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128話 三竦み


 ペトラは冒険者ギルドの入口付近で頭を抱えていた。

 

 魔王軍最高幹部をアンデル王国まで秘密裏に入国させることは上手くいった。そこまでは順調だった。

 

※アベッカに命を狙われる危機はあったが、そこは省略。

 

 しかし、入国してからが問題だった。

 

 本来なら一度隠れアジトに連れていってから作戦を練るはずだった。

 が、何をトチ狂ったのか、止める間もなく幹部二人は真っ直ぐに標的がいる冒険者ギルドへと突っ込んでいってしまったのだ。

 

「なんでこんなことに……」

 

 頭をガシガシと掻くペトラ。そんなペトラの頭をアベッカが優しく撫でた。

 

『仕方ないわ。あいつらは言葉も理屈も通じない馬鹿な連中だもの。私たちの考えが及ばないことの一つ二つは平気でするわ』

 

「事前には作戦を練るって言って頷いてたのに…」

 

『鳥以上に鳥頭だから歩いて二歩ぐらいで忘れるわよ。それよりも中を見てみなさいよ。何だか盛り上がってるわよ』

 

 完全に観戦気分のアベッカ。彼女にとっては魔族の最高幹部だろうが、その幹部がどうなろうがどうでもいいことなのだろう。

 

 なにより………。

 

『それに別にいいじゃない。どのみちカオリに処理させる予定だったし。作戦を立てるなんて所詮は建前なんだし、手間が省けたと思えばいいじゃない』

 

「ひ、他人事だなぁ………アベッカ愛してる」

 

『実際、他人事よ』

 

 ペトラを魔王にしたいアベッカにとって、現魔王の部下である最高幹部らは邪魔者である。

 その幹部らが作戦も練らず、無策にカオリへと突っ込んでいくのは、アベッカにとっては寧ろ歓迎すべき事態である。

 

(カオリの勝ちは揺るがないだろうけど、変に作戦を立てられて万に一つでも敗北しちゃったら、計画が台無しだしね。馬鹿を送ってもらって本当によかったわ)

 

 そんな腹黒いことを考えるアベッカ。

 

 ただ、覗いたギルドの中では、彼女も流石に予想外の展開が中では起きていた。

 

(あの馬鹿二人が突っ込むのは予想してた。けど、あの樹木と魚類は何?)

 

 ギルドの内部。そこには魔王幹部の他、謎の樹木人間・魚人がいたのだ。

 

(また、変なトラブルに巻き込まれてるのかしら?)

 

「な、なあ……あの妙な木と魚はなんなんだ?」

 

 アベッカの背後から何とか立ち直ったペトラが顔を出し、内部の様子を見て戦慄する。

 

「さあ……何かは知らないわ。知らないけど……」

 

(カオリなら何とかするでしょう。ねっ、カオリ?)

 

 アベッカは静観の態勢に入った。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

「で、あんたらは何?」

 

 植物人間と魚人だけで手一杯だというのに、またなんか訳分からん奴らが乱入してきたな……。

 なんだ、このハンプティーダンプティーみたいな奴と、ザッドハークの下位互換みたいなのは?

 

 そう思っていると、背後にいたアリスが小さな声で呟いた。

 

「あ、あんたら……?!」

 

「んっ?知ってるの?」

 

「知ってるも何も、奴らは魔王軍最高幹部十三魔将の二人よ!あっちの丸いのがビック=ボーイ!黒い鎧のがキレルジャナイーノよ!」

 

「我が名はザッドハークだが?」

 

「あんたじゃない!?」

 

 黒いので反応するザッドハーク。まあ、外見ちょい被ってるから仕方ないが……今、凄く大事なこと言ってるから、黙ってろ。

 

 しかし、なるほど……魔王軍幹部ね……。また、面倒なのがきやがったなぁ……。


 そう思いながら再び天を仰ぐと、黒い騎士が一歩前に出てきた。

 

「我が剣に斬れぬものなし」

 

「………はっ?」

 

 急に何言ってんだ、コイツ?そう思ったら、黒胡騎士の隣にいた美人で無表情な緑髪の女性が捕捉してきた。

 

「彼は『お前が勇者か』と仰っています」

 

「えっ?通訳?今の言語?通訳必要なの?」

 

「オデ、ハラヘッタ」

 

「彼は『我々はお前を倒しにきた』と仰っています」

 

「ごめん、ちょっと待って」

 

 私は一度話しを止めてもらい、アリスへと振り向いた。

 

「ねえ、何この二人?こういう言語は魔族では普通なの?魔族っておかしくない?斬れぬものなしだの、腹減っただけで会話ができるの?」

 

「この二人を魔族の基準にしないでよ……。この二人の頭がおかしいだけだから……」

 

 そういう訳らしい。また濃いのがきたなぁ。

 

「我が剣に斬れぬものなし」

 

「彼は『何をごちゃごちゃ言っている!それにそこにいるのはアリスか?!貴様、一体何をしている?まさか、魔王様を裏切り勇者に下ったのか?なんたる不忠義者だ!貴様なぞ、我が剣の錆びにしてくれる!』と、仰っています」

 

「オデ、ハラヘッタ」

 

「彼は『この裏切り者が!もともと貴様の存在は気に食わなかったのだ!ここで勇者諸とも亡き者にしてくれる!我が食の力を見せてやろう!グワッッハッハッハッ!と、仰っています』」

 

「長い長い」

 

 今の短い一言に、どんだけ意味が込められてんだよ。

 

「くっ!?好き放題言いやがって!私が好きでこんな糞野郎に仕えていると『あ゛っ?』好きで仕えてんだよ!文句あるか?!」

 

 なんか文句言ってたようだが、一睨みしたら急に忠誠心を示してきたアリス。これが絆や信頼というやつか。

 

「我が剣に斬れぬものなし」

 

「彼は『フフ…自ら墓穴を掘ったなアリスよ。これで貴様を葬る大義名分を得た。ここで勇者と共に滅びるが良い…』と、仰っています」 

 

「オデ、ハラヘッタ」

 

「彼は『勇者よ。アリスを従えたくらいで図にのるでないぞ?其奴は確かに序列第二位であった。が、あくまでそれは対一での戦いでのこと。我ら二人が組んだコンビネーションの前には叶わぬよ!グワッッハッハッハッ』と、仰っています」

 

「だから長い」

 

 あの一言に色々と詰め込み過ぎやろが。笑い声まで入ってやがる。

 

 呆れとも困惑ともつかぬ微妙な気分で二人を見ていると、キレルジャナイーノが私へと剣の切っ先を突き付けてきた。

 

「我が剣に斬れぬものなし」

 

「彼は『そういう訳だ。さあ、勇者よ、我らと戦え!我ら魔族の真なる力を見せてくれようぞ!』と仰っています」

 

 こいつ……堂々と宣戦布告してきやがった。

 しかも、魔族がこんな敵地である人間の国の、ギルドのど真ん中で……。

 

 余程腕に自信があるのだろうか、その目には一切の迷いがない。

 

 くっ………なんて………なんて………。

 

 

 

 

 

 めんどくさいんだ。

 

 正直、めっちゃめんどくさい。いや、相手は魔王軍の幹部で、私は勇者だし、立場的にやらなきゃいけないのは分かっている。分かってはいるが、めんどくさい。

 

 だって、ただでさえ樹木やら魚類が戦いだのと詰め掛けて来てるのに、そこにきて魔族?もう、お腹一杯です。精神もゴリゴリ削れてます。私、そんな大量の状況を処理できるほどに頭も要領も良くないです。早く帰って寝たい。

 

「オデ、ハラヘッタ」

 

「彼は『さあ、勇者よ!死の饗宴をはじめようぞ!』と仰っています」

 

 饗宴じゃねーよ、馬鹿!デブ!死ねっ!

 

 内心で愚痴りながら、どうしたもんかと思っていると、私を庇うようにトゥルキングとサーモンマンが魔族達の前へと立ちはだかった。

 

「我が剣に斬れぬものなし?」

 

「彼は『なんだ貴様ら?邪魔だ退け』と仰っています」

 

「邪魔だ……ではない!邪魔なのは貴様らだ!カオリと戦うのはこの我、トゥルキングだ!後から来た貴様らこそ退け!」

 

 トゥルキングが叫ぶ。

 

 いや、お前も退けよ。

 

「そうだ!カオリと戦うのは我ら海鮮帝国なり!魔族だか裸族だか知らぬが失せろ!」

 

 サーモンマンが恫喝する。

 

 頼むから、お前も失せて。

 

「我が剣に斬れぬものなし」

 

「彼は『笑止。何者かは知らぬが、邪魔なのは貴様らだ。魔族と勇者の運命の戦いを邪魔するな。消えろ、樹木に魚類が』と仰っています」

 

「オデ、ハラヘッタ」

 

「彼は『そうだそうだ。力づくで排除されたくなかった、とっとと消えろ』と仰っています」

 

 頼むから、纏めて消えてくれないかなぁ。マジでさ……。

 

 やんややんやと言い争う魚類・樹木・魔族の三竦みに頭を抱えていると、脇にいるザッドハークが腕組みしながら呟いた。

 

「カオリを求めて争うとは……。これはあれではないか?『私の為に争わないで!』と、テンプレな台詞を言う場面では?」

 

「ザッドハーク。口、縫われたい?」

 

 ザッドハークが黙り込む。縫われたくないようだ。

 

 その台詞は、一度は女として言ってみたい。が、今ここで使うべきではない。別の機会に使うべきだ。もっと、イケメン達……と、贅沢は言わないが、せめて人類達の前で使いたい。きっと使う機会はあるはずだから。多分。

 

 そんな風に現実逃避をしてる間にも、三竦みの言い争そいはヒートアップしていく。

 

「この分らず屋共が!死にたくないならとっとと消えろ!この糞魔族と大衆魚が!」

 

「消えるのは貴様だ!糞魔族と規格外の廃棄野菜が!短冊切りにしてやろうか?!」

 

「「オデ我ハラ斬れぬヘッタものなし」」

 

「彼らは『貴様らこそ切り刻んで家畜の餌にしてやろうか?野菜と魚でバランスの良い飼料ができそうだな!』と仰っています」

 

「ああん?!やんのかゴラァ!?」

 

「やったろうかゴラァ?!」

 

「「オデ我ハラ斬れぬヘッタものなし」」

 

「彼らは『殺るぞゴラァ?!』と仰っています」

 

 近距離で睨み合う六人。まさに一触即発。

 

 ………全員、相討ちで共倒れにでもなってくれないかなぁ?

 

 本気でそう願っていると、全員が何故か一斉に私へと顔を向けてきた。

 

「カオリよ!汝は誰と戦いたいのだ?当然、このトゥルキングであろう?」

 

「馬鹿を言うな!カオリよ、このサーモンマンと戦いたいだろ?そんな顔をしているぞ!」

 

「「オデ我ハラ斬れぬヘッタものなし」」

 

「彼らは『我ら魔族と運命の戦いをしようぞ、カオリ!』と仰っています」

 

 ズズイっと顔を寄せ、自分と戦えとアピッてくる異形共。絵面がキツイ。

 

「いや……敢えて言うなら誰とも戦いたくない。帰って寝たい。帰っていい?いいよね?」

 

「「「よくない!!なんでそんな消極的なんだ?!」」」

 

 ハモんなや。散れ。

 

「もう知ったことか!!私は帰るぞ!帰って寝る!夢の中で理想の王子様を待たせてるから、もう行くよ!」

 

 そう言って、その場を立ち去ろうとするも、トゥルキング達が足にすがり付いてきやがった。

 

「待て!頼む!我と戦ってくれ!少しだけでいいんだ!ほんの少しだけやらせてくれればいいんだ!直ぐに済む!」

 

「帰るなんて言わず、ちょっと相手してくれ!それなりに礼は弾む!一瞬で終わらせるから、ほんのさきっぽだけだ!頼む!」

 

「我が剣に斬れぬものなし」

 

「彼は『そんなことを言わず頼む!せっかくここまで来たのだし、一夜の思い出をつくろう!早めに済ますから!』と仰っています」

 

「誤解を招くことほざいてんじゃねぇぞ、糞共が!?やらねーったらやらねーぞ!」

 

 尚もすがり付いてくる三人を振り払おうとした時、何者かが勢いよくギルドの扉を開けて入ってきた。

 

「話しは聞かせてもらいました!この件、私に預からせてもらえませんか!?」

 

 入ってくるなりそう叫んだのは、見覚えのある商人……エマリオさんだった。

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