139話 インタビュー
「初戦から波乱の幕開けとなったZETUMEIトーナメントの第一回戦も無事終了し、いよいよ二回戦が始まりますね!」
「無事終了と言っていいのかは分からないがな。ところで、俺らはどこに向かってるんだ?」
試合会場近くの通りを歩きながらジャンクが傍らにいるイロハに問うと、彼女はニンマリと笑いながら答えた。
「もちろん二回戦への意気込みを聞きに、選手控え室に突貫しにですよ!」
そうしてたどり着いたのが、会場近くに仮設された選手控え室だ。急遽作られた木造の小屋が数軒並んでおり、そこに選手達が控えているのだ。
そんな小屋を前にし、ジャンクが尻込みした。
「おいおい……本当に行くのかよ?結構な危険人物達が集まってるんだぜ?魔物の巣穴に入るようなもんだぜ?」
「虎穴に入らねば虎児を得ずと言うじゃないですか?実況たる者、常に選手達の生の声を聞き、観客達に届けねばなりません!」
「そういうもんか……?」
イロハの勢いに圧されジャンクも渋々納得して付いていく。そして、イロハが一軒の小屋の入口前へと仁王立ちした。
「まずはここからですね!」
「気が重いなぁ……。というか、なんか磯臭くないか?」
「お邪魔します!試合への意気込みを聞きにきまし───」
そう言いながら扉を開けたイロハだが、中の光景を見た瞬間に硬直した。
「ソラソラソラァァ!どうだぁ!これでどうだぁぁぁ!!」
「もっとだ!もっと強く!もっともっと強くやってくれぇぇ!もっと強く締めてくれぇぇぇ!」
扉を開けた先……。その室内では、海中殺法チームのサーモンマンが昆布でシメ=サバの背中を一心不乱に叩いていた。当のシメ=サバに痛がっている様子はなく、むしろ『もっと!もっと!』と更に昆布を求めている。
室内中に木霊する昆布で肉を叩く音と、飛び散る鱗。
その光景にイロハ達は唖然とするしかなかった。
そんな唖然とするイロハ達の存在にサーモンマンが気付いた。彼は昆布を振るう手を止めると、荒い息を吐きながら二人を睨んだ。
「なんだ、貴様らは?今は精神統一方法の『昆布締め』の義の最ち─」
バタン!
イロハは勢いよく扉を閉めた。
「ということでした。海中殺法チームは気合いが入っていますねー」
「そういう問題か?というか、まともに意気込みを聞いてないが……」
「あれは深入りしちゃいけないって、私の本能が叫んでいます。なにより、あの場にずっといたら鱗まみれになりますが、それでも聞きにいきます? 」
「次行こうぜ」
二人は気を取り直し、次の小屋へと向かった。
「次はここですが、どこのチームですかね?」
「普通は扉に『誰々の控え室』って、書いた紙でも張っとくもんじゃねぇのか?」
「ですよねー。まあ、行ってみましょうか。すいませーん!意気込みを聞きに──」
そう言いながら扉を開けたイロハだが、中の光景を見た瞬間に硬直した。
「フンフンフン!どうだどうだどうだぁぁぁ!」
「いいぞ!きてるきてるぅぅ!だが、できればもっと強めに頼むぅぅぅぅ!!」
入った小屋の中では、2000万プランターズのバハネロがトゥルキングの背中を滅多打ちにしていた。
バハネロは束にした木の枝を持ち、それで容姿なくトゥルキングを叩き、トゥルキングは身体を震わせながら耐えていた。
室内中に木霊する木の枝で肉を叩く音と、飛び散る葉っぱ。
その光景にイロハ達は唖然とするしかなかった。
そんな唖然とするイロハ達の存在にバハネロが気付いた。彼は枝を振るう手を止めると、荒い息を吐きながら二人を睨んだ。
「なんだ、貴様らは?今は精神統一方法の『枝打ち』の義の最ち─」
バタン!
イロハは勢いよく扉を閉めた。
「ということでした。2000万プランターズは気合いが入っていますねー」
「このくだり、さっきもやらなかったか?やっぱやめた方がいいんじゃ……」
「いいえ!ここで諦めては皆に愛されるアイドル系実況としての矜持に関わります!次行きましょう!次!」
「自分で愛されとか言っちゃってるよ……」
やる気満々で次の小屋へと向かうイロハの後をジャンクがやれやれと付いていく。
そして、小屋の前へと着き、イロハがさっそくとばかりに扉を開けようとした瞬間、中から女性の声が聞こえてきた。
『ちょっと?!勝手に男を連れ込んだ上に、何してんのよ?!』
『何って……ナニをしようかと?』
『ナニじゃないわよ?!やめてよ!?なんでそんな卑猥なことをするのよ?!正気?!そのせいで、私まで痴女と思われてるのよ?!』
『そうは言われましても、これが私なりの精神統一法ですので。それに痴女も悪くはありませんよ?どうですか、あなたも一本?』
『いや、いらな……ちょ?!煙草でも勧めるみたいにそんな汚いもん近づけんなぁぁぁ?!組む相手間違えたぁぁぁぁぁ!!』
「……次、いこうか」
「……ですね」
イロハとジャンクは違う小屋へと向かった。
「次はここですが……。んっ?なんか張り紙がしてありますね?」
「なになに……『充電中』?なんだこれ?それになんか変な音がしないか?」
「そうですね……。なんか中からガラガラと音がしますね……」
耳を澄ませば、その小屋の内部からは何やらガラガラと大きなものが回るような音が響いていた。
「なんか、嫌な予感がするな……」
「ですね……。ちょっと覗いてみましょうか」
そう言ってイロハは扉を少しだけ開き、中の様子を覗いてみた。
まず、目に入ったのは小屋の中央に鎮座するジェノサイドマン達の姿だった。
どうやらここはジェノサイドマン達の控え室だったらしい。
そんな二体のジェノサイドマン達だが、今は停止しているらしく、目の光は消え、静かに座っていた。
そして、ジェノサイドマン達の背中には太いケーブルが刺さっていた。そのケーブルが伸びている先を目で追っていけば、部屋の隅へと続いており……その先に謎の音の発生源があった。
それを見た瞬間、イロハは目を見開いた。
音の正体。それは、巨大なハムスターの回し車のようなものだった。それが4つ設置されていて、それが回るガラガラという音が響いていたのだ。
更に、その回る車の中には見覚えのある人物達がいて、必死に走って車を回していた。
「ヒイヒイ……。な、なんでアタシがこんなことを……」
「ゼェゼェ……。も、モウ……走れマセんぞ……」
4つのうち、2つの回る車の中で息も切れ切れに走っているのは、初戦敗退したアリスとイシヅカであった。二人はフラフラになりながら足を動かしていた。
「ホラホラホラァァ!!休まず回し続けなさい、この役立たずの落伍者共!!」
「「ひぃぃぃぃ?!」」
そう叫びながら二人を鞭打つのは、際どいボンテージ姿のオッサンだった。オッサンは容赦なく鞭を振るい、二人に発破をかけた。
「この糞虫共がぁぁ!せめて、走ってジェノサイドマン達の電力ぐらい稼いで、カオリ様のお役に立ちなさい!ホラァァ、カオリ様万歳って言いながら走りなさい!」
ピシィ!ピシィ!
「「ヒイイイ!?カ、カオリ様万歳ぃぃぃ!!」」
半泣きになりながら走るアリス達。どうやら、この回し車によってジェノサイドマン達のエネルギーを自家発電しているようだ。
そして、残る2つの回る車を回しているのは、同じく初戦敗退したドンブルダー達であった。
「ウオオオ!モサシよ!我らの無念をこのジェノサイドマン達に託すぞおお!!」
「合点だぁぁ!我らが力を受けとれぇぇぇぇ!そして、カオリ様に勝利ををををを!!」
「「全集中!嫉妬の呼吸ぅぅぅ!!」」
こちらでは半裸となったドンブルダー達が大量の汗を流しながら、自らの意思で全身全霊を持って回し車を回していた。
イロハはそっと扉を閉めた。
「次行きましょう」
「何があった?」
「カオリ選手の関係者が集まってました」
「次行くぞ」
一瞬で全てを察したジャンクはその場を後にし、イロハもそれに続いた。
──ラブ&ラブズの意気込み──
「意気込みですか?そうですね……親方達の分まで精一杯頑張り、優勝を目指したいですね」
「そして、あの悪女……カオリを倒し、女将さん達の仇をとりたいです」
──ゴージャスレディースの意気込み──
「勿論、優勝を目指すつもり。強敵も多いけど、全員ぶっ倒すつもりよ」
「私達のコンビネーションと、この呪われた魔法少女用戦闘服(妖精メイドタイプ:対象年齢12歳)があれば、誰も敵じゃないわ(若干涙声)」
──ザ・バズーカズの意気込み──
「無論、三位狙いよ。それ以上も以下もあるまい。ところでイロハとやらよ。今宵は暇か?」
「グフフフ……。高級娼館で酒池肉林……。楽しみですなぁ……」
「という訳で、三組のインタビューについては平和的に終わりましたね」
「平和的ねぇ……。ザッドハークと村長が、お前の身体……。特に、胸辺りを舐めまわすように見ていたが……」
「別にそれぐらい構いませんよ。それに、目を奪われるほどの魅力が私にあるということですし、悪い気はしませんね」
「ポジティブだなぁ……」
「女は魅せてなんぼです。というか、ジャンクさんは私に全く色目をつかいませんね?自分で言うのはあれですが、私かなりイケテる方だと思うんですが?」
「えっ?だって、お前ババアじゃん?」
「さあ、最後のチームが控えている小屋に付きましたよ」
「おべごふっべほっ……。(そうだな……)」
イロハの言葉に顔をボコボコに腫れさせたジャンクが同意する。何があったかは、察してあまりある。
「さて……残るチームの控え室はあそこなんですが……」
そう言ってイロハが視線を向けた先には、最後のチームが控えている小屋があった。
が……。
「なんで、あの小屋だけ魔王城みたいな雰囲気を出してんだ……?」
ジャンクが思わず呟いた。
見た目、他の小屋と造りは変わらない。だが、何だか小屋から黒い靄のようなものが漂っている上に、壁には蔦が巻き付いている。更には、屋根にはカラスが大量にたむろしており、ここだけ異常なほど怪しげな雰囲気を醸し出していたのだ。
「ここ……マッスルシスターズの控え室で間違いないですよね?」
「ああ、そうだな。雰囲気からして間違いない。よし、帰ろうか」
踵を返して帰ろうとするジャンクの袖をイロハが掴んで止めた。
「待ってください。なんで帰るんですか?」
「聞かなくても分かるだろ?!見ろよ、あの雰囲気!!中に入ったら絶対録なことにならねぇよ!ここは大人しく帰るのが懸命だよ!」
「どんだけ恐れてるんですか?!一応は仲間なんでしょう?!」
「仲間だからこそだよ!あいつにとっての仲間ってのは『なんも遠慮しなくていい都合のいい駒』みたいな解釈なんだよ!行ったら何されるか分からねぇ!!」
「どんなブラックな仲間意識ですか、それ?!取り敢えず、せっかくここまで来たんですし、ちょっと覗くだけ覗いていきましょうよ!」
「いーやーだぁぁぁぁぁぁ!!」
抵抗するジャンクを無理矢理引っ張り、イロハが小屋の取っ手に手をかけた。
そうして中を覗き込むと……。
暗い部屋の中に三人の人影がいた。
二人は並んで座り、机を挟んだ対面に一人が座っている。
シルエットからして、並んでいるのは女性二人で、対面にいるのは小太りの男性のようであった。
その三人は顔を寄せ合いながら、なにやらボソボソと会話していた。
「クックックッ……。先ほどはご苦労様だったわね。多少の手違いはあったものの、あなたのおかげで上手くことが進んだわ。これはほんの謝礼よ」
「これはこれは……ありがとうございます。こちらこそ、あなた様のおかげで裏でやっている賭けが大盛り上がりでございますよ。こちらこそ感謝を」
「フフフ……。それなら乙女の雫をくれたほうが話が早いんだけどね」
「ご冗談を。これがなければ今大会の話になりませんからね。まあ……あなた様ならば、実力で勝ち取れると思っておりますが」
「言うじゃないの。まあ、当然の話だけどね」
『ええ。私達に敵うものなどいませんからね』
「グッフッフッ。その通りですなぁ」
「とは言え、不足事態には備えておきたいわ。もしもの時は……よろしくね」
「ええ、ええ、お任せを。審判も役員も既に私の息がかかってます故に安心して─────誰だ!?」
突如、会話していた男がクワッと目を見開いて覗いていたジャンクを睨み付けた。
「や、やべぇ?!逃げ……グオッ?!」
咄嗟に逃げ出そうとしたジャンク。だが、脛に凄まじい痛みが走り転んでしまった。
それでも何とか痛みを堪えて逃げようとしたジャンクだが、その足をガシリと捕まれた。
見れば、うっすら開いた扉の向こうから腕が伸び、力強くジャンクの足を掴んでいた。
そして、その扉の隙間からは、ジャンクを見下ろす女の顔が闇に浮かんでおり…………。
「見~たな~~?聞~い~た~なぁぁぁぁ??」
「ひ、ひぇぇぇぇぇぇぇぇ?!」
ジャンクは半泣きになりながらイロハに助けを求めようとした。
が、既にイロハの姿はなかった。どうやら先に逃げたようだ。
「あ、あの糞猫ババアァァァァァァ?!」
「ジャンクさぁぁぁぁん。こんなとこで何してるのぉぉぉ?ちょっと中でお話しようねぇぇぇ」
「い、いやだぁぁぁ!マインちゃぁぁぁぁ──」
そのままジャンクはズリズリと小屋の中へと引きずり込まれ、扉はバタンと固く閉ざされたのだった。