14話 みんなは勝負下着って持ってるの?
「『ババヤーガの店』?」
老婆の言葉を復唱するように呟くと、満足そうに頷いてきた。
「そうさ。古代クンドラ語で『ないものはない』という意味の店じゃ。その名の通り、大抵の物は揃えていると自負しておるわ」
ウヒヒヒヒと笑う老婆から視線を外し周囲を見る。
古代クンドラ語は何か知らないが、確かに何でも揃っていると言っても過言ではない商品の数だ。
なんてことのない日用品から、使い方の想像がつかない訳のわからないものまで、様々な種類のものが雑然と店内には溢れていた。
店……というよりかは倉庫といった様子である。
「そして紹介が遅れたが、儂はこの店の店主であるメルメルポップメルルンじゃ。メル婆と呼ぶがよい」
「名前可愛いな!?」
見た目完全にお伽話に出てくる悪役婆さんなのに、何かのお菓子みたいなポップで可愛らしい名前してやがるよ?!
「ついでに儂は古代クンドラ人の末裔でな。名前も古代クンドラ語なんじゃが、意味は『導く者』または『指導者』じゃ」
「可愛い名前の裏に、壮大な物語があったよ」
何だよ指導者って!?重要な役目じゃねーか?!てことは、昔の人は何かを指導してくれる人を『メルメルポップメルルン』って呼んでたの?
軽いイジメじゃね?
そんな疑問を浮かべていると、老婆ことメル婆が楽し気に笑いだした。
「ウヒヒヒヒ。調子が戻ってきたようじゃのう」
「あっ」
言われてみれば先程までの陰鬱な気分がすっかり晴れていた。いや、まだ僅かに心にしこりはある感じだが、それでも先程よりは大分ましである。
どうやら、メル婆との会話をしているうちに元気づけられたようだ。
本当に気が楽になり、心のモヤモヤが晴れたようだ。
これは感謝だな………。
「あの………ありがとうございます」
素直に感謝を伝えるのが恥ずかしいので、うつむき加減に礼を述べると、メル婆は手を左右に振りながら『いらんいらん』と呟いた。
「別に礼をされるような事はしとらんよ。若者の元気がでるように導くのも年寄りたる儂の役目じゃからのう。まぁ、それでも礼が言いたいなら何か買っていっておくれや。そっちの方が嬉しいからのぅ」
「…………はい!」
見た目によらず、何とも気さくで包容力に溢れた優しいお婆さんだな。
さっきは色々と失礼なことを言ってしまったし、本当に反省だな……。
人は見かけによらない……という言葉の見本のような方だ。今後は本当に気を付けなきゃな。
そう反省し、これからの教訓にしなければと考えていると。
「ほう。下履きを買うのか?なれば、我が汝に相応しきものを選ぼうぞ」
復活した見た目通りの骸骨が、私の背後に立っていた。
そのセクハラ骸骨……ザッドハークを、私とメル婆が絶対零度の鋭い視線で睨む。
「嬢ちゃん………。儂が許す。もう2・3……いや5・6発やっちまいな」
「はい!!」
「!?待て!?何を!?!止め………アッーーーーーー…………」
◇◇◇◇
「そんで、まずは何より下着かな?」
「はい。お願いします」
再びザッドハークを沈めた店内で、シーツを古代ローマ人の風に纏った私は、メル婆の案内で下着類がある棚へとやって来た。
メル婆は棚までくると、何の迷いもなく棚にある箱から次々と色んな下着を取り出していく。
どうやら、店のどこにどんな商品があるのか全て把握しているらしい。
この量の商品を全て覚えているとは………凄い記憶力だ。
素直に凄いと驚かざるを得ない。
「下着つっても色々とあるが………どんな下着がいいんだい?」
「なるべく普通ので」
特に見せる相手もいないので、大して派手なものである必要はない。
見せても良いと思った人もいたが、その人は先日チャラ男になってしまったので、既に対象外としてリストから外している。
さよなら私が愛した人。
「普通か…………それならこれとこれはどうだい?紐とビーズの下着」
「メル婆の普通の基準が知りたいなぁ」
何故にそんな下着と言うには憚れる二択をチョイスしたのだろうか?どちらも著しく布面積が小さい上に、やたらと食い込む下着だ。
ビーズに至っては布ではないので、最早見せる以外の利点が見つからない。
二つとも、決して普通とは言いがたい下着だ。
「駄目かい?だったら……これは獣人用の尻尾用穴空きパンツだから違うし……。こっちはケンタウロス族用の穴空きパンツ。これはマーマン用の尾ひれ穴空きパンツ。こいつは単なる穴空きパンツで………」
「穴空きパンツの種類が多過ぎませんか?最後の単なる穴空きパンツって何ですか?」
ただの穴空きって何だよ!?ただ破れているだけじゃないかよ!?
「いや、何って……。そりゃ、履いたままでも入れ…………」
「ワッーー!?分かりました何でもないです!!すいませんでしたぁ!!」
なんてことないような顔で、とんでもない事を口にしようとしたメル婆を赤面しながら大声で制止する。
何、いきなり前触れもなく、ぶっ飛んだ話を普通にしようとしてるだ!?
おったまげたわ!!
本当に色々な用途のものがありすぎだわ!!
しかし、そんな赤面してぶつくさと呟く私を、メル婆は楽しそうに見ていた。
「ウヒヒヒヒ。なんともウブで初々しいのぉ。儂もお前さんくらいの時は、それくらいの話で顔を赤らめておったなぁ。今じゃ枯れて、なんとも思わなくなっちまったわい。と言うても下の方は未だに現役濡れ濡れじゃが」
「その話を聞いて私はどうすればいいの?」
お年寄りの性事情を聞いてどうしろというのだろうか?というか聞きたくない。
恐らく、よっぽどコアなファンでない限り、世界中の誰が聞いても全く得をすることはない話だろう。
賭けてもいい。
「ウヒヒヒヒ。まぁ、女は見た目が枯れても中身は生涯現役って話じゃ。という訳で女じゃったら普通の下着なんて言わず、男をコロッと落とせるような下着を持っといた方がよいぞ?ほれ、この赤いやつなんてどうじゃ?男が牛のように突撃してくるぞい?ウヒヒヒヒ」
「いや、それもほぼ紐!?」
メル婆が取り出したのは、最早細いリボンといった方がよい下着セットだった。
特に、パンツの方などは必要最低限の部位の……更に先の方だけしか隠せないようなもので、最早パンツとしての要を成してもいない。
いったいどんな女性がこんなものをはくのだろうか?
想像もつかない。
そう考えていると、背後で何かが動く気配がした。
「フム。カオリにはまだ早いのではないか?身体の起伏に乏しいカオリに着せたところで、丸太に紐を巻くような……グァァァァァァァ?!」
学習しないザッドハークの悲鳴が店内に響き渡った。
◇◇◇◇◇
「それじゃあ、取り敢えずは予備も含めて下着の数はこんなものかのう」
メル婆が机の上に普通の……普通の上下の畳んだ下着を置きながら確認する。
「ありがとうございます。本当に助かります」
「なんのこれぐらい。さて、次に服じゃが……どんなものがよい?動きやすい服か?それかお洒落な服かい?それとも男を惑わす扇情的な服かい?」
「動きやすいので」
メル婆が手に全体ほぼシースルーのキャミソールを手にしてきたので、何か言われる前に即答して断る。
そんなスケスケの服を着て歩いてたまるか。
この人は何故に事あるごとにエロいものをすすめてくるのだろう。
一体私に何を求めているのか?
するとメル婆がつまらなそうな顔をしながら、衣装が納められたクローゼットをあさりだす。
「あんたは女としての欲求が薄いねぇ。どっかに魅了したい男はいないのかい?」
「いない訳ではありませんが」
そう言うと、メル婆がパァと楽し気な顔で食い付いてきた。
「なんだい、そんな男がいるのかい?どんな男で、どんな職業で、どんな性癖だい?」
物凄い食い付きだ。
性癖まで聞いてくるとは……。飢えたピラニアでも、もうちょっと遠慮すると思う。
女は幾つになっても恋愛話が好きだと思うけど、メル婆はそれがあまりに突出し過ぎていると思う。
間違いなく屋根を突き抜ける勢いだ。
「いや……性癖は知りませんが……職業はかなり身分の高い方ですね」
「ほう!身分が高い?!ウヒヒヒ!いいねぇ。そういう話は大好物だよ!もっと聞かせな」
涎を滴ながら問い詰めてくるメル婆に若干………いや、かなりドン引く。
どんだけ恋愛話が好きなんだろうか?
心の中で、先程の屋根を突き抜ける勢いを、大気圏までの勢いに上方修正しておく。
それほどの勢いだ。
………韓ドラ見せたら凄い食い付きそうだな。
「いえ……残念ですけど、私はもうその恋は諦めてるんです」
「おや?何でだい?」
途端に呆けた顔となるメル婆。
多分、身分違いの壮大な恋物語やなんかを期待してたんだろうけど、残念ながら現実にはそうならない。
なぜなら。
「恋した相手が、爽やか紳士からチャラ男になってしまったので興味がなくなってしまったの」
「私も歳かねぇ?あんたが何を言っているか、まるで分からんよ」
事実を話したが理解してもらえなかったらしい。
まぁ、私だって初めてそんな話を聞いても信じられないだろう。
「要は真面目な男だと思ったら遊び人だった………みたいな?」
「そりゃ、悪い男だ。切り捨てて正解だよ」
かなり憤慨したように話すメル婆。
ごめんなさい王子様。切り捨てられてしまいました。
しかし、大分怒った様子だが……過去に何かあったのだろうか?何か見てきたような目をしてるけど。
「まぁ、過ぎ去った恋は溢れた水のよいに元には戻らん。とっとと新しい男を見つけて新しい恋に目覚めな。ほれ、これなんかどうだい?」
「だから、ことあるごとにエロい服を薦めてこないで」
いつの間にかメル婆は、今度は一見清楚に見えるが、やたらと横側と背中が開いた空色のドレスを持っていた。
あの設計では、着たら間違いなく背中と横乳が見えるだろう。
完全に狙いにいってる服だ。
「なんだい、これも駄目かい?大手扇情服飾専門店『ワンナイトサキュバス』の渾身の一品。『チェリーキラー』なんだがね?」
「悪いことは言わないから、そことの取引止めたら?」
店の名前と服の名前がまんまやないけ。
どんだけその道に特化した店だ。
「惜しいねぇ。これには特殊効果が備わっていて、着たら童貞相手の急所に会心の一撃なんだがねぇ……」
「何処の急所を狙っての会心の一撃かは知りませんが、魔王が童貞なら購入も考えます」
魔王が童貞な訳はないと思うが。
もし、そうだとしたら魔王としてはかなり格好がつかないと思う。
そう思っていると、メル婆が愉快そうに笑っていた。
「ウヒヒヒヒ。やっぱりあんたはおもしろいねぇ。さて、冗談はこれぐらいにして……服はこれなんてどうだい?」
そう言ってメル婆が出してきたのはグレーの地味目な色をした服だった。
半袖と半ズボンのセットの服で、よくある何とか探検隊が着ているような服だ。触ってみると結構厚手に作られており、かなり丈夫そうだ。
「こいつは冒険者やなんかにはお薦めの服だよ。動きやすいし中に細かい鋼糸を組み込んでいるから丈夫だし、汚れも付きにくいときたもんだ。更には多数のポケットがあるから、ちょっとしたものや、緊急で何かを直ぐに出したいときは大助かりさ」
成る程。確かに旅にでるならこういったものの方がいいね。
悪目立ちしないし、動きも阻害しない。汚れが付きにくいってのもポイントが高い。収納のスキルもあるけど、直ぐに小物を出せるポケットも有り難いな。
うん、これはありだね。
「しかもしかも、今買うならこの足保護用の黒のレギンスと皮手袋、ついでに皮の靴もついてくる。更には今日だけの大サービスで、もう一着買えばその一着の値段は半額だ。これでお値段が……」
「ごめん待って。何か段々と通販のテレビショップみたいになってる」
というより、それ以外にはあり得ない売り文句だ。
放っておけば、包丁や鍋まで売り出しかねない勢いだ。
某通販番組社長にも負けない力を感じたよ。
「てれびしょっぴんぐ?なんだいそれは?何を言っているか分からんが……買うのかい?」
通販のことも知らずにあの売り口上。メル婆………恐ろしい人だ。根っからの商売人だな。
「えっと……買います。2着で」
「ウヒヒヒヒ。ありがとさんよ」
結局、メル婆の売り文句のままに買ってしまった。
でもまぁ、結構よさそうな服だからいっか。
お金も有りすぎるくらい有るしね。
するとメル婆が今買った服と下着を持っておいでおいでをしてきた。
「せっかくだから着ていきなさいな。そんなシーツを巻いた格好じゃ恥ずかしかろう。奥に着替えのスペースがあるからそこを使いな」
「ありがとうございます!」
メル婆の申し出は凄く助かる。
確かにこんな格好じゃ落ち着かないし恥ずかしいからね。
せっかくこっちの世界の服を買ったんだったら早速着ないとね!
私は急ぎメル婆に収納から出したお金を渡し、服と下着を受け取って奥のスペースへと向かった。
◇◇◇◇◇
「ど、どうかな?」
私は早速着替え終えた後、その姿をメル婆へと見せていた。
「ウヒヒヒヒ。よく似合ってるじゃないかい。サイズも合っているようだしね。何か違和感はないかい?」
「いえ、特には」
「ウヒヒヒヒ。そりゃあよかったよ」
メル婆は無造作にこの服を出していたが、驚いたことに私にピッタリのサイズだったのだ。
一緒にサービスしてもらった皮手袋や靴も違和感がないほどで、まるで長い間愛用しているような心地良さすらある。
あの僅かな間に目測だけで私のサイズを測ったというのか?
本当にメル婆は何者なんだろうか?
ただの道具屋とは思えないような洞察力があるんだけど………。
そう考えていると、いつの間にかメル婆は倒れるザッドハークへとカツカツと近付き、その脇腹を杖でつつきだした。
「さて次は装備だけど……こりゃ!あんたは何時まで寝てるんだい?あんたが勇者に相応しい装備を選んであげるんだろう?早く起きな」
「ウグゥ……ね、寝てる訳ではない。立つのが困難なだけである」
「じゃあ立ちな。男なら女を待たせるもんじゃないよ」
メル婆が理不尽に叱咤すると、ザッドハークは嫌々ながらも、プルプルと産まれたての小鹿のように立ち上がった。
しかし、未だに回復は遠いのか、立った状態で動かなくなってしまった。
どうやら、思っている以上に脛へのダメージが蓄積しているらしい。
自業自得なので同情はしないが。
「なんとも情けないねぇ。いくら勇者とはいえ、か弱い女のスキル攻撃の一つ二つで動けなくなるたぁねぇ」
呆れたようなメル婆の言い方に、ザッドハークが唸るように反論する。
「汝も受けてみよ……。この想定外にして未知なる痛みは、ジワジワと蝕むようにくるぞ……。かつて、竜に噛まれた時の方が幾分とマシに思える程にな……」
大袈裟に過ぎないかな?そこまで痛くはないと思う………けど?
いや、でも喰らった人は皆漏れなく悶絶しているし………結構痛いのかな?
というか、竜に噛まれたことあるんだ?本当に何者だよお前………。
「あれ?そういえば、さっきも思ったけど、メル婆は私が勇者ってわかるの?」
店のことやなんかで流してしまっていたが、メル婆は先程から私のことを勇者として認識しているのだ。
まだ、話していない筈なのだが。
すると、メルが愉快そうに『ウヒヒヒヒ』と笑った。
「そりゃあ分かるさ。あんたが勇者だってことくらいさ」
「えっ?な、なんでですか?」
自信満々に言うメル婆の姿に若干気圧される。
何故分かったんだろうか?
もしかして、鑑定みたいなそういう能力で見たとか?
はたまた長年の勘とか?
私から漏れでる勇者の気配とか?
まさか第六感的な?
一体如何にして私の正体が分かったんだろうか?様々な想像をしながらメル婆の答えをドキドキと待っていると、メル婆がゆっくりとした動きでザッドハークを指差した。
「そやつが店に入るなり『これより勇者が参る。店主よ、勇者に相応しき装備を所望する』と言ってきたんじゃ。馬鹿でもわかるわい」
「さいですかー」
先触れしてたのね。
別に不思議な力が働いた訳じゃないのね。
予想外というか予想内というか……。なんともがっかりする答えに脱力する。
せっかくの異世界なんだし、『こ、これは勇者のオーラか?!』みたいなのを期待してたんだけどなぁ。
世の中上手くいかないねぇ。
「さて、何かを期待してたようだがすまないね。期待に添えないようで」
「いえ、お気になさらず。ちょっと妄想に入っちゃっただけですんで」
そう言うと、メル婆は『フムそうかい』と頷き、今度は違う棚へと歩きだした。
そのままこっちこっちにと案内を、してくる。
誘われるままに付いていくと、鎧やら剣やら様々な武器が陳列された棚へとやって来た。
どうやらここが装備品売り場らしい。
「武器や防具はこっちにあるからね。好きなものを選んどくれ。とはいっても、儂とあんたが選ぶよりかはそいつが選んだ方が良いんだろ?昔からの馴染みある、気の効かない変質骸骨じゃが、闘いと武器に関しては見る目はあるからのぅ」
そう言うと、メル婆は未だに足を引き摺るザッドハークを見た。
すると、気の効かない変質骸骨……じゃなくてザッドハークが自信満々に答えた。
「フム。任されよ。武具に関しては見る目があると自負している。我が勇者に相応しき相応の武具を選ぼうではないか」
「ウヒヒヒヒ頼むよ。儂の店で伝説の勇者が装備を買うんじゃ。しっかりと厳選しておくれよ」
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