13話 ババヤーガの店
石畳の舗装路に石造りの建物がたて並ぶ町並。正に中世ヨーロッパ風の町並みだ。時折、ちらほらと木造の建造物もあるが、そのほとんどの建物は石造りでできている。
しかし、石といってもただの石ではなく、しっかりと加工された石だ。
多様な形、多様な色に加工されており、それらの石を組み上げて作られた高い建物は、見事の一言しか出てこない。
中には、建物の一部に見事な竜や鳥なんかの彫刻を彫っている家屋などもあり、見ているだけで楽しい。
他にも、街には日用品や食べ物・物珍しい商品を扱う店や、様々な料理の屋台が賑わいを見せており、そのような店にも目が惹かれる。
そんな賑やかな光景の街並みの通りを、私とザッドハークは歩いていた。
私の装備を買うために、ザッドハークが馴染みの良い店があるというので、その店に向かって移動中なのだ。
「わぁ……なんか観光地か、テーマパークみたいな光景だな………」
しかし、酒場から出て改めて見る町並みは凄いの一言だった。
城を出た時は、ザッドハークについて行くのと金貨を運ぶので風景を見る余裕はなかったが、こうして見る街の光景は素晴らしいものだった。
テレビで紹介されるような立派なヨーロッパ風の石造りの建物は、実際に見てみると古風ながらも堂々としており、見ているだけで圧倒され感動すら覚える。
街の中では馬車が走ってたり、鎧姿や魔法使いっぽいローブを着た人達が見受けられ、THE中世ファンタジーといった様子だ。
更には、街を歩く人々……普通の人間から人間外のドワーフにエルフや様々な動物の獣人。私の背丈よりも低い小人や、肌が赤かったり青だったりする謎の人達。多種多様な種族の人達が入り乱れて自由に生活しており、その賑わいと多様さには驚愕させられ、本当に異世界なんだなと実感させられる。
股間に巨大な象牙のようなケースを付け、半裸で闊歩する赤色の肌をした原住民っぽい人を見た時は、自由過ぎんじゃね?と思ったが。
ただ、それだけの多種多様な種族がいる中でも、私の隣を歩く人物………ザッドハークはかなり……いや、ダントツで異様な部類に入るらしく、かなりの人混みのある通りを歩いているにも関わらず、まるでそこに見えない壁があるかの如く人が避けていく。
通り過ぎる人々は、明らかに怯えた様子でザッドハークを見上げている。
中にはザッドハークの姿を見ただけで泣き出す子供もいる始末だ。
おかげで隣を歩く私まで浮いてしまっている。
解せん。
「フム。この様な光景が珍しいのか?」
「珍しいですよ。私の国ではこんな建築物は無いですし、こんな色んな種族の人達も歩いてませんでしたから。本当に非日常ですよ!」
石造りの建物が並ぶ光景なんて見たことないしね。
まぁ、コンクリートもある意味では石造りとも言えるけど、あれとは赴きが違うからね。
すると、ザッドハークがフムと頷きながら質問をしてきた。
「そなたの国はどのような国なのだ?」
「そうですね……高層ビルっていう城よりも高い建物が建ち並んでいて、馬を使わない鉄の車が走っていたり、人を運ぶ鉄の鳥が空を飛んでいます」
「我からすれば、そちらが非日常なのだが?」
言われてみればそうかもしれない。
よく考えてみれば、空を飛んだり遠方の人と話をしたり………私達の世界は魔法がないだけで、十分にファンタジーに溢れた世界なのかもしれないな。
「かもしれませんね」
「フム。中々に興味深い話だ。もう少しばかり聞きたいところだが………目的地が見えてきたな」
そう言ってザッドハークが視線を前方へと向けた。
私もその方向へと目を向けると、そこには3階建ての一際大きな建物があった。
赤い煉瓦造りの建物で、二階部分には剣と槍を盾の前で交差した、巨大な看板が掲げられている。
文字も書いてあるが生憎読むことはできない。だが、一目で武器屋だということが理解できる。
実際、入り口付近には、様々な鎧や武器を手にした人々が忙しなく出入りしていた。
「わぁ!!立派なお店ですね!!」
お店の近くまで来て、その店構えの立派さに声を上げると、ザッドハークが説明をしてくれた。
「ウム。あれは最近開店した店で、武器屋と防具屋、更には道具屋の3つが提携して立ち上げた装備の複合商店らしい。一階にポーション等の道具品。二階に防具。三階に武器を取り扱っているらしい」
「まるっきりデパートだわ」
「3つの店が寄せ集まって、良いものを売るから『ミツヨシ』という名がついてるらしい」
「何か聞いたことがあるような気がする」
寧ろ聞いたことがない訳がない名前だわ。
店の店長とかに日本人がいるんじゃないのかな?
「まぁ、でも、これだけ立派なお店なら、私に合う装備もありそうですね」
ザッドハークの馴染みの店だと聞いて、少し不安だったけどこれなら安心だ。少しザッドハークを見直したな。
何より、これだけの人が活用してるお店ならばそれなりの優良店なんだろうから、変な装備を売り付けられることもないよね。
それに種類も豊富そうだし、自分で選ぶ楽しみもできそうだ。
酒場でのザッドハークの意見も尊重するけども、初めての装備だし、自分に似合う可愛い装備とかを選びたいからね。
買い物気分でテンションが上がり、ウキウキしながらお店の入り口にある低い階段を上がろうとした。
「待て。そこではない」
だが、感情を感じさせない無慈悲な声で呼び止められる。
「ほぇ?」
その声にビクリと止まり振り返ると、声の主……ザッドハークが、お店の横にある細い路地の方からおいでおいでとしていた。
「此方だ。ついて来るが良い」
それだけ言うと、ザッドハークは路地へと向かって迷いなく進んでいく。
「えっ……?あれ??」
えっ?ここじゃないの?ここで装備を買うんじゃないの??
てっきりこの店だと思ったんだけど?てかここで買わない?
そうは考えても、既にそこにはザッドハークの姿はなかった。
もう、奥へと進んだらしい。
お店と路地を何回か見比べるが、一応はアドバイザーであり旅の仲間のザッドハークへと着いて行くことにする。
ザッドハークを無視してお店に入ったところで、自分で装備を選ぶこともできないからね……。
仕方ない…………か。
後ろ髪引かれる思いでお店を振り返りつつも、私はザッドハークが入っていった路地へと小走りで進んでいった………。
◇◇◇◇◇◇
「ここだ」
「ここ…………」
ザッドハークが自信ありげに案内してきたのは、路地を更に奥へ奥へと行った、ゴミが散らばり日も当たらない裏路地にある店であった。
その店は、異様な感じがする裏路地にあって、更に異様な雰囲気を醸し出す店であった。
というのも、店の外観が一言で言えば『ゾンビが出る洋ゲーの館』といった赴きなのだ。
それなりに立派だったろう館の壁は、長い年月でボロボロとなり壁一面に何かの草の蔦が絡みついている。
窓もところどころに割れており、とても人が住んでいるようには見えない。
だが、店の入り口……扉付近には、剣と盾を持った鎧が立っており、その首には赤い文字が書かれた木札がかけられているので、かろうじて店というのがわかる。
しかし、文字は読めないが、多分雰囲気的に『open』とか『開店中』って書いてあるんだろう。悔しいが、察してしまった。
ザッドハークも、その木札を見て満足気に頷く。
「フム。休みが多い店なのだが………今日は開店しておるな」
ほらね?
「いや、あの……ここ怪しくないですか?もう、隠しようがない怪しい雰囲気を出してるんですけど?ここよりさっきの店にしません?色々とありそうでしたけど?」
「安心せよ。この店は、先の店とは比べものにならぬ程に質の良い武具を扱っておる。汝に相応しき装備も手に入ろう」
「いや、既に安心できないんですが?店が既に安心できるような外観じゃないんですが?この木札の文字も雨で滴って、血が流れてるみたな感じになって無駄に恐怖を煽ってくるんですが?」
「ゲテモノ程美味いというだろ?」
「いや、もうゲテモノは、トゥルだけで充『『『ゲテモノチガウ』』』!?まだ喋りやがる!?」
私が話すのに合わせて、腹ん中から合唱しやがった!?まだ消化されてないんかい!?
「時間がもったいない。入るぞ」
「えっ?ちょ………」
やたらギーギーとなる扉を開け、止める間もなく吸い込まれるように店へと入るザッドハーク。
必然的に路地裏に残されてしまう。
いや、こんなとこに置いてかないでよ!?で、でも入るのは怖いし……。
でも…………。
チラリと来た道を横目で確認する。
そこには、来た時と同じように、建物の陰でまともに日の当たらない薄暗い道と、異臭のするゴミの山。それに複数の人影が………。
「入りまーすっ!!」
慌てて扉を開け、店の中へと入る。
中に入り扉を閉め、呼吸を整える。
めっちゃ怖かった!?なんかいた?なんか人影がいたよぅ!?ギラギラした赤い瞳をした何かが、複数私を見てたよぅぅぅ。
だから裏路地って嫌なんだよう。大体、裏路地っていったら日陰者が集まる無法地帯じゃないの!?なんでそんな所で店をやってんのよー!!馬鹿なの!
それに、私を置いて入ってザッドハークも馬鹿だぁぁぁぁ!!
内心で一通り愚痴り、少し落ち着いたのでフーと息を吐いて顔を上げる。
視線を向けたその先には……。
「ウヒヒヒヒ……いらっしゃいな」
薄暗い室内の中、鷲鼻のやたら目が窪んだ皺だらけの老婆が、杖をついて佇んでいた。
「ウキョホラハァァァァァァ?!」
ば、化け物ぉぉぉぉぉぉぉ!?
あまりの驚きに奇声を上げ、飛び退き近くにあった棚へとへばりつく。先のトゥルを馬鹿にできない程の叫びを上げているが、それを気にする程の余裕はない。
乙女ながらションベンチビりそうだ。
しかし、そんな驚愕する私を、老婆は楽しそうに見ていた。
「ウヒヒヒヒ……何とも生きのよい娘子じゃのう。こんな反応をする女は久しぶりじゃよ」
ヒヒヒヒと口が裂けるんじゃないかという程の歯抜けの笑顔を見せてくる老婆。
その顔に更に恐怖が湧き上がる。
「ひっ…………ひっ…………」
もう、涙腺とか下のダムとかが決壊寸前だ。
あまりの恐怖に乙女の尊厳を忘れて色々と漏らしそうになる。
老婆は尚も楽しそうに笑いながら、私へと向かってにじり寄ってくる。
そんな老婆への恐怖から、緊張が高まりガタガタと身体が震え足がすくむ。視界が滲み、歯がカチカチとなる。
ついでに腹の中で『フルエルー』とトゥルが合唱する。
色々ともう限界。
だけど、乙女の羞恥心がそれを許さない。
なけなしの勇気を振り絞り、最後の一線だけは越えぬように必死に耐える。
だが、長くは保ちそうにはない。何とかしなければ……。
いっそ、扉から強引に外へと脱出しようか?
そう考えた時。
誰かが私の肩へと手を置いた。
身体が一瞬ビクリとなり、震えが止まる。
しかし、代わりに全身に言い様のない悪寒が駆け巡る。
だ、誰?誰なの?
そう考え確認すべきかと思うも、別の自分は『駄目だ……そっちを向いちゃ駄目だ』と囁いてくる。
しかし、そんな囁きも空しく、まるで糸で手繰り寄せるように顔が自然と手を置かれた方へと向いていく。
やがて、首は手の置かれた横を向き、視線は手の主へと向けられた。
薄暗い室内………その視線の先にそれはいた………それは……。
「何をやっている?」
暗闇に浮かぶ、青白い炎を眼窩に宿した骸骨であった。
「あっ」
最高超に高まった恐怖と緊張でそれを見た瞬間…………。
私の『乙女』は散り去った。
◇◇◇◇◇
「うぐ……ぐぅぅ………」
諸事情により店の人から貸してもらったシーツに全身をくるませた私は、店内の片隅で蹲って嗚咽を漏らしていた。
「ウヒヒヒヒ………もう泣きなさんな。誰だって漏らしたことの一・二回はある。別に恥でもなんでもないぞい」
そんな蹲まる私を、例の鷲鼻の老婆が曲がった腰を、さらに曲げて身を屈めながら慰めてくる。
しかし、そんな言葉で私の砕けた乙女の純情は慰められはしない。
「だって………だって………」
幼児や赤ん坊ならともかく、この歳でやらかしたというのは精神的に相当にくる。
それはもう、ちょっとやそっとでは立ち直れない程だ。
「まぁ、気持ちは分かるわい。儂も最近はそういった事が多くてのぅ。いたした後に下着をはくと、気付かぬうちにジワッとくるのよぅ」
「ただの老化からくる尿漏れじゃないですかぁぁぁ………」
今の私と老化現象を一緒にはしないでほしい。
悪いが私は華の女子高生。そこまで緩くはないのだ。
「傷心してると思えば儂に老化を説く気力はあるかい。何とも逸材じゃないかい。あんたもそう思わんかい?」
ウヒヒヒヒと笑いながら老婆が室内に転がるものへと問いかける。
その転がるものは、僅かに身動ぎをすると、ゆっくりと口を開いた。
「ま、間違い……あるまい……。こ、この我を……膝どころか……全身……地べたに伏せさせるなど……ふ、普通では……あるまい………」
そのもの………ザッドハークは、ピクピクと痙攣しながら、必死に脛を擦っている。
何があったかは言うまでもあるまい。
ただ、これまで最強にして最多の蹴りをかましてやっただけのことだ。
しかし、鎧の上から擦ったところで効果は分からないが、その必死さ加減から、余程の痛みが彼の者を襲っているらしい。
「そうだねぇ。あんたがそんな滑稽な姿をしてるところなんて、見たこともないからねぇ。ウヒヒヒ………」
「ウム………。ところで………ポーションか痛み止めは……ないだろうか?なければ……氷でも良い。この未知なる痛みが消えるならば………なんでもしようぞ………」
「ウヒヒヒヒ………女の純情に傷をつけたんだ。暫くはそうやってのたうち回ってな」
老婆がそう言い捨てて背を向けると、『無慈悲なぁぁ』という慟哭が響いたが誰も反応することはなかった。
糞が。一生そうしてろ。
老婆はそのまま私へと歩み寄ると、優しい手つきで頭を撫でてくる。
「ウヒヒヒヒ……すまんねぇ。久方ぶりの客人で、ついつい嬉しくて笑いが止まらなくてねぇ。怖がらせるつもりはなかったんだよぅ」
「嘘だぁぁ………絶対に笑顔に悪意があったよぅぅぅ。邪悪だったよぅぅ」
「泣きながらも、年寄り相手に歯に絹着せぬ言葉を吐く子だねぇ。儂の若い頃にそっくりだよ。ウヒヒヒヒ……」
「嬉しくないよぅぅ………」
「ウヒヒヒヒ。益々逸材だねぇ」
何が楽しいのか、老婆は更に愉しげに笑いながら頭を撫でてくる。
悔しいが、なんだか安心するような母親のような優しい手つきで撫でてくるために、私の心もじんわりと温かくなってくる。
うぅ………この老婆………意外と包容力が高いよぅぅぅ。
「ウヒヒヒヒ。まぁ、服と下着は儂が責任をもって洗濯するんで安心おし。それまで、ゆっくりとしていきな。どうせ客なんて来やしない寂れた店だからね。こんな店にくるのは余程の物好きか、変わり者だからねぇ」
その理屈なら、店に来た私とザッドハークは物好きな変わり者ですよぅ。
「うっ……うっ………気持ちはありがたいけど………。流石に代わりの服や下着がないのは………」
ぶっちゃけ、今の私はくるまったシーツの下は真っ裸だ。
老婆のご厚意で、事故があった後に簡単にシャワーを浴びさせてもらったが、代わりの服なんてない為に、そのまま貸してもらったシーツにミノムシのようにくるまってるのだ。
いくらシーツがあり、店でゆっくりしろと言われても、流石に何も身につけないというのは心許ないというよりも、なけなしの女子力が許さない。
しかし、ものがなければどうしようもない。
羞恥と情けなさから顔が熱くなり、シーツをより身体へときつくくるませる。
せめてもの防御行動だ。
すると、老婆がやれやれとため息をついた。
「なんだい、代わりの服や下着がないからと恥ずかしがっているのかい?」
老婆の言葉にコクンと頷く。
それに対し、老婆は呆れたように呟いた。
「やれやれ………だったら買えばいいじゃないかい?」
「…………えっ?」
私がキョトンとすると、老婆は大仰に片手を広げ、自慢気に歌うように口ずさむ。
「ここを何処だと思っとる?ここは古今東西。あらゆる武具から日用品まで揃う店。場所こそ辺鄙で客は滅多にゃ来ないが品揃えはどこにも負けはせん」
更に老婆は、いつの間にか手にしていたランプを高く掲げる。
すると、薄暗かった店の内部が僅かに明るくなる。
「下着なんて当たり前にあるさ。更には色んな種類を揃えてる。使い捨てから夜の勝負用まで、選り取り緑の数多さ。あらゆる客の要望・我が儘に応えて付き合ってやる」
老婆は持っている杖の先にランプを取り付けると、器用に高々と掲げだした。
掲げられたランプはこれまで以上に室内を照らしだし、これまで暗くて見えなかった店内を明るく写しだす。
それを見て、私は絶句する。
その照らされた店内には、驚く程の種類や品数の商品……鎧や剣などの武具から、服や小物といった服飾品。果ては、何に使うかも予想できない巨大な岩のような塊まで………様々なものが所狭しと並んでいたのだ。
寂れた館の外観からは想像できない店の品数に驚く私に、老婆は得意げな表情をしながらゆっくりとお辞儀をしてきた。
まるで、その仕草はダンスが終わり、観客へと礼をする女優のような優雅があった。
「改めてようこそお客様。ここは客が求めるあらゆるものが揃う『ババヤーガの店』。お前さんの欲しいものも、魔王を倒すための装備も、この儂がそろえてやろうぞ勇者様?」
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