134話 Aブロック四試合
『さあ、試合も盛り上がってまいりました!続いての第4試合は、赤コーナーより彼のため!彼女のため!互いの愛を確め愛を示そう!ラブ&ラブズのハンスとローズ選手だぁぁ!!』
赤コーナーのゲートから、ハンスとローズが手を繋ぎながら気恥ずかしそうに入場する。
その光景に会場の三割の人間はホッコリとし、四割が舌打ちし、残った三割は怨念と殺意を送った。
『対する青コーナーよりは、覆面を被った謎のコンビ!ミステリアスパートナーズ1です!』
青コーナーのゲートから、第三試合でアリス達が纏っていたのと同じ覆面を被った二人組が入場する。二人は終始無言でリングへと上がったが、絵も言えぬ謎の威圧感を放っていた。
そして、ジッとハンス達を睨みつけていた。
「ハンスくん!」
「ゴルデさん?」
そんな時、リング脇から先程試合を終えたゴルデがハンスへと声をかけた。
ハンスとゴルデは例の香との事件以来、それなり親交を深めていた。そんな知り合いのゴルデに、ハンスとローズは微笑みを見せた。
「先程はおめでとうございます!鮮やかな勝利でしたね!」
「本当におめでとうございます。しかし、どうしました?こんな試合前に?」
勝利を祝う二人に対し、ゴルデは厳しい表情を見せた。
「ローズちゃん、ありがとうね。で、ハンスくん。端的に言うわ。あの覆面には気を付けて。さっき私が戦った奴等もそうだけど、あいつらはカオリが放った刺客よ」
「「なっ?!」」
その話にハンス達は驚愕する。いまだ彼らにとってカオリは忘れがたき存在であり、正直関わりたくない人物No.1である。そんな人物が放った刺客と聞けば、緊張しない訳がなかった。
「カ、カオリの刺客ですって?それは間違いないんですか?」
「ええ、間違いないわ。あの糞野郎……少しでも賞品が手に入る確率を上げるために、自分の手駒を出場させてるのよ。いったい誰が出てるかは知らないけど、カオリの関係者だけに一筋縄ではいかないわ。充分に気を付けて」
それだけ言うとゴルデさんは観客席へと戻っていった。
二人はゴクリと息を飲むと、改めて対戦する二人組へと目を向けた。
(あいつらはカオリの刺客……。一体誰なんだろうか?)
緊張を顕にするハンス。かつて、カオリから受けた仕打ちは、いまだトラウマとなって彼の中に残っていた。
今、対戦する相手はカオリではない。だが、その関係者。ならば、かなりの難敵であるのは間違いない……。
(勝てるのか……?愛の神の力がなくなった今の俺に……?)
かつては愛の神による加護により、一時的に勇者と同等の力を得たハンス達。だが、既にその力は失っていた。
ここまでは何とか勝ち残ったハンスだが、正直今目の前にいる二人に勝てる気がしない。それだけの威圧感が覆面越しに伝わってくる。
いや、それだけでなく……何か憎悪のようなものを感じていた。
「ハンス」
不意に呼ばれて見れば、隣で愛するローズが微笑んでいた。
「ローズ……」
「ハンス。そんなに気負わないで。たとえ相手が誰だろうと、精一杯持てる力を出して頑張りましょう。ねっ?」
その言葉に、不思議とハンスの中にあった不安などが消えていく。代わりに確かな闘志が沸き上がってきた。
(そうだ。何を弱気になっていたんだ。彼女がいるなら頑張れる。彼女がいれば、どんな相手だって怖くない。彼女となら……)
「ありがとう、ローズ。君となら何だってできそうだよ。愛してるよ、ローズ」
「もう、ハンスったら……」
リング上で甘い雰囲気となる二人。その糖度高めな空気に、実況のイロハも胸焼けしたような表情となっていた。
ズガン!
だが、そんな甘い空気をぶち破るような激しい轟音が鳴り響いた。
音の正体は対戦相手の覆面の一人だった。彼がコーナーポストを激しく殴りつけたのだ。
しかも、殴られたコーナーポストは半ばからへし折れていた。その様子から、相手が並々ならぬ猛者であることを物語っていた。
「相変わらずだな……貴様らは……」
覆面の一人が憎悪の籠った声で呟く。
「相変わらず?……やはり、以前にどこかで会ったことがある奴か?」
(先程から感じた憎悪の視線……やはり、どうやら彼らとは、どこかで会っているようだ)
ハンスがそう考えていると、覆面の二人組がローブに手をかけた。
そして、一気にローブを外し、その正体を現した。
その正体とは……。
『な、なんと?!ミステリアスパートナーズ1の正体は、王国最強の魔術師として名高いドンブルダー様と、同じく最強の剣豪とされるモサシ様だぁぁ!!』
ローブを脱いで現れたのは、アンデル王国でも有名人であり、不持者解放戦線の幹部でもあるドンブルダーとモサシの二人であった。
「あ、あなた達は……」
二人の登場に会場中から爆発的な歓声が上がるのに対し、ハンスとローズは思わず後ずさった。
彼らが思い出すのは、かつて不持者解放戦線に襲われた、あの日……。
ドンブルダーとモサシは香の側近であり、率先してハンス達を襲ってきた者達だ。
その時のことを思い出し、ハンス達は苦い顔となった。
「久々じゃな……坊主。あの時以来じゃな」
ドンブルダーが好好爺のような朗らかな笑みを見せながら声をかける。
が、ハンスは油断しない。なぜなら、目が全く笑っていないからだ。その瞳は、殺意と憎悪をまみれていた。
「ああ……久しぶりですね。できれば会いたくはなかったですよ……」
「くく……随分な挨拶じゃな。まあ、儂とて貴様らのようなリア充には会いたくないわな。虫酸が走る故にな……」
そう言うと、ドンブルダーの全身から黒い魔力が吹き出る。その顔も先程のご飯から一転し、怒りに歪む醜悪な形相となっていた。
ハンス達はその迫力に思わず後ずさった
「まあ、抑えよドンブルダーよ。試合前からそんなに脅しては楽しみが減るぞ」
そんな今にも襲いかかりそうなドンブルダーを止めたのはモサシだった。だが、冷静な口調とは裏腹に、その表情はドンブルダーとは負けず劣らず醜悪なものとなっていた。
「これは儂としたことが……。せっかく総統閣下が雪辱を晴らす舞台を整えて下さったのに台無しにするところじゃった」
「気を付けよ。総統閣下からの粋な計らいは、これからなのだからな」
ニンマリと邪悪な笑みを見せる二人。そんな二人の何か聞き逃せない発言にハンスは疑問を持った。
「総統閣下の計らい?カオリのことか!?計らいってなんだ!?何を企んでる!?」
そう叫ぶと、モサシはニヤリと笑いながら指を鳴らした。
その瞬間……リングの四方から何かがせり上がってきた。それはガシャガシャと音を立てながらリングを囲い、さらには天井までをも覆ってしまった。
リングを囲ったもの……その正体は、金網であった。金属製の金網が、まるで檻のようにリングを覆ってしまったのだ。
天井までは高さ3メートル程あり、周りには逃げ道一つない完全な牢獄であった。
『な、なんと?!これは一体?!突如、リング全体を謎の金網が覆ってしまいました?!これは私も聞いておりません?!これは一体なんなんでしょうか?!』
イロハが驚いたように叫び、観客達からも困惑のざわめきが広がる。
そんな中、ドンブルダーがどこからかマイクを取り出した。
『これから行う儂らの試合。いや、試合とは言わぬな。これから始まるのは処刑じゃ。その処刑方法とは……金網デスマッチじゃ』
「か、金網デスマッチだと?!なんだそれは?!聞いてないぞ?!」
『それはそうじゃ。これは総統閣下が特別に儂らのために提案してくださった、お前らを葬るための特別な試合方式じゃからな』
ハンスがバッとカオリがいる席を見た。カオリは愉悦に満ちた下衆な笑みでハンス達を見下ろしていた。
「こ、こんなの反則だろ?!無効だ無効!そうですよね、レフェリー?」
ハンスがそう聞いた相手は、実はこれまでの試合中もずっといたけど、一切目立ってなかったレフェリー(ケンジロー40歳、働き盛り。レフェリーはアルバイトで始めた)であった。
レフェリーは一瞬だけ目を泳がせた後、明後日の方向を見ながら口笛を吹き始めた。
「えっ?いや、レフェリー?!」
「無駄だ。レフェリーもエマリオも……この試合の関係者は既に買収済みよ。何を言っても無駄なことよ」
「なっ……?!」
モサシの言葉にハンスは愕然とした。まさか、既にそこまで手が回っているとは思ってなかったのだ。
「くく……。既に貴様らは試合が始まる前から負けていたのよ。貴様らはこの逃げ場のない金網の中で、儂らに料理されるだけよ……」
邪悪な笑みをしながらモサシが拳を鳴らす。
「しかも、この金網は特別製でな。この金網には特殊な電流が流れておるのじゃ」
「で、電流だと?!」
ハンスとローズが背後の金網から離れ、よくよく観察してみた。確かに金網からはパチパチと電気の弾ける音がしていた。
「くっ!なんて残酷なものを設置してるんだ?!この電流で僕達を焼き殺そうというのか?!」
金網にぶつかり黒焦げとなった自分の姿を想像し、ハンスが恐怖と怒りの混ざった声で叫んだ。
すると、ドンブルダー達は若干引いたような表情をした。
「いや、焼き殺すって……」
「コイツ、発想が怖っ……」
なんか思ってたのと違う反応にハンスが戸惑う。
「いや、電流が流れてるんだろ?なら、その電気で黒焦げにするつもりじゃ……」
「いやいや。殺しは無しのクリーンな大会じゃよ?そんなことする訳ないじゃろが……」
「ちょっと考えれば分かるだろうが……。常識で考えろよな……マジで。引くわー……」
「金網で囲っといて常識を説くな?!」
非常識な人間に常識を説かれ、ハンスは額に青筋を立てながら怒鳴った。
ドンブルダー達はそんなハンスの怒声もどこ吹く風。再び邪悪な笑みを見せた。
「くく……では、金網デスマッチについて説明してやろう。まず、この金網について教えてやろう。オイ!あれを!」
「ジェラシィィ!」
モサシが誰かにそう指示を出すと、観客席の方から不持者解放戦線の覆面を被った二人組が出てきた。その二人は一人の男性を拘束していた。
「や、やめてくれ!?離してくれ?!」
男性は必死に抵抗するも、覆面の二人はガッチリと彼を押さえ込んでいた。
「なっ?!彼は誰だ?!何をする気だ?!」
「くく……そやつは先日捕まえたリア充よ。彼女ができて、はしゃいで飲み屋で自慢話をしていたところを捕獲したのよ」
「なっ?!」
「そして、何をするか?こうするのじゃよ!」
ドンブルダーが指示を出すと、覆面の二人が勢いよく男性を金網へと向けて突き飛ばした。
そして、男性が金網にぶつかった瞬間……。
「アババババ?!」
激しい電流がバチバチと音を立てながら流れる。
無論、そこにぶつかった男性は感電し、身体はピカピカと明滅し、痺れながら悲鳴を上げる。
が、悲鳴の割には不思議なことに、彼の身体には焦げ跡一つつかない。その代わり……。
パチィィィィン!
激しい破裂音と共に男性の服が弾け飛び、一糸纏わぬ裸となってしまった。
男性はそのまま倒れて痙攣していたが、突如現れた謎のマッチョメン達によって連れさられていった。
※この後、男性については、スタッフが美味しく頂きました。
「こ、これは?!」
「そうじゃ!この金網に流れる電流は肉体には一切の傷を付けぬ!が、服だけを弾け飛ばすのだ!この電流は金網の至るところに流れておるから回避不能!そう、この金網デスマッチは、別名『全裸デスマッチ』!先に全裸になった方が負けなのじゃあああ!」
唾を飛ばしながら説明するドンブルダーにハンス達は戦慄した。
まともじゃないと思っていたが、ハンス達が思う以上にドンブルダー達はまともではなかった。
「そ、そんなふざけた戦いがあるか?!こちらにはローズもいるんだぞ?!公衆の面前で裸になれと言うのか!?」
「そうじゃ!貴様らを全裸にし、衆目に晒すのが我らの目的よ!!我らが先に受けた屈辱……無念……。それらを万倍にして返してくれる!!」
「大衆の前で裸を晒させ、社会的に抹殺してやろうぞ!そこで初めて我らの復讐は成されると同時に、リア充カップルがまた一つ消える!まさに一石二鳥よ!」
狂気に染まった表情で叫ぶドンブルダー達にハンスは絶句するしかなかった。背後では青い顔で震えるローズがいた。彼女も、ドンブルダー達がまさかここまで狂っているとは思っていなかったのだろう。
いっそ、棄権しようと思いレフェリーを見れば、レフェリーは何故かこちらに背を向けて屈伸運動をしていた。
完全にこちらを無視していた。
「くくく……最早、貴様らに味方も逃げ道もない。観念するがいい」
「くっ!?」
醜悪な笑みを見せるドンブルダー達に、ハンスはローズを背に庇いながら構えをとった。
最早、戦うしか道はないか……。
意を決し、ハンスがドンブルダー達を睨みつけると、彼らはおもむろに上着を脱ぎ始めた。
「さて……。神の加護もない童との戦いなど、勝ちは既に見えている。が、一応は万全の状態となろうかのう…」
「左様。獅子は兎を狩るのにも全力を出すとも言うしな……」
「なにを……?」
ハンスが意味深な二人の言葉に眉をひそめた瞬間、ドンブルダー達の肉体に変化が現れた。
「見るが良い!総統閣下から頂いて幸い新たなる力を……」
「ハァァァァ!真・超怪力巨獣化』!」
ドンブルダー達の肉体が肉体がメキメキと音を立て巨大化していく。筋肉が膨れ上がり、背丈もどんどんと大きくなっていった。
「こ、これは……」
「クハハハ!驚いたか!総統から頂いた新たな力……真・超怪力巨獣化』に!この力は最大で全長を5メートルも巨大化させ、パワーは十倍にまで跳ね上げることができるのだ!この圧倒的な質量と力で、貴様らを徹底的に痛めつけてやるわ!」
モサシから語られた力の内容にハンスは愕然とするも、あることに気付いた。
「ちょ、ちょっと待て?!全長を5メートルって……それって─────」
「問答は無用じゃ!さあ、貴様らをギタギタにしてや─────」
ドンブルダー達の肉体の変化が終わると同時に、激しい光が辺りを覆った。