125話 最強の虫
「百年経ったらまたおいでっっ!
天体の位置を表す12黄っっ!
一年を月で隔てて十と二月っっ!
あと、なんか色々12なんちゃらetc~っっ!
そして今ここに、森を守る12名の戦士がここにいるっっ!
さあ、いよいよ森林最強昆虫王決定戦の開幕だぁぁぁぁぁぁっっ!!」
やたらテンションの高い声が、森の中にある開けた場所で木霊する。その開けた場所のど真ん中。そこには、大の大人数名が動き回っても問題ない程に大きく丈夫な切り株があった。
それは森のコロシアム会場。神聖なる闘いの舞台である。
その舞台の上。そこには12の虫達が堂々と仁王立ちしていた。
そんな12名の虫達を、やたらテンション高い司会が紹介し始めた。
「さあ、まず紹介するは虫の王者にして、動く要塞!カブトムシ!!」
人型をしたカブトムシが堂々と手を振る。
「次は、カブトムシ永遠のライバルにして、技の博物館!クワガタ!」
同じく人型のクワガタがクールに指を立てる。
「俺の顎で砕けぬものはねぇ!驚異のこう筋力!カミキリムシ!」
人間大のカミキリムシが触覚を振る。
「空中殺法の達人にして、大空の覇者!オニヤンマ!」
巨体なオニヤンマが誇らしげに己の羽を羽ばたかせる。
「闘いならば俺を呼べ!全員喰らってやる!魔王の権化!※ニセハナマオウカマキリ!」
なんかごっついカマキリが鎌を振る。
※この昆虫に関する概要はGoo○leか、生物系ユー○ューバーの『チャンネル○』から、どうぞ。
「早さだけが取り柄じゃない!カブトムシに劣らぬ外皮を見せてやる!ヨロイモグラゴキブリ!」
なんかゴキブリっぽくないゴキブリが前足を振る。
※この昆虫に関する概要はGoo○leか、生物系ユー○ューバーの『チャンネル○』から、どうぞ。
「ここが地上?あれが空?見るもの全てが新鮮!セミの幼虫(羽化寸前)!」
でかいセミの幼虫がモゾモゾと動く。
「残された時間を派手に生きたい!余命3日、アブラゼミ!」
巨大なセミが拳を構える。
「残り少ない命の炎を派手に散らすぜ!余命2日、ヒグラシ!」
巨大なセミが震える拳を掲げる。
「俺の生きざまを刻みこめ!余命1日、ツクツクホウシ!」
巨大なセミが杖をつきながらプルプル震える。
「蝋燭の最後の灯火を見せてやる!余命半日、ミンミンゼミ!」
巨大なセミが膝をついている。
「大会が終わるまで持ってくれ俺の命!余命あと数時間、クマゼミ!」
巨大なセミがひっくり返っていた。
「さあ!ここに揃うはいずれも森に名だたる強者達!この12名が、これより真なる昆虫王者の座を求め、今宵ぶつかり合う!尚、優勝者には子供のペットとなれる栄誉が与えられます!さあ、司会を務めますは私ことキリギリスと、ゲストにして総合特別審判の……」
「ねえ、帰っていい?」
「アイハラカオリだぁぁぁ!」
本気で帰りたい香。17歳の夏。
さて、なぜこんことになったか?
話せば長くなるが、それは、時をさかのぼること数時間前……。
なんかカブトムシとクワガタが最強決定戦をするらしいけど、俺も腕には自信あるだよね。えっ、お前も?じゃあさ、ついでに森の最強虫を決めちゃおうぜ?
ってことで、こんな無駄に大袈裟な大会が開かれることになり、カブトムシ野郎に浚われた私が審判をすることになった。うん、意味不明。
周りを見渡せば、デカい切り株の周りには闘いを見守るために数多くの普通サイズの虫が集まっている。めちゃくちゃキモい。
というか、カブトムシだけじゃなく、やたらでかい虫が12体もいるのが驚愕だ。救いは人型なのがカブトムシとクワガタだけということか。
こんなデカい虫は異世界では普通なのか?そう思ったが、隣で青い顔してるゴルデ・アリス・イシヅカを見れば、普通じゃないことは明らかだ。
ザッドハークについては隣のテントウムシ達と誰が勝つか賭けをしていた。ゴキブリ並みの生命力だけに、虫とも意思の疎通が取れるようだ。流石ね。
そんなことを考えてると、隣の席に座る?やたらデカいキリギリスがこっちに顔を向けてきた。キモい。
「さて、ではカオリさん。誰か注目の選手はおりますか?」
「特になし」
「そうですか。確かに皆、かなりの実力者揃い!誰が優勝するかなど決めかねますからね!」
「いや、そういう意味じゃない」
「私の推しはクマゼミですね!死に際の必殺セミファイナル!あれは恐ろしい技ですよ!」
「必殺って自分殺してね?確かに恐ろしいけど、闘いの場ではどうなの?役に立つの?てか、参加者の半数が死にかけのセミってどうなのよ?残りの余生を穏やかに過ごさせてあげなよ」
「さあ、いよいよ死合い開始です!まずは注目のカブトムシ対アブラゼミです!」
「話し聞いてる?耳ある?」
「では、カオリさん!これより戦う選手達に一言をお願いします!!」
「寝てるんで、死合いが終わったら起こして。あとはダイジェストで」
「それでは死合い開始です!」
開始の銅鑼が鳴ると同時に、私は机に突っ伏した。
「カオリ!起きて!!」
「あぅん……?」
ゴルデに揺り起こされ、目を覚ます。
「んっ……もう朝?朝御飯はパンケーキの蜂蜜ジャブ漬けで……」
「朝から高カロリー過ぎるわよ?!じゃなくて、寝ぼけてないで起きなさい!もうすぐ決勝よ!」
うん…?朝じゃない?
って、あっ、そうか。なんか虫の争いに巻き込まれたんだっけか?
うーんと伸びをしてから、コロシアムへと目をやる。興味はないけど、はてさて……誰が勝ち抜いたのかな?
そういや、これに勝ち抜いたのを依頼主の子供に持ってくようだから、意外と重要だったかな?
まあ、誰が買っても驚愕されるのは間違いないよね……。
若干やるせない気持ちでいると、司会のキリギリスが馬鹿デカい声で叫んだ。
「さあ、ここまで様々な死闘が繰り広げられました!そんな闘いを勝ち抜き、決勝へと上り詰めたのはこの二名だぁぁぁぁ!!」
司会の実況と共に、コロシアムの中央に戦いを勝ち抜いた猛者二名が現れた。
「こ、これは……?!」
◇◇◇◇
アンデル王国住宅街の一角にある、とある住宅。
そこに住まう少年トーマスくんはワクワクと期待に胸を弾ませていた。
トーマスくんが期待し待っているもの……それは虫である。彼は父親に頼んで、強い虫の捕獲依頼を冒険者に出したのだ。
夏になると、子供達の間ではカブトムシなどを戦わせる虫相撲がブームとなる。強く、珍しい虫を持つ者は、子供達の中ではヒーローになる。だから、トーマスくんも強い虫が欲しかった。
だが、行商人が持ってくる虫達は養殖もので野生味が薄く、あんまり強くない。かといって、カブトムシが住まう森には魔物や野生動物が出るため、おいそれと行ける場所ではない。
だから、強い虫を捕まるには冒険者に頼むのが一番なのだ。実は虫捕獲依頼は珍しいものではなく、夏の間に手軽にできる『おつかいクエスト』として人気なのだ。本命依頼の帰り際に虫を捕まえ、小遣いを得る。それが夏の間の風物詩的依頼なのだ。
そんなわけで、トーマスくんは依頼が無事に受理されたと聞いてからは、虫が届くのを今か今かと楽しみに待っているのだ。
「ねえ、パパ!どんな虫がくるかな?」
トーマスくんは近くにいた父親にそう聞くと、父親はニッコリと微笑んだ。
「さあ、どんな虫が届くかな?トーマスはなんの虫がほしいんだい?」
「ぼくはねカブトムシがいいな!やっぱりかっこいいもん!あっ、でもクワガタもいいかな?でもでも、カマキリもいいし…」
「ハハハ。トーマスは本当に虫が好きだなぁ」
「うん!だってカッコいいんだもん!早く届かないかなぁ!こんどの休みに虫相撲大会に届いた虫を参加させるんだぁ!」
無邪気に喜ぶトーマスくんと、そんな我が子を微笑ましく見守る両親の耳に、玄関から扉をノックする音が聞こえた。
「んっ?お客さんか?」
「きっと虫を届けにきた冒険者のひとだ!」
トーマスくんはいてもたっていられず、玄関へと駆け出す。そして扉を開くと、そこには茶髪の女性が立っていた。
「すいません。ここは……トーマスくんの家でよろしいでしょうか?」
「はい、そうです!ぼくがトーマスです!」
トーマスくんが元気いっぱい言うと、女性はニッコリと微笑んだ。
「君がトーマスくんね。私は冒険者の香よ。ご依頼の虫を持ってきました」
「わーい!見せて見せて!」
「こらこらトーマス。落ち着きなさい」
虫が届いたとはしゃぐトーマスくんを、後から両親が注意した。
「騒がしくしてすみません。昨日から楽しみにしていたのだ、はしゃいでしまって……」
「いえいえ、お気になさらず。楽しみにしてたのなら仕方ありません」
「ありがとうございます。依頼も無事、達成してくれたようで、ありがとうございます。本当にお疲れさまでした」
「お子さんの笑顔のためならなんのそのですよ。では、早速虫を引き渡したいんですが……」
香がそう言うと、トーマスくんは興奮して手をブンブンと手を振った。
「見せて見せて!早く早く!」
「コラッ、トーマス!……すみませんが、虫の方をお願いできますか?」
参ったように頭を掻きながら苦笑する父親。そんな様子を見て香はクスリと微笑んだ。
「はい、分かりました。虫は外にいます。今回捕まえてきたのは……」
「わっ!見せて!」
トーマスくんが香の脇を抜け、外へと飛び出す。そして、待望の虫が目に入る。
それは……。
「クマゼミです」
トーマスくんの視界に入ったのは、仰向けに横たわる巨大なクマゼミであった。
「えっ…………」
トーマスくんは呆然とした。なにがなんだか分からず、ただ口をポカンと開けた間抜けな顔でセミを見下ろした。
「あの……これは一体……」
後からきた両親も、横たわるセミを前に戸惑った。そして、セミを連れてきた香に説明を求めた。
「ご要望の強い虫です。今回、森林最強昆虫王決定戦にて勝ち抜き、見事に優勝した猛者です」
「森林最強昆虫決定戦ってなんですか?!というか、セミが勝ったんですか?!この死にかけのセミが?!カブトムシとかはいなかったんですか?!」
「カブトムシはいましたが、初戦でアブラゼミに敗北しました」
「カブトムシ負けたの?!セミに?!じゃ、じゃあ、クワガタとかは?!あと、カマキリとかさ!?」
「そこらもいましたが、全員セミに負けました。二回戦以降はセミ同士の戦いでした」
「なんだ、その花のない昆虫バトルは?!というか、セミどんだけ参加してんだよ?!」
「半数はセミでした」
「半数セミなの?!」
驚愕する父親を他所に、香は淡々と説明した。
「まあ、セミですが実力はお墨付きです。特に必殺技のセミファイナルは恐ろしい技ですよ。あらゆる昆虫や人間を恐怖のドン底に陥れる最凶の技ですよ」
「セミファイナルってなんだ?!そもそもコレ、生きてるの?!大丈夫なの?!」
横たわったまま動かないセミに不安を覚える父親だが、香は余裕の表情でセミを見た。
「大丈夫ですよ。セミなんてだいたいこんなもんですから。さっきまで結構元気にしてましたし。ねっ、クマゼミ?」
香はクマゼミにそう語りかけた。
が………クマゼミは全く反応しなかった。
「……クマゼミ?」
香が不思議そうにクマゼミへと近付き、その前足をとった。そして、暫く足を動かしたり頭を触ったりした後、小さく呟いた。
「死んでる…………」
「ウワァァァァァ!!パパァァァァ?!」
トーマスくんが泣きじゃくって父親へと抱きついた。
「ト、トーマス?!し、死んでるってどういうことだ?!こんな小さな子供にトラウマ植え付けてどういうつもりだぁぁ?!」
「いや、違うんっす!さっきまで生きてたんです!死にかけではありましたが!?」
「そもそも死にかけなんか持ってくんな?!というか、でかいんだよ!!どうすんだよ、この死体は?!」
「死体は持って帰ってポンゴの餌にします!」
「ポンゴってなんだよ!?てか、依頼の虫はどうするんだよ?!失敗で報告するぞ?!」
「ま、待ってください!一応は準優勝と三位の虫も連れてきて……」
「セミなんだろぉぉ!!二回戦以降セミしかいないってたしなぁぁぁ!セミはいいわぁぁぁ!!」
「いや、そ、そんな訳……」
「ツクツクホーシ!ツクツクホーシ!」
「ミンミンミンミーン!!」
「セミじゃねーかぁぁ!!もう、帰れぇぇ!!」
「ウワァァァァァ!パパァァァァ!!もう、虫なんてきらいだぁぁぁぁぁぁ!?」
こうしてトーマスくんは大人の階段を登ったのだった……。
香、依頼失敗。