではローション吹き出す勢いが徐々に落ち、やがて止まった。
リングにはローションをかわして油断なく拳を構えるバハネロと、全身ローションまみれのミロクが対峙していた。
「ローションを噴出させ、ローションを浴び何をするつもりだ?」
「それはこれから身を持って知ることになるでしょう……。では、参ります」
そう言うと同時にミロクが一気に前に出た。
(……ッ!?早い?!先程よりも!!)
バハネロは焦った。ミロクのスピードが先程とは比べものにならないぐらい素早いくなっていたのだ。
(ローションを浴びことで摩擦力を更に無くし加速したのか!見事!だが……)
追えない程のスピードではない。
バハネロが焦ったのは一瞬だけだった。
直ぐに冷静になりミロクの動きを見極めようとする。左右にフェイントをかけながら徐々に迫るミロクを、バハネロは持ち前々の動体視力で追いかける。
(狙うはカウンターだ。ミロクは当方の隙を突き、急所を狙い手刀を放ってくるはず。そこを逆手にとり、今度こそ一発で仕留めてくれよう)
そう考えるバハネロ。
やがて、ミロクはバハネロの間近まで迫ってきた。そして、一瞬右に揺れたかと思った瞬間、反転し勢いよくバハネロの左側へと回り込んできた。
(くる!ここだ!)
ミロクが手刀を放つ。それに合わせるようにバハネロが回し受けで手刀を払い、がら空きとなった腹部目掛けて正拳突きを放った。
「沈め!」
これで終わる。
バハネロはそう思った。
だが……。
ヌルッ。
「なっ……?」
何と、ミロクに当たった拳が表面のローションによってヌルリと滑ってしまったのだ。
(しまった!全身ローションまみれなのを忘れていた! )
阿保である。全身ローションまみれなのだから滑るのは当然であった。
しかも、服を着ているならば布が衝撃を受けてくれるが、ミロクはほぼ裸体ともいえる状態。更にはきめ細かい肌だ。そこにローションが加われば、打撃などは滑るのは明白であった。
(まさか……服を破かせのも計算の内か!?)
焦るバハネロ。そんなバハネロの耳に柔らかな声が聞こえてきた。
「かかりましたね。これぞ奥義【潤滑依毅】。あらゆる打撃を無効化する最強の鎧です」
「くっ……!!」
バハネロは直ぐに態勢を立て直そうとする。が、それよりも早くミロクが動く。
大振りの一撃を放った直後であるため、バハネロは隙だらけであった。
(まずい!!やられる!?)
ミロクの手刀が目前に迫る。
防御も回避も間に合わない。
バハネロは敗北を覚悟した。
が……。
ヌルン。
ミロクの放った手刀が滑った。
ミロク自身の手もローションまみれのため、滑るのは当然であった。
「「………………」」
無言で見つめ合う二人。
何とも言えない空気が辺りを包んだ。