138話 初戦終了
戦いのゴングが鳴らされると同時に、先に動いたのはオゴンボゴロン魂のカ・オーリであった。
彼女は見た目からは想像できない程の素早さでサーモンに接近すると、その拳を振り上げた。
「先手必勝!喰ラウガヨイ!必殺『オゴンボゴロンラッシュ』!!」
カ・オーリが凄まじい速度で拳による連撃を繰り出した。その拳はサーモンを確実に捕らえ、その肉体に容赦なく振るわれた。
ドゴン!ボガン!グシャ!
拳が当たる度に凄まじい轟音が鳴り響き、その威力の程を周囲に知らしめた。
『ラッシュ!ラッシュ!ラッシュゥゥゥ!カ・オーリ選手の初手からの凄まじいラッシュ!これは、早くも勝負はついたかぁぁぁ?!』
一発一発がまさに必殺とも言える拳のラッシュ。こんなものを喰らっては、無事でいるはずがない。
サーモンマンも成す術がないのか、ただただサンドバッグのように殴られてるだけであった。
これは、サーモンマンは早くもリタイアか……。
イロハも、観客も、ボビーも、誰もがそう思っていた。
───殴っていた当のカ・オーリ以外は。
「チッ!」
突然、カ・オーリが舌打ちするとともにラッシュを止め、サーモンマンから距離をとった。そして、警戒するように拳を構えた。
その様子に、観客席の誰もが不思議そうな顔をしていた。
『おっと、これは一体?カ・オーリ選手が攻撃の手を止めた?圧しているように見えましたが、何かあったのでしょうか?』
「姉サン?!ドウシタンダ?!セッカク圧シテイタノニ?ナゼ、ラッシュヲ止メタンダ?」
ロープ際にいたボビーが誰もが思っていまことを口にした。
すると、カ・オーリはサーモンマンから目を離さぬまま、忌々しそうに口を開いた。
「オ前ハコノ様ヲ見テ、私ガ圧シテイルトイウノカ?」
「ナニヲ…………ハッ?!」
ボビーは姉の異変に気付いた。
なんと、殴っていたカ・オーリの拳がズタズタの血まみれとなっていたのだ。
『カ、カ・オーリ選手の腕が血まみれだぁぁ??これは一体どうゆうことだぁぁぁ?!』
「ソ、ソンナ?!ドラゴンヲモ殴リ殺ス、鉄ヨリ硬イ姉サンノ拳ガ?!」
「ソレダケジャナイ。奴ヲ見ロ……」
カ・オーリに言われボビーがサーモンマンを見て、更に愕然とした。
なんと、あれだけのラッシュを受けておいて、サーモンマンには傷一つ付いていなかったのだ。
「バ、バカナ……」
「シャケケケケ……。なんだ、この程度か?随分と軽い拳だな」
サーモンマンは埃を払うかのように体をパンパンと払うと、嘲りに満ちた笑みを浮かべた。
「必殺というから、どれだけのものかとわざと受けてみたが…。この程度ならば、シラスも殺せんぞ?せいぜい、マッサージ代わりになる程度だな」
サーモンマンの煽るような発言にボビーは悔しそうに歯噛みする。だが、当のカ・オーリは平然とした顔でサーモンマンを見ていた。
「フン……。悔シイガ、ソノ通リダナ。今ノラッシュ程度デハ、貴様ニ通用シナイヨウダナ。ソノ面同様ニ厚イ、皮ノ前デハナ……」
「皮……?」
姉の発言に怪訝な顔をするボビー。対し、サーモンマンは一瞬驚いたような表情をした後、笑みを浮かべつつパチパチと軽く拍手をした。
「ほう、気付いたか。我が皮の厚さに。大したものだな。ただの愚かな陸上生物ではなさそうだ」
「気付カヌ訳ガナイダロウ。殴ッタ感触ガオカシカッタカラナ。マルデ、ゴムノ木デモ殴ッテイルカノヨウデ、手応エガ一切ナカッタカラナ……」
「ナッ?!ドウユウコトダ?!」
サーモンマンと姉の会話の内容に理解が追い付かず、ボビーが説明を求めて叫んだ。
すると、サーモンマンは呆れたように肩を竦めた。
「姉の方は中々優秀なようだが、弟はそうでもないようだな」
「ナンダトッ?!」
「会話だけで判断できないのだから三流以下だな。まあいい、教えてやろう。貴様の姉の言う通り私の皮は非常に分厚く、ちょっとやそっとのことでは傷一つ付かない。その上、皮と肉の間にある脂肪により衝撃を吸収・無効化することができるのだ!」
「ショ、衝撃ヲ無効化……ダト?」
「それだけじゃない!そもそも、この表皮を覆う鱗自体が天然の鎧よ!鋼のように硬い我が鱗を素手で殴れば手がズタボロになるのも必定!これぞ、鱗と皮と脂肪による絶対防御『皮脂魚鱗鎧』なり!」
「ナッ?!」
サーモンマンから説明された内容にボビーは驚愕した。
それが事実ならば、あらゆる打撃による攻撃が通じないということである。
『な、なんということか?!鱗と皮と脂肪による絶対防御!それによって、先程のラッシュも効いていなかったという!これでは打つ術がないぃぃ!どうする、カ・オーリ選手ぅぅ!!』
実況席と観客席が騒然とする。いかなる攻撃も効かないと聞けば、この反応も当然であろう。
会場中がカ・オーリは駄目 かもしれない。そう考える中……。
その説明を聞いていたカ・オーリも観客席やボビー同様に絶望の表情を…………していなかった。
むしろ、獲物を前にした獣のように獰猛かつ、不適な笑みを見せていた。
「なぜ笑う、女よ?」
怪訝そうに問うサーモンマン。それに対し、カ・オーリは己の拳を掲げながら応えた。
「コレガ笑ワズにイレヨウカ。コレマデ、私ハドンナ敵モ一撃デ葬ッテキタ。人モ、魔獣モ、魔族モ、ドラゴンモ……全テ一撃デ葬リ去ッテキタ。故ニ、本気デ戦ッタコトハ数少ナイ……」
カ・オーリはズタズタになった拳から血が吹き出すのも構わず、力一杯に握り締めた。
「ダガ、ココニキテ、カオリトイイ、貴様トイイ、一撃デ葬レヌ敵ガデテキタ!ツマリ、私ノアリッタケノ本気ヲ出シテ戦エルトイウコド!私ハソレガ嬉シクテ堪ラナイノダ!」
『こ、これは、カ・オーリ選手やる気だぁぁ!先程の説明を聞いても絶望することなく、やる気満々である!これが一流の戦士ということなのかぁ?!』
イロハが実況する中、カ・オーリがニヤリと好戦的な笑みを見せる。それを見たサーモンマンも不敵な笑みを見せた。
「シャケケ……。おもしろい奴だ。なれば、その強がりがどれだけ続くか…………試してやろう!!」
サーモンマンが一気に前に出ると、カ・オーリ目掛けて拳を振るった。
「喰らえい!※サーモンパンチ!」
※なんの変哲もないパンチ。
サーモンマンのパンチをカ・オーリは寸でのところでガードする。が、その威力は凄まじく、衝撃を完全に流すことができず、思わず身体がよろけてしまった。
その隙をサーモンマンは逃さなかった。
「※サーモンキック!」
※なんの変哲もないハイキック。
無防備となったカ・オーリの脇腹にサーモンマンの蹴りが食い込んだ。
「グッ?!」
苦悶のうめき声を漏らしながら再び態勢を崩すカ・オーリ。サーモンマンは、そんな彼女へと容赦なく攻撃を繰り出していった。
「シャケケケケ!どうしたどうした?本気を出せるのが嬉しいのだろう?反撃しないのか?受けるだけが取り柄か?早くきてみろよ!シャケシャケシャケシャケェェェェ!!」
サーモンマンによる怒涛の攻めに、カ・オーリは防御だけで手一杯となり、反撃する余裕はなかった。
『今度はサーモンマン選手によるラッシュ!ラッシュ!ラッシュゥゥゥ!カ・オーリ選手、成す術がないようだぁぁぁ!この状況をどう打開する、カ・オーリ選手!』
『うーん……。ガードで精一杯のようだな。この場合、パートナーであるボビー選手の判断が問われるだろうなぁ……』
ジャンクの解説を聞いたボビーがハッと我に返る。そして、直ぐに姉を助けるべくリングへと入っていった。
「姉サン!今、助ケニ行クヨ!」
「おっと、そうはさせねぇ」
しかし、カ・オーリを助けようとするボビーの前に立ちはだかったのはシメ=サバであった。
「邪魔ヲスルナ!」
ボビーが立ちはだかるシメ=サバ目掛けて蹴りを放った。が、その蹴りは空を切った。
「ナッ?!消エタ?!」
「馬鹿め。こっちだ」
「ナニ?!グッ?!」
シメ=サバの姿が目の前から消えたと思えば、いつの間にかボビーの真横に移動し、その顔面に鋭い突きを放ってきていた。
「クソッ……コノッ!!」
殴られてよろめきながらも、ボビーは反撃とばかりに拳を振るった。その拳はシメ=サバの顔面に当たって……突き抜けた。
「ナッ?!」
それほど威力のある拳ではなかったはずなのに、顔面を突き抜けたことに驚愕するボビー。が、すぐに異変に気づく。
「感触ガ……ナイ?」
「馬鹿め。それは残像だ」
目の前のシメ=サバの姿が溶けるように消えるとともに、背後から声がした。
ボビーが慌てて振り向こうとする前に、その首に腕を回されてガッチリと抑えられてしまった。
「グッ?コ、コレハ?!」
ボビーが抵抗しながら横目で見れば、自分を抑えているのは先程まで目の前にいたはずのシメ=サバであった。
『は、早い?!シメ=サバ選手、とんでもない移動速度だぁぁ!私の動体視力に優れた猫の目を持ってしても影さえ捕らえられなかったぁぁぁ!』
イロハの状況を聞いたシメ=サバが鼻で笑った。
「サバババ。どうだ、この私の高速移動は?目にも止まらなかったであろう?」
「コ、高速……移動ダト?」
「そうだ。私はこの脚が自慢でね。残像を残す程の速度で瞬時に移動することができるのだ。だから、このように油断した相手の背後を獲るなど容易いことよ。聞いたことがないかい?サバは…足が早いとね」
「?!ア、足ガ早イッテ……ソウイウ……コトナノカ?!」
ボビーは驚愕した。
『あ、青魚は足が早いとは聞きますが、本当に文字通りの意味だったのですね!てっきり鮮度のことだと思ってました!また一つ賢くなりました!』
『いや、絶対鮮度のことだから?!あいつが特殊なだけだから?!』
ジャンクのツッコミを他所に、グググと首を締める腕に力を込めていくシメ=サバ。ボビーは必死に抵抗するも、その回された腕はビクともしない。
次第にボビーの目は虚ろとなっていき、抵抗も弱まってきた。やがて、その腕は力無くダラリと垂れ下がり、ボビーは白目を剥いて失神してしまった。
『ボ、ボビー選手ダウンンンン!成す術なく落とされてしまったぁぁぁ!残るはカ・オーリ選手ただ一人になってしまったぁぁぁ!』
シメ=サバは失神したボビーを腕から解放してリングに投げ出すと、いまだ戦っているサーモンマンへと顔を向けた。
「こっちは終わったぞ。いつまで遊んでいるのだ」
「こいつが意外と頑丈でな。なに、直ぐに終わる」
カ・オーリを攻撃しながらも、何でもないかのように言うサーモンマン。
そんなサーモンマンの攻撃をガードしながら、カ・オーリはリングに倒れ伏す弟を見た。
無念の表情で倒れる最愛の弟。そのあまりにも無残な姿に、カ・オーリの中の何かが切れた。
「ウオオオオ!!」
「何っ!?」
気合いの叫びとともに、カ・オーリがサーモンマンの攻撃をはね除けた。
突然の反撃に驚くとともに、体勢を僅かに崩したサーモンマン。その僅かな隙……それをカ・オーリは見逃さなかった。
カ・オーリは瞬時に腕を引くと、出来うる限りグググっと腕に力を溜め込んだ。
そして……溜め込んだ力を一気に解放し、サーモンマンの腹を目掛けて鋭い突きを放った。
「喰ラエ!全テヲ貫ヌクオゴンゴボロンノ槍!秘技『グングニル』!!」
『こ、これは?!カ・オーリ選手の腕が槍のように伸びていくうぅぅ!』
イロハの言う通り、槍のように伸びた鋭い突きがサーモンマンの無防備な腹を穿つ。
この技こそ、ドラゴンをも仕留めたカ・オーリ必殺の一撃であり、オゴンボゴロン族に伝わる最強の秘技であった。
空気を切り裂く鋭い音を鳴らしながら、サーモンマンの腹部へと直撃するグングニル。その威力たるや必殺技の名に恥じぬ威力であった。
が、そのオゴンボゴロン最強の槍をもってしても、サーモンマンの最強の盾は砕くことができなかった。
カ・オーリのグングニルは確かにサーモンマンの腹へと突き刺さった。しかし、腹部の鱗を一枚砕くのがやっとであり、結果は爪先が僅かに皮に食い込む程度であった。
『カ・オーリ選手の放ったグングニルでありましたが、サーモンマン選手の『皮脂魚鱗鎧《パーフェクトイージス』は砕けなかった!矛盾の対決は盾の大勝利ですぅぅぅ!!』
「クッ……駄目ダッタカ……」
カ・オーリが悔しそうに呻きながら膝をついた。
そんな彼女をサーモンマンは冷や汗を流しつつ、敬意の篭った目で見下ろした。
「シャケケケ……。正直、胆を冷やしたぞ。まさか、一枚とは言え我が鉄壁の鱗を砕いたのだからな。万全の技であったならば、皮をも貫いていたやもしれぬ。見事だ……」
サーモンマンは先程の『グングニル』が不完全であることを見破っていた。
その読みは正しく、本当ならもっと貯めが必要であり、あの短い時間で貯めて放った一撃は本来の威力の半分以下であったのだ。
故に、本来の威力で放たれていれば……。
それを想像しただけでサーモンマンは冷や汗が溢れてきた。
(……陸上の生物を舐めてきたが、これほど骨のある者もいようとはな。あまり侮らぬ方が良いかもな)
そう心の中で反省しつつ、サーモンマンは腹部にいまだ突き立てられたカ・オーリの腕を取った。
「人間。貴様は全力できた。ならば、我らも全力で返そう!シメ=サバよ!あれをやるぞ!」
「?!……了解だ!」
サーモンマンの指示を受けたシメ=サバがロープ際ギリギリまで後退する。そして、右腕を構えた。
そして、サーモンマンもまた、カ・オーリをその場に無理矢理立たせると、同じようにシメ=サバとは反対側のロープ際まで後退し右腕を構えた。
そうしてカ・オーリを挟む形になると、二人は互いの腕を掲げた。
「人間の戦士よ!我らが最強のタッグ技を見せてやろう!親潮パワー全開!!」
「黒潮パワー全開!!」
『こ、これは一体?!突然、サーモンマン選手達の腕が青く光りだしたぁぁぁ?!』
イロハの言う通り、サーモンマン達の右腕が青く輝きだした。、二人はその輝く腕を水平に構えると、カ・オーリへと狙いをつけた。
「行くぞ!」
「応っ!!」
サーモンマンからの呼びかけにシメ=サバが応えると同時に、二人はカ・オーリ目掛けて走りだした。
『こ、これは?!リング中央にカ・オーリ選手を挟んだサーモンマン選手達が、彼女目掛けて同時に走りだしたぁぁぁぁ!?一体何をするつもりだぁぁぁ?!』
カ・オーリ目掛けて同時に走りだしたサーモンマン達は、互いに輝く右腕を水平に構えつつ、位置を微調整していく。
そして、狙いをカ・オーリの首筋につけると、速度と体重を乗せた全身全霊の一撃を放った。
「喰らえっ!」
「合技!」
「「※潮目ボンバー!!」」
※潮目とは、親潮海流と黒潮海流がぶつかる場所のこと。主に、三陸海岸などで見られる。
サーモンマン達によって振るわれたラリアットは前後からカ・オーリの首を挟み込む。そして、逃げ場のなくなった凄まじい衝撃が彼女の全身を駆け巡った。
「グワアアアア!」
絶叫を上げるカ・オーリ。そんな彼女の首筋にピシリピシリとヒビが入る。
そして……。
ベリィィィィ!!
シールを無理矢理剥がしたかのような音が辺りに響くとともに、カ・オーリの顔から何かが剥がれ、リングへとベシャリと落ちた。
「「「キャアアア?!」」」
会場中から悲鳴が上がる。
カ・オーリの顔から剥がれたもの。
それは……。
『こ、これは?!カ・オーリ選手の顔の皮が剥がれた?!い、いや違います!こ、こ、これは……化粧だぁぁぁぁぁ?!カ・オーリ選手の厚化粧が衝撃によってベリベリと剥がれたようだぁぁぁ!!』
一見すれば人の顔の皮のように見えたそれは、カ・オーリが塗り硬めた厚化粧であった。
そして、文字通り化けの皮を剥がされて素っぴんを晒すこととなったカ・オーリと言えば、サーモンマン達の腕から解放されると同時にリングへと倒れ伏した。
カ・オーリは虚ろな目をしながら、小さく呟いた。
「コレダケノダメージヲ受ケタ上ニ、素っピンヲ晒サレテハ……私ノ……負ケダ……」
そう言って、カ・オーリは意識を失った。
レフェリーが素早くカ・オーリに駆け寄ったのち、手をバッテンにして首を振った。
カンカンカーーーン!!
『勝負ありぃぃぃぃ!勝者はチーム海中殺法コンビだぁぁぁぁぁぁぁ!!』
「「「ワアアア!!」」」
観客達が歓声を上げるなか海中殺法コンビは静かにリングを後にしたが、一度だけカ・オーリを振り返って呟いた。
「そのような化粧で隠さずとも、オニカサゴのような良い顔付きをしているぞ。カ・オーリとやら……」
化粧の落ちたカ・オーリの素顔に、サーモンマンは彼なりの最大の賛辞の言葉を述べた。
勝者:海中殺法コンビ
試合時間:5分15秒
決まり手:潮目ボンバー
こうして、波乱の初戦は終了した。